説明

蒸着膜の製造方法

【課題】スプラッシュを防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる蒸着膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】基板3上に蒸着膜を形成する蒸着膜の製造方法であって、坩堝7に蒸着材料6を供給する第1の工程と、坩堝7に供給された蒸着材料6に、溶解用の第1の電子ビームを直線状に照射することにより蒸着材料を溶解する第2の工程と、加熱溶解した蒸着材料6に、蒸発用の第2の電子ビームを直線状に照射することにより蒸着材料6を蒸発する第3の工程と、蒸発した蒸着材料6を基板3上に供給する第4の工程と、を含み、第1の電子ビームの照射領域11aと第2の電子ビームの照射領域11bとが互いに略並行であること、を特徴とする。これにより、急激な温度変化によるスプラッシュの発生を防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蒸着膜の製造法に関し、特に供給された材料へ電子ビームを照射する工程を含む蒸着膜の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜形成技術として、例えばスパッタリング法や蒸着法などが挙げられる。特に電子ビーム蒸着法は、高い成膜速度を得る方法としてよく用いられている。
【0003】
上記電子ビーム蒸着法では、蒸着材料を収容する坩堝を真空槽中に設置し、電子銃により加速された電子ビームを電磁偏向方式により走査して坩堝内に加熱領域を形成し、蒸着材料を溶解・蒸発させ、上方に設置した基板に蒸着材料を蒸着させている。
【0004】
ところで、この蒸着方法では、蒸着が進むにつれて、坩堝内の蒸着材料が消費されていくため、連続かつ安定した蒸着を行うためには、減少量に応じた蒸着材料を供給し、溶解面を一定に保つことが必要である。
【0005】
上記蒸着材料の供給方法として、ワイヤー、ロッド、ペレット、粒状等に加工した蒸着材料を供給するという方式が考案されている。しかしながら、ワイヤーならびにペレット供給方式は材料加工費が高く、また、固体の材料を融液面へ落下させた時にスプラッシュが生じ、飛散物が基板に付着したり、蒸着膜にダメージを与えたりする等の問題がある。また、ロッド供給方式は、ロッド先端部を電子ビームで溶解させて坩堝に供給するためスプラッシュは低減されるが、ロッド送り機構やロッド交換機構が必要となるだけでなく、ロッド溶融時の先端部の熱が上記機構に伝わり、機構動作不良等の原因となる。そこで、ロッド供給部に冷却機構を設けるといった対策が講じられている(例えば特許文献1参照)。また、上記ワイヤー、ロッド、ペレット等の形状に加工することが困難な蒸着材料を粒状、粉状若しくは塊状の形で供給する方式が提唱されている(例えば特許文献2、3参照)。
【特許文献1】特開2002−146517号公報
【特許文献2】特開平6−088214号公報
【特許文献3】特開平6−280016号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1のような構成では、ロッド供給方式が本来持っている、各種機構が必要であるという問題点に加え、更に冷却機構が必要となるため、冷却水経路を含めた装置製造コストがかさむ上に、各機構の維持管理が必要になるという課題を有していた。
【0007】
また、上記課題を避けるためワイヤーあるいはペレット供給方式をとると、加工費もさることながら、供給された材料が急激に加熱され飛散するスプラッシュ現象により基板や蒸着膜へダメージを与えるという問題が発生する。
【0008】
また、上記特許文献2、3に開示された構成では、蒸着材料の電子ビーム照射領域に対する供給位置、供給材料の最大粒径の規定等がなされていないため、電子ビーム照射による高温加熱領域に粒径の大きな蒸着材料が供給された場合、スプラッシュを防止できない場合があると考えられる。
【0009】
本発明は、前記従来技術の課題を解決するもので、スプラッシュを防止し、また、あわせて特許文献1に示すような複雑な機構を用いて前記課題を解決するものでなく、より簡単な方法により前記課題を解決する蒸着膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記従来の課題を解決するために、本発明の蒸着膜の製造方法は、基板上に蒸着膜を形成する蒸着膜の製造方法であって、
