脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造
【課題】溶接線に沿って伝播する脆性亀裂を停止させることであり、具体的には、例えば大型コンテナ船の溶接欠陥から発生した脆性亀裂が溶接線に沿って伝播し、溶接構造体の母材を配設した領域に接近または突入した場合に、前記脆性亀裂の進展を停止させる優れた補強構造を提供する。
【解決手段】溶接構造体に発生した脆性亀裂8の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂8を跨ぐ補強板3とこの補強板3を母材1に結合する結合手段4とによって、前記脆性亀裂8によって離反された母材1同士が結合されると共に、前記補強板3に予め引張予ひずみ6が付与されてなる。
【解決手段】溶接構造体に発生した脆性亀裂8の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂8を跨ぐ補強板3とこの補強板3を母材1に結合する結合手段4とによって、前記脆性亀裂8によって離反された母材1同士が結合されると共に、前記補強板3に予め引張予ひずみ6が付与されてなる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンテナ船、タンカーなどの船舶分野、LNG貯蔵タンクなどの圧力容器分野において、溶接継手部を持つ溶接鋼構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型コンテナ船や大型貯蔵タンクなどの溶接構造体は、突合せ溶接により接合された多数の鋼板で構成されている。この様な構造体においては、溶接欠陥から発生した脆性亀裂が急速に伝播して、構造体に重大な損傷を与えることが懸念される。通常、鋼構造では脆性破壊を発生させないことが安全上最も重要な要件であり、材料選定から検査に至るまで細心の注意が払われている。更に、溶接欠陥から発生した脆性亀裂が、母材側に逸れて伝播する場合には、鋼板の脆性亀裂伝播停止特性が十分高ければその停止が期待できる。
【0003】
しかし、脆性亀裂停止伝播特性が母材よりも劣る溶接線に沿って脆性亀裂が伝播する場合には、母材の性能によらずに脆性亀裂が停止しないことが懸念される。そこで、例えば船殻構造体においては、鋼板の溶接線が一列に並ばないようにして、万一溶接線に沿って脆性亀裂が伝播しても、短い距離で母材に脆性亀裂を突入させるように施工している。しかしながら、このような施工を全ての懸念部位に適用できるとは限らないので、溶接線に沿った脆性亀裂を確実に停止させる構造形式(クラックアレスター)が必要である。
【0004】
そこで先ず、溶接線に沿った脆性亀裂のアレスターに関する従来技術について、添付図12,13を参照しながら体系的に説明する。図12は従来技術1に係る溶接鋼構造物及びその製造方法の一実施例を示す図、図13は従来技術3に係る溶接構造体の溶接方法及び溶接構造体を示す図である。
【0005】
(1)圧縮予ひずみ付与による方法(従来技術1)
図12に示す如く、圧縮予ひずみ部22を溶接線23の両側のほぼ線対称位置に一対以上配設することにより、鋼板21の溶接部の一部に圧縮残留応力を与えて脆性亀裂24の伝播を阻止することと、同時に溶接部から離れた位置に引張応力を発生させることで、脆性亀裂24を脆性亀裂伝播特性の高い母材に導き、前記脆性亀裂24の進展を停止させる方法である(特許文献1参照)。
【0006】
(2)補修溶接による方法(従来技術2)
例えば、特許文献2によれば、突合せ溶接部、または垂直部材と水平部材の溶接継手が交差する部分において、当該領域の一部をガウジング、あるいは機械加工により除去した後、破壊靭性に優れた溶接材料で補修溶接するか、ないしは補修領域の形状を特殊なものにする方法である(特許文献2〜4参照)。
【0007】
(3)アレスター材の挿入による方法(従来技術3)
図13に示す如く、垂直部材の溶接継手で脆性亀裂を停止させたい領域において、当該領域の垂直部材26と溶接継手25をくり抜いた後、当該部分に脆性亀裂が停止可能なアレスター材27を挿入する方法である(特許文献5参照)。
【0008】
(4)溶接金属の破壊靭性を向上する方法(従来技術4)
溶接金属の機械的強度や成分の組合せを工夫して、破壊靭性を向上することにより脆性亀裂伝播を妨げる方法である(特許文献6〜9参照)。
【0009】
(5)鋼製橋脚の補強施工工法(従来技術5)
一方、脆性破壊のアレスターに関する発明ではないが、橋脚部材と補強部材との間に温度差を与えて連結し、温度差の低減により前記補強部材にプレストレスを与える鋼製橋脚の補強施工方法が開示されている(特許文献10)。
【0010】
上記従来技術に係るクラックアレスターは、溶接材料や母材の材質を改良する方法、および溶接線を遮断するように孔を明けるかまたはアレスター材を挿入する方法に大別される。
【特許文献1】特開2005−111501号公報
【特許文献2】特開2005−131708号公報
【特許文献3】特開2006−75874号公報
【特許文献4】特開2005−11152号公報
【特許文献5】特開2005−319516号公報
【特許文献6】特開2006−88184号公報
【特許文献7】特開2005−329460号公報
【特許文献8】特開2005−305514号公報
【特許文献9】特開2005−113204号公報
【特許文献10】特開2004−68402号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、補強板を介して溶接部に機械的に圧縮応力を付与することによって、脆性亀裂の進展が母材に突入するのを防止できる知見を得て本発明に至ったものである。即ち、本発明の目的は、溶接線に沿って伝播する脆性亀裂を停止させることであり、具体的には、例えば大型コンテナ船の溶接欠陥から発生した脆性亀裂が溶接線に沿って伝播し、溶接構造体の母材を配設した領域に接近または突入した場合に、前記脆性亀裂の進展を停止させる優れた補強構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の請求項2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記補強板が、溶接線を跨いで母材に結合されてなることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の請求項3に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とするものである。
