説明

脈波伝播速度測定装置

【課題】測定対象以外の動脈からの脈波の影響を受けずに高精度に脈波伝播速度を測定する。
【解決手段】第1脈波検出部12を血流の上流側に設定した第1測定点に装着する。第2脈波検出部13を下流側に設定した第2測定点に装着する。脈波伝播速度算出部14は、第1,第2脈波検出部12,13で検出された脈波の時間差から算出された脈波伝播時間と第1,第2脈波検出部12,13間の距離とに基づいて脈波伝播速度を算出し、出力部15から利用者に提示する。加圧調整部16は、脈波伝播速度の測定を行う際に、上記第1測定点を通る動脈と並走する動脈に設定された加圧点に装着された加圧部17を制御して、加圧力を発生させる。こうして、上記第1測定点を通る動脈と並走する動脈の脈波伝播速度を低下させて第2脈波検出部13へ伝播する時間を遅延させ、上記第1測定点を通る動脈と並走する動脈からの脈波の影響を受けずに高精度に脈波伝播速度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体内を脈波が伝播する時間に基づいて脈波伝播速度を測定する脈波伝播速度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、動脈硬化等の循環器系における評価指標の1つとして、脈波伝播速度(PWV:Pulse Wave Velocity)が用いられている。
【0003】
上記PWVを測定する方法としては、生体の2箇所の部位で測定した脈派の時間差(脈波伝播時間)と上記2箇所の測定部位間の距離とに基づいて、上記PWVを算出する方式が実用化されている。尚、上記測定部位として、頸部と大腿部とを用いる方式や、上腕と足関節とを用いる方式等、診断の用途に応じて幾つかのタイプの方式が存在している。
【0004】
その他のPWV測定方法として、生体の1か所の部位で測定した脈波に含まれる進行波成分と反射波成分との時間差に基づいて測定する方法が提案されている(特許文献1)。
【0005】
また、上記PWVは血圧と相関があることを利用して、手首と指との2箇所で測定した脈波の時間差(脈波伝播時間)に基づいて、血圧を算出する技術が公開されている(非特許文献1)。
【0006】
しかしながら、上記現在実用化されている脈波伝播速度測定装置には、以下のような問題がある。すなわち、現在実用化されている脈波伝播速度測定装置では、測定部位としては、頸部と大腿部や上腕と足関節のごとく、距離が離れている2箇所の測定部位が主流である。したがって、一般の利用者が、これらの測定部位に測定用のセンサを装着したまま日常的に利用するには適していない。さらに、一般の利用者が、これらの2箇所の測定部位の夫々に、脈波を測定するセンサ(脈波センサ)を装着すること自体も面倒である。
【0007】
また、上記特許文献1に開示された従来の脈波伝播速度情報測定装置には、以下のような問題がある。すなわち、上記脈波伝播速度情報測定装置においては、生体の1か所の部位で脈波を測定するため、脈波センサの装着は比較的容易であり、一般の利用者が家庭等において日常的に利用できる可能性がある。
【0008】
ところが、脈波に含まれる反射波成分には、動脈の様々な部位で生じた反射波が含まれている。そして、姿勢の変化や体調等に起因する動脈の状態変化によって反射点が変化し得る。そのため、単純に2箇所の脈波の時間差を測定するだけの上記現在実用化されている一般的な脈波伝播速度測定装置に比べると、複雑な解析処理が必要と考えられ、現時点では未だ実用化はされてはいない。
【0009】
また、上記非特許文献1においては、脈波センサを2箇所の測定部位に装着する必要があるものの、測定部位は手首と指との近接する2箇所であることから比較的容易に装着することができるので、一般の利用者が家庭等において日常的に利用できる可能性がある。ところが、脈波を測定する動脈として手首と指との夫々1本の動脈を対象としていることから、脈波伝播時間の測定精度に関して、以下のような問題が生じる可能性がある。
【0010】
具体的には、非特許文献1では、図6に示すように、測定点1(手首の尺骨動脈3)と測定点2(小指の動脈4)との2箇所で脈波の測定を行っている。しかしながら、手首の動脈は尺骨動脈3だけではなく橈骨動脈5が並走しており、末梢側となる手掌の部分で尺骨動脈3と橈骨動脈5が合流して掌動脈弓(図では省略しているが、実際には浅掌動脈弓と深掌動脈弓との2本)6を形成している。そして、この掌動脈弓6を経由して、各指の動脈につながっている。
【0011】
したがって、上記小指の動脈4における測定点2には、測定点1(尺骨動脈3)からの脈波だけではなく、橈骨動脈5からの脈派も伝播することになり、測定点2においては、尺骨動脈3と橈骨動脈5との両方からの脈波が含まれた脈波が観測されると考えられる。
【0012】
上記測定点2の位置からみると、橈骨動脈5よりも尺骨動脈3の方が距離が近いことから、通常であれば、尺骨動脈3からの脈波の方が橈骨動脈5からの脈波よりも早く測定点2に到達する。そのため、脈波の立ち上がり(例えば、極小点や微分最大点等)を基準点として、脈波伝播時間を算出しても特に問題は生じないが、測定点1に装着した脈波センサの装着圧(生体への押圧)が強すぎる場合や、屈曲部である手首を曲げることによって上記脈波センサの装着圧が強くなった場合には、尺骨動脈3に装着圧に応じた外圧が加わることになり、次に示すような影響を受けることになる。
【0013】
すなわち、動脈に外圧が加わった場合の影響として、血管は内圧(血圧)と外圧との圧力差が「0」のときに血管壁の伸展性が最大となり、血管壁の伸展性が大きい程脈波伝播速度が低下することが知られている。したがって、通常は内圧(血圧)の方が外圧より大きい状態であるが、外圧が加わることによって内圧と外圧との圧力差が小さくなり、それに応じて血管壁の伸展性が大きくなる。そのため、測定点1(尺骨動脈3)の脈波伝播速度が低下することになる。尚、この脈波伝播速度が低下する区間の距離は、脈波センサの装着圧が動脈に外圧として作用する区間の距離であり、この距離が長い程脈波伝播時間が大きな値となってしまう。
【0014】
そのため、上記尺骨動脈3に対する脈波センサの装着圧が強くなって内圧(血圧)に近くなる程、測定点1(尺骨動脈3)を経由する脈波の伝播速度が低下して脈波の伝播時間が遅くなり、この遅れが大きくなると、橈骨動脈5からの脈波の方が尺骨動脈3からの脈波よりも早く測定点2に到達する可能性がある。その場合には、測定点2で観測される脈波の立ち上がりは、橈骨動脈5からの脈波の立ち上りを観測してしまうことになる。したがって、脈波の立ち上がりを基準として脈波伝播時間を算出すると、測定点1(尺骨動脈3)から測定点2までの脈波伝播時間は実際の値よりも小さな値となってしまい、脈波伝播時間に測定誤差が生ずることになる。
【0015】
