説明

薬剤充填済み多室シリンジの製造方法

【課題】多室シリンジを製造のための凍結乾燥工程において,凍結乾燥器の棚とシリンジとの間の熱伝導性を高め,又は,シリンジの転倒を可能性を低下させる手段を提供すること,及び,薬剤を充填した多室シリンジを滅菌する方法において,多室シリンジのガスケットが移動するのを防止する手段を提供すること。
【解決手段】シリンジに充填された水性液状薬剤の,凍結乾燥器中での凍結乾燥方法であって,凍結乾燥器内の棚に立てて並べられたシリンジの下部に金属製の筒状の支持具を嵌合させることによる方法,及び,薬剤を充填したバイアルタイプの多室シリンジの滅菌方法であって,滅菌工程に付すにあたり,薬剤を充填したバイアルタイプの多室シリンジの後端側開口をねじ付キャップ又はフリップティアオフ・キャップにより密封することを特徴とする,方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,薬剤が充填された多室シリンジの製造に関し,特に多室シリンジ中での薬剤の凍結乾燥方法,及び薬剤が充填された多室シリンジの滅菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンジ中の複数に区分された区画のそれぞれに,相互に非接触な状態で薬剤成分(例えば,薬物粉末と,これを溶解又は分散させるための溶解液)が充填され,使用時に当該シリンジ内でそれらを混合し注射液を調製して直接患者に注射することができるタイプの薬剤充填済みシリンジ(プレフィルドシリンジ)が知られている(特許文献1〜2参照)。そのような製品においてシリンジ自体は,マルチチャンバーシリンジ,ダブルチャンバーシリンジ,2室式シリンジ等と呼ばれている。また,それらシリンジは,ルアー先を有するもの(特許文献1,2参照)ばかりでなく,バイアルタイプ(先端側がルアー先の形状でなく広く開口している瓶タイプをいう。但し,後端はピストンロッドを通すため開放している)(特許文献3参照)で,先端側の広い開口がブチルゴム等の材料からなる隔壁で閉じられ,これに例えば両頭針を刺入し装着することで内部の調製済み注射液を注射可能にする形態のものも知られている(本明細書において,これらを包括的に「他室シリンジ」という。)。
【0003】
多室シリンジに充填される薬剤成分のうち,一つは通常粉末製剤であり,これは多くの場合,薬効成分を含んだ凍結乾燥粉末である。多室シリンジ中の凍結乾燥粉末の調製は,当該薬剤成分を含んだ溶液を多室シリンジ内で凍結乾燥することによって行われる。すなわち,具体的には,例えばルアー先を有するシリンジを用いる場合,キャップで閉じた先端を下にし倒立状態でこれに後端の開口から薬剤成分を含んだ溶液を注入し,当該開口上にガスケットを仮留めし,倒立状態で凍結乾燥器の棚に並べて凍結乾燥に付し,凍結乾燥完了後にガスケットを上からシリンジ内に押し込む。また,バイアルタイプのシリンジを用いる場合,両頭針を通すキャップで封止した先端の開口を下にして,ルアー先を有するシリンジを用いると同じ操作を行うか,又は,予めガスケットをシリンジに挿入しておき,先端の開口を上にした正立状態で当該開口からガスケット上に薬剤成分を含んだ溶液を注入し,当該開口にキャップを仮留めし,正立状態で凍結乾燥し,凍結乾燥完了後に先端の開口にキャップを押し込んで塞ぐ。
【0004】
これらの場合において,凍結乾燥には,多数のシリンジが凍結乾燥器の棚上に倒立又は正立状態で並べられるが,揺れに対して非常に不安定であるという問題がある。特に凍結乾燥の完了後,多数並んでいるシリンジの各々の上端側に仮留めされたガスケット又はキャップは,1枚のプレートで上から同時に押することにより一斉にシリンジ内に押し込まれるが,プレートを除去する際に不安定となり易い。バイアルタイプのシリンジを正立状態で凍結乾燥に付した場合とりわけそのリスクが高く,プレートの下面にキャップが僅かに粘着しプレートによってシリンジ本体もろとも一瞬持ち上げられる場合がある。持ち上げられたシリンジは直後に棚上に戻るが,その際に極めて転倒し易い。一本のシリンジが転倒すると,棚上に多数立てられている他のシリンジを次々と転倒させてしまい,凍結乾燥工程全体の円滑な流れを著しく阻害することになる。
