蓄熱装置
【課題】過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定できる蓄熱装置を提供すること。
【解決手段】過冷却蓄熱材2を備え、当該過冷却蓄熱材2の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置1であって、前記過冷却蓄熱材2の温度を検出する蓄熱材温度センサ91と、前記過冷却蓄熱材2と熱交換可能な熱源の温度を検出する熱源温度センサ92,93,94と、前記蓄熱材温度センサ91および熱源温度センサ92,93,94の出力に基づいて前記過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する熱時定数算出手段と、前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材2の状態を判定する状態判定手段と、を備える。
【解決手段】過冷却蓄熱材2を備え、当該過冷却蓄熱材2の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置1であって、前記過冷却蓄熱材2の温度を検出する蓄熱材温度センサ91と、前記過冷却蓄熱材2と熱交換可能な熱源の温度を検出する熱源温度センサ92,93,94と、前記蓄熱材温度センサ91および熱源温度センサ92,93,94の出力に基づいて前記過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する熱時定数算出手段と、前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材2の状態を判定する状態判定手段と、を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱装置に関する。より詳しくは、過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の走行に伴って生じた各種廃熱を蓄熱しておき、蓄熱した熱を必要に応じて放出することにより内燃機関や自動変速機などの対象物を暖機する蓄熱装置が知られている。近年では、このような蓄熱装置において、蓄熱および放熱する熱材として過冷却蓄熱材を用いたものが提案されている。この蓄熱装置では、過冷却蓄熱材が過冷却状態となっているとき、すなわちその温度が融点よりも低くかつ液相にあるときに発核させることにより液相から固相へ変化させ、このときの相変化に伴って放出される潜熱を利用する。
【0003】
このような過冷却蓄熱材を用いた蓄熱装置において、過冷却蓄熱材の蓄熱および放熱を制御するためには、過冷却蓄熱材の状態を的確に把握する必要がある。そこで、例えば特許文献1には、融点より高い温度の状態にある過冷却蓄熱材が冷却される過程における過冷却蓄熱材の温度変化の態様により、過冷却蓄熱材が過冷却状態であるか否かを判定する手順が示されている。例えば、融点より高い温度から冷却したとき、過冷却状態になる場合は、相変化に伴う潜熱の放出が無いのでその温度は概ね一定の割合で低下し続けるのに対し、過冷却状態にならずに凝固する場合は、液相から固相への相変化に伴い潜熱が放出されるのでその温度が凝固点付近で一定になる。特許文献1に示された判定方法は、このような温度変化の態様の違いに基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−33294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に示された判定方法は、過冷却蓄熱材の状態を静的に判定することはできない。すなわち、この判定方法では、過冷却蓄熱材をその相が変化する程度に冷却する必要があり、また、この過程で凝固し始める際の潜熱の放出の有無を常に監視し続ける必要があり、時間がかかってしまう。
【0006】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定できる蓄熱装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明は、過冷却蓄熱材(例えば、後述の過冷却蓄熱材2)を備え、当該過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置(例えば、後述の蓄熱装置1)を提供する。前記蓄熱装置は、前記過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサ(例えば、後述の蓄熱材温度センサ91)と、前記過冷却蓄熱材と熱交換可能な熱源(例えば、後述の熱媒体通路31内を流通するLLCおよびATF,ペルチェ素子32,外気)の温度を検出する熱源温度センサ(例えば、後述の第1熱源温度センサ92,第2熱源温度センサ93,第3熱源温度センサ94)と、前記蓄熱材温度センサおよび前記熱源温度センサの出力に基づいて前記過冷却蓄熱材の熱時定数を算出する熱時定数算出手段(例えば、後述のECU5,図17のステップS112,114の実行に係る手段)と、前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定手段(例えば、後述のECU5,図17のステップS115〜120の実行に係る手段)と、を備える。
【0008】
この発明によれば、過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサおよび熱源の温度を検出する熱源温度センサの出力に基づいて過冷却蓄熱材の熱時定数を算出し、この熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定する。ここで、熱時定数とは、対象となる材料を温度が異なる熱源に接触させ、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。すなわち、過冷却蓄熱材と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材の温度変化の割合が大きい場合、熱時定数は小さな値となり、過冷却蓄熱材と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材の温度変化の割合が小さい場合、熱時定数は大きな値となる。このため、熱時定数は、長時間に亘る過冷却蓄熱材の温度の履歴を参照せずとも、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度に基づいて算出することができる。このような熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定することにより、過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定することができる。
また、この発明によれば、従来と比較して、その状態を判定するために過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させる必要がないので、例えば過冷却蓄熱材が不必要に発核してしまうのを防止できる。
また、例えば蓄熱装置を車両の暖機装置として応用した場合において、内燃機関の運転停止中は過冷却蓄熱材の温度履歴がキャンセルされてしまうので、従来では、内燃機関の始動直後における過冷却蓄熱材の状態を判定することはできなかった。そこで、この発明によれば、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度から算出可能な熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定するので、内燃機関の始動直後であってもその状態を判定することができる。
【0009】
この場合、前記過冷却蓄熱材は、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有し、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が前記第1閾値以上である場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することが好ましい。
【0010】
一般的な過冷却蓄熱材では、固相状態のときの方が液相状態のときよりも伝熱速度が高いので、その液相状態のときの熱時定数は固相状態のときの熱時定数よりも大きいが、この発明では、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有する過冷却蓄熱材を用いる。具体的には、例えば固相状態において結晶間に気泡が入り込むことで液相状態のときよりも伝熱速度が低下し、液相状態のときの方が固相状態のときよりも熱時定数が小さい酢酸ナトリウム三水和物などを用いる。このため、熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度に基づいて算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、算出された熱時定数が第1閾値以上である場合には、過冷却蓄熱材は固相状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の状態を正確に判定でき、上記発明の効果が確実に奏される。
【0011】
この場合、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が、第1下限値と第1上限値とを有する第1所定範囲内(例えば、後述の図17のステップS115の判別に用いるτL1<τ<τL2)に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が、前記第1上限値より大きな第2下限値と第2上限値とを有する第2所定範囲内(例えば、後述の図17のステップS117の判別に用いるτSL1<τ<τS2)に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することが好ましい。
【0012】
この発明によれば、算出された熱時定数が第1所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、過冷却蓄熱材が液相状態にあると判定し、第1所定範囲よりも大きい熱時定数側に設定された第2所定範囲内に所定時間継続してある場合には、過冷却蓄熱材が固相状態にあると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の相状態の判定をより正確に行うことが可能となる。
【0013】
この場合、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数の所定時間内の変動の大きさが所定の第2閾値(例えば、後述の閾値TTCC_THR)よりも大きい場合には、前記過冷却蓄熱材は融解状態であると判定することが好ましい。
【0014】
過冷却蓄熱材の融解時においては、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体が不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大するので、熱時定数にばらつきが生じる。そこで、この発明によれば、算出された熱時定数の所定の時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、過冷却蓄熱材は融解状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の融解状態を正確に判定できるので、無駄な発核操作を回避できる。
【0015】
この場合、前記過冷却蓄熱材の温度と前記熱源の温度とが略等しい場合には、前記過冷却蓄熱材または熱源の温度を上昇または下降させることにより前記過冷却蓄熱材と前記熱源に温度差を発生させる温度差発生手段(例えば、後述のペルチェ素子32)をさらに備えることが好ましい。
【0016】
上述したように、熱時定数の算出においては、対象となる材料の温度と熱源の温度とが異なることが必要であるところ、過冷却蓄熱材の温度と熱源の温度とが略等しい場合には、熱時定数を算出することができない。そこで、この発明によれば、過冷却蓄熱材または熱源の温度を上昇または下降させることにより、過冷却蓄熱材と熱源に温度差を発生させる。これにより、過冷却蓄熱材の熱時定数を算出でき、算出された熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係る蓄熱装置の構成を示す模式図である。
【図2】過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する実験結果を示す図である。
【図3】過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する実験結果を示す図である。
【図4】パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図5】パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図6】パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図7】パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図8】パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図9】パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図10】パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図11】パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図12】パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図13】パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図14】パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図15】パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図16】発核制御実行可否の判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図17】過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図18】ある物質の相状態と、τL1、τL2、τS1およびτS2との関係を模式的に示した図である。
【図19】ある時間tにおける熱時定数τ(t)と所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avを示した図である。
【図20】過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図21】過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係る蓄熱装置1の構成を示す模式図である。この蓄熱装置1は、図示しない車両に搭載されており、この車両の走行に伴って発生した廃熱を過冷却蓄熱材2で蓄熱しておき、蓄熱した熱で所定の対象物を加熱する。
【0019】
蓄熱装置1は、過冷却蓄熱材2が収められた筐体3と、この筐体3に設けられた発核装置4と、この発核装置4を制御する電子制御ユニット(以下、「ECU(Electric Control Unit)」という)5とを備える。
【0020】
