説明

薄板の応力計測方法、及び、計測装置

【課題】残留応力等、薄板に付加された応力の大きさを、非破壊、非接触で、高速かつ安全に、精度良く計測する、薄板の応力計測方法、及び、計測装置を提供する。
【解決手段】被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して超音波を発生させ、さらに、超音波発生用パルス発振レーザ光と波長の異なる超音波検出用レーザ光を照射し、被検査体に発生した超音波の振動によるドップラーシフトを受けた超音波検出用レーザ光を利用して被検査体に発生した超音波の強度波形を算出し、前記超音波の強度波形の周波数解析を行い、2つに分離して観察される前記被検査体に発生した群速度ゼロのS1モードの板波超音波の周波数から、あらかじめ作成された2つの周波数と応力の大きさとの関係を用いて、前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップを備えることを特徴とする薄板の応力計測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザを用いて非接触で被検査体に超音波を発生させるレーザ超音波法において、熱弾性効果を利用して、被検査体の表面にダメージを与えずに超音波を発生させ、残留応力等、薄板に付加された応力の大きさを非破壊・非接触で計測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄板製品は、自動車、デジタル家電、建築材料、住宅、飲料缶、変圧器など、幅広い分野で使用されている。例えば、電子部品に使用する薄板は、微細な加工を施す必要があるので、一般的に、エッチングにより加工する。薄板に残留応力が存在すると、残留応力の存在する部分と存在しない部分でエッチング速度が変化するので、エッチングむらが生じる。また、エッチング加工により残留応力が解放されるので、寸法誤差が生じたり、製品が湾曲したりするといった不具合が生じる。
【0003】
非破壊で薄板の残留応力の大きさを計測する方法として、X線による応力計測法が知られている(例えば、特許文献1、特許文献2等)。X線による応力計測は、X線回折ピークの位置がX線照射位置の結晶格子の歪みに応じて変化することを利用した計測方法である。通常は、薄板の圧延方向と直角な方向の複数位置で、薄板の表面にX線を照射して、得られた複数の回折ピーク位置に基づき、結晶格子の歪みを求め、求めた歪みを換算し、応力の大きさを求める。
【0004】
一方、パルス発振レーザを利用して超音波を発生させ、被検査体内を伝搬した超音波を、連続発振レーザを利用して検出する、非接触式の計測方法(以下「レーザ超音波法」という)について、種々の応用が提案されている。
【0005】
例えば、非特許文献1には、レーザ超音波法によるポアソン比の計測方法として、アブレーションによる超音波励起を利用した、ポアソン比、縦波音速、及び、横波音速の計測方法が報告されている。
【0006】
非特許文献1には、被検査体にフルーエンス(単位面積当たりのエネルギー量)約5.1mJ/mmのパルス発振のQスイッチNd:YAGレーザ光を照射して超音波励起し、発生した板波超音波の、群速度ゼロのS1モードの周波数(以下「S1f」という)、群速度ゼロのA2モードの周波数(以下「A2f」という)を、連続発振の2倍波Nd:YAGレーザを用いて検出し、その値からポアソン比、縦波音速、横波音速を算出した実験結果が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5-72061号公報
【特許文献2】特開平6−102103号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Dominique Clorennec, etc, ‘Local and non-contact measurements of bulk acoustic wave velocities in thin isotropic plates and shells using zero group velocity Lamb modes’ , Journal of Applied Physics, 101, 034908, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
鋼板の製造では、残留応力の影響による鋼板のそりが問題となる場合がある。そのため、非破壊、かつ、非接触で、鋼板の残留応力の大きさを計測する方法が要望されている。
【0010】
前記のX線による応力計測法は、複数の回折ピークを得るために時間がかかるので、残留応力分布の計測に要する時間が長くなる。また、X線による計測は、薄板の数μm〜数十μm程度の表層の歪みしか知ることができないので、薄板の全体での残留応力の大きさを正確に計測できない。さらに、人体に危険な放射線のX線を用いるので、X線照射装置の操作に熟練を必要とし、安全かつ簡単に計測ができない。
【0011】
