説明

自律神経活動調節用組成物および自律神経を調節する方法

【課題】自律神経活動を調節するための経口摂取可能な組成物および方法を提供する。特に、交感神経活動の亢進を抑制することのできる経口摂取可能な組成物、および/または、副交感神経活動を促進することのできる、経口摂取可能な組成物を提供する。
【解決手段】Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、自律神経活動調節用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自律神経活動を調節するための組成物および自律神経活動を調節する方法に関する。特に、本発明は、交感神経活動の亢進を抑制するための組成物、および/または、副交感神経活動を促進するための組成物に関する。また、本発明は交感神経活動の亢進を抑制する方法および副交感神経活動を促進する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自律神経系は、意識によって調節されない神経系の一部を構成している神経系であり、主として骨格筋を制御している体性運動神経系とは異なり心筋、平滑筋や腺組織を支配している。また、自律神経系は構造的にも運動神経系とは異なり節前神経と節後神経と呼ばれる2つの神経細胞から構成されている。自律神経系は交感神経系と副交感神経系の2つに大別され、それぞれ機能が異なっている。交感神経の活動により一般に心拍数の増大、血圧上昇、瞳孔拡大、血中グルコースの遊離などが起こり、副交感神経の活動により一般に消化管運動の増加や消化液の分泌などが刺激され、心拍数は減少することが知られている。両者は協同して働き生体の恒常性の維持に重要な役割を果たしている。
ペプチドまたはペプチド誘導体に関して自律神経活動への影響を直接測定した報告として、L-カルノシンの自律神経調節作用が報告されている。低用量のL-カルノシンの経口投与が、交感神経の活動を抑制し、副交感神経の活動を促進させる自律神経調節作用を示すこと、さらには交感神経活動の亢進に起因する高血圧および高血糖症状を改善する作用も示すことが報告されている(特許文献1)。しかし、この作用は静脈内投与により測定されており、経口投与による作用は不明であった。さらに、トリペプチドVal-Pro-Pro(VPP)およびその類縁体については、自律神経活動への影響を直接測定した報告はない。
また、ペプチドまたはペプチド誘導体に関して健忘改善効果を示した報告として、VPDPR、PDPR、CPR、シクロDPが0.5〜2.3mg/kgの脳室内または経口投与により、スコポラミン誘発健忘に対する改善効果が得られることが知られており、メカニズムの一つとしてμオピオイドレセプターを介する可能性が示唆されている(特許文献2)。また、これらのペプチドは経口投与により血清コレステロールの低下作用も有することが示されている(特許文献2)。さらに、XPLPR(XはL、I、M、F、W)が300mg/kgの側脳室内投与または経口投与によりスコポラミン誘発健忘に対する改善効果を示すことが報告されており、そのメカニズムの一つとして脳内C3aレセプターによるアセチルコリンの放出が示唆されている(特許文献3)。しかし、これらの作用はいずれも自律神経活動調節を介する作用を示したものではなく、トリペプチドVal-Pro-Pro(VPP)およびその類縁体については、健忘予防効果への影響を直接測定した報告はない。
【0003】
トリペプチドVal-Pro-Pro(VPP)およびその類縁体の機能についてもいくつかの報告がある。例えば、Val-Pro-Proを有効成分とするアンジオテンシン変換酵素阻害剤が知られており、Val-Pro-ProがACE阻害活性を示し、経口投与によるVal-Pro-Proの血圧降下作用が知られており、Val-Pro-Proを含有する発酵乳も血圧降下作用を有することが報告されている(特許文献4)。また、Val-Pro-ProおよびIle-Pro-Pro(IPP)を経口投与することにより、寒冷ストレスによる血圧変動が抑えられ、同時に、血中アミノ酸のバランス(Fischer比)の変化、胸腺や脾臓の萎縮が見られ、脾臓細胞反応性の低下等の免疫機能指標の低下に対して抑制効果を示すことが知られている(特許文献5)。さらに、Val-Pro-Proを皮膚に塗布することにより皮膚のクスミが改善されることが知られており、そのメカニズムとして、アンジオテンシン変換酵素阻害活性を持つ物質(VPP等)は平滑筋拡張作用のあるブラジキニンの分解を抑えるので血行が促進されることが示唆されている(特許文献6)。しかし、これらの報告において何れもペプチドの自律神経活動への影響を直接測定した例はなく、その調節作用に着目した具体的な報告はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2002/076455号公報
