説明

茎疫病の発病抑制方法

【課題】ダイズ又はアズキの茎疫病の発病を抑制する方法を提供する。
【解決手段】茎疫病に感染したダイズ又はアズキの株元に、カルシウム濃度が0.4mM以上の水溶液を灌水処理する。水溶性のカルシウム塩としては、塩化カルシウム、硝酸カルシウムなどの無機酸カルシウム、蟻酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウムなどの有機酸カルシウムが例示される。水溶性のカルシウム塩は1種類を用いても複数種類を併用してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、茎疫病の発病抑制技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズ茎疫病は病原菌ファイトフィソラ ソージャ(Phytophthora sojae)によって引き起こされる土壌伝染性の難防除病害で、近年では全国の水田転換畑や不耕起栽培地域を中心に発生が増加傾向にある。茎疫病に罹病した株は枯死して収穫不能となるため、被害額は黒大豆だけでも6.8億円(兵庫県)といわれている。そのため、ダイズ茎疫病の防除技術
が求められている。
【0003】
そうした中で、カルシウムが茎疫病に効果があることが、Journal of Phytopathology 153,536-543(2005)に報告されている。
【非特許文献1】Journal of Phytopathology 153,536-543(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に開示されているとおりカルシウムが茎疫病に効果があることは知られるものの、カルシウムの施用方法、施用時期、好適なカルシウム資材などに関して具体的な提示はなされていない。特に、感染後の対策については農家が実施できるほどに具体化されてはいなかった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1記載の茎疫病の発病抑制方法は、ダイズ又はアズキに、カルシウム濃度が0.4mM以上の水溶液を灌水処理することを特徴とする。
ダイズ又はアズキに灌水処理する水溶液のカルシウム濃度は、0.4mM以上であれば本発明の目的すなわち茎疫病の発病を抑制できる。
【0006】
なお、灌水処理の効果(茎疫病の発病抑制効果)はカルシウム濃度が高濃度である方が良好になるが、ある程度以上になると更に高濃度にしても効果に変わりがないし、カルシウム資材によっては薬害を生じるおそれがあるので、20mM以下、より実用的には10mM以上、15mM以下が好ましい。
【0007】
水溶液中のカルシウムは、例えば2成分の反応にて生成させてもよいが、請求項2記載のように前記カルシウムは水溶性のカルシウム塩に由来する構成、すなわち水溶液のカルシウム源を水溶性のカルシウム塩にするとよい。
【0008】
水溶性のカルシウム塩としては、塩化カルシウム、硝酸カルシウムなどの無機酸カルシウム、蟻酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウムなどの有機酸カルシウムが例示される。水溶性のカルシウム塩は1種類を用いても複数種類を併用してもよい。
【0009】
但し、水溶液にしたときのpHが中性〜弱酸性であることが植物にとって好ましいので、この条件を考慮すると請求項3記載の有機酸カルシウムが優れている。そうした有機酸カルシウムの中でもカルボン酸カルシウムが好ましく、特に蟻酸カルシウムは水溶液(10%溶液)のpH値がほぼ7で、例えば500〜10000倍程度に希釈して用いれば事実上中性と言えるのできわめて好適である。
【0010】
灌水処理はカルシウムを植物体(ダイズ又はアズキ)に取り込ませるための処理である
から、例えば株元に灌水して根から吸収させればよいし、葉面などに散布して吸収させてもよい。
【0011】
そうした灌水処理は、例えば1回だけでは十分な効果を期待できないので、複数回の灌水処理を行うのが望ましい。また複数回の灌水処理を行うとしても、その間隔が開きすぎては十分な効果を期待できないので、例えば2〜3日おき程度で3回以上行うのが望ましい。
【0012】
また、灌水処理は感染が発見されたならできるだけ早期に行うのが好ましく、或いは感染前(発見前に)に予防的に行ってもよい。予防的に行う場合、初生葉確認後から定植まで実施するのが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
次に、本発明の実施例等により発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は下記の実施例等に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲でさまざまに実施できることは言うまでもない。
[実施例]
(1)カルシウム資材
本実施例ではカルシウム源として蟻酸カルシウムを使用した。蟻酸カルシウムを希釈して水溶液を調製した場合、そのカルシウム濃度(mM)と希釈倍率との関係は表1に示す通りである。
【0014】
【表1】