手首と指とのような近接する2箇所に脈波センサを装着して脈波伝播時間を測定する場合には、2つの脈波センサ間の距離が短いことから、脈波伝播時間の値自体が小さい(個人差や体調差等にもよるが、概ね10ミリ秒〜30ミリ秒程度)ため、上述した脈波伝播時間の測定誤差は、脈波伝播速度を算出する際の大きな誤差要因となってしまうことになる。
【0016】
また、上記測定点1に対する脈波センサの装着圧が強くなり過ぎると、尺骨動脈3の血管抵抗が大きくなる分だけ尺骨動脈3の血流量が低下する。そして、尺骨動脈3の血流量が低下した分だけ橈骨動脈5からの血流量が増大することによって、測定点2(小指の動脈4)で観測される脈波は、尺骨動脈3からの脈波成分よりも橈骨動脈5からの脈波成分の割合が大きくなることも考えられる。
【0017】
以上のごとく、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈からの脈波が、脈波伝播時間の測定精度に何らかの影響を及ぼす可能性が有り得るのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2003‐10139号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】McCombie, Devin“Development of a wearable blood pressure monitor using adaptive calibration of peripheral pulse transit time measurements”,Ph.D. Thesis, Massachusetts Institute of Technology, Dept. of Mechanical Engineering, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
そこで、この発明の課題は、測定対象とは異なる他の動脈からの脈波の影響を受けずに測定対象となる動脈の脈波伝播時間を算出してより精度の高い脈波伝播速度を測定できる脈波伝播速度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するため、この発明の脈波伝播速度測定装置は、
生体における予め設定された第1設定部位に装着されると共に、上記第1設定部位を通る第1動脈の脈波を検出する第1脈波検出部と、
上記生体の上記第1設定部位よりも血流の下流側における予め設定された第2設定部位に装着されると共に、上記第2設定部位を通る第2動脈の脈波を検出する第2脈波検出部と、
上記生体における予め設定された設定部位であって、上記第1動脈と並走すると共に、上記第2動脈へ脈波を伝播する第3動脈が通る第3設定部位に装着されて、上記生体の外部から上記第3動脈を加圧する加圧部と、
上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整する加圧調整部と、
上記加圧部によって上記第3動脈に対して加圧を行っている場合に、上記第1脈波検出部から出力される第1脈波信号と上記第2脈波検出部から出力される第2脈波信号との時間差に基づいて、上記第1設定部位と上記第2設定部位との間の脈波伝播速度を算出する脈波伝播速度算出部と
を備えたことを特徴としている。
【0022】
上記第1脈波検出部による脈波検出の対象となる上記第1動脈と並走する第3動脈は、上記第2脈波検出部による脈波検出の対象となる上記第2動脈へ、脈波を伝播する。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際に、上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を受けることになる。
【0023】
上記構成によれば、上記脈波伝播速度算出部によって上記第1設定部位と上記第2設定部位との間の脈波伝播速度を算出する場合に、上記加圧部によって上記第3動脈に対して加圧を行うようにしている。この場合、上記第3動脈に対する加圧によって、上記第3動脈の脈波伝搬速度が低下する。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際に、上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を受けるのを防止することが可能になる。
【0024】
すなわち、上記第1脈波検出部からの第1脈波信号と上記第2脈波検出部からの第2脈波信号との時間差に基づいて、測定の対象となる上記第1動脈に関する脈波伝播速度を、より高い精度で測定することができる。
【0025】
また、1実施の形態の脈波伝播速度測定装置では、
上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を検出する加圧状態検出部
を備えている。
【0026】
この実施の形態によれば、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈に対する加圧の状態を参照することにより、上記加圧調整部によって、上記第3動脈に対する加圧の状態を、適切になるように調整することが可能になる。
【0027】
また、1実施の形態の脈波伝播速度測定装置では、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部の検出結果に基づいて、上記第3動脈の脈波伝播速度が低下するように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようにしている。
【0028】
この実施の形態によれば、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈に対する加圧の状態を参照することによって、上記第3動脈の脈波伝搬速度が低下するように、上記加圧調整部によって上記第3動脈に対する加圧の状態を調整することができる。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際における上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を低減することができる。
【0029】
また、1実施の形態の脈波伝播速度測定装置では、
上記加圧状態検出部は、上記第3動脈の脈波の振幅値を検出し、この検出した振幅値を以て上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態とするようになっており、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が最大となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようになっている。
【0030】
