説明

腎疾患病態分類法

【課題】
ヒトの尿を検体とし、その赤血球形態、免疫細胞形質、蛋白分画病態の3種類の分析結果により、尿細管間質障害と、細胞浸潤を伴わない糸球体障害と、細胞浸潤を伴う糸球体障害と、細胞浸潤を伴う糸球体障害・尿細管間質障害と、非糸球体性血尿の5病態に分類する方法を提示した。
【解決手段】
尿検査により得られた3種類の検査結果を選択図1の分類法に従い5種類の病態に分類し、腎臓の病変部位の予測や腎疾患治療に活用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
尿検査の結果により腎臓疾患の病態を分類する方法に関する技術分野
【背景技術】
【0002】
従来より、尿中赤血球形態検査は位相差顕微鏡で行われていた。検出感度が低く、腎糸球体疾患か泌尿器系疾患による出血かの判定が困難であった。最近特許文献1、2及び3に示されたようなレーザー散乱光を用いる尿中赤血球形態検査の自動化機器により細かく形態分類が出来るようになり日常的に使用されつつある。腎疾患の診断はこれら血液の形態学的な測定結果からだけで行われるものではなく、別の検査法による診断も合わせて試みられるようになってきた。それは特許文献4に示すような尿蛋白分画により糸球体性腎障害か尿細管性腎障害かを分類する病態分類法である。その他リンパ球の表面形質を調べる方法として蛍光標識抗体を使うフローサイトメトリー法(FACS法)により、炎症性細胞の浸潤が活発になっているかどうかも検査法として確立された(非特許文献1)。さらに腎疾患の診断については、これらの検査法のほか、腎組織を採取(腎生検という)して病理学的な検査法を併用して最終的に診断がなされていた。しかし、腎生検は侵襲的な検査であり、死亡例を含めた合併症が報告されていて、昨今の医療事情からこの検査実施には厳しい適応症例の選択がなされるようになっている。
【特許文献1】特開平8-240520号公報
【特許文献2】特開平11-295207号公報
【特許文献3】特開平11-118793号公報
【特許文献4】特願2003-367424号公報
【非特許文献1】J Am Soc Nephrol 12: 2636-2644,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
腎疾患の診断は、従来の技術で述べたような今まで独立してそれぞれの検査結果を、医師が自分の経験で診断していたが、本願発明ではそれらの検査結果を組み合わせることで非侵襲的に腎疾患の病態診断に役立てることを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0004】
今までは、これら検査法の結果に基づいて医師により総合的に診断を行っていたが、本願発明ではそれら検査法をコンピュータの画像解析や統計的手法により腎疾患の病態を分類し診断に役立つ情報を提供できる方法を提示した。この課題を解決するため、多数の臨床例を用い、それぞれの検査法を比較検討しかつ腎生検による臨床診断に基づき腎疾患の病態を把握できるようになる方法を発明した。この結果、腎生検をしなくともおおよその診断が出来るようになった。詳細は下記のとおりである。
【0005】
一般的に、腎臓の機能から赤血球や蛋白質の出現は無いものとされており、尿中赤血球、尿中免疫細胞、尿蛋白質の出現そのものが腎機能の障害すなわち腎疾患を予測させるものである。その腎疾患のうち、腎糸球体障害としてはIgA腎症、膜性腎症、半月体形成性腎炎、巣状糸球体硬化症などが知られている。また腎尿細管障害としてはファンコニー症候群、間質性腎炎などがある。
【0006】
腎疾患の確定診断には、腎生検が広く行われている。腎生検とは針を患者の腎臓に向かって穿刺し、腎組織を取り出し病理組織標本を作製し染色後専門医による病理診断をする方法であり、患者にかなりの苦痛を与えるばかりか死亡例を含む合併症の報告もあり、組織の採取や病理組織標本の作製、その標本の読取や判定に相当の費用と時間と熟練を要していた。
【0007】
さらに患者の臓器の一部を取り出すため周りの組織に少なからずの障害を与えるため、肉眼的血尿、血腫の形成など出血にまつわる合併症が起こり、出血の程度が多ければ血圧低下、ショック、そして死亡に至ることがある。
【0008】
本願発明は、前述特許文献1、2、3および4や非特許文献1など多くの検査法の結果および腎生検と高感度の尿蛋白質電気泳動像の臨床例をそれぞれ詳しく精査した結果、3種類の非浸襲の尿の検査法を組み合わせることで、疾患を5群に分類しその群特有のアルゴリズムをコンピュータにより病態解析を行い、それが非常に有用という結論に至った。
【0009】
3種類の検査法は下記の通りである。
【0010】
最初の検査法は、尿赤血球は特許文献1及び2及び3に示されたようなレーザー散乱光を用いる尿中赤血球形態検査の自動機により、赤血球形態を判定し赤血球が変形しているか、またはしていないかを分類する。赤血球の変形とは、糸球体毛細血管壁の断裂などの病的変化部分を赤血球が通過するため、一部破砕されたりすることで生ずると考えられている。また、その後尿細管を通過する際に、尿の浸透圧変化によって金平糖状などに形が変化したものである。一方、変形のない正常の赤血球とは、このような変化を伴わず、下部尿路からの出血を意味する。