【特許文献2】特許第3660978号公報
【特許文献3】特許第3898389号公報
【特許文献4】特許第2782142号公報
【特許文献5】特開平11-100328号公報
【特許文献6】特開2002-284668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、自律神経活動を調節するための経口摂取可能な組成物が提供される。また、本発明は、自律神経活動を調節する方法を提供する。
特に、本発明は、交感神経活動の亢進を抑制するための経口摂取可能な組成物、および/または、副交感神経活動を促進するための経口摂取可能な組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、自律神経活動調節用組成物である。
(2)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、副交感神経活動の促進用組成物でもある。
(3)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、交感神経活動の亢進抑制用組成物である。
(4)また、本発明は、自律神経の乱れおよびそれに起因する症状を予防、改善または緩和することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物である。
(5)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、健忘予防作用、血流促進作用または抗不安作用を有する(2)または(3)記載の組成物である。
(6)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、健忘予防用組成物でもある。
(7)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、血流促進用組成物でもある。
(8)本発明は、Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、不安抑制用組成物でもある。
(9)本発明は、経口摂取用である、(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物でもある。
(10)また、本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における自律神経活動を調節する方法である。
(11)本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における副交感神経活動を促進する方法でもある。
(12)本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における交感神経活動の亢進を抑制する方法でもある。
(13)本発明は、非ヒト動物において自律神経の乱れおよびそれに起因する症状を予防、改善または緩和する、(10)〜(12)記載の方法でもある。
(14)また、本発明は、非ヒト動物において健忘を予防する、血流を促進する、または不安を抑制する、(11)または(12)記載の方法でもある。
(15)本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における健忘を予防する方法でもある。
(16)本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における血流を促進する方法でもある。
(17)本発明は、非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における不安を抑制する方法でもある。
(18)本発明は、投与が経口投与である、(10)〜(17)のいずれかに記載の方法でもある。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】図1は、胃の副交感神経活動に対するペプチドVal-Pro-Pro(VPP)の効果を示す。水(対照)またはVal-Pro-Pro 0.09mg/kg体重、0.15mg/kg体重または15mg/kg体重をラット(n=3)に投与し、胃を支配する副交感(迷走)神経の活動電位を経時的に測定した。縦軸は投与前の値(0分値)を100とした場合の各実験群の相対活動電位を百分率で示す(GVNA:胃迷走神経活動)。横軸はサンプル投与後の時間(分)である。水投与対照群との有意差検定は、投与5〜60分の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。
