説明

腫瘍集積型抗癌剤

【課題】膜透過性ペプチドの新たな利用手段、それを利用した新たな抗癌剤及び癌の治療方法を提供することを目的とする。
【解決手段】(Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを含む、細胞傷害性物質を腫瘍に集積させるためのキャリアーを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜透過性ペプチドを利用した細胞集積型抗癌剤及び癌の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
HIV−1 Tat(48−60)やオリゴアルギニン(Rn:n=6〜12)は、10残基程の短鎖ペプチドでありながら、細胞内への移行能力を有することが知られており、膜透過性ペプチド(Cell Penetrating Peptide:以下、適宜「CPP」と表記する。)と呼ばれる(非特許文献1及び2)。これまでにCPPに関する幾つかの研究が報告されている。
【0003】
非特許文献1及び2は、単独では細胞内へ移行できないタンパク質や核酸を含めた物質の細胞内送達ベクターとして、CPPを応用した例を報告している。
【0004】
非特許文献3は、Tatタンパク質からのProtein Transduction Domain(PTD)にβ‐ガラクトシダーゼを結合させて、マウスに腹腔内注入すると、マウスの全組織にその融合タンパク質を送達する結果となったことを報告している。
【0005】
非特許文献4には、HIV−1 REVペプチドとFabフラグメントとのコンジュゲートが、ラットへの静脈内投与した後に、どのような分布を示すのかをオートラジオグラフィーを用いて調べ、REVペプチドを結合しないFabフラグメントと比べて、副腎、脾臓及び肝臓において顕著に高い放射能が検出されたことが記載される。
【0006】
しかしながら、CPPの体内での動態は十分に理解されておらず、その体内分布や代謝等の情報は限られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Futaki, S. (Ed.) Adv. Drug Delivery Rev. (2008) 60, 447−614.
【非特許文献2】Futaki, S. Biopolymers (2006) 84, 241−249.
【非特許文献3】Schwarze, S. R., Ho, A., Vocero−Akbani, A., Dowdy, S. F. Science (1999) 285, 1569−1572.
【非特許文献4】Kameyama, S., Okada, R., Kikuchi, T., Omura, T., Nakase, I., Takeuchi, T., Sugiura, Y., Futaki S. Mol. Pharm. (2006) 3, 174−180.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、膜透過性ペプチドの新たな利用手段、それを利用した抗癌剤及び癌の治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、従来細胞内移行能を有するとして知られるオリゴペプチドの中で、オリゴアルギニンペプチドが、担癌モデルマウス中で腫瘍に集積するという性質を有することを見出した。かかる知見に基づいて本発明者等は更に研究を重ね、当該オリゴアルギニンペプチドに、細胞傷害活性を有する物質を結合し、それを担癌マウスに静中投与することにより、腫瘍の拡大を有意に抑制することが可能であることを確認した。また本発明者等は、前記細胞傷害活性を有する物質をオリゴアルギニンペプチドに結合させて投与することにより、その細胞傷害活性物質を単独で投与する場合に比べて非特異的な細胞毒性が有意に低減されることを見出した。更に本発明者等は、D−アルギニンで構成されるオリゴアルギニンが、従来のL−アルギニンで構成されるオリゴアルギニンよりも優れた細胞移行能力及び強力な腫瘍集積性を有することを発見した。本発明者等は、これらの知見に基づき、更なる改良を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
以下に、代表的な本発明を示す。
【0010】
I. オリゴアルギニンを含むキャリアー
項1. (Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを含む、細胞傷害性物質を腫瘍に集積させるためのキャリアー。
項2. ArgがD−アルギニンである、項1に記載のキャリアー。
項3. nが6〜10である、項1又は2に記載のキャリアー。
項4. 細胞傷害性物質が抗癌剤である、項1〜3のいずれかに記載のキャリアー。
【0011】
II. 腫瘍集積型抗癌剤
項5. 項1〜3のいずれかに記載のキャリアーと細胞傷害性物質とが直接又は間接的に結合した、腫瘍集積型抗癌剤。
項6. キャリアーと細胞傷害性物質とがリンカーを介して結合している、項5に記載の腫瘍集積型抗癌剤。
項7. 細胞傷害性物質が抗癌剤である、項5又は6に記載の腫瘍集積型抗癌剤。
【0012】
