説明

薄板縁継手のレーザ溶接方法

【課題】本発明は、厚さ1.0mm以下の薄板の縁継手のレーザ溶接において、溶接条件範囲が広く生産性をさらに向上できる溶接方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明の薄板縁継手レーザ溶接方法は、厚さ1.0mm以下の薄板の縁継手部WにレーザビームLを照射して溶接する薄板縁継手のレーザ溶接方法において、継手部Wのレーザ照射面Sを下向きとしてレーザビームLを上向きにレーザ照射面Sへ照射することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は重ね母材の縁の端面部の接合位置に、レーザビームを照射して溶接する縁継手のレーザ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄板の縁継手溶接では上進、下進、下向き、上向きの4姿勢の溶接方法が知られている。上進溶接は、溶接軸がほぼ鉛直な継手に対して水平方向に対向して縦方向に下方から上方に向かって溶接してゆく溶接方法であり、下進溶接は、溶接軸が鉛直に配置された継手に対して水平方向に対向して縦方向に上方から下方に向かって溶接してゆく溶接方法である。また、下向き溶接は、溶接軸がほぼ水平な継手に対して上から下を向いて水平方向に溶接してゆく溶接方法であり、上向き溶接は、溶接軸がほぼ水平な継手に対して下から上を向いて水平方向に溶接してゆく溶接方法である。
【0003】
一般的にレーザ溶接では、上進溶接(すなわち、溶接部であるレーザ照射面がほぼ鉛直となるように継手を配置して、レーザ照射面に垂直となるようにレーザビームを水平に照射し、レーザヘッドを相対的に照射面の下方から上方へ移動させながら溶接する溶接方法)が有利であるとされている。これは、上進溶接ではレーザ照射部にできたキーホールからの溶融池の排出を重力によって促進してキーホールを安定に保持できるので、深溶け込みビードの形成が可能であるためである。
【0004】
図7は薄板の縁継手溶接における上進溶接の様子を模式的に示した斜視図である。薄板T、Tは縁端面S、Sを揃えて当接されており、レーザビームLは、ほぼ水平に配置されたレーザヘッドHから縁端面Sの当接部Cにほぼ垂直に照射される。そして、レーザヘッドHを矢印aのように縁端面Sに沿って鉛直方向に下方から上方に移動することで縁継手10がレーザ溶接される。
【0005】
レーザビームLは照射部にキーホールKを形成しながら上方へ進行するので母材T、Tが溶融してキーホールKの下側に母材の溶融部Mが形成される。この溶融部Mは重力Gによって下方に引っ張られるのでレーザ照射部の後方に、ビード溜まりDが発生することがある。このビード溜まりDはハンピング不良と称して溶け込み不足とともに縁継手溶接における溶接欠陥である。このため、レーザビームの照射出力や溶接速度(レーザヘッドの移動速度または縁継手部の送り速度)などの溶接条件をハンピングと溶け込み不足とを生じない適正な範囲で選択しなければならない。上進溶接ではこの範囲が非常に狭いために溶接速度を上げることができず生産性を阻害するといった問題がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたもので、厚さ1.0mm以下の薄板の縁継手のレーザ溶接において、溶接条件範囲が広く生産性をさらに向上できる溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の薄板縁継手レーザ溶接方法は、厚さ1.0mm以下の薄板の縁継手部にレーザビームを照射して溶接する薄板縁継手のレーザ溶接方法において、継手部のレーザ照射面を下向きとしてレーザビームを上向きにレーザ照射面へ照射することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の薄板縁継手のレーザ溶接方法は、継手部のレーザ照射面を下向きとしてレーザビームを上向きにレーザ照射面へ照射するので、重力の影響によるキーホール後方への溶融池の排出が抑制される。このため溶融池は縁継手部から一様に垂れて保持されるのでビード溜まりができにくく、ハンピングが生じない。従って上進溶接や下向き溶接に比べて入熱条件範囲(溶接条件範囲)を大幅に拡大することができる。
【0009】
また、溶接条件の変動に対する許容範囲が広いので溶接速度を高めて生産性を向上することができる。
【0010】
さらに、薄板の縁継手は溶接時に高い狙い精度を必要とする。このためレーザヘッドを剛性の高い基台に固定する必要があるが、本発明の上向き溶接ではレーザヘッドを低いところに設置しやすく、従って、レーザヘッドを保持するジグなどの剛性を高くできるので溶接精度を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の薄板縁継手のレーザ溶接方法は、継手部のレーザ照射面を下向きとしてレーザビームを上向きにレーザ照射面へ照射する上向き溶接法である。図1に本発明の好適な実施の態様を示す。なお、図1においては図7に示した縁継手10と同様の箇所には同一の符号を付して説明を省略する。
【0012】
縁継手1は、薄板母材T、Tを当接して形成されるレーザ照射面Sがほぼ水平になるように配置されている。レーザビームLは、ほぼ垂直に配置されたレーザヘッドHから縁端面Sの当接部Cに下から上に向かって照射される。そして、レーザヘッドHを矢印Aのように縁端面Sに沿って所定の速度で水平に移動することで縁継手1が形成される。なお、レーザヘッドHを移動する代わりに縁継手1を矢印Aの反対側へ水平に移動させてもよい。
