説明

蛍光発光材料及びその製造方法

【課題】 赤色から近赤外にかけて発光する良好な蛍光発光材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 粉末の酸化チタンを酸素−水素炎の倒立バーナー中に落下させることで溶融し、バーナー下部に置いた種結晶上に堆積させる方法を用いて上記酸化チタンを主成分とする単結晶を得てから、この単結晶を大気中約1500℃の温度で5時間以上アニールし、その後に得られた単結晶を大気中800℃〜1400℃の温度で2時間程度熱処理して蛍光体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線等の照射により励起されて発光する蛍光発光材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光体は、蛍光ランプ等の照明装置をはじめ、発光ダイオード(以下「LED」という。)、プラズマディスプレイ(以下「PDP」という。)、電界放出型ディスプレイ(以下「FED」という。)、蛍光表示管及び陰極線管等に幅広く用いられている。
例えば、白色のLEDは、青色の光源と青色光により励起された蛍光体が発する黄色の光を混合することにより、白色光を得ている。白色のLEDにおいては、白色光の演色性を高めるために、赤色成分の光量を増加させる方法が提案されている(特開2007−103818号公報及び特開2006−352030号公報)。
また、PDPパネルでは、放電により発せられた紫外線が蛍光体を励起し、赤、青、緑に発光することにより、フルカラー表示を実現している。PDPやFEDにおいては、赤色蛍光体として、ユーロピウム付活希土類酸化物(特開2002−38150号公報)、希土類硼アルミン酸塩(特開2006−70077号公報)、Mn付活硫化物(特開2007−63366号公報)等が赤色蛍光発光材料として知られている。
また、赤外領域での蛍光発光を示す材料が特殊なマーキング用途に利用又は提案されている。例えば、赤外蛍光発光材を含有したインクを用いてバーコードや固有のマーキングを印刷すれば、クレジットカードや紙幣等の偽造防止が可能になる。
このような蛍光体として、例えば希土類を含むリン酸塩化合物が提案されている(特開平7−90265号公報及び特開平7−82553号公報)。
これら赤色又は近赤外の発光を示す蛍光発光材料は、付活剤として添加するエルビウムやネオジウム等の希土類元素によって発光波長が限定されている。
【特許文献1】特開2007−103818号公報
【特許文献2】特開2006−352030号公報
【特許文献3】特開2002−38150号公報
【特許文献4】特開2006−70077号公報
【特許文献5】特開2007−63366号公報
【特許文献6】特開平7−90265号公報
【特許文献7】特開平7−82553号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
発光素子やディスプレイの演色性を高めるには、種々の発光波長の蛍光体を混合するのが有効な方法である。
しかし、深い赤色の発色を示す良好な蛍光体が見つかっておらず、付活剤として添加する希土類元素に依拠した波長に限定されていた。
本発明の目的は、赤色から近赤外にかけて発光する良好な蛍光発光材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、酸化チタンに着目し研究を重ねた結果、ルチル型の結晶構造である酸化チタンを大気中800℃から1400℃の温度で熱処理することによって、800nm付近で赤色から近赤外にかけて強い蛍光発光を出す材料を創作した。800℃以下の熱処理では発光強度が低く、1400℃以上で処理した場合には、同様に発光強度が低下する。1000℃付近の温度で熱処理した場合に最も高い発光を示すことが分かった。
また、熱処理に代わる方法として、酸化チタンとは異なる酸化物をこの酸化チタンに微量含ませることによって、換言すれば、上記酸化チタンに添加物を酸化物として添加することによって、上記と同様の蛍光発光を示すことを見出した。
添加する元素の種類は励起光源により適宜選択することができるが、Li、Na、Mg、Ca、Zn、Cr、Ga、In、Y、La、Pr、Nd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Bi又はGe等から選択し、これらの添加物を添加することによって良好な発光が得られる。
特に、Crを添加した場合には、高強度の発光を示し、200〜600nmの広い範囲の励起光によって発光を示すという特徴がある。
蛍光発光材料は、酸化チタンの粉末と添加物の粉末とを混合した後熱処理することによっても得られるが、酸素−水素炎中に粉末を落下させ、溶融物を堆積させる方法(火焔溶融法)にて透明な単結晶が得られる。この方法によれば、添加した元素が、粒界等に偏析することなく結晶格子中に取り込まれるため、結晶構造と元素に固有の発光を安定して得ることが可能となる。
さらに、単結晶であるため光を透過することから、発光素子の窓等に適応すれば、励起光と蛍光発光が混合された光源とすることが可能であり、簡易に信頼性の高い発光装置が作成できる。