III. 癌の治療方法
項8. 癌の治療が必要な患者に、細胞傷害性物質が結合した、(Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを投与することを含む、方法。
項9. 更に、該結合物を腫瘍に集積させることを含む、項8に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のキャリアーは、動物の体内で、腫瘍に集積する性質を有する。よって、本発明のキャリアーと他の物質とを組み合わせることにより、当該他の物質を効率的に腫瘍に運搬することが可能である。例えば、他の物質として細胞傷害性物質を採用することにより、効率的に細胞傷害性物質を腫瘍に作用させ、腫瘍の治療を行うことができる。
また、本発明のキャリアーを利用することにより、細胞傷害活性を有する物質が非特異的に作用することを低減することができる。このため、本発明のキャリアーを利用することにより、細胞傷害活性を有する物質(例えば、抗癌剤)による毒性を軽減することができる。
【0014】
本発明の腫瘍集積型抗癌剤は、腫瘍集積能を有するため、より少ない投与量の有効成分で効率的に癌の治療をすることが可能である。また、本発明の腫瘍集積型抗癌剤は、その腫瘍集積能により、非特異的な作用が低減されるため、毒性が軽減される。従って、本発明の腫瘍集積型抗癌剤は、癌の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、蛍光標識したオリゴペプチドを担癌マウスに投与した場合の動態を示す。
【図2】図2は、オリゴアルギニンペプチドによる細胞内移行能を測定した結果を示す。
【図3】図3は、担癌マウスに投与されたオリゴアルギニンの腫瘍集積性を示す。
【図4】図4は、担癌マウスに投与されたオリゴアルギニンの腫瘍集積性を示す。
【図5】オリゴアルギニンペプチドにdoxorubicinを結合させた腫瘍集積型抗癌剤による腫瘍サイズへの影響を示す。
【図6】オリゴアルギニンペプチドにdoxorubicinを結合させた細胞集積型抗癌剤によるマウスの体重への影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
I.オリゴアルギニンペプチドを含むキャリアー
本発明は、(Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを含む、細胞傷害性物質を腫瘍に集積させるためのキャリアー(以下、適宜「本発明のキャリアー」と称する。)を提供する。
【0017】
オリゴアルギニンペプチド
本発明のキャリアーに含まれるオリゴアルギニンペプチドとは、別段の表示をした場合を除き、(Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを意味する。Argは、アルギニンを意味する。
【0018】
オリゴアルギニンペプチドは、4個〜12個のアルギニンが互いにペプチド結合によって結合した直鎖状のオリゴマーである。オリゴアルギニンペプチドは、好ましくは、5個〜10個のアルギニンで構成され、より好ましくは、6個〜10個のアルギニンで構成され、更に好ましくは7個〜9個のアミノ酸で構成され、より更に好ましくは8個のアルギニンで構成される。換言すれば、好ましいnの値は5〜10であり、より好ましくは、6〜10であり、更に好ましくは7〜9であり、より更に好ましくは8である。このようなオリゴアルギニンペプチドを、以下、適宜「オリゴアルギニン」と表記する。
【0019】
オリゴアルギニンを構成するアルギニンは、L−アルギニンであっても、D−アルギニンであってもよい。オリゴアルギニンは、細胞内への透過能を保持している限り、L−アルギニンとD−アルギニンとの組み合わせによって構成されていてもよい。オリゴアルギニンを構成するアルギニンは、好ましくは、D体のアルギニンである。オリゴアルギニンは、好ましくは、全ての構成アルギニンがD−アルギニンである。
【0020】
オリゴアルギニンは、細胞内への透過能を有する限り、それを構成するアルギニン分子が修飾された構造を有していてもよい。修飾されたオリゴアルギニンとしては、例えば、N末端のアルギニンにアセチル基や他のアシル基、C末端のアルギニンにアミドやエステルが結合した構造を挙げることができる。また、修飾されたオリゴアルギニンは、それを構成する任意のアルギニン(一つ又は複数)が有する窒素原子にメチル基又はエチル基が結合した構造であってもよい。
【0021】
オリゴアルギニンは、公知の方法を任意に用いて作製することができる。オリゴアルギニンは、有機化学合成的手法又は遺伝子工学的手法によって合成することができる。有機化学合成的手法としては、例えば、固相ペプチド合成法(例えば、Fmoc合成法及びBoc合成等)を好適に用いることができる。遺伝子工学的手法としては、例えば、オリゴアルギニンをコードするDNA断片を作成し、それを適当なベクターに挿入し、それを用いて適当な宿主を形質転換して、当該DNAを発現させることによって、オリゴアルギニンペプチドを取得することができる。製造したオリゴアルギニンペプチドの精製を簡便に行うため、オリゴアルギニンペプチドにタグを設けるように設計することも可能である。そのような方法は当該技術分野に公知である。