【0005】
またこれらの問題とは別に,凍結乾燥工程のシリンジ内の水性液状薬剤は,主として凍結乾燥器の棚との間で熱の授受をリンジの素材(通常,ガラス)を介して行うが,相互間の熱伝導が遅いという問題があり,凍結乾燥工程に時間が係る一因となっている。
【0006】
また,薬剤充填済み多室シリンジの製造工程において,多室シリンジの薬剤成分充填区画の各々に,対応する薬剤成分を充填した後,薬剤充填済み多室シリンジは滅菌工程に付されるが,このとき,滅菌方法によっては,シリンジの温度やシリンジに加わる圧力が変化し,周囲とシリンジガスケットで仕切られた各区画内部との間に圧力差が生じて,ガスケットが移動し,甚だしい場合はシリンジから脱落することも起こり得る。例えば,オートクレーブによる高圧蒸気滅菌では,シリンジの温度が上昇し,またエキレンオキシド或いは過酸化水素によるガス滅菌では,シリンジは,エアレーションによる圧力変化を受ける。このため,薬剤充填済みの多室シリンジでは,滅菌方法としてシリンジの温度や圧力に大きな影響を及ぼす滅菌方法を採用することが困難であり,滅菌方法の選択に大きな制約があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第2591046号公報
【特許文献2】米国特許第4613326号公報
【特許文献3】特開平9−206376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の一目的は,多室シリンジの製造における凍結乾燥工程での凍結乾燥器の棚とシリンジとの間の熱伝導を促進する手段を提供することである。
また本発明の別の一目的は,多室シリンジの製造における凍結乾燥工程での,凍結乾燥棚中に並べられたシリンジの転倒のリスクを低減させる手段を提供することである。
また本発明の更なる別の一目的は,薬剤を充填した多室シリンジの滅菌工程中に,熱や加圧/減圧が加わる条件であっても多室シリンジのガスケットの移動や脱落を防止できる手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は,凍結乾燥に際して正立又は倒立させたシリンジの下部の周囲に筒状の金属製支持具を嵌めることにより,凍結乾燥器の棚からシリンジへの熱伝導を促進させることができること,及び,そのような金属製支持具により,シリンジの安定性を改善して転倒のリスクを低減できることを見出した。また,薬剤充填済み多室シリンジを滅菌工程に付す際,シリンジ後端の開口を密封しておくことにより,滅菌工程中のガスケットの移動を防止できることを見出した。本発明は,これらの発見に基づき,更に検討を加えて完成させたものである。すなわち,本発明は,以下を提供する。
(1)シリンジに充填された水性液状薬剤の,凍結乾燥器中での凍結乾燥方法であって,金属製の筒状の支持具を,凍結乾燥器内の棚に立てたシリンジの下部の外周面に嵌合させた状態で,該棚に載置することを特徴とする方法。
(2)該支持具の外径が,シリンジの外径の1.3倍以上であることを特徴とする,上記1の方法。
(3)該支持具の上端の高さが,該棚に立てられるシリンジ中の該水性液状薬剤の位置に達するものである,上記1又は2の方法。
(4)該支持具が,該シリンジの側面のバイパス突起の通過を許容する縦溝を内表面に有するものであり,該縦溝に該バイパス突起を通して,該支持具をシリンジに嵌合させるものである,上記1ないし3の何れかの方法。
(5)該バイアルタイプのシリンジが後端の縁に厚肉部を形成し外径が増大しており,該支持具が,該厚肉部の外径より狭い内径を有するが,少なくとも該縦溝が貫通している末端の内側の縁部が,該厚肉部を収容できる内径増大部を有するものである,上記4の方法。
