説明

膠、その製法、製造装置および膠原料

【課題】文化財保存修復に適した膠、その製法および製造装置を提供することにある。更に詳しくは、日本画や板絵等の膠絵・油絵・漆工品の剥落止め処置や木製品の接着等の修復処置、日本画制作の絵具固着材、墨作りの固着材として適した膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料の提供。
【解決手段】抽出釜において、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材、特に、麻袋を配置することにより、簡便にかつ効率的に、幅広い種々の特性を有する、文化財保存修復に適した膠が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幅広い種々の特性を有する、文化財保存修復に適した膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料に関する。
【背景技術】
【0002】
文化財保存修復において、膠(にかわ)は、彩色の固着や木材の接着等に常用されてきている。
膠には、手作業でつくられる和膠と機械化された工場で洋膠が存在し、現在、日本において、和膠の流れを汲む棒状の膠や、顆粒状や板状の洋膠、洋膠を二次加工した膠、兎膠と記された輸入品等の膠製品が市販されている。
また、和膠の製法として、鉄製釜を用いて冬季に手作業で製造される従来方法が知られ(非特許文献1)、和膠および洋膠を含めた膠製品は、日本工業規格「にかわ及びゼラチン」JIS K6503-2001において、にかわの品質として粘度、ゼリー強度等の特性により1種から5種に分類される。
【0003】
しかしながら、現在市販されている膠製品は、1.原材料が不明確である。2.過酸化水素水、消泡剤、防腐剤、保湿剤等の添加剤が加えられ、その薬剤の彩色に及ぼす影響が懸念される。例えば、石炭酸の添加による膠の黒色化や、グリセリンの添加による膠の硬化等。3.文化財保存修復では、用途に応じて膠の性質(粘性やゲル化等)を使い分けるが、市販品は修復の用途を想定して生産されたものではなく、ユーザーの工夫で用途に合わせて使っているのが現状である。4.和膠の流れを汲む棒状の膠は鉄釜で抽出され、鉄錆の溶出が懸念される。このように、現在市販されている膠製品は、夾雑物や、その他の特性において文化財保存修復に適さなく、また、幅広い種々の特性を有する、文化財保存修復に適する膠が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「改訂版 にかわとゼラチン−産業史と科学技術」、安孫子義弘編集、日本にかわ・ゼラチン工業組合発行、丸善(株)大阪支店制作、平成9年3月30日、p98〜107
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、幅広い種々の特性を有する文化財保存修復に適した膠、その製法および製造装置を提供することにある。より詳しくは、日本画や板絵等の膠絵・油絵・漆工品の剥落止め処置や木製品の接着等の修復処置、日本画制作の絵具固着材、墨作りの固着材として適した膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、従来の膠、特に、和膠の製法とこれにより得られる膠の特性とを鋭意研究した結果、抽出釜において、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材、特に、植物繊維質素材の麻袋を配置することにより、驚くべきことにかつ予期せぬことに、簡便で効率的に、文化財保存修復に適した、幅広い種々の優れた特性を有する膠が得られることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に示す膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料に関する。
項1.抽出釜内に、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を配置したことを特徴とする膠の製法。
項2.該抽出釜が非鉄製であることを特徴とする項1に記載の膠の製法。
項3.該吸着材が麻袋であることを特徴とする項1または2に記載の膠の製法。
項4.膠をpH7付近に調整する工程を含むことを特徴とする項1〜3のいずれかに記載の膠の製法。