この実施の形態によれば、上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が最大となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するので、上記第3動脈の脈波伝搬速度を最も低下させることができる。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際における上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を最小にすることができる。
【0031】
また、1実施の形態の脈波伝播速度測定装置では、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部の検出結果に基づいて、上記第3動脈の脈波が消失するように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようにしている。
【0032】
この実施の形態によれば、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈に対する加圧の状態を参照することによって、上記第3動脈の脈波が消失するように、上記加圧調整部によって上記第3動脈に対する加圧の状態を調整することができる。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際における上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を無くすことができる。
【0033】
また、1実施の形態の脈波伝播速度測定装置では、
上記加圧状態検出部は、上記第3動脈の脈波の振幅値を検出し、この検出した振幅値を以て上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態とするようになっており、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が零となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようになっている。
【0034】
この実施の形態によれば、上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が零となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するので、上記第3動脈の脈波の伝播を停止させることができる。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際における上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を無くすことができる。
【発明の効果】
【0035】
以上より明らかなように、この発明の脈波伝播速度測定装置は、脈波伝播速度算出部によって、生体における第1設定部位と第2設定部位との間の脈波伝播速度を算出する場合に、上記第1設定部位に装着される第1脈波検出部による脈波検出の対象となる第1動脈と並走すると共に、上記第2設定部位に装着される第2脈波検出部による脈波検出の対象となる第2動脈へ脈波を伝播する第3動脈に対して、加圧部によって加圧を行うので、上記第3動脈に対する加圧によって、上記第3動脈の脈波伝搬速度を低下させることができる。したがって、上記第2脈波検出部による上記第2動脈の脈波検出の際に、上記第3動脈からの脈波の伝播による影響を受けるのを防止することが可能になる。
【0036】
すなわち、この発明によれば、上記第1設定部位と上記第2設定部位との間において、脈波の測定対象となる上記第1動脈とこの第1動脈とは異なる上記第3動脈とが合流している場合(例えば、手首と指との2箇所の設定部位の間)においても、上記第3動脈からの脈波の影響を受けずに、上記第1脈波検出部からの第1脈波信号と上記第2脈波検出部からの第2脈波信号との時間差に基づいて、測定の対象となる上記第1動脈に関する脈波伝播速度を、より高い精度で測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】この発明の脈波伝播速度測定装置におけるブロック図である。
【図2】脈波伝播速度の測定部位となる手首と指との動脈の概略図である。
【図3】第1脈波検出部による装着圧が無い状態での第1測定点と第2測定点との間の脈波伝播時間を示す概念図である。
【図4】第1脈波検出部による装着圧が有る状態で、加圧点への加圧が無い場合の第1測定点と第2測定点との間の脈波伝播時間を示す概念図である。
【図5】第1脈波検出部による装着圧が有る状態で、加圧点への加圧が有る場合の第1測定点と第2測定点との間の脈波伝播時間を示す概念図である。
【図6】手首の尺骨動脈と小指の動脈との2箇所で脈波の測定を行う場合の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、この発明を図示の実施の形態により詳細に説明する。
【0039】
<この発明における想定事項>
先ず、本脈波伝播速度測定装置の説明を行うに先立って、この発明において想定している事項について説明する。
【0040】
一般の利用者が、脈波伝播速度測定装置を、簡単に、且つ容易に装着して日常的に利用可能にすることを目的とした場合、できるだけ小型・軽量化を図り(ウェアラブル型や携帯型等)、且つ、非侵襲・非拘束な測定を実現する必要がある。
【0041】
そのため、2つの脈波を測定するセンサ(脈波センサ)をできるだけ近接した2箇所に装着することによって、装置の小型化と装着の簡便化とを図ることが望ましい。
【0042】
しかしながら、上記2箇所の測定箇所間の距離が短すぎる(一つの目安として概ね5cm以下)と、2つの脈波センサ間を脈波が伝播する時間(脈波伝播時間)の値が小さくなるため、脈波伝播時間の僅かな測定誤差が、脈波伝播速度の測定精度に大きく影響するという問題が生じ易い。
【0043】
また、脈波伝播時間を精度よく測定するためには、高速な脈波サンプリング処理を行う必要があり、消費電力の増大に繋がることも考えられる。したがって、ウェアラブル型や携帯型等の脈波伝播速度測定装置の小型・軽量化を実現するには不向きである(バッテリ容量の増大に繋がる等)。
【0044】
そのため、上記2箇所の測定箇所間の距離については、一つの目安として概ね10cm以上、且つ30cm以下位が適切と想定している。そして、本実施の形態では、この条件を満足できる部位の一例として、着衣の状態でも2つの脈波センサを簡単且つ容易に装着可能であって、日常的に利用できる測定部位である手首と指との2箇所を選定している。
【0045】
ところで、手首と指との2箇所において脈波伝播時間を測定する場合、以下に説明するような配慮が必要である。
