説明

蛋白質強化パン・ケーキ類食品

【課題】 噛み易さと飲み込み易さを特徴とする、蛋白質・エネルギー栄養障害を有する高齢者向けの蛋白質強化食品を提供する。
【解決手段】蛋白質材料の一つとして蛋白質加水分解物を、且つ、脂質材料として液状油脂を使用した、炭水化物5重量%以下、水分40重量%以上、且つ蛋白質25重量%以上の噛み易さと飲み込み易さを特徴とする、蛋白質強化パン・ケーキ類。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品に関する。また、本発明は、咀嚼・嚥下機能の低下している高齢者や蛋白質・エネルギー栄養障害(PEM: Protein Energy Malnutrition)状態にある患者向けの食品に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者の加齢によるさまざまな心身の機能低下に加え、咀嚼力の低下、唾液分泌量の減少、嚥下機能の減衰など、摂食時の生理的な機能低下が問題となっている。
この摂食時の生理的な機能低下に関連して、高齢者の深刻な栄養問題の一つにPEMがある。PEMは、必要な量の蛋白質とエネルギーがとれていない低栄養状態のことを言い、体重減少と免疫力の低下を招き、感染症など多くの病気に罹り易くなる。高齢者施設入居者および入院患者の10人のうち4人がPEM状態に陥っていると言われ、高齢者施設や病院での滞在日数の延長や、医療費の増大に影響を与えている。
【0003】
高齢者のPEMは、慢性的な蛋白質やエネルギーの補給不足が原因で起こる。PEMでは、生体を維持するために絶えず補給されていなければならない蛋白質が少ない状態であるので、その改善のためには蛋白質の補給が必要となる。栄養補給を行うときは、腎臓疾患がない限り、良質の蛋白質を含むエネルギーの高い食事が望ましいとされている。しかし、高齢になると1回に食べられる量は少なくなり、また、前記した咀嚼・嚥下機能の低下により良質の蛋白質を含む食事の摂取量も少なくなる。高齢者は主食を好み、蛋白源となる副食を残す傾向があり、PEMリスク患者を構成している。少量でタンパク質・エネルギーを補給できる栄養補助食品やサプリメントを利用することもできるが、日常の通常の食事の中で必要量の蛋白質をとることが望ましい。咀嚼・嚥下機能が低下している高齢者においては、咀嚼し難い硬さのものや凝集性が高く喉に詰まる可能性のある食物は摂食が避けられ、蛋白質を含む食事の摂取量が少なくなることにつながっている。現在、蛋白質含量の高い流動食やゼリー等が市販され、高齢者PEM患者の蛋白質補給方法として利用可能となっている。しかし、同じものを連続摂食すると飽きることもあり、咀嚼・嚥下機能が低下した人にも、安全でおいしく軟らかい食事、また、咀嚼・嚥下障害があるPEM患者にも、咀嚼・嚥下しやすい形状を有し、経口摂取が可能な、しかもバラエティーに富んだ蛋白質強化食品が求められている。
また、高齢者やPEM患者以外でも健康増進や筋力増強のために蛋白質強化食品を求めている人々が多い。
【0004】
パン、ケーキ類は、主食あるいは副食やデザートとして高齢者にも好まれる食品である。蛋白質強化食品としてバラエティーを持たせるために、パン、ケーキ類が好適と考えられる。しかし、パン、ケーキ類は、食材の水分含有量が少ないため、口腔内でバラバラになりまとまりにくく、食塊形成がしづらくなる。また、パン、ケーキ類は、いったん唾液と混ぜ合わされると粘性の高い食塊となるため、口腔内に残留したり、摂取量が多かった場合、咽頭に詰まったりする危険性もある。このように、パン、ケーキ類は概して凝集性が高く、さらに蛋白質含量を高くすると硬くなる傾向があり、咀嚼・嚥下機能が低下した高齢者に適した食物とは言えない。特に近年、パンにおいてはもちもちとした弾力性が好ましいものとされ、高齢者に求められる歯切れおよび口どけの良いものとは逆の食感となっている。また、パン、ケーキ類は小麦粉等の炭水化物に換えて蛋白質含量を高くすると膨化性が減少し、きめの粗い硬い組織になってしまう。この蛋白質強化パン・ケーキ類における膨化性減少の解決策としては、酵素修飾ゼラチン、レシチン、糖脂質、酵素、等を添加する方法が報告されている(例えば、特許文献1、非特許文献1−3参照)。しかし、これらのものは、高齢者向けの蛋白質強化パン・ケーキ類において求められる歯切れおよび口どけを良くする方法としては十分なものではなかった。
【特許文献1】特開平11−243844号公報