【0022】
オリゴアルギニンは、細胞膜を透過して細胞内へと移行する能力を有する。理論によって拘束されるわけではないが、オリゴアルギニンを含む細胞浸透性ペプチドは、細胞膜表面のヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸等の硫酸化多糖を認識することで細胞の表面に集積し、その結果マクロピノサイトーシスが誘導されて、細胞内へと移行すると考えられる。
【0023】
オリゴアルギニンは、上記のような細胞膜透過性だけでなく、動物の体内に存在する腫瘍に集積するという性質を有する。好ましくは、オリゴアルギニンは、血管内に導入されることにより、体内に存在する腫瘍に集積することができる。よって、オリゴアルギニンをキャリアーとして用いることにより、他の物質(例えば、細胞傷害活性を有する物質)を腫瘍に集積させ、作用させることができる。
【0024】
本発明のキャリアーは、オリゴアルギニンを含み、細胞傷害活性物質を腫瘍に集積させることが可能である限り、その構造は特に制限されず、更なる成分を含んでいてもよい。例えば、本発明のキャリアーは、オリゴアルギニンと他のキャリアーとを組み合わせたものであってもよい。本発明のキャリアーは、好ましくは、実質的にオリゴアルギニンのみ(即ち、キャリアーとしての機能を妨げない物質や官能基が結合していない)からなる。
【0025】
細胞傷害性物質
細胞傷害性物質とは、細胞傷害活性を有する物質である。細胞傷害性物質は、本発明のキャリアーによって腫瘍に運搬され、腫瘍に作用することによって、腫瘍細胞を死滅及び/又は増殖抑制できるものであれば、特に制限なく使用することができる。このような作用・効果が奏される限り、細胞傷害性物質の種類や由来は制限されない。よって、細胞を死滅及び/又は増殖抑制できる物質であれば、標的とする腫瘍の種類や患者の症状にあわせて、任意の物質を選択して使用することができる。例えば、細胞傷害活性を有する化合物(例えば、低分子化合物)、ペプチド、核酸等を用いることができる。好ましくは、抗癌剤として知られる物質及び今後抗癌剤として開発される物質を細胞傷害性物質として使用することができる。
【0026】
本発明における細胞傷害性物質として使用可能な、代表的な公知の抗癌剤としては以下を挙げることができる:アシビシン;アクラルビシン;塩酸アコダゾール;アビラテロン;アクラルビシン;アシルフルベン;アデシペノール;アドゼレシン;アルデスロイキン;ALL−TKアンタゴニスト;アルトレタミン;アンバススチン;アミドックス;アミフォスチン;アミノレブリン酸;アムルビシン;アムサクリン;アナグレライド;アナストロゾール;アンドログラホライド;アクロニン;アドゼレシン;アルデスロイキン;アクチノマイシン;アルトレタミン;アンボマイシン;酢酸アメタントロン;アミノグルテチミド;アムサクリン;アナストロゾール;アンスラマイシン;1−β−D−アラビノフラノシルシトシン;アスパラギナーゼ;アスペルリン;アザシチジン;アゼテパ;アゾトマイシン;バチマスタット;ベンゾデパ;ビカルタマイド;ビサントレン塩酸塩;ビスナフィドジメシラート;バイゼレシン;ブレオマイシン硫酸塩;ボルテゾミブ;ブレオマシイン;ブレキナルナトリウム;ブロピリミン;ブスルファン;カクチノマイシン;カリケアマイシン;カルステロン;カラセミド;カペシタビン;カルベチマー;カルボプラチン;オキサリプラチン;カルムスチン;カルビシン塩酸塩;カルゼレシン;カンプトテシン;セデフィンゴール;クロランブシル;シロレマイシン;シスプラチン;グラドリビン;メシル酸クリスナトール;シクロホスファミド;シタラビン;ダカルバジン;ドキシフルリジン;ダクチノマイシン;ダウノルビシン塩酸塩;テモゾロミド;デシタビン;デキソルマプラチン;デキサメサゾン;デザグアニン;メシル酸デザグアニン;ジノスタチンスチマラマー;ジアジクオン;ドセタキセル;ドキソルビシン;塩酸ドキソルビシン;ドロロキシフェン;クエン酸ドロロキシフェン;プロピオン酸ドロモスタノロン;デュアゾマイシン;エダトレキセート;エフロニチン塩酸塩;エルサミトルシン;エキセメスタン;エンロプラチン;エンプロマート;エピプロピジン;エピルビシン塩酸塩;エルブロゾール;塩酸エソルビシン;エストラムスチン;リン酸ナトリウムエストラムスチン;エタニダゾール;エトポシド;リン酸エトポシド;エトプリン;ファドロゾール塩酸塩;ファザラビン;フェンレチニド;フロクスウリジン;リン酸フルダラビン;フルオロウラシル;フルロシタビン;ホスキドン;フォストリエシンナトリウム;ゲムシタビン;ゲムシタビン塩酸塩;ヒドロキシ尿素;イダルビシン塩酸塩;イホスファミド;イルモホシン;インターロイキンII、インターフェロンα−2a;インターフェロンα−2b;インターフェロンα−n1;インターフェロンα−n3;インターフェロンβ−Ia;インターフェロンγ−Ib;イプロプラチン;イリノテカン塩酸水和物;酢酸ランレオチド;レトロゾール;酢酸ロイプロリド;リアロゾール塩酸塩;ロメトレキソールナトリウム;ロムスチン;ラニムスチン;塩酸ロソキサントロン;マソプロコール;メイタシン;メクロレタミン塩酸塩;酢酸メゲストロール;酢酸メレンゲストロール;メルファラン;メノガリル;メルカプトプリン;メトトレキサート;メトトレキサートナトリウム;メトプリン;メツレデパ;ミチンドミド;マイトカルシン;ミトクロミン;マイトジリン;マイトマルシン;マイトマイシン;マイトスペル;マイトタン;ミトキサントロン塩酸塩;ミコフェノール酸;ネララビン;ニムスチン塩酸塩;ノコダゾール;ノギテカン;ネダプラチン;ノガラマイシン;オルマプラチン;オキシスラン;パクリタキセル;ペグアスパルガーゼ;ペリオマイシン;ペンタムスチン;ペプロマイシン硫酸塩;ペメトレキセドナトリウム水和物;ペルホスファミド;N−ホルホノアセチル−L−アスパルテート;ピポブロマン;プレドニゾロン;プペロマシン;ピポスルファン;ピロキサントロン塩酸塩;プリカマイシン;プロメスタン;ポルフィマーナトリウム;ポルフィロマイシン;プレドニムスチン;塩酸プロカルバジン;ピューロマイシン;ピューロマイシン塩酸塩;ピラゾフリン;レボホリナートカルシウム;リボプリン;ログレチミド;サフィンゴール;サフィンゴール塩酸塩;セムスチン;シムトラゼン;スパルフォス酸ナトリウム;スパルソマイシン;スピロゲルマニウム塩酸塩;スピロムスチン;ソブゾキサン;サリドマイド;スピロプラチン;ストレプトニグリン;ストレプトゾシン;スロフェナル;タガフール;タリソマイシン;テコガランナトリウム;テガフール;テロキサントロン塩酸塩;テモポルフィン;テニポシド;テロキシロン;テストラクトン;チアミプリン;チオグアニン;チオテパ;チアゾフリン;チラパザミン;トポテカン;クエン酸トレミフェン;酢酸トレストロン;リン酸トリシリビン;トリメトレキサート;グルクロン酸トリメトレキサート;トリプトレリン;ツブロゾール塩酸塩;ウラシルマスタード;ウレデパ;バプレオチド;ベルテポルフィン;ビンブラスチン硫酸塩;ビンクリスチン硫酸塩;ビンデシン硫酸塩;ビンデシン硫酸塩;ビネピジン硫酸塩;硫酸ビングリシネート;ビンロイロシン硫酸塩;酒石酸ビノレルビン;ビンロシジン硫酸塩;ビンゾリジン硫酸塩;ボロゾール;ゼニプラチン;ジノスタチン;塩酸ゾルビシン。
【0027】
オリゴアルギニンを用いた膜透過性がより良いという観点から、低分子の抗癌剤が好ましく、例えば、分子量が1500以下、好ましくは1200以下、より好ましくは1000以下、更に好ましくは800以下の抗癌剤である。また、別の観点から好ましい抗癌剤としては、ドキソルビシン、ダウノルビシン、ピラルビシン、エピルビシン、イダルビシン、アクラルビシン、アムルビシン等のアントラサイクリン系の抗癌剤を挙げることができる。上記に列挙した細胞傷害性を有する物質は、いずれも商業的に入手可能である。
【0028】
キャリアー
本発明におけるキャリアーとは、動物体内に導入された細胞傷害性物質を腫瘍へと運び、腫瘍に集積させるための運搬体を意味する。本発明のキャリアーは、上記のオリゴアルギニンを含む。上述したようにアルギニンは、体内で腫瘍に集積する性質を有する。アルギニンによる細胞集積能を阻害しない限り、本発明のキャリアーはその他の成分を含んでいてもよい。好適な一実施形態において、オリゴアルギニンそのものが本発明のキャリアーである。
【0029】
キャリアーによる細胞傷害性物質の腫瘍への運搬は、細胞傷害性物質とキャリアーとを直接又は間接的に結合させ、それを腫瘍を有する動物の血管内に導入することによって実施することができる。細胞傷害性物質が結合したキャリアーを動物の血管内に導入する手法は、特に制限されないが、一般的には、注射によって直接的に血管内(好ましくは、静脈)に導入される。静脈内の導入されたキャリアーは、血管内を通って腫瘍に到達し、集積する。細胞傷害性物質とキャリアーとの結合については後記する。
【0030】
腫瘍
本発明のキャリアーが集積する腫瘍には、一般に、腫瘍として認識されているもの及びその関連疾患が含まれる。具体的には、次のような腫瘍及びその関連疾患を挙げることができる:骨の肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫、悪性巨細胞腫、骨の線維肉腫、脊索腫、骨膜性骨肉腫、柔組織肉腫、血管肉腫(angiosarcoma、hemangiosarcoma)、線維肉腫、カポジ肉腫、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、リンパ管肉腫、神経鞘腫、横紋筋肉腫、滑膜肉腫のような骨組織及び結合組織肉腫;神経膠腫、星状細胞腫、脳幹神経膠腫、上衣細胞腫、希突起神経膠腫、非神経膠腫瘍(nonglial tumor)、前庭神経鞘腫、頭蓋咽頭腫、髄芽細胞腫、髄膜腫、松果体腫、松果体芽細胞腫、原発性脳リンパ腫脳腫瘍;腺ガン、小葉(小細胞)ガン、腺管内ガン、乳腺髄様ガン、胸部粘液性ガン、胸部管状腺ガン、胸部乳頭ガン、パジェット病及び炎症性乳ガン等の胸部ガン;褐色細胞腫及び副腎皮質ガン腫のような副腎ガン;乳頭状又は濾胞状甲状腺ガン、髄様甲状腺ガン及び未分化甲状腺ガンのような甲状腺ガン;インスリノーマ、ガストリノーマ、グルカゴノーマ、ビポーマ、ソマトスタチン分泌性腫瘍、及びカルチノイド又はランゲルハンス島細胞腫瘍のような膵臓ガン;クッシング病、プロラクチン分泌性腫瘍、先端巨大症、及び尿崩症のような下垂体ガン;眼の黒色腫(ocular