【図2】図2は、副腎交感神経活動に対するペプチドVal-Pro-Pro(VPP)の効果を示す。水(対照)またはVal-Pro-Pro 15mg/kg体重をラット(n=3)に投与し、副腎を支配する交感神経の活動電位を経時的に測定した。縦軸は投与前の値(0分値)を100とした場合の各実験群の相対活動電位を百分率で示す(ASNA:副腎交感神経活動)。横軸はサンプル投与後の時間(分)である。水投与対照群との有意差検定は、投与5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。
【図3】図3は、皮膚動脈交感神経活動に対するペプチドVal-Pro-Pro(VPP)の効果を示す。水(対照)またはVal-Pro-Pro 0.15mg/kg体重または15mg/kg体重をラット(n=3)に投与し、皮膚動脈交感神経の活動電位を経時的に測定した。縦軸は投与前の値(0分値)を100とした場合の各実験群の相対活動電位を百分率で示す(CASNA:皮膚動脈交感神経活動)。横軸はサンプル投与後の時間(分)である。水投与対照群との有意差検定は、投与5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。
【図4】図4はペプチドVal-Pro-Pro(VPP)のスコポラミン誘発健忘予防効果を示す。水(対照)、または、スコポラミン単独、または、Val-Pro-Pro 0.64mg/kg体重若しくは6.4mg/kg体重若しくは10mg/kg体重をスコポラミンと共にマウスに投与し、それぞれ実施例4記載の方法によって健忘予防効果を評価した。図4の縦軸は自発的交替行動変化率を示す。健忘が誘発されているかを確認するため、水投与対照群とスコポラミンを単独投与したスコポラミン対照群間の有意差検定をスチューデントのt検定によって行った。**は水投与対照群に対しP<0.01であることを示す。VPP投与群とスコポラミン対照群との有意差検定はスチューデントのt検定によって行った。†はスコポラミン単独投与群に対してP<0.1であること、##はP<0.01であることを示す。
【図5】図5はペプチドVal-Pro-Pro(VPP)の血流促進効果を示す。水またはVal-Pro-Pro 20mg/kg体重をマウスに投与し、背部の正中線上、尾根部から上部3cmの皮膚における血流量を測定した。縦軸は投与前の値(0分値)を100とした場合の相対血流量を百分率で示す。横軸はサンプル投与後の時間(分)である。VPP投与群と水投与対照群との有意差検定は、投与5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。
【図6】図6は、ペプチドVal-Pro-Pro(VPP)の抗不安作用を示す。水、または、Val-Pro-Pro 0.001、0.1、10、100mg/kgをマウス(n=15)に投与し、オープンアーム侵入回数比率を測定した。縦軸は水のみを与えた対照群、Val-Pro-Pro投与群のオープンアーム侵入回数比率を示す。データは平均値±標準誤差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の組成物はトリペプチドVal-Pro-Proを有効成分とする。有効成分であるペプチドVal-Pro-Proは有機化学的に合成したペプチドであってもよく、また天然物由来のペプチドであってもよい。これらのペプチドの有機化学的合成法としては、固相法(Boc法、Fmoc法)や液相法といった一般的な方法を用いることができ、例えば、島津製作所製のペプチド合成装置(PSSM-8型)といったペプチド自動合成装置を用いて合成したものであってもよい。ペプチド合成の反応条件等については、当業者の技術常識に基づき、選択する合成方法や適切な反応条件等を任意で設定することができる。化学的に合成されたペプチドの精製方法も当業者にはよく知られたものである。
本明細書において、ペプチドVal-Pro-Proについて言及する場合、特に明示した場合および文脈上除外されることが明らかである場合を除き、「Val-Pro-Pro」および「ペプチドVal-Pro-Pro」にはその塩が含まれる。そのような塩には、例えばナトリウム塩、カリウム塩などの生理的条件下で存在しえる塩が含まれる。また、本発明の組成物は、本発明の組成物の有効成分であるペプチド、Val-Pro-Pro以外に他のペプチドおよび遊離アミノ酸またはその塩を含んでいても良い。なお、本発明との関連において、アミノ酸の三文字表記および一文字表記ならびにペプチドの表記は当業者によく知られた一般的規則に従う。
【0009】