(6)薬剤を充填したバイアルタイプの多室シリンジの滅菌方法であって,滅菌工程に付すにあたり,該多室シリンジの後端側開口を除去可能な密封手段により密封することを特徴とする,方法。
(7)該開封可能な密封手段が,該バイアルタイプの多室シリンジの後端側開口部を塞いで設けられたフリップティアオフ・キャップ,又は,該バイアルタイプの多室シリンジの後端部外周面を囲む雄ねじに螺着されるキャップである,上記7の方法。
(8)該雄ねじが,該多室シリンジの後端部外周面を囲んでこれに固定された,円筒状部を有する部材の該円筒状部の外周面に形成されているものである,上記7の方法。
【発明の効果】
【0010】
本願の第1の発明によれば,多室シリンジに充填された水性液状薬剤の凍結乾燥器中での凍結乾燥において,凍結乾燥器の棚に立てて並べられたシリンジの転倒のリスクを低減させることができる。特に,バイアルタイプのシリンジを正立状態で凍結乾燥した後,棚上に多数並べられた各バイアルタイプのシリンジの先端に仮留めされたキャップ一斉に押し込んだプレートが除去されるとき,プレートとキャップとが多少粘着した場合,該支持具がシリンジの下部の外周面を取り囲んでいるため転倒が起こりに難い。特に,支持具が,シリンジの後端の縁の外径の増大部を収容できる,内径増大部が末端の内側の縁に形成されている場合,シリンジは,その後端の縁の外径増大部がこれに対応した支持具の内径増大部には収容されるがそれ以外では支持具の内腔を通過できず,このため当該支持具が重しとなり,シリンジが持ち上がるおそれがなくなるため,一層安定化できる。
本願の第1の発明はまた,凍結乾燥器中での凍結乾燥工程において,従来に比し,凍結乾燥器の棚に載っている金属製の筒状の支持具を介したシリンジと棚との間の熱の伝導が加わるため,シリンジ内の薬剤と棚との間の熱伝導が促進されるため,シリンジ内の水性液状薬剤の凍結,及び凍結後の該薬物の真空乾燥の双方において,工程の効率が高まる。
本願の第2の発明によれば,薬剤を充填した多室シリンジの,ピストンを除く部分全体を,ガスケットの移動を引き起こす恐れなしに滅菌工程に付すことができる。滅菌後はこれを密封包装しておくことで,使用時に密封包装から薬剤充填済み他室シリンジを取り出すまで,無菌状態を維持できる。使用に際して端開口部を塞ぐフリップティアオフ・キャップ又は螺着されたキャップは簡単に除去でき,密封を解かれた開口を通してピストンロッドが装着される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は,バイアルタイプの2室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。
【図2】図2は,図1の2室シリンジの,90°の異なる方向からの,一部を断面図とした側面図である。
【図3】図3(a)は,倒立させたルアー先の多室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。図3(b)は,倒立させたバイアルタイプの多室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。
【図4】図4(a)は,凍結乾燥時における正立させ,キャップを仮留めしたバイアルタイプの多室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。図4(b)は,更に支持具で支持された状態の図4(a)の多室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。図4(c)は,保持具のA−A断面図(上段)及び断面図(下段)である。