melanoma)(例えば、虹彩黒色腫、脈絡膜黒色腫及び線毛体(cilliary body)黒色腫)及び網膜芽細胞腫のような眼のガン;膣ガン、例えば、扁平上皮細胞のガン腫、腺ガン及び黒色腫;外陰ガン、例えば、扁平上皮細胞のガン腫、黒色腫、腺ガン、基底細胞のガン腫、肉腫、及びパジェット病;扁平上皮細胞のガン腫、及び腺ガンのような子宮頸ガン;子宮内膜ガン腫及び子宮肉腫のような子宮ガン;卵巣上皮ガン腫、境界領域腫瘍、生殖細胞腫瘍、及び間質性腫瘍のような卵巣ガン;扁平上皮ガン、腺ガン、腺様嚢胞ガン腫、粘液性類表皮ガン腫、腺扁平上皮ガン腫、肉腫、黒色腫、形質細胞腫、疣贅ガン腫、及び燕麦細胞(小細胞)ガン腫のような食道ガン;腺ガン、菌状(fungating)(ポリープ状)、潰瘍状、表在性拡大、散在性拡大、悪性リンパ腫、脂肪肉腫、線維肉腫、及びガン肉腫のような胃ガン;結腸ガン;直腸ガン;肝細胞ガン腫及び胚芽細胞腫のような肝臓ガン、胆嚢ガン(例えば腺ガン);乳頭状、結節性のような胆管ガン腫;肺ガン、例えば、非小細胞肺ガン、扁平上皮細胞ガン腫(類表皮ガン腫)、腺ガン、大細胞ガン腫及び小細胞肺ガン;胚腫瘍(germinal tumor)、精上皮腫、未分化、精母細胞性、非セミノーマ、胎生期ガン腫、奇形ガン腫、絨毛ガン腫(卵黄嚢腫瘍)、前立腺ガン、腺ガン、平滑筋肉腫、及び横紋筋肉腫)のような睾丸ガン;陰茎ガン(penal cancer);扁平上皮細胞ガン腫のような口腔ガン;基底ガン(basal cancer);腺ガン、粘液性類表皮ガン腫、及び腺様嚢胞ガン腫等の唾液腺ガン;扁平上皮細胞ガン及び疣贅のような咽頭ガン;基底細胞ガン腫、扁平上皮細胞ガン腫及び黒色腫、表在性拡大性黒色腫、結節性黒色腫、悪性黒子型黒色腫、末端部黒子黒色腫のような皮膚ガン;腎臓細胞ガン、腺ガン、副腎腫、線維肉腫、移行上皮細胞ガン等の腎臓ガン;ウィルムス腫瘍;移行上皮細胞ガン腫、扁平上皮細胞ガン、腺ガン、ガン肉腫のような膀胱ガン
【0031】
II.腫瘍集積型抗癌剤
本発明は、上記I.に説明した本発明のキャリアーと細胞傷害性物質とが直接的又は間接的に結合した、腫瘍集積型抗癌剤を提供する。換言すれば、腫瘍集積型抗癌剤は、細胞傷害性物質に一つ以上の本発明のキャリアーが結合したものである。
【0032】
ここで、本発明のキャリアーと細胞傷害性物質については、上記I.に説明した通りである。即ち、本発明のキャリアーとは、オリゴアルギニンを含み、細胞傷害性物質を腫瘍に運搬する機能を有する運搬体である。一方、細胞傷害性物質とは、細胞を死滅及び/又は増殖抑制することにより、腫瘍の増大及び/又は拡大を抑制、並びに、腫瘍の大きさを減少させることが可能な性質を有する物質である。
【0033】
キャリアーと細胞傷害性物質との結合
キャリアーと細胞傷害性物質との結合は、結合によってキャリアーの腫瘍への集積性が阻害されず、且つ、細胞傷害性物質の細胞傷害活性が阻害されない限り、任意の方法で実施することが可能である。好適な一実施形態において、キャリアーと細胞傷害性物質との結合は、キャリアーに含まれるオリゴアルギニンと細胞傷害性物質とを直接的又は間接的に結合(好ましくは、共有結合)することによって実施される。
【0034】
オリゴアルギニンと細胞傷害性物質との結合は、オリゴアルギニンの腫瘍集積性及び細胞傷害性物質の細胞傷害活性を阻害しない限り、細胞傷害性物質の構造を考慮して、公知の結合手法を任意に選択して行うことができる。直接的な結合とはリンカー等を介さない結合であり、間接的な結合とはリンカー等を介した結合である。細胞傷害性物質はオリゴアルギニンのいずれのアルギニンと結合させても良い。例えば、末端のアミノ酸が有する遊離のカルボキシル基又はアミノ基を介して結合しても良く、いずれかのアルギニンが有するグアニジノ基を介して結合させても良い。結合を容易に実施するという観点からは、C末端又はN末端のアルギニンに直接又は間接的に結合させることが好ましい。
【0035】
オリゴアルギニンと細胞傷害性物質とを直接的に結合させる場合、例えば、オリゴアルギニンが有するグアニジノ基及びアミノ基を適当な保護基で保護した後、遊離のカルボキシル基と細胞傷害性物質に存在する前記カルボキシル基と反応して結合することが可能な基(例えば、第一級水酸基)やアミンとを反応させてエステル結合やアミドを形成し、結合させることができる。同様に、オリゴアルギニンのN末端のアミノ基又はオリゴアルギニンを構成するいずれかのアルギニンが有するグアニジノ基を利用し、細胞傷害性物質に存在する前記アミノ基又はグアニジノ基と反応して結合可能な基と直接結合させることも可能である。
【0036】
好適な一実施形態において、オリゴペプチドと細胞傷害性物質とは間接的に結合される。オリゴペプチドと細胞傷害性物質とをリンカーを介して間接的に結合させる手法は種々知られている。例えば、システインをリンカーとして利用し、オリゴアルギニンのC末端又はN末端を、システイン(Cys)残基で修飾することができる。例えば、オリゴアルギニンは、そのC末端に、−Gly−Cys−NHを含むように改変することができる。ペプチドがCys残基を含むことにより、そのCys基が有する−SH基と、細胞傷害性物質に存在する −SH基との間でジスルフィド(−S−S−)結合を形成することができる。細胞傷害性物質が本来的に−SH基を有さない場合は、細胞傷害活性を阻害しない限り−SH基を付加して修飾することも可能であり、そのような手法は当該技術分野に公知である。