過冷却蓄熱材2は、液相状態から温度を下げて、その温度が凝固点以下になっても液相のままで固化しない性質を有する潜熱蓄熱材である。本実施形態では、過冷却蓄熱材2として酢酸ナトリウム三水和物を用いるが、これに限らず、例えばNa2SO4・10H2OやCaCl2・6H2Oなどの水和塩化合物を用いてもよい。過冷却蓄熱材2は、その温度が凝固点以下でありかつ液相であるとき、すなわち過冷却状態にあるときに、この過冷却状態を解除し液相から固相に変化させると、この相変化に伴って潜熱を放出する。したがって、この過冷却蓄熱材2と熱交換可能な所定の対象物の温度が過冷却蓄熱材2の温度よりも低い場合には、過冷却蓄熱材2の過冷却状態を解除することにより、上記対象物を加熱することができる。なお、以下では、過冷却蓄熱材2の過冷却状態を解除し、液相から固相へ変化させることを、発核させるという。
【0021】
発核装置4は、過冷却蓄熱材2に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材2を発核させる。この発核装置4は、例えば、金属ばねと、この金属ばねに打撃を与えるソレノイドとを含んで構成される。このソレノイドは、ECU5に接続されており、ECU5からの制御信号に応じてロッドを進退させて、金属ばねに打撃を与える。この構成により、発核装置4は、ECU5からの制御信号に応じて動作し、過冷却状態にある過冷却蓄熱材2を発核させる。なお、発核装置4は、以上のように構成されたものに限らず、例えば、ECU5からの制御信号に応じて過冷却蓄熱材2に電圧を印加するなどして、過冷却蓄熱材2に電気的な刺激を与えるように構成されたものでもよい。
【0022】
筐体3には、エンジンの冷却水(LLC)や自動変速機の作動油(ATF)などの熱媒が流通する熱媒体通路31が接続されており、筐体3内の過冷却蓄熱材2と熱媒体通路31内の熱媒との間で熱交換が可能となっている。なお、本実施形態では、この熱媒体通路31を流通するLLCやATFを、蓄熱装置1の加熱対象物とするが、これに限らない。
【0023】
また、筐体3にはペルチェ素子32が設けられている。このペルチェ素子32のコントローラ33は、ECU5に接続されており、ペルチェ素子32は、ECU5からの制御信号に基づいて発熱または吸熱する。これにより、ペルチェ素子32で、筐体3内の過冷却蓄熱材2を加熱または冷却する。なお、本実施形態において熱源とは、特に断りのない限り、筐体3内の過冷却蓄熱材2と熱交換可能なものの全てをいう。したがって、上述の熱媒体通路31内を流通するLLCおよびATF、並びにペルチェ素子32の他、外気も熱源とする。
【0024】
ECU5には、蓄熱材温度センサ91、第1熱源温度センサ92、第2熱源温度センサ93、および第3熱源温度センサ94などの各種センサが接続されている。蓄熱材温度センサ91は、過冷却蓄熱材2の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第1熱源温度センサ92は、熱媒体通路31を流通する熱媒体の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第2熱源温度センサ93は、ペルチェ素子32の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第3熱源温度センサ94は、外気温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。
【0025】
ECU5は、各種センサからの入力信号波形を整形し、電圧レベルを所定のレベルに修正し、アナログ信号値をデジタル信号値に変換するなどの機能を有する入力回路と、中央演算処理ユニット(以下「CPU」という)とを備える。この他、ECU5は、CPUで実行される各種演算プログラムおよび演算結果などを記憶する記憶回路と、発核装置4やコントローラ33を介してペルチェ素子32に制御信号を出力する出力回路と、を備える。
【0026】
以上のように構成された蓄熱装置1では、蓄熱材温度センサ91および熱源温度センサ92,93の検出値に基づいて、過冷却蓄熱材2の状態、より具体的にはその相状態および過冷却状態であるか否かなどを、ECU5で判定することが可能となっている。本発明では、過冷却蓄熱材2の状態の判定に用いるパラメータの1つとして、過冷却蓄熱材2の熱時定数を参照する。以下、この熱時定数の意味合いと、その特性に関する実験結果について説明する。
【0027】
熱時定数とは、対象となる材料を、温度が異なりかつ温度変化のない理想的な熱源と熱交換させることにより、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度(熱源の温度の約63.2%)に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。この過冷却蓄熱材の熱時定数τは、過冷却蓄熱材の温度をT[K]とし、熱源の温度をT0[K]とし、過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値をT´(=dT/dt)[K/s]とした場合、τT´+T=T0の関係が成立し、熱時定数τは下記式(1)で示される。
[数1]
τ=(T0−T)/T´ (1)
【0028】
次に、過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する2つの実験結果について、図2および図3を参照して説明する。なお、以下の2つの実験いずれにおいても、測定サンプルとして、酢酸ナトリウム三水和物の含有量が55質量%の過冷却蓄熱材50ccを用いた。
図2は、過冷却蓄熱材およびこの過冷却蓄熱材と熱交換可能に設けられた熱源の温度、並びに、過冷却蓄熱材の熱時定数を示す図である。図2中、上段は過冷却蓄熱材および熱源の温度の測定結果を示し、下段は上記式(1)を用いて算出された熱時定数の値を示す。この図2は、固相の過冷却蓄熱材と熱源とが略等しい温度(約26℃)にある状態から、図2中、一点鎖線で示すように熱源の温度を所定の温度(約81℃)まで瞬間的に上昇させた後、この熱源で過冷却蓄熱材を固相状態から液相状態になるまで昇温させた場合の結果を示している。図2に示すように、測定開始から約330[sec]までの間、過冷却蓄熱材は固相状態であった。その後、過冷却蓄熱材は、約330〜815[sec]までの間で徐々に融解し、約815[sec]以降は液相状態であった。
【0029】
図2に示すように、過冷却蓄熱材が固相状態にある間は、その温度が徐々に上昇するにもかかわらず、熱時定数の値は所定値τsで略一定となる。例えば、200[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として81℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして33.7℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.058を上記式(1)に代入して算出した結果、811[sec]であった。
また、図2に示すように、熱時定数の値は、過冷却蓄熱材が融解している間は大きく変化する。その後、過冷却蓄熱材が液相状態になると、熱時定数の値は、上記固相状態における収束値τsよりも小さな所定値τfで略一定となる。例えば、900[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として79℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして73.1℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.053を上記式(1)に代入して算出した結果、111[sec]であり、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、700[sec]であった。
【0030】
図3は、過冷却蓄熱材およびこの過冷却蓄熱材と熱交換可能に設けられた熱源の温度、並びに、過冷却蓄熱材の熱時定数を示す図である。図3中、上段は過冷却蓄熱材および熱源の温度の測定結果を示し、下段は上記式(1)を用いて算出された熱時定数の値を示す。この図3は、過冷却蓄熱材と熱源とが略等しい温度(約26℃)にある状態から、図3中、一点鎖線で示すように熱源の温度を所定の温度(約81℃)まで緩やかに上昇させた場合の結果を示している。図3に示すように、測定開始から約1500[sec]までの間、過冷却蓄熱材は固相状態であった。その後、過冷却蓄熱材は、約1500〜2900[sec]までの間で徐々に融解し、約2900[sec]以降は液相状態であった。
【0031】
図3に示すように、過冷却蓄熱材が固相状態にある間は、その温度が徐々に上昇するにもかかわらず、熱時定数の値は、図2に示す結果と比較してノイズの影響が大きいものの所定値τs´の近傍で略一定となる。例えば、500[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として45.8℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして29℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.016を上記式(1)に代入して算出した結果、1050[sec]であった。
また、図3に示すように、熱時定数の値は、過冷却蓄熱材が融解している間は大きく変化する。その後、過冷却蓄熱材が液相状態になると、熱時定数の値は、上記固相状態における収束値τs´よりも小さな所定値τf´で略一定となる。例えば、3000[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として80.4℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして75.4℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.014を上記式(1)に代入して算出した結果、357[sec]であり、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、693[sec]であった。
【0032】
以下、図2および図3の結果について考察する。
通常、物質の伝熱速度は、固相状態のときが最も高く、液相状態、気相状態の順に低くなるので、その熱時定数は固相状態のときが最も小さい。ところが、上述の実験で用いた酢酸ナトリウム三水和物では、その伝熱速度は固相状態のときよりも液相状態のときの方が高く、液相状態のときの熱時定数の方が固相状態のときの熱時定数よりも小さいことが確認された。これは、酢酸ナトリウム三水和物が発核により液相状態から固相状態に相変化する際に、体積が減少して結晶間に空気層が入り込むことにより、伝熱速度が低下して熱時定数が増大したものと考えられる。
【0033】
また、上述の実験では、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際に、その熱時定数が大きくばらつく現象が確認された。これは、過冷却蓄熱材の融解時には、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体とが不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大した結果、熱時定数にばらつきが生じたものと考えられる。
【0034】
また、上述の実験では、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際に、融解状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも大きいことが確認された。これは、過冷却蓄熱材の融解時には、融解による吸熱の影響で過冷却蓄熱材の温度上昇が緩やかになったためであると考えられる。
【0035】
また、上述の2つの実験では、主として測定条件の相違、すなわち熱源の温度を急激に変化させた場合と緩やかに変化させた場合の相違により、熱時定数の値に差が見られたが、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、測定サンプルが相違してもほぼ等しいことが確認された。この結果から、液相状態と固相状態の切り分けが可能であることが分かり、熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態判別が可能であると考えられる。
【0036】
また、図2で示される実験は、ペルチェ素子などの温度を瞬間的に自在に変化させることができる熱源を想定した実験であり、図3で示される実験は、熱媒体などの温度が比較的緩やかに変化する熱源を想定した実験である。したがって、2つの実験において熱時定数に差が見られた理由としては、ペルチェ素子と熱媒体のように熱源の熱容量の相違が考えられる。すなわち、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなると考えられる。このため、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値は、熱源に応じて別設定する必要があると考えられる。
以上より、過冷却蓄熱材の状態を判定するパラメータとして熱時定数が有効であることが検証された。
【0037】
以上のような特性を有する過冷却蓄熱材の熱時定数は、図1に示す蓄熱装置1では、熱時定数を算出するための熱源の種類や、この熱源と過冷却蓄熱材との温度差などに応じて、複数の異なる方法で算出することができる。以下では、熱時定数を算出する6種類の方法(パターン1〜6)について説明する。
【0038】
<パターン1>
パターン1の算出方法について、図4および図5を参照して説明する。
パターン1は、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差があり、かつ、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも高い場合に、この温度差を利用して熱時定数を算出する方法である。また、以下で詳細に説明するように、このパターン1の熱時定数の算出方法では、過冷却蓄熱材の温度変化に対して熱源の温度変化は小さい方が好ましいので、熱時定数を算出するための熱源を、過冷却蓄熱材と比較して熱容量が十分に大きいもの、すなわち図1の蓄熱装置1では、LLC、ATFまたは外気とする。したがって、このパターン1では、図1の第1熱源温度センサ92または第3熱源温度センサ94の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0039】
図4は、パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図5は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0040】
図4および図5に示すように、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも高い場合、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の温度T0へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図5に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0041】
<パターン2>
パターン2の算出方法について、図6および図7を参照して説明する。
パターン2は、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差があり、かつ、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも低い場合に、この温度差を利用して熱時定数を算出する方法である。また、このパターン2の算出方法も、上述のパターン1の算出方法と同様の理由により、熱時定数を算出するための熱源としては、LLC、ATFまたは外気とする。したがって、このパターン1では、図1の第1熱源温度センサ92または第3熱源温度センサ94の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0042】
