説明

虚血性心疾患治療剤

【課題】虚血性心疾患の治療用医薬組成物を提供する。
【解決手段】
フロリジン(化学名:1−[2−(β−D−グルコピラノシルオキシ)−4,6−ジヒドロキシフェニル]−3−(4−ヒドロキシフェニル)−1−プロパノン)を有効成分として含有する、虚血性心疾患の治療用医薬組成物を提供する。
すなわち、本発明は、虚血心筋の保護作用および虚血時の不整脈発生抑制作用を有し、狭心症、心筋梗塞等の虚血性心疾患の治療に有用な、フロリジンもしくはそのプロドラッグ又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する医薬組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フロリジン(化学名:1−[2−(β−D−グルコピラノシルオキシ)−4,6−ジヒドロキシフェニル]−3−(4−ヒドロキシフェニル)−1−プロパノン)もしくはそのプロドラッグ又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する虚血性心疾患治療用医薬組成物等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年わが国では、生活習慣病や社会の高齢化を背景として、狭心症、心筋梗塞等の虚血性心疾患の罹患率が増加している。虚血性心疾患は、冠動脈の狭窄や閉塞等により、心筋への血液供給が減少または遮断されることにより生じる疾患であり、一過性の心筋虚血で自覚症状を伴う狭心症、自覚症状を伴わない無痛(無症候)性心筋虚血、遷延した心筋虚血のために心筋が壊死に陥った心筋梗塞等に分類される。
【0003】
これまで狭心症や心筋梗塞の予防、治療には、亜硝酸剤、カルシウムチャネル遮断薬等の血管拡張薬、βアドレナリン受容体遮断薬、抗血小板薬、抗凝固薬等が用いられているが、必ずしも満足とは言えず、心筋に対する直接的な保護作用を有する新たな薬物の開発が望まれている。
【0004】
フロリジンは、リンゴの木等から抽出される天然の有機化合物であり、非選択的SGLT阻害作用、プロテインキナーゼC阻害作用、解熱作用等を示し、糖尿病、感染症等の治療に有効であることが知られている(非特許文献1等参照)が、虚血心筋に対する保護作用も、虚血性心疾患の治療に有用であることも、これまで全く報告されていない。
【0005】
【非特許文献1】Joel R L Ehrenkranz、外2名著、Diabetes Metab Res Rev、2005年、第21巻、31-38頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、虚血性心疾患の治療に有用な医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題について鋭意研究した結果、驚くべきことに、フロリジンが、モルモット虚血心筋においてischemic contractureの発現を抑制し、更には、興奮波伝導速度の低下及び心室頻拍の発生を抑制する効果を発揮すること、すなわち、虚血心筋保護作用及び虚血に伴う不整脈の発生抑制作用を発揮しうることを初めて見出し、本発明を成すに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、虚血性心疾患の治療用医薬組成物等に関するものである。更に詳しく述べれば、本発明は、
〔1〕フロリジンもしくはそのプロドラッグ又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する虚血性心疾患治療用医薬組成物;
〔2〕心筋保護剤である、前記〔1〕記載の医薬組成物;
〔3〕虚血に伴う不整脈の発生抑制剤である、前記〔1〕又は〔2〕記載の医薬組成物;等に関するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、虚血性心疾患の治療剤として有用な医薬組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の医薬組成物は、虚血性心疾患(例えば、狭心症、無症候性心筋症、心筋梗塞等)の治療に有用であり、治療には、再発予防、及び不整脈等の虚血に伴う二次的症状の予防又は治療も含まれる。
【0011】
本発明で使用するフロリジンは、市販品を購入して、又は公知の方法で抽出もしくは製造して得ることができる。
【0012】
本発明において、フロリジンのプロドラッグは、常法により、フロリジンの任意の水酸基(具体的には、糖の6位の水酸基等)に、適宜プロドラッグを構成する基を導入した後、所望に応じ、適宜常法に従い単離精製することにより製造することができる(例えば、特開平6−298790、特開平8−27006、Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic 27 (2004) p.1-6 等参照)。プロドラッグを構成する基としては、例えば、低級アシル基、低級アルコキシ(低級アシル)基(低級アルコキシ基で置換された低級アシル基を意味する。以下、同様。)、低級アルコキシカルボニル(低級アシル)基、低級アルコキシカルボニル基、アリール(低級アルコキシカルボニル)基、低級アルコキシ(低級アルコキシカルボニル)基等を挙げることができ、る。なお、「低級」とは、上記「低級アルキル」又は「低級アルコキシ」においては、炭素数1〜6の直鎖状又は分岐した基であることを意味し、「低級アシル」又は「低級アルコキシカルボニル」においては、炭素数2〜7の直鎖状又は分岐した基であることを意味する。上記「アリール」は、フェニル基、ナフチル基等の1〜3環性の芳香族炭化水素基を意味する。