また、レーザ超音波法の応用により残留応力の大きさを計測することも考えられるが、非特許文献1に記載のレーザ超音波法による計測では、アブレーションにより被検査体の表面に照射痕が生じるので、照射痕が許されない用途では、この方法による計測はできず、用途が限定される。
【0012】
本発明は、上記の事情に鑑み、残留応力等、薄板に付加された応力の大きさを、非破壊、非接触で、高速かつ安全に、精度良く計測する、薄板の応力計測方法、及び、計測装置の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、熱弾性効果による超音波励起を利用したレーザ超音波法を用いて、薄板の残留応力等、薄板に付加された応力の大きさを計測する方法を、鋭意検討した。
【0014】
レーザ超音波法において、被検査体の表面にダメージを与えず、レーザの照射痕を生じさせないために、熱弾性効果による超音波励起を利用する計測法では、発生した超音波の検出が難しく、板波超音波のA2fの計測は困難であるが、S1fの計測は可能である。
【0015】
本発明者らの検討の結果、引張応力を付加した被検査体に、レーザ超音波法で超音波を発生させ、超音波の強度波形を検出し、検出した超音波の強度波形を高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform:以下「FFT」という)により処理すると、S1fの周波数ピークが分離して、2つの周波数ピークが観測されることを見出した。さらに、この周波数の分離の大きさは、引張応力の大きさと相関があることを見出した。
【0016】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)薄板に付加された応力の大きさを計測する方法であって、
被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射し、被検査体に超音波を発生させるステップと、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光と波長の異なる超音波検出用レーザ光を照射するステップと、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光の反射光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力するステップと、
前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を用いて、前記ドップラーシフトの量から前記被検査体に発生した超音波の強度波形を算出するステップと、
前記超音波の強度波形の周波数解析を行い、2つに分離して観察される前記被検査体に発生した群速度ゼロのS1モードの板波超音波の2つの周波数S1f1、及びS1f2を算出するステップと、
算出された前記2つの周波数から、あらかじめ作成された2つの周波数S1f1及びS1f2と応力の大きさとの関係を用いて、前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップと
を備えることを特徴とする薄板の応力計測方法。
【0018】
(2)前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップは、算出された2つの周波数S1f1、S1f2から、2つの周波数の分離の大きさΔS1f1/S1fを算出し、あらかじめ作成された2つの周波数の分離の大きさΔS1f1/S1fと応力の大きさとの関係を用いて、被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップであることを特徴とする前記(1)の薄板の応力計測方法。
ここで、S1f1<S1f2、ΔS1f=S1f2−S1f1とする。
【0019】
(3)前記超音波検出用レーザ光を、前記超音波発生用パルス発振レーザ光を照射するスポット領域内に照射することを特徴とする前記(1)又は(2)の薄板の応力計測方法。
【0020】
(4)前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する方法は、前記ドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を干渉計で干渉させ、該干渉計から該ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する方法であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかの薄板の応力計測方法。
【0021】
(5)前記超音波検出用レーザ光は、パルス発振レーザ光であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかの薄板の応力計測方法。
【0022】
(6)薄板に付加された応力の大きさを計測する装置であって、
被検査体に超音波を発生させるための超音波発生用パルス発振レーザ光を照射する照射光学系と、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光と波長の異なる超音波検出用レーザ光を照射する検出光学系と、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光の反射光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する受信部と、
