説明

蒸留酒、みりんおよびその製造方法

【課題】バニリンの香味に富む蒸留酒およびみりんを、短期間でかつ簡便に製造する。
【解決手段】麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹および/または、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、4−ビニルグアヤコールを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸活性を有する酵母を用いて酵母発酵を行わせた後に蒸留して、6mg/l以上のバニリンを含有する蒸留酒を得る。また、前記蒸留酒をみりんに仕込むことにより、バニリンを豊富に含有するみりんを得る。
【効果】高温高圧処理等の特殊な処理を必要とすることなく、バニラ香豊かな蒸留酒およびみりんを短期間で得ることができる。本発明の蒸留酒およびみりんは、バニリンの特徴的な甘い芳香により、飲食・調理の際に甘味を感じる度合を高める効果を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バニリンの香味に富む蒸留酒およびみりん、ならびに、それらの短期間かつ簡便な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、新たな官能特性を有する酒類を提供するためのアプローチとして、バニリンを高濃度で含有する酒類の製造に関するいくつかの技術が知られている。バニリンは、バニラの香りを有し、バニリンを多く含む酒類は、アイスクリームやケーキのような特徴的な甘い香りを有することが期待される。そのような特徴を有する酒類は、そのまま飲む際にも、あるいは他の素材と混合してカクテルベースや製菓材料として、また、調味料のひとつとして、さらに各種飲料や調味料等のベース原料として、付加価値の高いものである。
【0003】
例えば、焼酎の製造において、糖質原料を用いてアルコール発酵を行う際に、該糖質原料に対して240〜600%(w/w)の仕込水を使用し、また、所定の活性測定法で測定した際に、バニリンの前駆物質である4−ビニルグアヤコール(4−VG)を1.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸活性を有するある種の酵母を用いてアルコール発酵を行わせた後に、得られる発酵液を減圧蒸留する方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。この方法を用いることにより、焼酎中のバニリン濃度を一定量まで高めることができる。
【0004】
しかし、上述の方法で達成される焼酎中の4−VG濃度は最大で24.0mg/lに留まる。最終的に得られる焼酎中のバニリンの濃度に関する記載はないが、出願人が確認したところでは、特徴的なバニラ香を十分に楽しめる焼酎を得るという目的からは、この方法には未だ改善の余地があることがわかっている。
【0005】
また、4−VGを含有する酒類をオゾンと接触させることにより、4−VGを効率よくバニリンに変換する方法も知られている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、前記の文献によれば、達成される酒類中のバニリン濃度は、最高でも4.2mg/lに留まり、特徴的なバニラ香を十分に楽しめる蒸留酒を得るという目的からは、この方法でもやはり十分とはいえないことがわかっている。
【0006】
他方、バニリンやp−クマル酸、フェルラ酸等の低分子フェノール化合物が植物中のリグニンから分解されて生じることに着目し、麦芽やイネ種子、タケ、茶葉等の木質原料を、低酸素条件下、温度140〜150℃、圧力0.1〜100MPaで高温高圧処理することにより、これらの低分子フェノール化合物を生じせしめ、酒類中のバニリン含有量を高める方法が知られている(例えば、特許文献3参照。)。この方法は、通常の条件では分解されにくく、原料として利用しにくい木質原料からバニリン等を積極的に抽出するという着眼において興味深いが、上述の通り、その実施には、高温高圧に耐えられる特殊な装置を必要とし、かつ、脱酸素工程も必要とされるため、従来の蒸留酒の製造工程をそのまま用いて簡便に行える方法とは言いがたい。
【0007】
また、現在の酒税法において、焼酎に対しこのような成分を混和することは認められていない。また、焼酎またはアルコールを加えて製造されるみりんについても、製法上の制約から、この方法でバニリン含量を高めるのは困難である。また、焼酎もろみの穀類原料としてこのような木質原料を仕込んだ場合においても、バニリンの沸点(275℃)を考慮すれば、通常の蒸留操作を経て得られる焼酎中にバニリンはほとんど移行しないと考えられる。
【0008】
なお、木質原料のリグニンに由来する低分子フェノール化合物の生成は、必ずしも高温高圧処理に供さない条件下でも徐々には進行することは古くから知られている。例えば、ウイスキーの場合、オーク樽の中で酒を長年貯蔵する間に、樽に由来する低分子フェノール化合物が徐々に酒の中に溶け込んでいき、その結果、熟成期間が長くなるにつれて、ウイスキー中のバニリン量が徐々に増加する傾向がある。同様に、長期熟成の泡盛の一部においても、バニラ香を有するものがみられる。
しかしながら、このような熟成のみによる従来の方法で増加するバニリンの量は、特徴的なバニラ香を十分に楽しめる蒸留酒を得るという目的からは到底十分とはいえず、また、一定のバニリン濃度を達成するために要する熟成期間は非常に長い。さらに、それだけの熟成期間を経る間には、バニラ香のみならず、樽等の木質原料に由来する各種の成分、例えば着色成分や、バニラ香以外の香気成分も各種多量に溶け込んでしまうため、そのような酒類はいわゆる長期熟成された風味を呈するが、「バニラ香に富む新たな官能特性を有する酒類」とはいいがたいものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3563274号公報
【特許文献2】特開2003−135051号公報
【特許文献3】国際公開第04/039936号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、高温高圧処理等の特殊な処理や装置を必要とせずに、バニリンの香味に富む焼酎等の蒸留酒およびみりんを、短期間かつ簡便に製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、麦類の皮、ふすま、糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹および/または、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、4−VGを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸活性を有する酵母を用いて酵母発酵を行わせた後に蒸留すること、さらに、所望により、オゾン処理を組み合わせることによって、6mg/l以上のバニリンを含有し、バニラ香に非常に富む蒸留酒が得られることを知った。また、このような蒸留酒を仕込んでみりんを製造することにより、バニリンを豊富に含有し、調理中および調理品を食べた際に十分にバニリンの香味を楽しめるみりんが得られることを知り、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、以下に関する。
