説明

落書き消去用塗装仕上げ方法

【課題】落書きされた場合、アルカリ洗剤を使って洗浄、除去できる塗膜を備えた落書き消去用塗装仕上げ方法を提供する。
【解決手段】中和された皮膜形成性アニオン性アクリル樹脂を水性媒体に溶解または分散してなる塗料で、基材の表面に凹凸を有する粗面塗装し、乾燥して塗膜を形成し、その上に落書きされた時アルカリ洗剤を用いて塗膜を洗い流すことによって落書きを消去できるようにしたことを特徴とする落書き消去用塗装仕上げ方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、落書き消去用塗装仕上げ方法、詳しくは無塗装または塗装された既存の構造物に、上塗りを施し、その上に落書きされた時洗浄によって消去することができる塗装仕上げ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特に都市部において、建造物等に対する落書きが景観上社会問題となっている。これらの落書きはエアゾールラッカー、油性マジックインク等によってなされることが多く、洗剤を使用した洗浄や、有機溶剤を含ませた布等によるワイピングではきれいに消去することは困難である。そのため落書きれた塗装面を研摩した後、または研摩することなく再塗装することが行われている。再塗装は局所的でなく全面に行なわなければならないので手間と費用がかさむばかりでなく、元の塗装仕上げを復元できないことが多い。
【0003】
これと違って塗膜を構成する樹脂成分にフッ素樹脂やシリコーン樹脂を使用し、落書きが付着困難とする方法もある。例えば〔特許文献1〕参照。しかしながらこのような塗膜でも落書きに使用した塗料やインクの付着防止は万全ではなく、塗料やインクと同系の溶剤を使用して拭き取ろうとするとかえって汚れを広げることがある。
【0004】
さらに塗装面の落書きを除去する方法として、可剥離性塗料を用いる方法がある。その一つは基材の表面にプライマー層を介して撥水性を有する溶剤縮合型シリコーン樹脂塗料を塗装して難接着性の表面層を形成し、平常はこの表面層を露出させて置く。表面層に落書きを受けれた時にその上に可剥離性塗料を塗装し、その塗膜に落書きを転写して可剥離性塗膜と共に剥ぎ取る方法である。〔特許文献2〕参照。他の方法は可剥離性塗膜を表面層として常時露出させて置き、その上に落書きを受けた時落書きごと可剥離性塗膜を剥ぎ取る方法である。〔特許文献3〕参照。これらの方法に共通する欠点は、可剥離性塗膜を膜として一様に剥ぎ取ることが困難であり、特にシャッターのような溝のある、またはエンボス模様のある被塗物等の平坦でない表面からの剥離は一層困難である。
【0005】
木材、タイル、石材、メッキ鋼板のような塗装されていない基材も落書きの被害を受ける。この場合も落書きの除去は同様に容易でない。落書き対策ではないが、フローリング基材の汚れ、マーキング、引掻き傷等を防止するためのアルカリ洗剤によって容易に除去することができる犠牲コーティングと呼ばれるフロアポリッシュが知られている。〔特許文献4〕参照。この文献で指摘されているように、フローリングの犠牲コーティングにおいては、アグレッシブな耐クリーニング性と長期間除去性とは両立し難い。
【0006】
【特許文献1】特開2004−210975号公報
【特許文献2】特開平11−131022号公報
【特許文献3】特開2006−160867号公報
【特許文献4】米国特許第5676741号明細書
【0007】
本発明の課題は、これらの先行技術の欠点を除去ないし緩和することができる落書き消去用塗装仕上げ方法を提供することである。
【発明の開示】
【0008】
本発明による落書き消去用塗装は、原理的には床の犠牲コーティングに似ており、塗膜に落書きされた場合、アルカリ洗剤を使用して洗い流し、落書きを消去する。しかしながら床用犠牲コーティングの原理を利用して落書きから保護しようとする物体にアルカリ可溶性樹脂をビヒクルとして含む塗料を塗装し、落書きされた場合その塗膜をアルカリ洗剤を使用して洗浄除去しようとしても、下地を傷付けることなく完全に落書きを消去するのは困難であることがわかった。フロアポリッシュの場合は美観上光沢が重要であるため塗装面は平滑仕上げである。本発明は落書き消去用塗膜を凹凸のある粗面仕上げとすることにより、塗膜の洗浄除去を容易化する。