前記超音波の強度波形の周波数解析を行い、2つに分離して観察される前記被検査体に発生した群速度ゼロのS1モードの板波超音波の2つの周波数S1f1、及びS1f2を算出する周波数スペクトル算出部と、
算出された2つの周波数から、あらかじめ求められた2つの周波数S1f1、及びS1f2と応力の大きさとの関係を用いて、前記被検査体に付加された応力の大きさを算出する応力算出部と
を備えることを特徴とする薄板の応力計測装置。
【0023】
(7)前記応力算出部は、算出された2つの周波数S1f1、S1f2から、2つの周波数の分離の大きさΔS1f1/S1fを算出し、あらかじめ求められた2つの周波数の分離の大きさΔS1f1/S1fと応力の大きさとの関係を用いて、被検査体に付加された応力の大きさを算出することを特徴とする前記(6)の薄板の応力計測装置。
ここで、S1f1<S1f2、ΔS1f=S1f2−S1f1とする。
【0024】
(8)前記検出光学系は、前記照射光学系が被検査体の表面に照射したパルス発振レーザ光のスポット領域内にレーザ光を照射することができることを特徴とする前記(6)又は(7)の薄板の応力計測装置。
【0025】
(9)前記受信部は、前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を入力して干渉させ、ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する干渉計であることを特徴とする前記(6)〜(8)のいずれかの薄板の応力計測装置。
【0026】
(10)前記超音波検出用レーザ光は、パルス発振レーザ光であることを特徴とする前記(6)〜(9)のいずれかの薄板の応力計測装置。
【0027】
(11)さらに、別途計測された2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と、応力の大きさとを入力し、入力された値に基づき、前記応力算出部で前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するために用いる、2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と応力の大きさとの関係を表す較正線を作成する、較正線作成部を備えることを特徴とする前記(6)〜(10)のいずれかの薄板の応力計測装置。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、アブレーションが生じない程度の低いエネルギーのレーザ光を用いて、被検査体の表面にダメージを与えず、非接触、かつ、非破壊で、さらに、高速で安全に、残留応力等、薄板に付加された応力の大きさを計測することができる。
【0029】
これにより、薄板の製造中に、オンラインで残留応力の情報を得ることができるので、例えば、鋼板の矯正プロセスの制御情報として活用でき、残留応力低減のための制御の最適化が行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の薄板の応力計測装置の概略を示す図である。
【図2】本発明の薄板の応力計測装置で検出した超音波の強度波形を示す図である。
【図3】本発明の薄板の応力計測装置で検出した超音波の強度波形をFFT処理した結果を示す図である。
【図4】薄板に付加した応力の大きさと、本発明の薄板の応力計測装置で検出した2つの周波数の分離の大きさとの関係を示す図である。
【図5】本発明における、群速度ゼロの板波超音波を検出する際の、好ましい、超音波発生用レーザと、超音波検出用レーザの照射位置の関係を示す図である。
【図6】ファブリ・ペロー干渉計の周波数と透過率の関係の一例を示す図である。
【図7】板波超音波の群速度と、周波数×板厚との関係を示す図である。
【図8】本発明の計測方法で計測した応力の大きさと、ひずみゲージで計測した応力の大きさとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の薄板の応力計測方法の概要を、図1に示す本発明の薄板の応力計測装置を参照して、説明する。ここで薄板とは、基本的には薄鋼板のことを意味するとして説明するが、本発明は、弾性を有する金属材料であれば広く適用可能である。
【0032】
被検査体11に、照射光学系の超音波発生用パルス発振レーザ光源21から照射された超音波発生用レーザ光GLを照射して超音波を励起すると、被検査体11内部に縦波、横波、及び、板波超音波が発生する。
【0033】
この被検査体11に、検出光学系の超音波検出用レーザ光源31から照射された超音波検出用レーザ光DLを照射すると、超音波検出用レーザ光DLは、被検査体11に発生した超音波により、被検査体11の表面変位速度Vに応じてドップラーシフトΔf=2V/λを受け、反射する。λは、超音波検出用レーザ光の波長である。
【0034】
