説明

蛍光体の製造方法

【課題】例えば太陽光のような発光を得るために、半値幅の広い発光スペクトルを得ることができ、かつ充分な発光輝度も確保することができる蛍光体の製造方法を提供する。
【解決手段】五酸化バナジウムV2O5に、化合を促すための塩化物成分(HCl)とH2Oとを添加した後、その五酸化バナジウムV2O5に、塩化アルカリ土類AECl2を過剰に添加する。このとき、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの化学式(化学反応式)から分かる適正量に対して、過剰の塩化アルカリ土類AECl2を五酸化バナジウムV2O5に加える。そして、この化合物を濃縮・蒸発乾固し、焼成し、洗浄した後、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの蛍光体が完成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば無機EL素子、蛍光灯、LED、プラズマディスプレイ等の発光層や、波長変換フィルタとして機能する蛍光体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、EL(Electroluminescence)の一種には、無機ELを発光層として使用する無機EL素子が知られている。無機EL素子は、表側の透明電極と裏側の背面電極との間に、発光層及び強誘電体層が設けられている。そして、一対の電極の間に電圧を印加して発光層を光らせ、この光を透明電極側から引き出すことにより、照明として使用する。一般的に、発光層としては、硫化亜鉛やアルカリ土類金属リン酸塩等をホスト化合物(主成分)として希土類を添加した蛍光体(特許文献1等参照)が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−90346号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、図6に示すように、希土類を添加した無機EL素子の蛍光体は、発光スペクトルの半値幅が狭い発光を示すため、複数の希土類を組み合わせても生成できない波長がある。よって、太陽光のような可視域に渡る幅広の発光スペクトルを模擬した自然光に近い発光が生成できない問題があった。また、高い発光輝度を確保したいニーズもある。さらに、近年、希土類は入手し難い傾向にあるため、希土類を用いない蛍光体も要望されていた。
【0005】
本発明の目的は、例えば太陽光のような発光を得るために、半値幅の広い発光スペクトルを得ることができ、かつ充分な発光輝度も確保することができる蛍光体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記問題点を解決するために、本発明では、光を放射する発光層として機能する蛍光体の製造方法において、バナジン酸とアルカリ土類金属とを合成したアルカリ土類バナジン酸塩系化合物を前記発光層として生成する際、前記バナジン酸に前記アルカリ土類金属を、前記アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の化学式から分かる適正量に対して過剰に添加することにより、前記アルカリ土類バナジン酸塩系化合物を生成する工程を備えたことを要旨とする。
【0007】
本発明の構成によれば、バナジン酸とアルカリ土類金属との化合物(アルカリ土類バナジン酸塩系化合物)は、実験結果から、半値幅の広い発光スペクトルを有する発光特性が得られることが分かった。そして、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物を生成するに際して、バナジン酸にアルカリ土類金属を、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の化学式から分かる適正量に対して過剰に添加すると、これにより生成されたアルカリ土類バナジン酸塩系化合物は、高輝度発光することが分かった。このため、半値幅の広い発光スペクトルを持ち、かつ高輝度で発光する蛍光体を得ることが可能となる。
【0008】
本発明では、前記アルカリ土類金属の過剰量は、前記適正量に対して1.5倍以上の値に設定されていることを要旨とする。この構成によれば、実験結果に示されるように、過剰量を適正量に対して1.5倍以上の値に設定すれば、高い発光輝度が得られることが分かった。よって、本構成では、この条件を満たす値に設定したので、高い発光輝度を持つ蛍光体を提供することが可能となる。
【0009】