【0015】
本発明の請求項4に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、前請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなることを特徴とするものである。
【0016】
本発明の請求項5に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなることを特徴とするものである。
【0017】
本発明の請求項6に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、前請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなることを特徴とするものである。
【数1】
ここで、
【発明の効果】
【0018】
本発明の請求項1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなるものであるから、簡単な構造によって脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0019】
また、本発明の請求項2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記補強板が溶接線を跨いで母材に結合されてなるので、簡単な構造によって、溶接線に沿う脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0020】
更に、本発明の請求項3に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とするので、前記補強材を確実に母材に結合して脆性亀裂の伝播を停止できる。
【0021】
また更に、本発明の請求項4に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても比較的簡単に実施可能である。
【0022】
一方、本発明の請求項5に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても更に簡単に実施可能である。
【0023】
また、本発明の請求項6に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなるので、応力拡大係数より母材の脆性破壊伝播停止靭性の方が大きな値となって脆性亀裂の伝播が停止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
先ず、本発明の実施の形態1に係る溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造につき、図1〜6を参照しながら説明する。図1は本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を示す斜視図、図2は図1の断面S(溶接継手部に平行して高力ボルトを通り鋼板に垂直な断面)において矢視A−Aを示す断面図である。また、図3は本発明の実施の形態1に係り、予め引張予ひずみの付与された補強板により補強された溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の作用を説明するための図、図4は本発明の実施の形態1に係り、補強板が母材の片面にのみ結合された態様例を示す断面図、図5は本発明の実施の形態1に係り、リベット接合の態様例を示す断面図、図6は本発明の実施の形態1に係り、溶接接合の態様例を示す斜視図である。
【0025】
本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造は、図1,2に示す通り、鋼板(母材1)を突合せ溶接された溶接構造体の溶接継手部2に沿って発生した脆性亀裂8の表裏面を挟む様に2枚の補強板3を対向して配設され、これら2枚の補強板2が、前記脆性亀裂8を跨いで結合手段である高力ボルト4及びナット5によって、溶接構造体の母材1に結合される。そして同時に、前記補強板3は、母材1に結合する前に予め引張予ひずみ6を付与されるのが好ましい。この様に、前記脆性亀裂8が溶接継手部2に沿って発生した場合は、図1に示す如く、溶接継手部2の溶接線も跨ぐ様に、前記結合手段によって溶接構造体の母材1に結合されるのが好ましい。
【0026】
次いで、引張予ひずみ6が付与された補強板3を用いる本発明に係る補強構造の作用について、図3を参照しながら説明する。図3において、図(a)は図1の正面図、図(b)〜(e)は図(a)の溶接部断面B−Bの板厚中心線に作用する溶接線直交方向応力の分布を示し、図(b)は溶接残留応力、図(c)は外力により発生する応力、図(d)は補強板への引張予ひずみ付与により発生する応力、図(e)は全応力を示す図である。
【0027】
補強板3と母材1を結合した後に、補強板3には溶接継手部2の溶接線に対して略直交方向に引張応力7が発生し、その反作用として母材1及び溶接継手部2には、補強板3の近傍で溶接線に対して略直交方向に圧縮応力が作用する(図(c)参照)。この圧縮応力によって、補強板3下部および近傍の溶接継手部2に残存する溶接時の熱収縮に起因する残留引張応力6が緩和され、前記溶接継手部2の応力が圧縮側に移行する(図(d)参照)。更に、母材1に溶接線に対して略直交方向の引張外力7が作用して付加応力が発生した場合には、前記溶接継手部2に発生する付加応力は、補強板の剛性付与効果によって、補強板の影響の無い一般部の付加応力に比べて小さくなる。
【0028】
