説明

脆性き裂伝播停止特性評価方法

【課題】試験コストを低減しつつ極低温環境下における材料の脆性き裂伝播停止特性の評価を可能にする脆性き裂伝播停止特性評価方法を提供する。
【解決手段】試験片に引張試験を実施することにより前記試験片にき裂を発生させて材料の脆性き裂伝播停止特性を評価する評価方法であって、前記試験片は、評価対象材料からなる供試材と、前記引張試験における引張方向と直交する方向において前記供試材の一端側に溶接され前記供試材よりも低靭性の脆化材と、前記直交する方向において前記供試材の他端側に溶接される補助材とからなり、前記き裂は、前記脆化材において強制的に発生され、前記引張試験における負荷応力は、前記強制的に発生されたき裂が前記供試材において停止するように設定されることを特徴とする脆性き裂伝播停止特性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材等の脆性き裂伝播停止特性を評価するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液化天然ガス(LNG)等を貯蔵する極低温貯槽タンクにおいて用いられる鋼材には、安全性確保の面から優れた破壊靱性が要求される。ここで、破壊靭性には、所定の初期欠陥に基づいて発生する脆性破壊に対する耐性と、脆性破壊が発生した場合のき裂伝播に対する耐性とが含まれる。この2つの耐性は、互いに関わりはあるものの、基本的には独立したものである。そのため、一方の耐性が要求される耐性を満足したからといって、必ずしも他方の耐性が要求される耐性を満足するものではなく、各耐性についてそれぞれ評価を行う必要がある。
【0003】
上記の2つの耐性のうち、き裂伝播に対する耐性(以下、脆性き裂伝播停止特性と記す。)の評価においては、鋼材が所定のき裂伝播を停止できることを数値により示すことが必要である。通常、この脆性き裂伝播停止特性は、応力拡大係数(K値)をパラメータとしてKcaという靭性値によって表される。
【0004】
靭性値Kcaは、一般に、温度勾配型ESSO試験または温度勾配型二重引張試験等によって評価される(例えば、非特許文献1参照)。以下、評価方法の一例として温度勾配型ESSO試験について簡単に説明する。
【0005】
図1は、温度勾配型ESSO試験の一例を示す図である。図1に示すように、温度勾配型ESSO試験においては、供試材10(例えば、幅500mm程度の大型試験片)の両側に冶具11が取り付けられ、供試材10の上端部には切欠10aが形成される。また、供試材10の上部が冷却されるとともに下部が加熱されることにより、供試材10に所定の温度勾配が付与される。この状態で、冶具11を引っ張ることにより供試材10に所定の負荷応力を作用させるとともに、切欠10aにくさび12を打ち込むことにより供試材10に脆性き裂を強制的に発生させる。
【0006】
ここで、材料の靭性値Kca(き裂伝播停止特性)は温度依存性が大きく、材料の温度が高くなるほど高く、材料の温度が低くなるほど低くなる。温度勾配型ESSO試験は、このような材料の特性を利用した試験である。すなわち、上記の温度勾配型ESSO試験においては、供試材10の上部側では靭性値Kcaは低くなるが、下部側では靭性値Kcaが高くなる。そのため、供試材10の上部側では、供試材10の靭性値Kca(き裂伝播停止特性)に対してき裂の伝播駆動力(応力拡大係数)が大きいためき裂は停止しないが、き裂が供試材10の下部側に伝播することにより、靭性値Kcaとき裂の伝播駆動力との差が徐々に小さくなる。そして、靭性値Kcaとき裂の伝播駆動力とが一致した場合に、き裂が停止する。このような関係を利用して、温度勾配型ESSO試験においては、き裂の停止位置、その位置における供試材10の温度、および供試材10の引張応力等に基づいて靭性値Kcaを求めることができる。
【0007】
ところで、LNG貯槽タンクに貯蔵されるLNGの温度は約−165℃と極低温であるので、LNG貯槽タンクには、9%Ni鋼等のように、極低温環境下においても高靭性を有する材料が使用されている(以下、特に断らない限り「%」は「質量%」を意味する。)。このような高靭性を有する材料を温度勾配型ESSO試験により評価する場合、脆性き裂を発生させるためには材料の温度を十分に低下させなければならない。しかしながら、9%Ni鋼等のような高靭性の材料では、約−196℃程度(液体窒素を利用して低下させることができる温度)まで温度を低下させても脆性き裂を発生させることは容易ではない。また、材料の温度をさらに低下させるためには、液体水素等を用いなければならず、安全性の点で問題がある。このような問題は、温度勾配型二重引張試験においても同様に生じる。
【0008】
そこで、このような高靭性材料の靭性値Kcaを評価するための試験として、混成型ESSO試験が提案されている。図2は、混成型ESSO試験の一例を示す図である。