【非特許文献1】日本食品工業学会誌、 33(2)、 149-154 (1986)
【非特許文献2】シリアルケミストリー(Cereal Chem.)、 44、 193-203 (1967)
【非特許文献3】シリアルケミストリー(Cereal Chem.)、 46、 512-518 (1969)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
咀嚼・嚥下機能が低下している高齢者用あるいはPEM患者用の蛋白質強化食品として、容易に噛み切れる柔らかさと飲み込み易さを有するパン・ケーキ類を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは検討を重ねた結果、蛋白質材料の一つとして蛋白質加水分解物を、脂質材料として液状油脂を使用し、且つ小麦粉等の炭水化物の配合量を減らして、炭水化物含量5重量%以下、水分含量40重量%以上、且つ蛋白質含量25重量%以上とすることにより、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品を得ることができることを見出した。
また、本発明らは、硬さが5×104 N/m2以下である時に、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品が製造できること、そして、この噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品は、PEM患者の蛋白質強化用として最適であることを見出した。
【発明の効果】
【0007】
本発明の容易に噛み切れる柔らかさと飲み込み易さを有するパン・ケーキ類は、摂食に困難さを与えないので、日常の通常の食事の中で蛋白質を強化することができる。特に咀嚼・嚥下機能が低下している高齢者用、あるいは1回に食べられる量が少なくなり、良質の蛋白質を含む食事の摂取量が少なくなったPEM状態の患者用の蛋白質補給に最適である。また、PEM状態の人以外でも健康増進や筋力増進のために蛋白質の強化を必要とする健常人が、日常の通常の食事の中で必要とする蛋白質を摂取することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。
本発明のパン・ケーキ類の製造に用いる蛋白質は乳蛋白質、卵蛋白質、大豆蛋白質等を用いる。乳蛋白質の場合はホエー蛋白質分離物(WPI)、ホエー蛋白質濃縮物(WPC)など、卵蛋白質の場合は卵白粉末(例えば、卵白粉末;太陽化学株式会社製)など、大豆蛋白質の場合は大豆蛋白質粉末(例えば、α5800;輸入元 光洋商会)などを示すが、これらに限定されるものではない。これらの原料とする蛋白質の含量は高いほど好ましい。
【0009】
本発明では、これらの蛋白質に加えて、口どけ感(飲み込み易さ)に関与する蛋白質加水分解物を添加する。蛋白質加水分解物とは乳ペプチド、卵白ペプチド、大豆ペプチド、ゴマペプチド、コラーゲンペプチドから選ばれる1種または2種以上からなるが、これらに限定されるものではない。特に、パン類は、凝集性(もちもちした弾力性)が高く口どけが悪いので、咀嚼力の弱い高齢者に対しては凝集性を適度に低くして口どけを良くすることが必要となる。蛋白質加水分解物を総蛋白質量の20%以上配合することが望ましい。ただし、苦味を有する蛋白質加水分解物を用いる場合は40%以上配合すると、味を悪くするので好ましくない。
【0010】
本発明における液状油脂とは、サフラワー油、大豆油、菜種油、コーン油、紅花油、ココナッツ油、ヤシ油、オリーブ油などの室温で液状の油脂を言う。これらの液状油脂を、1種または2種以上を用いる。固形油脂であるバター、ラード等では膨化性が十分でなく、好ましい柔らかさは得られない。
【0011】
液状油脂の配合に加えて、炭水化物(小麦粉など)の配合量を低くして生地の水分量を高めて焼成することにより、生地の膨らみが良くなり、柔らかく噛み易い食感となる。水分含有量が低くなりすぎると硬くなるので、水分量が40重量%以上となるように焼成する。パン、ケーキ類に配合される小麦粉中のグルテンは粘弾性および伸展性に寄与しているが、蛋白質を強化したパン・ケーキ類においては、小麦粉(グルテン)を配合しなくても液性油脂の配合に加えて水分含量を高めておくことにより必要な膨化が得られ、好ましい硬さとなる。
本発明においては、目的とする食品を調製するために、必要に応じて、乳化剤、増粘剤、甘味剤、香料等の食品添加物を添加しても良い