即ち、補強板3への引張予ひずみ6付与の効果によって、溶接継手部2の引張残留応力が低減されるとともに、補強板3の剛性付与効果によって、外力が作用した場合にも応力の増加は一般部に比べて小さくなる(図(e)参照)。この結果、溶接継手部2に沿って伝播してきた脆性亀裂8が前記溶接継手部2に突入した場合、脆性亀裂8の先端近傍の応力が圧縮側に移行して、前式[数1]の左辺で定義される応力拡大係数(K値)が大幅に低減するか乃至はゼロになり、前記脆性亀裂8は溶接継手部2において進展を停止する。
【0029】
補強板3に引張予ひずみ6を与える方法としては、結合前に補強板3を予めバーナなどにより加熱して、温度を母材よりも所望の温度だけ上昇させておき、この温度差を維持したままで高力ボルト4とナット5等の締結手段により補強板3と母材1とを結合する。そして、全体が一様の温度になるまで放置しておけば、自然に補強板3に引張予ひずみ6を発生させることが出来る。尚、施工において補強板3の温度管理が困難な場合には、補強板3の変位を測定して所望の伸び量が得られた時点で結合を実施すれば、簡単に精度良く所望の予ひずみ6を与えることが可能である。また、結合前の補強板3を機械的に溶接線直交方向に引張り、その引張力を維持した状態で結合手段により結合しても良い。
【0030】
そして、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造は、前記引張予ひずみが次式[数1]を満足するように付与されてなるのが好ましい。ここで、次式[数1]の左辺は応力拡大係数(K値)を示す。即ち、前記補強構造が、次式[数1]を満足する様に構成されることによって、母材の脆性破壊伝播停止靱性が応力拡大係数より大きくなるので、脆性亀裂の進展が阻止されるのである。
【数1】
ここで、
【0031】
前記補強板3は、図2に示した様に、母材1の脆性亀裂8や溶接線2の表裏に対向して配設することが、母材1の面外曲げを防止するためと、圧縮力を母材1の板厚方向に一様に付与するために望ましいが、この様な構成が困難な場合には、図4に示す様に母材1の片面のみに補強板3を配置して、高力ボルト4及びナット5により締結しても良い。片面配置の場合には、引張予ひずみ6を適切に制御することによって、表裏面配置と同様の脆性亀裂停止効果が得られる。また、補強板3と母材1とを結合する結合手段には、高力ボルト・ナットによる締結部材以外に、図5に示すリベット9や図6に示す溶接10を用いても良い。
【0032】
以上、本発明の実施の形態1に係る溶接構造体によれば、脆性亀裂8を跨ぐ補強板3とこの補強板3を母材1に結合する結合手段、即ち、高力ボルト4とナット5、リベット9または溶接10によって、前記脆性亀裂8によって離反された母材1同士が結合されると共に、前記補強板3に予め引張予ひずみ6が付与されてなるものであるから、簡単な構造によって溶脆性亀裂8の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0033】
<実施例>
次に、突合せ溶接された母材に、前記溶接線を跨って補強板を結合した本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の実施例について、以下添付図7〜9を参照しながら説明する。図7は本発明に係る本実施例の外観を示す斜視図、図8は本発明の実施例に係る解析結果であり、母材全面の応力分布を示す図、図9は本発明の実施例に係る解析結果であり、図8のy座標(溶接中心)における母材の溶接線直交方向の無次元化応力分布を示す図である。
【0034】
母材1は図7に示す如く、幅(縦方向寸法)1000mm、長さ(横方向寸法)800mm、板厚60mmの鋼材であり、補強板3は幅200mm、長さ800mm、板厚30mmの鋼板である。そして、母材1と補強板3は、温度差による引張予ひずみを付与された状態で、図示しない高力ボルトとナットにより強固に摩擦接合されている。この結果、母材1に開孔されたボルト孔周辺での応力集中が緩和されるとともに、補強板3による剛性付与効果によって、全体としての強度低下は無い。
【0035】
図8において、母材1の補強板3が接合された領域は、補強板3に付与された引張予ひずみの反力として圧縮応力が広く分布している。一方、母材1のその他の領域においては、突合せ溶接による収縮ひずみから引張応力が作用している。そして、図9から分かる様に、母材1の補強板中心(x軸)から400mm離れた位置まで、補強板3に付与された引張予ひずみの反力として圧縮側に移行している。この圧縮応力によって溶接による引張残留応力が緩和されるとともに、補強板の剛性付与効果によって外力による引張応力増加も小さくなり、脆性亀裂を停止させることが可能となる。
【0036】
因みに、本実施例において補強板3と母材1の温度差が100℃の場合には、母材1の中心まで脆性亀裂が進展したとき(亀裂長さ500mm)の亀裂先端の応力拡大係数(K値)は6300Mpa・mm1/2となる。一方、補強板3が無い場合においては、同条件での応力拡大係数は12000Mpa・mm1/2なので、本発明によって応力拡大係数は53%に低減することになり、脆性亀裂の停止性能が格段に向上することが分かる。
【0037】
次に、本発明の実施の形態2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を、添付図10,11を参照しながら説明する。図10は本発明の実施の形態2に係り、結合手段が異なる他の態様例を示す斜視図、図11は図10の態様例において、補強板に引張予ひずみを付与する方法を説明するための断面図である。但し、本発明の実施の形態2が上記実施の形態1と相違するところは、補強板を母材に結合する結合手段の構成に相違があり、これ以外は上記実施の形態1と全く同構成であるから、上記実施の形態1と同一のものに同一符号を付して、以下その相違する点について説明する。
【0038】