【図5】図5(a)は,後端部の開口をねじ付キャップで密封した状態の2室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。5(b)は,後端部の開口をフリップティアオフ・キャップで密封した状態の2室シリンジの,一部を断面図とした側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において,他室シリンジを凍結乾燥器の棚に立たせるにあたり,「正立」とは,注射針が取り付けられる側である先端側を上にして立たせることをいい,「倒立」とはその逆をいう。
【0013】
多室シリンジとしては種々のものが周知であり,幾つもの製品が販売されている。本発明においては,それらの適宜のものを選択してもよく,又はそれらに,所望により適宜改変を加えて多室シリンジを作製してもよい。
【0014】
多室シリンジの基本的な機能を,一例として2室の且つバイアルタイプのものを挙げて,次に説明する。図1及び2は,バイアルタイプの2室シリンジ1(両頭針15を装着した後の状態のもの。図面左方向を上方とする)の,軸周りに視点を90°変えた,一部を断面図とした側面図をそれぞれ示す。2室シリンジ1は,内部が2つのガスケット(前側ガスケット2,後側ガスケット3)で気密且つ液密に仕切られて,2個の区画として前側スペース4と後側スペース5とが形成されている。前側スペース4の僅かに前方において2室シリンジ1の内壁には,前側ガスケット2の厚みを跨ぐ長さの(すなわち,前側ガスケット2の厚みより幾分長い)前後方向の細長い溝6が設けられており,それにより,前側ガスケット2の全体厚が溝6の範囲の内側に移動したときに溝6を通るバイパスが形成されるようになっている。また2室シリンジ1の外表面には,溝6の位置において外方に突出した縦方向に延びた突起を形成している(バイパス突起)。前側スペース4には,凍結乾燥粉末等の粉末状の薬剤10が封入されており,これを溶解させるための溶解液11が後側スペース5に封入されている。2室シリンジ1の前端には,両頭針を刺入された隔壁が固定されている。
【0015】
上記2室シリンジ1内での乾燥薬剤10と溶解液11との混合は次のように行われる。すなわち,先ずシリンジ先端側を上にし,図1に示すように先端の隔壁を貫通して両頭針15が刺入され固定される。これにより,両頭針の管腔は,前側スペース4をシリンジの外部と連通する。次いで注射装置のピストンロッドの頭部が後側ガスケット3の背後に取り付けられる。ピストンロッドが押し込まれると,後側ガスケット3と共に後側スペース5内の溶解液11(及び存在する場合には空気も)が,前側ガスケット2もろとも押し込まれる。前側ガスケット2の後縁から溝6の後部が露出したとき,溝6を通るバイパスが前側スペース4と後側スペース5の間に形成され,これを通って後側スペース5内の溶解液11が前側スペース4内へと送られ始め,前側ガスケットはその位置に止まる。ピストンロッドが更に押し込まれて後側ガスケット3が前側ガスケット2に当接することにより,後側スペース5中の溶解液11は全て前側スペース4内に送り込まれ,そこで薬剤10と混合してこれを溶解させ,注射液を構成する。注射液の構成後は,ピストンロッドが更に押し込まれて,後側ガスケット3と前側ガスケット2とが一緒に前方へ移動し,前側スペース4内の空気が両頭針15を通って除去され,注射準備が完了する。
【0016】
2室シリンジより多くの区画に内部が別れたシリンジの場合も原理的に2室シリンジと同様である。例えば3室シリンジにおいては,前後方向に並んだ区画相互において,後側に位置する区画に充填された水性液状の薬剤が,後方のガスケットに押されて前方のガスケットを押し,これらのガスケットの移動により開かれる第1のバイパスを通って前側の区画に流入して両薬剤が混合し,ついでこの混合液も後方からガスケットに押されてより前方のガスケットを押して移動させ,前方に開かれる第2のバイパスを通ってより前側の区画に流入してそこに充填されている薬剤(例えば凍結乾燥粉末)と混合して溶解させる。
【0017】
