説明

脂肪族ジカルボン酸結晶および脂肪族ジカルボン酸の製造方法

【課題】表面積が大きく均一なスラリー化が容易な針状性の高い脂肪族ジカルボン酸結晶を効率的に且つ安定的に製造する方法を提供する。
【解決手段】バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から脂肪族ジカルボン酸結晶を晶析回収することによる、最大結晶長さとその巾の比(アスペクト比)の平均値が2以上20以下である針状の脂肪族ジカルボン酸結晶の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脂肪族ジカルボン酸結晶および脂肪族ジカルボン酸の製造方法に関する。特に、バイオマス資源であるグルコース、ブドウ糖、セルロースなどから微生物変換によって得られる脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含有する水溶液から針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を製造する方法と、針状結晶からなる脂肪族ジカルボン酸結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
コハク酸、アジピン酸などの脂肪族ジカルボン酸は、ポリエステル、ポリアミド等のポリマー、特に生分解性ポリエステルの原料として、また、食品、医薬品、その他化学品の合成原料として広く用いられており、特に脂肪族ジカルボン酸をポリマー原料として用いる場合、ポリマーの重合度維持や着色防止などのために、高純度の脂肪族ジカルボン酸が要求される。
【0003】
これらの脂肪族ジカルボン酸は、従来、石油由来の原料より、工業的に製造されてきた。
しかし、近年では、微生物を用いた発酵操作により、広いバイオマス資源から高い炭素収率で、種々の脂肪族ジカルボン酸を製造することができるようになった。例えば、コハク酸、アジピン酸などは発酵により製造することができる。
【0004】
発酵による脂肪族ジカルボン酸の製造において、原料となるのは、一般に糖類、具体的にはグルコースやブドウ糖、又はセルロースなどである。
【0005】
微生物の発酵による脂肪族ジカルボン酸の製造においては、多糖類が脂肪族ジカルボン酸に不純物として含まれる場合や、原料の糖類が微生物に完全に資化されずに残り、脂肪族ジカルボン酸に糖類が混入することがある。また、微生物を用いた発酵で、脂肪族ジカルボン酸が生成することで低下するpHを維持するための中和剤としてアンモニアを用いる場合、アミノ酸が副生し、脂肪族ジカルボン酸にアミノ酸が混入する。さらに微生物由来のタンパク質、発酵で用いられる無機塩類も脂肪族ジカルボン酸に混入することがある。
【0006】
従来において、発酵により得られる脂肪族ジカルボン酸に混入したこれら不純物を効率的且つ安価な方法で除去することは困難であった。
【0007】
例えば、発酵により製造される脂肪族ジカルボン酸の精製方法としては、脂肪族ジカルボン酸のカルシウム塩を硫酸で分解する方法(例えば特許文献1)、イオン交換樹脂を用いる方法(例えば特許文献2)が知られているが、これらの方法では充分な精製度が得られないばかりか大量の副生塩も発生し、その処理が問題となる。
【0008】
さらに脂肪族ジカルボン酸のアンモニウム塩に硫酸水素アンモニウムおよび/または硫酸を加え、脂肪族ジカルボン酸と硫酸アンモニウム塩を生成させるとともに生成した硫酸アンモニウム塩を硫酸水素アンモニウムとアンモニアに熱分解し、リサイクルする方法が提案されている(特許文献3)。この方法では副生塩を分解してそれぞれリサイクルするため塩の処理の問題はないが、副生塩の分解には高温を要し、設備対応上課題がある。また精製度も不十分であった。
【0009】
また、電気透析を用いる方法(例えば特許文献4)も一般に知られている。しかし電気透析は装置がその生産規模に比例して多くなるため、工業スケールの生産であってもスケールメリットが小さくコスト高となる。
【0010】
これらの問題を解決する方法として、有機酸を含む水溶液に溶剤を加えて有機酸を抽出する方法(例えば特許文献5)が知られているが、本抽出方法においては、その過程において水にも溶剤にも溶解しない固形分が生成し、抽出を阻害するばかりか、その後続工程へ悪影響を及ぼしたり、有機酸の純度悪化を招いたりするなどの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平3−030685号公報
【特許文献2】特表2002−505310号公報
【特許文献3】特表2001−514900号公報
【特許文献4】特開2005−333886号公報
【特許文献5】特表平9−500649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来知られた技術により得られる、石油原料から誘導された脂肪族ジカルボン酸は、当該水溶液から晶析などにより取り出す限りにおいては大きな球状または板状であることが多く、当該脂肪族ジカルボン酸の様々な応用に際してそれらの物性が障害となることがあった。例えば、上述の不利な物性はスラリーの不均一化を招き、脂肪族カルボン酸をポリマー原料として利用する際に、原料の供給および重合の阻害となったりすることがあった。
即ち、例えば、コハク酸は、生分解性のポリエステル(ポリブチレンサクシネート)の原料モノマーとして有用であるが、常温で固体であるので、ポリマーを連続的に重合する際にはもう一方の原料モノマーである1,4−ブタンジオールとのスラリーを形成して反応槽に導入される。この際のコハク酸の物性はスラリーの安定化に大きく関与し、スラリーの不均一性が重合反応系への原料の安定供給を阻害したり、重合反応の進行を阻害したりする場合があった。
そして、このような阻害要因となる物性を取り除くに際して、従前知られた技術による精製法では実用に適さず、例えば粉砕技術などを用いると経済的にも余分な負荷がかかるという課題があった。
【0013】
本発明は、バイオマス資源から得られる脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸から選ばれる少なくとも一つを含有する水溶液を用いることにより、目的の脂肪族ジカルボン酸を、表面積が大きく均一なスラリー化が容易である針状性の高い脂肪族ジカルボン酸結晶として効率的に且つ安定的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、以下に記載する本方法により上記課題を解決できることを見出した。
すなわち、本発明は以下を要旨とする。
【0015】
[1] バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から晶析回収した脂肪族ジカルボン酸結晶であって、最大結晶長さとその巾の比(アスペクト比)の平均値が2以上20以下である針状結晶からなることを特徴とする脂肪族ジカルボン酸結晶。
【0016】
[2] 脂肪族ジカルボン酸がコハク酸であることを特徴とする[1]に記載の脂肪族ジカルボン酸結晶。
【0017】
[3] バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から脂肪族ジカルボン酸結晶を晶析回収することを特徴とする脂肪族ジカルボン酸の製造方法。
【0018】
[4] 前記脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比が2以上20以下であることを特徴とする[3]に記載の脂肪族ジカルボン酸の製造方法。
【0019】
[5] 脂肪族ジカルボン酸がコハク酸であることを特徴とする[3]または[4]に記載の脂肪族ジカルボン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法によれば、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から、針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を効率的に且つ安定的に製造することができる。
【0021】
本発明の針状脂肪族ジカルボン酸結晶であれば、その形状により由来して反応系への供給、その他の取り扱いに有利な安定かつ均一な脂肪族ジカルボン酸スラリーを調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】プラスミドpMJPC17.2の構築手順を示す図であって、下線の数字は当該配列番号の配列からなるプライマーを示す。
【図2】本発明に係る抽出工程の一形態を示す系統図である。
【図3】実施例1における抽出相の希釈・蒸留操作における組成変化を示すグラフである。
【図4】(a)図は実施例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のデジタル顕微鏡写真であり、(b)図は比較例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のデジタル顕微鏡写真である。