【0009】
図2に示すように、混成型ESSO試験においては、供試材10の上側に低靭性の脆化材13が溶接された混成型ESSO試験用試験片100(以下、単に試験片100と略記する。)が用いられる。試験片100においては、脆化材13の上端部に切欠13aが形成される。供試材10および脆化材13の温度は一定に保持されている。この状態で、冶具11を引っ張ることにより試験片100に所定の負荷応力を作用させるとともに、切欠13aにくさび12を打ち込むことにより脆化材13に脆性き裂を強制的に発生させる。
【0010】
ここで、き裂の伝播駆動力は、き裂長さの増加に従って増加する。上述したように、混成型ESSO試験では、まず、脆化材13においてき裂が発生するので、そのき裂が供試材10に到達するまでにき裂の伝播駆動力を十分に大きくすることができる。それにより、供試材10が高靭性材料である場合でも、脆化材13において発生したき裂を供試材10に伝播させることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「破壊力学と材料強度講座8 脆性破壊2−破壊靭性試験−」、培風館、1977、P35〜P46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記の混成型ESSO試験においても下記のような問題がある。すなわち、混成型ESSO試験においては、供試材10の温度が一定に保持されるため、供試材10の靭性値Kca(き裂伝播停止特性)は一定になる。ここで、脆化材13から供試材10にき裂が伝播するということは、き裂の伝播駆動力が供試材10の靭性値Kcaよりも大きくなっていることを意味する。この場合、供試材10の靭性値Kcaが一定であるので、供試材10においてき裂を停止させることはできない。き裂の伝播駆動力は、供試材10に作用する負荷応力(引張応力)を調整することにより調整することができるが、き裂の伝播駆動力が供試材10の靭性値Kcaよりも小さくなると、脆化材13から供試材10にき裂が伝播しない。したがって、混成型ESSO試験によって靭性値Kcaを詳細に評価するためには、多数の供試材10を用意し、それぞれ負荷応力(引張応力)を変化させて試験を行うことにより、き裂が供試材10に伝播する場合(Go)のき裂の伝播駆動力とき裂が供試材10に伝播しない場合(No‐Go)のき裂の伝播駆動力との境界点を見つけなければならない。この場合、試験を多数回行わなければならないので、試験コストが高くなる。
【0013】
本発明は、上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、試験コストを低減しつつ極低温環境下における材料の脆性き裂伝播停止特性の評価を可能にする脆性き裂伝播停止特性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、極低温環境下であっても、高靭性材料の脆性き裂伝播停止特性の評価を可能にする評価方法を提供すべく、種々の検討を重ねた。その結果、次の(a)〜(d)の知見を得た。
【0015】
(a)極低温において高靭性材料からなる供試材にき裂を発生させるためには、供試材よりも低靭性の脆化材を供試材に溶接し、その脆化材においてき裂を強制的に発生させればよい。
【0016】
(b)供試材の脆性き裂伝播停止特性の評価において試験コストを低下させるため、すなわち、少ない試験回数で脆性き裂伝播停止特性の評価を行うためには、供試材においてき裂伝播を停止させることができればよい。そのためには、供試材においてき裂の伝播駆動力を低下させる必要がある。供試材においてき裂の伝播駆動力を低下させるためには、供試材に圧縮方向の残留応力(圧縮応力)を発生させる必要がある。供試材に十分な圧縮応力を発生させるためには、供試材を挟むように脆化材および補助材を溶接する必要がある。
【0017】
(c)供試材の靭性値は、き裂が停止した位置におけるき裂の伝播駆動力に等しいと考えることができる。したがって、供試材の残留応力および引張試験の負荷応力に基づいて数値計算により供試材の任意の位置におけるき裂の伝播駆動力を算出し、その算出結果からき裂が停止した位置におけるき裂の伝播駆動力を求め、その求めた伝播駆動力を供試材の靭性値とすることができる。
【0018】
(d)供試材においてき裂を確実に低下させるためには、引張試験における負荷応力を適切に調整する必要がある。また、脆化材から供試材にき裂を確実に伝播させるためには、脆化材と供試材とを接合する溶接材を適切に選択する必要がある。また、供試材に適切な圧縮応力を発生させるためには、脆化材と供試材との溶接位置および供試材と補助材との溶接位置を適切に調整する必要がある。