また、これら単結晶を粉砕した粉末を樹脂等と混ぜることにより、発光装置の蛍光体や印刷用インクとして利用できる。この粉末は、一度溶融した後粉砕しているので、安定した発光を示す。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、付活剤として添加するエルビウムやネオジウム等の希土類元素によって発光波長が限定されることなく、赤色から近赤外の発光を示す蛍光発光材料を提供することができ、板体や粉体等適宜の形状に加工することによって、照明やディスプレイの蛍光体の材料として利用でき、特殊な光源や偽造防止印刷用にも応用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明に係る蛍光発光材料には、次の(1),(2)のいずれかを選択して使用する。
(1)酸化チタンの粉末のみのもの
(2)酸化チタンの粉末と酸化クロム等の添加物の粉末とを乾式混合したもの
出発原料には酸化物を用いる。もちろん、出発原料としては酸化物の他に、高温で分解して酸化物となる化合物(例えば炭酸塩、水酸化物、シュウ酸塩等)を利用することができるが、ガスの発生がなく安定で容易に入手できる点で、上記酸化物が利用し易い。
粉末の混合方法はV型混合機等の乾式混合で良いが、ボールミル等の混合機、湿式混合により調製することも可能である。
上記(1)又は(2)における粉末の蛍光発光材料を酸素−水素炎の倒立バーナー中に落下させることで溶融し、バーナー下部に置いた種結晶上に堆積させる方法(火焔溶融法)で、酸化チタンを主成分とする単結晶を得ることができる。この単結晶を大気中約1500℃の温度で5時間以上アニールすることで、歪みのない単結晶とすることができる。
【0007】
酸化チタンのみからなる結晶体の場合は、結晶体を大気中800℃〜1400℃の温度で2時間程度熱処理すれば、紫外光励起により800nm付近で蛍光発光を示す蛍光体が得られる。
酸化チタンに酸化クロム等の各種元素を添加した場合には、得られた結晶体に対する上記熱処理は不要である。
添加する元素の種類は励起光源の種類により適宜選択することが望ましい。発明者が確認した範囲では、ドープすることによって導電性を示すNb、Ta、Wは発光強度が低い。
添加する元素Li、Na、Mg、Ca、Zn、Cr、Ga、In、Y、La、Pr、Nd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Bi又はGeを添加した場合は蛍光発光を示し、He−Cdレーザー(波長325nm)で励起した場合には、1価のイオンであるLi、Na、2価のイオンであるCa、Zn、Mg、3価のイオンであるCr、La、Nd、Pr、Ho、Dy、In、Ga、Tm、Yb、Bi、4価のイオンであるGe等が良好な発光を示す。
特にCrを添加した場合には、高強度の赤色又は近赤外の発光を示し、200〜600nmの広い範囲の励起光によって強い発光を示すという特徴がある。
【0008】
このようにして得られた酸化チタンのみからなる結晶体又は酸化チタンに酸化クロム等の各種元素を添加して得られた結晶体を切断、研磨加工して、窓材料として使用可能な単結晶板を得ることができる。
加工された単結晶体をLED等の発光装置の窓材料として使用すれば、例えば青色LEDと深赤色との混合された光源とすることができる。加工された単結晶体を可視域の発光装置として用いる場合には、可視波長(400nm〜780nm)で透明であることが必要である。すなわち、この波長範囲のいずれかで、厚み1mmの場合の透過率(反射防止コートなし)が10%以上あることが望ましい。Crをドープした場合には、可視域で吸収が起こるため、ドープ量が少ない方が好ましく、0.01at%ドープした場合には、450nmでも10%以上の透過率を示す(厚み1mm)ため、可視域の発光装置として使用可能である。
蛍光発光材料を粉末として利用する場合には、酸化チタンの粉末と添加物を混合して焼成した後、粉砕することによって粉末材料が得られる。
また、上記火焔溶融法で製造した結晶体を、クラッシャー、ボールミル等を用いて粉砕することによっても、蛍光発光材料の粉末が得られる。適当な粒径まで粉砕して、樹脂等と混合すれば、LED等発光装置の被覆用材料、印刷材料とすることができる。
【実施例】
【0009】
以下、本発明の実施例について、実施例1〜4及び比較例1に係る表1、実施例5〜25に係る表2、実施例26〜27に係る表3並びに図1〜4を参照して説明する。
(実施例1〜4)
実施例1〜4において、まず、酸化チタン粉末を結晶体にするために火焔溶融法を用いる。すなわち、酸化チタン粉末を水素−酸素炎中に落下させ、酸化チタンの種結晶上に溶融させながら堆積させて、結晶体を得る。
こうしてできた結晶体を1500℃の温度で5時間、大気中にて熱処理する。
熱処理後に、結晶体を切断し、両面を研磨し、厚み約1mmに加工する。
加工された結晶体を大気中800〜1400℃の温度で2時間熱処理し、試験片とした。
表1に示すように、加工された結晶体に対する熱処理温度は、実施例1では800℃、実施例2では1000℃、実施例3では1200℃、実施例4では1400℃とした。
実施例1〜4における各試験片に対して、He−Cdレーザー(波長325nm)を照射した場合の800nmでの発光強度を測定した。発光強度は相対値である。
(比較例1)