【0037】
別のリンカーとしては、オリゴアルギニンと細胞傷害性物質とを結合できる少なくとも二つの官能基を有する架橋剤を挙げることができる。そのような架橋剤としては、例えば1,1−ビス(ジアゾアセチル)−2−フェニルエタン、グルタルアルデヒド、3,3−ジチオビス(スクシニミジルプロピオネート)、ビス−N−マレイミド−1,8−オクタンのような二官能性架橋試薬、マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミド(MBS)、N−(6−マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド、N−(4−マレイミドブチルオキシ)スクシンイミドのようなヘテロ二官能性架橋試薬等を挙げることができる。
【0038】
これら以外にも、光切断可能なリンカーや生体内の酵素によって切断可能なリンカーを使用することも可能である。また、細胞傷害性物質とオリゴアルギニンとの間接的な結合には、リポソームやポリマーミセルを利用した結合も含まれる。
【0039】
以上のようにして、オリゴアルギニンと細胞傷害性物質とを結合させることにより、本発明の腫瘍集積型抗癌剤を製造することができる。
【0040】
III.癌の治療方法
本発明によれば、細胞傷害性物質が結合したオリゴアルギニン(即ち、腫瘍集積型抗癌剤)を腫瘍の治療が必要な患者に投与することにより、細胞傷害性物質(例えば、公知の抗癌剤)を効果的に腫瘍に作用させることが可能であるため、そのような患者を治療することができる。投与したオリゴアルギニンが体内で腫瘍に集積することができる限り、投与方法は特に制限されず、治療する腫瘍の種類や部位に応じて適宜選択することができる。好ましい投与方法は、非経口投与であり、より好ましくは注射による血管内投与である。
【0041】
腫瘍集積型抗癌剤の投与量は、腫瘍の増殖又は拡大を抑制する効果が得られる限り特に制限されず、腫瘍の種類、部位、患者の年齢や体重、細胞傷害性物質の種類等に応じて適宜選択することができる。一般的に投与量は、患者に対して約0.01μg〜10mg/kg/日程度投与することができる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
実施例1:オリゴアルギニンペプチドの合成及びその標識
下記の表1に示される11種のアミノ酸配列のペプチドをFmoc固相法を用いて調製した。調製は、Biochemistry 46:492−501 (2007)に記述される方法に準じて行った。トリフルオロ酢酸と1,2−エタンジチオール(95:5)でレジンを脱保護した後、得られたペプチドをHPLCで精製した。得られたペプチドは、MALDI−TOFMSで分子量を確認して同定した。このようにして調製したペプチドを以下に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
R及び(Arg)はL−アルギニンを示す。
**r及び(Arg)はD−アルギニンを示す。
【0046】
調製したペプチドをC末端に配置したシステイン残基側鎖のチオール基を介して、Alexa Fluor 660 C−maleimide (Alexa660) (Molecular Probes, Invitrogen社製) 又はAlexa Fluor 488 C−maleimide (Alexa488) (Molecular Probes, Invitrogen社製) で標識した。具体的には、DMF / MeOH(1:1)溶媒中でペプチド1当量に対して蛍光標識体1.1等量を混合し、室温で3時間撹拌(遮光)して蛍光標識した。蛍光標識したペプチドは、HPLCで精製した後、MALDI−TOFMSにて分子量を確認した。
【0047】
実施例2:担癌マウス体内における細胞透過性ペプチドの挙動
HeLa担持マウス:ヌードマウスの右肩部にHeLa細胞を5.0×10 cells皮下移植した後、腫瘍サイズが150 mm以上になるまで飼育した。これをHeLa担持マウスとして試験に用いた。腫瘍体積は(長径)×(短径)/2で算出した。
【0048】
次に実施例1で作製したAlexa660蛍光標識オリゴペプチド(Tat、Penetratin、及びR8)と細胞透過性ペプチドを有さないGCをPBSに溶解し、上記で作製したHeLa担持マウスに各3nmolずつ尾静脈投与した。投与後24時間までの蛍光画像を経時的に取得した(励起波長640nm、検出波長700nm)。撮像は、マウスをイソフルラン(2.5%)で麻酔して、IVIS Spectrum(Xenogen社製)を用いて行った。その結果を図1に示す。
【0049】