【0013】
本発明において、フロリジン又はそのプロドラッグは、常法により、その薬理学的に許容される塩とすることができる。このような塩としては、無機酸、有機酸又は酸性アミノ酸等(例えば、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸、ギ酸、酢酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、プロピオン酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、酪酸、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、炭酸、グルタミン酸、アスパラギン酸等)との塩や、無機塩基、有機塩基又は塩基性アミノ酸等(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、モルホリン、ピペラジン、ピロリジン、N−メチル−D−グルカミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、2−アミノエタノール、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、アルギニン、リジン等)との塩を挙げることができる。また、塩には、水和物やエタノール等の医薬品として許容される溶媒との溶媒和物も含まれる。
【0014】
本発明の医薬組成物を実際の治療に用いる場合、用法に応じ種々の剤型のものが使用される。このような剤型としては、例えば、散剤、顆粒剤、細粒剤、ドライシロップ剤、錠剤、カプセル剤等の経口剤や、注射剤、坐剤等の非経口剤を挙げることができる。注射剤には、静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形が含まれる。フロリジンを投与する場合は、注射剤(特に、静脈注射剤、点滴注射剤)が好ましく、プロドラッグを投与する場合は、経口剤が好ましい。
【0015】
本発明の医薬組成物は、その剤型に応じ調剤学上使用される手法により適当な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、希釈剤、緩衝剤、等張化剤、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解補助剤等の医薬品添加物と適宜混合または希釈・溶解し、常法に従い調剤することにより製造することができる。また、他の薬剤を組み合わせて使用する場合は、それぞれの活性成分を同時に或いは別個に上記同様に製剤化することにより製造することができる。
【0016】
本発明の医薬組成物を実際の治療に用いる場合、その有効成分であるフロリジンの投与量は、患者の体重、年齢、性別、疾患の程度等により適宜決定されるが、経口投与の場合成人1回当たり概ね1〜3000mg、非経口投与の場合成人1回当たり概ね1〜2000mg(いずれもフロリジン相当量として)の範囲で、1日1〜3回程度適宜投与することができる。投与量及び投与回数は、症状等に応じて適宜増減してもよい。
【実施例】
【0017】
本発明の内容を以下の試験例により更に詳細に説明するが、本発明はその内容に限定されるものではない。
【0018】
〔試験例1〕虚血心室筋のischemic contracture(以下、「IC」と称する。)に対する保護作用確認試験
(1)モルモットランゲンドルフ心の作製
ハートレー系雄性モルモット6例(600〜650g、SLC)にペントバルビタール塩(30mg/kg)を腹腔内投与し、心臓を摘出してランゲンドルフ心を作製し、タイロイド液(NaCl121.7mM、KCl4.81mM、MgSO2.74mM、NaHCO25.0mM、デキストロース5.0mM、CaCl2.0mM)で上行大動脈から逆行性に潅流した。潅流圧が50〜60mmHgになるよう潅流量を調整した。バルーンカテーテルを左心房より左心室に挿入し、左心室圧を測定した(日本光電 AP−630G)。また潅流圧、潅流量及びチャンバー内タイロイド液の温度を同時計測した。
(2)実験プロトコール
実験は、自発心拍の状態で行った。標本の安定を待って、フロリジン (100〜500μM)を15分間潅流した後、虚血状態(潅流量0mL/分)とし、30分間の虚血を施行した。フロリジンを投与しない群(Control群)で同様の実験を行った。
(3)結果
Control群では虚血開始10分後頃から左心室拡張末期圧の上昇(ICの発生)が認められたのに対し、フロリジン投与群では30分虚血の間、全くその上昇を認めなかった(図1)。虚血時の左心室拡張末期圧は、虚血開始15分以降、両群間で有意な差を示した。以上の結果から、フロリジンは、虚血心筋において、ICの発生を抑制し、虚血心筋に対する直接的な保護作用を示すことがわかる。
【0019】
〔試験例2〕虚血心室筋における心室性不整脈誘発に対する保護作用確認試験
(1)モルモットランゲンドルフ心の作製
ハートレー系雄性モルモット6例(600〜650g、SLC)にペントバルビタール塩(30mg/kg)を腹腔内投与し、心臓を摘出してランゲンドルフ心を作製し、試験例1と同様のタイロイド液で上行大動脈から逆行性に潅流した。潅流圧が50〜60mmHgになるよう潅流量を調整した。また潅流圧、潅流量及びチャンバー内タイロイド液の温度を同時計測した。
(2)光学マッピング法による活動電位の計測