項5.膠原料が、鹿皮膠原料であることを特徴とする項1〜4のいずれかに記載の膠の製法。
項6.項1〜5のいずれかに記載の膠の製法により得られた膠製品。
項7.項1〜5のいずれかに記載の膠の製法に使用する製造装置であって、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を配置した抽出釜を有する製造装置。
項8.膠原料が、以下の工程:
a)塩蔵した動物皮を十分に水洗し、塩を除去し;
b)塩除去後の動物皮をフレッシングマシンに表裏交互に通すことにより、表皮の毛、皮内側の脂肪および肉片を取り除き;
c)フレッシングマシン処理した皮を水洗し;
d)水洗後の皮を2〜8分割し、天日で4日〜3週間乾燥させ;次いで、
e)乾燥した皮を裁断機で10cm〜30cmの大きさに切り分け、膠原料としての動物皮を得ること
により得られることを特徴とする項1〜5のいずれかに記載の膠の製法。
項9.項1〜5のいずれかに記載の膠の製法に使用する膠原料であって、項8に記載の工程a)〜e)により得られることを特徴とする該膠原料。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、幅広い種々の特性を有する、文化財保存修復に適した膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の製造装置の抽出釜における、抽出槽の構成例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
従来から、膠の製造工程には、一般的に、1.膠原料の前処置、2.膠液の抽出、3. 膠液の凝固、ならびに4.裁断および乾燥の各工程が含まれる(非特許文献1)。
【0011】
より詳しくは、まず、膠原料の前処置の工程では、必要に応じて、乾燥または石灰を加えて、保存された膠原料を5〜10センチメートル角に裁断し、水槽に入れ水洗を行い、ゴミ等を除去する。その後、この膠原料を脱水する。なお、石灰を用いた場合には、水洗の間に希硫酸を用いて、中和してもよい。
次に、膠液の抽出工程として、この脱水後の膠原料を鉄製抽出釜に入れ、給水し、膠液の液温を約70〜80℃に保ちつつ、約12時間加熱する。その後、さらに液温を約85〜95℃に上げて5時間前後、濃縮して、一次抽出液を得る。また、必要に応じて、一次抽出液が入った鉄製抽出釜に水を添加し、さらに、約90〜95℃で約6時間再加熱して二次抽出液を得てもよい。
その後、これらの抽出液を凝固用容器に入れて自然冷却して凝固させて膠液の凝固工程を行う。
最後に、裁断および乾燥工程として、これらの凝固した膠液を所望のサイズに裁断し乾燥させて、膠の最終製品が得られる。
【0012】
本発明は、第1の態様において膠の製法を提供し、その製法は、このような従来の一般的な膠の製造工程のうち、前記の膠液の抽出工程において、鉄製抽出釜内に膠原料からの繊維屑、組織片、ゴミ等のごとき夾雑物や油脂分を除去可能な吸着材、好ましく、植物繊維質素材、特に、麻袋を配置することを特徴とする。さらに、膠製品への鉄錆等の混入を回避するため、鉄製抽出釜に代えて、例えば、ステンレス等の非鉄製の抽出釜を用いることを特徴とする。
これにより、本発明では、文化財保存修復に適した、これらの夾雑物や油脂分や鉄分の含有が低減された膠製品を簡便でかつ効率的に得ることができる。
【0013】
本発明において、膠原料には、牛、鹿、兎等の動物の皮、ニベ等の魚の浮袋等の膠成分を含有する乾燥または生原料が含まれ、さらに、市販されている膠製品や粗精製された膠原料も膠原料として用い得る。膠原料として、後記のごとき、従来方法の石灰や酸等の薬品や添加剤を用いず得られる膠原料がより好ましい。
【0014】
本願の抽出釜とは、膠原料から膠を抽出するための釜をいう。抽出釜は、鉄製であっても、鉄錆のごとき鉄イオンまたは鉄化合物を発生しない耐熱性の材質、例えば、石、ガラス、陶磁器、耐熱性樹脂、ステンレス、アルミニウム製等のごとき非鉄製であってもよい。抽出釜は、鉄錆のごとき鉄イオンまたは鉄化合物が発生しないという観点から、好ましくは、石、ガラス、陶磁器、耐熱性樹脂、ステンレス、アルミニウム製であることが望ましく、ステンレス製であることがより好ましい。
また、抽出釜は、抽出釜外部の周囲および/または底部から通常の加熱冷却手段により、加熱および冷却し得る。