(1)6mg/l以上のバニリンを含有する蒸留酒。
(2)麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料を酵母を用いて発酵させた後に蒸留して得られる上記(1)記載の蒸留酒。
(3)麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、さらに、4−ビニルグアヤコールを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸酵素活性を有する酵母を用いて発酵を行わせた後に蒸留して得られる上記(1)記載の蒸留酒。
(4)酵母を用いて発酵を行わせた後に、さらにオゾン処理を行うことを特徴とする上記(2)〜(3)記載の蒸留酒。
(5)みりんもろみの調製において、上記(1)〜(4)記載の蒸留酒を用いることを特徴とするみりん。
(6)麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、さらに、4−ビニルグアヤコールを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸酵素活性を有する酵母を用いて発酵を行わせた後に蒸留することを特徴とする蒸留酒の製造方法。
(7)酵母を用いて発酵を行わせた後に、さらにオゾン処理を行うことを特徴とする上記(6)記載の蒸留酒の製造方法。
(8)みりんもろみの調製において、上記(6)〜(7)記載の方法により製造した蒸留酒を用いることを特徴とするみりんの製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】減圧蒸留工程を用いて得られた本発明の焼酎をオゾン処理に供した際の、オゾン処理時間と焼酎中の4−VGおよびバニリン濃度の関係を示す図である。
【図2】常圧蒸留工程を用いて得られた本発明の焼酎をオゾン処理に供した際の、オゾン処理時間と焼酎中の4−VGおよびバニリン濃度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(蒸留酒、みりん)
本発明の「蒸留酒」とは、例えばウイスキー、ブランデー、焼酎などを含む。蒸留酒は、清酒、ビール、ブドウ酒、老酒などの酒類(醸造酒)を蒸留して得られる酒類である。例えば、ウイスキーは、大麦麦芽等の原料をアルコール発酵させた後、蒸留し、樫樽で長期熟成、例えば3年以上熟成することにより製造される。焼酎は、穀類や芋類の原料を麹菌で消化し、アルコール発酵させた後、蒸留し、熟成工程を経て製造される。焼酎の一種の「泡盛」では、カメの中に密封されて長期にわたり貯蔵され、熟成されるものもある。
本発明の「みりん」とは、アルコール(エチルアルコールや酒精ともいう)の存在下で、精白米を米麹の酵素系で糖化を行い、長時間にわたり熟成を行い、その後、圧搾、滓引き、火入れをして製造される酒類である。
【0015】
(糖質原料)
本発明の蒸留酒の製造方法は、麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1種以上を含む「糖質原料」を用いることを特徴とする。具体的には、大麦外皮、小麦ふすま、ライ麦外皮、米糠等より選択される1種以上を用いることを特徴とする。特に好ましいものとしては、小麦ふすまが挙げられる。
【0016】
通常の焼酎の製造方法においては、「糖質原料」は、うるち米、屑米、砕米、小粒硬質米、破砕米、米粉、糠などの米類、大麦、裸麦などの麦類、および玉蜀黍などを用いることがほとんどである。これらは、精白、未精白のものが任意に用いられるが、いずれの場合も、発酵源となる「糖質」に富む原料を用いるのが通常である。精白度の低い糖質原料を用いた際に若干の「皮、ふすま、糠」等のいわゆる「穀類表層部位」が混入することはあっても、「皮、ふすま、糠」それ自体を発酵原料の主たる素材として用いるという製造方法は通常的ではない。これらの「皮、ふすま、糠」が多く含まれる原料で通常の発酵を行った場合、このような原料から製造されるもろみ中にはアミノ酸等の成分を多く含み、得られる焼酎は複雑味の多い焼酎となる傾向を有する。従って、特に酒質が淡麗化の傾向にある昨今では、このような素材を積極的に原料中に用いることはほとんどなく、過去に遡っても、「皮、ふすま、糠」を主要な原料として仕込む酒類の例はみられず、それらは使用されない不要部位であるというのが通常的な認識である。
【0017】
本発明の蒸留酒の製造方法は、このように通常は利用されることの少ない原料を用い、所定の酵素処理と、所定の発酵性能を有する酵母による発酵を行わせ、さらに蒸留等の所定の工程を経て、最終的に得られる蒸留酒中のバニリン濃度を非常に高めることを可能にしている。すなわち、通常は利用価値の低い安価な原料を活用し、付加価値の高い蒸留酒を提供することが可能となる。しかも、こうした材料を活用する手段として、高温高圧処理等の特殊な条件を必要としないため、従来の製造方法の中で本発明を実施することが可能であるという利点を有する。
これらの糖質原料を、常法により水洗い、水浸漬、水切り、加熱変性(蒸煮、蒸きょうなど)、放冷などの原料処理に供する。通常は利用されにくい糖質原料を用いるという点で、水浸漬、蒸煮、放冷条件等の最適条件は、従来の糖質原料を用いる場合の条件とは異なる場合があるが、これらはそれぞれ、目的とするバニリン濃度を達成するために最適化すればよい。糖質原料の選抜や、裁断、粉砕条件等についても、より高いバニリン濃度を達成するために最適化することができる。「皮、ふすま、糠」等の「穀類表層部位」は、水中に懸濁した後、酵素と接触することによりリグニン中のフェノール化合物が遊離するため、細かく粉砕されていることがより好ましい。例えば、市販の炒り糠や飼料用ふすまの大きさ程度であれば、十分にリグニン中のフェノール化合物を遊離させることができる。
【0018】
(種麹の接種と麹の製造)
必要により、このように原料処理した糖質原料に種麹を接種し、麹を製造する。例えば、焼酎製造に用いられる公知の種麹を用いることができる。具体的には、白麹菌、Aspergillus kawachii、Aspergillus oryzae、Aspergillus awamori等の種麹を用いることができる。この種麹を原料処理済みの糖質原料へと接種混合し、公知の製麹条件、例えば30〜45℃の製麹適温にて40〜45時間、製麹管理を行い、麹を得ればよい。麹は各種の酵素活性を有し、麹の作用により、バニリンの前駆物質であるフェルラ酸を含む糖質原料中の各種成分が良好に分解・変換されて、最終的な蒸留酒中に効率よく含まれることとなる。
【0019】
(酵素剤の添加による酵素処理)