【図5】実施例1及び比較例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のスラリー高さを示すグラフであって、(a)図は水スラリーを示し、(b)図は1,4−ブタンジオールスラリーを示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態につき詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は本発明の実施形態の代表例であって、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜変形して実施することができる。
【0024】
本発明の脂肪族ジカルボン酸の製造方法では、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液を用い、この水溶液から晶析工程を経て針状性の高い脂肪族ジカルボン酸結晶を得る。
【0025】
[脂肪族ジカルボン酸]
本発明の脂肪族ジカルボン酸としては、具体的には、シュウ酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバシン酸、リンゴ酸、フマル酸、オキザロ酢酸、2−オキソグルタル酸、シス−アコニット酸、ドデカン二酸、ならびにダイマー酸等の、炭素数が2以上40以下の鎖状ジカルボン酸が挙げられる。これらの中では、アジピン酸、コハク酸またはダイマー酸が好ましく、特にコハク酸、アジピン酸が好ましい。
【0026】
[バイオマス資源]
本発明において、これらの脂肪族ジカルボン酸は、バイオマス資源から誘導される。
バイオマス資源としては、例えば、木材、稲わら、籾殻、米ぬか、古米、とうもろこし、サトウキビ、キャッサバ、サゴヤシ、おから、コーンコブ、タピオカカス、バガス、植物油カス、芋、そば、大豆、油脂、古紙、製紙残渣、水産物残渣、家畜排泄物、下水汚泥、食品廃棄物等が挙げられる。この中でも木材、稲わら、籾殻、米ぬか、古米、とうもろこし、サトウキビ、キャッサバ、サゴヤシ、おから、コーンコブ、タピオカカス、バガス、植物油カス、芋、そば、大豆、油脂、古紙、製紙残渣等の植物資源が好ましく、より好ましくは、木材、稲わら、籾殻、古米、とうもろこし、サトウキビ、キャッサバ、サゴヤシ、芋、油脂、古紙、製紙残渣であり、最も好ましくはとうもろこし、サトウキビ、キャッサバ、サゴヤシである。これらのバイオマス資源は、一般に、窒素元素やNa、K、Mg、Ca等の多くのアルカリ金属、アルカリ土類金属を含有する。これらのバイオマス資源は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0027】
これらのバイオマス資源は、特に限定はされないが、例えば酸やアルカリ等の化学処理、微生物を用いた生物学的処理、物理的処理等の公知の前処理・糖化の工程を経て炭素源へ誘導される。
【0028】
これらのバイオマス資源から炭素源を誘導する工程には、特に限定はされないが、例えば、バイオマス資源をチップ化する、削る、擦り潰す等の前処理による微細化工程が含まれる。必要に応じて、更にグラインダーやミルでの粉砕工程が含まれる。こうして微細化されたバイオマス資源は、更に前処理・糖化の工程を経て炭素源へ誘導されるが、その具体的な方法としては、硫酸、硝酸、塩酸、燐酸等の強酸での酸処理、アルカリ処理、アンモニア凍結蒸煮爆砕法、溶剤抽出、超臨界流体処理、酸化剤処理等の化学的処理や、微粉砕、蒸煮爆砕法、マイクロ波処理、電子線照射等の物理的処理、微生物や酵素処理による加水分解等の生物学的処理が挙げられる。
【0029】
上記のバイオマス資源から誘導される炭素源としては、通常、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース、ソルボース、タガトース等のヘキソース、アラビノース、キシロース、リボース、キシルロース、リブロース等のペントース、マルトース、スクロース、ラクトース、トレハロース、澱粉、セルロース等の2糖・多糖類、酪酸、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、モノクチン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、アラキドン酸、ベヘニン酸、エルカ酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、リグノセリン酸、セラコレン酸等の脂肪酸、グリセリン、マンニトール、キシリトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、このうちグルコース、マルトース、フルクトース、スクロース、ラクトース、トレハロース、セルロースが好ましい。
【0030】
[微生物変換]
本発明においては、これらのバイオマス資源から誘導される炭素源から脂肪族ジカルボン酸が誘導される。具体的には、例えば、これらの炭素源を用いて、微生物変換による発酵法や加水分解・脱水反応・水和反応・酸化反応・還元反応等の反応工程を含む化学変換法ならびにこれらの発酵法と化学変換法の組み合わせにより脂肪族ジカルボン酸が合成されるが、これらの中でも脂肪族ジカルボン酸生産能を有する微生物を利用した微生物変換による発酵法が好ましい。
【0031】
脂肪族ジカルボン酸生産能を有する微生物は脂肪族ジカルボン酸生産能を有する微生物であるかぎり特に制限されないが、バチルス属細菌、コリネ型細菌などの好気性微生物、エシェリヒア・コリ等の腸内細菌などの通性嫌気性微生物、または微好気性微生物を使用することが好ましい。
【0032】
好気性微生物としては、コリネ型細菌(Coryneform Bacterium)、バチルス(Bacillus)属細菌、リゾビウム(Rhizobium)属細菌、アースロバクター(Arthrobacter)属細菌、マイコバクテリウム(Mycobacterium)属細菌、ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌、ノカルディア(Nocardia)属細菌、又はストレプトマイセス(Streptomyces)属細菌などが挙げられ、コリネ型細菌がより好ましい。
【0033】
コリネ型細菌は、これに分類されるものであれば特に制限されないが、コリネバクテリウム属に属する細菌、ブレビバクテリウム属に属する細菌又はアースロバクター属に属する細菌などが挙げられ、このうち好ましくは、コリネバクテリウム属又はブレビバクテリウム属に属するものが挙げられ、更に好ましくは、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、ブレビバクテリウム・アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes)又はブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)に分類される細菌が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0034】
脂肪族ジカルボン酸生産菌としてコハク酸生産菌を用いる場合、後述の実施例に記載のように、ピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)活性が増強され、ラクテートデヒドロゲナーゼ活性が低下した株を用いることが好ましい。
【0035】
発酵における反応温度、圧力等の反応条件は、選択される菌体、カビなど微生物の活性に依存することになるが、脂肪族ジカルボン酸を得るための好適な条件を各々の場合に応じて選択すればよい。
【0036】
発酵により脂肪族ジカルボン酸が生産されると系内のpHが低下するが、微生物変換においては、pHが低くなると微生物の代謝活性が低くなったり、或いは微生物が活動を停止するようになり、製造歩留まりが悪化したり、微生物が死滅するため、通常中和剤を用いてpHを調整する。pH調整は、通常pHセンサーによって反応系内のpHを計測し、所定のpH範囲となるように中和剤を添加することにより行なわれる。pH値は、用いる菌体、カビ等の微生物の種類に応じて、その活性が最も有効に発揮される範囲に調整される。中和剤の添加方法については特に制限はなく、連続添加であっても間欠添加であってもよい。
【0037】
中和剤としてはアンモニア、炭酸アンモニウム、尿素、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ土類金属の炭酸塩が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物としては、NaOH、KOH、Ca(OH)、Mg(OH)等、或いはこれらの混合物などが挙げられ、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ土類金属の炭酸塩としては、NaCO、KCO、CaCO、MgCO、NaKCO等、或いはこれらの混合物などが挙げられる。これらのうち、中和剤としては、アンモニア、炭酸アンモニア、尿素を用いることが好ましい。
【0038】