さらに、抽出釜内には、膠の抽出に際して、膠を含む膠液の温度を制御するための手段、例えば、電熱装置、水蒸気を通過させるための導管のごとき加熱手段、および/または電気冷却式装置、冷却水を通過させるための導管のごとき冷却手段を有してもよい。膠液の均一な加熱、および夾雑物の混入の回避という観点から、水蒸気および冷却水を通過させるための導管のごとき加熱冷却手段が好ましく、水蒸気を通過させるための導管を設けることがより好ましい。
【0015】
本願の抽出釜は、その内側に、膠液の抽出工程で発生する、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を含むことを特徴とする。この吸着材は、抽出釜内側の底部および側面のすべてを覆うように配置しても、抽出釜内側の底部および/または側面の一部分を覆うように配置してもよい。また、吸着材は、適当なサイズ(例えば、5〜10cm)の布状の形態で抽出釜内に位置する膠原料または膠液に分散させてもよい。
また、抽出釜は、所望により、抽出釜の内側に網カゴのごとき容器、例えば、ステンレス製の網カゴ等を配置してもよく、さらに、網カゴ等の内側の底部および側面の全面またはその一部分を覆うように、吸着材を配置しても、あるいは布状の形態で吸着材を膠原料または膠液に分散させてもよい。
この網カゴ等の容器は、膠原料の抽出釜内への配置および抽出釜からの排出を容易にするために使用され、この目的に適する容器であれば特に限定されない。また、この容器について、油脂分や細かな皮繊維屑の吸着機能は意図されない。
吸着材は、膠製品の取出し等の製造操作の簡便さの観点から、抽出釜または網カゴや容器の内側の底部および側面を覆うような袋状の形態を有するものが好ましい。
【0016】
本願の吸着材には、膠原料に由来する油脂分や細かな皮繊維屑等の液体または固形の夾雑物を除去可能な材料が含まれ、100℃付近の高温においても、その材の有する網目構造等により膠原料に由来する油脂分や細かな皮繊維屑を除去することができる材料が含まれる。
また、これらの吸着材は、細かな皮繊維屑、組織片、ゴミ、屑等の夾雑物を除去できる吸着材と、油脂分等の他の物質を除去できる吸着材を組み合わせた複合吸着材を含み得る。吸着材には、特に、耐熱性および網目構造を有する、麻、木綿等の植物繊維質素材が好ましく、麻袋(ドンゴロス)がより好ましい。
【0017】
上記の麻袋は、黄麻(ジュート)等の麻の繊維を撚ることにより得られる麻布により作成され、市販されているものをそのまま使用してもよいし、適宜、それらの複数枚を重ねて使用してもよい。
使用する麻袋は、直径0.5mm〜8.0mm、好ましくは直径1.0mm〜5.0mm、より好ましくは、直径1.5mm〜3.0mmの麻糸を平織りして得られる麻布により作成される。麻糸の直径が0.5mm未満である麻袋の場合は、夾雑物の吸着および除去速度が低下するおそれがあり、8.0mmを超える場合には、麻糸間の間隙が大きくなり夾雑物の吸着および除去率が低下するおそれがあり、また、重量が大きくなるため、取り扱い難くなる。
また、麻布における麻糸間の間隙は、0.0mm〜5.0mm、好ましくは0.0mm〜2.0mmであり、0.0mm〜1.0mmであることがより好ましい。麻糸間の隙間が5.0mmを超える場合には、麻糸間の間隙が大きくなり夾雑物の吸着および除去率が低下するおそれがある。なお、本願の抽出工程において、これらの麻袋を抽出槽に取り付け、水分や膠抽出液を含んだ場合、麻糸自体や織目が締り、麻糸の直径や隙間が小さくなる傾向にある。
【0018】
さらに、麻の繊維を撚って作成された糸により、皮から抽出された脂肪等の夾雑物が吸着され、麻布により細かな皮繊維屑、組織片、ゴミ、屑等の夾雑物などか濾過・除去された後は、抽出された膠液に、余分な脂肪分や皮繊維屑、組織片、ゴミ、屑等の夾雑物が再度混入しないようにすべきである。
【0019】
また、文化財保存修復にはpH7の中性付近の膠製品が適することが知られており、本発明の膠の製法は、膠をpH7付近に調整する工程を含むことができる。本発明の製法により、酸性またはアルカリ性傾向にある膠原料から、このpH7の中性付近の膠製品を簡便に得ることもできる。膠製品のpHは、中性のpH7付近ならば特に限定されないが、pH6.5〜pH7.3、より好ましくはpH6.7〜pH7.2を有することが望ましい。この目的のために、水酸化ナトリウム水溶液のごときアルカリ性水溶液を添加してもよいが、夾雑物の低減および天然素材の利用の観点より、アルカリイオン水や、木灰、ワラ灰または石灰を水に添加して得たアルカリ性の水の適当量を加温前、後および/または加温中に抽出釜中に位置する膠原料または膠原料を含有する膠液に添加して、膠製品がpH7付近となるように調整することが好ましく、木灰、ワラ灰または石灰を水に添加して得たアルカリ性の水を添加することがより好ましい。
