説明

藻類毒素の防除方法

【課題】生態学的原理により、藻類毒素を防除する方法を提供する。
【解決手段】耐光性かつ耐水性のプラスチックフィルムを使用して、藻類が成長する前に池の水面を部分的に被覆することにより、藻類毒素を防除する。そして、同じ水試料を、LC/MS/MS及び/又はELISAによる検出に供して防除効果を確認する。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、予防医療及び環境保護の分野に属し、人の健康に有害な藻類毒素を抑制及び測定する方法、特に被覆により藻類毒素を防除する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラン藻類により産生されるシアノトキシン(cyanotoxin)は、人や動物の健康に有害な天然毒素である。これらは、天然水体、特に、湖や池等に広く分布している。ミクロシスチン(MC)は、最も毒性があり且つ有害である代表的なシアノトキシンの一種である。ミクロシスチン(以下、MCとも言う。)は、生物活性を有する環状ヘプタペプチド化合物の一種であり、淡水に広く分布している。ミクロシスチンに含まれている神経毒、肝臓毒素等は、生物に障害をもたらすことがある。いままで、MCの60を超えるアイソマーが発見されている。MCは、耐熱性があり、煮沸によっては駆除できない。また、水の凝集、沈降、及び濾過により、MCを駆除することは困難である。MCは、水性生物中で富化し、保持されるため、飲料水及び食物連鎖を通じて人間に脅威を及ぼす恐れがある。野生動物、家畜、鶏は、MCで汚染された水を飲んで中毒になったり、死亡したりすることがある。したがって、水中のMCを、正確且つ迅速に測定し、かつ防除する方法は、世界における関心事のうちの一つである。
【0003】
人や動物において、MCを含む水を飲むと、下痢や不快感、さらには中毒及びショックを生じたり、又は死に至ることがある。1996年に、ブラジル血液透析センターにおいて、136人の患者のうち117人が、通常の透析後に、肝臓領域における不快感、吐き気及び嘔吐、筋肉疲労及び痛みを訴え、100人の患者が肝不全を患い、50人の患者が死亡したことが報告されている。これらの患者の血清のMC含量は10ng/mLであり、肝臓のMC含量は0.1〜0.5ng/mgであった。毒素は、主にMC−YR,MC−LR、及びMC−ARであった。33人の死亡者の肝臓のMC含量は、死亡動物の肝臓のMC含量と近似していた。調査したところ、透析に使用された湖水は事実上有効に処理されず、藻類細胞を24500個/mL含むことが分かった。さらに、他の研究から、江蘇省啓海地区、広西省扶綏、福建省同安等の、肝臓癌の高発地区においては、飲料水には、藻類毒素が含まれていることが分かっている。このような毒素は、肝細胞に有害であるばかりでなく、B型肝炎ウイルス及びアフラトキシンとの相乗作用のために、肝臓癌を形成する可能性が高い。中国における水の富栄養化が増すに伴い、糞便の汚染の代わりに、藻類の汚染が重要な健康問題となろう。
【0004】
MC検出の公知の方法について、以下の方法が挙げられる。Fansheng Zhu教授らは、まず1989年に米国において、抗MCポリクローナル免疫血清を用いて、酵素結合免疫吸着検定法(以下、ELISAとも言う)によりMCを測定した。Nagataらは、1995年に6種のMCモノクローナル抗体を調製した。Uenoは、1996年に、モノクローナル抗体を用いてセンシティブELISA法(50pg/ml)を確立した。1996年に、江蘇省海門、並びにHarada教授及びUeno教授は、LC/MSにより、分子量が994であるMCアイソマーが池水に含まれていることを見出し、池、川、浅井戸、及び深井戸から採集した989の試料中のMCを測定した。続いて、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、HPLC−MS、リン酸タンパク質阻害−PP1/PP2A等が開発された。