図6は、パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図7は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0043】
図6および図7に示すように、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも低い場合、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の温度T0へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図7に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0044】
<パターン3>
パターン3の算出方法について、図8および図9を参照して説明する。
パターン3は、上述のパターン1および2で熱時定数を測定できない場合、すなわち熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。したがって、このパターン3の熱時定数の算出方法では、熱時定数を算出するための熱源は、能動的に温度差を発生させることができる熱源、すなわち図1の蓄熱装置1ではペルチェ素子とする。したがって、このパターン3では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0045】
図8は、パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図9は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0046】
パターン3の算出方法では、図8および図9に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に上昇させて、さらにこの目標温度に維持することにより、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の目標温度へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図9に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0047】
<パターン4>
パターン4の算出方法について、図10および図11を参照して説明する。
パターン4は、上述のパターン3と同様に熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法であり、熱時定数を算出するための熱源は、ペルチェ素子とする。したがって、このパターン4では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0048】
図10は、パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図11は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0049】
パターン4の算出方法では、図10および図11に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に低下させて、さらにこの目標温度に維持することにより、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の目標温度へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図11に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0050】
<パターン5>
パターン5の算出方法について、図12および図13を参照して説明する。
パターン5は、上述のパターン3および4と同様に、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。また、このパターン5の算出方法は、過冷却蓄熱材の温度が融点以下である場合に特に有効な算出方法である。すなわち、過冷却蓄熱材の温度が融点以下で過冷却状態のときに、過冷却状態を維持する観点から有効な算出方法である。したがって、熱時定数を算出するための熱源はペルチェ素子とし、このパターン5では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0051】
図12は、パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図13は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0052】
パターン5の算出方法では、図12および図13に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に上昇させて、この目標温度を短時間維持した後、熱源の温度T0を瞬間的に元の温度に下降させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、一旦、上記の目標温度に達した後、熱源の元の温度へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図13に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0053】
<パターン6>
パターン6の算出方法について、図14および図15を参照して説明する。
パターン6は、上述のパターン3〜5と同様に、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。また、このパターン6の算出方法は、過冷却蓄熱材の温度が融点以下である場合に特に有効な算出方法である。すなわち、過冷却蓄熱材の温度が融点以下で過冷却状態のときに、過冷却状態を維持する観点から有効な算出方法である。したがって、熱時定数を算出するための熱源はペルチェ素子とし、このパターン5では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0054】
図14は、パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図15は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0055】
パターン6の算出方法では、図14および図15に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に下降させて、この目標温度を短時間維持した後、熱源の温度T0を瞬間的に元の温度に上昇させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、一旦、上記の目標温度に達した後、熱源の元の温度へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図15に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0056】
次に、上述したような熱時定数に基づく過冷却蓄熱材の状態判定を利用した発核制御実行可否の判定処理の手順について説明する。
図16は、発核制御実行可否の判定処理の手順を示すフローチャートである。この発核制御実行可否の判定処理は、過冷却蓄熱材の発核制御が実行可能であるか否かを判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0057】
ステップS11では、過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定処理を実行し、実行後はステップS12に移る。この状態判定処理については、後段で図17を参照して詳述する。
【0058】
ステップS12では、ステップ11の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS12の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS13に移る。
【0059】
ステップS13では、蓄熱材温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材の温度が凝固点以下であるか否かを判別する。このステップS13の判別がYESである場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態であると判断し、ステップS14に移る。
【0060】
ステップS14では、発核制御実行許可フラグを「1」にセットし、この処理を終了する。この発核制御実行許可フラグは、過冷却蓄熱材が過冷却状態であり、発核制御の実行が可能な状態であることを示すフラグである。したがって、このフラグを「1」にセットすることで、図示しない処理により発核制御が実行される。具体的には、上述した発核装置によって、例えば、過冷却蓄熱材に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材を発核させる処理が実行される。
【0061】
一方、ステップS12の判別がNOであり過冷却蓄熱材が液相状態でない場合、または、ステップS13の判別がNOであり過冷却蓄熱材の温度が凝固点より高い場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態ではないと判断し、ステップS15に移る。ステップS15では、発核制御実行許可フラグを「0」にリセットし、この処理を終了する。
【0062】
次に、過冷却蓄熱材の状態判定処理について、図17を参照して説明する。
図17は、過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順を示すフローチャートである。この状態判定処理は、上述のパターン1〜6いずれかの算出方法により算出された熱時定数に基づいて、過冷却蓄熱材の相状態を判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0063】
ステップS111では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材と熱源との温度差の絶対値が所定の閾値TD_THRより大きいか否かを判別する。ステップS111の判別がYESであり、温度差の絶対値が上記閾値TD_THRよりも大きい場合には、ステップS112に移る。
なお、閾値TD_THRについては、予め実験を行うことにより、熱時定数を算出可能な程度に過冷却蓄熱材と熱源との間に十分な温度差が確保されるように設定されて、ECUに格納されている。
【0064】
ステップS112では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、熱時定数τを算出し、ステップS115に移る。ここで、熱源の温度が過冷却蓄熱材の温度よりも高い場合には、パターン1により熱時定数τを算出する。熱源の温度が過冷却蓄熱材の温度以下である場合には、パターン2により熱時定数τを算出する。
【0065】
一方、ステップS111の判別がNOであり、温度差の絶対値が上記閾値TD_THR以下であり、過冷却蓄熱材の温度と熱源の温度とが比較的近い場合には、過冷却蓄熱材の状態を判定するためには過冷却蓄熱材と熱源との温度差を拡大する必要があると判断し、ステップS113に移る。
ステップS113では、過冷却蓄熱材の強制加熱または強制冷却を実行し、実行後はステップS114に移る。具体的には、ECUからの制御信号に基づいてペルチェ素子を発熱または吸熱させることにより、過冷却蓄熱材を加熱または冷却する。これにより、過冷却蓄熱材の状態判定に必要な過冷却蓄熱材と熱源との温度差が確保される。
【0066】
ステップS114では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、熱時定数τを算出し、ステップS115に移る。ここで、過冷却蓄熱材の温度が融点よりも高くかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制加熱した場合には、パターン3により熱時定数τを算出し、過冷却蓄熱材の温度が融点よりも高くかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制冷却した場合には、パターン4により熱時定数τを算出する。また、過冷却蓄熱材の温度が融点以下でありかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制加熱した場合には、パターン5により熱時定数τを算出し、過冷却蓄熱材の温度が融点以下でありかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制冷却した場合には、パターン6により熱時定数τを算出する。
なお、本ステップで算出される熱時定数τは、パターン3〜6の算出方法によるものであるため、熱源としてペルチェ素子を用い、LLCやATFなどの熱媒体の熱容量も含めた状態で算出される熱時定数である。
【0067】
ステップS115では、ステップS112またはステップS114で算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内(すなわち、τL1<τ<τL2で規定される第1所定範囲内)にあるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内にある場合には、ステップS116に移り、過冷却蓄熱材は液相状態にあると判断してこの処理を終了する。
なお、ステップS115の所定時間は、予め実験を行うことにより、過冷却蓄熱材の液相状態を正確に判定できる範囲内で設定され、ECUに格納されている。
【0068】
一方、ステップS115の判別がNOであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内にない場合には、過冷却蓄熱材は液相状態にはないと判断されるため、ステップS117に移る。
ステップS117では、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内(すなわち、τS1<τ<τS2で規定される第2所定範囲内)にあるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内にある場合には、ステップS118に移り、過冷却蓄熱材は固相状態にあると判断してこの処理を終了する。
なお、ステップS117の所定時間は、予め実験を行うことにより、過冷却蓄熱材の固相状態を正確に判定できる範囲内で設定され、ECUに格納されている。
【0069】
ここで、ステップS115の判別で用いる下限値τL1および上限値τL2と、ステップS117の判別で用いる下限値τS1および上限値τS2の設定について、図18を参照して説明する。
図18は、ある物質の相状態と、τL1、τL2、τS1およびτS2との関係を模式的に示した図である。上述の実験結果から明らかとされたように、本実施形態で用いる過冷却蓄熱材としての酢酸ナトリム三水和物は、液相状態のときの熱時定数の方が固相状態のときの熱時定数よりも小さい。このため、図18に示すように、液相状態の判別に用いるτL1およびτL2は、固相状態の判別に用いるτS1およびτS2よりも小さな値に設定される。具体的なこれらの値は、予め実験を行うことにより、ノイズなどを考慮のうえ正確に相状態を判断できる範囲内で設定されて、ECUに格納されている。
【0070】
また、上述の実験結果から確認されたように、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなるため、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値は、熱源に応じて別設定する必要がある。すなわち、熱源としてペルチェ素子を用いた場合には、熱媒体通路内を流通するLLCやATFなどの熱媒体も含めた状態での熱容量となるため、この場合の熱時定数は、ペルチェ素子を用いずに熱媒体のみを熱源とした場合の熱時定数とは異なったものとなる。したがって、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値(τL1、τL2、τS1およびτS2)は、熱媒体のみを熱源とした場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行しなかった場合)と、熱源としてペルチェ素子を用いた場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行した場合)とでは、別設定とし、熱源に応じて持ち替えられる。
【0071】
図17に戻って、ステップS117の判別がNOであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内にない場合には、過冷却蓄熱材は固相状態にはないと判断されるため、ステップS119に移る。
ステップS119では、算出された熱時定数τの所定時間間隔における変動の大きさTTCCが、所定の閾値TTCC_THR以上であるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τの所定時間間隔における変動の大きさが、所定の閾値TTCC_THR以上である場合には、ステップS120に移り、過冷却蓄熱材が融解状態にあると判断してこの処理を終了する。
【0072】
ここで、ステップS117の判別で用いる熱時定数τの変動の大きさについて、図19を参照して説明する。
図19は、ある時間tにおける熱時定数τ(t)と、所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avとを示した図である。図19に示すように、熱時定数τ(t)の値は、所定時間間隔において変動し、ばらつきが認められる。また、上述の実験結果から明らかとされたように、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際には、上記のばらつきが顕著となる。そこで、下記式(2)により算出された値を、熱時定数τ(t)の所定時間間隔における変動の大きさTTCCとし、この値を融解状態の判別に用いる。変動の大きさTTCCは、下記式(2)で表されるように、熱時定数τ(t)と所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avとの差分を2乗した総和である。
[数2]
TTCC=Σ(τ(t)−τ_av)2 (2)
【0073】
所定の閾値TTCC_THRは、予め実験を行うことにより、固相状態や液相状態と融解状態とが判別できる範囲内で設定されて、ECUに格納されている。なお、上述の実験結果から確認されたように、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなることから、上記の閾値TTCC_THRは、熱媒体のみを熱源とした場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行しなかった場合)と、熱源としてペルチェ素子用いた場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行した場合)とでは、別設定とし、熱源に応じて持ち替えられる。
【0074】
図17に戻って、ステップS119の判別がNOであり、算出された熱時定数τの所定時間内の変動の大きさが、所定の閾値TTCC_THR未満である場合には、過冷却蓄熱材は融解状態にはないと判断され、この処理を終了する。
【0075】
次に、過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順について説明する。
図20は、過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。この液相固着判定処理は、発核装置を用いて発核制御を実行した場合において、発核が生じずに液相固着したか否かを熱時定数に基づいて判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0076】
ステップS21では、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS22に移る。
【0077】
ステップS22では、ステップ21の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS22の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS23に移る。
【0078】
ステップS23では、蓄熱材温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材の温度が凝固点以下であるか否かを判別する。このステップS23の判別がYESである場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態であると判断し、ステップS24に移る。
【0079】
ステップS24では、発核制御実行許可フラグを「1」にセットし、ステップS26に移る。この発核制御実行許可フラグは、過冷却蓄熱材が過冷却状態であり、発核制御の実行が可能な状態であることを示すフラグである。したがって、このフラグを「1」にセットすることで、図示しない処理により発核制御が実行される。具体的には、上述した発核装置によって、例えば、過冷却蓄熱材に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材を発核させる処理が実行される。
【0080】
一方、ステップS22の判別がNOであり、過冷却蓄熱材が液相状態でない場合、または、ステップS23の判別がNOであり過冷却蓄熱材の温度が凝固点より高い場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態ではないと判断し、ステップS25に移る。ステップS25では、発核制御実行許可フラグを「0」にリセットし、この処理を終了する。
【0081】
ステップS26では、再度、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS27に移る。
【0082】
ステップS27では、ステップ26の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS27の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS28に移り、発核が失敗して液相固着したと判断し、この処理を終了する。
【0083】
一方、ステップS27の判別がNOであり過冷却蓄熱材が液相状態でない場合には、ステップS29に移り、発核が成功したと判断し、この処理を終了する。
【0084】
次に、過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順について説明する。
図21は、過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。この固相固着判定処理は、融解するのに十分な熱量で過冷却蓄熱材を加熱した場合において、固相固着したか否かを熱時定数に基づいて判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0085】
ステップS31では、固相状態の過冷却蓄熱材に対して、融解するのに十分な熱量を加えて加熱処理を実行する。実行後はステップS32に移る。
【0086】
ステップS32では、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS33に移る。
【0087】
ステップS33では、ステップ32の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が固相状態であるか否かを判別する。ステップS33の判別がYESであり過冷却蓄熱材が固相状態である場合には、ステップS34に移り、蓄熱装置としての融解機能が失陥したと判断し、この処理を終了する。
【0088】
一方、ステップS33の判別がNOであり過冷却蓄熱材が固相状態でない場合には、ステップS35に移り、蓄熱装置としての融解機能が正常であると判断し、この処理を終了する。
【0089】
以上より、本実施形態に係る蓄熱装置1によれば、以下の効果が奏される。
本実施形態によれば、過冷却蓄熱材2の温度を検出する蓄熱材温度センサ91および熱源の温度を検出する熱源温度センサ92,93,94の出力に基づいて過冷却蓄熱材2の熱時定数τを算出し、この熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定する。ここで、熱時定数τとは、対象となる材料を温度が異なる熱源に接触させ、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。すなわち、過冷却蓄熱材2と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材2の温度変化の割合が大きい場合、熱時定数τは小さな値となり、過冷却蓄熱材2と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材2の温度変化の割合が小さい場合、熱時定数τは大きな値となる。このため、熱時定数τは、長時間に亘る過冷却蓄熱材2の温度の履歴を参照せずとも、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材2の温度に基づいて算出することができる。このような熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定することにより、過冷却蓄熱材2の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定することができる。
また、本実施形態によれば、従来と比較して、その状態を判定するために過冷却蓄熱材2の状態を大きく変化させる必要がないので、例えば過冷却蓄熱材2が不必要に発核してしまうのを防止できる。
また、例えば蓄熱装置1を車両の暖機装置として応用した場合において、内燃機関の運転停止中は過冷却蓄熱材2の温度履歴がキャンセルされてしまうので、従来では、内燃機関の始動直後における過冷却蓄熱材2の状態を判定することはできなかった。そこで、本実施形態によれば、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材2の温度から算出可能な熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定するので、内燃機関の始動直後であってもその状態を判定することができる。
【0090】
また、一般的な過冷却蓄熱材では、固相状態のときの方が液相状態のときよりも伝熱速度が高いので、その液相状態のときの熱時定数は固相状態のときの熱時定数よりも大きいが、本実施形態では、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有する過冷却蓄熱材2を用いる。具体的には、例えば固相状態において結晶間に気泡が入り込むことで液相状態のときよりも伝熱速度が低下し、液相状態のときの方が固相状態のときよりも熱時定数τが小さい酢酸ナトリウム三水和物などを用いる。このため、本実施形態では、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記のτL1<τ<τL2で規定される第1所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材2が液相状態にあると判定する。また、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記のτS1<τ<τS2で規定される第2所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材2が固相状態にあると判定する。これにより、過冷却蓄熱材2の相状態の判定を正確に行うことができる。
【0091】
過冷却蓄熱材2の融解時においては、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体が不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大するので、熱時定数にばらつきが生じる。そこで、本実施形態によれば、算出された熱時定数の所定の時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、過冷却蓄熱材2は融解状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材2の融解状態を正確に判定できるので、無駄な発核操作を回避できる。
【0092】
上述したように、熱時定数の算出においては、対象となる材料の温度と熱源の温度とが異なることが必要であるところ、過冷却蓄熱材2の温度と熱源の温度とが略等しい場合には、熱時定数を算出することができない。そこで、本実施形態によれば、過冷却蓄熱材2の温度を上昇または下降させることにより過冷却蓄熱材2と熱源に温度差を発生させる。これにより、過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出でき、算出された熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定することができる。
【0093】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良は本発明に含まれる。
例えば、上記実施形態では、算出された熱時定数τが所定時間継続して上記第1所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材が液相状態にあると判定し、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記第2所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材が固相状態にあると判定したが、これに限定されない。熱時定数τが、予め実験を行うことにより設定した
所定の第1閾値よりも小さい場合に、過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、熱時定数τが第1閾値以上である場合に、過冷却蓄熱材は固相状態であると判定してもよい。
【符号の説明】
【0094】
1…蓄熱装置
2…過冷却蓄熱材
3…筐体
4…発核装置
5…ECU(熱時定数算出手段,状態判定手段,温度差発生手段)
31…熱媒体通路
32…ペルチェ素子(温度差発生手段,熱源)
33…コントローラ(温度差発生手段)
91…蓄熱材温度センサ
92…第1熱源温度センサ(熱源温度センサ)
93…第2熱源温度センサ(熱源温度センサ)
94…第3熱源温度センサ(熱源温度センサ)
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱装置に関する。より詳しくは、過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の走行に伴って生じた各種廃熱を蓄熱しておき、蓄熱した熱を必要に応じて放出することにより内燃機関や自動変速機などの対象物を暖機する蓄熱装置が知られている。近年では、このような蓄熱装置において、蓄熱および放熱する熱材として過冷却蓄熱材を用いたものが提案されている。この蓄熱装置では、過冷却蓄熱材が過冷却状態となっているとき、すなわちその温度が融点よりも低くかつ液相にあるときに発核させることにより液相から固相へ変化させ、このときの相変化に伴って放出される潜熱を利用する。
【0003】