【0019】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(6)の脆性き裂伝播停止特性評価方法にある。
【0020】
(1)試験片に引張試験を実施することにより前記試験片にき裂を発生させて材料の脆性き裂伝播停止特性を評価する評価方法であって、前記試験片は、評価対象材料からなる供試材と、前記引張試験における引張方向と直交する方向において前記供試材の一端側に溶接され前記供試材よりも低靭性の脆化材と、前記直交する方向において前記供試材の他端側に溶接される補助材とからなり、前記き裂は、前記脆化材において強制的に発生され、前記引張試験における負荷応力は、前記強制的に発生されたき裂が前記供試材において停止するように設定されることを特徴とする脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【0021】
(2)前記試験片の残留応力および前記負荷応力に基づいて数値計算により前記試験片の任意の位置におけるき裂の伝播駆動力を算出し、その算出結果から前記き裂が停止した位置におけるき裂の伝播駆動力を求め、その求めた伝播駆動力を前記供試材の靭性値とすることを特徴とする上記(1)に記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【0022】
(3)前記脆化材および前記補助材は、前記供試材においてき裂の成長とともにき裂の伝播駆動力が低下するように前記供試材に溶接されることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【0023】
(4)前記脆化材と前記供試材とは、質量%で1.5%〜9%のNiを含有するNi系の溶接材料により溶接されることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【0024】
(5)前記引張試験における負荷応力は、下記式(1)を満たすように設定されることを特徴とする上記(1)〜(4)に記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【0025】
σ<(0.24σ−6.1)/(0.000053σ+0.295)・・・(1)
上記式(1)において、σは前記負荷応力を示し、σは前記脆化材と前記供試材とを接合する溶接材料の室温における降伏応力を示す。
【0026】
(6)前記試験片の幅は400mm〜600mmであり、前記脆化材と前記供試材との接合部は、前記き裂が強制的に発生される位置から130mm〜170mmの範囲に位置し、前記供試材と前記補助材との接合部は、前記き裂が強制的に発生される位置から300mm〜350mmの範囲に位置することを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法によれば、試験コストを低減しつつ極低温環境下における材料の脆性き裂伝播停止特性の評価を可能にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】温度勾配型ESSO試験の一例を示す図である。
【図2】混成型ESSO試験の一例を示す図である。
【図3】脆性き裂伝播停止特性評価方法において用いられる試験片を示す図である。
【図4】脆性き裂伝播停止特性評価方法における引張試験を示す図である。
【図5】図3に示す試験片の残留応力の一例を示すグラフである。
【図6】FEM解析により算出したき裂の伝播駆動力を示す図である。
【図7】図2に示す試験片の残留応力の一例を示すグラフである。
【図8】FEM解析によって算出したき裂の伝播駆動力を示す図である。
【図9】引張試験における負荷応力と供試材におけるき裂の伝播駆動力との関係を示したグラフである。
【図10】引張試験における負荷応力と供試材におけるき裂の伝播駆動力との関係を示したグラフである。
【図11】二重引張試験を実施する際に使用される試験片の一例を示す図である。
【図12】実施例1の試験片におけるき裂の伝播駆動力を示すグラフである。
【図13】実施例2の試験片におけるき裂の伝播駆動力を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法について図面を用いて説明する。
【0030】
1.脆性き裂伝播停止特性評価方法の概要
まず、脆性き裂伝播停止特性評価方法の概要について説明する。図3は、本実施の形態に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法において用いられる試験片を示す図である。また、図4は、本実施の形態に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法における引張試験を示す図である。
【0031】