本発明において,支持具は,その概略筒状の形状の内表面が多室シリンジの該表面に接するように多室シリンジにの外周面に嵌めて凍結乾燥器の棚に立てたとき,上端の高さが,多室シリンジ内の凍結乾燥に付される水性液状薬剤のある位置に達するものであることが好ましく,液面の高さに達するものであることがより好ましい。十分な高さを有することで,凍結乾燥器の棚温に近づいた支持具の表面とシリンジの胴部の壁を挟んでその反対側にある凍結乾燥に付される薬剤との間で,凍結のため及び凍結後の水の昇華のために,それぞれ必要な棚との熱の授受の効率が高まるからである。支持具の外径は,これを嵌める多室シリンジの外径の1.3倍以上あることが好ましく,1.4倍以上あることがより好ましく,1.5倍以上あることが更に好ましい。また,多室シリンジの外径に対するまた支持具の外径の比率には特段の上限はないが,ある程度を超えて大きくしてもそれに見合った効果の向上はなく,逆に,棚に並べることのできる多室シリンジの本数が減少することになる。従って,特に上限はないものの,一般には,支持具の外径は,他室シリンジの外径の外径の2倍以下,より好ましくは,1.8倍以下,更に好ましくは1.7倍以下である。
【0018】
また,支持具は,所望により,多室シリンジのバイパス突起が収容された前後方向にスライドできるよう,バイパス突起の幅及び高さを受け入れることのできる幅及び深さをそれぞれ有する縦溝を,内表面に有することが好ましい。そうすることにより,多室シリンジのバイパス突起がある部分の通過を許容しつつ,多室シリンジの該表面と支持具の内表面との距離を最小にすることができる。縦溝は,支持具の内表面の全長にわたり延びてその両端で開放しているものであってもよいが,支持具を,棚に立てた多室シリンジの外周面に嵌めた状態で棚に立てたとき,棚に立てられた多室シリンジのバイパス突起が支持具の縦溝内に収まることができれば十分であり,その場合には,縦溝は支持具の内面の一方の端で開放し他方の端で閉じていてもよい。そのように縦溝が一方のみで開いている支持具は,縦溝の末端の開いた側を下にして,これにバイパス突起を通しつつ,棚に正立させた多室シリンジの外周面に上方から嵌めることができる。縦溝の幅は,好ましくは,2〜5mmであり,より好ましくは2.5〜3mmである。また縦溝の深さは,用いるシリンジのバイパス突起の高さに応じてこれを収容できる深さであればよい。一般的な目安として1.5〜2mm程度の深さであれば十分であるが,これより深くても浅くても,バイパス突起が嵌まる限り問題はない。
【0019】
また,バイアルタイプの多室シリンジは,一般に後端が厚肉となってその外径が増大している。これと共に用いる支持具は,当該多室シリンジの後端部の厚肉部の外径より内径が狭く,該厚肉部の通過は許容しない一方,少なくとも一端において内側の縁に,当該多室シリンジの後端部の厚肉部を筒内に収容できるように内径増大部を有することが好ましい。そのような形状を有する支持具は,凍結乾燥器の棚に正立させたバイアルタイプの多室シリンジの外周面に,上方から,当該内径増大部を有する末端を下にして嵌めて棚の面に載置したとき,当該多室シリンジを持ち上げようとしても外径増大部が支持具と下端と係合して重しとして支持具が機能するため,多層シリンジのキャップがこれをシリンジ押し込んだプレートと多少粘着しても,プレートの除去に際し多層シリンジが持ち上がることがない。
【0020】
また,本発明において,支持具を形づくる金属については,特段の限定はなく,アルミニウムや,チタン,ステンレススチールその他の合金等,適宜な金属を用いればよい。
【0021】