【0009】
そのため本発明は、落書きの対象となる構造物に塗装し、落書きされた時塗膜そのものをアルカリ洗剤を使った洗浄により除去できる塗装仕上げ方法を提供する。この目的に使用する塗料は、アルカリ領域において選択的に水溶性のアクリル樹脂をビヒクル成分とする塗料である。本発明によれば、この塗料を粗面仕上げに被塗物に塗装する。粗面仕上げとすることにより、落書き部分の塗膜の洗浄除去が一層容易化される。
【0010】
粗面仕上げは、塗装技術分野でよく知られているように、砂骨ローラー(スポンジローラーともいう。)またはウーローラーや高粘度ガン、ゾラコートガン、リシンガンなどを使用して達成することができる。ここでいう粗面とは、汎用の塗装用具を用いて塗装された塗膜が目視によって確認できる凹凸を持っていることを意味する。そのような目視肌を持っている塗膜は粗目の砂骨ローラーまたは毛足長さが5mm以上のウーローラーを用いて容易に形成することができる。
【0011】
ビヒクル樹脂は、カルボキシル基のようなアニオン基を持っているアニオン性アクリル樹脂である。塗料はアンモニアのような揮発性塩基で中和して水性媒体に溶解または分散して得られる。塗装後乾燥すると揮発性塩基が揮散し、耐水性、耐酸性、耐候性の塗膜を形成する。この塗膜はアルカリ可溶であるため、アルカリ洗剤を使用してスポンジ、ブラシ、ナイロンたわしなどで擦ることによって除去することができる。
【0012】
粗面仕上げによる落書き消去が容易化される原理を図1,2のモデル図を用いて説明する。図1に示すように、落書きされた粗面塗膜は、アルカリ洗剤と研摩具の使用によって最初凸部から欠落する。しかし凹部の落書きは除去されずに残る。しかしながら時間の経過とともに欠落した凸部からアルカリ洗剤が残っている塗膜全体に進入し、水溶化されるので、引続く研摩によって基材が露出するまで完全に除去される。
【0013】
これに対し平滑仕上げの場合は、図2に示すように研摩によって欠落する落書き部分は僅かであり、アルカリ洗剤が塗膜全体に進入せず、全体の水溶化が困難である。強いて除去しようとして強く研摩すると基材を傷付けることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
選択的にアルカリに可溶なアクリル樹脂は、塗料の分野では良く知られており、実際に水系塗料などに広く使用されている。このアクリル樹脂は、基本的にはカルボキシル基のようなアニオン基を持っている酸性モノマーと、(メタ)アクリル酸エステルのような中性モノマーとの共重合体である。特開平5−239382号公報は、中和したアクリル系分散性重合体と、乾性油で変性した低分子量アクリル樹脂との混合物を含有する水性エアゾール塗料を開示しており、その中で中和されていないアニオン性アクリル系樹脂が固形分36%の水分散液としてローム、アンド、ハース社からアクリゾルWS−24の商標名で市販されていることが記載されている。同様なアルカリ可溶性アニオン性アクリル樹脂は化粧品原料として、および医薬品錠剤の腸溶性コーティングフィルムにも使用されている。
【0015】
また、アンモニアなどで中和したアニオン性アクリル樹脂の溶液は、ウォーターゾールS−745,S−7071Mの商品名で大日本インキ化学工業(株)から、中和していないアニオン性アクリル樹脂エマルジョンは、プライマル646、E−1531Bなどの商品名でローム、アンド、ハース、ジャパン(株)から、中和しまたは中和しないアニオン性アクリル樹脂のエタノール溶液は整髪剤原料としてプラスサイズL−53およびL−53Pの商品名で互応化学工業(株)から市販されている。本発明においてはこれら市販の溶液またはエマルジョンを使用するのが便利である。
【0016】
本発明はアルカリ可溶性アニオン性アクリル樹脂そのものに関するものではなく、またこれらの樹脂は当業者によく知られ、かつ市場で容易に入手可能であるから、この樹脂に関するこれ以上の説明は不要であろう。
【0017】
本発明に用いる上塗り塗料は、市販のアニオン性アクリル樹脂の溶液またはエマルジョンから調整することができる。もし樹脂が中和されていなければ揮発性の塩基を用いて中和し、水溶性とすることができる。中和剤も塗料分野でよく知られており、アンモニア、N−メチルエタールアミン、モノ−,ジ−およびトリエタールアミンなどである。アンモニア水が好ましい。