即ち、上記実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の結合手段が、締結部材または溶接接合からなるのに対し、本実施の形態2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の結合手段は、脆性亀裂8によって離反された母材1に対向する様に接合接合13された一対の取付金具11と、前記補強板3の両端に前記取付金具11との間に隙間12を有して溶接接合13された開孔板3aと、前記取付金具11及び補強板3の開孔板3aに貫通された締結部材である高力ボルト4、ナット5とからなる。
【0039】
そして、この高力ボルト4、ナット5の締結により前記隙間12を閉じることによって、前記補強板3に引張予ひずみ6を付与して母材同士が結合されるのが好ましい。即ち、図11に示す如く、高力ボルト4、ナット5が締結される前の補強板3及び開孔板3aの端部は、二点鎖線で示す様に、前記取付金具11との間に隙間12を有して設けられている。そして、この高力ボルト4、ナット5の締結により前記隙間12を閉じることによって、前記補強板3に引張予ひずみ6を付与するのである。
【0040】
前記締結部材としては高力ボルト4、ナット5の外、リベットを用いることが出来る。尚、図10,11においては、前記開孔板3aはアングル状の短板を補強板3に溶接接合13した例を示したが、本発明はこれに限るものではなく、補強板3自体を折り曲げたり、削り出したりして前記開孔板3aに相当する部分を形成した構造であっても良い。
【0041】
以上の様に、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記脆性亀裂、更には溶接線を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなるものであるから、簡単な構造によって溶脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0042】
また、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても更に簡単に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】は本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を示す斜視図である。
【図2】図1の断面Sにおいて矢視A−Aを示す断面図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係り、予め引張予ひずみの付与された補強板により補強された溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の作用を説明するための図であって、図(a)は図1の正面図、図(b)〜(e)は図(a)の溶接部断面B−Bの板厚中心線に作用する溶接線直交方向応力の分布を示し、図(b)は溶接残留応力、図(c)は外力により発生する応力、図(d)は補強板への引張予ひずみ付与により発生する応力、図(e)は全応力を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態1に係り、補強板が母材の片面にのみ結合された態様例を示す断面図である。
【図5】本発明の実施の形態1に係り、リベット接合の態様例を示す断面図である。
【図6】本発明の実施の形態1に係り、溶接接合の態様例を示す斜視図である。
【図7】本発明の実施例の外観を示す斜視図である。
【図8】本発明の実施例に係る解析結果であり、母材全面の応力分布を示す図である。
【図9】本発明の実施例に係る解析結果であり、図8のy座標(溶接中心)における母材の溶接線直交方向の無次元化応力分布を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態2に係り、結合手段が異なる他の態様例を示す斜視図である。
【図11】図10の態様例において、補強板に引張予ひずみを付与する方法を説明するための断面図である。
【図12】従来技術1に係る溶接鋼構造物及びその製造方法の一実施例を示す図である。
【図13】従来技術3に係る溶接構造体の溶接方法及び溶接構造体を示す図である。
【符号の説明】
【0044】
S:溶接継手部に平行して高力ボルトを通り鋼板に垂直な断面,
:母材の幅,
:母材の上端と補強板中心との距離,
1:母材(鋼板), 2:溶接継手部,
3:補強板, 3a:開孔板,
4:高力ボルト, 5:ナット, 6:引張予ひずみ, 7:引張外力,
8:脆性亀裂, 9:リベット, 10:溶接, 11:取付金具,
12:隙間, 13:溶接接合
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンテナ船、タンカーなどの船舶分野、LNG貯蔵タンクなどの圧力容器分野において、溶接継手部を持つ溶接鋼構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型コンテナ船や大型貯蔵タンクなどの溶接構造体は、突合せ溶接により接合された多数の鋼板で構成されている。この様な構造体においては、溶接欠陥から発生した脆性亀裂が急速に伝播して、構造体に重大な損傷を与えることが懸念される。通常、鋼構造では脆性破壊を発生させないことが安全上最も重要な要件であり、材料選定から検査に至るまで細心の注意が払われている。更に、溶接欠陥から発生した脆性亀裂が、母材側に逸れて伝播する場合には、鋼板の脆性亀裂伝播停止特性が十分高ければその停止が期待できる。
【0003】
しかし、脆性亀裂停止伝播特性が母材よりも劣る溶接線に沿って脆性亀裂が伝播する場合には、母材の性能によらずに脆性亀裂が停止しないことが懸念される。そこで、例えば船殻構造体においては、鋼板の溶接線が一列に並ばないようにして、万一溶接線に沿って脆性亀裂が伝播しても、短い距離で母材に脆性亀裂を突入させるように施工している。しかしながら、このような施工を全ての懸念部位に適用できるとは限らないので、溶接線に沿った脆性亀裂を確実に停止させる構造形式(クラックアレスター)が必要である。
【0004】