図3に示すように、本実施の形態において用いられる試験片20は、供試材10の上側に脆化材13が溶接され、供試材10の下側に補助材14が溶接された構成を有する。脆化材13の上端部の中央部には、切欠13aが形成されている。
【0032】
脆化材13としては、供試材10よりも低靭性の材料が用いられる。脆化材13としては、例えば、9%Ni鋼を700℃に再加熱したあと炉冷した材料等を用いることができる。補助材14としては、任意の材料を用いることができ、供試材10と同一の材料を用いてもよい。供試材10と脆化材13とを接合する溶接材料15としては、降伏応力の高い材料を用いることが好ましく、例えば、3.5%Ni系の溶接材料を用いることができる。溶接材料15としてNi系の溶接材料を用いる場合には、Ni含有量は、1.5%〜9%程度であることが好ましい。供試材10と補助材14とを接合する溶接材料16としては、任意の溶接材料を用いることができ、溶接材料15と同一の溶接材料を用いてもよい。なお、溶接材料15,16としては、脆化材13、供試材10および補助材14よりも熱膨張係数の大きい材料が用いられる。
【0033】
試験片20の溶接方法としては任意の溶接方法を用いることができ、例えば、被覆アーク溶接法(SMAW)またはサブマージアーク溶接法(SAW)等を用いることができる。溶接時の入熱量は、溶接材料15,16の靭性に応じて決定することが好ましいが、入熱量が大きくなり過ぎると靭性の劣化が大きくなるので、通常は0.6〜3.0kJ/mmの範囲で溶接を行うことが好ましい。
【0034】
試験片20の幅Wは、例えば、400mm〜600mmに設定される。また、試験片20の幅Wが400mm〜600mmに設定され、引張方向における長さDが500mmに設定される場合には、脆化材13の上端と溶接材料15との間の長さd1は、例えば、130mm〜170mmに設定され、脆化材13の上端と溶接材料16との間の長さd2は、例えば、300mm〜350mmに設定される。
【0035】
図4に示すように、本実施の形態に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法においては、上記の試験片20を用いて混成型ESSO試験が行われる。具体的には、試験片20の両側に冶具11を取り付け、冶具11を引っ張ることにより試験片20に所定の負荷応力(引張応力)を作用させるとともに、切欠13aにくさび12を打ち込むことにより脆化材13に脆性き裂を強制的に発生させる。なお、試験片20の温度は、一定の値(例えば、−196℃)に保持されている。
【0036】
ここで、本実施の形態においては、図3で説明したように供試材10の上側および下側に脆化材13および補助材14が溶接されているので、脆化材13において発生したき裂の伝播を供試材10において停止させることができる。以下、その理由を詳細に説明する。
【0037】
図5は、試験片20(図3)の残留応力の一例を示すグラフである。なお、図5には、図3に矢印Xで示す方向の応力が示されており、引張応力が正の値で示され、圧縮応力が負の値で示されている。また、図5に示す値は、幅W(図3参照)および長さD(図3参照)が500mm、長さd1(図3参照)が150mm、長さd2(図3参照)が330mmである試験片20の残留応力の実測値である。
【0038】
図5に示すように、試験片20の残留応力は、試験片20の上端からの距離が約150mm前後の部分および約330mm前後の部分において引張応力となり、それ以外の部分では圧縮応力となっている。この結果は、溶接材料15(図3)および溶接材料16(図3)では引張応力が発生し、脆化材13(図3)、供試材10(図3)および補助材14(図3)においては圧縮応力が発生していることを示している。
【0039】
試験片20の残留応力が図5に示すような値になる理由は、以下の通りである。すなわち、溶接材料15,16の熱膨張係数は、脆化材13、供試材10および補助材14の熱膨張係数よりも大きいので、脆化材13、供試材10および補助材14を溶接する際には、溶接時の高熱により溶接材料15,16が大きく膨張する。しかし、溶接完了後に試験片20が冷却されることにより、溶接材料15,16は、脆化材13、供試材10および補助材14よりも大きく収縮する。それにより、溶接材料15,16により脆化材13、供試材10および補助材14が引っ張られ、脆化材13、供試材10および補助材14に圧縮応力が発生する。一方、溶接材料15,16は、脆化材13、供試材10および補助材14により引っ張られるので、溶接材料15,16には引張応力が発生する。なお、供試材10は、溶接材料15および溶接材料16により引っ張られるので、供試材10において発生する圧縮応力は、脆化材13および補助材14において発生する圧縮応力よりも大きくなる。
【0040】