比較例1の試験片は、実施例1〜4と同一条件で結晶体を加工した。ただし、加工された結晶体に熱処理をしていない(表1)。
【0010】
表1に示すように、実施例1〜4のうち、加工された結晶体を1000℃で熱処理した実施例2の発光強度が最大となる。
図1は、実施例2に記載の試料につき、日本分光株式会社製の蛍光分光装置で測定した結果であって、左側200〜600nmの範囲内の曲線が、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度である。右側700〜1100nmの範囲内の曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度である。
図2は、比較例1に記載の試料につき、上記蛍光分光装置で測定した結果である。左側200〜600nmの範囲内の曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度である。右側700〜1100nmの範囲内の曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度である。
図1は実施例2の励起光の波長依存性及び発光強度の波長依存性を示し、図2は比較例1の励起光の波長依存性及び発光強度の波長依存性を示している。比較例1の場合には200〜600nmの励起波長範囲で発光強度は弱いが、実施例2の場合には、250〜400nmの波長で励起した場合に700nmから1100nm以上の波長域において強い発光を示している。
【0011】
【表1】

【0012】
(実施例5〜7)
酸化チタン粉末に酸化クロム(Cr2O3)をTi原子数に対してCrの原子数が所定の量になるようにV型混合機で乾式混合し、結晶製造用原料とした。
この結晶製造用原料を実施例1〜4に記載の方法と同じ方法で結晶化し、熱処理後、切断、研磨して試験片とした。
試験片にHe−Cdレーザーを照射し、蛍光発光を測定した。測定結果を表2に示す。
図3は、実施例6に記載の試料につき、上記蛍光分光装置で測定した結果である。左側200〜600nmの範囲内の曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度である。右側700〜1100nmの範囲内の曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度である。
実施例6の場合の励起波長依存性を図3に示すが、実施例6では200〜600nmの広い範囲の波長で励起することができる特徴がある。
【0013】
(実施例8〜25)
表2に示すように、各実施例では、各種の添加物を酸化物として加え、実施例6と同様に、実施例8から実施例25までの試料を作製した。
この試料にHe−Cdレーザーを照射したときの発光強度は、実施例9及び実施例11で強く、また表2から、各種の元素で発光を示すことがわかる。中でも、Na、Mg、Ca、Y、La、Nd、Ho、Er、Ge等の発光強度が強い。表2の結晶の透過率に示すように、いずれも可視域で光を透過することがわかり、発光装置の窓材等として利用可能である。
図4は、実施例9に記載の試料につき、上記蛍光分光装置で測定した結果であって、左側の範囲200〜600nmの範囲内の曲線が、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度である。右側700〜1100nmの範囲内の曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度である。
図4に示す実施例9に記載の試料の分光蛍光光度計の測定結果から、図3のCrをドープした場合と励起光波長依存性が大きく異なるのがわかる。このことから、元素を適当に選択することにより励起光波長に適した材料が得られることがわかる。
【0014】
【表2】

【0015】
(実施例26〜27)
実施例26は、 酸化チタンの粉末に酸化クロムを乾式混合した後、大気中1400℃、2時間焼成した後、乳鉢で粉砕した試料である。
実施例27は、実施例6の試料を乳鉢で粉砕した試料である。
実施例26及び実施例27の各試料に対してHe−Cdレーザーを照射した場合、いずれの場合にも、表3に示すように、高強度の発光が確認できた。
【0016】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0017】
以上のことから、ルチル型酸化チタンをベースとする蛍光発光材料は、200〜600nmの波長の光を照射することにより、700〜1100nmの範囲にわたる発光を示すことから、各種の発光デバイス、近赤外蛍光発光材料として利用することが可能である。また、特殊な光源や偽造防止印刷用にも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例2の発光強度を示すグラフであり、左側200〜600nmの範囲に対応している曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度を示すグラフであり、右側700〜1100nmの範囲に対応している曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度を示すグラフである。