このアルカリ性水溶液、アルカリイオン水および木灰等の添加により得たアルカリ性の水の膠原料または膠液への添加は、加温前、後または加温中のいずれでも行うことができるが、作業効率の観点より、加温前と加温停止0〜2時間前において行うことが好ましい。
【0020】
また、第2の態様において、本発明は、前記製法により得られた膠製品を提供する。当該膠製品は、組織片、余分な油脂分、ゴミ、鉄錆等の夾雑物の含有が低減され、さらに余分な添加剤も含有していないため、文化財保存修復に適している。
この膠製品は、前記の抽出釜での抽出において、アルカリ性水溶液、アルカリイオン水、または木灰等の添加により得たアルカリ性の水を利用することにより、pH7付近のpHを有し得る。
【0021】
さらに、第3の態様において、本発明は、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を配置した抽出釜を有する製造装置を提供する。この製造装置により、夾雑物の含有が低減された膠製品を簡便でかつ効率的に提供できる。
【0022】
本発明の製造装置は、前記のごとき抽出釜を有し、この抽出釜は、鉄錆のごとき鉄イオンまたは鉄化合物を発生しない耐熱性の材質、例えば、石、ガラス、陶磁器、耐熱性樹脂、ステンレス、アルミニウム製等のごとき非鉄製で有り得る。また、この製造装置において、吸着材は、典型的には、抽出釜内の底部に敷設した鉄錆を発生しないステンレス製管上であって、抽出釜内の内側面に沿って設けられる。ステンレス管には、温度調節を目的として、水蒸気等を通すことができる。
【0023】
本願の抽出釜は、典型例には、ステンレス製抽出釜であり、その内部の底部および側部に膠液を汲み取るための各1カ所(合計2カ所)の汲み取り口を有し、底部には、膠液の液温を調節するための、ステンレス管よりなる温度調節手段が配置されている。さらに、膠液の抽出工程において、典型的には、抽出釜内に、高さ調節のための下段網カゴを含む2段のステンレス製網カゴよりなり、その上部に麻袋を全面に内張したステンレス製網カゴを配置し、この中に膠原料等を入れ、抽出することにより膠製品が得られる。本発明による抽出釜の抽出槽についての典型的な構成例を図1に示す。
【0024】
また、本発明は、第4の態様において、本願の膠の製法に適した膠原料およびその製法を提供する。
従来からの、特に、大正時代から現代までの膠の製造には、牛皮等の和膠の原料は、生皮に石灰をまぶし、水をかけ野積みし、アルカリで皮の脂肪をケン化、脱脂し、次いで、石灰を希硫酸で中和し水洗する方法で作られてきた。
しかしながら、前記のごとく、文化財保存修復に適した膠製品としては、原料作りから膠の製造に至る全工程において、水と皮のみで作られ、薬品や添加剤を一切使用しないことが望ましい。
そこで、本願の前記の膠の製法、膠製品および製造装置に適した、かかる膠原料を提供する。より詳しくは、この膠原料は下記の製法により得られる。
a)塩蔵した動物皮を十分に水洗し、塩を除去し;
b)塩除去後の動物皮をフレッシングマシンに表裏交互に通すことにより、表皮の毛、皮内側の脂肪および肉片を取り除き;
c)フレッシングマシン処理した皮を水洗し;
d)水洗後の皮を2〜8分割し、天日で4日〜3週間乾燥させ;次いで、
e)乾燥した皮を裁断機で10cm〜30cmの大きさに切り分け、膠原料としての動物皮を得る。
【0025】
塩蔵した動物皮には、塩蔵した生牛皮、生鹿皮、生兎皮等が含まれる。
塩蔵とは、動物皮が保存または輸送中に腐らないように、岩塩等の食塩を直接的にふりかけたり、飽和食塩水に浸漬することにより、動物皮を塩漬けにすることをいう。
本願のフレッシングマシンは、皮の皮内側(裏側)に付着している肉片や脂肪を取り除くことができる裏打ち機をいう。フレッシングマシンは、脂肪、肉片等を取り除く機能を有する裏打ち機であれば、特に限定されず、市販品を含めていずれのものを用いてもよい。
また、前記の乾燥工程d)では、乾燥中に皮の表裏を返すなどして動物皮を均一に乾燥させることが好ましい。
このようにして得られた動物皮を本願の膠原料として用いることがより好ましい。
【実施例】
【0026】