そこで先ず、溶接線に沿った脆性亀裂のアレスターに関する従来技術について、添付図12,13を参照しながら体系的に説明する。図12は従来技術1に係る溶接鋼構造物及びその製造方法の一実施例を示す図、図13は従来技術3に係る溶接構造体の溶接方法及び溶接構造体を示す図である。
【0005】
(1)圧縮予ひずみ付与による方法(従来技術1)
図12に示す如く、圧縮予ひずみ部22を溶接線23の両側のほぼ線対称位置に一対以上配設することにより、鋼板21の溶接部の一部に圧縮残留応力を与えて脆性亀裂24の伝播を阻止することと、同時に溶接部から離れた位置に引張応力を発生させることで、脆性亀裂24を脆性亀裂伝播特性の高い母材に導き、前記脆性亀裂24の進展を停止させる方法である(特許文献1参照)。
【0006】
(2)補修溶接による方法(従来技術2)
例えば、特許文献2によれば、突合せ溶接部、または垂直部材と水平部材の溶接継手が交差する部分において、当該領域の一部をガウジング、あるいは機械加工により除去した後、破壊靭性に優れた溶接材料で補修溶接するか、ないしは補修領域の形状を特殊なものにする方法である(特許文献2〜4参照)。
【0007】
(3)アレスター材の挿入による方法(従来技術3)
図13に示す如く、垂直部材の溶接継手で脆性亀裂を停止させたい領域において、当該領域の垂直部材26と溶接継手25をくり抜いた後、当該部分に脆性亀裂が停止可能なアレスター材27を挿入する方法である(特許文献5参照)。
【0008】
(4)溶接金属の破壊靭性を向上する方法(従来技術4)
溶接金属の機械的強度や成分の組合せを工夫して、破壊靭性を向上することにより脆性亀裂伝播を妨げる方法である(特許文献6〜9参照)。
【0009】
(5)鋼製橋脚の補強施工工法(従来技術5)
一方、脆性破壊のアレスターに関する発明ではないが、橋脚部材と補強部材との間に温度差を与えて連結し、温度差の低減により前記補強部材にプレストレスを与える鋼製橋脚の補強施工方法が開示されている(特許文献10)。
【0010】
上記従来技術に係るクラックアレスターは、溶接材料や母材の材質を改良する方法、および溶接線を遮断するように孔を明けるかまたはアレスター材を挿入する方法に大別される。
【特許文献1】特開2005−111501号公報
【特許文献2】特開2005−131708号公報
【特許文献3】特開2006−75874号公報
【特許文献4】特開2005−11152号公報
【特許文献5】特開2005−319516号公報
【特許文献6】特開2006−88184号公報
【特許文献7】特開2005−329460号公報
【特許文献8】特開2005−305514号公報
【特許文献9】特開2005−113204号公報
【特許文献10】特開2004−68402号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、補強板を介して溶接部に機械的に圧縮応力を付与することによって、脆性亀裂の進展が母材に突入するのを防止できる知見を得て本発明に至ったものである。即ち、本発明の目的は、溶接線に沿って伝播する脆性亀裂を停止させることであり、具体的には、例えば大型コンテナ船の溶接欠陥から発生した脆性亀裂が溶接線に沿って伝播し、溶接構造体の母材を配設した領域に接近または突入した場合に、前記脆性亀裂の進展を停止させる優れた補強構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の請求項2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記補強板が、溶接線を跨いで母材に結合されてなることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の請求項3に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とするものである。
【0015】
本発明の請求項4に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、前請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなることを特徴とするものである。
【0016】
本発明の請求項5に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなることを特徴とするものである。
【0017】
本発明の請求項6に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造が採用した手段は、前請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造において、前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなることを特徴とするものである。
【数1】
ここで、
【発明の効果】
【0018】
本発明の請求項1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなるものであるから、簡単な構造によって脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0019】
また、本発明の請求項2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記補強板が溶接線を跨いで母材に結合されてなるので、簡単な構造によって、溶接線に沿う脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0020】
更に、本発明の請求項3に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とするので、前記補強材を確実に母材に結合して脆性亀裂の伝播を停止できる。
【0021】
また更に、本発明の請求項4に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても比較的簡単に実施可能である。
【0022】
一方、本発明の請求項5に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても更に簡単に実施可能である。
