説明

蛍光色素の濃度を定量する方法およびシステム

ターゲット試料(1)中に含まれる複数の蛍光色素の濃度を撮像装置(30)を用いて定量する。この撮像装置は、複数の検出波長帯を有する。複数の蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む複数の基準試料を用意し、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度を取得する。撮像装置を用いてターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像する。基準試料およびターゲット試料から取得した蛍光強度を用いて演算を実行することにより、ターゲット試料中の各蛍光色素の濃度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、試料中に含まれる蛍光色素の濃度の定量に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中に含まれる蛍光色素の濃度を定量する一つの方法が、W.T.Mason編、「Fluorescent and Luminescent Probes for Biological Activity」、米国、Academic Press,1993年、204〜215頁のGary R.Bright、「Multiparameter Imaging of Cellular Function」に記載されている。この方法では、ダイクロイックフィルタを用いて白色光から蛍光色素の励起に必要な波長成分を抽出し、その波長成分を試料に照射して蛍光を発生させる。この蛍光をバンドパスフィルタを介してモノクロカメラで検出し、その強度を測定する。バンドパスフィルタは、試料中に含まれる蛍光色素に対応する波長成分のみをカメラで受光するために使用される。試料中の蛍光色素から発する蛍光の強度はその蛍光色素の濃度に比例するため、こうして測定された蛍光強度が蛍光色素の濃度として扱われる。
【0003】
この方法では、蛍光色素に応じたダイクロイックフィルタおよびバンドパスフィルタからなるフィルタセットが使用される。試料に含まれる蛍光色素が一種類のときは、一つのフィルタセットを固定的に使用することができる。しかし、蛍光色素が2種類以上のときは、試料の測定中に複数のフィルタセットを取り替えて使用する必要がある。フィルタセットの取り替えは光学系をわずかに変化させるため、定量の精度に影響を与える。また、フィルタセットの取り替えによって、異なる蛍光色素間で測定時間に差が生じる。これは、生きている試料の測定には好ましくない。
【0004】
上記の方法は、定量精度の面でも改善すべき点がある。試料に含まれる複数の蛍光色素のピーク波長が接近している場合、複数の蛍光スペクトルの裾同士が重なり合う。この場合、バンドパスフィルタを使用しても単一の蛍光色素に応じた波長成分のみを蛍光から抽出することができず、フィルタを通過した蛍光には別の蛍光色素の波長成分が混入してしまう。これは、蛍光色素の定量の精度を低下させる。
【発明の開示】
【0005】
本発明は、複数の蛍光色素の濃度を精度良く定量することを目的とする。
【0006】
一つの側面において、本発明は、試料中の蛍光色素の濃度を定量する方法に関する。この方法は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有する撮像装置を用いて定量する。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。この方法では、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度を取得する。また、撮像装置を用いてターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像する。この後、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する。
【数1】

ここで、O〜Oは、前記第1〜第k検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jはk×mの行列であり、Jの第i行第j列成分JiJ(iは1以上k以下の整数、jは1以上m以下の整数)は、第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯での測定強度である。
【0007】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量方法によれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。
【0008】
上記の撮像装置は、第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでいてもよい。基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度の取得は、そのマルチバンドカメラを用いて各基準試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像し、各基準試料中の蛍光を発する部位を表示する画素の値を各蛍光画像から取得してもよい。第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cの算出は、第i検出波長帯で撮像された第j基準試料の蛍光画像から取得された画素の値を行列Jの成分Jijとして使用してもよい。この場合、基準試料およびターゲット試料の双方の蛍光強度を同じマルチバンドカメラを用いて測定できる。したがって、蛍光色素の濃度を簡易に定量できる。
【0009】
撮像装置は、第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでいてもよい。基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度を取得することは、各基準試料から発する蛍光の分光強度を分光器を用いて測定し、分光強度とマルチバンドカメラの各検出波長帯に対する感度特性とを用いて、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度を算出してもよい。このように、基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度は、撮像装置を使用して直接取得する代わりに、分光器を使用して取得することも可能である。
【0010】
別の側面において、本発明は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を撮像装置を用いて定量する方法に関する。撮像装置は、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯と、撮像装置の異なる感度特性を設定する第1〜第q(qは2以上の整数)の感度モードとを有している。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。この方法では、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯および各感度モードでの測定強度を取得する。また、撮像装置を用いてターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯および各感度モードで撮像する。この後、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する。
【数2】

ここで、P(vは1以上q以下の整数)はk×1の行列であり、Pの第i行成分Piv(iは1以上k以下の整数)は、撮像装置を用いて第i検出波長帯および第v感度モードで撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jは(k・q)×mの行列であり、Jの成分行列Lvj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Livjは、第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯および第v感度モードでの測定強度である。
【0011】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量方法によれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。また、この方法によって定量可能な蛍光色素の数は(検出波長帯の数)×(感度モードの数)である。したがって、感度モードの数に応じて定量可能な蛍光色素の数を増やすことができる。
【0012】
さらに別の側面において、本発明は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有する撮像装置を用いて定量する方法に関する。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。この方法では、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、異なる波長スペクトルを有し第1〜第m蛍光色素をすべて励起する第1〜第r(rは2以上の整数)の励起光の各々を第1〜第m基準試料に照射し、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度を取得する。また、各励起光をターゲット試料に照射し、撮像装置を用いてターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像する。この後、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する。
【数3】

ここで、Q(uは1以上r以下の整数)はk×1の行列であり、Qの第i行成分Qiu(iは1以上k以下の整数)は、第u励起光の照射に応じて第i検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jは(k・r)×mの行列であり、Jの成分行列Tuj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Tiujは、第u励起光の照射に応じて第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯での測定強度である。
【0013】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量方法によれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。また、この方法によって定量可能な蛍光色素の数は(検出波長帯の数)×(励起光の種類の数)である。したがって、励起光の種類の数に応じて定量可能な蛍光色素の数を増やすことができる。
【0014】
本発明の定量方法において、撮像装置は、ターゲット試料の蛍光画像を第1〜第k検出波長帯で撮像して第1〜第kの画像信号を生成する一つ以上の撮像素子と、第1〜第kの画像信号が入力される演算回路とを含んでいてもよい。第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cの算出は、演算回路が第1〜第kの画像信号を用いて演算を実行する処理を含んでいてもよい。この定量方法は、演算回路に、ターゲット試料の複数の部位における濃度c〜cを算出させ、第1〜第mの蛍光色素の濃度分布を表す第1〜第mの画像信号を生成させることを更に備えていてもよい。この定量方法では、撮像装置が、自身の取得したターゲット試料の蛍光画像信号を用いて蛍光色素の濃度を算出し、濃度分布を表す画像信号を生成する。したがって、この定量方法は、定量結果を迅速に提示することができる。
【0015】
別の側面において、本発明は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムに関する。このシステムは、光検出器、撮像装置および演算装置を備えている。光検出器は、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料の各々から発する蛍光を検出し、その蛍光の強度を測定する。撮像装置は、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有し、ターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像する。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。演算装置は、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する
【数4】

ここで、O〜Oは、第1〜第k検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jはk×mの行列であり、Jの第i行第j列成分Jij(iは1以上k以下の整数、jは1以上m以下の整数)は、光検出器によって測定された第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯での強度である。
【0016】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量システムによれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。
【0017】
光検出器および撮像装置は、第1〜第k(kは2以上の整数)検出波長帯を有するマルチバンドカメラであってもよい。光検出器は、各検出波長帯にて各基準試料の蛍光画像を撮像し、各基準試料中の蛍光を発する部位を表示する画素の値を各蛍光画像から取得してもよい。演算装置は、第i検出波長帯で撮像された第j基準試料の蛍光画像から取得された前記画素の値を行列Jの成分Jijとして使用してもよい。この場合、基準試料およびターゲット試料の双方の蛍光強度を同じマルチバンドカメラを用いて測定できる。したがって、蛍光色素の濃度を簡易に定量できる。
【0018】
光検出器は、各基準試料から発する蛍光の分光強度を測定する分光器を含んでいてもよい。撮像装置は、第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでいてもよい。演算装置は、分光器によって測定される分光強度とマルチバンドカメラの各検出波長帯に対する感度特性とを用いて、各基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での強度を算出し、算出された強度を行列Jの各成分として使用してもよい。このように、基準試料から発する蛍光の各検出波長帯での測定強度は、撮像装置を使用して直接取得する代わりに、分光器を使用して取得することも可能である。
【0019】
さらに別の側面において、本発明は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムに関する。このシステムは、光検出器、撮像装置および演算装置を備えている。光検出器は、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料の各々から発する蛍光を検出し、その蛍光の強度を測定する。撮像装置は、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯と、撮像装置の異なる感度特性を設定する第1〜第q(qは2以上の整数)の感度モードとを有している。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。この撮像装置は、ターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯および各感度特性で撮像する。演算装置は、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する。
【数5】