以下に本発明を製造例および実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、本願の製造例では、その上部に麻袋を全面に内張した2段のステンレス製網カゴ、合計2カ所の汲み取り口、および底部にステンレス管を配置した、典型例として前記した図1の抽出槽を有するステンレス製抽出釜を用いた。前記麻袋として、直径1.5mm〜3.0mmの麻糸を0.0mm〜1.0mmの隙間で平織りして得られた麻布により作成した麻袋を用いた。なお、本願明細書において、特記しない限りは、%とは質量%をいう。
【0027】
製造例1
乾燥保存された牛皮膠原料50kgを10〜30センチに裁断し、水槽に入れ、約3時間水洗し、ゴミ等を除去した。その後、水槽内に牛皮膠原料を約48時間放置し、脱水した。次に、この脱水後の牛皮膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水300Lを加え、液温を80〜85℃に保ちつつ、約12時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の牛皮膠製品9.1kgを得た。
【0028】
製造例2
上記製造例1において、一次抽出液として前記抽出釜に残った牛皮膠に水180Lを加えて、90℃で約15時間再加熱した。液表面に浮かぶ油脂は見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない二次抽出液としての牛皮膠製品6.3kgを得た。また、木灰、ワラ灰または石灰を水に添加して得たアルカリ性の水(約pH12〜13)の適当量を加温前、後または加温中に一次抽出液に添加して、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0029】
製造例3
乾燥保存された鹿皮膠原料17kgを10〜30センチに裁断し、水槽に入れ、約3時間水洗し、ゴミ等を除去した。その後、水槽内に鹿皮膠原料を約24時間放置し、脱水した。次に、この脱水後の鹿皮膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水200Lを加え、液温を80〜85℃に保ちつつ、約12時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の鹿皮膠製品3.5kgを得た。
【0030】
製造例4
乾燥保存された牛皮膠原料50kgを製造例3と同様に裁断、水洗、脱水した。次に、この脱水後の牛皮膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水300Lを加え、液温を80〜85℃に保ちつつ、約14時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の牛皮膠製品10.7kgを得た。また、木灰、ワラ灰または石灰を水に添加して得たアルカリ性の水(約pH12〜13)の適当量を加温前、後または加温中に、膠原料に添加して、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0031】
製造例5
上記製造例4において、一次抽出液として前記抽出釜に残った牛皮膠に水180Lを加えて、90〜95℃で約16時間再加熱した。液表面に浮かぶ油脂は見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない二次抽出液としての牛皮膠製品5.7kgを得た。また、製造例2と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0032】
製造例6
鰾膠(ニベ)の乾燥保存された浮袋膠原料20kgを約24時間水洗し塩抜きを行った後、脱水した。次に、この脱水後の浮袋膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水200Lを加え、液温を80〜85℃に保ちつつ、約12時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の魚膠製品3.7kgを得た。また、製造例4と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0033】
製造例7
乾燥保存された牛皮膠原料50kgを製造例1と同様に裁断、水洗、脱水した。次に、この脱水後の牛皮膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水300Lを加え、液温を80〜85℃に保ちつつ、約14時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の牛皮膠製品10.9kgを得た。また、製造例4と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0034】