図6は、図5に示した試験片20の残留応力を考慮してFEM解析(有限要素法)により算出したき裂の伝播駆動力を示す図である。なお、図6に示す伝播駆動力は、混成型ESSO試験における負荷応力(公称応力)を100MPaとしたものである。また、図6には、比較のために、通常の供試材に100MPaの引張応力を発生させた場合(通常のESSO試験)のき裂の伝播駆動力が実線で示されている。この場合のき裂の伝播駆動力は下式(2)に基づいて算出している。


なお、上記式(2)において、σは引張応力を示し、aはき裂長さを示し、Wは試験片の幅を示す。
【0041】
図6に示すように、通常の供試材のESSO試験においては、供試材に残留応力が発生していないため、き裂の伝播駆動力は、き裂長さの平方根に比例して増加する。そのため、供試材の靭性値Kcaが一定である場合には、供試材においてき裂は停止しない。
【0042】
一方、本実施の形態に係る試験片20(図3)においては、溶接に基づく残留応力が試験片20に発生しているため、き裂の伝播駆動力はその残留応力の影響を大きく受ける。具体的には、溶接材料15,16においては、引張応力が発生しているのでき裂長さが長くなるのに従ってき裂の伝播駆動力が大きく増加する。しかし、脆化材13および供試材10においては圧縮応力が発生しているので、き裂長さが長くなってもき裂の伝播駆動力は大きく増加しない。特に、供試材10には脆化材13よりも大きな圧縮応力が発生しているので、供試材10の所定の領域(図6においては、試験片20の上端部から約150mm〜280mmの領域)では、き裂の伝播駆動力は、き裂長さが長くなるのに従って低下している。したがって、本実施の形態に係る混成型ESSO試験では、供試材10の上記所定の領域において、き裂の伝播駆動力が供試材10の靭性値Kcaよりも小さい値まで低下したときに、き裂伝播が停止する。例えば、図6の例において供試材10の靭性値Kcaが80MPa・m1/2である場合には、き裂が試験片20の上端から約200mmの位置まで伝播したとき(伝播駆動力が約80MPa・m1/2まで低下したとき)に、き裂伝播が停止する。
【0043】
以上の理論に基づいて、本実施の形態においては、試験片20の作製時に発生する残留応力を考慮したFEM解析に基づいてき裂の伝播駆動力を算出し、その算出結果からき裂が停止した位置におけるき裂の伝播駆動力を求め、その求めた伝播駆動力を供試材10の靭性値Kcaとする。この場合、従来の混成型ESSO試験のように、き裂が供試材10に伝播する場合(Go)のき裂の伝播駆動力とき裂が供試材10に伝播しない場合(No‐Go)のき裂の伝播駆動力との境界点を見つける必要がないので、多数の試験片を用いて試験を行う必要がない。それにより、試験コストを低減することができる。また、供試材10においてき裂を停止させることができるので、より正確に供試材10の脆性き裂伝播停止特性を評価することができる。また、低靭性の脆化材13が設けられているので、極低温環境下においても脆化材13においてき裂を容易に発生させることができる。
【0044】
なお、従来の混成型ESSO試験において用いられている試験片100(図2参照)においても、溶接に基づく残留応力が発生しているが、従来の試験片100では、供試材10においてき裂を停止させることはできない。その理由を以下に説明する。
【0045】
図7は、従来の試験片100(図2)の残留応力の一例を示すグラフである。また、図8は、図7に示した試験片100の残留応力に基づいてFEM解析によって算出したき裂の伝播駆動力を示す図である。なお、試験片100の寸法は、500mm×500mmとし、脆化材13(図2)と供試材10(図2)とは、試験片100の上端から150mmの位置で溶接されているものとした。また、図8に示す伝播駆動力は、図6と同様に、混成型ESSO試験における負荷応力(公称応力)を100MPaとして計算したものである。
【0046】
図7に示すように、従来の試験片100においても、脆化材13および供試材10において残留応力(圧縮応力)が発生している。しかし、図5に示した本発明例に比べて、特に試験片100の上端から150mmを超えた領域(すなわち、供試材10)における残留応力の値が小さい。これは、試験片100では、供試材10の下側が溶接材料によって拘束されていないため、供試材10に十分な残留応力を発生させることができないからである。この場合、図8に示すように、供試材10において、き裂の伝播駆動力は低下しないので、供試材10においてき裂伝播を停止させることはできない。
【0047】
2.引張試験(ESSO試験)における適切な負荷応力の決定方法