本発明では、過剰添加後の前記化合物を、濃縮・蒸発乾固する工程と、濃縮・蒸発乾固された後の化合物を焼成する工程と、焼成後の前記化合物を洗浄する工程とを備えたことを要旨とする。この構成によれば、過剰添加により生成した化合物を、これら工程によって後処理するので、化合物を安定化することが可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、例えば太陽光のような発光を得るために、半値幅の広い発光スペクトルを得ることができ、かつ充分な発光輝度も確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】一実施形態の無機EL素子の構成図。
【図2】アルカリ土類金属、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物及び発光色の関係を示す表。
【図3】アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の製造方法を示す工程図。
【図4】Ca/Vの比率に対する塩化バナジン酸カルシウムの蛍光強度変化を表すグラフ。
【図5】各アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の発光輝度の特性を示すグラフ。
【図6】従来の無機EL素子用蛍光体の発光輝度の特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の蛍光体を無機EL素子用蛍光体に具体化した一実施形態を図1〜図5に従って説明する。
図1に示すように、本例の薄膜型無機EL素子1は、透明電極2及び背面電極3の間に、発光層(蛍光体)4及び強誘電体層5の層を挟み込む構造をとっている。強誘電体層5は、交流駆動において電流を増幅するとともに、光の反射を調整する層である。そして、一対の電極2,3の間に電圧を印加することにより、発光層4を発光させ、この光を透明電極2から照明として引き出す。無機EL素子1は、例えば数十V程度の低い電圧により発光する。
【0013】
発光層4には、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物から形成された蛍光体(無機EL素子用蛍光体)が使用されている。アルカリ土類バナジン酸塩系化合物は、バナジン酸とアルカリ土類金属とを組み合わせた化合物(組成物)が使用されている。バナジン酸には、例えば(VO43−、(V2O74−が使用されている。また、アルカリ土類金属には、カルシウム(Ca)系、ストロンチウム(Sr)系が使用されている。
【0014】
図2に、アルカリ土類金属の種類とその発光色とを示す。アルカリ土類金属がカルシウム系の場合、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物はCa2VO4Clとなり、発光色は水色となる。アルカリ土類金属がストロンチウム系の場合、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物はSr2VO4Clとなり、発光色は濃青となる。
【0015】
次に、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの製造手順(合成手順)を、図3を用いて説明する。なお、AEをアルカリ土類金属である。
まず、ステップ101において、基材となる五酸化バナジウムV2O5を用意する。(基材準備工程)
ステップ102において、五酸化バナジウムV2O5に、機械的なストレスなく組成を均一に混合するための塩化物成分(HCl)とH2Oとを添加する(組成混合促進材供給工程)。
【0016】
ステップ103において、基材の五酸化バナジウムV2O5に、塩化アルカリ土類AECl2を過剰に添加する(アルカリ土類過剰供給工程)。このとき、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの化学式(化学反応式)から分かる適正量に対して、過剰の塩化アルカリ土類AECl2を五酸化バナジウムV2O5に加える。このように、五酸化バナジウムV2O5に塩化アルカリ土類AECl2を過剰添加するのは、発光輝度の高い蛍光体を得るためである。
【0017】
ここで、図4に、塩化アルカリ土類AECl2の過剰量と、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの蛍光強度との関係を示す。図4の横軸は、CaとVとの比率(Ca/V)である。同図に示されるように、過剰量を多くしていくと蛍光強度が高くなっていき、化学式から分かる適正量(Ca/Vが2倍)に対して2倍のときをピークに、蛍光強度が徐々に下がっていく波形をとる。つまり、バナジン酸に対し約4倍の塩化アルカリ土類を添加したとき、発光輝度がピークになる。よって、バナジン酸に対し約4倍の塩化アルカリ土類を添加すれば、最も強い蛍光強度を得られることが分かる。そして、この過剰添加により、五酸化バナジウムV2O5と塩化アルカリ土類AECl2との化合物が得られる。
【0018】