ドップラーシフトを受けた超音波検出用レーザ光DLの反射光は、受信部41で受信され、その後、信号処理部51に送られる。信号処理部51では、ドップラーシフトの量の情報から、周波数スペクトルを算出し、FFT処理により周波数スペクトルの周波数解析を行う。
【0035】
周波数スペクトルは、具体的には、例えば、図2のように算出される。これをFFT処理すると、図3の(a)〜(c)のような結果が得られる。図2、及び図3に示す結果は、被検査体として、1mm厚のSS400を用いて計測した結果である。図3の(a)は、引張応力を付加していない状態での計測結果、(b1)は、被検査体に3MPaの引張応力を付加した状態での計測結果で、(b2)は(b1)のS1fの周波数領域を拡大した図、(c)は被検査体に15MPaの引張応力を付加した状態での計測結果である。
【0036】
図3から、被検査体に引張応力が付加された状態では、S1fの周波数ピークが2つの周波数に分離することが分かる。
【0037】
本発明者らの検討の結果、被検査体に付加する引張応力の大きさを変えると、図4に示すように、2つの周波数の分離の大きさと、引張応力の大きさには相関関係があることが分かった。分離の大きさは、例えば、分離した2つの周波数をS1f1、S1f2(S1f1<S1f2)、ΔS1f=S1f2−S1f1として、ΔS1f/S1f1として表すことができる。図4の縦軸は、ΔS1f/S1f1である。2つの周波数の分離の大きさは、例えば、ΔS1f/S1f2等、他の式を用いて評価してもかまわない。
【0038】
2つの周波数の分離の大きさ(例えば、ΔS1f/S1f1)と、付加された応力の大きさとの関係である較正線をあらかじめ求めておき、例えば、データベースとして保有しておくことにより、付加された応力の大きさが未知の被検査体について、レーザ超音波法で検出された強度波形をFFT処理して、2つの周波数の分離の大きさを算出し、データベースを参照すれば、被検査体に付加された応力の大きさを求めることができる。
【0039】
鋼板の成分組成等によっては、2つの周波数の分離の大きさと応力の大きさとの関係が異なる場合があるので、複数のデータベースを用意し、計測の際に最適なデータベースを参照できるようにするとよい。
【0040】
本発明の応力計測装置について、より詳細に説明する。
【0041】
超音波発生用パルス発振レーザ光源21は、パルス発振レーザ光源であり、例えばQスイッチNd:YAGレーザを用いることができる。
【0042】
超音波発生用レーザ光GLのパルス繰り返し周波数は、使用する超音波発生用パルス発振レーザ光源21の特性に依存するが、10〜200Hz程度である。照射光学系では、超音波発生用パルス発振レーザ光源21と被検査体11の間に、ミラー22a、22b、NDフィルター23、集光レンズ24などを配して、超音波発生用レーザ光GLの進行方向、強度、ビーム径等を調整することができる。被検査体11の表面に照射される超音波発生用レーザ光GLの照射角は、実用上は、面に対し垂直方向±30°以内である。これらは、特に限定されるものではない。
【0043】
超音波検出用レーザ光源31には、例えば連続発振の2倍波Nd:YAGレーザを用いることができる。超音波発生用レーザ光GLと、超音波検出用レーザ光DLには、波長の異なるレーザ光を用いる。これは、受信部41で受信する超音波検出用レーザ光DLに超音波発生用レーザ光GLが混じり、ノイズとなるのを防ぐためである。すなわち、2つのレーザ光が異なる波長であれば、使用する波長は限定されない。
【0044】
超音波検出用レーザ光DLが、被検査体11に発生した超音波より受けるドップラーシフトの大きさは、0.01〜0.1Hz程度である。したがって、超音波検出用レーザ光源31には周波数安定性の高いレーザ光源を用いるのが好ましく、超音波検出用レーザ光源31の周波数ドリフトは100Hz/s以下が好ましい。
【0045】
検出光学系では、超音波検出用レーザ光源31と被検査体11の間に、ミラー32a,32bなどを配して、超音波検出用レーザ光DLの進行方向等を調整することができる。被検査体11の表面に照射される超音波検出用レーザ光DLの照射角は、実用上は、面に対し垂直方向±30°以内である。これらは、特に限定されるものではない。
【0046】
超音波検出用レーザ光源31には、パルス発振レーザ光源を用いることもできる。この場合、超音波検出用レーザ光DLを、強度波形の検出のタイミングに同期して発振させることで、超音波検出用レーザ光DLの平均出力をそれほど高くしなくても、超音波の検出感度を向上させることができる。
【0047】
被検査体表面の照射領域は、図5に示すように、超音波発生用レーザ光を照射し、超音波発生用パルス発振レーザ光の照射スポット25の照射領域内に、超音波検出用レーザ光の照射スポット35が入るように、超音波検出用レーザ光を照射するのが好ましい。超音波発生用レーザ光と超音波検出用レーザ光を、ほぼ同じ位置に照射することで、超音波検出用レーザにより面方向に進行する波は検出されず、移動しない群速度ゼロの板波を精度良く検出することができる。
【0048】