【0018】
塗料は中和したアニオン性アクリル樹脂の溶液またはエマルジョンを塗装に適した固形分へ水で希釈して調製される。必要に応じ水混和性の有機溶剤,例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコールおよびそのモノアルキルエーテルなどを水と併用しても良い。塗料は、顔料、タルク、炭酸カルシウム、紫外線吸収剤、光安定剤、レベリング剤、防腐剤のような慣用の添加剤を含んでも良い。超微末シリカ、CMC、HEC、アルカリ増粘型増粘剤、ウレタン会合型増粘剤、粉末セルローズ、粉末ゴムチップなどのような増粘剤および/またはチキソトロピック剤を添加した塗料は、砂骨ローラー、ウーローラーやゾラコートガン、リシンガンなどによって粗面を形成し易い。
【0019】
本発明によれば、既存の構造物の表面にこの塗料を粗面塗装し、常温で乾燥させてアルカリ可溶性アクリル樹脂の塗膜を形成する。塗膜の乾燥膜厚は、その上に落書きされたとき下地の塗装層まで落書きが付着しない厚みであればよい。しかしながらあまり厚い膜厚は上塗り塗膜の溶解除去に時間がかかるので、一般に100μmまでで十分であろう。
【0020】
中和剤、水および使用した有機溶剤の揮散によって形成されたアニオン性アクリル樹脂の塗膜は、耐水性・耐酸性であり、アクリル樹脂の特性として耐候性をも備えている。しかしながらアルカリ性洗剤と、スポンジ、ブラシ、ナイロンたわしなどの摩擦具を使用して水洗することにより溶かし流すことができる。アルカリ洗剤は、家庭で食器や調理器具、風呂場、窓ガラスの汚れを除去するのに使用する液体洗剤でよい。流い落とした部分を局所的に同じ塗料で補修塗装しても補修部分は目立たない。その代りに塗膜の全面を洗い流し、再塗装しても良い。
【0021】
本発明方法は、壁、塀、シャッター、歩道橋、橋脚、ガードレール、門扉、車輌、看板、標識等の塗装された構造物の上塗りとして、および石塔、石碑、木造建造物、ほうろう、電柱、タイル壁などの塗装されていない構造物にも施こすことができる。また、これらの構造物が落書きのみならず、媒煙、排気ガス、貼紙などによって汚染された場合にこれを除去するために使用することができる。
【実施例】
【0022】
以下の実施例は例証目的であって限定ではない。実施例中すべての部および%は重量基準による。
【0023】
1.材料:
アルカリ可溶性樹脂A:ウォーターゾールS745、大日本インキ化学工業(株)製水溶性アクリル樹脂、樹脂酸価84、不揮発分45%
アルカリ可溶性樹脂B:ウォーターゾールS−7071M、大日本インキ化学工業(株)製水溶性アクリル樹脂、樹脂酸価86、不揮発分45%
アルカリ可溶性樹脂C:プライマルE−1531、ローム、アンド、ハース、ジャパン(株)製アクリルエマルション、樹脂酸価60、不揮発分40%
アルカリ可溶性樹脂D:プラスサイズL−53、互応化学工業(株)製アルカリ可溶性アクリル樹脂溶液、樹脂酸価67、不揮発分51%
保存剤:ケーソンCG/IPC(1.5%)、ローム、アンド、ハース、ジャパン(株)製
可塑剤:トリブトキシホスフェート、大八化学(株)製
濡れ改良剤:FC129(1%)、住友3M(株)製
チキソトロピック剤:アエロジル972、デグサジャパン(株)製超微粉シリカ
増粘剤:KCフロックW50S、日本製紙ケミカル(株)製粉末セルロース
【0024】
2.塗料の調製
表1に示した処方で材料を調合し、塗料を製造した。
【0025】
【表1】

【0026】
3.試験用塗板の作成
磨き鋼板に2液アクリルウレタン塗料(イサム塗料(株)製ハイアート3000ホワイト)を塗装し、60℃×30分加熱乾燥した。塗装面を左部分、中央部分、右部分に3分割し、左部分をブランクとして残し、各実施例のアクリル系水性塗料を中央部分には砂骨ローラーを使って乾燥膜厚約60μmの目視肌粗面塗装し、右部分には同じ塗料を目視肌平滑面に同じ膜厚に塗装し、7時間乾燥させた。
【0027】
4.試験項目
(1)外観:JIS K5600−1−1に従って判定する。
○:外観良好;×:外観不良