この過剰添加によって高い発光輝度を得られる要因としては、例えば組成に必要とする量の塩化アルカリ土類AECl2が自己フラックスとして働き、粒子成長を促進するためと考えられる。また、仮に塩化アルカリ土類AECl2が必要量に足らない場合は、蛍光体粒子を成長させるために必要なフラックスが不足し、蛍光体粒子の生成量が減るのと同時に、蛍光を示さない別の組成の化合物が生成される可能性もあるため、充分な添加量が必要である。さらに、製造の次工程で行う濃縮・蒸発乾固工程での塩化アルカリ土類AECl2の蒸発分を、過剰添加で補うことも一要因として考えられる。
【0019】
図3に示すステップ104において、五酸化バナジウムV2O5と塩化アルカリ土類AECl2との混合物を、濃縮・蒸発乾固する(濃縮・蒸発乾固工程)。なお、濃縮工程は、減圧により固体・液体を蒸発させるエバポレータを使用し、濃縮時間は例えば45分となっている。また、蒸発乾固工程は、約80℃に熱したホットプレートを使用し、処理時間は例えば約2時間となっている。
【0020】
ステップ105において、濃縮・蒸発乾固した後の五酸化バナジウムV2O5と塩化アルカリ土類AECl2との混合物を焼成する(焼成工程)。アルカリ土類としてカルシウム系を使用した場合は、焼成温度が700〜800℃に設定され、アルカリ土類としてストロンチウム系を使用した場合は、焼成温度が800〜900℃に設定されている。また、焼成時間は、例えば2時間に設定され、例えば室温から設定温度まで約1時間20分で昇温(昇温速度:毎分10℃)し、約2時間で室温まで冷却(冷却速度は設定なし:自然冷却)する。
【0021】
ステップ106において、焼成後の後の五酸化バナジウムV2O5と塩化アルカリ土類AECl2との化合物を洗浄する(洗浄工程)。洗浄は、例えば水やエタノールが使用される。
ステップ107において、化合物の洗浄が済めば、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの蛍光体が完成する。
【0022】
図5に、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの発光スペクトルの波形を示す。同図に示されるように、カルシウム系、ストロンチウム系のいずれも、半値幅が広い発光スペクトルを得られることが分かる。これは、化合物自体が光を発するものであるため、半値幅の広いスペクトル特性が得られると推測される。よって、太陽光のような半値幅の広い光学スペクトルを有する光源を再現することが可能で、また光学フィルタリングを利用すれば波長選択性が向上する。
【0023】
また、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物を製造するとき、バナジン酸にアルカリ土類金属を、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の化学式から求まる適正量に対し過剰に添加する製造工程を採用した。このため、図4に示すように、通常時(適正量を添加した場合)よりも、蛍光体の発光輝度を高くすることが可能となる。よって、半値幅の広い発光スペクトルを有し、かつ発光輝度も高いアルカリ土類バナジン酸塩系化合物を提供することが可能となる。
【0024】
本実施形態の構成によれば、以下に記載の効果を得ることができる。
(1)バナジン酸とアルカリ土類金属とを加えて生成されるアルカリ土類バナジン酸塩系化合物では、図5の実験結果にも示されるように、半値幅の広い発光スペクトルを有する発光特性が得られる。このため、本例のアルカリ土類バナジン酸塩系化合物を発光層4として用いれば、例えば無機EL素子1において太陽光のような半値幅の広い光学スペクトルを再現することができる。また、光学フィルタリングを利用すれば波長選択性が向上する。
【0025】
(2)アルカリ土類金属の過剰添加量を、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物AE2VO4Clの化学式から分かる適正量に対して、1.5倍以上とした。よって、図4の実験結果からも分かるように、通常(適正量を添加した場合)よりも高い発光輝度を持つ蛍光体を生成することができる。
【0026】
(3)バナジン酸にアルカリ土類金属を過剰添加して生成した化合物に、後処理(濃縮・蒸発乾固工程、焼成工程、洗浄工程)を加えて、アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の蛍光体を生成するので、化合物を安定化することができる。
【0027】
(4)バナジン酸と、図2に示す種類のアルカリ土類金属(Ca系、Sr系)との化合物には、実験結果から、半値幅の広い発光スペクトルを有する発光特性があることが分かった。よって、希土類を使用しなくとも、これら汎用的な材料により、広い半値幅の発光スペクトルを持つ素材を得ることができる。
【0028】
(5)バナジン酸は酸化系の材料であるので、無機EL素子1等の蛍光体の材料にバナジン酸を使用すれば、酸化に対する耐性がよくなる。よって、酸化し難い無機EL素子1等の発光素子や波長変換フィルタなどを提供することができ、長い製品寿命も確保することができる。