【0046】
具体的には、図6に示すように、手首には橈骨動脈5と尺骨動脈3の2本の動脈が並走しており、末梢側となる手掌の部分で尺骨動脈3と橈骨動脈5とが合流して掌動脈弓(図6では省略しているが、実際には浅掌動脈弓と深掌動脈弓との2本)6を形成し、この掌動脈弓6から分岐して各指の動脈につながっている。そして、脈波伝播時間を精度よく測定するためには、できるだけ動脈の分岐や合流が少ない2箇所で脈波を測定することが好都合である。その理由は、動脈の分岐や合流によって脈波の反射や血流量の変化等が生ずることにより、動脈の分岐や合流が無い場合に比して、例えば末梢側の脈波の形状や伝搬時間が変化する等、脈波伝搬時間に影響する要因が増加する可能性があるためである。
【0047】
以上のことから、手首と指との間で、できるだけ動脈の分岐や合流が少ないことを考慮すると、指については、小指,親指または人差し指が測定部位の有力候補と考えられる。
【0048】
尚、各指の動脈には橈骨動脈5と尺骨動脈3との2本の動脈からの脈波が伝播することになるが、小指は尺骨動脈3に近く、親指や人差し指は橈骨動脈5に近いことから、通常であれば、小指には尺骨動脈3からの脈波の方が早く到達し、親指や人差し指には橈骨動脈5からの脈波の方が早く到達すると考えられるため、手首と指との2箇所で測定した脈波の時間差とその2箇所の距離とに基づいて脈波伝播速度を算出する際には、小指の場合には手首側は尺骨動脈3の脈波を測定し、親指または人差し指の場合には手首側は橈骨動脈5の脈波を測定すべきである。
【0049】
したがって、手首側の脈波の検出方法としては、測定対象となる動脈の脈波を局所的に検出できる方法を用いる必要がある。因みに、一般的に用いられているカフ式(拡張期血圧程度に加圧してカフ内圧に現れる脈波を検出)による測定では、橈骨動脈5と尺骨動脈3との2本の動脈の脈波が合成された脈波が検出されるため、測定対象となる1本の動脈の脈波を局所的に検出することはできない。
【0050】
さらに、上述のように、各指の動脈には、橈骨動脈5と尺骨動脈3との2本の動脈から脈波が伝播することから、脈波伝播時間の測定に際しては、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(すなわち、橈骨動脈5で測定する場合には“尺骨動脈3”、尺骨動脈3で測定する場合には“橈骨動脈5”)からの脈波の伝播による影響を受けないような配慮が必要であり、これを実現するための一案として、この発明に至った。
【0051】
<脈波伝播速度測定装置の構成>
図1は、本実施の形態の脈波伝播速度測定装置におけるブロック図である。脈波伝播速度測定装置11は、第1脈波検出部12,第2脈波検出部13,脈波伝播速度算出部14,出力部15,加圧調整部16および加圧部17を含んで構成されている。さらに、必要に応じて、加圧状態検出部18を含んで構成しても差し支えない。
【0052】
上記第1脈波検出部12および第2脈波検出部13は、生体の所定部位に装着されて、測定対象となる動脈の局所的な脈波を検出する。ここで、第1脈波検出部12は上流側の脈波検出に用いられ、第2脈波検出部13は下流側の脈波検出に用いられる。
【0053】
上記第1脈波検出部12および第2脈波検出部13による脈波の検出方法としては、例えば(a)発光素子から出射された測定光が、動脈内の血液量に応じて反射あるいは吸収される度合いを、受光素子で検出する光電容積脈波法や、(b)動脈内の圧力の変化を、生体に密着させた圧電素子等によって検出する圧脈波法等がある。尚、脈波の検出方法は上記(a),(b)に限定されるものではなく、測定の対象となる動脈の脈波を局所的に検出できる方法であれば、様々な検出方法を採用することができる。
【0054】
尚、脈波の測定部位としては、本実施の形態では、特許請求の範囲に記載された「上流側における第1設定部位」は手首を、「下流側における第2設定部位」は指を想定しており、さらに、上記「指」は、上記手首側における測定の対象となる動脈が尺骨動脈である場合には小指を用いる一方、上記手首側における測定の対象となる動脈が橈骨動脈である場合は親指または人差し指を用いる。しかしながら、この組み合わせに限定されるものではなく、尺骨動脈と薬指との組み合わせでもよく、あるいは、上記手首と上記指以外の他の測定部位を用いてもよい。
【0055】
上記脈波伝播速度算出部14は、第1脈波検出部12および第2脈波検出部13で検出された2箇所の脈波の時間差から、脈波伝播時間Tを算出する。さらに、算出された脈波伝播時間Tと、第1脈波検出部12と第2脈波検出部13との間の距離Lとに基づいて、式(1)によって脈波伝播速度(PWV)を算出する。
PWV=L/T …(1)
【0056】
ここで、上記2箇所の脈波から脈波伝播時間Tを算出する方法として、夫々の測定部位での脈波の立ち上がり点(例えば、極小点や微分最大点等)を基準点とし、この基準点の時間差を求めることによって算出する方法がある。しかしながら、この方法に限らず、より精度よく脈波伝播時間Tを算出する方法があれば採用することができる。また、距離Lを得る方法としては、予め、使用者が第1脈波検出部12および第2脈波検出部13を装着する測定部位間の距離を測定し、測定値を脈波伝播速度測定装置11に内蔵されたメモリ(図示せず)に記憶させる方法が考えられるが、他の方法で距離Lを決定しても差し支えない。
【0057】
尚、上記脈波伝播速度算出部14は、例えば、脈波伝播速度測定装置11が内蔵するマイクロコンピュータ(図示せず)とそれを動作させるためのソフトウェアとによって実現することができる。
【0058】
上記出力部15は、上記脈波伝播速度算出部14によって算出された脈波伝播速度の値(あるいは、脈波伝播時間Tや脈波伝播速度を用いて算出された指標等)を、利用者に提示(あるいは、データとして提供)するものである。尚、出力部15としては、例えば、LCD等の表示ディスプレイや、メモリカード等の記録媒体や、外部の機器にデータを送信する通信インタフェース等、本脈波伝播速度測定装置11の使用目的に応じて適切な出力手段で実現できる。
【0059】
上記加圧部17は、加圧対象となる動脈に対して、後述する加圧調整部16の制御によって、生体の外部から加圧力を印加する。ここで、上記加圧対象となる動脈とは、「第1脈波検出部12が脈波の検出対象とする第1動脈と並走し、且つ、下流側の第2脈波検出部13が脈波の検出対象とする第2動脈へ脈波を伝播する第3動脈」のことである。
【0060】
その場合における上記加圧部17による加圧方式は、例えば、局所的な加圧を行うための小型の空気カフ(例えば、直径3cm程度の円筒型等)と空気ポンプと開閉バルブとを用いることによって、加圧/減圧を行う局所カフ方式、モーターやアクチュエータで駆動することによって加圧力の増減を機械的に発生させる加圧機構を用いる方式、あるいは、電圧を加えることによって長さや体積や形状が変化することで加圧力を発生させる人工筋肉等を用いる方式で、実現できる。しかしながら、これらの加圧方式に限らず、加圧の対象となる動脈に対して適切に加圧できる方式であれば採用することができる。