このような過冷却蓄熱材を用いた蓄熱装置において、過冷却蓄熱材の蓄熱および放熱を制御するためには、過冷却蓄熱材の状態を的確に把握する必要がある。そこで、例えば特許文献1には、融点より高い温度の状態にある過冷却蓄熱材が冷却される過程における過冷却蓄熱材の温度変化の態様により、過冷却蓄熱材が過冷却状態であるか否かを判定する手順が示されている。例えば、融点より高い温度から冷却したとき、過冷却状態になる場合は、相変化に伴う潜熱の放出が無いのでその温度は概ね一定の割合で低下し続けるのに対し、過冷却状態にならずに凝固する場合は、液相から固相への相変化に伴い潜熱が放出されるのでその温度が凝固点付近で一定になる。特許文献1に示された判定方法は、このような温度変化の態様の違いに基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−33294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に示された判定方法は、過冷却蓄熱材の状態を静的に判定することはできない。すなわち、この判定方法では、過冷却蓄熱材をその相が変化する程度に冷却する必要があり、また、この過程で凝固し始める際の潜熱の放出の有無を常に監視し続ける必要があり、時間がかかってしまう。
【0006】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定できる蓄熱装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明は、過冷却蓄熱材(例えば、後述の過冷却蓄熱材2)を備え、当該過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置(例えば、後述の蓄熱装置1)を提供する。前記蓄熱装置は、前記過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサ(例えば、後述の蓄熱材温度センサ91)と、前記過冷却蓄熱材と熱交換可能な熱源(例えば、後述の熱媒体通路31内を流通するLLCおよびATF,ペルチェ素子32,外気)の温度を検出する熱源温度センサ(例えば、後述の第1熱源温度センサ92,第2熱源温度センサ93,第3熱源温度センサ94)と、前記蓄熱材温度センサおよび前記熱源温度センサの出力に基づいて前記過冷却蓄熱材の熱時定数を算出する熱時定数算出手段(例えば、後述のECU5,図17のステップS112,114の実行に係る手段)と、前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定手段(例えば、後述のECU5,図17のステップS115〜120の実行に係る手段)と、を備える。
【0008】
この発明によれば、過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサおよび熱源の温度を検出する熱源温度センサの出力に基づいて過冷却蓄熱材の熱時定数を算出し、この熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定する。ここで、熱時定数とは、対象となる材料を温度が異なる熱源に接触させ、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。すなわち、過冷却蓄熱材と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材の温度変化の割合が大きい場合、熱時定数は小さな値となり、過冷却蓄熱材と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材の温度変化の割合が小さい場合、熱時定数は大きな値となる。このため、熱時定数は、長時間に亘る過冷却蓄熱材の温度の履歴を参照せずとも、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度に基づいて算出することができる。このような熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定することにより、過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定することができる。
また、この発明によれば、従来と比較して、その状態を判定するために過冷却蓄熱材の状態を大きく変化させる必要がないので、例えば過冷却蓄熱材が不必要に発核してしまうのを防止できる。
また、例えば蓄熱装置を車両の暖機装置として応用した場合において、内燃機関の運転停止中は過冷却蓄熱材の温度履歴がキャンセルされてしまうので、従来では、内燃機関の始動直後における過冷却蓄熱材の状態を判定することはできなかった。そこで、この発明によれば、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度から算出可能な熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定するので、内燃機関の始動直後であってもその状態を判定することができる。
【0009】
この場合、前記過冷却蓄熱材は、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有し、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が前記第1閾値以上である場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することが好ましい。
【0010】
一般的な過冷却蓄熱材では、固相状態のときの方が液相状態のときよりも伝熱速度が高いので、その液相状態のときの熱時定数は固相状態のときの熱時定数よりも大きいが、この発明では、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有する過冷却蓄熱材を用いる。具体的には、例えば固相状態において結晶間に気泡が入り込むことで液相状態のときよりも伝熱速度が低下し、液相状態のときの方が固相状態のときよりも熱時定数が小さい酢酸ナトリウム三水和物などを用いる。このため、熱源の温度および過冷却蓄熱材の温度に基づいて算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、算出された熱時定数が第1閾値以上である場合には、過冷却蓄熱材は固相状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の状態を正確に判定でき、上記発明の効果が確実に奏される。
【0011】
この場合、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が、第1下限値と第1上限値とを有する第1所定範囲内(例えば、後述の図17のステップS115の判別に用いるτL1<τ<τL2)に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が、前記第1上限値より大きな第2下限値と第2上限値とを有する第2所定範囲内(例えば、後述の図17のステップS117の判別に用いるτSL1<τ<τS2)に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することが好ましい。
【0012】
この発明によれば、算出された熱時定数が第1所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、過冷却蓄熱材が液相状態にあると判定し、第1所定範囲よりも大きい熱時定数側に設定された第2所定範囲内に所定時間継続してある場合には、過冷却蓄熱材が固相状態にあると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の相状態の判定をより正確に行うことが可能となる。
【0013】
この場合、前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数の所定時間内の変動の大きさが所定の第2閾値(例えば、後述の閾値TTCC_THR)よりも大きい場合には、前記過冷却蓄熱材は融解状態であると判定することが好ましい。
【0014】
過冷却蓄熱材の融解時においては、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体が不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大するので、熱時定数にばらつきが生じる。そこで、この発明によれば、算出された熱時定数の所定の時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、過冷却蓄熱材は融解状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材の融解状態を正確に判定できるので、無駄な発核操作を回避できる。
【0015】
この場合、前記過冷却蓄熱材の温度と前記熱源の温度とが略等しい場合には、前記過冷却蓄熱材または熱源の温度を上昇または下降させることにより前記過冷却蓄熱材と前記熱源に温度差を発生させる温度差発生手段(例えば、後述のペルチェ素子32)をさらに備えることが好ましい。
【0016】
上述したように、熱時定数の算出においては、対象となる材料の温度と熱源の温度とが異なることが必要であるところ、過冷却蓄熱材の温度と熱源の温度とが略等しい場合には、熱時定数を算出することができない。そこで、この発明によれば、過冷却蓄熱材または熱源の温度を上昇または下降させることにより、過冷却蓄熱材と熱源に温度差を発生させる。これにより、過冷却蓄熱材の熱時定数を算出でき、算出された熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係る蓄熱装置の構成を示す模式図である。
【図2】過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する実験結果を示す図である。
【図3】過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する実験結果を示す図である。
【図4】パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図5】パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図6】パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図7】パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図8】パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図9】パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図10】パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図11】パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図12】パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図13】パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図14】パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図15】パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【図16】発核制御実行可否の判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図17】過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図18】ある物質の相状態と、τL1、τL2、τS1およびτS2との関係を模式的に示した図である。
【図19】ある時間tにおける熱時定数τ(t)と所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avを示した図である。
【図20】過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。
【図21】過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係る蓄熱装置1の構成を示す模式図である。この蓄熱装置1は、図示しない車両に搭載されており、この車両の走行に伴って発生した廃熱を過冷却蓄熱材2で蓄熱しておき、蓄熱した熱で所定の対象物を加熱する。
【0019】
蓄熱装置1は、過冷却蓄熱材2が収められた筐体3と、この筐体3に設けられた発核装置4と、この発核装置4を制御する電子制御ユニット(以下、「ECU(Electric Control Unit)」という)5とを備える。
【0020】
過冷却蓄熱材2は、液相状態から温度を下げて、その温度が凝固点以下になっても液相のままで固化しない性質を有する潜熱蓄熱材である。本実施形態では、過冷却蓄熱材2として酢酸ナトリウム三水和物を用いるが、これに限らず、例えばNa2SO4・10H2OやCaCl2・6H2Oなどの水和塩化合物を用いてもよい。過冷却蓄熱材2は、その温度が凝固点以下でありかつ液相であるとき、すなわち過冷却状態にあるときに、この過冷却状態を解除し液相から固相に変化させると、この相変化に伴って潜熱を放出する。したがって、この過冷却蓄熱材2と熱交換可能な所定の対象物の温度が過冷却蓄熱材2の温度よりも低い場合には、過冷却蓄熱材2の過冷却状態を解除することにより、上記対象物を加熱することができる。なお、以下では、過冷却蓄熱材2の過冷却状態を解除し、液相から固相へ変化させることを、発核させるという。
【0021】
発核装置4は、過冷却蓄熱材2に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材2を発核させる。この発核装置4は、例えば、金属ばねと、この金属ばねに打撃を与えるソレノイドとを含んで構成される。このソレノイドは、ECU5に接続されており、ECU5からの制御信号に応じてロッドを進退させて、金属ばねに打撃を与える。この構成により、発核装置4は、ECU5からの制御信号に応じて動作し、過冷却状態にある過冷却蓄熱材2を発核させる。なお、発核装置4は、以上のように構成されたものに限らず、例えば、ECU5からの制御信号に応じて過冷却蓄熱材2に電圧を印加するなどして、過冷却蓄熱材2に電気的な刺激を与えるように構成されたものでもよい。
【0022】
筐体3には、エンジンの冷却水(LLC)や自動変速機の作動油(ATF)などの熱媒が流通する熱媒体通路31が接続されており、筐体3内の過冷却蓄熱材2と熱媒体通路31内の熱媒との間で熱交換が可能となっている。なお、本実施形態では、この熱媒体通路31を流通するLLCやATFを、蓄熱装置1の加熱対象物とするが、これに限らない。
【0023】
また、筐体3にはペルチェ素子32が設けられている。このペルチェ素子32のコントローラ33は、ECU5に接続されており、ペルチェ素子32は、ECU5からの制御信号に基づいて発熱または吸熱する。これにより、ペルチェ素子32で、筐体3内の過冷却蓄熱材2を加熱または冷却する。なお、本実施形態において熱源とは、特に断りのない限り、筐体3内の過冷却蓄熱材2と熱交換可能なものの全てをいう。したがって、上述の熱媒体通路31内を流通するLLCおよびATF、並びにペルチェ素子32の他、外気も熱源とする。
【0024】
ECU5には、蓄熱材温度センサ91、第1熱源温度センサ92、第2熱源温度センサ93、および第3熱源温度センサ94などの各種センサが接続されている。蓄熱材温度センサ91は、過冷却蓄熱材2の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第1熱源温度センサ92は、熱媒体通路31を流通する熱媒体の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第2熱源温度センサ93は、ペルチェ素子32の温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。第3熱源温度センサ94は、外気温度を検出し、検出値に略比例した信号をECU5に送信する。