本発明の蒸留酒の製造方法においては、上述の種麹の接種を行う代わりに、あるいは、種麹の接種と併せて、糖質原料の発酵を助ける目的で、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素剤を添加し、作用させてもよい。いずれの場合でも、麹中、あるいは酵素剤に含まれる酵素活性によって、糖質原料中の各種成分が抽出・分解・変換されることとなる。使用可能な具体的な酵素の種類としては、例えば、アミラーゼでは、αアミラーゼ60(新日本化学工業社製)、αアミラーゼ800(エイチビィアイ社製)、クライスターゼT10S(天野エンザイム社製)、グルカナーゼではスミチームグルカン(新日本化学工業社製)、セルラーゼでは、スミチームC、スミチームAC、ヘミセルラーゼでは、スミチームX、スミチームSPC(いずれも新日本化学工業社製)等が挙げられる。
【0020】
また、本発明の蒸留酒の製造方法においては、原料に「皮、ふすま」等の木質原料を多く含むことから、植物組織を崩壊させる作用あるいは糖質を分解させる作用を有する酵素等を併用することも好ましい。例えば、ぺクチナーゼ、グルコアミラーゼ、プロテアーゼ等が挙げられる。具体的な酵素の種類としては、ペクチナーゼでは、ペクチナーゼT「アマノ」(天野エンザイム社製)、プロテアーゼではスミチームLP(新日本化学工業社製)、グルコアミラーゼでは、スミチームS、スミチームSG(新日本化学工業社製)等などにより選択される1種以上を好適に用いることができる。なお、市販の酵素のなかには、上述のような複数の酵素活性をともに含有するものもあるため、そのような好適な複数の酵素活性を示す酵素を選択して使用することも好ましい。
使用する酵素剤の量は、ふすま等の糖質原料の種類や配合比、酵素の種類等によっても最適範囲が異なるが、例えば、各酵素剤を、0.01〜0.2%(w/w)、好ましくは、0.02〜0.1%(w/w)、より好ましくは0.02〜0.06%(w/w)、最も好ましくは0.02〜0.04%(w/w)で使用することができる。酵素剤の添加量が少なすぎる場合は、酵素の性能が迅速に発揮されず、十分な効果が得られない、作用のための時間が長くかかる等の問題を生じる。一方、酵素剤の添加量が多すぎる場合は、高コストになる、溶解作業が繁忙になる等の問題がある。
例えば、α−アミラーゼの場合、典型的には、70〜85℃にて30分〜1時間作用させることにより、目的の酵素処理を行うことができる。
【0021】
(酵母)
本発明で用いる「酵母」としては、公知の各種酵母を用いることができる。
好適な酵母を選抜する方法としては、所定の活性測定法で測定したフェルラ酸脱炭酸活性の値を用いることができる。
本発明の蒸留酒の製造方法において好適に使用可能な酵母を選抜するためのひとつの基準として、「フェルラ酸脱炭酸活性」による選抜がある。以下の測定法において、4−VGが3.0mg/l以上となるような量で生成させることが可能な、フェルラ酸脱炭酸活性の高い酵母であれば、本発明の方法に用いた時に、十分に高濃度のバニリンを生成し得るための4−VGを含有するもろみを得ることが可能である。そのような酵母の例としては、ウイスキー酵母IFO0233、ウイスキー酵母IFO0234、ワイン酵母OC−2、ビール酵母IFO2018等が挙げられる。
【0022】
上述のフェルラ酸脱炭酸活性の測定は、以下のように行うことができる。
検査対象の酵母菌体の一白金耳を、100mlのYPD培地(2%(w/w)グルコース、1%(w/w)酵母エキス、2%(w/w)ポリペプトン)に接種して、30℃にて48時間振とう培養し、培養液を得る。得られた培養液27mlに、3mlのフェルラ酸(0.1%(w/w)、95%エタノール溶液)を添加し、30℃で24時間振とう培養する。得られた培養液を5,000rpmで15分間遠心分離し、上清を得た。得られた上清を、ODS(SenshuPak.ODS−1251−N)を分離用の樹脂とする高速液体クロマトグラフィーに供し、上清中の4−VG濃度を得る。ここで得られた値を、当該酵母のフェルラ酸脱炭酸活性の値とする。
【0023】
(仕込時の配合ともろみの調製)
「糖質原料」に酵素(麹および/または酵素剤)を作用させ、4−VGに関する高い発酵性能を有する酵母(または酵母培養液)および水と混和することを「仕込」といい、仕込まれたものを「一次もろみ」と称する。
この仕込の際には、「ふすま」等の「穀類表層部位」のみを用いると、円滑なアルコール発酵が営まれないため、酵母を増殖させるための発酵源として適宜補糖を必要とする。一定量のアルコールを生成することは、もろみの腐敗を防止する目的でも重要である。
蒸留酒、特にみりん原料に用いられる焼酎においては、補糖の目的で通常的に用いられるものとしては、米や麦等の穀類をはじめ、液体ではデーツ果汁が知られている。発酵もろみのアルコールを得るためであれば、デーツ果汁は、蒸きょうおよび糖化の工程を必要としない点からも、作業性に優れる原料と言える。
「ふすま」等の「穀類表層部位」に対して、補糖のための穀類もしくは果汁をどの程度使用するかに関しては、蒸留酒もろみとして適切なアルコールが供給されればよいが、「穀類表層部位」は、4−VGの前駆物質であるフェルラ酸の供給源であるため、本発明の蒸留酒製造方法では、「麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上」を一次もろみの製造において一定量以上用いることが特徴のひとつである。具体的には、一次もろみの製造に用いる「麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上」の量は、一次もろみの製造に用いる糖質原料の15%(w/w)以上、好ましくは20%(w/w)以上、より好ましくは25%(w/w)以上、最も好ましくは30%(w/w)以上である。このような配合比率で糖質原料を用いることにより、得られる蒸留酒中の4−VG濃度を効果的に高めることができる。
上述の好ましい配合比率を若干下回る量の「麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上」を用いた場合でも、その他の製造工程や発酵条件等を調整することによって、もろみ中の4−VG濃度および蒸留酒中のバニリン濃度を高めることも可能ではあるが、上述の配合比率を下回る度合が大きいほど、得られるバニリン濃度は低値となる傾向を有する。
【0024】
仕込の際に、どの程度の水分を加えるかという条件は、得られるもろみの性状等に影響して発酵効率に影響を与え、最終的に得られる蒸留酒中のバニリン濃度に影響を及ぼす。例えば、糖質原料として小麦ふすまを用いた場合の、一次もろみ〜三次もろみの原料における全ての「糖質原料」と「水」の合算重量に対する、「糖質原料(小麦ふすま)」の割合は、好ましくは3〜28%、より好ましくは、5〜25%、さらに好ましくは、10〜23%、最も好ましくは15〜20%である。30%以上となると、ふすまが吸水し、もろみが高粘度となり、発酵不良となる。