【0005】
現在では、MCを防除するのに種々の方法が使用できる。藻類等の遮断及び吸着等の物理的な方法は、高価であり、効果が長続きせず、藻類の成長を効果的に抑制できない。硫酸銅等を用いる化学的方法は、藻細胞が死滅した後に多量の毒素が放出されるため、人がこれを飲むと肝機能に障害をきたし、二次汚染が生じることがある。緩速砂ろ過と塩素添加とによる飲料水の殺菌は、効果的であるが高価であり、完全に殺菌するのは困難であり、さらに活性炭を添加して濾過する方法も、効果的ではあるが、常に活性炭を交換しなければならず、コストが増加する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、生態学的原理による藻類毒素を阻害するための循環操作可能な方法、とりわけ、被覆により藻類毒素を防除する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による方法は、耐光性かつ耐水性のプラスチックフィルムを使用して、藻類が成長する前に池の水面を部分的に被覆することにより、藻類毒素を防除する。そして、同じ水試料を、LC/MS/MS及び/又はELISAによる検出に供して防除効果を確認するものである。特に、本発明は、
(1)藻類防除用の試験養魚池を選択する工程、
(2)前記藻類の成長時期を選択する工程、
(3)前記池の水面上に、前記プラスチックフィルムで被覆された固定骨格を作製する工程、および
(4)前記池の所定場所において、試料水を採取し、その試料水をLC/MS/MS及び/又はELISAに供して藻類毒素を検出する工程、
を含んでなるものである。
【発明の効果】
【0008】
藻類が成長した時点で池を被覆すると、多少藻類の防除に効果があり、水が僅かに透明となるが、藻類が成長する前に被覆すると、藻類毒素の含量が2桁減少し、水が透明となり、且つ水中のクロロフィルが実質的に減少する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明による方法を、以下、図を参照しながら、詳細に説明する。
【0010】
MCの検出方法
本願発明において、「LC/MS/MS」とは、液体クロマトグラフィー/質量分析/質量分析を意味する。先ず、LC/MS/MSについて説明する。
【0011】
前処理
10ml試料水を、0.45μm濾過膜で濾過する。濃度10μg/Lのエンケファリン内部標準液100μlを添加する。添加後、得られた混合物を、流量1ml/分でHLBカラム(ローディング前にメタノール3mlと水6mlを用いて活性化したもの)に通した。水3mlと20%メタノール溶液5mlで順次HLBカラムを洗浄する。全ての洗液を捨てる。1分間減圧吸引して乾固する。メタノール5mlを用いて収集瓶に溶離する。溶離液を10ml試験管に集め、50℃で窒素により乾燥する。50%メタノール水溶液を用いて容積を1mlとする。
【0012】
クロマトグラフィーの条件
クロマトグラフィーカラム:Waters Symmetry300,C18カラム(4.6×75mm、粒径3.5μm、細孔径300Å);カラム温度:30℃;試料温度:室温;ローディング容積:10μl;流量:0.2ml/分。移動相の勾配を、表1に示す。
【0013】
【表1】