坩堝に蒸着材料を供給する第1の工程と、
坩堝に供給された蒸着材料に、溶解用の第1の電子ビームを直線状に照射することにより蒸着材料を溶解する第2の工程と、
加熱溶解した蒸着材料に、蒸発用の第2の電子ビームを直線状に照射することにより蒸着材料を蒸発する第3の工程と、
蒸発した蒸着材料を基板上に供給する第4の工程と、を含み、
第1の電子ビームと第2の電子ビームとが互いに略並行に走査されていること、を特徴とする。
【0011】
本構成によって、スプラッシュの発生を防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蒸着膜の製造方法によれば、蒸着材料溶解液内に2カ所以上の対流部が発生することにより、供給された材料の溶解液内での対流経路が長くなり、しかも材料供給位置に近い領域の温度が低温であるため、急激な温度変化によるスプラッシュの発生を防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0014】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態における蒸着方法を適用する蒸着装置の概略構成図である。図1において、真空槽1の内部は、図示しない排気装置にて排気されており、所定の真空度に保持される。真空槽1中において、巻き出しロール2から基板3が走行ローラ4を介して送られ、基板冷却ロール5に沿って、矢印の方向に走行する。その間に、蒸着材料6の入った坩堝7に、電子ビーム照射装置8から電子ビームを照射して、蒸着材料6を溶解、蒸発させる。基板冷却ロール5と坩堝7の間には遮蔽板9が配置されており、蒸着材料6が基板3に対して所定の角度範囲内で蒸着されたのち、巻き取りロール10に巻き取られる。
【0015】
次に、蒸着装置内で蒸着膜が製造される工程について説明する。蒸着が進むのに伴って坩堝7内の蒸着材料6が減少していくので、坩堝7に蒸着材料6を供給する(第1の工程)。坩堝7に供給された蒸着材料6に溶解用の第1の電子ビームを電子ビーム照射装置8から直線状に照射し、蒸着材料6を溶解する(第2の工程)。また、溶解した蒸着材料6に蒸発用の第2の電子ビームを電子ビーム照射装置8から直線状に照射し、蒸着材料6を蒸発する(第3の工程)。蒸発した蒸着材料6は、基板3に供給される(第4の工程)。以上の各工程を経て、蒸着膜が基板3上に形成される。
【0016】
次に各工程について説明する。図2は、本発明の実施の形態における蒸着材料供給装置の概略構成図であり、第1の工程の一例である。図2において、蒸着材料6を収容したフィーダー19から供給路20を通して蒸着材料を坩堝7に落下させる。供給路20は、蒸着材料が途中で止まらないように適当な傾斜を持たせている。なお、図1において、蒸着材料供給装置は省略しているが、電子ビーム照射や蒸発した蒸着材料6の基板3への供給の妨げにならない場所に設置すればよい。
【0017】
供給される蒸着材料6の粒径は最大径2mm以下、好ましくは1mm以下であり、最小径0.1mm以上である微小粒とする。粒径が2mmを超えると、本発明の構成をもってしてもスプラッシュを抑えることができず、粒径0.1mm未満では材料供給時に供給路20内での滑りが悪くなり、安定した材料供給ができなくなるためである。なお、ここで、粒径とはふるい分け法によって測定した試験用ふるいの目開きで表したものであり、JIS Z 8901に定義されている。
【0018】
図3は、本発明の実施の形態1における電子ビーム照射による加熱領域の一例を示す概略図であり、坩堝7を基板3側から見た概略図である。図4は、本発明の実施の形態1における電子ビーム照射位置の時間的変化の一例を示す概略図である。図5は、本発明の実施の形態1における電子ビーム照射位置の時間的変化の一例を示した図4に対応する加熱領域の変化を示す概略図である。図3から図5は、第2の工程の一例を示している。
【0019】