本発明に係る脂肪族ジカルボン酸は、水溶液中でこれらの中和剤による塩として存在することもある。
【0039】
以下において、脂肪族ジカルボン酸および/または脂肪族ジカルボン酸の塩を「脂肪族ジカルボン酸(塩)」と記載する場合がある。
【0040】
バイオマス資源から誘導される炭素源から微生物変換により得られた脂肪族ジカルボン酸(塩)は、通常水溶液中に溶解した状態で存在することになるが、脂肪族ジカルボン酸(塩)の一部が例えば析出などして固体として存在していても構わない。なお、微生物変換により得られた脂肪族ジカルボン酸(塩)を含有する水溶液である発酵液は、通常、微生物と、微生物変換の際に用いた糖類やアミノ酸なども含有している。
【0041】
本発明においては、微生物変換後の発酵液は、その後の各工程での操作性や効率性を考慮して適宜濃縮しても良い。濃縮方法としては、特に限定されないが、不活性ガスを流通させる方法、加熱により水を留去させる方法、減圧で水を留去させる方法ならびにこれらを組み合わせる方法などが挙げられる。
【0042】
[脂肪族ジカルボン酸の晶析回収]
本発明の脂肪族ジカルボン酸の製造方法では、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液を用い、必要に応じて下記に記載するようなその他の工程による処理を行った後、当該水溶液から従前知られる方法により脂肪族ジカルボン酸結晶を晶析回収することにより針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を製造する。
【0043】
本発明において、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液を用いて晶析操作を行うことは、針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を得る上で重要であり、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液ではなく、石油より誘導された、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液であると、後掲の比較例1に示されるように、同様の晶析操作を行っても針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を得ることはできない。これは、バイオマス資源から誘導された、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液は、その原料に由来する種々の糖類やアミノ酸や蛋白質を含むことにより、これらの物質が晶析操作において、何らかの作用を及ぼし、針状結晶を析出させることによるもものと推定される。
【0044】
針状の脂肪族ジカルボン酸結晶を晶析回収する工程としては、具体的には例えば、脂肪族ジカルボン酸(塩)水溶液の水を蒸発させることにより脂肪族ジカルボン酸結晶を回収する方法や、脂肪族ジカルボン酸を抽出可能で且つ当該水溶液と相分離可能な溶剤と接触させることによる抽出により回収し、当該溶液から溶剤を蒸発させる方法(濃縮晶析)や、各種溶剤中での脂肪族ジカルボン酸の溶解度の差を利用した晶析工程法などが挙げられる。
【0045】
本発明において、バイオマス資源から誘導された炭素源の微生物変換により得られる脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液からの晶析回収により脂肪族ジカルボン酸結晶を製造する場合、通常、後述の微生物除去工程、プロトン化工程、抽出工程及び濃縮工程を経て回収された脂肪族ジカルボン酸水溶液に対して晶析操作を行うことが好ましい。
【0046】
晶析操作では、脂肪族ジカルボン酸(塩)水溶液から脂肪族ジカルボン酸を析出させて回収することができれば、従前公知の如何なる方法を採用しても構わないが、具体的には例えば冷却晶析、濃縮晶析、断熱減圧冷却晶析等の晶析方法が挙げられる。また晶析操作は回分式で行っても、連続式で行っても構わない。
【0047】
晶析により得られた脂肪族ジカルボン酸の固形分は、固液分離操作により晶析母液から分離される。分離方法は特に限定するものではなく、濾過分離法、沈降分離法などが挙げられる。また、操作は回分式で行っても連続式で行ってもよい。例えば効率の良い固液分離機として連続式の遠心濾過機、デカンター等の遠心沈降機などが挙げられる。また、求められる脂肪族ジカルボン酸の純度により固液分離操作で回収したウェットケーキは冷水等でリンスすることができる。
【0048】
以下に、具体的な晶析操作について説明する。
【0049】
<冷却晶析>
冷却晶析により脂肪族ジカルボン酸結晶を得る場合、冷却することにより、各種溶剤中での脂肪族ジカルボン酸の溶解度を変化させて、その差により結晶が析出する条件であれば、いかなる条件であっても採用することができる。例えば50〜95℃(以下、この温度を「第1の温度」と称す場合がある。)において、10〜50重量%程度ないしは当該第1の温度における脂肪族ジカルボン酸の飽和溶解度の30〜100%程度の濃度で脂肪族ジカルボン酸を含む水溶液を、降温速度20〜90℃/hrで5〜40℃程度に冷却させて、脂肪族ジカルボン酸の溶解度差を利用して脂肪族ジカルボン酸結晶を析出させる。
【0050】
冷却晶析により水溶液中に析出した脂肪族ジカルボン酸結晶は、前述の固液分離操作により分離される。
【0051】
<濃縮晶析>
水溶液中の水や、抽出による回収の際に用いた溶剤を蒸発させることにより脂肪族ジカルボン酸含有液を濃縮して、脂肪族ジカルボン酸結晶を得ることもできる。このような濃縮晶析により脂肪族ジカルボン酸結晶を得る場合、濃縮により、水や溶剤等の溶媒の量が、含有する脂肪族ジカルボン酸の飽和溶解度に対応する量より少なくなるようにすることができればいかなる方法によってもかまわない。
【0052】
<断熱減圧冷却晶析>
断熱減圧冷却晶析では、晶析を行う槽内を減圧して溶媒である水や溶剤を気化させる。脂肪族ジカルボン酸を含有する液の温度は、その際の溶媒の蒸発潜熱により低下する。断熱減圧冷却晶析では液温を下げると同時に液の濃縮も行われ、効率的な晶析を行うことができる。
【0053】
[脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比]
本発明の脂肪族ジカルボン酸結晶は、上述のように脂肪族ジカルボン酸(塩)水溶液からの晶析回収により得られる脂肪族ジカルボン酸結晶であって、最大結晶長さとその巾の比(アスペクト比)の平均値(以下「平均アスペクト比」と称す場合がある。)が2以上20以下の針状結晶であることを特徴とする。
【0054】
本発明の脂肪族ジカルボン酸結晶の平均アスペクト比が2以上であることにより、得られた脂肪族ジカルボン酸結晶を溶剤から分離する際に、分離がより容易になり、特に、固液分離工程としての濾過工程を有する場合には、濾過速度を上げることが可能となるため、生産効率の向上を図ることができる。また、濾過の際に濾紙や濾布が閉塞することが少なくなり、連続的に多量の晶析母液(晶析スラリー)を処理することが可能となる。また、脂肪族ジカルボン酸結晶の平均アスペクト比が20以下であることにより、得られた脂肪族ジカルボン酸結晶の取り扱いが容易になる。具体的には、例えば、得られた脂肪族ジカルボン酸結晶を、ポリエステルの原料として用いる場合に、脂肪族ジカルボン酸結晶を安定して反応系に連続的に供給することが可能となり、高品質のポリエステルを安定的に製造することができる。本発明の脂肪族ジカルボン酸結晶の平均アスペクト比は好ましくは3〜15、より好ましくは5〜10である。
【0055】
なお、後述の如く、本発明に係るアスペクト比は、デジタル顕微鏡で撮影した脂肪族ジカルボン酸結晶の最大結晶長さとその巾の比で定義される。ここで、脂肪族ジカルボン酸結晶の最大結晶長さとは顕微鏡で撮影された結晶写真から結晶の長さが最も長くなる様にとった結晶の長さで定義し、またその巾とは最大結晶長さに対し90°の角度をなし、且つ最大の長さとなる長さで定義する。また、平均アスペクト比は、デジタル顕微鏡で任意に撮影した100個の脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比の算術平均値と定義し、平均結晶長さは、デジタル顕微鏡で任意に撮影した100個の脂肪族ジカルボン酸結晶の最大結晶長さの算術平均値として定義する。
【0056】
また、本発明の脂肪族ジカルボン酸結晶の最大結晶長さ自体は、上述のデジタル顕微鏡撮影で求められる100個の平均値で0.1〜10.0mm、特に0.5〜5.0mmであることが好ましく、最大結晶長さが10mm以上であると結晶が粉砕されやすく針状結晶として存在困難となり、500μm以下であると粉塵として飛散する虞があり、好ましくない場合がある。
【0057】
本発明の脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比、更には最大結晶長さは、例えば前述の晶析工程において、晶析に供する脂肪族ジカルボン酸含有液中に含まれるリンゴ酸、フマル酸、酢酸、及びα−ケトバリンを
リンゴ酸:1〜3重量%