本発明のある態様においては、ペプチドVal-Pro-Proは、Val-Pro-Pro配列を含有するタンパク質を含む原料(例えば、牛乳、馬乳、山羊乳または羊乳、およびそれらの脱脂粉乳や大豆、小麦など)をラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)種に属する菌などにより醗酵させて得られる醗酵物に由来するものであってもよい。醗酵の際のタンパク質原料含有量は特に限定されないが、一般には1〜19重量%が好ましいであろう。このような醗酵物をそのまま、あるいは遠心分離、ろ過、クロマトグラム、乾燥等の適切な処理をして本発明の組成物とすることもできる。
【0010】
本発明の別の態様においては、ペプチドVal-Pro-ProはVal-Pro-Proを含有するタンパク質の加水分解物に由来しても良い。そのようなタンパク質には、例えば牛乳、馬乳、山羊乳、羊乳等のカゼインのような獣乳カゼイン又はその濃縮物が含まれる。また、獣乳カゼインを含む食品原料を麹菌や乳酸菌といった菌類によって醗酵させて得られる醗酵物に由来するものであってもよい。獣乳カゼインを加水分解又は醗酵する際のカゼイン濃度は、特に限定されないが、一般には1〜19重量%が好ましい。市販の酵素群を用いる場合には、通常、至適条件が設定されているが、前記カゼイン加水分解物が得られるように条件、例えば、使用酵素量や反応時間等を、用いる酵素群に応じて適宜変更して行なうことができる。例えば、獣乳カゼインを溶解した水溶液に、酵素群/獣乳カゼインが重量比で1/1000以上、好ましくは1/100〜1/10、特に好ましくは1/40〜1/10の割合でタンパク質分解酵素を添加することができる。反応条件は、使用する酵素群に応じて適宜選択できるが、通常25〜60℃、好ましくは45〜55℃、pH3〜11、好ましくは、5〜9とすることができる。また、反応時間については、2〜48時間、好ましくは7〜15時間にて行なうことができる。このようなタンパク質加水分解物、特にカゼイン加水分解物をそのまま、あるいは遠心分離、ろ過、クロマトグラム、乾燥等の処理をして本発明の組成物としてもよい。
【0011】
本発明の組成物は、自律神経活動の調節作用を有する。自律神経の活動には交感神経の活動および副交感神経の活動が含まれるが、本発明の組成物は、交感神経活動の亢進を抑制する作用および副交感神経活動を促進する作用を有する。特に、本発明の組成物は交感神経の活動の亢進を抑制する、あるいは副交感神経活動を促進する結果、健忘予防作用、血流促進、抗不安作用を有する。また、本発明の組成物は血流促進作用を有し、特に皮膚動脈交感神経活動を抑制することによる皮膚血流促進作用を有する。さらに、本発明の組成物は自律神経の調節作用を有するため、広く、心拍数調節作用、血糖調節作用、胃液分泌調節作用、体温調節作用、血圧調節作用およびストレス緩和作用等を有する。
本発明の組成物およびその有効成分であるペプチドVal-Pro-Proの自律神経活動調節作用、特に交感神経活動の亢進を抑制する作用および副交感神経活動を促進する作用は、例えば以下のように確認することができる。
【0012】
本発明の組成物の胃副交感神経活動促進作用は、例えば、ラットまたはマウス等の実験動物に本組成物を投与し、胃を支配する副交感(迷走)神経の活動電位を経時的に測定し、活動電位が上昇することによって確認することができる。また、ラットまたはマウス等に本発明の組成物を投与し、一定時間経過後(例えば15分〜30分後)色素、たとえばフェノールレッドをラットまたはマウス等の胃に投入し、一定時間経過後(たとえば20分後)そのラットまたはマウスの胃を摘出し残存色素の量を測定することによって胃排出能の増強、すなわち胃の活動が活発化することを指標として本組成物の副交感神経活動促進作用を確認することもできる。
本発明の組成物またはペプチドVal-Pro-Proの副腎交感神経活動に対する効果は、ラットまたはマウス等に本組成物を投与し、副腎を支配する副交感神経の活動電位を経時的に測定することによって確認することができる。活動電位が低下すれば副腎交感神経活動が抑制されたことが確認できる。
【0013】
本発明の組成物またはペプチドVal-Pro-Proの皮膚動脈交感神経活動に対する効果は、例えば、本発明の組成物またはVal-Pro-Proをマウスまたはラット等に経口投与し、尾部皮膚動脈交感神経の活動電位を経時的に測定することによって確認することができる。また、発明の組成物またはペプチドVal-Pro-Proの血流促進作用は、マウスまたはラット等に本発明の組成物またはVal-Pro-Proを投与し、接触型レーザードップラー血流計などを用いて背部の正中線上の皮膚血流量を測定することによって確認することができる。血流量の測定はたとえば背部の正中線上でおこなうことができる。