図3において、坩堝7内への電子ビーム照射領域は、図中のy方向において溶解用の第1の電子ビーム照射領域11aと蒸発用の第2の電子ビーム照射領域11bの二つの領域に分かれている。この構成を1つの電子ビーム照射装置8で実現するためには、例えば図4に示すように、電子ビーム照射位置を変化させればよい。図4における電子ビーム照射のx方向位置の時間的変化12は、図3における電子ビームのx方向における往復運動をもたらす。また、図4における電子ビーム照射のy方向位置の時間的変化13は、電子ビーム照射による加熱領域を図3に示したように上記二つの領域に分離し、かつ互いに略平行にするものであり、溶解用の電子ビーム照射領域11aでの電子ビーム照射時間を短く、蒸発用の電子ビーム照射領域11bでの電子ビーム照射時間を長くすることにより、上記二つの照射領域に温度差をもたらすものである。図4におけるt1からt4の各走査領域における電子ビーム照射による加熱領域を示したのが図5であり、t1からt4がそれぞれ図5の(a)から(d)に対応する。電子ビームのx方向走査周期が50Hzである場合、図5の(a)から(d)はそれぞれ100分の1秒間に電子ビーム照射される領域である。電子ビーム走査が繰り返されることにより電子ビーム照射領域がずれていくため、一定時間以上照射を続ければx1からx2間各部の加熱時間は均等となり、図3に示す加熱領域を得ることが出来る。
【0020】
図6は、上記構成により発生する坩堝7内の蒸着材料溶解液15内の対流を示す模式図であり、坩堝7を図3におけるy方向に平行な面で見た断面図でもある。すなわち、蒸着材料溶解液15内に、低温対流部16、高温対流部17の2カ所の対流部が発生する。蒸発用の第2の電子ビーム照射により加熱されるのは蒸着材料溶解液15の上面であるため、この2カ所の対流は自然対流とは考えにくい。上記対流の発生原因は現時点では不明確であるが、蒸着材料溶解液15内の温度差、坩堝7壁面付近での蒸着材料溶解液15の急冷、電子ビーム衝撃による溶解液面の局所的な凹みなどの要因が重複していると考えられる。
【0021】
図3において、坩堝7への材料供給位置14は、上記溶解用の第1の電子ビーム照射領域11aと坩堝7の内壁との間とすることが好ましい。上記二つの電子ビーム照射時間、供給される蒸着材料6の大きさとスプラッシュ発生の有無、発生場所について鋭意検討を行った結果、本実施の形態1においては、図6に示すような供給された材料の溶解液内での対流経路18が発生していると推測される。例えば、本発明者らの実験では、最大径2mm以上の蒸着材料6を供給した場合、上記溶解用の第1の電子ビーム照射領域11aを超え、蒸発用の第2の電子ビーム照射領域11b付近からスプラッシュが発生することを確認している。
【0022】
かかる構成によれば、蒸着材料溶解液15内に2カ所以上の対流部が発生することにより、供給された材料の溶解液内での対流経路が長くなり、しかも材料供給位置に近い領域の温度が低温であるため急激な温度変化によるスプラッシュの発生を防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる。
【0023】
第2の工程において、蒸着材料6の溶解温度T1は、第2の工程が実施される周辺圧力において蒸着材料6が飽和蒸気圧を示す温度T2よりも低いことが好ましい。蒸着材料6が飽和蒸気圧を示す温度T2は、蒸着材料や蒸着時の蒸着材料周辺圧力により異なる。例えば、蒸着材料がSiであり、周辺圧力が4.5×10−2Paであるとき、1400℃を超えるとSiが蒸発することになる。そこで、この場合、放射温度計等の温度測定器の誤差等を考慮し、1380℃を超えないように溶解用の第1の電子ビーム照射時間を調整すればよい。そうすることで、供給されたSiがスプラッシュを発生することなく溶解液内を対流することになる。また、このとき、二つの照射領域は、お互いに2cm以上10cm以下の距離で離れているものとする。2cm以下では二つの照射領域による対流が分離困難となり所望の効果が得られず、10cm以上では蒸着材料6の溶解が不十分な領域が発生する可能性が高いためである。
【0024】
なお、本実施の形態1において、電子ビーム照射による加熱領域を2カ所としたが、坩堝7の形状等により適宜3カ所以上の加熱領域としても良い。
【0025】
また、本実施の形態において、溶解用の第1の電子ビーム照射領域11aと蒸発用の第2の電子ビーム照射領域11bとに温度差をもたらす方法として、上記二つの照射領域での電子ビーム照射時間を変化させるとしたが、上記照射領域毎に電子ビームの強度を変化させてもよい。