【0061】
尚、加圧の対象となる動脈については、第1脈波検出部12の脈波検出の対象となる動脈が尺骨動脈である場合には橈骨動脈が加圧対象動脈となり、橈骨動脈である場合には尺骨動脈が加圧対象動脈となる。しかしながら、これに限定されず、第1脈波検出部12が脈波の検出対象とする動脈と並走していて、且つ、下流側の第2脈波検出部13が脈波の検出対象とする動脈へ脈波を伝播する動脈が加圧対象となる。
【0062】
上記加圧状態検出部18は、上記加圧部17による加圧対象となる動脈に対する加圧状態を検出する。この加圧状態検出部18は必ずしも設ける必要は無いが、加圧状態検出部18を設けることによって、後述する加圧調整部16によって行われる加圧部17に対する加圧力の調整を、より正確に行うことが可能になる。
【0063】
尚、上記加圧状態検出部18による加圧状態の検出方法は、例えば、加圧部17の加圧方式が上記局所カフ方式である場合には、上記空気カフ内の空気の圧力を検出する空気圧センサを用いて、上記空気カフ内の圧力値、あるいは、上記空気カフ内の圧力に重畳される加圧対象動脈の脈波の振幅値(圧脈波の振幅値)を測定することによって実現できる。
【0064】
その他の検出方法としては、上記加圧部17における生体との接触面に、加圧対象となる動脈の局所的な脈波を検出する脈波センサを備えて(例えば、第1脈波検出部12と同様の脈波検出方法を用いることで実現できる)、加圧対象となる動脈の脈波の振幅値(容積脈波の振幅値)を測定する方法や、加圧部17における生体との接触面に圧力の大きさを検出する感圧センサ等を備えて、加圧部17における生体との接触面に生じている圧力値を測定する方法等が考えられる。しかしながら、これに限らず適切な方式があれば採用することができる。
【0065】
上記加圧調整部16は、上記加圧部17の加圧力を調整する機能を有している。具体的には、加圧調整部16は、脈波伝播速度算出部14が第1脈波検出部12および第2脈波検出部13を用いて脈波伝播速度の測定を行う際に、加圧力を発生させるように加圧部17を制御する。こうすることによって、加圧の対象となる動脈の脈波伝播速度を低下させて、加圧対象となる動脈の脈波が第2脈波検出部13へ伝播する時間を遅延させるのである。
【0066】
あるいは、上記加圧調整部16は、加圧対象となる動脈の脈波が消失するまで(すなわち、加圧対象となる動脈の収縮期血圧を僅かに上回るまで)当該動脈を一時的に加圧させるように、加圧部17を制御する。こうすることによって、加圧対象となる動脈の脈波が第2脈波検出部13へ伝播するのを、一時的に停止させるのである。
【0067】
尚、上記加圧調整部16は、脈波伝播速度算出部14が脈波伝播速度の測定を停止している場合には、加圧力を発生させないように加圧部17を制御する。こうすることによって、不必要な加圧による生体への影響(例えば鬱血等)が生ずる可能性を低減すると共に、加圧部17が加圧力を発生させるのに必要とする電力の消費を低減することができる。
【0068】
さらに、本脈波伝播速度測定装置11が加圧状態検出部18を備えている場合には、上記加圧調整部16は、加圧状態検出部18によって検出された加圧状態に基づいて、“加圧力が適切な状態”になるように、加圧部17を制御する。すなわち、加圧状態が不足している場合には、加圧力が増加するように制御する。一方、加圧状態が過剰な場合には、加圧力が低下するように制御する。こうすることによって、脈波伝播速度算出部14が脈波伝播速度の測定を行う際における加圧部17の加圧力を、最適な状態に調整することができるのである。
【0069】
ここで、上記“加圧力が適切な状態”とは、例えば、「加圧対象となる動脈の脈波伝播速度が十分に低下した状態」のことである。具体的には、加圧状態検出部18における加圧状態の検出方法が、「加圧対象となる動脈の脈波の振幅値を検出する方法」である場合には、つまり、検出した「加圧対象となる動脈の脈波の振幅値」を以て上記「加圧状態」とする場合は、例えば「脈波の振幅値が最大」となる状態を上記“加圧力が適切な状態”とすることが望ましい。その理由は、「脈波の振幅値が最大」である状態とは、加圧部17による加圧の対象となる動脈において、加圧部17による外圧の平均値(平均加圧力)と内圧の平均値(平均血圧)との圧力差が「0」付近の状態であり、この状態では血管壁の伸展性が最大となるため加圧の対象となる動脈の脈波伝播速度が最も低下するからである。
【0070】
但し、上記「脈波の振幅値が最大」の状態では、加圧対象の動脈に対する加圧部17による外圧の平均値(平均加圧力)の大きさが、その時の当該動脈における平均血圧と同程度の大きさであることから、長時間に亘って加圧し続けると、生体へ負担(例えば鬱血など)が生ずることも考えられる。そのため、「脈波の振幅値が最大」の状態よりも少し低めの加圧力を、“加圧力が適切な状態”としてもよい(例えば、脈波の振幅値が、最大値と最小値との中間値等)。
【0071】
また、上記加圧状態検出部18における加圧状態の検出方法が、「カフ内の圧力値を測定する方法(つまり、測定した圧力値を以て上記「加圧状態」とする)」や、「加圧部17における生体との接触面に生じている圧力値を測定する方法(つまり、測定した圧力値を以て上記「加圧状態」とする)」等、上述した「加圧対象となる動脈の脈波における振幅値を検出する方法」以外の方法である場合には、加圧対象となる動脈の脈波伝播速度が十分に低下する上記圧力値を予め定義しておき、その定義された圧力値の状態を“加圧力が適切な状態”とすればよい。
【0072】
このように、加圧対象となる動脈の脈波伝播速度が十分に低下する状態を“加圧力が適切な状態”とした場合には、加圧対象となる動脈の脈波が第2脈波検出部13へ伝播する時間を十分に遅延させることができる。したがって、加圧対象となる動脈の脈波が、第1脈波検出部12による測定点である第1測定点と、第2脈波検出部13による測定点である第2測定点との間の脈波伝播時間に影響を及ぼすことを、防止あるいは低減することができる。さらに、加圧対象となる動脈の血流を止めることが無いので、一拍毎の連続的な脈波伝播速度の測定を実現することができる。
【0073】
また、上記“加圧力が適切な状態”におけるその他のバリエーションとして、加圧対象となる動脈の脈波が一時的に消失する状態(すなわち、加圧対象となる動脈の収縮期血圧を僅かに上回る状態)がある。この場合、加圧状態検出部18における加圧状態の検出方法が「加圧対象となる動脈の脈波における振幅値を検出する方法」である場合には、「脈波の振幅値が最大」の状態から更に加圧して、「脈波が消失する=脈波の振幅値が零となる」状態を“加圧力が適切な状態”とすればよい。