フマル酸:1〜3重量%
酢酸:1〜10重量%
α−ケトバリン:0.1〜1重量%
の範囲で適宜調整し、更に、晶析温度10℃以上の条件において、冷却又は減圧冷却晶析の条件を適宜選択して組み合わせることにより調整することができる。
【0058】
[その他の工程]
上述のように、本発明の脂肪族ジカルボン酸の製造方法は、バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液を用い、必要に応じて下記に記載するその他の工程による処理を行った後、前述の晶析操作により、当該水溶液から脂肪族ジカルボン酸結晶を回収する工程を有するものである。
【0059】
以下に本発明の脂肪族ジカルボン酸の製造において、必要に応じて採用し得るその他の工程について説明するが、本発明で採用し得るその他の工程は、以下に記載するものに何ら限定されるものではない。
【0060】
その他の工程としては例えば、微生物変換により得られた発酵液から微生物を除去する微生物除去工程、発酵液中の脂肪族ジカルボン酸の塩を酸を用いて塩交換することで脂肪族ジカルボン酸とするプロトン化工程、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液から、脂肪族ジカルボン酸(塩)を、当該水溶液と相分離可能な溶剤(以下、この溶剤を「抽出溶剤」と称す場合がある。)により抽出し、当該水溶液と溶剤とを相分離させる抽出工程、当該水溶液中に含まれる溶剤を除去する溶剤除去工程などが挙げられる。
【0061】
また、晶析工程の後工程として、水添処理や無機吸着剤による吸着などの脂肪族ジカルボン酸結晶の高度精製処理工程等が挙げられる。
【0062】
<微生物除去工程>
本発明の方法において、脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液が発酵液である場合、微生物を除去した後に脂肪族ジカルボン酸結晶の晶析回収を行うことが好ましい。微生物の除去方法は特に限定は無いが、沈降分離、遠心分離、濾過分離ならびにそれらを組み合わせた方法などが用いられる。工業的には遠心分離、膜濾過分離などの方法で行われる。
【0063】
遠心分離においては、遠心沈降、遠心濾過などを用いることができる。遠心分離において、その操作条件は特に限定されるものではないが、通常100G〜100,000Gの遠心力で分離される。またその操作は連続式でも、バッチ式でも使用できる。
【0064】
また、膜濾過分離においては、精密濾過および/または限外濾過等を使用することが出来る。膜の材質は特に限定は無く、例えばポリオレフィン、ポリスルフィン、ポリアクリロニトリル、ポリフッ化ビニリデン等の有機膜でも、セラミック等の無機材質の膜でも使用できる。また、操作方法として、デッドエンド型、クロスフロー型いずれでも用いることができる。膜濾過分離では、微生物が膜に目詰まりすることが多いので、遠心分離などで微生物を粗取りを行ってから膜濾過を行うなどの方法も用いられる。
【0065】
<プロトン化工程>
水溶液中で脂肪族ジカルボン酸が何らかの塩となっている場合には、そのまま水を蒸発させても脂肪族ジカルボン酸の塩が固体として回収され、脂肪族ジカルボン酸結晶は回収されないので、酸によりプロトン化した後に脂肪族ジカルボン酸を回収する。また、後述の脂肪族ジカルボン酸(塩)を含む水溶液と相分離可能な溶剤により抽出する抽出工程を適用する場合には、脂肪族ジカルボン酸が塩の状態では抽出溶剤中にほとんど抽出されないため、プロトン化することが好ましい。上述のように発酵工程で中和剤を用いた場合には、通常脂肪族ジカルボン酸の塩が得られ、得られた脂肪族ジカルボン酸の塩を脂肪族ジカルボン酸へ変換するプロトン化工程が必要となる。
【0066】
プロトン化の際に用いる酸は、脂肪族ジカルボン酸塩と塩交換して脂肪族ジカルボン酸を得ることができるものであれば如何なる酸でも構わないが、通常は脂肪族ジカルボン酸より強い酸、すなわち酸解離定数pKaが脂肪族ジカルボン酸より小さい酸が用いられ、好ましくはpKa<4である酸を用いる。さらに用いる酸は有機酸であっても無機酸であっても構わないが、より精製度の高い脂肪族ジカルボン酸を製造できるという点で、有機酸よりも無機酸の方が好ましい。
【0067】
脂肪族ジカルボン酸塩に無機酸を加えることで無機塩が副生する。例えば発酵操作で中和剤としてアンモニアを用いた場合、脂肪族ジカルボン酸はアンモニウム塩として存在するが、本工程で硫酸を用いた場合は、硫酸アンモニウムが副生塩として発生する。本発明の方法で、無機塩が副生塩である場合は、後続の抽出工程で副生塩による塩析効果による液々分離性状の改善が期待できる。
【0068】
酸添加量は用いる酸の強度にもよるが、通常は脂肪族ジカルボン酸塩を構成するカチオン量に対し0.1〜5倍等量程度の酸を添加する。通常、酸の添加はpHで調整する。pHは脂肪族ジカルボン酸の酸強度pKaにもよるが、少なくとも脂肪族ジカルボン酸のpKa以下とする。通常はpH4以下で操作する。一方、酸を過剰に加えてもpHの下がり方は徐々に鈍化し、過剰の酸は脂肪族ジカルボン酸塩とは塩交換せず酸として系内に存在することとなる。余剰の酸は最終的には後続の抽出工程で抽残相として回収させ、その処理には再び中和処理等が必要になり非効率である。従ってpHは通常1以上で制御する。
【0069】
<抽出工程>
抽出工程は、脂肪族ジカルボン酸(塩)の水溶液、好ましくは必要に応じてプロトン化工程を経た脂肪族ジカルボン酸を含む水溶液、好ましくは更に微生物を除去した水溶液から、該水溶液と相分離する抽出溶剤を混合して接触させ、脂肪族ジカルボン酸を抽出溶剤中に抽出し、水溶液相と相分離する工程である。
【0070】
(抽出溶剤)
抽出工程において使用される抽出溶剤は、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液と相分離可能な溶剤であれば特に制限は無いが、無機性値/有機性値の比(以下、I/O値と略記することがある)が0.2以上2.3以下であることが好ましい。また、より好ましくはI/O値が0.3以上2.0以下である溶剤が用いられる。このような溶剤を用いることにより、脂肪族ジカルボン酸を選択的に抽出して、効率よく夾雑不純物と分離できる。
【0071】
また、抽出溶剤は、常圧(1気圧)で沸点が40℃以上の溶剤が好ましく、より好ましくは常圧で沸点が60℃以上の溶剤が用いられる。また、常圧での沸点が120℃以下であることが好ましく、より好ましくは常圧での沸点が100℃以下であって、特に好ましくは常圧での沸点が90℃以下の溶剤が用いられる。このような溶剤を用いることにより、溶剤が気化して引火する危険性や、溶剤が気化して脂肪族ジカルボン酸の抽出効率が低下するという問題や溶剤のリサイクルがしにくいといった問題を回避することができる。また、使用後の溶剤を蒸留などの方法により分離したり、精製して再利用したりする際の必要熱量が少なくてすむという利点がある。
【0072】
溶剤の無機性値及び有機性値は、有機概念図論(「系統的有機定性分析」藤田穆、風間書房(1974))により提案されており、有機化合物を構成する官能基に対して予め設定された数値を基に有機性値及び無機性値を算出し、その比を求めて得られる。
【0073】
抽出溶剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併合して用いてもよいが、通常は1種のみ用いられる。2種以上の溶剤を混合して用いる場合、混合溶剤のI/O値と沸点が上記好適範囲となるようにする。
【0074】
I/O値が0.2以上2.3以下であり、常圧で沸点が40℃以上の溶剤としては、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセトン等のケトン系溶剤、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶剤、酢酸エチル等のエステル系溶剤、アセトニトリル等のニトリル系溶剤、プロパノール、ブタノール、オクタノール等の炭素数3以上のアルコールが例示される。
【0075】
各溶剤のI/O値および常圧での沸点を以下の表に示す。
【0076】
【表1】

【0077】
上記のような抽出溶剤を脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液に加えて脂肪族ジカルボン酸の抽出工程を行う。ここで、抽出溶剤は、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液の容量1に対し0.5〜5の容量で加えることが好ましく、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液の容量1に対し1〜3の容量で加えることがより好ましい。
【0078】