【0023】
また、本発明の請求項6に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなるので、応力拡大係数より母材の脆性破壊伝播停止靭性の方が大きな値となって脆性亀裂の伝播が停止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
先ず、本発明の実施の形態1に係る溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造につき、図1〜6を参照しながら説明する。図1は本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を示す斜視図、図2は図1の断面S(溶接継手部に平行して高力ボルトを通り鋼板に垂直な断面)において矢視A−Aを示す断面図である。また、図3は本発明の実施の形態1に係り、予め引張予ひずみの付与された補強板により補強された溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の作用を説明するための図、図4は本発明の実施の形態1に係り、補強板が母材の片面にのみ結合された態様例を示す断面図、図5は本発明の実施の形態1に係り、リベット接合の態様例を示す断面図、図6は本発明の実施の形態1に係り、溶接接合の態様例を示す斜視図である。
【0025】
本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造は、図1,2に示す通り、鋼板(母材1)を突合せ溶接された溶接構造体の溶接継手部2に沿って発生した脆性亀裂8の表裏面を挟む様に2枚の補強板3を対向して配設され、これら2枚の補強板2が、前記脆性亀裂8を跨いで結合手段である高力ボルト4及びナット5によって、溶接構造体の母材1に結合される。そして同時に、前記補強板3は、母材1に結合する前に予め引張予ひずみ6を付与されるのが好ましい。この様に、前記脆性亀裂8が溶接継手部2に沿って発生した場合は、図1に示す如く、溶接継手部2の溶接線も跨ぐ様に、前記結合手段によって溶接構造体の母材1に結合されるのが好ましい。
【0026】
次いで、引張予ひずみ6が付与された補強板3を用いる本発明に係る補強構造の作用について、図3を参照しながら説明する。図3において、図(a)は図1の正面図、図(b)〜(e)は図(a)の溶接部断面B−Bの板厚中心線に作用する溶接線直交方向応力の分布を示し、図(b)は溶接残留応力、図(c)は外力により発生する応力、図(d)は補強板への引張予ひずみ付与により発生する応力、図(e)は全応力を示す図である。
【0027】
補強板3と母材1を結合した後に、補強板3には溶接継手部2の溶接線に対して略直交方向に引張応力7が発生し、その反作用として母材1及び溶接継手部2には、補強板3の近傍で溶接線に対して略直交方向に圧縮応力が作用する(図(c)参照)。この圧縮応力によって、補強板3下部および近傍の溶接継手部2に残存する溶接時の熱収縮に起因する残留引張応力6が緩和され、前記溶接継手部2の応力が圧縮側に移行する(図(d)参照)。更に、母材1に溶接線に対して略直交方向の引張外力7が作用して付加応力が発生した場合には、前記溶接継手部2に発生する付加応力は、補強板の剛性付与効果によって、補強板の影響の無い一般部の付加応力に比べて小さくなる。
【0028】
即ち、補強板3への引張予ひずみ6付与の効果によって、溶接継手部2の引張残留応力が低減されるとともに、補強板3の剛性付与効果によって、外力が作用した場合にも応力の増加は一般部に比べて小さくなる(図(e)参照)。この結果、溶接継手部2に沿って伝播してきた脆性亀裂8が前記溶接継手部2に突入した場合、脆性亀裂8の先端近傍の応力が圧縮側に移行して、前式[数1]の左辺で定義される応力拡大係数(K値)が大幅に低減するか乃至はゼロになり、前記脆性亀裂8は溶接継手部2において進展を停止する。
【0029】
補強板3に引張予ひずみ6を与える方法としては、結合前に補強板3を予めバーナなどにより加熱して、温度を母材よりも所望の温度だけ上昇させておき、この温度差を維持したままで高力ボルト4とナット5等の締結手段により補強板3と母材1とを結合する。そして、全体が一様の温度になるまで放置しておけば、自然に補強板3に引張予ひずみ6を発生させることが出来る。尚、施工において補強板3の温度管理が困難な場合には、補強板3の変位を測定して所望の伸び量が得られた時点で結合を実施すれば、簡単に精度良く所望の予ひずみ6を与えることが可能である。また、結合前の補強板3を機械的に溶接線直交方向に引張り、その引張力を維持した状態で結合手段により結合しても良い。
【0030】
そして、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造は、前記引張予ひずみが次式[数1]を満足するように付与されてなるのが好ましい。ここで、次式[数1]の左辺は応力拡大係数(K値)を示す。即ち、前記補強構造が、次式[数1]を満足する様に構成されることによって、母材の脆性破壊伝播停止靱性が応力拡大係数より大きくなるので、脆性亀裂の進展が阻止されるのである。
【数1】
ここで、
【0031】
前記補強板3は、図2に示した様に、母材1の脆性亀裂8や溶接線2の表裏に対向して配設することが、母材1の面外曲げを防止するためと、圧縮力を母材1の板厚方向に一様に付与するために望ましいが、この様な構成が困難な場合には、図4に示す様に母材1の片面のみに補強板3を配置して、高力ボルト4及びナット5により締結しても良い。片面配置の場合には、引張予ひずみ6を適切に制御することによって、表裏面配置と同様の脆性亀裂停止効果が得られる。また、補強板3と母材1とを結合する結合手段には、高力ボルト・ナットによる締結部材以外に、図5に示すリベット9や図6に示す溶接10を用いても良い。
【0032】