【0074】
但し、上記「脈波が消失」する状態は、加圧対象の動脈に対する加圧部17による外圧(加圧力)の大きさが、動脈の収縮期血圧を上回る大きさであることから、動脈の血流を止めている状態となる。したがって、このような状態を続けることは生体へ負担が大きく、飽くまでも一時的(数秒間程度)とする配慮が必要である。
【0075】
上述のように、加圧対象となる動脈の脈波が一時的に消失する状態を、“加圧力が適切な状態”とした場合には、加圧対象となる動脈の脈波が第2脈波検出部13へ伝播することを一時的に停止させることができるので、加圧対象となる動脈の脈波が上記第1測定点と上記第2測定点との間の脈波伝播時間に影響を与えることを完全に防止することができる。但し、加圧対象となる動脈の血流を止めることになるため、連続的な測定には利用できず、数泊程度の単発的な脈波伝播速度の測定にのみ利用することができる。
【0076】
すなわち、上記加圧調整部16の目的は、加圧部17による加圧力を調整することによって、加圧対象となる動脈の脈波伝播速度を十分に低下させ、あるいは、脈波を一時的に消失させることによって、上記第1測定点と上記第2測定点との間の脈波伝播時間の測定に、加圧対象となる動脈の脈波が影響を与えないようにすることである。ここで、上記加圧対象となる動脈とは、「第1脈波検出部12が脈波の検出対象とする上記第1動脈と並走し、且つ、下流側の第2脈波検出部13が脈波の検出対象とする上記第2動脈へ脈波を伝播する上記第3動脈」のことである。
【0077】
尚、上記加圧調整部16も、上記脈波伝播速度算出部14の場合と同様に、例えば、脈波伝播速度測定装置11が内蔵する上記マイクロコンピュータとそれを動作させるためのソフトウェアとによって実現することができる。
【0078】
<脈波伝播速度の測定原理>
本実施の形態における脈波伝播速度測定装置11による脈波伝播速度の測定原理について、手首(尺骨動脈)と指(小指)との2箇所の測定点で測定する場合を例に、図2〜図5を用いて説明する。
【0079】
図2は、脈波伝播速度の測定部位となる手首と指との動脈の概略図である。図2において、脈波の測定対象となる2箇所の測定点は、上流側が尺骨動脈21に設定した上記第1設定部位としての第1測定点22であり、下流側が小指の動脈23に設定した上記第2設定部位としての第2測定点24である。したがって、第1測定点22には第1脈波検出部12を装着し、第2測定点24には第2脈波検出部13を装着することになる。
【0080】
また、上記加圧部17による加圧の対象となる加圧点は、橈骨動脈25における特許請求の範囲に記載された「第3設定部位」としての加圧点26である。したがって、加圧部17は加圧点26に装着することになる。
【0081】
図2に示すように、上記尺骨動脈21と橈骨動脈25とは合流点27で合流している。そして、第1測定点22を通過した脈派と加圧点26を通過した脈派との夫々は、合流点27を経て第2測定点24へ到達する。
【0082】
尚、以下における図3〜図5を用いた説明では、上流側からの脈波は、尺骨動脈21の第1測定点22と、橈骨動脈25の加圧点26とに、同時に到達しているものとして説明する。現実には、完全に同時ではなく、僅かながら時間差(数ミリ秒程度)が生じている可能性がある。しかしながら、第1測定点22と第2測定点24との間の動脈に沿った経路長(以下、単に、第1測定点22と第2測定点24との間の距離と言う)の方が、加圧点26と第2測定点24との間の動脈に沿った経路長(以下、単に、加圧点26と第2測定点24との間の距離と言う)よりも短いため、測定原理上は影響がないと考えられる。
【0083】
また、図3〜図5を用いた説明においては、脈波の立ち上がりの微分最大点を基準として脈波伝播時間を算出するものとして説明する。
【0084】
図3は、上記第1測定点22に装着された第1脈波検出部(脈波センサ)12による装着圧(生体への押圧)が無い状態において、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間を示す概念図である。ここで、上記装着圧(生体への押圧)が無い状態とは、現実には装着圧が全く無い状態を実現することは難しいために、第1脈波検出部12の装着圧が十分に小さく、第1測定点22の脈波伝播速度に影響を及ぼさない状態を指す。
【0085】
図3においては、上記第1測定点22では脈波伝播速度の低下が無い(あるいは殆ど無い)ことから、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定された橈骨動脈25)からの脈波の伝播による影響は受けない。したがって、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間の測定を正常に行えることを示している。
【0086】
すなわち、図3の状態においては、加圧点26への加圧の有無は、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間に影響しない。そこで、図3においては、加圧が無い状態(すなわち、この発明を適用していない状態)を用いて説明する。
【0087】
先ず、上記第1測定点22で観測された脈波Aは、第1測定点22と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間aだけ遅れた脈波A'として第2測定点24に到達する。また、加圧点26における脈波Bは、加圧点26と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間bだけ遅れた脈波B'として第2測定点24に到達する。尚、第1測定点22と第2測定点24との間の距離の方が、加圧点26と第2測定点24との間の距離よりも短いため、時間aの方が時間bよりも短い。
【0088】
上記第2測定点24においては、脈波A'と脈波B'とが合成された脈波が観測されると考えられるため、第2測定点24では脈波A'と脈波B'とが合成された脈波Cが観測されることになる。
【0089】
この場合、上記脈波伝播時間は、上記第1測定点22で観測された脈波Aと第2測定点24で観測された脈波Cとの時間差となる。そして、脈波A'の方が脈波B'よりも先に観測されるため脈波Cの立ち上がりは脈波A'の立ち上がりに相当し、脈波伝播時間は「時間a」となる。つまり、図3の状態においては、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定される橈骨動脈25)からの脈波の伝播による影響は受けず、第1測定点22と第2測定点24との2箇所において、脈波伝播時間を正しく測定できることを示している。
【0090】