本発明の組成物またはペプチドVal-Pro-Proの健忘予防作用は、例えばY字型迷路を用いた、アルツハイマー病治療薬の評価系に準じた系を用いて確認することができる。具体的には、ラットまたはマウスにスコポラミンのような健忘症を誘発する薬剤単独または本発明の組成物またはVal-Pro-Proをそのような薬剤と同時に投与、またはそのような薬剤の投与に先立って本発明の組成物またはVal-Pro-Proを投与し、Y字型迷路を用いた試験において異なるアームへの自発的交替行動変化率や迷路への総進入回数を指標として本発明の組成物の健忘予防作用を確認することができる。
これらの試験において陰性対照としてはたとえば水のみを投与した動物を用いることができる。薬剤によって誘導した健忘に対するVal-Pro-Proの予防作用を確認する実験の際には、スコポラミンのような健忘症を誘発する薬剤のみを投与した動物も対照として加えることができる。
【0014】
本発明の組成物またはペプチドVal-Pro-Proの抗不安作用は、例えば、マウスの高架式十字迷路試験によって確認することができる。具体的には、マウスに水または本発明の組成物若しくはペプチドVal-Pro-Proを投与し、マウスを高所にある迷路の中心のプラットフォームに置き、一定時間内のオープンアーム(壁のないアーム)とクローズドアーム(壁のあるアーム)への侵入回数、及び滞在していた時間を測定し、水のみを投与した対照群に比較してオープンアームへの侵入回数比率、若しくは滞在時間比率が増加すれば抗不安作用が認められたとして確認することができる。
【0015】
本発明の組成物はその有効成分がVal-Pro-Proであり、経口投与または経口摂取することにより上述の所望の効果を達成することができる。本発明の組成物の投与又は摂取期間は、投与又は摂取する対象、たとえばヒトや非ヒト動物の年齢やその対象の健康状態等を考慮して種々調整することができる。非ヒト動物には非ヒト高等脊椎動物、特に非ヒト哺乳類が含まれ、イヌ、ネコ等の愛玩動物、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ等の家畜が含まれるがこれらに限られない。本発明の組成物は1回の投与でも効果が見られるが、1日1回以上、継続摂取することで継続した効果が期待できる。本発明の組成物を医薬として用いる場合の形態は、経口投与用の製剤の形態とすることができる。例えば、錠剤、丸剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、マイクロカプセル、散剤、顆粒剤、液剤等が挙げられる。医薬として製造する場合は、例えば、適宜必要に応じて、製薬的に許容される担体、賦形剤、補形剤、防腐剤、安定化剤、結合剤、pH調節剤、緩衝剤、増粘剤、ゲル化剤、保存剤、抗酸化剤等を用い、一般に認められた製剤投与に要求される単位用量形態で製造することができる。
本発明の組成物は飲食品用素材または動物用飼料素材として用いることもでき、例えば、本発明の組成物または本発明の組成物の有効成分であるペプチドVal-Pro-Proを消化管運動促進作用、抗不安作用、血流促進作用、健忘予防、心拍数調節作用、血糖調節作用、胃液分泌調節作用、体温調節作用、またはストレス緩和作用等の効能を有する特定保健用食品等の機能性食品とすることができる。
所望の効果を得るための本組成物またはペプチドVal-Pro-Proの投与または摂取量は、1回あたり有効成分であるペプチドVal-Pro-Proの量として一般に0.001mg/kg体重〜100mg/kg体重程度である。特に、副交感神経活動促進が主として望まれる場合、本発明の組成物の摂取量は、Val-Pro-Proの量として0.09mg/kg体重〜15mg/kg体重が好ましい。交感神経活動の抑制効果が望まれる場合は、Val-Pro-Proの量として0.15mg/kg体重〜20mg/kg体重が好ましく、特に皮膚動脈交感神経活動に対する効果が主として望まれる場合は0.15mg/kg体重〜1.5mg/kg体重が好ましい。血流促進作用が主として望まれる場合は、約20mg/kg程度が好ましい。また主として抗不安作用が望まれる場合は、Val-Pro-Proの量として0.001mg/kg体重〜100mg/kg体重が特に好ましく、主として健忘予防作用が望まれる場合はVal-Pro-Proの量として0.64mg/kg体重〜10mg/kg体重が好ましい。1日あたりの摂取回数に応じて、食品、例えば機能性食品における1回あたりの摂取量を前記量より更に低くすることも可能である。適切な摂取量は、上述の通り種々の要因を考慮して更に調整することができる。
【0016】
本発明の組成物またはその有効成分であるペプチドVal-Pro-Proを含む食品、例えば機能性食品は、上述のようにして得たVal-Pro-Proを含有するタンパク質の分解物又はその濃縮物やVal-Pro-Proを含有するタンパク質を含む原料の醗酵物そのもの、あるいは醗酵物を粉末状や顆粒状にして各種食品に添加して製造することができる。また必要に応じて、食品に用いる他の成分、例えば、糖類、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、フレーバー、例えば、各種炭水化物、脂質、ビタミン類、ミネラル類、甘味料、香料、色素、テクスチュア改善剤等又はこれらの混合物等の添加物を添加し、栄養的バランスや風味等を改善してもよい。本発明の組成物またはその有効成分であるペプチドVal-Pro-Proを含む動物用飼料もヒト用食品と同様にして調製することができる。