【0015】
(2)土壌施用試験(含菌培地接種法)
試験方法:プラスティックセルトレイにバーミュキュライトを入れ、大豆(丹波黒)を播種した。播種後7日目に予め調製しておいた蟻酸カルシウムの水溶液(カルシウム濃度は
0.4mM,10mM、無処理区は0mM)にて、下記の1区〜5区にて1週間湛水条件
下においた。菌はレースE(兵庫)を使用し、接種方法は含菌培地接種法とした。
1区.蒸留水でダイズを育て、菌を接種後、そのまま放置。
2区.蒸留水でダイズを育て、菌を接種後1日目に10mMの蟻酸カルシウム処理。
3区.0.4mMの蟻酸カルシウムでダイズを育て、菌を接種後、そのまま放置。
4区.0.4mMの蟻酸カルシウムでダイズを育て、菌を接種後1日目に10mMの蟻酸カルシウム処理。
5区.10mMの蟻酸カルシウムでダイズを育てた。
結果:表2の通りとなった。すなわち、接種20日目の発病株率は、無処理区(1区)93.3%に対して、2区(蒸留水+蟻酸カルシウム10mM処理区)62%、3区(蟻酸カルシウム0.4mM処理区)19%、4区(蟻酸カルシウム0.4mM+蟻酸カルシウム10mM処理区)10%、5区(蟻酸カルシウム10mM処理区)5%であった。
【0016】
以上の結果から、菌接種後1日以内においてもカルシウムを含んだ水溶液を処理することで、茎疫病に対する抵抗性増強効果が確認できた。ただし、菌接種前に充分なカルシウ
ムを施用していない場合(2区)では、カルシウム追肥の発病抑制効果は低くなった。
【0017】
【表2】

【0018】
(3)ポット試験
試験方法:市販のポットに田土を入れ、大豆を播種した。8月上旬から9月上旬にかけて茎疫病が自然発生した後、直ちに、感染部位近くに15mMの蟻酸カルシウムの水溶液1リットルを2日起きに3回灌水した。
結果:無処理区では発病後2週間までに完全枯死したが、蟻酸カルシウム処理区では菌感染部分である褐色部分の進展が遅延され、子実収量は健全株に比べて少ないものの最終的な収穫が可能であった。以上のことから、カルシウムの茎疫病に対する抵抗性増強は、菌感染前のペクチン酸との結合による細胞壁の強化だけでなく、感染後でも植物体内での菌の増殖や移行の制御にも何らかのメカニズムで関わっていると考えられる。
(4)
以上のように、カルシウムの茎疫病に対する抵抗性増強には、1)菌感染前のペクチン酸との結合による細胞壁の強化だけでなく、2)感染後ではカルシウムイオンまたは水溶性カルシウムによる植物体内でのシグナル伝達、菌の増殖や移行の制御が関わっていると考えられ、感染後におけるカルシウム水溶液の灌水は茎疫病の発病抑制に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイズ又はアズキに、カルシウム濃度が0.4mM以上の水溶液を灌水処理することを特徴とする
茎疫病の発病抑制方法。
【請求項2】
前記カルシウムは水溶性のカルシウム塩に由来する
ことを特徴とする請求項1記載の茎疫病の発病抑制方法。
【請求項3】
前記水溶性のカルシウム塩は有機酸カルシウムである
ことを特徴とする請求項2記載の茎疫病の発病抑制方法。

【公開番号】特開2010−65005(P2010−65005A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−235039(P2008−235039)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(000167897)晃栄化学工業株式会社 (11)
【Fターム(参考)】