一方、糖質原料の配合比率が下がるほど、原料由来の各種成分の、もろみ中での濃度が低下することから、蒸留酒中の4−VG濃度は低下する傾向を有する。また、仕込タンク等の設備が増大し、また蒸留に供するもろみ量が多くなる結果、もろみの蒸留に要するエネルギーが増大することとなり、特に、糖質原料の割合が3%以下となると、製造上不適当となる。
なお、仕込時に、クエン酸、乳酸などの腐造防止剤を水溶液として添加する場合は、その水溶液も前記仕込水の一部として勘案される。また、上記の数値において、「糖質掛け原料(例えば、デーツ果汁)」を考慮する場合は、Brix(デーツ果汁の場合、Brix70)を元に固形分を換算すればよい。
【0025】
(酵母発酵)
酵母発酵の好ましい条件は、酵母の種類によっても適温は異なるが、4−VGとバニリンを多量に含有する蒸留酒が得られるように最適化すればよい。例えば、焼酎やウイスキー酵母を用いる場合、発酵温度は15〜40℃、好ましくは20〜37℃、より好ましくは25〜35℃、さらに好ましくは28〜32℃、最も好ましくは30℃前後である。15℃を下回る発酵温度では、発酵速度が遅くなり、また、40℃を上回る発酵温度でも、発酵能が低下する傾向を有し、好ましくない。
【0026】
(二次、三次もろみの調製)
一次もろみだけでも、4−VGとバニリンの濃度が高い蒸留酒を製造することは可能である。しかし、必要により、4−VG濃度をより高めるための手段として、二次、三次もろみを調製してもよい。一次もろみは、もろみ中のアルコール分は低いが、高いアルコール濃度を得ようと、一次もろみの段階で掛け原料を増やしすぎると、糖の高浸透圧によって発酵が適正に行われない。このため、段仕込(二次、三次)を行い、発酵で消費された分だけ糖を追加するという方法で製造することで、アルコール濃度の高いもろみを得ることができる。
なお、一次もろみの段階でふすま類の投入量が少ない場合、二次もろみ以降の段階からその分のふすまを投入しても、所定の酵素剤(グルカナーゼ、プロテアーゼ等)の活性が十分に存在していれば、遊離のフェルラ酸から4−VGへの変換は行われる。しかし、ふすまを投入する工程が後になるほど、その分酵素による反応時間は短くなることから、分解されにくいふすま類の糖質原料は、一次もろみを製造する段階で投入するのが好ましい。蒸留前のもろみ中の4−VG濃度およびバニリン濃度の濃度は限定されないが、濃度が高ければ高いほど、蒸留工程を経た後の4−VGとバニリンの濃度をより高めることができ、好ましい。
【0027】
(本発明の蒸留酒中のバニリン濃度)
本発明の蒸留酒中のバニリン濃度は、2mg/l以上、好ましくは4mg/l以上、より好ましくは6mg/l以上であることを特徴とする。バニリン濃度が2mg/l未満である場合、十分にバニラ香を楽しめるといえる蒸留酒とはならない。より強いバニラ香を楽しみたいという嗜好においては、10mg/l以上、さらに好ましくは、12mg/l以上の蒸留酒が好ましい。バニリンの定量方法は、例えば、ODS(SenshuPak.ODS−1251−N)を分離用の樹脂とした高速液体クロマトグラフィーに供し、蒸留酒中のバニリン濃度を求めることができる。15mg/l以上のような非常に高いバニリン濃度を有する蒸留酒は、そのまま飲用して十分にバニラ香を楽しめる他に、飲料や調味料のベース原料として、自在に希釈して使用できるという利点を有する。このように非常にバニリン濃度が高い蒸留酒を製造できれば、ごく少量の使用で十分なバニラの香りを与えることができ、同じスケールの製造でより多くのバニリンを含む蒸留酒を得ることができるので、より好ましい。
【0028】
(蒸留)
蒸留方法は、減圧蒸留・常圧蒸留のいずれを用いることもできる。蒸留に要する時間等はどちらの方法を用いても大差ない。また、4−VGの沸点を考慮すれば、常圧蒸留の方が、より高温(100℃未満)で蒸留されるため、留液中の4−VGの回収量が多くなるという利点を有する。
【0029】
(オゾン処理)
本発明の蒸留酒の製造方法においては、蒸留酒中のバニリン濃度を高めるために、オゾン処理を組み合わせることができる。オゾン処理は、蒸留酒中のバニリン濃度をより効率的に高めるために好ましい処理のひとつである。
本発明に用いるオゾンとは、オゾンを含むガスであれば如何なるものでもよいが、例えば、シーメンス放電管により発生させたものなどが挙げられる。オゾンの濃度は、酒類の製造上容易に扱うことができれば如何なる濃度でもよいが、好ましくは1μg/l以上、特に好ましくは10μg/l以上がよい。
【0030】
本発明の蒸留酒の製造方法におけるオゾン処理とは、オゾンを上記製造工程中の半製品または製品に吹き込み添加し、必要により撹拌することにより接触させる工程を言う。上記の酒類のそれぞれの製造工程、例えば、焼酎の場合、アルコール発酵工程、蒸留工程、そして熟成工程等において、それぞれの工程中の半製品に同時にオゾンを添加して、各工程の製造と並行して接触させることもできる。
この工程において用いられる接触させる方法としては、例えば製造工程中の半製品や製品に、オゾンを細かい泡として吹き込む方法が挙げられる。
【0031】
本発明に用いるオゾンの量は、製造中の酒類の種類、接触工程に用いる方法などにより異なるが、例えば製造工程中の半製品または製品1Lにつき10μg以上、好ましくは100μg以上のオゾンを用いる。接触させる時間は、一般に熟成に要する時間より短時間でよく、例えば、1秒〜1月、好ましくは10秒〜1時間などが選ばれる。必要により適宜各酒類の製造工程に適した接触時間を選択することができる。また、前もってオゾンと接触させて得られた水等の水溶液を上記酒類に添加、混合することによっても本発明を実施することもできる。このようにして、4−VGを含有する酒類とオゾンを接触させることにより、酒類に含まれる4−VGが効率よくバニリンに転換され、酒類のバニリン含量が増強される。4−VGからバニリンへの転換率は5%以上、好ましくは20%以上、さらに好ましくは、30%以上である。4−VG濃度が高いと、バニリンへの転換率は高まる傾向が認められ、本発明の蒸留酒の製造方法にオゾン処理を組み入れた場合、33%という高転換率でバニリンへと転換されている例もみられている。
【0032】
上記のオゾンと接触させて得られた酒類は、オゾンと接触させる工程を含まない従来の方法で製造された酒類に比べて、甘い芳醇な香味の主成分であるバニリンの含量が著しく増強されており、香味が非常に優れているという特徴を有する。すなわち、本発明の製造方法を用いることにより、従来の長時間の貯蔵熟成により得られた酒類よりも、より優れた甘い芳醇な香味を有する酒類を、簡単な方法で、かつ、短時間に得ることができる。
【0033】
本発明の蒸留酒の製造方法においては、オゾン処理を行う前段階で、従来では到底達成できなかった高濃度の4−VGを生成させることができる。そのような蒸留酒であれば、必ずしもオゾン処理で強制的に酸化を進行させなくても、より穏やかな条件、あるいは、より短期間の処理により、バニリン濃度を高めることができるという利点を有するが、オゾン処理は、本発明の蒸留酒の製造方法において、付加的な工程として、極めて効果的にバニリン濃度を高める効果を有する。
【0034】
(みりんの製造)