抽出操作により、脂肪族ジカルボン酸を選択的に抽出溶剤中に抽出回収することができ、生成効率をより高めることができる。発酵液由来の水溶性の高い糖類、アミノ酸類、無機塩類は主に水溶液相側に分配される。また、脂肪族ジカルボン酸塩のプロトン化工程で発生した副生塩も水溶液相側に分配され、脂肪族ジカルボン酸と容易に分離できる。例えば副生塩が硫酸アンモニウムの場合はほぼ全ての硫酸アンモニウムが水溶液相側に回収される。同時に硫酸アンモニウムは、水溶液相側に回収されたアミノ酸、糖類とともに濃縮、晶析、乾燥等の処理によりアミノ酸、糖類を有機分含んだ硫酸アンモニウムとして回収することができる。この硫酸アンモニウムは有機物を適度に含むことから肥料として有用である。
【0079】
(抽出温度)
抽出温度は脂肪族ジカルボン酸が抽出される温度であればよいが、30〜60℃が好ましい。抽出温度が低いと一般に脂肪族ジカルボン酸の抽出率は高くなるが、液粘性が上がるためか、以下に記載する抽出工程で発生した固形分の沈降が遅くなり、溶剤相側に固形分が混入する虞が高くなり好ましくない。一方、抽出温度が高いと固形分の沈降は速く、固形分の分離は容易となるが、脂肪族ジカルボン酸の抽出率が低く、効率が悪い。
【0080】
(固形分)
脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液から、脂肪族ジカルボンを抽出溶剤中に抽出する過程において、水溶液相(以下、「抽残相」と称す場合がある。)にも溶剤相(以下、「抽出相」と称す場合がある。)にも溶解しない固形分が生成し、抽出を阻害したり、その後続工程へ悪影響を及ぼしたり、脂肪族ジカルボン酸の純度悪化を招いたりするなどの問題が発生することがある。特に、バイオマス資源であるグルコース、ブドウ糖、セルロースなどから微生物変換によって得られた脂肪族ジカルボン酸(塩)及び糖類、アミノ酸、タンパク質、無機塩類等からなる水溶液である発酵液と抽出溶剤とを接触させて脂肪族ジカルボン酸を抽出する際には、抽出操作や相分離操作を特に困難とする場合があり注意を要する。
【0081】
例えば、通常、発酵液にはタンパク質など高次構造を有した高分子類が不純物として存在する。タンパク質などは通常水溶性が高く、抽出操作においてはその殆どが水溶液相へ分配されるが、抽出工程で溶剤と接触することにより、その高次構造が破壊、変性し、水にも溶剤にも溶解せず前記のような固形分になるものが一部存在する。
【0082】
抽出工程で生成した固形分は、主に液々界面近傍に集まる傾向にある。通常バッチ抽出では液々界面近傍に固形分が生成しても、固形分を除いて抽出相、抽残相を回収すれば操作上大きな問題とはならない。一方、連続抽出、特に向流多段抽出塔では固形分が連続的に発生するため液々分散、液々分離に支障が生じ、安定運転を妨げるばかりか、抽出ができなくなることさえある。また固形分を含んだ液が後続工程に流れると、後続工程で悪影響を及ぼすことがある。例えば、抽出工程で回収された脂肪族ジカルボン酸を含む抽出液は、脂肪族ジカルボン酸濃度が低いので濃縮する場合があるが、固形分が存在すると、リボイラーなど加熱面に固形分が付着、焦げ付き、伝熱効率を悪化させる。さらに後続工程にもよるが品質上問題になるケースもある。例えば、脂肪族ジカルボン酸をポリエステル原料として用いる場合においては、窒素原子がポリマー色調に大きく関与していることが判明している。固形分はタンパク質変性物を多く含み、窒素原子を多く含むため、固形分が最終製品にコンタミするとポリエステル色調に影響を及ぼす可能性がある。これらより抽出工程で生成した固形分は除去することが好ましい。
【0083】
固形分の除去方法は特に拘らないが、固形分のみを選択的に除くことが好ましい。例えばバッチ抽出においては、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液に抽出溶剤を加え、充分混合した後、抽出相、固形物を多く含む中間相、抽残相をそれぞれ分離回収することができる。また連続抽出においては、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液と抽出溶剤を混合するミキサー部と混合液を液々分離するセトラー部からなるミキサーセトラー型抽出装置において、セトラーで抽出相、固形分を多く含む中間相、抽残相をそれぞれ回収することができる。ミキサーは脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液と抽出溶剤が充分混合すればどのような方式でも良く、攪拌槽、スタティックミキサーなどが挙げられる。ただし、攪拌槽を用いる場合は、発生した固形分に、攪拌により攪拌槽内に巻き込まれた気泡が付着し、後続のセトラーにおける固形分の沈降を著しく阻害するので、攪拌条件の設定には注意を要する。操作許容範囲の広さ、設備費用の観点からはミキサーはスタティックミキサーとするのが望ましい。一方、セトラーのタイプは特に限定しない。一槽式で抽出相、中間相、抽残相をそれぞれ回収するタイプ、多槽式で抽出相、中間相、抽残相をそれぞれ回収するタイプなどが挙げられる。
【0084】
固形物を多く含む中間相は、抽出相、抽残相も含むため、固液分離し、固形分と抽出相および/または抽残相を分離し、抽出相および/または抽残相を回収することができる。この場合、固液分離方法についても特に限定されるものではないが、沈降分離、濾過分離、いずれの方法も用いることができる。沈降分離においては、重力場で固形分を沈降分離しても、また遠心力場において固形分を沈降分離してもよい。沈降速度の面から遠心沈降分離が望ましい。また、その方式はバッチ操作でも連続操作でもよい。例えば、連続式の遠心沈降機としてはスクリューデカンター、分離板式遠心沈降機が挙げられる。濾過分離において、その方法は、濾材、濾過圧力、連続操作・バッチ操作などで分類されるが、いずれも固形分を抽出相および/または抽残相と分離できれば特に限定するもののではない。ただし、濾材の目開きは0.1μm以上10μm以下が望ましい。濾材の目開きが0.1μm未満では透過流束が小さすぎ濾過に時間がかかりすぎる。一方、濾材の目開きが10μmを超えると固形分の分離が不十分となる。また濾材の材質は抽出溶剤に不溶である必要があることからポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂などを用いることが望ましい。濾過は真空式でも、加圧式でも、遠心式いずれも用いることができる。さらにその方式は連続式でも、バッチ式でも構わない。
【0085】
(抽出装置)
抽出装置は、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液と抽出溶剤との接触、抽出相と抽残相の分離回収、および固形分を含む中間相の除去ができればどのような装置であってもかまわないが、装置が簡単で操作も容易な、上記のミキサーセトラー型抽出装置が好ましい。
【0086】
(抽出操作)
抽出は一段で行っても、多段で行ってもよい。また、抽出溶剤は脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液に対してクロスフローで流しても、カウンターフローで流しても構わない。
【0087】
最も望ましい形態は、脂肪族ジカルボン酸(塩)、好ましくは脂肪族ジカルボン酸を含有する水溶液と抽出溶剤をミキサーセトラー型抽出装置で混合した後、液々分離し、抽出相、中間相、抽残相をそれぞれ分離回収し、中間相は固液分離し、固形分と抽出相および/または抽残相に分離し、分離回収した抽出相および/または抽残相は、セトラーで回収された抽出相および/または抽残相に混合し、さらに一段の抽出では充分な収率が得られないため、抽残相と新たな抽出溶剤を向流多段抽出で混合し、抽出相と抽残相を回収する方式である。
【0088】
図2は、この好適な抽出工程を示す系統図であり、発酵液、好ましくは必要に応じてプロトン化工程と微生物除去工程を経た発酵液は、スタティックミキサー1で抽出溶剤と混合され、ミキサーセトラー型抽出装置2で更に混合された後、液々分離され、抽出相、中間相、抽残相がそれぞれ分離回収される。中間相は遠心沈降機3で固液分離され、固形分と抽出相に分離され、分離回収された抽出相は、ミキサーセトラー型抽出装置2で回収された抽出相と混合される。ミキサーセトラー型抽出装置2からの抽残相は向流多段抽出塔4で新たな抽出溶剤と混合され、更に抽出相と抽残相とに分離されて、抽出相は先のミキサーセトラー型抽出装置2からの抽出相と混合される。
【0089】
抽出相中に選択的に回収された脂肪族ジカルボン酸を最終的に脂肪族ジカルボン酸結晶として回収するには通常、以下の濃縮工程と前述の晶析工程等が必要となる。
【0090】
[溶剤除去工程]
一般に、抽出工程で回収される抽出相における脂肪族ジカルボン酸の濃度は希薄であるため、溶剤を除去して濃縮する操作が必要となる。この操作は通常蒸留により行われる。濃縮度は特に限定されるものではないが、最終濃縮液(蒸留釜残液)中の脂肪族ジカルボン酸の溶解度が飽和溶解度以下であり、かつ極力飽和溶解度に近いほうが好ましい。
【0091】
また、抽出溶剤は水と最低共沸組成を形成することが多く、また共沸組成は抽出溶剤リッチな組成であることが多い。従って、蒸留操作に伴い抽出溶剤が多く留去することとなり濃縮液(蒸留釜残液)中の抽出溶剤濃度は蒸留操作前に比べ低下する。脂肪族ジカルボン酸の溶解度は抽出溶剤が存在するケースよりも水だけのケースのほうが小さいため、蒸留により抽出溶剤濃度が低下するのは後続の晶析工程での脂肪族ジカルボン酸回収率という観点でも有利であり、このような溶剤除去後の抽出溶剤濃度は1重量%以下とすることが望ましい。
【0092】
最終濃縮液(蒸留釜残液)の抽出溶剤濃度を1重量%以下、脂肪族ジカルボン酸濃度を飽和溶解度近傍とするために濃縮前および/または濃縮(蒸留)操作の過程で水を加えてもよい。
【0093】
<高度精製処理工程>
本発明により得られる脂肪族ジカルボン酸結晶はその用途に応じ、乾燥処理またはさらに高度精製処理を施すこともできる。高度精製処理工程としては、具体的には例えば活性炭や、ゼオライト等の吸着剤による脱色工程、イオン交換樹脂により共存イオン類を除去するイオン交換工程、共存する不飽和ジカルボン酸を水添処理する工程などが挙げられる。
【実施例】
【0094】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
【0095】
<酸類、糖類の定量分析>
酸類、糖類の定量分析には、高速液体クロマトグラフィー(LC)を用い、以下の条件で測定を行った。
カラム;信和化工(株)製「ULTRON PS−80H」(8.0mmI.D.×30cm)
溶離液:水(過塩素酸)(過塩素酸60%水溶液1.8mL/1L−HO)
温度:60℃
【0096】
<アミノ酸の定量分析>
アミノ酸の定量分析には、下記アミノ酸分析装置を用い、以下の条件で測定を行った。
装置:日立アミノ酸分析計「L−8900」
分析条件:生体アミノ酸分離条件−ニンヒドリン発色法(570nm,440nm)
標準品:PF(和光アミノ酸混合液ANII型0.8mL+B型0.8mL→10mL)
注入量:10μL
【0097】
<タンパク質の定量分析>
タンパク質の定量分析は、下記手順に従って、試料を塩酸により加水分解処理し、加水分解前後の総アミノ酸量の増分を上記アミノ酸定量方法に従い定量し、タンパク質量と見なして行った。
(タンパク質定量のための加水分解処理)
試料10mg或いは100mgを精秤し、純水で1mL定容としたものを、200μL
分注、乾固し、塩酸雰囲気下150℃で1時間加熱し、タンパク質を加水分解処理した。
これを乾固させた後純水200μLを加えて再溶解させ、0.45μmフィルターで濾過後、濾液をアミノ酸の分析に供した。
【0098】
〔実施例1〕
[バイオマス資源からのコハク酸の誘導]
(A)ブレビバクテリウム・フラバムMJ233株ゲノムDNAの抽出
ブレビバクテリウム・フラバムMJ233は、1975年4月28日に通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)(〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM P−3068として寄託され、1981年5月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP−1497の受託番号で寄託されている。
【0099】
A培地[尿素:2g、(NH42SO4:7g、KH2PO4:0.5g、K2HPO4:0.5g、MgSO4・7H2O:0.5g、FeSO4・7H2O:6mg、MnSO4・4−5H2O:6mg、ビオチン:200μg、チアミン:200μg、イーストエキストラクト:1g、カザミノ酸:1g、グルコース:20gを蒸留水1Lに溶解]10mlに、ブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株を対数増殖期後期まで培養し、遠心分離(10000g、5分)により菌体を集めた。得られた菌体を10mg/mlの濃度にリゾチームを含む10mM:NaCl/20mMトリス緩衝液(pH8.0)/1mM:EDTA・2Na溶液0.15mlに懸濁した。次に、上記懸濁液にプロテナーゼKを、最終濃度が100μg/mlになるように添加し、37℃で1時間保温した。さらにドデシル硫酸ナトリウムを最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロフォルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5,000×g、20分間、10〜12℃)し、上清画分を分取し、酢酸ナトリウムを0.3Mとなるように添加した後、2倍量のエタノールを加え混合した。遠心分離(15,000×g、2分)により回収した沈殿物を70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに10mMトリス緩衝液(pH7.5)−1mM:EDTA・2Na溶液5mlを加え、4℃で一晩静置し、以後のPCRの鋳型DNAに使用した。
【0100】
(B)PCプロモーター置換用プラスミドの構築
ブレビバクテリウム・フラバムMJ233株由来ピルベートカルボキシラーゼ遺伝子のN末端領域のDNA断片の取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されているコリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No.BA000036のCgl0689)を基に設計した合成DNA(配列番号1および配列番号2)を用いたPCRによって行った。尚、配列番号1のDNAは5’末端がリン酸化されたものを用いた。反応液組成:鋳型DNA1μL、PfxDNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.3μM各々プライマー、1mM MgSO、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で1分からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は4分とした。増幅産物の確認は、0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約0.9kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行い、これをPC遺伝子N末端断片とした。
【0101】
一方、ブレビバクテリウム・フラバムMJ233株由来で構成的に高発現するTZ4プロモーター断片はプラスミドpMJPC1(特開2005−95169)を鋳型とし、配列番号3および配列番号4に記載の合成DNAを用いたPCRにより調製した。尚、配列番号4のDNAは5’末端がリン酸化されたものを用いた。反応液組成:鋳型DNA1μL、PfxDNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.3μM各々プライマー、1mM MgSO、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で30秒分らなるサイクルを25回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は3分とした。増幅産物の確認は、1.0%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約0.5kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行い、これをTZ4プロモーター断片とした。
【0102】
上記にて調製したPC遺伝子N末端断片とTZ4プロモーター断片を混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結後、制限酵素PstIで切断し、1.0%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離し、約1.0kbのDNA断片をQIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて回収し、これをTZ4プロモーター:PC遺伝子N末端断片とした。さらにこのDNA断片と大腸菌プラスミドpHSG299(宝酒造製)をPstIで切断して調製したDNAと混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結した。得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/ml カナマシンおよび50μg/ml X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素PstIで切断することにより、約1.0kbの挿入断片が認められ、これをpMJPC17.1と命名した。
【0103】
ブレビバクテリウム・フラバムMJ233株由来ピルベートカルボキシラーゼ遺伝子の5’上流領域のDNA断片の取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されているコリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No.BA000036)を基に設計した合成DNA(配列番号5および配列番号6)を用いたPCRによって行った。反応液組成:鋳型DNA1μL、PfxDNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.3μM各々プライマー、1mM MgSO、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で30秒からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。増幅産物の確認は、1.0%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約0.7kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行った。回収したDNA断片は、T4 ポリヌクレオチドキナーゼ(T4 Polynucleotide Kinase:宝酒造製)により5’末端をリン酸化した後、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて大腸菌ベクターpUC119(宝酒造製)のSmaI部位に結合し、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/ml アンピシリンおよび50μg/ml X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを、配列番号7および配列番号6で示した合成DNAをプライマーとしたPCR反応に供した。反応液組成:上記プラスミド1ng、Ex−TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.2μM各々プライマー、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で50秒からなるサイクルを20回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。このようにして挿入DNA断片の有無を確認した結果、約0.7kbの増幅産物を認めるプラスミドを選抜し、これをpMJPC5.1と命名した。
次に、上記pMJPC17.1およびpMJPC5.1をそれぞれ制限酵素XbaIで切断後混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結した。これを制限酵素SacIおよび制限酵素SphIで切断したDNA断片を0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離し、約1.75kbのDNA断片をQIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて回収した。このPC遺伝子の5’上流領域とN末端領域の間にTZ4プロモーターが挿入されたDNA断片を、sacB遺伝子を含むプラスミドpKMB1(特開2005−95169)をSacIおよびSphIで切断して調製したDNAと混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結した。得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mlカナマシンおよび50μg/mlX−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素SacIおよびSphIで切断することにより、約1.75kbの挿入断片が認められ、これをpMJPC17.2と命名した(図1)。
【0104】
(C)PC増強株の作製
ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH(LDH活性が低下した株:特開2005−95169)の形質転換に用いるプラスミドDNAは、pMJPC17.2のプラスミドDNA用いて塩化カルシウム法(Journal of Molecular Biology,53,159,1970)により形質転換した大腸菌JM110株から再調製した。ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株の形質転換は電気パルス法(Res.Microbiol.、Vol.144,p.181-185,1993)によって行い、得られた形質転換体をカナマイシン:25μg/mlを含むLBG寒天培地[トリプトン:10g、イーストエキストラクト:5g、NaCl:5g、グルコース:20g、及び寒天:15gを蒸留水1Lに溶解]に塗抹した。この培地上に生育した株は、pMJPC17.2がブレビバクテリウム・フラバムMJ233株菌体内で複製不可能なプラスミドであるため、該プラスミドのPC遺伝子とブレビバクテリウム・フラバムMJ233株ゲノム上の同遺伝子との間で相同組み換えを起こした結果、ゲノム上に該プラスミドに由来するカナマイシン耐性遺伝子およびsacB遺伝子が挿入されているはずである。次に、上記相同組み換え株をカナマイシン25μg/mlを含むLBG培地にて液体培養した。この培養液の菌体数約100万相当分を10%ショ糖含有LBG培地に塗抹にした。結果、2回目の相同組み換えによりsacB遺伝子が脱落しショ糖非感受性となったと考えられる株を数十個得た。この様にして得られた株の中には、そのPC遺伝子の上流にpMJPC17.2に由来するTZ4プロモーターが挿入されたものと野生型に戻ったものが含まれる。PC遺伝子がプロモーター置換型であるか野生型であるかの確認は、LBG培地にて液体培養して得られた菌体を直接PCR反応に供し、PC遺伝子の検出を行うことによって容易に確認できる。TZ4プロモーターおよびPC遺伝子をPCR増幅するためのプライマー(配列番号8および配列番号9)を用いて分析すると、プロモーター置換型では678bpのDNA断片を認めるはずである。上記方法にてショ糖非感受性となった菌株を分析した結果、TZ4プロモーターが挿入された株を選抜し、該株をブレビバクテリウム・フラバムMJ233/PC−5/ΔLDHと命名した。
【0105】
<ジャーファーメンターによるコハク酸発酵液の調製>
(A)種培養
尿素:4g、硫酸アンモニウム:14g、リン酸1カリウム:0.5g、リン酸2カリウム0.5g、硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:200μg、塩酸チアミン:200μg、酵母エキス:1g、カザミノ酸:1gを蒸留水に溶解して1000mlに調整した培地100mlを500mlの三角フラスコにいれ、121℃、20分加熱滅菌した。これを室温まで冷やし、あらかじめ滅菌した50%グルコース水溶液を4mlを添加し、上記で構築したブレビバクテリウム・フラバムMJ233/PC−5/ΔLDH株を接種して16時間30℃にて振とう(160rpm)培養した。
【0106】
(B)本培養
硫酸アンモニウム:3.0g、85%リン酸:6.7g、塩化カリウム:4.9g、硫酸マグネシウム・7水和物:1.5g、硫酸第一鉄・7水和物:120mg、硫酸マンガン・水和物:120mg、コーンスティープリカー(王子コーンスターチ社製)30.0g、10N水酸化カリウム水溶液:11.0g、消泡剤(CE457:日本油脂製):2.5gを蒸留水に溶解して調整した培地2.0Lを5Lの発酵糟に入れ、121℃、20分加熱滅菌した。これを室温まで冷やしてから28%アンモニア水を加えてpHを7.0に調整した後、予めフィルター滅菌したD−ビオチン、塩酸チアミン各0.2g/L水溶液:15ml、及びあらかじめ滅菌した720g/Lショ糖水溶液:110mlを添加し、これに前述の種培養液を100ml加えて、30℃に保温した。pHは28%アンモニア水を用いて7.2以下にならないように保ち、通気は毎分3.0L、背圧は0.05MPa、攪拌は毎分750回転で本培養を開始した。溶存酸素濃度がほぼ0まで低下した後、再び上昇を開始して1ppmに達したところであらかじめ滅菌した72%ショ糖水溶液を約5.3g添加したところ、再び0まで低下した。溶存酸素濃度が再び上昇するごとに上記の方法にてショ糖水溶液添加を繰り返して、培養開始後19時間まで継続した。
【0107】
(C)コハク酸生成反応
85%リン酸:1.6g、硫酸マグネシウム・7水和物:1.1g、硫酸第一鉄・7水和物:43mg、硫酸マンガン・水和物:43mg、10N水酸化カリウム水溶液:2.86gを蒸留水に溶解し、全量を42mlに調整後、121℃、20分加熱滅菌処理し、反応濃縮培地を作製した。
【0108】
室温まで冷却した上記反応濃縮培地:42ml、及び予め滅菌した720g/Lショ糖水溶液:530ml、滅菌水:1.2L、予めフィルター滅菌したD−ビオチン、塩酸チアミン各0.2g/L水溶液:20ml、上記本培養により得られた培養液675mlを5Lのジャーファーメンターに加え反応を開始した。反応温度は40℃、攪拌回転数は毎分150、pHは中和剤(炭酸水素アンモニウム:171g、28%アンモニア水:354g、蒸留水:529g)の逐次添加によって7.35に調整しながら反応を継続し、反応液中の残存ショ糖が0.1g/L以下になったところで終了した。
このようにして調整したコハク酸発酵液を遠心分離(15,000G、5分)処理して上澄み液(発酵液)を得た。下記表2にこの発酵液の組成分析結果を示す。