【0011】
次の検査法は、尿中免疫細胞の検査法で、FACS法と言い出現した細胞表面の形質を解析し、エフェクター細胞か非エフェクター細胞かを分類する。
【0012】
エフェクター細胞とは単球・リンパ球などの免疫細胞の表面抗原のうちCD62Lが陰性のもので、リンパ球は同時にCD45RO陽性、CD45RA陰性である。これらのエフェクター細胞は組織障害を引き起こす活性化された細胞であり、腎炎の浸潤細胞も同じ表現型を示す。尿のエフェクター細胞は、腎の炎症細胞が腎糸球体毛細血管の破壊などで腎組織を障害した結果、尿中に現れたものと考えられる(非特許文献1)。一方、非エフェクター細胞はCD62Lが陽性のもので、リンパ球は同時にCD45RO陰性、CD45RA陽性である。無害の非活性化細胞であり、健常者の末梢血中の免疫細胞の大部分はこの表現型を示す。
【0013】
3番目の検査法は、セルロース・アセテート膜を支持体とした患者尿蛋白質を電気泳動するもので、その超微量蛋白質を銀染色液で検出した後、特許文献4に示された方法に基づいて、糸球体障害パターン、尿細管障害パターン、混合パターンに分類する。
【0014】
糸球体障害パターンとは、アルブミン画分とβ画分の分画値がそれぞれその他の疾患群の分画値に較べて、有意に高く現れることを特長とした群をいう。
【0015】
尿細管障害パターンとは、アルブミン画分の分画値が腎糸球体障害を主とする群のアルブミン画分の分画値より有意に低くかつ、β画分の代わりにそれをはさんだ形に別の蛋白画分が有意に濃く現れることを特長とした群をいう。
【0016】
混合パターンとは上記の糸球体障害パターンと尿細管障害パターンが両方とも見られるものをいう。
【0017】
3種類の検査法を組み合わせした尿疾患に関する病態解析のアルゴリズムは下記のとおりとした。
【0018】
尿中に赤血球が有り、その赤血球の形が正常な場合をR1、形が変形している場合をR2、尿中に赤血球が見られない場合をR3とし、尿中に免疫細胞である非エフェクター細胞が見られる場合をI1、エフェクター細胞が見られる場合をI2、尿中に免疫細胞が見られない場合をI3とした。また、尿蛋白病態分類において糸球体障害パターンをP1、尿細管障害パターンをP2、混合型をP3とする。
【0019】
上記の組み合わせにより、下記のようなA〜E型の障害部位を検査することができる。
【0020】
A型 尿細管間質障害・・・R3、I2、P2の組み合わせで、 関係する疾患は尿細管間質性腎炎などがある。
【0021】
糸球体毛細血管の破壊・断裂などの糸球体障害がないためR3の変形赤血球がなく、尿細管間質にエフェクター細胞の浸潤とそれによる尿細管の破壊が考えられI2のエフェクター細胞が現れる。その結果P2の尿蛋白尿細管障害パターンを示し、尿細管性蛋白尿が出現する。
【0022】
B型 細胞浸潤を伴わない糸球体障害・・・R3、I3、P1の組み合わせで、 関係する疾患は微小変化型、膜性腎症、糸球体肥大などがある。
【0023】
炎症細胞による糸球体毛細血管の破壊・断裂などの糸球体障害がないのでR3の変形赤血球がなく糸球体から蛋白が漏出する障害があるためP1の尿蛋白糸球体障害パターンを示す。またI3のエフェクター細胞ないことから腎組織での炎症性細胞浸潤がない。
【0024】
C型 細胞浸潤を伴う糸球体障害・・・R2、I2、P1の組み合わせで関係する疾患はIgA腎症、ANCA関連腎炎などの半月体形成性腎炎などがある。
【0025】
炎症細胞による糸球体毛細血管の破壊・断裂などの糸球体障害があるためR2の変形赤血球があり、糸球体から蛋白が漏出する障害もあるため、P1の尿蛋白糸球体障害パターンを示す。またI2のエフェクター細胞があり、腎組織での炎症性細胞浸潤が示唆される。
【0026】
D型 細胞浸潤を伴う尿細管間質障害・・・R2、I2、P2あるいは P3の組み合わせで 関係する疾患は尿細管間質腎炎(TIN)を伴うANCA関連腎炎などがある。
【0027】
炎症細胞による糸球体毛細血管の破壊・断裂などの糸球体障害があるためR2の変形赤血球があり、P2あるいはP3の尿蛋白尿細管障害パターンのみ、あるいは尿蛋白尿細管障害パターンがありかつ尿蛋白糸球体障害パターンを示すため、小分子蛋白の再吸収障害がありその後障害の進展で糸球体から蛋白が漏出する。またこの型は、腎組織での炎症性細胞浸潤が示唆されるためI2のエフェクター細胞も見られる。
【0028】
E型 非糸球体性血尿・・・R1、I1の組み合わせで 関係する疾患は尿路出血、特発性腎出血などがある。
【0029】
糸球体毛細血管の破壊・断裂などの糸球体障害がないためR3の変形赤血球もなく、赤血球は末梢血型であり、尿免疫細胞も末梢血型であるためI1の非エフェクター細胞が存在する。
【発明の効果】
【0030】