例えば前述の機能性食品は、固形物、ゲル状物、液状物の何れの形態とすることができ、例えば、乳酸菌飲料等の醗酵乳製品、各種加工飲食品、乾燥粉末、錠剤、カプセル剤、顆粒剤等が挙げられ、更には各種飲料、ヨーグルト、流動食、ゼリー、キャンディ、レトルト食品、錠菓、クッキー、カステラ、パン、ビスケット、チョコレート等とすることができる。
本発明の組成物を含む特定保健用食品等の機能性食品を製造する場合、添加形態や製品形態によるが、最終製品に対して、含有される有効成分であるペプチドVal-Pro-Proの含有量が0.00001質量%〜10質量%、好ましくは0.00003質量%〜3質量%、さらに好ましくは0.0001質量%〜1質量%となるように調製する。
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲は実施例に限られない。
【実施例1】
【0017】
Val-Pro-Proの胃副交感神経活動に対する効果
体重約300gのWistar系雄ラット(約9週齢)(n=3)を用い、餌及び水は自由摂取させた。自律神経の活動を検討するために、3時間絶食後、明期の中間期にウレタン麻酔下に経口投与用のポリエチレンチューブを口腔内に挿入した。その後、胃を支配する副交感(迷走)神経を銀電極で吊り上げて、神経の電気活動を測定した。尚、手術開始から測定終了までチューブを気管に挿入して気道を確保し、保温装置にて体温(ラット直腸温)を35.0±0.5℃に保つようにした。神経の活動が落着いた時期に各Val-Pro-Proペプチド水溶液サンプルを1mlポリエチレンチューブにて経口投与し、神経活動の変化を測定した。サンプルは、Val-Pro-Pro 0.09mg/kg体重、0.15mg/kg体重または15mg/kg体重とした。対照として溶媒の水1mlを経口投与した。胃副交感神経の活動のデータは5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5 s)の平均値にて解析し、刺激開始前の値(0分値)を100%として百分率で表し、その平均値±標準誤差で示した。対照群との有意差検定は、投与後5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。結果を図1に示す。
水投与群に比較し、Val-Pro-Pro 0.09mg/kg体重、0.15mg/kg体重および15mg/kg体重投与群のいずれにおいても投与後の胃副交感神経活動が有意に上昇した(図1)。Val-Pro-Proの経口投与は0.09mg/kg体重〜15mg/kg体重の範囲で胃副交感神経活動を促進することが示された。
【実施例2】
【0018】
Val-Pro-Proの副腎交感神経活動に対する効果
体重約300gのWistar系雄ラット(約9週齢)(n=3)を用い、餌及び水は自由摂取させた。自律神経の活動を検討するために、3時間絶食後、明期の中間期にウレタン麻酔下に経口投与用のポリエチレンチューブを口腔内に挿入した。その後、副腎を支配する交感神経を銀電極で吊り上げて、神経の電気活動を測定した。尚、手術開始から測定終了までチューブを気管に挿入して気道を確保し、保温装置にて体温(ラット直腸温)を35.0±0.5℃に保つようにした。神経の活動が落着いた時期にVal-Pro-Proペプチド水溶液サンプル1mlをポリエチレンチューブにて経口投与し、神経活動の変化を測定した。サンプルは、Val-Pro-Pro 15mg/kg体重とした。対照として溶媒の水1mlを経口投与した。副腎交感神経の活動のデータは5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5 s)の平均値にて解析し刺激開始前の値(0分値)を100%として百分率で表し、その平均値±標準誤差で示した。対照群との有意差検定は、投与後5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。結果を図2に示す。
水投与群に比較し、Val-Pro-Pro 15mg/kg体重投与により副腎交感神経活動が有意に低下した(図2)。Val-Pro-Proは15mg/kg体重の投与で副腎交感神経活動を抑制することが示された。
【実施例3】
【0019】
Val-Pro-Proの皮膚動脈交感神経活動に対する効果
体重約300gのWistar系雄ラット(約9週齢)(n=3)を用い、餌及び水は自由摂取させた。自律神経の活動を検討するために、3時間絶食後、明期の中間期にウレタン麻酔下に経口投与用のポリエチレンチューブを口腔内に挿入した。その後、尻尾の皮膚動脈交感神経を銀電極で吊り上げて、神経の電気活動を測定した。尚、手術開始から測定終了までチューブを気管に挿入して気道を確保し、保温装置にて体温(ラット直腸温)を35.0±0.5℃に保つようにした。これらの神経の活動が落着いた時期に各Val-Pro-Proペプチド水溶液サンプル1mlをポリエチレンチューブにて経口投与し、これらの神経活動の変化を測定した。サンプルは、Val-Pro-Pro 0.15mg/kg体重または1.5mg/kg体重とした。対照として溶媒の水1mlを経口投与した。皮膚動脈交感神経の活動のデータは、5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5 s)の平均値にて解析し、刺激開始前の値(0分値)を100%として百分率で表し、その平均値±標準誤差で示した。対照群との有意差検定は、投与後5〜60分における相対活動電位の値を群として、分散分析法(ANOVA)によって行った。結果を図3に示す。
水投与群に比較し、Val-Pro-Pro 1.5mg/kg体重および0.15mg/kg体重群において投与後の皮膚動脈交感神経活動が有意に低下した(図3)。Val-Pro-Proの経口投与は0.15mg/kg体重〜1.5mg/kg体重の範囲で皮膚動脈交感神経活動を抑制することが示された。
【実施例4】
【0020】
Val-Pro-Proの健忘予防作用
ddY系雄性マウス(約7週齢)を用い(n=15)、餌及び水は自由摂取させた。被検物質として、Val-Pro-Pro 0.64mg/kg体重、6.4mg/kg体重、10mg/kg体重を用いた。各量のVal-Pro-Proは自発的交替行動を評価するY字迷路試験の実施60分前にマウスに単回経口投与した。また、Y字迷路試験の実施30分前には、マウスに記憶障害および/または認知障害を誘発するため、スコポラミンを1mg/kg体重となるよう背部に皮下投与した。Y字迷路試験では、一本のアームの長さが40cm、壁の高さが12cm、床の幅が3cm、上部の幅が10cmで3本のアームがそれぞれ120度の角度で接続されたY字迷路を実験装置として用いた。マウスをY字迷路のいずれかのアームの先端に置き、8分間にわたって迷路内を自由に探索させ、マウスが移動したアームを順に記録した。マウスが測定時間内に各アームに移動した回数をカウントし、これを総進入数とし、この中で連続して異なる三つのアームを選択した組み合わせ(例えば、3本のアームをそれぞれA、B、Cとした際に、進入したアームの順番がABCBACACBの場合は重複も含めて4とカウントする)を調べ、この数を自発的交替行動数とした。自発的交替行動数を総進入数から2を引いた数で割り、それに100を掛けて求めた値を自発的交替行動変化率とし、これを自発的交替行動の指標とした。測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。対照群またはスコポラミン対照群との有意差検定はスチューデント(Student)のt検定で行った。結果を図4に示す。Val-Pro-Proは0.64mg/kg体重〜10mg/kg体重の範囲で健忘予防作用を示すことが示された。
【実施例5】
【0021】
Val-Pro-Proの末梢血流促進作用
6週齢の雌性Hos:HR-1ヘアレスマウスを日本SLC株式会社より購入し、1週間の馴化飼育後に下記の試験に供した。試験時の週齢は7〜15週の範囲とした。体重を測定した後、イソフルラン(アボットジャパン社)によるガス麻酔を行なった。導入時麻酔は濃度4%、流速1L/minの条件で1分間行なった。維持麻酔はマウスピース使用下で、濃度1%、流速1L/分の条件とした。維持麻酔開始後、マウスは37℃に設定したホットプレート(オムロン社製)の上に置き保温した。プレートとマウスの間にはキムタオルを一枚挟んだ。麻酔導入後30分以降で、直前の血流量が10分間以上安定したところで、ゾンデを用いて各サンプルを単回経口投与した。サンプルは、投与されるVal-Pro-Pro が20mg/kgとなるよう10ml/kg体重で投与した。対照として溶媒の水10ml/kg体重を経口投与した。血流量測定にはアドバンス社製の接触型レーザードップラー血流計を用いた。接触型プローブは、背部の正中線上、尾根部から上部3cmの皮膚にビニールテープを用いて貼り付けた。血流量(Flow)を評価指標として、投与後1分間の間隔毎に平均値を算出し、投与前1分間の平均値を100とした相対値として表した。対照群との群間比較は投与後5〜60分の測定値を群としてANOVA解析によって行った。結果を図5に示す。Val-Pro-Proは20mg/kg体重で投与した場合に血流促進作用を有することが示された。