上述のような蒸留酒をみりんに仕込む方法には、公知の方法を用いればよい。すなわち、精白うるち米に麹菌を繁殖させた米麹に対して、洗浄、浸漬、水切り、蒸きょう、放冷をおこなった精白米を混合し、そこへアルコールもしくは焼酎を配合し、一定期間熟成を行い、圧搾および火入ろ過製成を行うことにより完成させるものである。本発明のみりん中のバニリン濃度は、2mg/l以上、好ましくは4mg/l以上、より好ましくは6mg/l以上であることを特徴とする。バニリン濃度が2mg/l未満である場合、十分にバニラ香を楽しめるといえるみりんとはならない。より強いバニラ香を楽しみたいという嗜好においては、10mg/l以上、さらに好ましくは、12mg/l以上のみりんが好ましい。
【0035】
以上、本発明の方法により、安価な原料を用いて、従来の技術で得られるものよりもはるかにバニリン含量が高く、官能的にも甘く芳醇な香りを有する蒸留酒およびみりんを、簡便かつ短期間に製造することができる。本発明の蒸留酒およびみりんは、芳醇でコクが増強されたものであるとともに、バニリンの甘い芳香により、飲食・調理の際に甘味を感じる度合が相乗的に高められている。みりんは元来、甘味の付与を目的に使用される調味料であるが、みりんにこのような効果をもたせることにより、実際に摂取する甘味物質の量がより少なくても、甘味を十分に感じることができるという効果を奏する。すなわち、より少量の使用量でも十分な甘味を感じることができ、低糖分・低カロリーで甘味を十分に楽しむことができるみりんを提供することができる。
【0036】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、これらの実施例により、何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
(バニリンを高濃度で含有する蒸留酒の製造)
1.焼酎一次もろみの製造
小麦ふすま(曽我製粉社製)500gを水道水2.5Lに懸濁し、オートクレーブによ
り128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却し、冷却中に、この小麦ふすまの水懸濁液にα−アミラーゼであるα−800(エイチビィアイ社製)0.1gを、75℃にて30分間作用させた。さらに、小麦ふすまの水懸濁液を30℃まで冷却したところで、200gのデーツ濃縮果汁(糖質原料)(デイリーフーズ社製)、0.2gのグルカナーゼ(新日本化学工業社製)、0.2gのスミチームLP−50(新日本化学工業社製)を混和(直接投入、もしくは小容器で少量の水と懸濁し、直ちに混和)した。さらに、常法により培養して得たウイスキー酵母(IFO0234株)の培養液を、もろみ重量の1%混和し、30℃1日間発酵させて焼酎一次もろみを調製した。
【0038】
2.使用する酵母のフェルラ酸脱炭酸活性測定
酵母菌体の一白金耳を、100mlのYPD培地(2%(w/w)グルコース、1%(w/w)酵母エキス、2%(w/w)ポリペプトン)に接種して、30℃にて48時間振とう培養し、培養液を得た。得られた培養液27mlに、3mlのフェルラ酸(0.1%(w/w)、95%エタノール溶液)を添加し、30℃で24時間振とう培養した。得られた培養液を5,000rpmで15分間遠心分離し、上清を得た。得られた上清を、ODS(SenshuPak.ODS−1251−N)を分離用の樹脂とする高速液体クロマトグラフィーに供し、上清中の4−VG濃度を得た。ここで得られた値を、当該酵母のフェルラ酸脱炭酸活性の値とした。
【0039】
3.二次もろみ、三次もろみの製造
次に、上述の焼酎一次もろみに対して、一次もろみに使用した2倍量のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で2日間発酵させ、二次もろみとした。さらに、当該二次もろみに対して、一次もろみで使用した3.5倍量のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で5日間、熟成させて三次もろみ(熟成もろみ)を得た。得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、フェルラ酸が79.6mg/l、4−VGが77.2mg/l検出された。
【0040】
4.熟成もろみの常圧蒸留または減圧蒸留による焼酎の製造
300mlの前記熟成もろみを採取し、マントルヒーターおよび冷却管を用いて、95℃以上で常圧蒸留し、110mlの蒸留液(常圧蒸留焼酎)を得た。得られた蒸留液中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、フェルラ酸は不検出(検出感度 0.2mg/l)、4−VGが98.5mg/lの濃度で検出された。
同様に、別途300mlの前記熟成もろみを採取し、ロータリーエバポレーターを用いて、60℃、60mmHgで減圧蒸留し、110mlの蒸留液(減圧蒸留焼酎)を得た。得られた蒸留液中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、フェルラ酸は不検出(検出感度0.2mg/l)、4−VGが59.4mg/lの濃度で検出された。
【0041】
5.蒸留液(常圧および減圧蒸留焼酎)のオゾン処理
特開2003−135051号公報に記載の方法に準じ、常圧蒸留または減圧蒸留により得られた上述の各110mlの蒸留液に対して、小型紫外線オゾン発生装置(TGO−1)(フナテック社製)にて発生させ、エアーストーンを通して細かい泡にしたオゾンを吹き込んだ(オゾン吹込量:毎分1L、吹込時間:120〜180分間、マグネチックスターラーにより攪拌(攪拌条件:100rpm、温度:25℃))。オゾン処理後の蒸留液(常圧または減圧蒸留焼酎)を経時的にサンプリングし、その中に含まれる4−VG、バニリンおよびバニリン酸の濃度を、ODS(SenshuPak.ODS−1251−N)を分離用樹脂とする高速液体クロマトグラフィーにて測定した(小関卓也、他、醸造協会誌、第89巻、第5号、408頁、(1994)参照)。結果を図1(減圧蒸留焼酎)および図2(常圧蒸留焼酎)に示す。
【0042】
6.得られた焼酎中のバニリン濃度の測定
図1に示すとおり、オゾン処理時間が長くなるにつれ、減圧蒸留焼酎中に含まれる4−VG量が低下し、それに伴ってバニリンの濃度が顕著に増加した。すなわち、オゾン処理により、4−VGが効率よくバニリンに変換されることが確認された。具体的には、例えば、常圧蒸留焼酎において、約30mg/l(60分の処理による)、減圧蒸留焼酎において、約20mg/l(180分の処理による)という、非常に高濃度のバニリンを含有する蒸留酒を得ることができた。なお、生成したバニリンは、さらに酸化されるとバニリン酸に変化するが、今回の処理条件下では、生成したバニリンの減少およびバニリン酸の生成はいずれもほとんど見られず、オゾン処理により過剰な酸化とバニリンの顕著な減少は生じていないことが確認できた。