受信部41には、例えば、ファブリ・ペロー干渉計を用いることができる。ファブリ・ペロー干渉計は、波長フィルターとしての役割を果たす。ファブリ・ペロー干渉計の透過率は、図6に示すように、光の周波数によって大きく異なる。
【0049】
ファブリ・ペロー干渉計に入射される超音波検出用レーザ光は、被検査体を伝播する超音波より受けたドップラーシフトの量、すなわち被検査体の表面変位速度によって、わずかに周波数が変化する。周波数が変化した超音波検出用レーザ光をファブリ・ペロー干渉計に導入し、出力することで、周波数の変化を、相対的に大きな、光強度の変化に変換することができる。
【0050】
その結果、ファブリ・ペロー干渉計を透過した、超音波検出用レーザ光の強度変化を計測することで、被検査体の表面の振動状態を精度良く求めることができる。
【0051】
ファブリ・ペロー干渉計の透過特性は、FWHM(Full Width Half Max)が1〜10MHz程度、FSR(Free Spectral Range)が100MHz〜1GHz程度が好ましい。FWHMとは、ある関数f(x)が、山形の局所的関数の形状を示している場合、f(x)がその最大値の半分の値以上の値となるxの範囲の幅値である。FSRとは、自由スペクトル領域の略であり、隣り合った共振ピーク周波数値の差として定義される値である(図6を参照)。
【0052】
ファブリ・ペロー干渉計の反射ミラーが外部振動などの外乱により変化したときに、反射ミラーを最適な位置になるように調製できるように、参照光を用いた調整機構を設けてもよい。反射ミラーの調整には、ピエゾ素子などが使用できる。
【0053】
本発明の応力計測装置の受信部は、ファブリ・ペロー干渉計に限定されない。
【0054】
例えば、ドップラーシフトを受けた超音波検出用レーザ光を、超音波検出用レーザ光の波長付近で損失波長特性が急峻となる光ファイバグレーティングや微細構造光ファイバに導入して、出力される光の強度をドップラーシフトの量に応じた強度とし、これを用いて超音波の周波数スペクトルを算出する方法なども採用することができる。
【0055】
受信部41で受信したドップラーシフトの量の情報は、信号処理部51に送られる。このとき、例えば、アバランシェフォトダイオード等の光/電気変換器で電気信号に変換して、電気信号として信号処理部51に入力してもよい。
【0056】
信号処理部51は、周波数スペクトル算出部51a、応力算出部51bを有する。
【0057】
周波数スペクトル算出部51aは、電子計算機等からなり、受信部から出力されたドップラーシフトの量の情報から、周波数スペクトルを算出し、さらに算出した周波数スペクトルの周波数解析を行い、2つに分離して観察される群速度ゼロのS1モードの板波超音波の周波数S1f1、及びS1f2を算出する。
【0058】
応力算出部51bは、電子計算機等からなり、算出したS1f1、及びS1f2から、あらかじめ求めた2つの周波数の分離の大きさと応力の大きさとの関係を用いて、被検査体11に付加された応力の大きさを算出する。
【0059】
信号処理部51は、さらに、必要に応じて、較正線作成部51cを備えることができる。較正線作成部51cは、電子計算機等からなり、別途計測した2つの周波数の分離の大きさ(例えば、ΔS1f/S1f1)と、付加された応力の大きさとを入力し、入力された値に基づき、2つの周波数の分離の大きさと応力の大きさとの較正線を作成する。作成された較正線は、応力算出部51bでの応力の算出に用いられる。
【0060】
2つの周波数の分離の大きさと応力の大きさとの関係は、図4に示すように、一次の関係であるから、入力された2つの周波数の分離の大きさと応力の大きさとの関係を較正線に反映させるのは、容易である。
【0061】
周波数スペクトル算出部51a、応力算出部51b、及び較正線作成部51cは、それぞれ物理的に別の装置である必要はなく、例えば、同一の電子計算機内に、それぞれの処理を行うプログラムを有するものであってもかまわない。
【0062】
さらに必要に応じて、算出結果を出力する表示装置61を設けてもよい。
【0063】
本発明の応力計測方法で必要となる波形分解能は、計測する応力の必要な分解能から決定できる。すなわち、計測する応力の必要な分解能を決定すると、既に得られている較正線と、計測する応力の分解能から、ΔS1f/S1f1の必要な分解能が決定する。
【0064】
板波超音波の群速度は、周波数×板厚と、図7に示す関係があるので、較正線作成時のS1f×d(板厚)と、被検査体の板厚から、S1fのおおよその値を算出し、その値からΔS1fを算出する。
【0065】
すると、少なくとも必要となるFFTの周波数分解能Δfrは、Δfr=ΔS1f/2であるから、FFT処理するために必要な波形の時間域Tは、T=1/Δfrと求められる。
【0066】
本発明の応力計測方法は、板厚0.1〜3mm程度の薄板に付加された、残留応力等の応力の大きさの計測に好適である。また、弾性を有する金属材料であれば、熱弾性効果による超音波発生のメカニズムが薄鋼板と同様に成り立ち、超音波も伝幡可能なので、本発明の方法が適用可能である。
【実施例】
【0067】
冷間圧延後の1mm厚のSS400を試験材として引張応力を付加し、その大きさを、本発明の薄板の応力計測方法と、公知の計測法であるひずみゲージ法により計測し、比較した。