【0026】
また、本実施の形態1において、溶解用の第1の電子ビーム照射と蒸発用の第2の電子ビーム照射とは同一の電子ビーム照射装置8の照射位置を変化させて行うとしたが、加熱領域毎に異なる電子ビーム照射装置を用いてもよい。上記方法は、設備コストは高くなるが、電子ビーム走査の時間的変化による蒸発量の変動が膜厚や膜質に影響を与えるような高成膜速度による薄膜形成時に有用である。
【0027】
また、本実施の形態1において、坩堝7の形状は直方体に限定されるものではない。円柱状、半球状、あるいは前記両形状の円を楕円にしたもの等、様々な形状とすることができる。
【0028】
また、本実施の形態1において、電子ビームの走査方法は直線往復運動に限られるものではない。本発明の効果を得られるよう、蒸着材料溶解液内に2カ所以上の対流部が発生するように走査させればよい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明にかかる蒸着方法は、2カ所以上の電子ビーム照射による加熱領域を有し、供給された材料の急激な温度変化によるスプラッシュの発生を防止し、複雑な機構を用いることなく安定した蒸着を連続して行うことができる蒸着方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施の形態1における蒸着方法を適用する蒸着装置の概略構成図
【図2】本発明の実施の形態1における蒸着材料供給装置の概略構成図
【図3】本発明の実施の形態1における電子ビーム照射による加熱領域の一例を示す概略図
【図4】本発明の実施の形態1における電子ビーム照射位置の時間的変化の一例を示す概略図
【図5】本発明の実施の形態1における電子ビーム照射位置の時間的変化の一例を示した図4に対応する加熱領域の変化を示す概略図
【図6】本発明の実施の形態1における坩堝内の蒸着材料溶解液内の対流を示す模式図
【符号の説明】
【0031】
1 真空槽
2 巻き出しロール
3 基板
4 走行ローラ
5 基板冷却ロール
6 蒸着材料
7 坩堝
8 電子ビーム照射装置
9 遮蔽板
10 巻き取りロール
11a 溶解用の第1の電子ビーム照射領域
11b 蒸発用の第2の電子ビーム照射領域
12 電子ビーム照射のx方向位置の時間的変化
13 電子ビーム照射のy方向位置の時間的変化
14 材料供給位置
15 蒸着材料溶解液
16 低温対流部
17 高温対流部
18 供給された材料の溶解液内での対流経路
19 蒸着材料を収容したフィーダー
20 供給路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に蒸着膜を形成する蒸着膜の製造方法であって、
坩堝に蒸着材料を供給する第1の工程と、
前記坩堝に供給された蒸着材料に、溶解用の第1の電子ビームを直線状に照射することにより前記蒸着材料を溶解する第2の工程と、
加熱溶解した前記蒸着材料に、蒸発用の第2の電子ビームを直線状に照射することにより前記蒸着材料を蒸発する第3の工程と、
前記蒸発した前記蒸着材料を前記基板上に供給する第4の工程と、を含み、
前記第1の電子ビームと前記第2の電子ビームとが互いに略並行に走査されていること、を特徴とする蒸着膜の製造方法。
【請求項2】
前記第1の工程における前記蒸着材料の前記坩堝への供給位置が、前記第2の工程における前記第1の電子ビーム照射による加熱領域と前記坩堝の内壁との間であること、を特徴とする請求項1記載の蒸着膜の製造方法。
【請求項3】
前記第2の工程における前記蒸着材料の溶解温度T1は、前記第2の工程が実施される周辺圧力において前記蒸着材料が飽和蒸気圧を示す温度T2よりも低いこと、を特徴とする請求項1または請求項2に記載の蒸着膜の製造方法。
【請求項4】
前記第1の工程における前記蒸着材料は、粒径0.1mmから2mmの粒体であること、を特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の蒸着膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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