以上、本発明の実施の形態1に係る溶接構造体によれば、脆性亀裂8を跨ぐ補強板3とこの補強板3を母材1に結合する結合手段、即ち、高力ボルト4とナット5、リベット9または溶接10によって、前記脆性亀裂8によって離反された母材1同士が結合されると共に、前記補強板3に予め引張予ひずみ6が付与されてなるものであるから、簡単な構造によって溶脆性亀裂8の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0033】
<実施例>
次に、突合せ溶接された母材に、前記溶接線を跨って補強板を結合した本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の実施例について、以下添付図7〜9を参照しながら説明する。図7は本発明に係る本実施例の外観を示す斜視図、図8は本発明の実施例に係る解析結果であり、母材全面の応力分布を示す図、図9は本発明の実施例に係る解析結果であり、図8のy座標(溶接中心)における母材の溶接線直交方向の無次元化応力分布を示す図である。
【0034】
母材1は図7に示す如く、幅(縦方向寸法)1000mm、長さ(横方向寸法)800mm、板厚60mmの鋼材であり、補強板3は幅200mm、長さ800mm、板厚30mmの鋼板である。そして、母材1と補強板3は、温度差による引張予ひずみを付与された状態で、図示しない高力ボルトとナットにより強固に摩擦接合されている。この結果、母材1に開孔されたボルト孔周辺での応力集中が緩和されるとともに、補強板3による剛性付与効果によって、全体としての強度低下は無い。
【0035】
図8において、母材1の補強板3が接合された領域は、補強板3に付与された引張予ひずみの反力として圧縮応力が広く分布している。一方、母材1のその他の領域においては、突合せ溶接による収縮ひずみから引張応力が作用している。そして、図9から分かる様に、母材1の補強板中心(x軸)から400mm離れた位置まで、補強板3に付与された引張予ひずみの反力として圧縮側に移行している。この圧縮応力によって溶接による引張残留応力が緩和されるとともに、補強板の剛性付与効果によって外力による引張応力増加も小さくなり、脆性亀裂を停止させることが可能となる。
【0036】
因みに、本実施例において補強板3と母材1の温度差が100℃の場合には、母材1の中心まで脆性亀裂が進展したとき(亀裂長さ500mm)の亀裂先端の応力拡大係数(K値)は6300Mpa・mm1/2となる。一方、補強板3が無い場合においては、同条件での応力拡大係数は12000Mpa・mm1/2なので、本発明によって応力拡大係数は53%に低減することになり、脆性亀裂の停止性能が格段に向上することが分かる。
【0037】
次に、本発明の実施の形態2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を、添付図10,11を参照しながら説明する。図10は本発明の実施の形態2に係り、結合手段が異なる他の態様例を示す斜視図、図11は図10の態様例において、補強板に引張予ひずみを付与する方法を説明するための断面図である。但し、本発明の実施の形態2が上記実施の形態1と相違するところは、補強板を母材に結合する結合手段の構成に相違があり、これ以外は上記実施の形態1と全く同構成であるから、上記実施の形態1と同一のものに同一符号を付して、以下その相違する点について説明する。
【0038】
即ち、上記実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の結合手段が、締結部材または溶接接合からなるのに対し、本実施の形態2に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の結合手段は、脆性亀裂8によって離反された母材1に対向する様に接合接合13された一対の取付金具11と、前記補強板3の両端に前記取付金具11との間に隙間12を有して溶接接合13された開孔板3aと、前記取付金具11及び補強板3の開孔板3aに貫通された締結部材である高力ボルト4、ナット5とからなる。
【0039】
そして、この高力ボルト4、ナット5の締結により前記隙間12を閉じることによって、前記補強板3に引張予ひずみ6を付与して母材同士が結合されるのが好ましい。即ち、図11に示す如く、高力ボルト4、ナット5が締結される前の補強板3及び開孔板3aの端部は、二点鎖線で示す様に、前記取付金具11との間に隙間12を有して設けられている。そして、この高力ボルト4、ナット5の締結により前記隙間12を閉じることによって、前記補強板3に引張予ひずみ6を付与するのである。
【0040】
前記締結部材としては高力ボルト4、ナット5の外、リベットを用いることが出来る。尚、図10,11においては、前記開孔板3aはアングル状の短板を補強板3に溶接接合13した例を示したが、本発明はこれに限るものではなく、補強板3自体を折り曲げたり、削り出したりして前記開孔板3aに相当する部分を形成した構造であっても良い。
【0041】
以上の様に、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記脆性亀裂、更には溶接線を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなるものであるから、簡単な構造によって溶脆性亀裂の伝播を確実に停止する優れた補強構造を提供し得る。
【0042】
また、本発明に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造によれば、前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなるので、引張ひずみの付与が施工現場においても更に簡単に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】は本発明の実施の形態1に係る脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造を示す斜視図である。