製造例8
上記製造例7において、一次抽出液として前記抽出釜に残った牛皮膠に水200Lを加えて、90〜95℃で約15時間再加熱した。液表面に浮かぶ油脂は見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない二次抽出液としての牛皮膠製品5.5kgを得た。また、製造例2と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0035】
製造例9
乾燥保存された牛皮膠原料50kgを製造例1と同様に裁断、水洗、脱水した。次に、この脱水後の牛皮膠原料を前記のステンレス製抽出釜に入れ、水300Lを加え、液温を約95℃に保ちつつ、約12時間加熱した。麻袋を使用しない従来の方法で生じる液表面に浮かぶ油脂が見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない一次抽出液を得た。この一次抽出液を凝固用容器に入れて約3時間、自然冷却して凝固させて、裁断し乾燥させ、板状の牛皮膠製品10.2kgを得た。また、製造例4と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0036】
製造例10
上記製造例9において、一次抽出液として前記抽出釜に残った牛皮膠に水200Lを加えて、約95℃で約16時間再加熱した。液表面に浮かぶ油脂は見られなかった。次いで、加温を停止し約2時間静置し、ゴミや屑等を沈降させた後、膠液をシルクスクリーンを取り付けた濾機に汲み上げてさらに濾過して、油脂による濁りのない二次抽出液としての牛皮膠製品6.5kgを得た。また、製造例2と同様に、膠製品がpH7付近となるように調整した。
【0037】
製造例11〜13(塩蔵生牛皮)
塩蔵した生牛皮3795kg(黒毛和牛メス165頭分)を12時間水漬けした後、1時間水洗樽にて十分に水洗し、生牛皮に存在する塩を除去した。この塩除去後の生牛皮をフレッシングマシン(阪下鉄工所社製、型番HS−1995)に表裏交互に各3回通すことにより、表皮の毛、皮内側の脂肪および肉片を取り除いた。そして、このフレッシングマシン処理した牛皮を、再度30分〜1時間水洗樽にて水洗し、皮に付着した毛や肉片などを除去した。水洗後の牛皮は2〜8分割した後、天日で3週間乾燥させ、乾燥した牛皮を裁断機で10cm〜30cmの大きさに切り分け、乾燥牛皮 743.1kgを得た。
得られた乾燥牛皮の全量を牛皮膠原料としてステンレス製抽出釜に入れ、製造例9と同様の方法により、一次抽出液から製造例11として牛皮膠241.6kgを得た。次に、製造例5と同様の方法により、前記抽出釜に残った一次抽出液を抽出および濾過した後の二次抽出液から、製造例12として牛皮膠151.7kgを得た。同様に、前記抽出釜に残った二次抽出液を抽出および濾過した後の三次抽出液から、製造例13として牛皮膠125.8kgを得た。なお、これらの牛皮膠のいずれも、pHは無調整とした。
【0038】
製造例14〜15(塩蔵生鹿皮)
塩蔵した生牛皮に代えて塩蔵した生鹿皮を用い、また、二次抽出液までの鹿皮膠を得た以外は、前記製造例11〜13と同様の方法により、鹿皮膠原料として乾燥鹿皮16.0kgを得た後、この乾燥鹿皮を用いて、一次抽出液から製造例14として鹿皮膠8.1kg、次いで、二次抽出液から製造例15として鹿皮膠1.5kgを得た。なお、これらの鹿皮膠のいずれも、pHは無調整とした。
【0039】
実施例1
日本工業規格「にかわ及びゼラチン」K6503-2001の試験法に準じて、製造例1〜10で得られた膠製品につき下記の特性を試験した。
【0040】
(1)粘度
恒温水槽にセットしたピペット型粘度計の下端を指で押さえながら、粘度計の中に膠製品の12.5%の溶液を入れ、内温を60℃に調整したのち、この検液を流下させ、液面が標線1と標線2の間を通過する時間を測定し、粘度に換算した。
【0041】
(2)ゼリー強度
前記の粘度測定に用いた、膠製品の12.5%の溶液を10℃で17時間冷却して調製したゼリーの表面を、2分の1インチ(12.7mm)径のプランジャーで4mm押し下げるのに必要な荷重をゼリー強度計(LFRA TEXTURE ANALYZER、Brookfield Engineering社製)により測定した。