【図2】比較例1の発光強度を示すグラフであり、左側の200〜600nmの範囲に対応している曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度を示すグラフであり、右側の700〜1100nmの範囲に対応している曲線は、この範囲で励起波長を385nmに固定したときの発光強度を示すグラフである。
【図3】実施例6の発光強度を示すグラフであり、左側200〜600nmの範囲に対応している曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度を示すグラフであり、右側700〜1100nmの範囲に対応している曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度を示すグラフである。
【図4】実施例9の発光強度を示すグラフであり、左側200〜600nmの範囲に対応している曲線は、この範囲で励起波長を変更したときの800nmの発光強度を示すグラフであり、右側700〜1100nmの範囲に対応している曲線は、励起波長を385nmに固定したときの発光強度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンを構成素材とすることを特徴とする蛍光発光材料。
【請求項2】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、酸化雰囲気中800℃〜1400℃の温度で処理されたものであることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項3】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、酸化雰囲気中1000℃の温度で処理されたものであることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項4】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、Li、Na、Mg、Ca、Zn、Cr、Ga、In、Y、La、Pr、Nd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Bi又はGeのいずれかの添加物を酸化物として添加していることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項5】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、Li、Na、Mg、Ca、Zn、Cr、Ga、In、Y、La、Pr、Nd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Bi又はGeのいずれかの添加物を酸化物として添加しており、その添加量が0.01〜1at%の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項6】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、酸化物としてCrを0.01〜0.1at%添加しているものであることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項7】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、Na、Mg、Ca、Y、La、Nd、Ho又はGeのいずれかの添加物を酸化物として添加しており、その添加量が0.1at%であることを特徴とする請求項1に記載の蛍光発光材料。
【請求項8】
ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンは、可視光の波長域で透明性を有する単結晶であることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の蛍光発光材料。
【請求項9】
請求項1に記載の蛍光発光材料の製造方法であって、酸化チタン粉体を火焔中にて酸化チタンの種結晶上に溶融し堆積させて結晶体に形成することを特徴とする蛍光発光材料の製造方法。
【請求項10】
結晶体を酸化雰囲気中800℃〜1400℃の温度で加熱処理することを特徴とする請求項9記載の蛍光発光材料の製造方法。
【請求項11】
予め酸化チタン粉体に添加物の粉末を混合しておき、上記添加物としてLi、Na、Mg、Ca、Zn、Cr、Ga、In、Y、La、Pr、Nd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Bi又はGeの中からいずれか一つを選択することを特徴とする請求項9記載の蛍光発光材料の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−53213(P2010−53213A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−217945(P2008−217945)
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【出願人】(391049530)株式会社信光社 (14)
【Fターム(参考)】