同様に、図2に示すとおり、常圧蒸留焼酎中に含まれる4−VG量も、オゾン処理時間が長くなるにつれて低下し、それに伴ってバニリンの濃度が顕著に増加した。また、今回の処理条件下では、常圧蒸留焼酎においても、生成したバニリンの減少およびバニリン酸の生成はいずれもほとんど見られず、オゾン処理により過剰な酸化とバニリンの顕著な減少は生じていないことが確認できた。
【0043】
なお、図1と図2を比較すると、常圧蒸留焼酎の方が、より高濃度のバニリンを生成していることがわかる。この理由は、バニリンの前駆物質である4−VGがより高濃度で生成していることによるものと推測される。例えば、本発明で「バニラ香に富む」蒸留酒の指標としている6mg/lのバニリン濃度を達成するために、図1の条件では約60分間、図2の条件では約15分間のオゾン処理が妥当であることが示唆される。
【0044】
焼酎中のバニリンの濃度が増加するに従い、これらの焼酎はいずれも、特徴的なバニラ香を含む、甘い芳醇な香味が増強された。この試験における4−VGからバニリンへの転換率は、減圧蒸留焼酎(180分の接触)、および常圧蒸留焼酎(120分の接触)でいずれも35%以上であった。
【0045】
(比較例1の蒸留酒の製造)
なお、比較例として、4−VG変換活性がほとんどない酵母を用いて、本発明の製造方法と同様に蒸留酒を製造した(比較例1)。具体的には、小麦ふすま(曽我製粉社製)200gを水道水1.0lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却し、冷却中に、前記小麦ふすまの水懸濁液に対し、α−アミラーゼであるα−800(エイチビィアイ社製)0.1gを作用させた。次いで、200gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)、0.2gのグルカナーゼ(新日本化学工業社製)、0.2gのスミチームLP−50(新日本化学工業社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得た清酒酵母(協会7号酵母)の培養液を加えてもろみを調製した。前記清酒酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるよう混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。なお、この添加した清酒酵母は、本明細書に記載の方法で測定した際のフェルラ酸脱炭酸活性の値が0.44mg/lであった。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した同量のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。
得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸が191mg/lの濃度で検出されたものの、4−VGは検出されなかった。また、本発明の蒸留酒の製造方法に準じて蒸留を行った蒸留液中にも、4−VGは検出されなかった。また、得られた蒸留液には、バニラ香が認められなかった。
すなわち、4−VG変換活性が低い酵母を用いた場合には、バニリンの前駆物質である4−VGをもろみ中に生じさせることができず、バニラ香に富む蒸留酒を製造することができないことが確認された。
【0046】
(比較例2の蒸留酒の製造)
また、別の比較例として、上述の4−VG変換活性がほとんどない酵母(協会7号酵母)を用い、かつ、糖質原料にふすまではなく米糠を用いて、本発明の製造方法と同様に蒸留酒を製造した(比較例2)。具体的には、炒り糠(国城産業社製)200gを水道水1.2lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却し、冷却中に、前記小麦ふすまの水懸濁液に対し、α−アミラーゼであるα−800(エイチビィアイ社製)0.1gを作用させた。次いで、200gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)、0.2gのグルカナーゼ(新日本化学工業社製)、0.2gのスミチームLP−50(新日本化学工業社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得た清酒酵母(協会7号酵母)の培養液を加えてもろみを調製した。前記清酒酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるよう混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。なお、この添加した清酒酵母は、本明細書に記載の方法で測定した際のフェルラ酸脱炭酸活性の値が0.44mg/lであった。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した同量のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。
得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸が55.3mg/lの濃度で検出されたものの、4−VGは検出されなかった。また、本発明の蒸留酒の製造方法に準じて蒸留を行った蒸留液中にも、4−VGは検出されなかった。また、得られた蒸留液には、バニラ香が認められなかった。
すなわち、4−VG変換活性が低い酵母を用い、糖質原料として米糠を用いた場合においても、バニリンの前駆物質である4−VGをもろみ中に生じさせることができず、バニラ香に富む蒸留酒を製造することができないことが確認された。
【0047】
(比較例3の蒸留酒の製造)
さらに別の比較例として、4−VG変換活性の高い酵母(ウイスキー酵母IFO0234)を用いて、かつ、麹も酵素剤も全く使用しない他は本発明の製造方法と同様に蒸留酒を製造した(比較例3)。具体的には、小麦ふすま(曽我製粉社製)250gを水道水1.25lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却した。次いで、350gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得たウイスキー酵母(IFO0234)の培養液を加えてもろみを調製した。前記酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるように混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。なお、この添加したウイスキー酵母は、本明細書に記載の方法で測定した際のフェルラ酸脱炭酸活性の値が8.12mg/lであった。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した0.85倍量(300g)ののデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。
得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸が29.0mg/lおよび4−VGが3.4mg/lの濃度で検出された。