上述したように、本発明は、供試材10(図3)においてき裂の伝播駆動力が低下することを利用したものである。そして、本発明においては、供試材10の脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲は、き裂の伝播駆動力の低下量に従って決定される。図6の例では、供試材10においてき裂の伝播駆動力が約120MPa・m1/2から約60MPa・m1/2まで低下しているので、供試材10の靭性値Kcaが約120MPa・m1/2から約60MPa・m1/2の間の値である場合に、本発明に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法を適用できる。すなわち、図6の例では、脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲が120MPa・m1/2から約60MPa・m1/2の間の範囲になる。
【0048】
ここで、供試材10におけるき裂の伝播駆動力の低下量は、引張試験(ESSO試験)における負荷応力および溶接材料15の降伏応力によって決定される。以下、図面を用いて説明する。
【0049】
図9および図10は、引張試験における負荷応力と供試材10におけるき裂の伝播駆動力との関係を示したグラフである。図9および図10には、供試材10におけるき裂の伝播駆動力の最大値が評価可能上限値として示され、供試材10におけるき裂の伝播駆動力の最小値が評価可能下限値として示されている。脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲は、評価可能上限値と評価可能下限値との間の範囲となる。なお、図9は、試験片20(図3)において50キロ級鋼(常温での降伏応力:300MPa)を溶接材料15(図3)として用いた場合の関係を示し、図10は、80キロ級鋼(常温での降伏応力:600MPa)を溶接材料15として用いた場合の関係を示している。また、図9は、FEM解析により求めた値である。
【0050】
図9および図10に示すように、脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲は、負荷応力の上昇に従って減少している。これは、負荷応力の上昇に従って、残留応力の駆動力に与える影響が小さくなるからである。そして、負荷応力の値が所定の値(図9では、約200MPa)になることにより、評価可能上限値と評価可能下限値とが等しくなり、脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲が0になる。評価可能範囲が0になった場合には、供試材10においてき裂の伝播駆動力が低下しないので、供試材10においてき裂伝播を停止することができない。したがって、本発明を有効に利用するためには、評価可能範囲が0よりも大きくなる負荷応力で引張試験を行う必要がある。
【0051】
ここで、図9および図10に示すように、評価可能範囲が0になるときの負荷応力(以下、評価可能最大負荷応力と称する。)は、溶接材料15の降伏応力によって異なる。具体的には、溶接材料15の降伏応力が大きい場合には、評価可能最大負荷応力も大きくなる。そこで、本発明者らは、溶接材料15の降伏応力に基づいて引張試験における適切な負荷応力を決定するために、図9および図10の関係から下記式(1)を導出した。なお、下記式(1)において、σは引張試験における負荷応力を示し、σは溶接材料15の室温における降伏応力を示す。
【0052】
σ<(0.24σ−6.1)/(0.000053σ+0.295)・・・(1)
上記式(1)を用いることにより、試験実施者は、引張試験における適切な負荷応力を容易に決定することができる。具体的には、試験実施者は、上記式(1)を満たすように溶接材料15の降伏応力に従って引張試験の負荷応力を決定すればよい。
【0053】
なお、上記式(1)は、試験実施者の便宜を考慮して本発明者らが導出したものであり、供試材10においてき裂の伝播駆動力が低下するのであれば、引張試験における負荷応力が上記式(1)を満足していなくてもよい。また、試験環境に応じた溶接材料の降伏応力を考慮して、適切な負荷応力を決定してもよい。
【0054】
なお、脆性き裂伝播停止特性の評価可能範囲は降伏応力の高い溶接材料15を用いることにより広くすることができるが、溶接材料15は、引張試験の実施環境等に応じて適切に決定することが好ましい。すなわち、引張試験の実施環境(例えば、極低温環境)において溶接材料15が極めて脆性破壊を生じやすい状態にある場合には、き裂が溶接材料15に進入したときに、溶接材料15の長手方向(図3に矢印Xで示す方向)にき裂が分裂する場合がある。この場合、き裂を供試材10に伝播させることができなくなり、脆性き裂伝播停止特性の評価を行うことができなくなる。一方、溶接材料15の靭性が高すぎる場合には、き裂が溶接材料15において停止する場合がある。この場合にも、き裂を供試材10に伝播させることができなくなり、脆性き裂伝播停止特性の評価を行うことができなくなる。したがって、溶接材料15としては、引張試験の実施環境に応じて適切な靭性を有する材料を選択することが好ましい。例えば、供試材10が9%Ni鋼である場合には、3.5%Ni系の溶接材料15を用いることが好ましい。