【0042】
(3)pH
膠製品の12%水分散液の35℃におけるpH値として、pH測定器(Cyberscan PH510型、Eutech Instruments社製)を用いて測定した。
【0043】
(4)使用評価
実際の文化財保存修復作業において、これらの実施例および参考例の膠製品を、彩色の固着や木材の接着に用いて、その使用感につき3名のパネラーが下記の3段階の評価基準に基づき判定し、その平均を評価とした。
【0044】
【表1】

【0045】
測定および評価結果を表2に示す。なお、参考例として、市販の膠製品の日本工業規格K6503に基づく、各社実測値データを示している。
【0046】
【表2−1】

【0047】
【表2−2】

【0048】
表2より、使用評価において、市販の膠製品(参考例1〜6)に比較して、本願の膠製品(製造例1〜15)は優れており、油脂分が低減され余分な添加剤を含有しない文化財保存修復に適した、広範囲の種々の粘度およびゼリー強度を有する膠製品が得られたことが示された。
また、塩蔵した生牛皮または生鹿皮を用いて調製した乾燥牛皮または乾燥鹿皮を膠原料として用いた製造例(製造例11〜15)では、優れた測定および評価結果を有し、かつ薬品や添加剤を含有しないという観点から、文化財保存修復に特に好ましい膠製品が得られた。
なお、発明者らは、データは示さないが、本願発明の製法により得た膠製品中の油脂分が、麻袋を使用しない場合に比較して低減できたこと、ならびに本願の製造例において、ステンレス製抽出釜に代えて従来の鉄製抽出釜を用いて、本願の製造例と同様の操作をした場合、得られた膠製品が鉄錆により赤濁しているが、木材の接着に非常に適することを確認している。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明により、文化財保存修復に適し、かつ幅広い種々の特性を有する、膠、その製法ならびに、その製法に使用する製造装置および膠原料が提供される。
【符号の説明】
【0050】
1:抽出槽
2:ステンレス製網カゴ(上部、下部)
3:麻袋
4:ステンレス管
5:汲み取り口1
6:汲み取り口2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抽出釜内に膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を配置したことを特徴とする膠の製法。
【請求項2】
該抽出釜が非鉄製であることを特徴とする請求項1に記載の膠の製法。
【請求項3】
該吸着材が麻袋であることを特徴とする請求項1または2に記載の膠の製法。
【請求項4】
膠をpH7付近に調整する工程を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の膠の製法。
【請求項5】
膠原料が、鹿皮膠原料であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の膠の製法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1記載の膠の製法により得られた膠製品。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1記載の膠の製法に使用する製造装置であって、膠原料に由来する油脂分および細かな皮繊維屑を除去可能な吸着材を配置した抽出釜を有する製造装置。
【請求項8】
膠原料が、以下の工程:
a)塩蔵した動物皮を十分に水洗し、塩を除去し;
b)塩除去後の動物皮をフレッシングマシンに表裏交互に通すことにより、表皮の毛、皮内側の脂肪および肉片を取り除き;
c)フレッシングマシン処理した皮を水洗し;
d)水洗後の皮を2〜8分割し、天日で4日〜3週間乾燥させ;次いで、
e)乾燥した皮を裁断機で10cm〜30cmの大きさに切り分け、膠原料としての動物皮を得ること
により得られることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1記載の膠の製法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1記載の膠の製法に使用する膠原料であって、請求項8に記載の工程a)〜e)により得られることを特徴とする該膠原料。

【図1】
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