すなわち、このような状態では、上述のように、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈からの脈波の伝播による影響は受けないことから、加圧点26への加圧は不要である。したがって、加圧点26に対して加圧を行っても、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間には影響しないことになる。
【0091】
図4は、上記第1測定点22に装着された第1脈波検出部(脈波センサ)12による装着圧(生体への押圧)が有る状態において、加圧点26への加圧部17による加圧が無い場合(つまり、この発明を適用していない場合)の、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間を示す概念図である。ここで、上記装着圧(生体への押圧)が有る状態とは、第1脈波検出部12の装着圧が第1測定点22の脈波伝播速度に影響を及ぼす状態を指している。
【0092】
図4においては、上記第1測定点22では脈波伝播速度の低下が有ることから、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定された橈骨動脈25)からの脈波の伝播による影響を受ける可能性がある。すなわち、図4では、加圧点26への加圧が無いため、測定対象となる動脈とは異なる他の動脈からの脈波の伝播による影響を受けて、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間の測定を正常に行えない場合を示している。
【0093】
図4に示すように、上記第1測定点22における脈波Aは、第1脈波検出部12の装着圧による脈波伝播速度の低下によって、時間cだけ遅れた脈波A2として観測される。さらに、第1測定点22と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間aだけ遅れた脈波A2'として第2測定点24に到達する。一方、加圧点26における脈波Bは、加圧点26と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間bだけ遅れた脈波B'として第2測定点24に到達する。ここで、第1測定点22と第2測定点24との間の距離の方が、加圧点26と第2測定点24との間の距離よりも短いため、時間aの方が時間bよりも短い。
【0094】
上記時間cは、上記第1測定点22における第1脈波検出部12の装着圧による脈波伝播速度の低下の度合いが大きい程長くなる。そして、図4では、下記の式(2)が成立している。
時間a+時間c > 時間b …(2)
【0095】
上記第2測定点24においては、脈波A2'と脈波B'とが合成された脈波が観測されると考えられるため、第2測定点24では脈波A2'と脈波B'が合成された脈波Dが観測されることになる。
【0096】
この場合、上記脈波伝播時間は、上記第1測定点22で観測された脈波A2と第2測定点24で観測された脈波Dの時間差となる。そして、上記式(2)から脈波B'の方が脈波A2'よりも先に観測されるため、脈波Dの立ち上がりは脈波B'の立ち上がりに相当し、脈波伝播時間は「時間d(=時間b−時間c)」となり、本来の脈波伝播時間である「時間a」よりも短い時間となってしまう。つまり、図4の状態においては、第1測定点22と第2測定点24との2箇所において、脈波伝播時間が正しく測定されていないことを示している。
【0097】
すなわち、このような状態では、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定される橈骨動脈25)からの脈波の伝播による影響を受けていることになる。
【0098】
尚、上記第1測定点22における第1脈波検出部12の装着圧による脈波伝播速度の低下が大きくなり過ぎると、時間cが時間bよりも大きくなる可能性があり、そのような場合には、第1測定点22と第2測定点24との脈波伝播時間はマイナスの値になることもあり得る。
【0099】
図5は、上記第1測定点22に装着された第1脈波検出部(脈波センサ)12による装着圧(生体への押圧)が有る状態において、加圧点26への加圧部17による加圧が有る場合(すなわち、この発明を適用して、加圧対象となる動脈の脈波伝播速度を低下させている場合)の、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間を示す概念図である。ここで、装着圧(生体への押圧)が有る状態とは、第1脈波検出部12の装着圧が第1測定点22の脈波伝播速度に影響を及ぼす状態を指す。
【0100】
図5においては、上記第1測定点22では脈波伝播速度の低下が生ずる。ところが、加圧点26への加圧によって、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定された橈骨動脈25)の脈波伝播速度も低下するため、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈からの脈波の伝播による影響は受けない。すなわち、図5では、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間の測定を正常に行うことができる場合を示している。
【0101】
図5に示すように、上記第1測定点22における脈波Aは、第1脈波検出部12の装着圧による脈波伝播速度の低下によって、時間cだけ遅れた脈波A2として観測される。さらに、第1測定点22と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間aだけ遅れた脈波A2'として第2測定点24に到達する。一方、加圧点26における脈波Bは、加圧部17による加圧点26への加圧に基づく脈波伝播速度の低下によって、時間eだけ遅れた脈波B2として観測される。さらに、加圧点26と第2測定点24との間の距離を脈波が伝播するのに要する時間bだけ遅れた脈波B2'として第2測定点24に到達する。ここで、第1測定点22と第2測定点24との間の距離の方が、加圧点26と第2測定点24との間の距離よりも短いため、時間aの方が時間bよりも短い。
【0102】
上記時間cは、上記第1測定点22における第1脈波検出部12の装着圧による脈波伝播速度の低下の度合いが大きい程長くなる。一方、時間eは、加圧点26における加圧部17の加圧による脈波伝播速度の低下の度合いが大きい程長くなる。そして、図5では、下記の式(3)が成立している。
時間a+時間c < 時間b+時間e …(3)
【0103】
上記第2測定点24においては、脈波A2'と脈波B2'とが合成された脈波が観測されると考えられるため、第2測定点24では脈波A2'と脈波B2'とが合成された脈波Eが観測されることになる。
【0104】