また薬剤を充填した多室シリンジの滅菌方法であって,滅菌工程に付すにあたり,薬剤を充填したバイアルタイプの多室シリンジの後端側開口を除去可能な密封手段により密封することを特徴とする方法において,密封手段は,典型的には,フリップティアオフ・キャップや,ねじ式のキャップである。ここに,「フリップティアオフ・キャップ」は,手で圧し上げて簡単に開封することのできるアルミキャップで密封されたゴム栓である。フリップティアオフ・キャップでは,円形のアルミキャップの中央に破断線に取り囲まれて形成されている貫通孔に,中央に突起部を有するプラスチックの蓋を被せてその突起部を貫通項に挿入し周囲をかしめることで両者を一体化し,これをゴム栓をした瓶の口部の周りの段部に巻き込むことによって固定するものである。このような構造であるため,プラスチックの蓋を指で押し上げるてアルミキャップを簡単に破って除去することができ,それにより,ゴム栓が開封可能となる。また,ねじ式キャップの場合,多室シリンジの後端部外周面に雄ねじを設け,これにキャップを螺着することができる。この場合,多室シリンジの後端部外周面の雄ねじは,多室シリンジ自体の後端部外周面に直接形成してもよいが,多室シリンジ後端部外周面に環状部を有する部材を固定し,当該環状部の外周面に雄ねじを形成しておいてもよい。また,これら以外であっても,偶発的に密封状態が破れることがなく,且つ簡単に除去して後端側開口を開放することができるものである限り,それら以外の適宜な手段を採用できる。
【0022】
バイアルタイプの多室シリンジは,先端の開口がゴム栓で密封されアルミキャップで固定されているため,こうして後端部を密封しておくことにより,滅菌工程で温度や圧力の変化に曝されても多室シリンジ内のガスケットが移動することはない。
【実施例】
【0023】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
〔凍結乾燥方法〕
〔実施例1,2〕
実施例1を図解する図3(a)は,ルアー先の2室シリンジ21の胴部の先端をキャップで塞ぎ,倒立させて,これに凍結乾燥に付す水性液状の薬剤Pが充填された状態を示す,一部を断面図とした側面図である。図3(a)において,22は,金属(アルミニウム)で形成された概略円筒状の本発明の支持具であり,倒立させた2室シリンジ21の胴部の下側部分を囲んで,これを転倒しないよう支えている。実施例2を図解する図3(b)は,バイアルタイプの2室シリンジの胴部31の先端をゴム栓及びアルミキャップで密封し,倒立させて,これに凍結乾燥に付す水性液状の薬剤Pが充填された状態を示す一部を断面図とした側面図である。図3(b)において32は,金属(アルミニウム)で形成された概略円筒状の本発明の支持具であり,倒立させた2室シリンジ31の下側部分を囲んで,これを転倒しないよう支えている。これらの図において,26,36はバイパス突起であり,35はガスケットを示す。ガスケット35は,ガスケット仮留め具37によって,これらの2室シリンジの後端の僅かに上方にそれぞれ維持されている。ガスケット仮留め具37は概略円筒状であって,ガスケットの外周面を保持し,且つ,2室シリンジの後端部の外周面を覆ってこれに被さっている。ガスケット仮留め具37はまた,乾燥工程における水蒸気の流出路を確保するために内周の一部に縦方向に貫通した間隙34を備えている。保持具37の上には,凍結乾燥完了後にガスケット35を2室シリンジ21,31内に押し込むためのガスケット押し込み具38が位置し,ガスケット押し込み具38は,外側円筒部38aで保持部材の37の外周面にスライド可能に嵌合し,且つ,内側円筒部38bでガスケット35の上に載っている。外側円筒部38aと内側円筒部38bの間には,乾燥工程での水蒸気の流出路を確保するために複数の空気通路39が設けられている。これらの例では,凍結乾燥器中での凍結乾燥の完了後に,水平のプレート(図示せず)が上方から下降してガスケット押し込み具38を上から圧し,それによりガスケット押し込み具38はスライドして下降しつつ,内側円筒部38bでガスケット35を2室シリンジの胴部21,31内に押し込む。ガスケット仮留め具37は,他室シリンジの胴部の後端に被さるように載っているだけであり,ガスケットの押し込み完了後には,ガスケット押し込み具38と共に取り除かれる。
【0024】
〔実施例3〕