【0025】
ECU5は、各種センサからの入力信号波形を整形し、電圧レベルを所定のレベルに修正し、アナログ信号値をデジタル信号値に変換するなどの機能を有する入力回路と、中央演算処理ユニット(以下「CPU」という)とを備える。この他、ECU5は、CPUで実行される各種演算プログラムおよび演算結果などを記憶する記憶回路と、発核装置4やコントローラ33を介してペルチェ素子32に制御信号を出力する出力回路と、を備える。
【0026】
以上のように構成された蓄熱装置1では、蓄熱材温度センサ91および熱源温度センサ92,93の検出値に基づいて、過冷却蓄熱材2の状態、より具体的にはその相状態および過冷却状態であるか否かなどを、ECU5で判定することが可能となっている。本発明では、過冷却蓄熱材2の状態の判定に用いるパラメータの1つとして、過冷却蓄熱材2の熱時定数を参照する。以下、この熱時定数の意味合いと、その特性に関する実験結果について説明する。
【0027】
熱時定数とは、対象となる材料を、温度が異なりかつ温度変化のない理想的な熱源と熱交換させることにより、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度(熱源の温度の約63.2%)に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。この過冷却蓄熱材の熱時定数τは、過冷却蓄熱材の温度をT[K]とし、熱源の温度をT0[K]とし、過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値をT´(=dT/dt)[K/s]とした場合、τT´+T=T0の関係が成立し、熱時定数τは下記式(1)で示される。
[数1]
τ=(T0−T)/T´ (1)
【0028】
次に、過冷却蓄熱材の熱時定数τの特性に関する2つの実験結果について、図2および図3を参照して説明する。なお、以下の2つの実験いずれにおいても、測定サンプルとして、酢酸ナトリウム三水和物の含有量が55質量%の過冷却蓄熱材50ccを用いた。
図2は、過冷却蓄熱材およびこの過冷却蓄熱材と熱交換可能に設けられた熱源の温度、並びに、過冷却蓄熱材の熱時定数を示す図である。図2中、上段は過冷却蓄熱材および熱源の温度の測定結果を示し、下段は上記式(1)を用いて算出された熱時定数の値を示す。この図2は、固相の過冷却蓄熱材と熱源とが略等しい温度(約26℃)にある状態から、図2中、一点鎖線で示すように熱源の温度を所定の温度(約81℃)まで瞬間的に上昇させた後、この熱源で過冷却蓄熱材を固相状態から液相状態になるまで昇温させた場合の結果を示している。図2に示すように、測定開始から約330[sec]までの間、過冷却蓄熱材は固相状態であった。その後、過冷却蓄熱材は、約330〜815[sec]までの間で徐々に融解し、約815[sec]以降は液相状態であった。
【0029】
図2に示すように、過冷却蓄熱材が固相状態にある間は、その温度が徐々に上昇するにもかかわらず、熱時定数の値は所定値τsで略一定となる。例えば、200[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として81℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして33.7℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.058を上記式(1)に代入して算出した結果、811[sec]であった。
また、図2に示すように、熱時定数の値は、過冷却蓄熱材が融解している間は大きく変化する。その後、過冷却蓄熱材が液相状態になると、熱時定数の値は、上記固相状態における収束値τsよりも小さな所定値τfで略一定となる。例えば、900[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として79℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして73.1℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.053を上記式(1)に代入して算出した結果、111[sec]であり、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、700[sec]であった。
【0030】
図3は、過冷却蓄熱材およびこの過冷却蓄熱材と熱交換可能に設けられた熱源の温度、並びに、過冷却蓄熱材の熱時定数を示す図である。図3中、上段は過冷却蓄熱材および熱源の温度の測定結果を示し、下段は上記式(1)を用いて算出された熱時定数の値を示す。この図3は、過冷却蓄熱材と熱源とが略等しい温度(約26℃)にある状態から、図3中、一点鎖線で示すように熱源の温度を所定の温度(約81℃)まで緩やかに上昇させた場合の結果を示している。図3に示すように、測定開始から約1500[sec]までの間、過冷却蓄熱材は固相状態であった。その後、過冷却蓄熱材は、約1500〜2900[sec]までの間で徐々に融解し、約2900[sec]以降は液相状態であった。
【0031】
図3に示すように、過冷却蓄熱材が固相状態にある間は、その温度が徐々に上昇するにもかかわらず、熱時定数の値は、図2に示す結果と比較してノイズの影響が大きいものの所定値τs´の近傍で略一定となる。例えば、500[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として45.8℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして29℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.016を上記式(1)に代入して算出した結果、1050[sec]であった。
また、図3に示すように、熱時定数の値は、過冷却蓄熱材が融解している間は大きく変化する。その後、過冷却蓄熱材が液相状態になると、熱時定数の値は、上記固相状態における収束値τs´よりも小さな所定値τf´で略一定となる。例えば、3000[sec]近傍における熱時定数の値は、熱源の温度T0として80.4℃、過冷却蓄熱材の温度Tとして75.4℃、および過冷却蓄熱材の温度Tの時間微分値T´として0.014を上記式(1)に代入して算出した結果、357[sec]であり、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、693[sec]であった。
【0032】
以下、図2および図3の結果について考察する。
通常、物質の伝熱速度は、固相状態のときが最も高く、液相状態、気相状態の順に低くなるので、その熱時定数は固相状態のときが最も小さい。ところが、上述の実験で用いた酢酸ナトリウム三水和物では、その伝熱速度は固相状態のときよりも液相状態のときの方が高く、液相状態のときの熱時定数の方が固相状態のときの熱時定数よりも小さいことが確認された。これは、酢酸ナトリウム三水和物が発核により液相状態から固相状態に相変化する際に、体積が減少して結晶間に空気層が入り込むことにより、伝熱速度が低下して熱時定数が増大したものと考えられる。
【0033】
また、上述の実験では、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際に、その熱時定数が大きくばらつく現象が確認された。これは、過冷却蓄熱材の融解時には、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体とが不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大した結果、熱時定数にばらつきが生じたものと考えられる。
【0034】
また、上述の実験では、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際に、融解状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも大きいことが確認された。これは、過冷却蓄熱材の融解時には、融解による吸熱の影響で過冷却蓄熱材の温度上昇が緩やかになったためであると考えられる。
【0035】
また、上述の2つの実験では、主として測定条件の相違、すなわち熱源の温度を急激に変化させた場合と緩やかに変化させた場合の相違により、熱時定数の値に差が見られたが、固相状態のときの熱時定数と液相状態のときの熱時定数との差は、測定サンプルが相違してもほぼ等しいことが確認された。この結果から、液相状態と固相状態の切り分けが可能であることが分かり、熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材の状態判別が可能であると考えられる。
【0036】
また、図2で示される実験は、ペルチェ素子などの温度を瞬間的に自在に変化させることができる熱源を想定した実験であり、図3で示される実験は、熱媒体などの温度が比較的緩やかに変化する熱源を想定した実験である。したがって、2つの実験において熱時定数に差が見られた理由としては、ペルチェ素子と熱媒体のように熱源の熱容量の相違が考えられる。すなわち、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなると考えられる。このため、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値は、熱源に応じて別設定する必要があると考えられる。
以上より、過冷却蓄熱材の状態を判定するパラメータとして熱時定数が有効であることが検証された。
【0037】
以上のような特性を有する過冷却蓄熱材の熱時定数は、図1に示す蓄熱装置1では、熱時定数を算出するための熱源の種類や、この熱源と過冷却蓄熱材との温度差などに応じて、複数の異なる方法で算出することができる。以下では、熱時定数を算出する6種類の方法(パターン1〜6)について説明する。
【0038】
<パターン1>
パターン1の算出方法について、図4および図5を参照して説明する。
パターン1は、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差があり、かつ、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも高い場合に、この温度差を利用して熱時定数を算出する方法である。また、以下で詳細に説明するように、このパターン1の熱時定数の算出方法では、過冷却蓄熱材の温度変化に対して熱源の温度変化は小さい方が好ましいので、熱時定数を算出するための熱源を、過冷却蓄熱材と比較して熱容量が十分に大きいもの、すなわち図1の蓄熱装置1では、LLC、ATFまたは外気とする。したがって、このパターン1では、図1の第1熱源温度センサ92または第3熱源温度センサ94の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0039】
図4は、パターン1の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図5は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0040】
図4および図5に示すように、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも高い場合、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の温度T0へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図5に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0041】
<パターン2>
パターン2の算出方法について、図6および図7を参照して説明する。
パターン2は、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差があり、かつ、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも低い場合に、この温度差を利用して熱時定数を算出する方法である。また、このパターン2の算出方法も、上述のパターン1の算出方法と同様の理由により、熱時定数を算出するための熱源としては、LLC、ATFまたは外気とする。したがって、このパターン1では、図1の第1熱源温度センサ92または第3熱源温度センサ94の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0042】
図6は、パターン2の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図7は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0043】
図6および図7に示すように、熱源の温度T0が過冷却蓄熱材の温度Tよりも低い場合、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の温度T0へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図7に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0044】
<パターン3>
パターン3の算出方法について、図8および図9を参照して説明する。
パターン3は、上述のパターン1および2で熱時定数を測定できない場合、すなわち熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。したがって、このパターン3の熱時定数の算出方法では、熱時定数を算出するための熱源は、能動的に温度差を発生させることができる熱源、すなわち図1の蓄熱装置1ではペルチェ素子とする。したがって、このパターン3では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0045】
図8は、パターン3の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図9は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0046】
パターン3の算出方法では、図8および図9に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に上昇させて、さらにこの目標温度に維持することにより、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の目標温度へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図9に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0047】
<パターン4>
パターン4の算出方法について、図10および図11を参照して説明する。
パターン4は、上述のパターン3と同様に熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法であり、熱時定数を算出するための熱源は、ペルチェ素子とする。したがって、このパターン4では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0048】
図10は、パターン4の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図11は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0049】