図1において、矢印は担持された腫瘍の場所を示す。蛍光標識されたR8を投与したマウスでは、腫瘍の位置における蛍光強度が顕著に高いことが示されており、投与されたR8が腫瘍に集積したことが示される。これに対し、蛍光標識されたTat及びPenetを投与したマウスでは、腫瘍の位置に若干の蛍光が見られるが、腎臓での蛍光強度の方が比較的強く、腫瘍への集積性はないと考えられる。蛍光標識されたGCを投与したマウスでは、殆ど蛍光は見られなかった。これは、GCは、細胞透過性ペプチドではないため、血流にのって体内を循環するものの細胞内には取り込まれないことが原因と考えられる。この試験結果から、細胞透過性ペプチドの中でオリゴアルギニンペプチドが高い腫瘍集積性を有することが明らかとなった。また、蛍光標識として使用したAlexa660は、その分子量が902であり、モデル低分子化合物でもある。よって、この試験結果は、オリゴアルギニンペプチドを低分子化合物の運搬体として用いることで、それを腫瘍に運ぶことが可能であることを示す。
【0050】
実施例3:オリゴアルギニンの細胞内移行能
オリゴアルギニンの細胞内移行能を以下の手順で測定した。ヒト子宮頸癌由来のHeLa細胞を10% fetal bovine serum (FBS)含有DMEM培地を用いて、37℃、5% COの条件下で培養した。細胞は100−mmあるいは150−mm dishで培養し、2〜3日ごとに継代した。
【0051】
HeLa細胞を24−well microplate(Iwaki)に1.0×10 cells/wellずつ継代し、37℃、5%COの条件下で24時間培養した後、実施例1で作製した1μMのAlexa488標識オリゴアルギニン(R2、r6、r8、R8、r10、r12、R12及びR16)を含有した培養液(10%FBS含有DMEM)を各ウェルに200iLずつ添加し、37℃、5%COの条件下で細胞を1時間培養した。尚、比較対照として蛍光標識したGCも用いた。その後、heparin(0.5mg/ml)含有phosphate buffered saline(PBS)で細胞を3回洗浄し、0.01%のトリプシンで処理(10分間、37℃)した後、microplateから細胞を回収した。回収した細胞は、遠心(3分間、800g、4℃)及びPBS 洗浄をそれぞれ3回行った後、フローサイトメーター(FACS)により細胞の蛍光強度を測定した。結果を、図2に示す。
【0052】
図2は、細胞内移行能のないGCによる蛍光強度を100とした場合の各オリゴアルギニンによる蛍光強度を相対的に示すことで、各オリゴアルギニンの細胞内移行能を示す。この結果から、ペプチドを構成するアルギニンの数が一定値(12)以下の場合は、アルギニンの数の増加に応じて細胞内移行能が高くなる傾向が示された。また、L−アルギニンで構成されるペプチドよりも、D−アルギニンで構成されるペプチドの方が細胞内移行能が高いことが示された。これは、D−アルギニンで構成されたペプチドの方が、L−アルギニンで構成されるペプチドよりもペプチド分解酵素によって分解され難いことに起因していると考えられる。
【0053】
実施例4:オリゴアルギニンの腫瘍集積性1
オリゴアルギニンの生体内での腫瘍集積性について調べた。実施例2と同様に作製したHeLa担持マウスに、実施例1で作製した蛍光標識したオリゴアルギニン(R2、r8、R8、r12、R12及びR16)を各3nmolずつ尾静脈投与した。実施例2と同様に、投与から24時間後に蛍光画像を取得した。その結果を図3に示す。
【0054】
図3において、担持マウスにおける腫瘍の位置を矢印で示す。図3に示される全ての画像において腫瘍の位置に蛍光が見られるため、全てのオリゴアルギニンが腫瘍集積性を備えることが分かる。驚くべきことに、実施例3において細胞内移行能が最も高いr12よりも、8個のD−アルギニンから成るオリゴアルギニンが遥かに強い腫瘍集積性を有することが示された。これによって、オリゴアルギニンによる腫瘍集積性が、単に実施例3で示されるオリゴアルギニンによる細胞内移行能に依存する性質ではないことが示された。
【0055】
実施例5:オリゴアルギニンの腫瘍集積性2
ヌードマウスの左肩部にCHO−K1細胞を4.0×10cells皮下移植した後、CHO−K1のサイズが512mmとなるまで飼育した。このようにして作製したCHO−K1腫瘍担持マウスに、実施例1で作製した蛍光標識したD−アルギニンで構成されるオリゴアルギニン(r8)を3nmol尾静脈投与した。そして、投与から24時間後にマウスの蛍光画像を取得した。その結果を図4に示す。
【0056】
図4において、矢印はCHO−K1細胞を担持して形成した腫瘍の位置を示す。この結果から、オリゴアルギニンは明らかにCHO−K1細胞で形成された腫瘍に対しても明らかな集積性を示すことが確認された。
【0057】
実施例6:細胞集積型抗癌剤の作製
細胞傷害性物質の代表例としてdoxorubicinを用いた。Doxorubicinをペプチドと結合させるため、doxorubicin−maleimideをJournal of Controlled Release 110:362−369に記載の手法に準じて調製した。具体的には、23mgのDoxorubicin hydrochloride(40 nmol、1当量)と24mgのN−(β−maleimidopropionic acid)hydrazide(80nmol、2当量)を10mLのメタノール(脱水)に溶解した後、トリフルオロ酢酸を2滴加え、4時間室温で緩やかに撹拌した(遮光)。反応後、溶媒をエバポレータで除去し、酢酸エチル(7 mL)で3回沈殿精製を行った。その後、遮光風乾し、doxorubicin−maleimideを得た。H−NMR及びFAB−MS測定で、目的物の確認を行った(FAB−MS測定値:709、理論値[M+H]:709.2)。