実施例3を図解する図4において,(a)は,正立状態においたバイアルタイプの2室シリンジ51の胴部の一部を断面図とした側面図である。図において,胴部内には,ガスケット55が挿入されており,ガスケット55上には,凍結乾燥に付す水性液状の薬剤Pが充填されている。バイパス突起56は,ガスケット55より上方に位置している。胴部の上端には,キャップ57が仮留めされており,キャップ57と2室シリンジ51の先端の開口との間には,キャップに設けられた切り込み57’により,乾燥工程における水蒸気の流出路が確保されている。(b)は,(a)の2室シリンジ51が転倒しないよう,その下側部分をアルミニウム製の概略円筒状の支持具52で囲んで支えている状態を示す,一部を断面とした側面図である。(c)下段は,支持具52の縦断面図であり,内面には,バイパス突起56を前後方向にスライド可能に収容できる縦溝53が設けられている。図に見られるように,縦溝53は,支持具52の下端を貫通しており,支持具52の上端付近では閉じている。(c)上段は,支持具52のA−A断面を示す。2室シリンジ51の胴部の後端(下端)の縁は,(a)に見られるように,厚肉部58を形成して外径が支持具52の内径より増大しており,厚肉部58は支持具52の中を通過することができない。これに対し,支持具52の下端には,(b),(c)に見られるように,内側の縁に内径増大部54が形成されており,2室シリンジ51の厚肉部58は,この内径増大部52に収容されている。このため,2室シリンジ51は,支持具52内に嵌まって周囲から支持される上,支持具52から2室シリンジ51を上方へ引きぬくことはできないことから,支持具52は,2室シリンジ51が持ち上げられる方向の力を受けた時に,重しとしてシリンジが持ち上げられるのを防止し,2室シリンジ51を安定化して転倒を防止する。
【0025】
〔滅菌方法〕
〔実施例4〕
図5(a)は,前側のガスケット55及び後側のガスケット60が挿入され,前側ガスケット55の前方及び両ガスケットの間にそれぞれ形成された区画に,各薬剤(図示せず)が充填された状態のバイアルタイプの2室シリンジ51を示す。2室シリンジ51の前端は,例えば一般的な環状のアルミキャップ59で固定されたゴム栓57により,密封されている。後側のガスケット60には,背面中央に,使用に際してピストンロッドの先端を螺着するためのねじ穴(図示せず)が中央に形成されている。2室シリンジ51の後端部の外周面にはフランジ64を備えた円筒状部材62が接着等で固定されており,該部分の外周面に雄ねじ63が形成されている。また円筒状部材62は,前側の末端の周囲にフランジ64を有している。65は,円筒状部材62の雄ねじに螺着されたキャップであり,2室シリンジ51の後端を密封している。本実施例においては,2室シリンジ51の気密性が保たれるため,温度や圧力の変化を伴う滅菌方法であってもガスケットの移動や脱落を起こすおそれがなく,滅菌手段の選択の自由度が高い。滅菌完了後は,滅菌包装されて出荷される。使用時に滅菌包装を破るまで,シリンジの完全な滅菌状態が維持でき,螺着されたキャップ65を外すまで,シリンジ内部の滅菌も完全に維持される。
【0026】
〔実施例5〕
図5(b)は,前側のガスケット55及び後側のガスケット60が挿入され,前側ガスケット55の前方及び両ガスケットの間にそれぞれ形成された区画に,各薬剤(図示せず)が充填された状態のバイアルタイプの2室シリンジ71を示す。76はバイパス突起である。2室シリンジ71の前端は,例えば一般的な環状のアルミキャップ59で固定されたゴム栓57により,密封されている。後側のガスケット60には,背面中央に,使用に際してピストンロッドの先端を螺着するためのねじ穴(図示せず)が中央に形成されている。2室シリンジ71の後端の開口の外周にはフランジ73が形成されており,後端の開口は,フランジ73を覆って固定された慣用のフリップティアオフ・キャップ74により密封されている。本実施例においては,2室シリンジ71の気密性が保たれるため,温度や圧力の変化を伴う滅菌方法であってもガスケットの移動や脱落を起こすおそれがなく,滅菌手段の選択の自由度が高い。滅菌完了後は,滅菌包装されて出荷される。使用時に滅菌包装を破るまで完全な滅菌状態が維持でき,フリップティアオフ・キャップ74を外すまで,内部の滅菌も完全に維持できる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