【0029】
なお、実施形態はこれまでに述べた構成に限らず、以下の態様に変更してもよい。
・過剰添加量は、図4の実験結果からもわかるように1.5倍以上が有効であるが、これに限定されない。つまり、適正量に対して過剰供給されていれば、その添加量は適宜変更してもよい。
【0030】
・過剰添加量に制限を設定してもよい。例えば、図4に示されるように、過剰添加量がピークを越えると、発光輝度は徐々低下する傾向になるので、過剰添加量の上限を、例えば適正量に対する3倍や4倍までの適宜な値までとしてもよい。
【0031】
・バナジン酸は、五酸化バナジウムV2O5に限定されず、他の種類を採用してもよい。
・Ca系、Sr系のアルカリ土類金属に限定されず、性質の似た他の金属、例えばバリウム(Ba)系やマグネシウム(Mg)系など、他の種類を採用してもよい。
【0032】
・アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の製造工程は、実施形態に述べたような製法に限定されず、他の工法が採用可能である。
・五酸化バナジウムV2O5に対する塩化アルカリ土類AECl2の過剰添加量(比率)は、適宜変更可能である。
【0033】
・濃縮、蒸発乾固、焼成、洗浄の内容は適宜変更可能である。
・後処理は、濃縮・蒸発乾固工程、焼成工程、洗浄工程に限定されず、これらのいずれか1つでもよいし、他の工程を備えるものでもよい。
【0034】
・組成を促す材料は、塩化物成分と水に限らず、他の材料を使用してもよい。
・バナジン酸に複数種類のアルカリ土類金属を混ぜて、蛍光体を生成してもよい。この場合、組み合わせるアルカリ土類の種類に応じて、所望の発光色を得ることができる。
【0035】
・蛍光体は、無機EL素子用蛍光体に限定されず、蛍光灯、LED、プラズマディスプレイ、波長変換フィルタとしてもよい。
次に、上記実施形態及び別例から把握できる技術的思想について、それらの効果とともに以下に追記する。
【0036】
(イ)請求項1〜3のいずれかにおいて、前記過剰添加後の前記化合物を安定化する後処理の工程を備えた。この構成によれば、後処理によって化合物を安定化することが可能となる。
【0037】
(ロ)請求項1〜3、前記技術的思想(イ)のいずれかにおいて、前記アルカリ土類金属は、カルシウム系、ストロンチウム系のいずれかである。この構成によれば、バナジン酸とこれらアルカリ土類金属(Ca系、Sr系)との化合物には、実験結果により、半値幅の広い発光スペクトルを有する発光特性があることが分かった。よって、希土類を使用しなくとも、これら汎用的な材料により、広い半値幅の発光スペクトルを持つ蛍光体を得ることが可能となる。
【0038】
(ハ)請求項1〜3、前記技術的思想(イ)、(ロ)のいずれかにおいて、前記バナジン酸の基材に、複数の前記アルカリ土類金属を加えることにより生成する。この構成によれば、使用するアルカリ土類金属の組み合わせによって、様々な発光色を得ることが可能となる。
【符号の説明】
【0039】
1…無機EL素子、4…発光層(蛍光体)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を放射する発光層として機能する蛍光体の製造方法において、
バナジン酸とアルカリ土類金属とを合成したアルカリ土類バナジン酸塩系化合物を前記発光層として生成する際、前記バナジン酸に前記アルカリ土類金属を、前記アルカリ土類バナジン酸塩系化合物の化学式から分かる適正量に対して過剰に添加することにより、前記アルカリ土類バナジン酸塩系化合物を生成する工程を備えた
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項2】
前記アルカリ土類金属の過剰量は、前記適正量に対して1.5倍以上の値に設定されている
ことを特徴とする請求項1に記載の蛍光体の製造方法。
【請求項3】
過剰添加後の前記化合物を、濃縮・蒸発乾固する工程と、
濃縮・蒸発乾固された後の化合物を焼成する工程と、
焼成後の前記化合物を洗浄する工程と
を備えたことを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−18870(P2013−18870A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153128(P2011−153128)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月22日 国立大学法人山形大学主催の「平成22年度 山形大学工学部物質化学工学科 卒業研究発表会」において文書をもって発表
【出願人】(000003551)株式会社東海理化電機製作所 (3,198)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【Fターム(参考)】