【0012】
日本介護食品協議会が定めたユニバーサルデザインフードの区分では歯茎でつぶせる硬さの上限値を5×104 N/m2としており、本発明における噛み易い食感とはテクスチャー解析における硬さを5×104 N/m2以下とした。
【0013】
本発明の蛋白質を強化したパン・ケーキの調製方法は、以下の方法による。
まず、原料とする粉末状の蛋白質を適当量の水で湿潤し、液状油脂以外の牛乳などの液状原料と混ぜ合わせ、低速で混捏する。ついで液状油脂を添加し、さらに混捏し均一な生地を得る。この生地を所望の形に成形しオーブンで焼成する。この調製方法を基本の調製方法とし、パン・ケーキ類の種類により、副原料、添加物、形状などを変えることにより、さまざまな種類のパン・ケーキ類を調製することができる。しかし、蛋白質加水分解物及び液状油脂を使用し、且つ、炭水化物含量5重量%以下、水分含量40重量%以上、蛋白質含量25重量%以上とする本発明の要件を満足させなければ、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品を得ることができない。
なお、加熱調理とは、100〜200℃のオーブンで10〜30分間焼成することなどの加熱処理をすることであるが、これらに限定されるものではない。
【0014】
本発明の蛋白質を強化したパン・ケーキ類は、蛋白質加水分解物及び液状油脂を含み、炭水化物含量5重量%以下、水分含量40重量%以上、且つ蛋白質含量25重量%以上からなる。5訂版日本標準成分表によれば、既存の食パン、すなわち小麦粉等の炭水化物を主原料とする食パンは、炭水化物46.7%、水分38%、蛋白質9.3%であり、既存のホットケーキ、すなわち小麦粉等の炭水化物を主原料とするホットケーキは炭水化物45.4%、水分40%、蛋白質7.5%であるので、本発明品は既存のパン・ケーキ類とは全く異なった成分組成を持っている。
本発明品の特徴は、容易に噛める硬さを有し、適度な凝集性を持ち、飲み込みやすいことである。摂取した際の状態を既存のパン・ケーキ類と比較すると、食パンのようにかたまり易い、凝集性の高いものではなく、一方、マフィン、スコーン、タルトの様なパサパサとした、凝集性の低いものでもなく、飲み込み易く適度な凝集性を有するものである。
蛋白質加水分解物及び液状油脂を使用し、且つ、炭水化物含量5重量%以下、水分含量40重量%以上、蛋白質含量25重量%以上とする本発明の要件を満足させつつ、既存のさまざまなパン・ケーキ類特有の原料、配合、成型、製法に近似させることにより、外観および味を既存のパン・ケーキ類と同様とすることができる。例えば、パン類(菓子パン、マフィン、スコーンなど)様の外観と味を持たせて主食として、また、ケーキ類(タルトなど)様の外観と味にして間食として食することができる。
【0015】
以下に、実施例を示して本発明を具体的に説明すると共に、比較例及び試験例を示して本発明の効果をより明確に示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の%は特記しない限り重量%を示す。
【実施例1】
【0016】
表1の配合に従い、油脂以外の原料を縦型ミキサー(株式会社愛工舎製作所製)に入
れ、ワイヤーホッパーを用いて混捏した。その後、油脂を添加して低速で3分間、高速で1分間混捏し均一な生地を得た。この生地を直径約50 mm、厚さ約5 mmの円柱状に形取り、180℃、20分間オーブンにて焼成した後、余熱で10分間保持し、本発明の蛋白質を強化したパンを得た。
【0017】
[比較例1]
表1の配合に従い、実施例1と同様の方法で蛋白質を強化したパンを得た。比較例1−1は、脂質の主材料として実施例1と同様に液状油脂であるひまわり油を使用し、比較例1−2、1−3は、固形油脂であるバターを使用した。また、比較例1−2は実施例1と同様に薄力粉とグラニュー糖を配合せず、その重量分は水で置き換えた。なお、ひまわり油とバターの風味に起因する官能評価の違いを無くすために、実施例1と同様に全サンプルにバター風味の香味剤を添加した。
【0018】
【表1】

【0019】
[試験例1]
実施例1および比較例1の焼成したサンプルを、ビニール袋に入れ密封して更に20℃で20時間以上保持し、評価用サンプルとした。分析及び評価は次の様に行なった。
(1)成分分析
蛋白質含量は、窒素・蛋白質換算係数を6.25として、ケルダール法により測定した。脂質含量は酸分解法、灰分含量は直接灰化法、水分含量は減圧加熱乾燥法を用いてそれぞれ測定した。また、炭水化物含量は食品の重量から蛋白質、脂質、灰分および水分量を除して算出した。
