説明

脂環式多価カルボン酸及びその酸無水物の製造方法

【課題】芳香族多価カルボン酸類を水素化して対応する脂環式多価カルボン酸及びその酸無水物を工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】芳香族多価カルボン酸又はその酸無水物と脂肪族アルコールとを、ルテニウム触媒等の水素化触媒能を有する貴金属触媒の存在下で反応させてエステル化合物とし、引き続き同触媒の存在下で芳香環を水素化し、次いでイオン交換樹脂触媒等の固体酸触媒を存在させて加水分解することにより脂環式多価カルボン酸を得る。さらに,脂環式多価カルボン酸を脱水閉環することにより脂環式多価カルボン酸無水物を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は芳香族多価カルボン酸又はその酸無水物(以下、芳香族多価カルボン酸類という)からの脂環式多価カルボン酸及びその酸無水物(以下、脂環式多価カルボン酸類という)の製造方法に関する。脂環式多価カルボン酸類は、透明性、耐熱変色性、溶剤可溶性などの特性を有するポリイミドなどの原料として有用である。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特公昭36−522号公報
【特許文献2】米国特許第3,520,921号公報
【特許文献3】米国特許第5,412,108号公報
【特許文献4】特開2002−020346号公報
【特許文献5】特開2002−193873号公報
【特許文献6】特開2003−286222号公報
【特許文献7】特開平7−082211号公報
【特許文献8】米国特許第2,828,335号公報
【特許文献9】特開平1−096147号公報
【特許文献10】特開平7−215912号公報
【特許文献11】特開平8−325201号公報
【特許文献12】特開平8−325196号公報
【特許文献13】特開2004−026723号公報
【非特許文献1】Journal of Organic Chemistry、1966年、31、 P. 3438
【0003】
脂環式多価カルボン酸類の製造方法としては、芳香族多価カルボン酸類の芳香環を水素化する方法(例えば、特許文献1〜7、非特許文献1)、芳香族多価カルボン酸塩の芳香環を水素化する方法(例えば、特許文献8)、芳香族多価カルボン酸エステルの芳香環を水素化する方法(例えば、特許文献9〜11)が知られている。
【0004】
特許文献11には、脂環式多価カルボン酸エステルを製造するにあたり、芳香族多価カルボン酸類と脂肪族アルコールとを無触媒下に加熱してエステル化度の異なる芳香族多価カルボン酸エステル混合物を得(エステル化工程)、次いで貴金属系水素化触媒及び脂肪族アルコールの存在下に加熱して核水素化する(水素化工程)方法が開示されている。この方法は芳香族エステルを単離する必要がなく、同一反応器でエステル化、水素化の両工程を行うことができるという利点を有するものの、エステル化工程後に貴金属系水素化触媒を添加する操作を必要とし、工業的には幾つかの問題を内包している。例えば、エステル化工程又は水素化工程で推奨される温度(前者では180〜230℃、後者では100〜150℃)において、脂肪族アルコールとして特に好ましいとされるメタノール、エタノール、1-プロパノールはいずれも大気圧を超える蒸気圧を有しており、その状態で触媒を添加する方法としては溶媒に懸濁させた触媒を加圧装入する方法を挙げることができるが、高圧対応のスラリーポンプなど特殊な装置を必要とする。一方、脂肪族アルコールの蒸気圧が許容上限以下になるまで降温した後に、マンホールなどから触媒を投入する方法も考えられるが、降温及び再加熱に要する時間は生産性の低下に直接つながる上、エネルギー効率的にも問題がある。
【0005】
なお、特許文献12及び13には、脂環式多価カルボン酸エステルの加水分解方法及び精製方法が開示されているが、エステル化及び核水素化工程並びに加水分解工程の改良が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
脂環式多価カルボン酸又はその酸無水物を工業的に製造する有利な方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、芳香族多価カルボン酸又はその酸無水物と脂肪族アルコールとを水素化触媒能を有する貴金属触媒の存在下で反応させてエステル化合物とし、引き続きこの貴金属触媒の存在下で芳香環を水素化し、次いで加水分解することを特徴とする脂環式多価カルボン酸の製造方法である。
【0008】
上記脂環式多価カルボン酸の製造方法において、次のいずれか1以上の要件を更に満足することはより好ましい製造方法を与える。1)エステル化合物とする際の反応温度が、100〜220℃であること、2)貴金属触媒が、ルテニウム触媒であること、3)エステル化合物とする工程及び芳香環を水素化する工程を、同一反応器で行うこと、4)加水分解を、固体酸触媒の存在下で行うこと、又は5)固体酸触媒が、イオン交換樹脂であること。また、本発明は、上記のいずれかに記載の方法で製造した脂環式多価カルボン酸を脱水閉環することを特徴とする脂環式多価カルボン酸無水物の製造方法である。
【0009】
本発明で原料として使用する芳香族多価カルボン酸類は、芳香族多価カルボン酸又はその酸無水物である。かかる、芳香族多価カルボン酸類としては、フタル酸、1,2,4-ベンゼントリカルボン酸、3-メチルフタル酸、4-メチルフタル酸、3,4,5,6-テトラメチルフタル酸、5-メチルベンゼン-1,2,4-トリカルボン酸、6-メチルベンゼン-1,2,4-トリカルボン酸、3-メチルベンゼン-1,2,4-トリカルボン酸及びこれらの無水物などが例示される。また、ビフェニル-3,3',4,4'-テトラカルボン酸、ジフェニルエーテル-3,3',4,4'-テトラカルボン酸、ベンゾフェノン-3,3',4,4'-テトラカルボン酸、ジフェニルメタン-3,3',4,4'-テトラカルボン酸、エチリデン-4,4'-ビス(1,2-ベンゼンジカルボン酸)、プロピリデン-4,4'-ビス(1,2-ベンゼンジカルボン酸)、1,2,3,4-ベンゼンテトラカルボン酸、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸、3-メチルベンゼン-1,2,4,5-テトラカルボン酸、3,6-ジメチルベンゼン-1,2,4,5-テトラカルボン酸及びこれらの二無水物などが例示される。更に、ベンゼンペンタカルボン酸やベンゼンヘキサカルボン酸又はこれらの二又は三無水物などが例示される。
【0010】
もう一つの原料として使用する脂肪族アルコールとしては、炭素数1〜6の直鎖状、分岐鎖状又は環状の脂肪族アルコールがあるが、具体的には、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソブタノール、アミルアルコール及びシクロヘキサノールなどが例示され、中でもメタノール及びエタノールが好ましい。
【0011】
脂肪族アルコールの使用量としては、芳香族多価カルボン酸類をエステル化するに必要な化学量論以上の量であればよいが、脂肪族アルコールは溶媒としても作用するので、過剰に使用することが望ましい。好ましくは、化学量論の1〜100倍であり、より好ましくは2〜50倍である。
【0012】
本発明で使用する触媒は、水素化触媒能を有する貴金属触媒である。この触媒は、エステル化反応の触媒としても作用する。かかる、貴金属触媒としては、水素化触媒を調製するために通常使用される担体に、ルテニウム、パラジウムなどの貴金属を担持してなる触媒が例示される。特に好ましいのはルテニウム系触媒である。担体としては、活性炭、アルミナ、シリカ、シリカアルミナ、酸化ジルコニウム、酸化チタンなどが例示される。貴金属の担持量としては、貴金属換算で0.1〜10重量%、好ましくは1〜5%の範囲がよい。触媒の形態は、粉末状、粒状など適宣選択して使用される。触媒の適用量は、反応条件や貴金属の担持量によって異なるが、芳香族多価カルボン酸類に対し、好ましくは0.5〜20重量%、より好ましくは1〜5重量%の範囲である。
【0013】
エステル化合物を合成する反応は、芳香族多価カルボン酸類と脂肪族アルコールとを、貴金属触媒の存在下で行う。エステル化反応温度は、100〜280℃、好ましくは150〜230℃の範囲がよい。反応時間としては、0.1〜10時間、好ましくは0.5〜5時間の範囲がよい。エステル化反応雰囲気ガスとしては、窒素、水素などが挙げられるが、引き続いて行われる水素化反応を行う際、雰囲気ガスの変更を要しない点で水素が好ましい。
【0014】
エステル化反応雰囲気ガスとして、水素を使用する場合、エステル化反応と同時に水素化反応が生じるが、反応で消費された水素を追加補給しない限り、水素化反応は十分には生じない。本発明では、エステル化反応終了時の水素化反応率は理論値の20%以下にとどめる。
【0015】
エステル化反応終了後、貴金属触媒を除去することなく、貴金属触媒を存在させた状態で芳香環の水素化(核水素化)を行う。水素化触媒能を有する貴金属触媒を存在させてエステル化することにより、エステル化が促進されるだけでなく、次の核水素化反応を行うために触媒除去やエステルの単離などをする必要がないため、同一反応器で両工程を行うことができるなどの利点がある。
【0016】
エステル化反応終了後、水素を仕込み、水素化反応を行う。この場合、貴金属触媒を必要により追加してもよいが、反応操作が煩雑となる。したがって、水素化反応の際の触媒の使用量も、前記エステル化反応での使用量と同じ範囲が望ましい。また、水素化反応の溶媒としては、エステル化反応で用いた脂肪族アルコールをそのまま使用することが有利である。
【0017】
水素圧力は、0.1〜20MPa、好ましくは0.5〜10MPaの範囲がよい。反応中に水素が消費されたら追加して上記圧力を保ち、水素消費が見られなくなったら水素化反応を終了する。水素化反応温度としては、60〜170℃、好ましくは100〜150℃の範囲がよい。反応時間は通常0.5〜20時間程度である。
【0018】
反応終了後、触媒を濾過により回収し、生成物を含むろ液からは水素化されたエステル(脂環式多価カルボン酸エステル)を回収する。水素化されたエステルは、溶媒とエステルを蒸留等により分離し、このエステルを加水分解して目的の脂環式多価カルボン酸を得る。なお、回収された触媒はそのまま又は必要により再生処理されて再使用することができる。
【0019】
脂環式多価カルボン酸エステルの加水分解方法としては、特許文献12に記載のような公知の方法が採用できるが、加水分解によって得られる脂環式多価カルボン酸は水に対する溶解性が高く、触媒として例えば水溶性の酸を用いた場合には触媒との分離が困難となるため、固体酸触媒の存在下に行う方法が好ましい。固体酸触媒としては、イオン交換樹脂、シリカ、アルミナ、シリカ-アルミナ、ゼオライト等が挙げられるがこれらに限らない。加水分解は酸触媒と過剰の水の存在下、エステルが加水分解して生じる脂肪族アルコールの沸点以上の温度で行うことがよく、この場合、加水分解して生じる脂肪族アルコールは反応中に系外に取り出すことがよく、脂肪族アルコールの留出が見られなくなったら加水分解を終了する。なお、脂肪族アルコールが水と共沸する場合は、必要により水を追加する。
【0020】
加水分解反応終了後は、必要により触媒等の固体をろ過分離し、更に水と蒸留等により分離して目的の脂環式多価カルボン酸を得る。脂環式多価カルボン酸は、必要により再結晶等の手段により精製する。
【0021】
脂環式多価カルボン酸の無水物を目的とする場合は、上記のようにして得た脂環式多価カルボン酸を、常法により脱水して酸無水物とする。脱水して酸無水物とする方法としては、脂環式多価カルボン酸と無水酢酸を還流条件で反応させる方法などがある。
【発明の効果】
【0022】
本発明の製造方法によれば、煩雑な操作を要することなく、生産性よく、脂環式多価カルボン酸類を得ることができる。
【実施例1】
【0023】
内容積200mlの電磁攪拌式オートクレーブに、無水ピロメリット酸30.0g、メタノール70.0g及び5%Ru-カーボン粉末触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50重量%含水品)2.0gを仕込み、系内を水素ガスで置換した後、190℃で1時間エステル化を行った。
次いで、130℃まで降温し、水素ガスを導入して内圧を4MPa-Gに保ちながら水素化を行った。水素吸収が停止するまでに要した時間は5時間であり、水素吸収量は理論水素吸収量の101.2%であった。
【0024】