多室シリンジ内の薬剤の凍結乾燥方法に関する本発明は,熱の伝導を促進し,且つ正立又は倒立させたシリンジを安定化させることにより転倒を防止するため,薬剤充填多室シリンジの製造における,シリンジ内の薬剤の凍結乾燥工程の効率向上に寄与する。
また,滅菌方法に関する本発明は,薬剤を充填した多室シリンジの滅菌方法の選択肢を増やし効果的且つ効率的な滅菌方法の選択を容易にする。
【符号の説明】
【0028】
1・・・2室シリンジ
2・・・前側ガスケット
3・・・後側ガスケット
4・・・前側スペース
5・・・後側スペース
6・・・溝(バイパス突起)
10・・・薬剤
11・・・溶解液
15・・・両頭針
21・・・多室シリンジ
22・・・支持具
27・・・バイパス突起
31・・・多室シリンジ
32・・・支持具
34・・・間隙
35・・・ガスケット
36・・・バイパス突起
37・・・ガスケット仮留め具
38・・・ガスケット押し込み具
39・・・空気通路
51・・・多室シリンジ
52・・・支持具
53・・・縦溝
54・・・内径増大部
55・・・ガスケット
56・・・バイパス突起
57・・・キャップ
57’・・切り込み
58・・・厚肉部
59・・・アルミキャップ
60・・・ガスケット
62・・・円筒状部材
63・・・雄ねじ
64・・・フランジ
65・・・キャップ
71・・・シリンジ
73・・・フランジ
74・・・フリップティアオフ・キャップ
76・・・バイパス突起


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンジに充填された水性液状薬剤の,凍結乾燥器中での凍結乾燥方法であって,金属製の筒状の支持具を,凍結乾燥器内の棚に立てたシリンジの下部の外周面に嵌合させた状態で,該棚に載置することを特徴とする方法。
【請求項2】
該支持具の外径が,シリンジの外径の1.3倍以上であることを特徴とする,請求項1の方法。
【請求項3】
該支持具の上端の高さが,該棚に立てられるシリンジ中の該水性液状薬剤の位置に達するものである,請求項1又は2の方法。
【請求項4】
該支持具が,該シリンジの側面のバイパス突起の通過を許容する縦溝を内表面に有するものであり,該縦溝に該バイパス突起を通して,該支持具をシリンジに嵌合させるものである,請求項1ないし3の何れかの方法。
【請求項5】
該バイアルタイプのシリンジが後端の縁に厚肉部を形成し外径が増大しており,該支持具が,該厚肉部の外径より狭い内径を有するが,少なくとも該縦溝が貫通している末端の内側の縁部が,該厚肉部を収容できる内径増大部を有するものである,請求項4の方法。
【請求項6】
薬剤を充填したバイアルタイプの多室シリンジの滅菌方法であって,滅菌工程に付すにあたり,該多室シリンジの後端側開口を除去可能な密封手段により密封することを特徴とする,方法。
【請求項7】
該開封可能な密封手段が,該バイアルタイプの多室シリンジの後端側開口部を塞いで設けられたフリップティアオフ・キャップ,又は,該バイアルタイプの多室シリンジの後端部外周面を囲む雄ねじに螺着されるキャップである,請求項7の方法。
【請求項8】
該雄ねじが,該多室シリンジの後端部外周面を囲んでこれに固定された,円筒状部を有する部材の該円筒状部の外周面に形成されているものである,請求項7の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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