【0058】
次に、D−アルギニンで構成される3種類のオリゴアルギニン(r6、r8及びr10)とdoxorubicinとの結合体(コンジュゲート)を作製した。実施例1で作製した各オリゴアルギニン(4.7 nmol、1当量)とdoxorubicin−maleimide(4.7 nmol、1当量)を400μLのメタノールに溶解したあと、N−methylmorpholineを0.5μL加えて、室温で3時間撹拌した(遮光)。HPLCで精製した後、凍結乾燥し、MALDI−TOFMS測定で目的物の確認を行った (収率約50%)(r6-doxorubicin: MALDI−TOFMS測定値:1824.8、理論値[M+H]:1823.6、r8-doxorubicin: MALDI−TOFMS測定値:2136.0、理論値[M+H]:2136.0、r10-doxorubicin: MALDI−TOFMS測定値:2448.8、理論値[M+H]:2448.3)。
【0059】
実施例7:腫瘍集積型抗癌剤を用いた腫瘍の治療
実施例6で作製した各オリゴアルギニンとdoxorubicinとの結合体を投与することによる腫瘍への影響を調べた。各結合体をPBSに溶解して、実施例2と同様に作製したHeLa担持マウスに尾静脈内投与(1日1回、3日間連続投与)した。比較対照として、doxorubicinのみ(4又は6mg/kg)の尾静脈内投与も行った。各結合体の投与は、doxorubicinの投与量が4mg/kgとなるように行った。投与24時間前及び3日間連続投与後48時間もしくは72時間ごとに各マウスにおける腫瘍のサイズ及びマウスの体重を測定した。腫瘍サイズに関する結果を図5に示す。マウスの体重の測定結果を図6に示す。各試験共にn数は、5〜6である。コントロールには、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。
【0060】
図5に示されるように、doxorubicin(4mg/kg)を投与した場合やコントロールの場合は、測定終了時の腫瘍の大きさが測定開始時と比較して約4倍に増大した。これに対し、各オリゴアルギニン(r6、r8又はr10)と細胞傷害性物質との結合体を腫瘍担持マウスに投与した場合は、測定終了時の腫瘍の大きさが測定開始時と比較して約2倍〜2.5倍となった。これは、細胞傷害性物質をオリゴアルギニンに結合させて投与することにより、細胞傷害性物を効果的に腫瘍に作用させることができることを示す。また、図6に示される結果から、細胞傷害性物質をオリゴアルギニンに結合させて投与したマウスの体重は、細胞傷害性物質を投与していないコントロールの場合と有意な差はないことが示された。一方で、doxorubicinを6mg/kgと多量に投与した場合は、マウスの体重が顕著に低下した。これらの結果から、細胞傷害性物質をオリゴアルギニンに結合させて投与することで、それを特異的に腫瘍に作用させ、結果として細胞傷害性物質による毒性を軽減する効果が得られることが示された。
【0061】
以上の結果を先の実施例の結果(即ち、オリゴアルギニンは腫瘍集積性があり、それに結合させた物質(Alexa660)を腫瘍に特異的に運搬すること)と併せて検討すると、細胞傷害性物質をオリゴアルギニンに結合させて投与することにより、オリゴアルギニンによる腫瘍集積性により、細胞傷害性物質を腫瘍へと効率的に集積させ、且つオリゴアルギニンの細胞膜透過能によって細胞傷害性物質をより効果的に腫瘍を構成する細胞に作用させることが可能であることを強く示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Arg)n[nは、4〜12の整数を示す]で示されるオリゴアルギニンペプチドを含む、細胞傷害性物質を腫瘍に集積させるためのキャリアー。
【請求項2】
ArgがD−アルギニンである、請求項1に記載のキャリアー。
【請求項3】
nが6〜10で示される整数である、請求項1又は2に記載のキャリアー。
【請求項4】
細胞傷害性物質が抗癌剤である、請求項1〜3のいずれかに記載のキャリアー。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のキャリアーと細胞傷害性物質とが直接又は間接的に結合した、腫瘍集積型抗癌剤。
【請求項6】
キャリアーと細胞傷害性物質とがリンカーを介して結合している、請求項5に記載の腫瘍集積型抗癌剤。
【請求項7】
細胞傷害性物質が抗癌剤である、請求項5又は6に記載の腫瘍集積型抗癌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−131743(P2012−131743A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−285707(P2010−285707)
【出願日】平成22年12月22日(2010.12.22)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】