【0055】
3.試験片の適切な寸法
上記のように、本発明は、供試材10(図3)に適切な残留応力(圧縮応力)を発生させて、供試材10においてき裂の伝播駆動力を低下させることを特徴とする。したがって、試験片20(図3)の各寸法は、供試材10に適切な残留応力が発生するように決定することが好ましい。例えば、試験片20の幅W(図3)が400mm〜600mmの場合には、長さd1(図3)を130mm〜170mmに設定し、長さd2(図3)を300mm〜350mmに設定することが好しい。また、試験片20の幅W(図3)が400mm〜600mmの場合には、溶接材料15と溶接材料16との間の距離は、130mm〜220mmに設定することが好ましい。
【0056】
なお、試験片20の寸法は上記の例に限定されず、試験目的等に応じて適宜変更することが可能である。
【0057】
4.他の実施の形態
上記実施の形態においては、FEM解析に基づいてき裂の伝播駆動力を算出しているが、他の数値計算(例えば、境界要素法等)によりき裂の伝播駆動力を算出してもよい。
【0058】
また、上記実施の形態においては、試験片20の残留応力を実測しているが、試験片20の残留応力を数値計算(例えば、有限要素法または境界要素法等)により算出してもよい。
【0059】
また、上記実施の形態においては、引張試験として混成型ESSO試験を実施する場合について説明したが、引張試験は混成型ESSO試験に限定されず、他の引張試験を実施してもよい。以下、他の引張試験の一例として二重引張試験を実施する場合について簡単に説明する。
【0060】
図11は、二重引張試験を実施する際に使用される試験片の一例を示す図である。二重引張試験において使用される試験片21が、図3の供試材10と異なるのは以下の点である。すなわち、試験片21においては、脆化材13の上部に、被引張部17が脆化材13と一体に形成されている。被引張部17には、切欠孔17aが形成されている。
【0061】
二重引張試験においては、図4と同様に、脆化材13、供試材10および補助材14に冶具11が取り付けられるとともに、被引張部17にも他の引張冶具が取り付けられる。そして、その引張冶具により被引張部17が引っ張られることにより、切欠17aからき裂が発生し、冶具11(図4)により試験片21が引っ張られることにより、き裂が成長する。この場合にも、上述した試験片20と同様に、供試材10においてき裂伝播を停止させることができる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例に基づいて本発明の効果を説明する。
【0063】
実施例においては、下記の表1に示す化学組成を有する鋼を板厚35mmに圧延し、その後、焼入れ焼戻し処理を行うことにより鋼板を作製した。その鋼板から、JISZ2201に規定される4号試験片およびJISZ2202に規定されるVノッチ試験片を採取し、常温での引張試験と−196℃におけるシャルピー衝撃試験とを行い、引張強さ(TS:MPa)、降伏強さ(YS:MPa)および吸収エネルギー(vE−196:J,3本の平均値)を調べた。その結果を表1に示す。なお、4号試験片は、鋼板の板厚1/4の位置において圧延方向に採取し、Vノッチ試験片は、鋼板の板厚1/4の位置において圧延直角方向に採取した。
【0064】
【表1】

【0065】
上記の鋼板を供試材10(図3)として、鋼板の圧延方向と引張試験における引張方向とが一致するように、実施例1および実施例2の試験片を作製した。なお、実施例1,2の試験片は、それぞれ図3で説明した供試材10と同様の構成を有し、幅W(図3)および引張方向における長さD(図3)は500mmであり、長さd1(図3)は150mmであり、長さd2(図3)は330mmである。また、脆化材13(図3)としては、9%Ni鋼を700℃に再加熱し炉冷した材料を用い、補助材14としては上記の鋼板を用い、溶接材料15,16としては、3.5%Ni系の溶接材料を用いた。
【0066】
上記の構成を有する実施例1,2の試験片を用いて−165℃の環境下で図4で説明した混成型ESSO試験を実施した。なお、実施例1の混成型ESSO試験においては、負荷応力を130MPaとし、実施例2の混成型ESSO試験においては、負荷応力を160MPaとした。その結果、実施例1においては、試験片の上端から205.6mmの位置でき裂伝播が停止し、実施例2においては、試験片の上端から249.2mmの位置でき裂伝播が停止した。すなわち、どちらの試験片においても、き裂伝播が供試材10において停止した。
【0067】