この場合、上記脈波伝播時間は、上記第1測定点22で観測された脈波A2と第2測定点24で観測された脈波Eとの時間差となる。そして、上記式(3)から脈波A2'の方が脈波B2'よりも先に観測されるため、脈波Eの立ち上がりは脈波A2'の立ち上がりに相当し、脈波伝播時間は「時間a」となる。つまり、図5の状態においては、第1測定点22と第2測定点24との2箇所において、脈波伝播時間が正しく測定されていることを示している。
【0105】
このような状態では、脈波の測定対象となる動脈とは異なる他の動脈(本実施の形態においては、加圧点26が設定される橈骨動脈25)からの脈波の伝播による影響を受けていないことになる。
【0106】
すなわち、本実施の形態においては、図1,図2および図5に示すように、加圧対象となる動脈、つまり「第1脈波検出部12が脈波の検出対象とする上記第1動脈と並走し、且つ、下流側の第2脈波検出部13が脈波の検出対象とする上記第2動脈へ脈波を伝播する上記第3動脈」に対して、加圧部17で加圧を行うことによって、加圧対象となる動脈の脈波伝播速度が低下することから、加圧対象となる動脈の脈波が第2測定点24に伝播する時間を時間eだけ遅延させることができる。
【0107】
したがって、上記第1測定点22に装着された第1脈波検出部12による装着圧(生体への押圧)が強すぎる場合や、屈曲部である手首を曲げることによって第1脈波検出部12の装着圧が強くなった場合に、上記第1測定点22における脈波Aが上記装着圧による脈波伝播速度の低下によって時間cだけ遅れた脈波A2として観測されても、時間eの長さを調整することによって、上記脈波伝播時間は上記第1測定点22で観測された脈波A2と第2測定点24で観測された脈波Eとの時間差となり、第1測定点22と第2測定点24との間の距離を脈波A2が伝播するのに要する時間aとなる。その結果、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間の測定を正常に行うことが可能になる。
【0108】
尚、図では示していないが、加圧対象となる動脈の脈波を一時的に消失させる方法の場合には、加圧対象となる動脈の脈波が第2脈波検出部13へ伝播することを一時的に停止させることができる。したがって、加圧対象となる動脈の脈波が、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間に影響を及ぼすことを完全に防止でき、第1測定点22と第2測定点24との間の脈波伝播時間の測定を正常に行うことが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0109】
この発明の脈波伝播速度測定装置は、より精度の高い脈波伝播速度の測定手段として有用であり、血圧計や血管年齢計や病院等の医療用機器などの脈波伝播時間や脈波伝播速度に基づいた生体情報を測定する生体情報測定装置に広く利用することができる。
【符号の説明】
【0110】
11…脈波伝播速度測定装置、
12…第1脈波検出部、
13…第2脈波検出部、
14…脈波伝播速度算出部、
15…出力部、
16…加圧調整部、
17…加圧部、
18…加圧状態検出部、
21…尺骨動脈、
22…第1測定点、
23…小指の動脈、
24…第2測定点、
25…橈骨動脈、
26…加圧点、
27…合流点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体における予め設定された第1設定部位に装着されると共に、上記第1設定部位を通る第1動脈の脈波を検出する第1脈波検出部と、
上記生体の上記第1設定部位よりも血流の下流側における予め設定された第2設定部位に装着されると共に、上記第2設定部位を通る第2動脈の脈波を検出する第2脈波検出部と、
上記生体における予め設定された設定部位であって、上記第1動脈と並走すると共に、上記第2動脈へ脈波を伝播する第3動脈が通る第3設定部位に装着されて、上記生体の外部から上記第3動脈を加圧する加圧部と、
上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整する加圧調整部と、
上記加圧部によって上記第3動脈に対して加圧を行っている場合に、上記第1脈波検出部から出力される第1脈波信号と上記第2脈波検出部から出力される第2脈波信号との時間差に基づいて、上記第1設定部位と上記第2設定部位との間の脈波伝播速度を算出する脈波伝播速度算出部と
を備えたことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を検出する加圧状態検出部
を備えたことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部の検出結果に基づいて、上記第3動脈の脈波伝播速度が低下するように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整する
ことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記加圧状態検出部は、上記第3動脈の脈波の振幅値を検出し、この検出した振幅値を以て上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態とするようになっており、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が最大となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようになっている
ことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項5】
請求項2に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部の検出結果に基づいて、上記第3動脈の脈波が消失するように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整する
ことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項6】
請求項5に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記加圧状態検出部は、上記第3動脈の脈波の振幅値を検出し、この検出した振幅値を以て上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態とするようになっており、
上記加圧調整部は、上記加圧状態検出部によって検出された上記第3動脈の脈波の振幅値が零となるように、上記加圧部による上記第3動脈に対する加圧の状態を調整するようになっている
ことを特徴とする脈波伝播速度測定装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate