説明

船体の周辺UEP計算方法

【課題】船体の電極配置や電流値を決めることなく、また技術者の技能や経験と関係なく簡単かつ短時間に、任意の位置におけるUEPを推定計算できる船体の周辺UEP計算方法を提供する。
【解決手段】UEPセンサにより船体の周辺UEPを計測するとともに、船体中心とUEPセンサとの相対位置を計測し(STl)、計測データを入力する(ST2)。各種調和関数展開法における次数nn,位数mmを設定し(ST3)、計算式における位置の関数を、船体中心とUEPセンサとの相対位置の計測データを基に算出する(ST4)。最小二乗法の行列式を作成し(ST5)、これを解くことにより展開係数Dtを算出する(ST6)。推定面又は推定線を設定し(ST7)、設定点jにおける位置の関数を算出し(ST8)、設定点jにおけるUEPを算出する(ST9)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水上艦艇や潜水艦等の船体のの周囲に発生するUEP(Underwater Electric Potential)を推定計算する、船体の周辺UEP計算方法に関する。
【0002】
電解溶液中にイオン化傾向の異なる2つの金属が存在すると、当該2つの金属間に電位差が生じ、水中電界が発生する。これを船舶について見ると、船体は様々な異種金属で構成されている(船体は例えば鋼、プロペラは例えば銅)ため、海水中(すなわち電解溶液中)に存在すると、船体とプロペラとの間に電位差が生じ、水中電界が発生する。この水中電界に起因する水中電位を一般にUEPという。
【0003】
イオン化傾向の大きい船体の金属は陽イオンとなって海水中に溶け出すため、船体の金属は腐食する。そのため、船体の腐食を防止するための手段として、船体の代わりに犠牲となる保護亜鉛を船体周辺に張る流電陽極方式や、船体電位を一定に保つように電流を通電させて腐食を防止する外部電源防食方式がある。これらの方式により、船体の腐食は防止できるものの、いずれの方式でも、船体周辺の海水中にUEPが発生する。
【0004】
船体から発生するこれら船体の周辺UEPを任意に設定した位置で推定計算するには、まず、船体の電流発生源となる電極の位置及び電極間の電流値を決める必要がある。従来は、技術者が船体の電極の位置及び電極間の電流値の条件を少しずつ変化させて、電気影像法や境界要素法によりUEPを繰り返し計算し、UEPセンサで計測した船体周辺UEPの計測値と最も一致するように船体の電極の位置及び電極間の電流値を決定していた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の方法では、複雑な船体の電極の位置や個数を技術者が決定する必要がある。また決定した電極の位置や個数により電流値が異なり、船体全体の電流発生源の大きさを定量的に把握することはできない。さらに計測時の空気、海水、海底の導電率が必要となる。
【0006】
本発明はこうした状況を認識してなされたものであり、その目的は、船体の電極配置や電流値を決めることなく、また技術者の技能や経験と関係なく簡単かつ短時間に、任意の位置におけるUEPを推定計算できる船体の周辺UEP計算方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、船体の周辺UEP計算方法である。この方法は、
船体の発生するUEPを計算する方法であって、
船体外部のUEPセンサにより計測した前記船体の周辺UEP、及び前記船体と前記UEPセンサとの相対位置を基に、前記船体の電気モーメントに対応する、所定の調和関数展開法における前記船体の周辺UEPの計算式の各展開係数を、最適パラメータ探索法により算出するステップと、
算出した各展開係数を基に、任意に設定した推定面又は推定線における、前記船体の電気モーメントによる前記船体の周辺UEPを推定計算するステップとを有する。
【0008】
ある態様の方法において、前記UEPセンサは、互いに直交するX,Y,Z方向の少なくともいずれかにおける2点間の電位差をUEPとして計測するものであるとよい。
【0009】
ある態様の方法において、前記所定の調和関数展開法における前記計算式は、前記船体の周辺UEPを任意の2点間の電位差として表したものであるとよい。
【0010】
ある態様の方法において、前記所定の調和関数展開法における前記計算式は、前記船体の周辺UEPを任意の2点間の電界の積分として表したものであるとよい。
【0011】
ある態様の方法において、前記所定の調和関数展開法が長球調和関数展開法であるとよい。
【0012】
ある態様の方法において、前記所定の調和関数展開法が偏球調和関数展開法であるとよい。
【0013】
ある態様の方法において、前記所定の調和関数展開法が球調和関数展開法であるとよい。
【0014】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が最小二乗法であるとよい。
【0015】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が遺伝的アルゴリズムであるとよい。
【0016】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が最急降下法であるとよい。
【0017】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が焼き鈍し法であるとよい。
【0018】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置やシステムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、船体の周辺UEP及び前記船体とUEPセンサとの相対位置さえ取得できれば、船体の電極配置や電流値を決めることなく、また技術者の技能や経験と関係なく簡単かつ短時間に、任意の位置におけるUEPを推定計算できる。また、船体の電気モーメントの大きさから、船体全体の電流発生源の大きさを定量的に把握できる。更に、船体の電気モーメントを打ち消すような電流を強制的に通電することにより船体の周辺UEPを打ち消すといった応用にも有効である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態に係る船体の周辺UEP計算方法の流れを示すフローチャート。
【図2】長球調和関数展開法に用いられる長球座標の模式図。
【図3】偏球調和関数展開法に用いられる偏球座標の模式図。
【図4】球調和関数展開法に用いられる球座標の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態を詳述する。なお、各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理等には同一の符号を付し、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は発明を限定するものではなく例示であり、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0022】
図1は、本発明の実施の形態に係る船体の周辺UEP計算方法の流れを示すフローチャートである。ここでは、船体の電気モーメント(電気双極子モーメント等の電気多重極モーメント)に対応した各展開係数を算出する際に用いる最適パラメータ探索法に、最小二乗法を使用した場合の一例を示す。各ステップは、基本的に、コンピュータとソフトウェアの協働によって実現される。以下、詳細に説明する。
【0023】
始めに、海中又は海底に設置されたUEPセンサにより船体の周辺UEPを計測するとともに、GPS(Global Positioning System)等の測位システムにより船体中心とUEPセンサとの相対位置を計測する(STl)。なお、UEPセンサは2点間の電位差を計測する構造になっている。ここで、座標軸について、船体中心を原点とし、首尾線前方向をX軸、右横方向をY軸、垂直下方向をZ軸と定義する。
【0024】
続いて、下記のデータを入力する(ST2)。
【数1】

【0025】
なお、3軸UEPセンサの各軸方向両端の間隔をl(m)としているが、各軸方向について間隔は同じでなくてもよい。また、3軸UEPセンサに替えて1軸UEPセンサあるいは2軸UEPセンサを使用することも可能である。その場合は、UEP計測データとしては、1軸方向あるいは2軸方向のデータのみを入力する。もっとも、1軸UEPセンサよりも2軸UEPセンサ、2軸UEPセンサよりも3軸UEPセンサを用いた方が、後述の展開係数の算出精度は高い。また、1軸〜3軸UEPセンサは、1つのみでもよいし、2つ以上としてもよい。UEPセンサの個数を増やすほど、後述の展開係数の算出精度が高まる。
【0026】
次に、各種調和関数展開法における次数nn,位数mm(nn≧mm)を設定する(ST3)。なお、調和関数展開法は、例えば、長球調和関数展開法や偏球調和関数展開法、球調和関数展開法である。長球調和関数展開法に用いられる長球座標を図2に、偏球調和関数展開法に用いられる偏球座標を図3に、球調和関数展開法に用いられる球座標を図4に示す。なお、cは例えば船体長の半分とする。
【0027】
ここで、任意の2点間のUEPを算出するには、2点間の電位を求めた後両者の差分を計算する方法と、2点間の電界を積分する方法がある。まず、2点間の電位の差分を計算する方法を用いた各種調和関数展開法における計算式を示す。
【0028】
長球調和関数展開法においては、
【数2】

となる。
【0029】
偏球調和関数展開法においては、
【数3】

となる。
【0030】
球調和関数展開法においては、
【数4】

となる。
【0031】
続いて、電界を任意の2点間で積分する方法を用いた各種調和関数展開法における計算式を示す。
【0032】
長球調和関数展開法においては、
【数5】

となる。
【0033】
偏球調和関数展開法においては、
【数6】

となる。
【0034】
球調和関数展開法においては、
【数7】

となる。
【0035】
上記の数2〜数7において、
【数8】

である。
【0036】
上記の数2〜数7は総括的に、
【数9】

と表すことができる。従って、各種調和関数展開法の展開係数Dtを求めることができれば、任意の2点間の電位差Ekを推定計算できることになる。なお、同じ調和関数展開法であれば、2点間の電位を求めた後両者の差分を計算する方法による展開係数と、2点間の電界を積分する方法による展開係数、例えば数2と数5による展開係数Dtは同じものとなる。
【0037】
上記の数9における位置の関数を、船体中心とUEPセンサとの相対位置の計測データを基に算出する(ST4)。次に、最小二乗法の行列式を作成する(ST5)。
【0038】
行列式は、
【数10】

となり、これを解くことにより、各種調和関数展開法の展開係数Dtが算出される(ST6)。なお、ここでは最適パラメータ探索法に最小二乗法を使用した場合の一例を示しているが、ST5は、遺伝的アルゴリズム(GA:Genetic Algorithms)や最急降下法、焼き鈍し法(SA)等の他の公知の最適パラメータ探索法を使用しても展開係数Dtを算出することができる。
【0039】
次に、推定面又は推定線を設定して(ST7)、推定面又は推定線上の各設定点jにおける位置の関数を算出する(ST8)。
【0040】
各設定点jにおけるUEPを
【数11】

により算出する(ST9)。
【0041】
本実施の形態によれば、船体の周辺UEP計測データ及び船体とUEPセンサの相対位置さえ取得できれば、複雑な船体の電極配置や電流値、海水等の導電率を決めることなく、誰でも簡単にかつ短時間に任意の位置におけるUEPを推定計算できる。また原点に配置される電気モーメントの大きさから、船体全体の電流発生源の大きさを定量的に把握できる。更に船体の電気モーメントを打ち消すような電流を強制的に通電することにより、船体の周辺UEPを打ち消すといった応用も可能となる。
【0042】
以上、実施の形態を例に本発明を説明したが、実施の形態の各構成要素や各処理プロセスには請求項に記載の範囲で種々の変形が可能であることは当業者に理解されるところである。
【符号の説明】
【0043】
5 船体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の発生するUEP(Underwater Electric Potential)を計算する方法であって、
船体外部のUEPセンサにより計測した前記船体の周辺UEP、及び前記船体と前記UEPセンサとの相対位置を基に、前記船体の電気モーメントに対応する、所定の調和関数展開法における前記船体の周辺UEPの計算式の各展開係数を、最適パラメータ探索法により算出するステップと、
算出した各展開係数を基に、任意に設定した推定面又は推定線における、前記船体の電気モーメントによる前記船体の周辺UEPを推定計算するステップとを有する、船体の周辺UEP計算方法。
【請求項2】
前記UEPセンサは、互いに直交するX,Y,Z方向の少なくともいずれかにおける2点間の電位差をUEPとして計測するものである、請求項1記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項3】
前記所定の調和関数展開法における前記計算式は、前記船体の周辺UEPを任意の2点間の電位差として表したものである、請求項1又は2記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項4】
前記所定の調和関数展開法における前記計算式は、前記船体の周辺UEPを任意の2点間の電界の積分として表したものである、請求項1又は2記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項5】
前記所定の調和関数展開法が長球調和関数展開法である、請求項1から4のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項6】
前記所定の調和関数展開法が偏球調和関数展開法である、請求項1から4のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項7】
前記所定の調和関数展開法が球調和関数展開法である、請求項1から4のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項8】
前記最適パラメータ探索法が最小二乗法である請求項1から7のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項9】
前記最適パラメータ探索法が遺伝的アルゴリズムである請求項1から7のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項10】
前記最適パラメータ探索法が最急降下法である請求項1から7のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。
【請求項11】
前記最適パラメータ探索法が焼き鈍し法である請求項1から7のいずれか記載の船体の周辺UEP計算方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−18038(P2012−18038A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154647(P2010−154647)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)
【Fターム(参考)】