パターン4の算出方法では、図10および図11に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に低下させて、さらにこの目標温度に維持することにより、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、熱源の目標温度へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図11に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0050】
<パターン5>
パターン5の算出方法について、図12および図13を参照して説明する。
パターン5は、上述のパターン3および4と同様に、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。また、このパターン5の算出方法は、過冷却蓄熱材の温度が融点以下である場合に特に有効な算出方法である。すなわち、過冷却蓄熱材の温度が融点以下で過冷却状態のときに、過冷却状態を維持する観点から有効な算出方法である。したがって、熱時定数を算出するための熱源はペルチェ素子とし、このパターン5では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0051】
図12は、パターン5の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図13は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0052】
パターン5の算出方法では、図12および図13に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に上昇させて、この目標温度を短時間維持した後、熱源の温度T0を瞬間的に元の温度に下降させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、一旦、上記の目標温度に達した後、熱源の元の温度へ向けて下降する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図13に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0053】
<パターン6>
パターン6の算出方法について、図14および図15を参照して説明する。
パターン6は、上述のパターン3〜5と同様に、熱源と過冷却蓄熱材との間に温度差がない場合に、熱源と過冷却蓄熱材との間で能動的に温度差を発生させることで熱時定数を算出する方法である。また、このパターン6の算出方法は、過冷却蓄熱材の温度が融点以下である場合に特に有効な算出方法である。すなわち、過冷却蓄熱材の温度が融点以下で過冷却状態のときに、過冷却状態を維持する観点から有効な算出方法である。したがって、熱時定数を算出するための熱源はペルチェ素子とし、このパターン5では、図1の第2熱源温度センサ93の出力値を利用して過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出する。
【0054】
図14は、パターン6の算出方法において、過冷却蓄熱材が固相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図であり、図15は、過冷却蓄熱材が液相状態のときの過冷却蓄熱材の温度T、熱源の温度T0および熱時定数τの変化を示す図である。
【0055】
パターン6の算出方法では、図14および図15に示すように、熱源の温度T0と過冷却蓄熱材の温度Tとが略等しい状態から、熱源の温度T0を所定の目標温度まで瞬間的に下降させて、この目標温度を短時間維持した後、熱源の温度T0を瞬間的に元の温度に上昇させる。すると、過冷却蓄熱材の温度Tは、一旦、上記の目標温度に達した後、熱源の元の温度へ向けて上昇する。このとき、時刻tにおける熱時定数τは、上記式(1)で示したように、熱源と過冷却蓄熱材の温度差(T0(t)−T(t))を、過冷却蓄熱材の温度の微分値T´(t)で除することにより算出できる。また、上述のように、本実施形態の蓄熱装置1で用いる過冷却蓄熱材2としての酢酸ナトリウム三水和物は、液相状態のときの方が固相状態のときよりも伝熱速度が高いため、過冷却蓄熱材の温度Tの変化も液相状態のときの方が速い。したがって、図15に示すように、液相状態のときの熱時定数τは、固相状態のときの熱時定数τよりも小さな値となる。
【0056】
次に、上述したような熱時定数に基づく過冷却蓄熱材の状態判定を利用した発核制御実行可否の判定処理の手順について説明する。
図16は、発核制御実行可否の判定処理の手順を示すフローチャートである。この発核制御実行可否の判定処理は、過冷却蓄熱材の発核制御が実行可能であるか否かを判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0057】
ステップS11では、過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定処理を実行し、実行後はステップS12に移る。この状態判定処理については、後段で図17を参照して詳述する。
【0058】
ステップS12では、ステップ11の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS12の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS13に移る。
【0059】
ステップS13では、蓄熱材温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材の温度が凝固点以下であるか否かを判別する。このステップS13の判別がYESである場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態であると判断し、ステップS14に移る。
【0060】
ステップS14では、発核制御実行許可フラグを「1」にセットし、この処理を終了する。この発核制御実行許可フラグは、過冷却蓄熱材が過冷却状態であり、発核制御の実行が可能な状態であることを示すフラグである。したがって、このフラグを「1」にセットすることで、図示しない処理により発核制御が実行される。具体的には、上述した発核装置によって、例えば、過冷却蓄熱材に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材を発核させる処理が実行される。
【0061】
一方、ステップS12の判別がNOであり過冷却蓄熱材が液相状態でない場合、または、ステップS13の判別がNOであり過冷却蓄熱材の温度が凝固点より高い場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態ではないと判断し、ステップS15に移る。ステップS15では、発核制御実行許可フラグを「0」にリセットし、この処理を終了する。
【0062】
次に、過冷却蓄熱材の状態判定処理について、図17を参照して説明する。
図17は、過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順を示すフローチャートである。この状態判定処理は、上述のパターン1〜6いずれかの算出方法により算出された熱時定数に基づいて、過冷却蓄熱材の相状態を判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0063】
ステップS111では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材と熱源との温度差の絶対値が所定の閾値TD_THRより大きいか否かを判別する。ステップS111の判別がYESであり、温度差の絶対値が上記閾値TD_THRよりも大きい場合には、ステップS112に移る。
なお、閾値TD_THRについては、予め実験を行うことにより、熱時定数を算出可能な程度に過冷却蓄熱材と熱源との間に十分な温度差が確保されるように設定されて、ECUに格納されている。
【0064】
ステップS112では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、熱時定数τを算出し、ステップS115に移る。ここで、熱源の温度が過冷却蓄熱材の温度よりも高い場合には、パターン1により熱時定数τを算出する。熱源の温度が過冷却蓄熱材の温度以下である場合には、パターン2により熱時定数τを算出する。
【0065】
一方、ステップS111の判別がNOであり、温度差の絶対値が上記閾値TD_THR以下であり、過冷却蓄熱材の温度と熱源の温度とが比較的近い場合には、過冷却蓄熱材の状態を判定するためには過冷却蓄熱材と熱源との温度差を拡大する必要があると判断し、ステップS113に移る。
ステップS113では、過冷却蓄熱材の強制加熱または強制冷却を実行し、実行後はステップS114に移る。具体的には、ECUからの制御信号に基づいてペルチェ素子を発熱または吸熱させることにより、過冷却蓄熱材を加熱または冷却する。これにより、過冷却蓄熱材の状態判定に必要な過冷却蓄熱材と熱源との温度差が確保される。
【0066】
ステップS114では、蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力値に基づいて、熱時定数τを算出し、ステップS115に移る。ここで、過冷却蓄熱材の温度が融点よりも高くかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制加熱した場合には、パターン3により熱時定数τを算出し、過冷却蓄熱材の温度が融点よりも高くかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制冷却した場合には、パターン4により熱時定数τを算出する。また、過冷却蓄熱材の温度が融点以下でありかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制加熱した場合には、パターン5により熱時定数τを算出し、過冷却蓄熱材の温度が融点以下でありかつステップS113で過冷却蓄熱材を強制冷却した場合には、パターン6により熱時定数τを算出する。
なお、本ステップで算出される熱時定数τは、パターン3〜6の算出方法によるものであるため、熱源としてペルチェ素子を用い、LLCやATFなどの熱媒体の熱容量も含めた状態で算出される熱時定数である。
【0067】
ステップS115では、ステップS112またはステップS114で算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内(すなわち、τL1<τ<τL2で規定される第1所定範囲内)にあるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内にある場合には、ステップS116に移り、過冷却蓄熱材は液相状態にあると判断してこの処理を終了する。
なお、ステップS115の所定時間は、予め実験を行うことにより、過冷却蓄熱材の液相状態を正確に判定できる範囲内で設定され、ECUに格納されている。
【0068】
一方、ステップS115の判別がNOであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τL1よりも大きくかつ上限値τL2よりも小さい範囲内にない場合には、過冷却蓄熱材は液相状態にはないと判断されるため、ステップS117に移る。
ステップS117では、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内(すなわち、τS1<τ<τS2で規定される第2所定範囲内)にあるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内にある場合には、ステップS118に移り、過冷却蓄熱材は固相状態にあると判断してこの処理を終了する。
なお、ステップS117の所定時間は、予め実験を行うことにより、過冷却蓄熱材の固相状態を正確に判定できる範囲内で設定され、ECUに格納されている。
【0069】
ここで、ステップS115の判別で用いる下限値τL1および上限値τL2と、ステップS117の判別で用いる下限値τS1および上限値τS2の設定について、図18を参照して説明する。
図18は、ある物質の相状態と、τL1、τL2、τS1およびτS2との関係を模式的に示した図である。上述の実験結果から明らかとされたように、本実施形態で用いる過冷却蓄熱材としての酢酸ナトリム三水和物は、液相状態のときの熱時定数の方が固相状態のときの熱時定数よりも小さい。このため、図18に示すように、液相状態の判別に用いるτL1およびτL2は、固相状態の判別に用いるτS1およびτS2よりも小さな値に設定される。具体的なこれらの値は、予め実験を行うことにより、ノイズなどを考慮のうえ正確に相状態を判断できる範囲内で設定されて、ECUに格納されている。
【0070】
また、上述の実験結果から確認されたように、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなるため、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値は、熱源に応じて別設定する必要がある。すなわち、熱源としてペルチェ素子を用いた場合には、熱媒体通路内を流通するLLCやATFなどの熱媒体も含めた状態での熱容量となるため、この場合の熱時定数は、ペルチェ素子を用いずに熱媒体のみを熱源とした場合の熱時定数とは異なったものとなる。したがって、液相状態と固相状態の判別に用いる熱時定数の閾値(τL1、τL2、τS1およびτS2)は、熱媒体のみを熱源とした場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行しなかった場合)と、熱源としてペルチェ素子を用いた場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行した場合)とでは、別設定とし、熱源に応じて持ち替えられる。
【0071】
図17に戻って、ステップS117の判別がNOであり、算出された熱時定数τが、所定時間継続して下限値τS1よりも大きくかつ上限値τS2よりも小さい範囲内にない場合には、過冷却蓄熱材は固相状態にはないと判断されるため、ステップS119に移る。
ステップS119では、算出された熱時定数τの所定時間間隔における変動の大きさTTCCが、所定の閾値TTCC_THR以上であるか否かを判別する。この判別がYESであり、算出された熱時定数τの所定時間間隔における変動の大きさが、所定の閾値TTCC_THR以上である場合には、ステップS120に移り、過冷却蓄熱材が融解状態にあると判断してこの処理を終了する。
【0072】
ここで、ステップS117の判別で用いる熱時定数τの変動の大きさについて、図19を参照して説明する。
図19は、ある時間tにおける熱時定数τ(t)と、所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avとを示した図である。図19に示すように、熱時定数τ(t)の値は、所定時間間隔において変動し、ばらつきが認められる。また、上述の実験結果から明らかとされたように、過冷却蓄熱材が固体から液体に融解する際には、上記のばらつきが顕著となる。そこで、下記式(2)により算出された値を、熱時定数τ(t)の所定時間間隔における変動の大きさTTCCとし、この値を融解状態の判別に用いる。変動の大きさTTCCは、下記式(2)で表されるように、熱時定数τ(t)と所定時間間隔における熱時定数τの平均値τ_avとの差分を2乗した総和である。
[数2]
TTCC=Σ(τ(t)−τ_av)2 (2)
【0073】
所定の閾値TTCC_THRは、予め実験を行うことにより、固相状態や液相状態と融解状態とが判別できる範囲内で設定されて、ECUに格納されている。なお、上述の実験結果から確認されたように、熱源の熱容量が相違すると、熱時定数の値も異なったものとなることから、上記の閾値TTCC_THRは、熱媒体のみを熱源とした場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行しなかった場合)と、熱源としてペルチェ素子用いた場合(すなわち、強制加熱または強制冷却を実行した場合)とでは、別設定とし、熱源に応じて持ち替えられる。
【0074】