すなわち、4−VG変換活性の高い酵母(IFO0234)を用いた場合でも、麹も酵素剤も全く使用しない場合には、バニリンの前駆物質である4−VGはわずかに生成されるのみで、バニラ香に富む蒸留酒を製造することができないことが確認された。
【0048】
(比較例4の蒸留酒の製造)
さらに別の比較例として、4−VG変換活性の高い酵母(ウイスキー酵母IFO0234)を用いた場合でも、糖質原料(小麦ふすま)の配合量が好適でない場合の試験結果は以下の通りである。具体的には、小麦ふすま(曽我製粉社製)15gを水道水1.25lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却した。次いで、350gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)、0.1gのスミチームグルカン(新日本化学工業社製)、0.1gのスミチームLP−50(新日本化学工業社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得たウイスキー酵母(IFO0234)の培養液を加えてもろみを調製した。前記酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるように混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した0.85倍量(300g)のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。
得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸が10.2mg/l、および4−VGが8.8mg/lの濃度で検出された。
すなわち、4−VG変換活性の高い酵母(IFO0234)を用いた場合でも、糖質原料である小麦ふすまが少なく、好適でない場合には、バニリンの前駆物質である4−VGはわずかに生成されるのみで、バニラ香に富む蒸留酒を製造することができないことが確認された。
【実施例2】
【0049】
(バニリンを高濃度で含有する蒸留酒の製造)
実施例1記載の方法に準じ、4−VG変換活性の高い酵母(ワイン酵母OC−2由来)を用いて、蒸留酒を製造した。具体的には、小麦ふすま(曽我製粉社製)250gを水道水1.25lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却し、冷却中に、前記小麦ふすまの水懸濁液に対し、α−アミラーゼであるα−800(エイチビィアイ社製)0.1gを作用させた。次いで、350gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)、0.1gのスミチームグルカン(新日本化学工業社製)、0.1gのスミチームLP−50(新日本化学工業社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得たワイン酵母(OC−2)の培養液を加えてもろみを調製した。前記ワイン酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるように混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。なお、この添加したワイン酵母は、本明細書に記載の方法で測定した際のフェルラ酸脱炭酸活性の値が7.65mg/lであった。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した0.85倍量(300g)のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸が146.8mg/l、および4−VGが34.9mg/lの濃度で検出された。
すなわち、ウイスキー酵母IFO0234株以外の4−VG変換活性の高い酵母を用いた場合でも、バニリンの前駆物質である4−VGをもろみ中に多量に生成させることができ、バニラ香に富む蒸留酒を製造できることが確認された。
【実施例3】
【0050】
(バニリンを高濃度で含有する蒸留酒の製造)
実施例1記載の方法に準じ、4−VG変換活性の高い酵母(ウイスキー酵母IFO0234)を用いて、かつ、好適な酵素剤を組み合わせて、本発明の製造方法に準じて蒸留酒を製造した。具体的には、小麦ふすま(曽我製粉社製)250gを水道水1.25lに懸濁し、オートクレーブにより128℃、40分間の蒸煮殺菌を行った後、常温まで冷却した。次いで、350gのデーツ濃縮果汁(デイリーフーズ社製)、0.1gのスミチームX(新日本化学社製)、0.1gのスミチームAC(新日本化学工業社製)、0.1gのスミチームSG(新日本化学工業社製)を混和した。
ここで、上述の混和物に対し、常法により培養して得たウイスキー酵母(IFO0234)の培養液を加えてもろみを調製した。前記酵母の培養液は、もろみ重量の1%となるように混和し、このもろみを30℃にて1日間発酵させ、一次もろみを調製した。
次いで、この一次もろみに対して、一次もろみで使用した0.85倍量(300g)のデーツ濃縮果汁および0.1倍量の水を加え、30℃で4日間発酵させ熟成もろみを得た。
得られた熟成もろみ中のフェルラ酸および4−VGを測定したところ、当該もろみにはフェルラ酸107.7mg/lおよび4−VG 69.7mg/lが検出された。
すなわち、4−VG変換活性の高い酵母(IFO0234)を用いて、かつ、好適な酵素剤を組み合わせて使用した場合にも、バニリンの前駆物質である4−VGをもろみ中に多量に生成させることができ、バニラ香に富む蒸留酒を製造できることが確認された。
【実施例4】
【0051】
(バニリンを高濃度で含有するみりんの製造)
1.麹の製造
常法により精白米(糖質原料)を水洗い、水浸漬、水切り、蒸きょう、放冷などの原料処理を行った後、これに種麹として黄麹(Aspergillus oryzae:ビオック社製)を米重量の0.1%接種混合し、恒温恒湿器で32〜38℃の製麹適温にて製麹管理して麹を得た。
【0052】
2.みりんもろみの製造
みりん製造の常法に従い、上述の麹100g(生の精白うるち米として約83g)を仕込容器に採り、常法により洗浄、水浸漬、水切り、蒸きょう、放冷したもち米(掛米)900gを混和した。次に、実施例1で得られた常圧蒸留焼酎(オゾン処理後のバニリン含有量:33mg/l、アルコール分:40%(v/v))688mlを30℃で1ヵ月間糖化させ、熟成みりんもろみを得た。
【0053】
3.熟成・圧搾
次いで、目の細かいろ布を用いて、熟成みりんもろみを常法により圧搾し、みりん粗ろ液を得た。これを90℃達温にて加熱殺菌したのち、静置して、滓引きを行った。さらに、不溶物が沈殿し、上清が清澄化したところで、0.45μmフィルターによる精密ろ過を行った(アドバンテック社製セルロースアセテート142mmを使用)。同様に、実施例1で得られた減圧蒸留焼酎(オゾン処理後のバニリン含有量:14mg/l、アルコール分:40%(v/v))についても同様の仕込を行い、上記方法のとおり圧搾製成を行った。