【0013】
レーザビームLは照射部にキーホールKを形成しながら矢印A方向へ進行するので母材T、Tが溶融してキーホールKの後方(図1では左側)に母材の溶融部Mが形成される。この溶融部Mは重力Gによって母材Tから引き剥がされる方向(下方)に引っ張られるのでビードBは縁継手部Wから一様に垂れて安定して保持されやすい。このため、ハンピング不良は発生しにくい。
【0014】
本発明の縁継手レーザ溶接方法は、厚さが1.0mm以下の薄板の縁継手溶接に適用する。中でも0.4〜0.8mmの薄板に好適に用いることができる。薄板の材質は特に限定はないが、車両の構造部材などに用いられる薄板鋼板(SPC270)や鉛・錫メッキ鋼板などを例示することができる。また、継手母材T、Tの厚さは同一である必要はなく、例えば、0.8mmと0.6mmの薄板を母材とする縁継手であってもよい。
【0015】
本発明の薄板縁継手のレーザ溶接方法は、上記のように溶接姿勢を上向き溶接とする以外は従来の薄板縁継手のレーザ溶接と同様に行うことができる。例えば、用いるレーザはCO2レーザでもYAGレーザでもよく、また、レーザビームのビーム径は0.4〜1.0mmとすればよい。
【実施例】
【0016】
厚さ0.7mmの軟鋼板(SPC270)2枚を重ね合わせ、その端面の縁継手レーザ溶接を行った。レーザは定格が5kWのYAGレーザでビーム径は0.6mmφとした。溶接姿勢を上向き(実施例)、上進(比較例1)、下進(比較例2)および下向き(比較例3)として、レーザビームの出力(kW)を1〜4.5kWの範囲で5水準、またレーザヘッドの送り速度を1〜4.5(m/min)の範囲で4水準とし、それぞれを組み合わせた溶接条件で15cmの縁継手溶接を行い、その間に形成された各ビードを目視観察した。なお、目視観察は、溶け込み不足の有無(あり:×、なし:○)(断面で溶け込み深さが板厚未満の場合を×とする。)、ハンピングの有無(あり:×、なし:○)とし、許容範囲下限を△とした。結果を図2〜5に示す。なお、図2〜5において、点線X(X1〜X4)は溶け込み不足と溶け込み良好との境界線であり、点線Xより下の領域Iは溶け込み不足の発生する溶接条件範囲である。また、点線Y(Y1〜Y4)はハンピング発生の境界線であり、点線Yより上の領域IIはハンピングが発生する溶接条件範囲である。すなわち、各グラフにおいて点線Xと点線Yとの間の領域Z(Z1〜Z4)が良好な溶接継手を得ることのできる適正溶接条件範囲である。
【0017】
図6は溶接方法による適性溶接条件範囲を比較するために図2〜図5をまとめて示したグラフである。溶け込み不足が発生する領域Iは図2〜図5から溶接方法に係わらずほぼ一定なので点線X1〜X4はまとめて実線Xで示した。また、点線Y(Y1〜Y4:ハンピング境界線)は線種を変えて併記した。
【0018】
図6から、適性溶接条件範囲Zは、Z2<Z4<Z3<Z1、すなわち、上進(比較例1)<下向き(比較例3)<下進(比較例2)<上向き(実施例)の順に広くなり、実施例の上向き溶接が最も適性溶接範囲の広いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明のレーザ溶接方法は、車両などの薄板溶接構造部材の縁継手溶接に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の好適な実施の態様である上向きレーザ溶接方法の概要を示す斜視図である。
【図2】上向き溶接(実施例)によるレーザ溶接条件と得られたビード品質との関係を示すグラフである。
【図3】上進溶接(比較例1)によるレーザ溶接条件と得られたビード品質との関係を示すグラフである。
【図4】下進溶接(比較例2)によるレーザ溶接条件と得られたビード品質との関係を示すグラフである。
【図5】下向き溶接(比較例3)によるレーザ溶接条件と得られたビード品質との関係を示すグラフである。
【図6】図2〜5を重ねて示したグラフである。
【図7】上進溶接方法の概要を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0021】
B:ビード C:当接面(接合部) D:ハンピング G:重力 H:レーザヘッド K:キーホール L:レーザビーム M:溶融池(溶融部) S:レーザ照射面(縁端面) T:母材 W:継手部
I:溶け込み不足発生領域 II:ハンピング発生領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ1.0mm以下の薄板の縁継手部にレーザビームを照射して溶接する薄板縁継手のレーザ溶接方法において、
前記継手部のレーザ照射面を下向きとし、前記レーザビームを上向きに該レーザ照射面へ照射することを特徴とする薄板縁継手のレーザ溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−346709(P2006−346709A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−176070(P2005−176070)
【出願日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】