膜電位感受性色素di−4−ANEPPS(10μM)で標本を染色した。Tungsten−halogenランプを光源として励起光(514nm)を標本に照射し、心室筋前壁心外膜側表面からの蛍光をロングパスフィルター(>630nm)を通してフォトダイオードアレイ(C−4675−102、浜松ホトニクス)で検出した(倍率:1.2倍、測定範囲:1.4x1.4cm、空間分解能:0.9mm)。また、標本の映像をCCDビデオカメラで撮影した。フォトダイオードで検出された蛍光は、preamplifierにより電流から電圧に変換され、12bitの電位分解能、1msecの時間分解能で活動電位として記録した。記録された活動電位から、256部位の各点で脱分極時間、90%再分極時間を測定し、活動電位幅(APD90)を計算した。また、脱分極時間の等時線マップと活動電位幅マップを作成した。
(3)実験プロトコール
フロリジン(100μM)を15分間潅流した後、虚血状態(潅流量0mL/分)とし、20分間の虚血を施行した。虚血前および虚血開始5,10,15,20分後に、双極電極により左心室前壁心外膜側よりプログラム刺激(10回の定頻度刺激(周期長300msec)の後、1回の早期刺激(周期長150msec))を行い、活動電位を10秒間記録した。また虚血開始20分後には、早期刺激の周期長を変化させて(100〜150msec)心室性不整脈誘発試験を行った。フロリジンを投与しない群(Control群)で同様の実験を行った。
【0020】
(4)結果
1)虚血心室筋の興奮波伝導速度低下に対する抑制効果
周期長300msecの定頻度刺激時の心室前壁外膜側表面における脱分極時間の等時線マップを作成した。その結果、Control群およびフロリジン投与群とも、虚血前と比較して虚血後には等時線間隔が狭くなり、興奮波伝導時間が延長した。等時線間隔の狭さは、Control群で強かった。得られたマップより、各群の興奮波伝導速度を計算した。フロリジン投与群では虚血開始10分後からControl群と比較して興奮波伝導速度の低下が抑制された(図2)。周期長150msecの早期刺激時についても、同様の結果が得られた(図3)。
2)虚血時の活動電位幅に対する効果
虚血開始20分後における心室前壁外膜側表面の活動電位幅の最大値、最小値、および平均値は、いずれもControl群では短縮がみられたが、フロリジン投与群では、活動電位幅の短縮が抑制される傾向が認められた(図4)。
3)虚血時の心室頻拍(不整脈)発生に対する効果
虚血中の心室頻拍の自発発生は、いずれの投与群においても認められなかった。虚血開始20分後のプログラム刺激により、Control群では4例で心室頻拍が誘発されたのに対し、フロリジン投与群では、全く心室頻拍は誘発されなかった。
【0021】
以上の結果から、フロリジンは、虚血に伴う不整脈の発生を抑制する効果を示すことがわかる。
【0022】
以上の結果から、本発明の医薬組成物は、虚血心筋保護作用及び虚血に伴う不整脈の発生の抑制効果を発揮し、虚血性心疾患の治療剤として極めて有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、虚血時の左心室拡張末期圧の上昇に対するフロリジンの抑制効果を示す。横軸は、虚血開始後の経過時間(分)を、縦軸は、左心室拡張末期圧(mmHg)をそれぞれ示す。点線はControl群、実線はフロリジン投与群の各群6例の平均値を表す。図中、*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001(プラセボ群に対する分散分析とt検定)をそれぞれ示す。
【図2】図2は、虚血時の興奮波伝導速度低下に対するフロリジンの抑制効果(定頻度刺激時(周期長300msec))を示す。横軸は虚血開始後の経過時間(分)を、縦軸は、心室前壁外膜側表面における興奮波伝導速度(cm/秒)(各群6例の平均値±標準誤差)をそれぞれ示す。図中、*、**及び***は前記と同じ意味である。
【図3】図3は、虚血時の興奮波伝導速度低下に対するフロリジンの抑制効果(早期刺激時(周期長150msec))を示す。横軸は虚血開始後の経過時間(分)を、縦軸は、心室前壁外膜側表面における興奮波伝導速度(cm/秒)(各群6例の平均値±標準誤差)をそれぞれ示す。図中、*、**及び***は前記と同じ意味である。
【図4】図4は、虚血開始20分後における心室前壁外膜側表面の活動電位幅に対するフロリジンの効果を示す。横軸は左から最大値(APDmax)、平均値(meanAPD)及び最小値(APDmin)(いずれも各群6例の平均値±標準誤差)を、縦軸は、APD90(活動電位幅)(msec)をそれぞれ示す。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の医薬組成物は、虚血性心疾患の治療剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フロリジンもしくはそのプロドラッグ又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する虚血性心疾患治療用医薬組成物。
【請求項2】
心筋保護剤である、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
虚血に伴う不整脈の発生抑制剤である、請求項1又は2記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−59085(P2010−59085A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225690(P2008−225690)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】