今まで腎生検は、診断に不可欠なものとされている。これは患者の腎臓に生検針を刺し、腎組織を採取しなければならないので侵襲的であり、当然患者に苦痛を強いることになる。また正常な細胞を傷つけることにもなっている。さらに採取した腎組織は専門技術者により病理標本作成に数日間を要し、さらに専門医による標本の顕微鏡診断を必要としている。
【0031】
本願発明が果たす役割は主に2つの側面を持っており、その1つは、腎疾患の早期発見が可能になり、早急に治療を要する患者をいち早く抽出できることにある。今までは時間的制約・コストの制約・患者が多すぎるなどの制約のため、唯一の診断的検査であった腎生検が行えずに放置されていた患者を救うことになる。
【0032】
2つめは、腎生検に代わって大まかな腎疾患の病態診断を行えることである。腎生検は危険を伴い費用や時間が掛かるが、本願発明を活用して、腎生検を行うことなく疾病が進行する前に治療を開始することで、疾患の治癒を早めたり透析開始時期を遅らせたりする事が可能となる。
【0033】
細分化された診断技術は、例えはIgA腎症、透析、糖尿病、糸球体腎症、自己免疫疾患など多彩な専門的技術の積み重ねにより成り立ってきており、専門医さえ戸惑うことがあるという時代、診断の見逃しはあってはならない事態であるが、本願発明はこれらの診断に側面から支援するものとなる。
【0034】
早期診断による早期治療は、治癒率が飛躍的に向上する。また治療効果が及ばずに病気が進行した場合でも、人工透析開始時期を遅らせたり、病態の悪化を防ぐ事が出来るため、結果的に医療費の低減が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
採尿後、特許文献1、2、3に記されている尿赤血球分析装置により赤血球形態を判定し、次に尿沈渣と上清を遠心分離し、沈渣は非特許文献1に記されているリンパ球・単球をFACS法により表面形質を解析した。上澄はセルロース・アセテート膜電気泳動で尿蛋白分画を行ない、特許文献4の方法で分類しさらに本願発明の前述したアルゴリズムで病態分類した。
【実施例】
【0036】
尿中に赤血球が有り、その赤血球の形が正常な場合をR1、形が変形している場合をR2、尿中に赤血球が見られない場合をR3とし、尿中に免疫細胞である非エフェクター細胞が見られる場合をI1、エフェクター細胞が見られる場合をI2、尿中に免疫細胞が見られない場合をI3とした。また、尿蛋白病態分類において糸球体障害パターンをP1、尿細管障害パターンをP2、混合型をP3とした。
上記の組み合わせにより、図1のようにA〜E型の障害部位を分類することができた。なおA〜E型の障害部位の分類の名称は、それぞれ固有の名称に変えても差し障りが無い。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】尿検査病態分類表

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの尿の分析結果により、尿細管間質障害と、細胞浸潤を伴わない糸球体障害と、細胞浸潤を伴う糸球体障害と、細胞浸潤を伴う糸球体障害・尿細管間質障害と、非糸球体性血尿の5病態を分類する方法
【請求項2】
尿細管間質障害の病態を把握する方法として、尿赤血球が有意に無いこと及びエフェクター型免疫細胞が有意にありかつ尿蛋白電気泳動像が尿細管性像を示すことを特長とする請求項1の病態分類法
【請求項3】
細胞浸潤を伴わない糸球体障害の病態を把握する方法として、尿赤血球が有意に無いこと及びエフェクター型免疫細胞が有意に無くかつ尿蛋白電気泳動像が糸球体性像を示すことを特長とする請求項1の病態分類法
【請求項4】
細胞浸潤を伴う糸球体障害を把握する方法として、尿赤血球が有意にあり変形していること及びエフェクター型免疫細胞が有意数ありかつ尿蛋白電気泳動像が糸球体性像を示すことを特長とする請求項1の病態分類法
【請求項5】
細胞浸潤を伴う糸球体障害・尿細管間質障害の病態を把握する方法として、尿赤血球が有意に存在しかつ変形していること及びエフェクター型免疫細胞が有意数ありかつ尿蛋白電気泳動像が混合型あるいは尿細管性像を示すことを特長とする請求項1の病態分類法
【請求項6】
非糸球体性血尿の病態を把握する方法として、尿赤血球が有意に存在しかつ変形していないこと及び非エフェクター型免疫細胞が有意数ありかつ尿蛋白電気泳動像が血清と同じ像を示すことを特長とする請求項1の病態分類法

【図1】
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【公開番号】特開2006−119103(P2006−119103A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−310144(P2004−310144)
【出願日】平成16年10月25日(2004.10.25)
【出願人】(000146445)株式会社常光 (35)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】