【0109】
【表2】

【0110】
<プロトン化>
上述のコハク酸発酵液1500gに98%硫酸を加えpHを2.5に調整した。ここで98%硫酸添加量は150gであった。
【0111】
<抽出>
硫酸添加後のコハク酸発酵液はボトム弁付の容量5Lのジャケット付攪拌槽に添加し、さらに予め水を添加した10%含水メチルエチルケトン(以下、「MEK」と略記することがある。)溶液2475gを加えた後(MEK溶液(重量)/コハク酸水溶液(重量)=1.5(重量/重量))、ジャケットに温水を通液することで内温を30℃に制御しながら30分間攪拌した。その後、攪拌を止め、内温を30℃に制御しながら約1時間静置した。静置後液々界面近傍のMEK相には不溶成分(固形分を含む中間相)が存在していた。
攪拌槽のボトム弁から抽残相、中間相、抽出相を順に回収したところ、それぞれの重量は抽出相2503g、抽残相1490g、中間相132gであった。抽出相を組成分析した結果を、下記表3に示す。
【0112】
【表3】

【0113】
<溶剤除去(蒸留濃縮)>
回収した抽出相は連続蒸留によりMEKを実質的に除去して濃縮した。ここで蒸留留出液はMEKと水の共沸組成物、すなわち11重量%含水MEKとして回収されるが、釜残液の濃縮度合い次第ではコハク酸が析出する懸念がある。そこで蒸留留出液が11重量%含水MEK、釜残液が30重量%コハク酸溶液となるよう抽出相2503gに対し103gの水を添加した。ここで水の添加量は下記計算に従い算出した。
【0114】
(抽出相の希釈)
抽出相のMEKおよびコハク酸濃度をそれぞれCMEK,0、CSA,0、希釈後のMEKおよびコハク酸濃度をそれぞれCMEK,1、CSA,1とした際の相図を図3に示す。図3では、抽出相の水による希釈、その後の蒸留におけるMEKおよびコハク酸の組成変化が示されている。
図3において希釈操作線は、抽出相組成(CMEK,0,CSA,0)および原点(0,0)を結ぶ線、
SA=(CSA,0/CMEK,0)CMEK
また蒸留操作線は釜残液(0,0.3)と留出液(0.89,0)結ぶ線、
SA=0.3−(0.3/0.89)CMEK
で表現され、希釈後の液はそれぞれの線の交点にあることから、
SA,1=(CSA,0/CMEK,0)CMEK,1
SA,1=0.3−(0.3/0.89)CMEK,1
となる。
これらを解くことで希釈液組成(CMEK,1,CSA,1)が得られる。さらに希釈水の添加量は抽出相に対して、(CMEK,0−CMEK,1)/CMEK,1で計算することができる。
ここでは、抽出液組成が(0.8220,0.0353)であったので、希釈後の組成は(0.7895,0.0339)、希釈水の添加量は抽出液に対して4.12重量%、すなわち2503g×4.12重量%=103gとした。
【0115】
蒸留装置としては、φ5mmコイルパックを高さ30cmまで充填した、内径φ40mmの充填カラムと500mLの丸底フラスコ、さらには還留器を備えた常圧連続蒸留装置を用いた。
【0116】
上記希釈液を丸底フラスコへ約300mL入れ、オイルバスで加熱し、全還留状態を維持しながら系内を安定させた後に、塔頂温度を74℃(共沸温度)に調整した。この際の丸底フラスコ内温度は101℃であった。塔内が安定したのを確認後、還留比を1に設定し、留出液を連続的に抜出すとともに希釈液を充填塔中段へ連続的に供給し、釜残液も連続的に抜出した。供給液は予熱器であらかじめ60℃まで加熱した後、充填塔へ供給した。供給液は塔頂温度の変化が±1℃以内となるように100mL/時間の速度で供給を始め、約1時間かけて最終的に400mL/時間まで供給速度を高めた。希釈液2606gを全量蒸留するのに7時間を要した。蒸留後のフラスコ内部は目視で確認したところきれいな状態であった。蒸留により得られたコハク酸を含有する水溶液は、290gであった。この水溶液の組成を分析した結果を、下記表4に示す。
【0117】
【表4】

【0118】
<冷却晶析>
内径86mmのガラス製(肉厚約1.5mm)ジャケット付フラスコおよびJIS G 4304に規定されるSUS304ステンレス鋼製の径50mm、巾15mmの下向き45°4枚パドル翼1段、巾10mmの邪魔板4枚を備えた攪拌槽を用いてコハク酸の冷却晶析を以下の手順で行った。
【0119】
上記の蒸留により得られたコハク酸水溶液を上記の攪拌機及び恒温ジャケット付セパラブルフラスコに注入し、攪拌速度300回転/分、ジャケット温度80℃で安定させた。その後で一時間かけて20℃まで冷却した後、20℃にて一時間攪拌させコハク酸結晶を析出させた。析出したコハク酸結晶はブフナー型漏斗で濾別し、さらに結晶と同重量の純水で懸濁洗浄した後、再度ブフナー型漏斗で濾別した。得られた結晶は60〜110Torr(8〜15kPa),80℃で乾燥し、コハク酸結晶を回収した。回収したコハク酸結晶の平均アスペクト比を、株式会社キーエンス社製デジタル顕微鏡「デジタルHFマイクロスコープVH−8000」(撮影倍率:50倍)で測定したところ5.3であった。また平均結晶長さは1.6mm、最大結晶長さは2.7mmであった。
【0120】
〔比較例1〕
所定量の食品添加グレードのコハク酸(川崎化成)150gを蒸留水350gに80℃にて溶解させコハク酸30重量%水溶液を調製し、実施例1と同様の方法で冷却晶析を行って、コハク酸を回収した。回収したコハク酸の平均アスペクト比は1.3であった。また平均結晶長さは0.8mm、最大結晶長さは1.3mmであった。
【0121】
図4(a),(b)に実施例1及び比較例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のデジタル顕微鏡写真を示す。
【0122】
〔スラリー高さ〕
均一スラリーを得るための難易度の指標として、次のようにスラリー高さを定義した。すなわち内径37mmのガラス製サンプル瓶に純水または1,4−ブタンジオール(1,4−BG)70gとコハク酸結晶15gを混入し、20℃温度制御下、径20mm、巾6mm(厚み5mm)のガラス製90°平板パドルからなる攪拌羽根を用い、500rpm、600rpm、700rpmで攪拌し、コハク酸結晶がサンプル瓶底から舞い上がる高さをスラリー高さと定義した。この値は大きい程スラリー化が容易である。
【0123】
実施例1および比較例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶について、それぞれ上記のスラリー高さを調べ、結果を下記表5並びに図5(a),(b)に示した。
【0124】
【表5】

【0125】
以上の結果から、本発明により得られる脂肪族ジカルボン酸結晶は、アスペクト比が高い特徴を持ち、しかもスラリーの均一化が容易に達成できることがわかる。
【0126】
なお、同様の晶析操作を行ったにもかかわらず、実施例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比が大きく、比較例1で得られた脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比が小さい理由は、実施例1では、バイオマス資源由来の脂肪族ジカルボン酸を含む水溶液から晶析を行ったものであるのに対して、比較例1では、晶析に用いた脂肪族ジカルボン酸が、石油を由来として化学合成したものであって、水溶液中にバイオマス資源由来の物質が存在しなかったことによると考えられる。
【符号の説明】
【0127】
1 スタティックミキサー
2 ミキサーセトラー型抽出装置
3 遠心沈降機
4 向流多段抽出塔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から晶析回収した脂肪族ジカルボン酸結晶であって、最大結晶長さとその巾の比(アスペクト比)の平均値が2以上20以下である針状結晶からなることを特徴とする脂肪族ジカルボン酸結晶。
【請求項2】
脂肪族ジカルボン酸がコハク酸であることを特徴とする請求項1に記載の脂肪族ジカルボン酸結晶。
【請求項3】
バイオマス資源から誘導された脂肪族ジカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸の塩から選ばれる少なくとも一つを含む水溶液から脂肪族ジカルボン酸結晶を晶析回収することを特徴とする脂肪族ジカルボン酸の製造方法。
【請求項4】
前記脂肪族ジカルボン酸結晶のアスペクト比が2以上20以下であることを特徴とする請求項3に記載の脂肪族ジカルボン酸の製造方法。
【請求項5】
脂肪族ジカルボン酸がコハク酸であることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の脂肪族ジカルボン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−180306(P2012−180306A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44109(P2011−44109)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】