また、本実施例においては、混成型ESSO試験前の実施例1,2の試験片の残留応力を実測し、その残留応力に基づくFEM解析によりき裂の伝播駆動力を算出した。算出したき裂の伝播駆動力を図12および図13に示す。なお、図12は、実施例1の試験片の伝播駆動力を示し、図13は、実施例2の試験片の伝播駆動力を示す。
【0068】
上述したように、実施例1の混成型ESSO試験においては、試験片の上端位置から205.6mmの位置でき裂伝播が停止したので、図12の結果から、き裂伝播停止位置におけるき裂の伝播駆動力は107MPa・m1/2であったことが分かる。したがって、実施例1の試験片の靭性値Kcaは、107MPa・m1/2であると推定することができる。
【0069】
また、実施例2の混成型ESSO試験においては、試験片の上端位置から249.2mmの位置でき裂伝播が停止したので、図13の結果から、き裂伝播停止位置におけるき裂の伝播駆動力は126MPa・m1/2であったことが分かる。したがって、実施例2の試験片の靭性値Kcaは、126MPa・m1/2であると推定することができる。
【0070】
実験結果を下記の表2に示す。以上のことから、本発明によれば、き裂伝播を供試材10において停止させることが可能であるとともに、き裂伝播停止時のき裂の伝播駆動力をFEM解析に基づいて算出することにより、供試材10の靭性値Kcaを評価することができることが分かった。
【0071】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明に係る脆性き裂伝播停止特性評価方法によれば、試験コストを低減しつつ極低温環境下における材料の脆性き裂伝播停止特性の評価を可能にすることができる。
【符号の説明】
【0073】
10 供試材
11 冶具
12 くさび
13 脆化材
13a 切欠
14 補助材
15,16 溶接材料
17 被引張部
17a 切欠孔
20,21 試験片
100 試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験片に引張試験を実施することにより前記試験片にき裂を発生させて材料の脆性き裂伝播停止特性を評価する評価方法であって、
前記試験片は、評価対象材料からなる供試材と、前記引張試験における引張方向と直交する方向において前記供試材の一端側に溶接され前記供試材よりも低靭性の脆化材と、前記直交する方向において前記供試材の他端側に溶接される補助材とからなり、
前記き裂は、前記脆化材において強制的に発生され、
前記引張試験における負荷応力は、前記強制的に発生されたき裂が前記供試材において停止するように設定されることを特徴とする脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【請求項2】
前記試験片の残留応力および前記負荷応力に基づいて数値計算により前記試験片の任意の位置におけるき裂の伝播駆動力を算出し、その算出結果から前記き裂が停止した位置におけるき裂の伝播駆動力を求め、その求めた伝播駆動力を前記供試材の靭性値とすることを特徴とする請求項1記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【請求項3】
前記脆化材および前記補助材は、前記供試材においてき裂の成長とともにき裂の伝播駆動力が低下するように前記供試材に溶接されることを特徴とする請求項1または2記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【請求項4】
前記脆化材と前記供試材とは、質量%で1.5%〜9%のNiを含有するNi系の溶接材料により溶接されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
【請求項5】
前記引張試験における負荷応力は、下記式(1)を満たすように設定されることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。
σ<(0.24σ−6.1)/(0.000053σ+0.295)・・・(1)
上記式(1)において、σは前記負荷応力を示し、σは前記脆化材と前記供試材とを接合する溶接材料の室温における降伏応力を示す。
【請求項6】
前記試験片の幅は400mm〜600mmであり、前記脆化材と前記供試材との接合部は、前記き裂が強制的に発生される位置から130mm〜170mmの範囲に位置し、前記供試材と前記補助材との接合部は、前記き裂が強制的に発生される位置から300mm〜350mmの範囲に位置することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の脆性き裂伝播停止特性評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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