(2)乾燥性:JIS K5653−6−7に従って硬化乾燥に至るまでの時間を測定した。
○:≦6時間;×:>6時間
(3)耐水性:JIS K5600−6−11により、塗膜を水道水に10日間浸漬し、ふくれ、剥離などの異常の有無を観察した。
○:異常なし;×:異常あり
(4)耐候性:JIS K5653−7−7により、塗板をキセノンランプウエザーメータにおいて500時間照射し、変色、塗膜劣化などの有無を観察した。
○:異常なし;×:異常あり
(5)落書き除去性:
JIS−K−5663の耐洗浄性に準じて落書き除去性を試験した。ただし、試験機のブラシの代りにナイロンタワシ(3M社製スコッチブライトナイロンタワシ)を用い、石鹸水の代りに家庭用アルカリ洗剤(花王(株)製マジックリン原液)を使用した。耐洗浄性試験は、エマルションペイント、水性塗料などの塗膜の汚れを除くため洗浄したとき、塗膜が摩耗、損傷されにくい性質を試験するものであるが、これを上のように変更して落書き除去性試験に適用した。
(5−1)一次落書き除去性:
7日間乾燥させた各塗板に市販エアラッカーで落書きを行い、上の落書き除去性をテストした。
(5−2)二次落書き除去性:
上の耐候性試験と同様に、キセノンウエザーメーターにおいて500時間照射した塗膜について一次落書き除去性と同じ試験を行った。落書きが完全に除去されるまでの往復回数をもって落書き除去性とした。
○:100回未満;△:100回以上500回未満;
×:500回以上
(6)結果
表2に結果を示す。
【0028】
【表2】

【0029】
図3〜7は落書き除去性試験を行った実施例1の塗膜の写真である。中央の粗面部分の落書きは50回往復で除去され始め、100往復以上で完全に除去された。無塗装の左部分の落書きは1000往復でも殆ど除去されず、右部分の平滑塗装部分の落書きは500往復では完全に除去されず、1000往復で完全に除去された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の原理の模式図。
【図2】図1と同様な平滑塗膜の落書き除去原理の模式図。
【図3】落書き除去性試験を行った塗膜の写真。塗板の左部分、中央部分、右部分はそれぞれ落書きを行った無塗装部分、粗面塗装部分、平滑塗装部分である。
【図4】落書き除去性試験を行った塗膜の写真。塗板の左部分、中央部分、右部分はそれぞれ落書きを行った無塗装部分、粗面塗装部分、平滑塗装部分である。
【図5】落書き除去性試験を行った塗膜の写真。塗板の左部分、中央部分、右部分はそれぞれ落書きを行った無塗装部分、粗面塗装部分、平滑塗装部分である。
【図6】落書き除去性試験を行った塗膜の写真。塗板の左部分、中央部分、右部分はそれぞれ落書きを行った無塗装部分、粗面塗装部分、平滑塗装部分である。
【図7】落書き除去性試験を行った塗膜の写真。塗板の左部分、中央部分、右部分はそれぞれ落書きを行った無塗装部分、粗面塗装部分、平滑塗装部分である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中和された皮膜形成性アニオン性アクリル樹脂を水性媒体に溶解または分散してなる塗料で、基材の表面に凹凸を有する粗面になるように塗装し、乾燥して塗膜を形成し、その上に落書きされた時アルカリ洗剤を用いて塗膜を洗い流すことによって落書きを消去できるようにしたことを特徴とする落書き消去用塗装仕上げ方法。
【請求項2】
塗料はチキソトロピー性である請求項1の方法。
【請求項3】
塗料を砂骨ローラーまたはウーローラーまたはスプレーガンを用いて粗面塗装する請求項1または2の方法。
【請求項4】
塗膜の除去によって露出した基材を同じ塗料を再塗装することを含む請求項1ないし3のいずれかの方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−183520(P2008−183520A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−19642(P2007−19642)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(591242405)イサム塗料株式会社 (6)
【Fターム(参考)】