【0014】
質量分析条件
ESI、キャピラリー電圧3.90kV、コーンポア電圧50V、イオン源温度100℃、脱溶媒ガス温度350℃、脱溶媒ガスの流量400L/時間、低端解像度LMレンズ1:12.0V、高端解像度LMレンズ1:12.0V、入口レンズの電圧10V、出口電圧12V、低端解像度LMレンズ2:12.0V、高端解像度LMレンズ2:12.0Vとした。
【0015】
ELISA
まず、マイクロタイタープレートに、子ウシ血清アルブミンに結合されたミクロシスチン(Microcystin)(MCーLR)を含有する抗原を50〜100μl/ウエルで塗布し(50μl/ウエルの結合については、日本のHarada教授により提供されたものであり、100μl/ウエルの結合については、Lirong Song教授により提供されたものである)、4℃で一晩保持した。このプレートを、PBS−TWEEN20(0.05%v/vPBSで希釈)を用いて2回洗浄した。プレートに、0.1%のNaNを含有する0.5%ゼラチンを、1ウエル当たり150μl添加することによりブロッキングし、4℃で40日まで貯蔵した。MC−LR標準を、2pg/ml、20pg/ml、50pg/ml、100pg/ml、200pg/ml、500pg/ml、及び2000pg/mlに希釈して標準列を調製した。これらの試料列及び標準列を、1:20000に希釈したモノクローナル抗体と、等容積で混合し、室温で1時間超保持した(モノクローナル抗体は、日本のUeno教授から提供された)。マイクロタイタープレートを除去し、PBS−TWEENで4回洗浄した。希釈ホースラデイッシュペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgGを、50μl/ウエル添加し、室温で2時間保持した。このプレートを、PBS−TWEENを用いて5回洗浄した。基質緩衝液(10mg/mlのTMBZの1M酢酸緩衝液を、1:100に希釈し、そこに0.5%Hを10μl/ml添加したもの)を、100μl/ウエル添加し、室温で30分間保持した。2NのHSOを、50μl/ウエル添加して反応を停止した。OD値を、プレートリーダーにより450nmで測定した。次に、実際の濃度を、標準曲線の対数回帰直線に基づいてOD値から得た。
【0016】
試験第一段階
上海の青浦にある2つの養魚池(以下、池A及び池Bと称する)を選択して、2004年7月〜2004年11月まで被覆することにより藻類の防除試験を実施した。図1は、第一段階での試験を示した図であり、池の位置と被覆後の藻類毒素の防除の状態を示している。
【0017】
池A及び池Bの面積は、それぞれ3154平方メートル及び3038平方メートルであった。池Bの水面上には、傘状の金属骨格を設け、その下に鉄アンカーを設けて骨格を固定し、その周囲を鋼製ワイヤロープで留めた。この骨格の上に、耐光性且つ耐水性のプラスチックフィルム(2m×1m)を複数つなげて、池を覆った。被覆面積は、池水の表面積の20%であった。この池水の2つの部分を、各々300平方メートルのプラスチックフィルムで被覆した。池Aを、比較対照として使用した。試料水を、毎月、各池から、池の対角線に沿って3点から採取し、水面及び水面下0.5メートルから採取した。試料の総数は、64であった。結果は、以下の表2に示される通りであった。
【0018】
被覆した池から採取した表面試料中のMCの平均量は、比較対照の池のMC平均量よりも低かった。しかしながら、水面下50cmから採取した試料間の差は、顕著ではなかった。この理由は、被覆したときが藻類の成長のピーク時期であったことにある。しかしながら、水の透明性、クロロフィルA等は、明らかに向上していた(図1は、第一段階での試験を示した図であり、池の位置と被覆後の藻類毒素の防除の状態を示している)。
【0019】
試験第二段階
2005年4月27日〜2005年7月20日の期間行った。池Bを、比較対照として使用し、池Aを、26%被覆した。図2は、第二段階の試験を実施した池を示した図である。
【0020】
被覆した池と比較対照の池から、それぞれ6点試料を採集した。これらのうちの3点は水面で採集し、3点は水面下50cmで採集した。各池における、MC含量水温およびpH、クロロフィルA及び藻類細胞の数、導電度および透明度、並びにCOD及びDO分布を図4に示す。これらの間には、2桁の差があった。2つの池の間には、水温とpHの差はなかったが、藻細胞数、COD、総窒素、溶解酸素等には、顕著な差があった(図3及び図4を参照)。
【0021】
この差が測定誤差かどうかを明らかにするために、64の試料を検出に供し、2種の方法により比較した。
【0022】
2種の検出法による結果のKolmogorov−Smirnov試験では、log(MC−LC/MS/MS)値は、両側対照検定で試験したときに正規分布、P<0.122であった。一方、log(MC−ELISA)は、異常分布、P<0.001であった。比較のために、便宜上、両方の値を対数に変換した。2つの方法による結果の平均は顕著な差があったが(P<0.01)、中央値は同程度であった。
【0023】
【表2】