触媒を濾別し、次いでメタノールを留去して得られたシクロヘキサン-1,2,4,5-テトラカルボン酸テトラメチルエステル40.0gを、滴下漏斗、留出管、温度計及び攪拌装置を備えた4つ口フラスコに入れ、イオン交換樹脂(Rohm and Haas社製、アンバーライト31)25.0g、日石ハイゾールSAS−296(新日本石油化学株式会社製、高沸点芳香族系炭化水素)45.0g及び蒸留水45.0gを加え、100℃で加水分解を行った。留出する水を補償する量の蒸留水を滴下(約10ml/h)し、留出水中のメタノールの濃度をガスクロマトグラフィーで分析して加水分解経過を追跡した。留出水中のメタノールは加水分解開始後24時間で殆ど見られなくなった。蒸留水50gを追加し、60℃まで冷却後、イオン交換樹脂を濾別し、濾液から水分を留去して結晶を析出させた。濾別して得られた結晶を、80℃、5mmHgで減圧乾燥し、白色固体32.2gを得た。
【0025】
上記で得られたシクロヘキサン-1,2,4,5-テトラカルボン酸の白色固体10.0g及び無水酢酸120gを、冷却管、温度計及び攪拌装置を備えた3つ口フラスコに仕込み、150℃の油浴中で1時間還流させた。次いで、熱時濾過を行い、濾液にトルエン175gを加え、室温まで冷却して結晶を析出させた。濾別して得られた結晶をトルエンで洗浄した後、80℃、5mmHgで減圧乾燥し、白色結晶6.0gを得た。ガスクロマトグラフィーによる分析の結果、シクロヘキサン-1,2,4,5-テトラカルボン酸二無水物の純度は99.2%であった。また、シクロヘキサン-1,2,4,5-テトラカルボン酸二無水物の収率は、無水ピロメリット酸基準で64.4重量%(62.7モル%)であった。
【0026】
比較例1
内容積200mlの電磁攪拌式オートクレーブに、無水ピロメリット酸30g及びメタノール70gを仕込み、系内を窒素ガスで置換した後、190℃で1時間エステル化を行った。一旦室温まで冷却し、オートクレーブを開放して5%Ru−カーボン粉末触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50wt%含水品)2.0gを加え、系内を水素ガスで置換した後、130℃まで昇温し、水素ガスを導入して内圧を4MPa-Gに保ちながら水素化を行った。水素吸収が停止するまでに要した時間は10時間であり、水素吸収量は理論水素吸収量の95.0%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族多価カルボン酸又はその酸無水物と脂肪族アルコールとを水素化触媒能を有する貴金属触媒の存在下で反応させてエステル化合物とし、引き続きこの貴金属触媒の存在下で芳香環を水素化し、次いで加水分解することを特徴とする脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項2】
エステル化合物とする際の反応温度が、100〜220℃である請求項1に記載の脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項3】
貴金属触媒が、ルテニウム触媒である請求項1又は2に記載の脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項4】
エステル化合物とする工程及び芳香環を水素化する工程を、同一反応器で行う請求項1〜3のいずれかに記載の脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項5】
加水分解を、固体酸触媒の存在下で行う請求項1〜4のいずれかに記載の脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項6】
固体酸触媒が、イオン交換樹脂である請求項5に記載の脂環式多価カルボン酸の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法で製造した脂環式多価カルボン酸を脱水閉環することを特徴とする脂環式多価カルボン酸無水物の製造方法。

【公開番号】特開2006−45166(P2006−45166A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−232011(P2004−232011)
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【出願人】(000006644)新日鐵化学株式会社 (747)
【Fターム(参考)】