【実施例6】
【0022】
高架式十字迷路試験によるVal-Pro-Proの抗不安作用の評価
ddY 系雄性マウス(約6週齢)を用い(n=15)、予備飼育後、Val-Pro-Pro(0.001mg/kg体重, 0.1mg/kg体重, 10mg/kg体重または100mg/kg体重)をそれぞれ単回経口投与し、投与30分後に高架式十字迷路試験により抗不安作用を検討した。高架式十字迷路は、長さ65cm、幅5cmの塩化ビニル製の板を2本、十字型に交差させた形状をし、その1本の通路の周囲には中央の交差部分を除いて、高さ50cmの壁(黒色アクリル製樹脂)が取り付けられている。すなわち、十字迷路は壁のない2本のアーム(オープンアーム)と壁のある2本のアーム(クローズドアーム)、及び中央の交差部分で構成されている。高架式十字迷路試験では、迷路の中央の交差部に、一方の壁のあるアームに向けてマウスを置き、5分間迷路上を自由に探索させ、その行動を観察し、オープンアームへの侵入回数を測定した。測定値から5分間の試験中のオープンアーム侵入回数比率を求め、これを抗不安作用の指標とした。尚、対照群には蒸留水を単回経口投与した。各測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。結果を図6に示す。Val-Pro-Proは0.001mg/kg体重〜100mg/kg体重の範囲においてオープンアーム侵入回数比率の値が対照群に比べて高く、抗不安作用を有することが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、自律神経活動調節用組成物。
【請求項2】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、副交感神経活動の促進用組成物。
【請求項3】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、交感神経活動の亢進抑制用組成物。
【請求項4】
自律神経の乱れおよびそれに起因する症状を予防、改善または緩和することを特徴とする請求項1から3記載の組成物。
【請求項5】
健忘予防用、血流促進用または不安抑制用である、請求項2または請求項3記載の組成物。
【請求項6】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、健忘予防用組成物。
【請求項7】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、血流促進用組成物。
【請求項8】
Val-Pro-Proまたはその塩を有効成分とする、不安抑制用組成物。
【請求項9】
経口摂取用である、請求項1〜8のいずれか1項記載の組成物。
【請求項10】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における自律神経活動を調節する方法。
【請求項11】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における副交感神経活動を促進する方法。
【請求項12】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物における交感神経活動の亢進を抑制する方法。
【請求項13】
非ヒト動物において自律神経の乱れおよびそれに起因する症状を予防、改善または緩和する、請求項10から12記載の方法。
【請求項14】
非ヒト動物において健忘を予防する、血流を促進する、または不安を抑制する、請求項11または請求項12記載の方法。
【請求項15】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物において健忘を予防する方法。
【請求項16】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物において血流を促進する方法。
【請求項17】
非ヒト動物にVal-Pro-Proまたはその塩を投与することを含む、非ヒト動物において不安を抑制する方法。
【請求項18】
投与が経口投与である、請求項10〜17のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−37785(P2011−37785A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187750(P2009−187750)
【出願日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【出願人】(000104353)カルピス株式会社 (35)
【Fターム(参考)】