【0024】
二種の測定方法に関する回帰分析
2種の測定法により得られた結果の対数の相関係数はr=0.931(P<0.01)であり、相関度は極めて良好であった(R=0.87)。回帰式は、log(MC−LC/MS/MS)ng/ml=0.41+0.71log(MC−ELISA)ng/mlであった(図5を参照)。
【0025】
以上の結果から、2種の方法の結果が概ね一致していた。図5によれば、結果は、45度の角度で相関しており、より低いMC含量でわずかに変動しているだけである。中/高毒素量でのLC/MS/MS測定の結果は、ほとんどラインより上である。
【0026】
【表3】

【0027】
表3から明らかなように、2種の方法の一致率は、低毒素量で62.5%(10/16)であり、高毒素量で93.8%(15/16)であり、中毒素量で50%(16/32)であった。ELISAでの結果は、中毒素量ではより分散していた。
【0028】
下記の表4に示される、64の試料の結果からも明らかなように、青浦の養魚池ではMC−RRが主であり、平均的に検出された藻類毒素の65.46%を占める。MC−LRは、16.13%である。MC−LW及びMC−LFは、それぞれ約9%を占める。
【0029】
【表4】

【0030】
2つの池における藻類防除の試験で得られる結果の動力学的比較
青浦の養魚池において、プラスチックフィルムで池の表面を1/3被覆した試験池をE、もう一方の比較対照の池をCとした。この2つの池の3点を固定し、そこから毎月試料水を採取し、MCを測定した。
【0031】
図6に示される通り、池を被覆することによる効果は明かであり、MC含量において、2桁の差があった。特に低濃度でのELISA測定の結果が、この事実をより明確に示していると考えられる。
【0032】
試験池と比較対照の池との動力学的比較から明らかなように、MC−RRに大きな変化がみられる。図7に示されるように、全ての毒素、とりわけMC−RRの濃度は、比較対照池では1pg/ml以上であり、一方、試験池では1pg/ml以下である(図7を参照)。
【0033】
以上の結果より、2種の測定方法の欠点と利点とを比較すると、以下の表5の通りである。
【0034】
【表5】

【0035】
被覆による藻類毒素防除の利点
養魚池試験から、本発明による方法には、以下の利点があることが明らかとなった。1.水体をプラスチックフィルムを用いて部分的に被覆するので、水体の被覆部と非被覆部とは最大1〜2℃の温度差を生じる。この温度差は、水体の対流を促進する。対流する水では藻類が成長しにくいので、藻類の防除を達成できる。
2.プラスチックフィルムの被覆面積は、水体の表面積の約1/3にしか相当しないので、養魚及び水中での作業には影響しない。被覆により、藻類の生存にとって欠かせない光合成が減少し、局部的な水の対流を促進して、藻類毒素の形成がさらに抑制される。
3.被覆は、藻類が成長する前に実施する必要がある。藻類が成長する前に被覆すると、藻類防除に顕著な効果が得られ、水質が向上する。養魚には影響せず、漁獲量は減少しない。水中酸素処理及び他の操作も影響されない。被覆するプラスチックフィルムは、台風にもそれほど影響されない。
4.水中の藻類毒素の量は、ELISAにより測定できる。したがって、検出コストが減少する。藻類毒素の含量及び種類は、LC/MS/MSにより測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】第一段階の試験を示す図であり、池の位置及び被覆後の藻類毒素の防除の状態を示している。
【図2】第二段階の試験を示す図である。池の位置及び被覆後の藻類毒素の防除の状態を示している。
【図3】2つの池の藻類毒素の含量を示したグラフである。被覆された池における藻類毒素の含量は、被覆されていない池よりも2桁少ない。
【図4】2つの池の間には、クロロフィルA、藻細胞数及び透明度の点で顕著な変化があることを示す図である。
【図5】二種のMC測定結果における、回帰分析を示すグラフである。
【図6】2つの検出法の比較と、LC/MS/MSによる藻類毒素の成分の測定を示す図である。
【図7】2つの池の各種MC成分の動力学的比較を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
池の藻類が成長する前に、池の表面を、耐光性かつ耐水性のプラスチックフィルムで部分的に被覆して、生態学的に藻類毒素を防除する方法であって、
(1)藻類防除用の試験養魚池を選択する工程、
(2)前記藻類の成長時期を選択する工程、
(3)前記池の水面上に、前記プラスチックフィルムで被覆された固定骨格を作製する工程、および
(4)前記池の所定場所において、試料水を採取し、その試料水をLC/MS/MS及び/又はELISAに供して藻類毒素を検出する工程、
を含んでなることを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記工程(1)の試験養魚池が、池A及び池Bであり、それらのうちの一つの池が試験養魚池であり、他の池が比較対照池である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(2)の前記藻類の成長時期が、藻類が成長する前の時期として選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(3)における水面上の前記固定骨格が傘様金属骨格であり、その骨格の下にそれを固定する鉄アンカーが設けられ、その周囲が鋼線ロープにより固定されており、池を被覆するように、前記骨格上にプラスチックフィルムが設けられており、前記被覆面積が、池表面の面積の略1/3である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(4)の検出用試料水を、各池において、池の対角線に沿って3点から採取し、水面及び水面下0.5メートルのそれぞれで試料水を採取する、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−220255(P2008−220255A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−62494(P2007−62494)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(505294816)▲復▼旦大学 (4)
【氏名又は名称原語表記】Fundan University
【住所又は居所原語表記】220 Handan Road,Shanghai P.R.China
【出願人】(000166708)株式会社クレハエンジニアリング (17)
【Fターム(参考)】