【0068】
本発明の計測方法については、事前に、別途、引張応力の大きさとΔS1f/S1f1との関係である較正線をあらかじめ求め、図4の関係を得た。
【0069】
本発明の計測方法の超音波発生用パルス発振レーザ光源には、QスイッチNd:YAGレーザを使用し、超音波検出用レーザ光源には連続発振の、2倍波Nd:YAGレーザを使用した。計測条件は、表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
超音波発生用レーザ光の被検査体上でのフルーエンスは、1.8mJ/mmとした。これは、アブレーションが生じない程度のエネルギーである。また、表1中の被検査体と検出系の距離は、被検査体と検出系の最短距離を意味し、図1の例では、被検査体11と、集光レンズ24との距離である。
【0072】
ひずみゲージ法による計測は、上記の計測条件でレーザを照射した近傍にひずみゲージを設けて行った。
【0073】
図8に、あらかじめ求めた較正線を基に、計測したΔS1f/S1f1の値から算出した応力の大きさを縦軸に、ひずみゲージで計測した応力の大きさを横軸にとって突き合せた結果を示す。
【0074】
図8のグラフ中の点線は、計測に必要な精度±5MPaを示す補助線である。いずれのデータもこの±5MPaの範囲にあり、要求の計測精度を満たすことが分かった。
【0075】
以上の結果から、本発明による計測法を用いた計測結果と、公知の計測法であるひずみゲージ法を用いた計測結果はよく一致しており、本発明の応力計測方法によれば、被検査体にレーザによる照射痕を生じさせることなく、妥当な計測結果が得られることが確認できた。
【0076】
なお、実施例では引張応力の場合を示したが、圧縮応力の場合も同様に、計測された2つの周波数の分離の大きさと被検査体に付加した応力の大きさの関係に基づいて得られる較正線と、計測された二つの周波数の分離の大きさとから、圧縮応力の大きさを計測することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によれば、レーザ超音波法において、熱弾性効果を利用して超音波励起し、対象物の表面にレーザによる照射痕を生じさせることなく、対象物の残留応力等、被検査体に付加された応力の大きさが算出できるので、種々の材料の非破壊検査に適用可能である。発明を実施するための形態や実施例において、薄鋼板を被検査体の例として取り上げたが、本発明は、例えばアルミや銅など弾性を有する金属材料であれば適用可能である。
【0078】
本発明は、非破壊、非接触式の計測方法であるから、本発明を、例えば、冷間加工などの金属の製造プロセス中に適用することによって、オンラインで、製造中の実物の残留応力の計測が可能である。その結果、例えば、鋼板の矯正プロセスの制御情報として活用でき、残留応力低減のための制御の最適化が行えるようになる。
【0079】
さらに、残留応力確認のためのガスカット等が不要となるので、歩留りが向上し、さらに、できあがった製品の残留応力を保証することができる。よって、産業上の利用可能性は大きい。
【符号の説明】
【0080】
11 被検査体
21 超音波発生用パルス発振レーザ光源
22a,22b ミラー
23 NDフィルター
24 集光レンズ
25 超音波発生用パルス発振レーザ光の照射スポット
31 超音波検出用レーザ光源
32a,32b ミラー
35 超音波検出用レーザ光の照射スポット
41 受信部
51 信号処理部
51a 周波数スペクトル算出部
51b 応力算出部
51c 較正線作成部
61 表示装置
DL 超音波検出用レーザ光
GL 超音波発生用レーザ光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄板に付加された応力の大きさを計測する方法であって、
被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射し、被検査体に超音波を発生させるステップと、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光と波長の異なる超音波検出用レーザ光を照射するステップと、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光の反射光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力するステップと、
前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を用いて、前記ドップラーシフトの量から前記被検査体に発生した超音波の強度波形を算出するステップと、
前記超音波の強度波形の周波数解析を行い、2つに分離して観察される前記被検査体に発生した群速度ゼロのS1モードの板波超音波の2つの周波数S1f1、及びS1f2を算出するステップと、
算出された前記2つの周波数から、あらかじめ作成された2つの周波数S1f1及びS1f2と応力の大きさとの関係を用いて、前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップと
を備えることを特徴とする薄板の応力計測方法。
【請求項2】
前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップは、算出された2つの周波数S1f1、S1f2から、2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1を算出し、あらかじめ求められた2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と応力の大きさとの関係を用いて、被検査体に付加された応力の大きさを算出するステップであることを特徴とする請求項1に記載の薄板の応力計測方法。
ここで、S1f1<S1f2、ΔS1f=S1f2−S1f1とする。
【請求項3】
前記超音波検出用レーザ光を、前記超音波発生用パルス発振レーザ光を照射するスポット領域内に照射することを特徴とする請求項1又は2に記載の薄板の応力計測方法。
【請求項4】
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する方法は、前記ドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を干渉計で干渉させ、該干渉計から該ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する方法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄板の応力計測方法。
【請求項5】
前記超音波検出用レーザ光は、パルス発振レーザ光であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄板の応力計測方法。
【請求項6】
薄板に付加された応力の大きさを計測する装置であって、
被検査体に超音波を発生させるための超音波発生用パルス発振レーザ光を照射する照射光学系と、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光と波長の異なる超音波検出用レーザ光を照射する検出光学系と、
前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光の反射光を受信し、前記ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する受信部と、
前記超音波の強度波形の周波数解析を行い、2つに分離して観察される前記被検査体に発生した群速度ゼロのS1モードの板波超音波の2つの周波数S1f1、及びS1f2を算出する周波数スペクトル算出部と、
算出された2つの周波数から、あらかじめ求められた2つの周波数S1f1、及びS1f2と応力の大きさとの関係を用いて、前記被検査体に付加された応力の大きさを算出する応力算出部
を備えることを特徴とする薄板の応力計測装置。
【請求項7】
前記応力算出部は、算出されたS1f1、S1f2から、2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1を算出し、あらかじめ求められた2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と応力の大きさとの関係を用いて、被検査体に付加された応力の大きさを算出することを特徴とする請求項6に記載の薄板の応力計測装置。
ここで、S1f1<S1f2、ΔS1f=S1f2−S1f1とする。
【請求項8】
前記検出光学系は、前記照射光学系が被検査体の表面に照射したパルス発振レーザ光のスポット領域内にレーザ光を照射することができることを特徴とする請求項6又は7に記載の薄板の応力計測装置。
【請求項9】
前記受信部は、前記被検査体に超音波発生用パルス発振レーザ光を照射して発生した超音波の振動によりドップラーシフトを受けた前記超音波検出用レーザ光を入力して干渉させ、ドップラーシフトの量に応じた強度の光を出力する干渉計であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の薄板の応力計測装置。
【請求項10】
前記超音波検出用レーザ光は、パルス発振レーザ光であることを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項に記載の薄板の応力計測装置。
【請求項11】
さらに、別途計測した2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と、応力の大きさとを入力し、入力された値に基づき、前記応力算出部で前記被検査体に付加された応力の大きさを算出するために用いる、2つの周波数の分離の大きさΔS1f/S1f1と応力の大きさとの関係を表す較正線を作成する、較正線作成部を備えることを特徴とする請求項6〜10のいずれか1項に記載の薄板の応力計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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