(2)官能評価
柔らかさ、口どけ、および味のそれぞれについて10名の専門パネラーにより評価した。非常に良いと判断されるサンプルを3点、良いと判断されるサンプルを2点、悪いと判断されるサンプルを1点とし、パネラーの平均値で示した。
(3)硬さおよび凝集性の評価(テクスチャー解析)
クリープメータ(RE2-33005S:株式会社山電製)を用い、幅30 mm、30度のV型プランジャー(No.49:株式会社山電製)にて圧縮速度5 mm/sec、圧縮率80%の圧縮工程を2回繰り返し、テクスチャー解析ソフトを用いて硬さ(応力)および凝集性(2回目の圧縮エネルギー÷1回目の圧縮エネルギー×100)を算出した。各実施例および比較例ごとに5サンプルを測定して平均値で示した。
実施例1および比較例1のサンプルを分析評価した結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
表2から、ひまわり油(液状油脂)を脂質の主材料とし、且つ、薄力粉およびグラニュー糖(炭水化物)を配合せずに、生地の水分量を増やして焼成物の水分含量を40%以上とする方が食感、特に柔らかさ(噛み易さ)が向上することがわかる。
【実施例2】
【0022】
表3に示した配合に従い、実施例1と同じ方法で、本発明の蛋白質を強化したパンを得た。蛋白質加水分解物として卵白ペプチドを総蛋白質量の20重量%配合し、それによる蛋白質量の増加分は乳蛋白質を減じることにより総蛋白質量をほぼ一定とした。
【実施例3】
【0023】
表3に示した配合に従い、実施例1と同じ方法で、本発明の蛋白質を強化したパンを得た。蛋白質加水分解物として卵白ペプチドを総蛋白質量の40重量%配合し、それによる蛋白質量の増加分は乳蛋白質を減じることにより総蛋白質量をほぼ一定とした。
【0024】
[比較例2]
表3に示した配合に従い、実施例1と同じ方法で、蛋白質を強化したパンを得た。比較例2は、蛋白質加水分解物を用いていない。
【0025】
【表3】

【0026】
[試験例2]
焼成した実施例2および3、比較例2のサンプルを、ビニール袋に入れ密封して更に20℃で20時間以上保持し、評価用サンプルとした。分析や評価は試験例1と同様に行なった。官能評価およびテクスチャー解析を実施し、結果をそれぞれ表4にまとめた。
【0027】
【表4】

【0028】
官能試験の結果(表4)から、蛋白質材料の一つとして卵白ペプチド(蛋白質加水分解物)を総蛋白の20%以上配合した実施例2および3の場合、口どけが良くなったことがわかる。また、官能試験結果と一致して、テクスチャー解析における凝集性は卵白ペプチドの増量により低下した。卵白ペプチドの配合により凝集性が低下し、飲み込みやすく口どけの良いものになることが示された。なお、味に関して、パネラー全員が卵白ペプチド40%配合では卵白ペプチドの苦味を強く感じると回答し、卵白ペプチドの配合は総蛋白質の20%程度がより好ましいことが示唆された。一方、卵白ペプチドの増量により柔らかさは低下する傾向にあったが、テクスチャー解析における硬さでは全てのサンプルが「5×104 N/m2以下」の範囲に入っており、咀嚼し易い柔らかさは保持されていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質加水分解物及び液状油脂を含み、炭水化物含量5重量%以下、水分含量40重量%以上、且つ蛋白質含量25重量%以上からなる、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品。
【請求項2】
硬さが5×104 N/m2以下である、請求項1記載の、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品。
【請求項3】
蛋白質・エネルギー栄養障害患者用である請求項1または2に記載の、噛み易く飲み込み易いことを特徴とする蛋白質強化パン・ケーキ類食品。

【公開番号】特開2008−29208(P2008−29208A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−202811(P2006−202811)
【出願日】平成18年7月26日(2006.7.26)
【出願人】(502138359)イーエヌ大塚製薬株式会社 (56)
【Fターム(参考)】