図17に戻って、ステップS119の判別がNOであり、算出された熱時定数τの所定時間内の変動の大きさが、所定の閾値TTCC_THR未満である場合には、過冷却蓄熱材は融解状態にはないと判断され、この処理を終了する。
【0075】
次に、過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順について説明する。
図20は、過冷却蓄熱材の液相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。この液相固着判定処理は、発核装置を用いて発核制御を実行した場合において、発核が生じずに液相固着したか否かを熱時定数に基づいて判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0076】
ステップS21では、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS22に移る。
【0077】
ステップS22では、ステップ21の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS22の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS23に移る。
【0078】
ステップS23では、蓄熱材温度センサの出力値に基づいて、過冷却蓄熱材の温度が凝固点以下であるか否かを判別する。このステップS23の判別がYESである場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態であると判断し、ステップS24に移る。
【0079】
ステップS24では、発核制御実行許可フラグを「1」にセットし、ステップS26に移る。この発核制御実行許可フラグは、過冷却蓄熱材が過冷却状態であり、発核制御の実行が可能な状態であることを示すフラグである。したがって、このフラグを「1」にセットすることで、図示しない処理により発核制御が実行される。具体的には、上述した発核装置によって、例えば、過冷却蓄熱材に機械的な刺激を与えることで過冷却蓄熱材を発核させる処理が実行される。
【0080】
一方、ステップS22の判別がNOであり、過冷却蓄熱材が液相状態でない場合、または、ステップS23の判別がNOであり過冷却蓄熱材の温度が凝固点より高い場合には、過冷却蓄熱材は過冷却状態ではないと判断し、ステップS25に移る。ステップS25では、発核制御実行許可フラグを「0」にリセットし、この処理を終了する。
【0081】
ステップS26では、再度、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS27に移る。
【0082】
ステップS27では、ステップ26の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が液相状態であるか否かを判別する。ステップS27の判別がYESであり過冷却蓄熱材が液相状態である場合には、ステップS28に移り、発核が失敗して液相固着したと判断し、この処理を終了する。
【0083】
一方、ステップS27の判別がNOであり過冷却蓄熱材が液相状態でない場合には、ステップS29に移り、発核が成功したと判断し、この処理を終了する。
【0084】
次に、過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順について説明する。
図21は、過冷却蓄熱材の固相固着判定処理の手順を示すフローチャートである。この固相固着判定処理は、融解するのに十分な熱量で過冷却蓄熱材を加熱した場合において、固相固着したか否かを熱時定数に基づいて判定する処理であり、ECUにより所定の時期または所定の周期で繰り返し実行される。
【0085】
ステップS31では、固相状態の過冷却蓄熱材に対して、融解するのに十分な熱量を加えて加熱処理を実行する。実行後はステップS32に移る。
【0086】
ステップS32では、上述した過冷却蓄熱材の状態判定処理の手順に従って(図17参照)、状態判定処理を実行する。実行後はステップS33に移る。
【0087】
ステップS33では、ステップ32の状態判定処理の結果に基づいて、過冷却蓄熱材が固相状態であるか否かを判別する。ステップS33の判別がYESであり過冷却蓄熱材が固相状態である場合には、ステップS34に移り、蓄熱装置としての融解機能が失陥したと判断し、この処理を終了する。
【0088】
一方、ステップS33の判別がNOであり過冷却蓄熱材が固相状態でない場合には、ステップS35に移り、蓄熱装置としての融解機能が正常であると判断し、この処理を終了する。
【0089】
以上より、本実施形態に係る蓄熱装置1によれば、以下の効果が奏される。
本実施形態によれば、過冷却蓄熱材2の温度を検出する蓄熱材温度センサ91および熱源の温度を検出する熱源温度センサ92,93,94の出力に基づいて過冷却蓄熱材2の熱時定数τを算出し、この熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定する。ここで、熱時定数τとは、対象となる材料を温度が異なる熱源に接触させ、この材料が熱源と熱平衡に達する過程において、材料の温度が所定の温度に達するまでにかかる時間に相当するパラメータであり、一般的には材料の種類だけでなくその状態に応じて異なった値となる。すなわち、過冷却蓄熱材2と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材2の温度変化の割合が大きい場合、熱時定数τは小さな値となり、過冷却蓄熱材2と熱源との温度差に対する過冷却蓄熱材2の温度変化の割合が小さい場合、熱時定数τは大きな値となる。このため、熱時定数τは、長時間に亘る過冷却蓄熱材2の温度の履歴を参照せずとも、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材2の温度に基づいて算出することができる。このような熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定することにより、過冷却蓄熱材2の状態を大きく変化させることなく、かつ短時間でその状態を判定することができる。
また、本実施形態によれば、従来と比較して、その状態を判定するために過冷却蓄熱材2の状態を大きく変化させる必要がないので、例えば過冷却蓄熱材2が不必要に発核してしまうのを防止できる。
また、例えば蓄熱装置1を車両の暖機装置として応用した場合において、内燃機関の運転停止中は過冷却蓄熱材2の温度履歴がキャンセルされてしまうので、従来では、内燃機関の始動直後における過冷却蓄熱材2の状態を判定することはできなかった。そこで、本実施形態によれば、その時点における熱源の温度および過冷却蓄熱材2の温度から算出可能な熱時定数τに基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定するので、内燃機関の始動直後であってもその状態を判定することができる。
【0090】
また、一般的な過冷却蓄熱材では、固相状態のときの方が液相状態のときよりも伝熱速度が高いので、その液相状態のときの熱時定数は固相状態のときの熱時定数よりも大きいが、本実施形態では、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有する過冷却蓄熱材2を用いる。具体的には、例えば固相状態において結晶間に気泡が入り込むことで液相状態のときよりも伝熱速度が低下し、液相状態のときの方が固相状態のときよりも熱時定数τが小さい酢酸ナトリウム三水和物などを用いる。このため、本実施形態では、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記のτL1<τ<τL2で規定される第1所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材2が液相状態にあると判定する。また、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記のτS1<τ<τS2で規定される第2所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材2が固相状態にあると判定する。これにより、過冷却蓄熱材2の相状態の判定を正確に行うことができる。
【0091】
過冷却蓄熱材2の融解時においては、融解による吸熱で温度変化が小さいうえ、液体と固体が不規則に入り混じることによって熱の分布差が拡大するので、熱時定数にばらつきが生じる。そこで、本実施形態によれば、算出された熱時定数の所定の時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、過冷却蓄熱材2は融解状態であると判定する。これにより、過冷却蓄熱材2の融解状態を正確に判定できるので、無駄な発核操作を回避できる。
【0092】
上述したように、熱時定数の算出においては、対象となる材料の温度と熱源の温度とが異なることが必要であるところ、過冷却蓄熱材2の温度と熱源の温度とが略等しい場合には、熱時定数を算出することができない。そこで、本実施形態によれば、過冷却蓄熱材2の温度を上昇または下降させることにより過冷却蓄熱材2と熱源に温度差を発生させる。これにより、過冷却蓄熱材2の熱時定数を算出でき、算出された熱時定数に基づいて過冷却蓄熱材2の状態を判定することができる。
【0093】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良は本発明に含まれる。
例えば、上記実施形態では、算出された熱時定数τが所定時間継続して上記第1所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材が液相状態にあると判定し、算出された熱時定数τが、所定時間継続して上記第2所定範囲内にある場合には、過冷却蓄熱材が固相状態にあると判定したが、これに限定されない。熱時定数τが、予め実験を行うことにより設定した
所定の第1閾値よりも小さい場合に、過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、熱時定数τが第1閾値以上である場合に、過冷却蓄熱材は固相状態であると判定してもよい。
【符号の説明】
【0094】
1…蓄熱装置
2…過冷却蓄熱材
3…筐体
4…発核装置
5…ECU(熱時定数算出手段,状態判定手段,温度差発生手段)
31…熱媒体通路
32…ペルチェ素子(温度差発生手段,熱源)
33…コントローラ(温度差発生手段)
91…蓄熱材温度センサ
92…第1熱源温度センサ(熱源温度センサ)
93…第2熱源温度センサ(熱源温度センサ)
94…第3熱源温度センサ(熱源温度センサ)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
過冷却蓄熱材を備え、当該過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置であって、
前記過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサと、
前記過冷却蓄熱材と熱交換可能な熱源の温度を検出する熱源温度センサと、
前記蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力に基づいて前記過冷却蓄熱材の熱時定数を算出する熱時定数算出手段と、
前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定手段と、を備えることを特徴とする蓄熱装置。
【請求項2】
前記過冷却蓄熱材は、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有し、
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が前記第1閾値以上である場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することを特徴とする請求項1に記載の蓄熱装置。
【請求項3】
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が、第1下限値と第1上限値とを有する第1所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が、前記第1上限値より大きな第2下限値と第2上限値とを有する第2所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することを特徴とする請求項1に記載の蓄熱装置。
【請求項4】
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数の所定時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、前記過冷却蓄熱材は融解状態であると判定することを特徴とする請求項2または3に記載の蓄熱装置。
【請求項5】
前記過冷却蓄熱材の温度と前記熱源の温度とが略等しい場合には、前記過冷却蓄熱材または前記熱源の温度を上昇または下降させることにより前記過冷却蓄熱材と前記熱源に温度差を発生させる温度差発生手段をさらに備えることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の蓄熱装置。
【請求項1】
過冷却蓄熱材を備え、当該過冷却蓄熱材の相変化に伴って放出される潜熱により対象物を加熱する蓄熱装置であって、
前記過冷却蓄熱材の温度を検出する蓄熱材温度センサと、
前記過冷却蓄熱材と熱交換可能な熱源の温度を検出する熱源温度センサと、
前記蓄熱材温度センサおよび熱源温度センサの出力に基づいて前記過冷却蓄熱材の熱時定数を算出する熱時定数算出手段と、
前記算出された熱時定数に基づいて前記過冷却蓄熱材の状態を判定する状態判定手段と、を備えることを特徴とする蓄熱装置。
【請求項2】
前記過冷却蓄熱材は、液相状態のときの熱時定数が固相状態のときの熱時定数よりも小さい特性を有し、
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が所定の第1閾値よりも小さい場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が前記第1閾値以上である場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することを特徴とする請求項1に記載の蓄熱装置。
【請求項3】
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数が、第1下限値と第1上限値とを有する第1所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は液相状態であると判定し、前記算出された熱時定数が、前記第1上限値より大きな第2下限値と第2上限値とを有する第2所定範囲内に所定の時間継続してある場合には、前記過冷却蓄熱材は固相状態であると判定することを特徴とする請求項1に記載の蓄熱装置。
【請求項4】
前記状態判定手段は、前記算出された熱時定数の所定時間内の変動の大きさが所定の第2閾値よりも大きい場合には、前記過冷却蓄熱材は融解状態であると判定することを特徴とする請求項2または3に記載の蓄熱装置。
【請求項5】
前記過冷却蓄熱材の温度と前記熱源の温度とが略等しい場合には、前記過冷却蓄熱材または前記熱源の温度を上昇または下降させることにより前記過冷却蓄熱材と前記熱源に温度差を発生させる温度差発生手段をさらに備えることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の蓄熱装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2011−179766(P2011−179766A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45317(P2010−45317)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]