【0054】
4.得られたみりん中のバニリン濃度の測定および官能検査試験
製成処理後の本発明のみりん、および、比較例として、上記常圧蒸留焼酎の代わりに、中性アルコール(アルコール分40%(v/v))を用いて製造したみりんおよび市販のみりんについて、バニリン含有量を分析した。また、本発明のみりん(常圧蒸留焼酎にて仕込)を、バニリンが検出されない市販のみりんと適量混合することにより、1.0〜12.2mg/lの範囲の任意濃度のバニリンを含有する本発明のみりんを調製した。
【0055】
上記の各種みりんについて官能検査試験を行った。官能評価は、10名のパネリストによる5点評価法(1:バニラの香りが感じられず、バニラ香が通常のみりんとの識別が不能 3:バニラの香りがやや感じられ、通常のみりんよりも多少バニラ香が感じられる 5:バニラの香りが強く感じられ、バニラ香が通常のみりんとは明確に識別できる)で行った。結果を表1に示す。なお、評点については、10名の平均値で示した。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示すとおり、実施例1で得られたバニリンを高濃度で含有する本発明の焼酎を用いて仕込んだみりん(本発明1、2)は、比較例の中性アルコールを用いて仕込んだみりん(比較例5)や市販のみりん(比較例6)に比べて、明らかに高濃度のバニリンを含有していた。また、官能評価においても、バニリンを高濃度で含有する本発明の焼酎を用いて仕込んだみりんは、比較例のアルコールを用いて仕込んだみりんや従来のみりんと比較して、一段と香りが甘く芳醇なみりんであるとの評価が得られた。
また、本発明2のみりんを、バニリンが検出されない市販のみりんと混合して調製した、各種濃度のバニリンを含有するみりんに関しても、2mg/l以上の範囲で、香りが甘く芳醇なみりんであるとの評価が得られた。バニリン濃度が高まるにつれてこの傾向は強まり、特に、バニリン濃度が6.0mg/l(本発明3)以上の濃度で、バニラ香はより強く感じられ、さらに、バニリン濃度が12mg/l以上の濃度で、一層強く感じられた。比較例5に対して、本発明1、2、3は、いずれも危険率5%の有意な差で評価結果が得られた。
なお、別途、18名の官能パネルを使用し、マンジョウ芳醇本みりん(流山キッコーマン社製)に対して、バニリン(和光純薬社製、試薬特級)を各種濃度で添加し、無添加のものと3点識別試験を実施した。その結果、2mg/lとなるように添加したもので、15名がバニリン添加みりんと無添加みりんを識別し、危険率1%で有意差が確認された。すなわち、みりんに配合された場合、バニリンのバニラ香を識別できる閾値は2〜3mg/lであることがわかった。
【実施例5】
【0058】
(バニリンを高濃度で含有するみりんを用いた卵焼きの調理試験)
1.バニリン含有モデルみりんの調製
マンジョウ芳醇本みりん(流山キッコーマン社製)に、バニラ香料(三栄源エフ・エフ・アイ社製)をバニリンとして最終濃度5mg/lとなるように配合した。対照製品として、香料無添加の当該みりん製品を対照区とした。
2.卵焼きの作製
砂糖9gにだし汁25mlを入れ、よくかき混ぜ、次いで、卵2個(約110g)をボウルに割りいれて、菜箸でよく卵を撹拌した。その後、予め強火で加熱した卵焼き鍋に油をひき、一般的な調理方法にて卵焼きを作製した。
3.識別試験
以下の条件にて、識別試験を行った。結果を表2に示す。
識別テスト:一対比較法(被験者20名)
試験区:バニリン5mg/lを含むマンジョウ芳醇本みりん
対照区:バニリンを添加していないマンジョウ芳醇本みりん
【0059】
【表2】

【0060】
表2に示すとおり、バニリンを5mg/l含有するみりんと、バニリンを添加していない通常のみりんとの識別性は、卵焼きの調理試験において、甘味に関して危険率5%で有意差があった。一方、「コク」「卵の臭み」「酒っぽさ」に関しては有意差がなかった。また、「甘みが強い」これにより、本発明の蒸留酒の製造方法により得られる高濃度のバニリンを含有するみりんを用いて卵焼きを調理した場合には、実際の甘味成分量に変わりはなくても、バニラ香の効果によって、より甘味を感じる卵焼きが製造できることが示された。また、被験者のコメントには、「甘みが強い」とともに、「甘すぎず好ましい」というものもあり、本発明の蒸留酒の製造方法により得られる高濃度のバニリンを含有するみりんによって付与される甘みの程度や質が官能的に好ましいものであることが確認された。
【0061】
すなわち、本発明の蒸留酒は、特徴的なバニラ香により、従来にはなかった官能性を有するものである。また、本発明のみりんは、それを用いて調理を行うことにより、調理品にバニラ香等の特徴を与えるとともに、甘味感を強めることができるため、従来よりも実際の糖分を抑えて十分な甘味を感じさせることのできる調味料としても、価値を有するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
6mg/l以上のバニリンを含有する蒸留酒。
【請求項2】
麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料を酵母を用いて発酵させた後に蒸留して得られる請求項1記載の蒸留酒。
【請求項3】
麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、さらに、4−ビニルグアヤコールを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸酵素活性を有する酵母を用いて発酵を行わせた後に蒸留して得られる請求項1記載の蒸留酒。
【請求項4】
酵母を用いて発酵を行わせた後に、さらにオゾン処理を行うことを特徴とする請求項2〜3記載の蒸留酒。
【請求項5】
みりんもろみの調製において、請求項1〜4記載の蒸留酒を用いることを特徴とするみりん。
【請求項6】
麦類の皮もしくはふすま、または糠より選択される1以上を含む糖質原料に、麹、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼおよびヘミセルラーゼから選択される1以上の酵素を作用させ、さらに、4−ビニルグアヤコールを3.0mg/l以上生成可能なフェルラ酸脱炭酸酵素活性を有する酵母を用いて発酵を行わせた後に蒸留することを特徴とする蒸留酒の製造方法。
【請求項7】
酵母を用いて発酵を行わせた後に、さらにオゾン処理を行うことを特徴とする請求項6記載の蒸留酒の製造方法。
【請求項8】
みりんもろみの調製において、請求項6〜7記載の方法により製造した蒸留酒を用いることを特徴とするみりんの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−172548(P2011−172548A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41142(P2010−41142)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】