【図2】図1の断面Sにおいて矢視A−Aを示す断面図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係り、予め引張予ひずみの付与された補強板により補強された溶脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造の作用を説明するための図であって、図(a)は図1の正面図、図(b)〜(e)は図(a)の溶接部断面B−Bの板厚中心線に作用する溶接線直交方向応力の分布を示し、図(b)は溶接残留応力、図(c)は外力により発生する応力、図(d)は補強板への引張予ひずみ付与により発生する応力、図(e)は全応力を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態1に係り、補強板が母材の片面にのみ結合された態様例を示す断面図である。
【図5】本発明の実施の形態1に係り、リベット接合の態様例を示す断面図である。
【図6】本発明の実施の形態1に係り、溶接接合の態様例を示す斜視図である。
【図7】本発明の実施例の外観を示す斜視図である。
【図8】本発明の実施例に係る解析結果であり、母材全面の応力分布を示す図である。
【図9】本発明の実施例に係る解析結果であり、図8のy座標(溶接中心)における母材の溶接線直交方向の無次元化応力分布を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態2に係り、結合手段が異なる他の態様例を示す斜視図である。
【図11】図10の態様例において、補強板に引張予ひずみを付与する方法を説明するための断面図である。
【図12】従来技術1に係る溶接鋼構造物及びその製造方法の一実施例を示す図である。
【図13】従来技術3に係る溶接構造体の溶接方法及び溶接構造体を示す図である。
【符号の説明】
【0044】
S:溶接継手部に平行して高力ボルトを通り鋼板に垂直な断面,
:母材の幅,
:母材の上端と補強板中心との距離,
1:母材(鋼板), 2:溶接継手部,
3:補強板, 3a:開孔板,
4:高力ボルト, 5:ナット, 6:引張予ひずみ, 7:引張外力,
8:脆性亀裂, 9:リベット, 10:溶接, 11:取付金具,
12:隙間, 13:溶接接合
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなることを特徴とする脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項2】
前記補強板が、溶接線を跨いで母材に結合されてなることを特徴とする請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項3】
前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とする請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項4】
前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなることを特徴とする請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項5】
前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなることを特徴とする請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項6】
前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなることを特徴とする請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【数1】
ここで、
【請求項1】
溶接構造体に発生した脆性亀裂の伝播を停止させるための補強構造において、前記脆性亀裂を跨ぐ補強板とこの補強板を母材に結合する結合手段とによって、前記脆性亀裂によって離反された母材同士が結合されると共に、前記補強板に予め引張予ひずみが付与されてなることを特徴とする脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項2】
前記補強板が、溶接線を跨いで母材に結合されてなることを特徴とする請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項3】
前記結合手段が、締結部材または溶接であることを特徴とする請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項4】
前記引張予ひずみが、加熱または機械的な引張力によって付与されてなることを特徴とする請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項5】
前記結合手段が、脆性亀裂によって離反された母材に対向する様に接合された一対の取付金具と、前記補強板の両端に前記取付金具との間に隙間を有して設けられた開孔板と、前記取付金具と開孔板に貫通された締結部材とからなり、この締結部材の締結により前記補強板に引張予ひずみを付与して母材同士が結合されてなることを特徴とする請求項1または2に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【請求項6】
前記引張予ひずみが、次式[数1]を満足するように付与されてなることを特徴とする請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載の脆性亀裂伝播停止に優れた補強構造。
【数1】
ここで、
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2009−113046(P2009−113046A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285295(P2007−285295)
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
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