ここで、P(vは1以上q以下の整数)はk×1の行列であり、Pの第i行成分Piv(iは1以上k以下の整数)は、第i検出波長帯および第v感度モードで撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jは(k・q)×mの行列であり、Jの成分行列Lvj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Livjは、第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯および第v感度モードで測定された強度である。
【0020】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量システムによれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。また、このシステムによって定量可能な蛍光色素の数は(検出波長帯の数)×(感度モードの数)である。したがって、感度モードの数に応じて定量可能な蛍光色素の数を増やすことができる。
【0021】
さらに別の側面において、本発明は、ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムに関する。このシステムは、光源、光検出器、撮像装置および演算装置を備えている。光源は、異なる波長スペクトルを有し第1〜第m蛍光色素をすべて励起する第1〜第r(rは2以上の整数)の励起光を生成する。光検出器は、第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料への各励起光の照射に応じて各基準試料から発する蛍光の強度を測定する。撮像装置は、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有している。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。撮像装置は、ターゲット試料への各励起光の照射に応じてターゲット試料の蛍光画像を各検出波長帯で撮像する。演算装置は、次の式で示される演算を実行して、ターゲット試料のある部位における第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する。
【数6】

ここで、Q(uは1以上r以下の整数)はk×1の行列であり、Qの第i行成分Qiu(iは1以上k以下の整数)は、第u励起光の照射に応じて第i検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像において上記部位に対応する画素の値である。Jは(k・r)×mの行列であり、Jの成分行列Tuj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Tiujは、第u励起光の第j基準試料への照射に応じて第i検出波長帯で測定された蛍光の強度である。
【0022】
上記の計算式は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない。このため、この定量システムによれば、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度が精度よく求まる。また、このシステムによって定量可能な蛍光色素の数は(検出波長帯の数)×(励起光の種類の数)である。したがって、励起光の種類の数に応じて定量可能な蛍光色素の数を増やすことができる。
【0023】
本発明の定量システムにおいて、撮像装置は、ターゲット試料の蛍光画像を第1〜第k検出波長帯で撮像して第1〜第kの画像信号を生成する一つ以上の撮像素子と、上記の演算装置としての演算回路と、を含んでいてもよい。第1〜第kの画像信号は、この演算回路に入力される。演算回路は、第1〜第kの画像信号を用いて演算を実行し、ターゲット試料の複数の部位における濃度c〜cを算出して、第1〜第mの蛍光色素の濃度分布を表す第1〜第mの画像信号を生成してもよい。この定量システムでは、撮像装置が、自身の取得したターゲット試料の蛍光画像信号を用いて蛍光色素の濃度を算出し、濃度分布を表す画像信号を生成する。したがって、この定量システムは、定量結果を迅速に提示することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は蛍光色素定量システムの一例の構成を示すブロック図である。
【図2】図2は蛍光色素の濃度を定量する手順を示すフローチャートである。
【図3】図3は定量の第2段階を説明するための図である。
【図4】図4は定量結果の表現方法の例を示す図である。
【図5】図5は定量結果の表現方法の例を示す図である。
【図6】図6は定量結果の表現方法の例を示す図である。
【図7】図7は蛍光色素定量システムの他の例の構成を示すブロック図である。
【図8】図8はCa2+の濃度と蛍光強度比との関係を示す図である。
【図9】図9は3バンドカメラの感度特性を示す図である。
【図10】図10はAlexaFluorおよびCascade Yellowを混合したターゲット試料から取得した分光データを示す図である。
【図11】図11はFura2およびCascadeYellowを混合したターゲット試料から取得した分光データを示す図である。
【図12】図12はAlexaFluorおよびCascade Yellowを混合したターゲット試料からバンドパスフィルタを通して測定した分光データを示す図である。
【図13】図13はFura2およびCascadeYellowを混合したターゲット試料からバンドパスフィルタを通して取得した分光データを示す図である。
【図14】図14は第1および第2実施例で算出されたAlexa FluorおよびCascade Yellowの濃度を示す図である。
【図15】図15は第3実施例および比較例で算出されたAlexa FluorおよびCascade Yellowの濃度を示す図である。
【図16】図16は第1および第2実施例で算出されたFura2およびCascade Yellowの濃度を示す図である。
【図17】図17は第3実施例および比較例で算出されたFura2およびCascade Yellowの濃度を示す図である。
【図18】図18は基準試料およびターゲット試料の実測の蛍光スペクトルを示す図である。
【図19】図19は第1実施例で得られた蛍光色素の濃度を用いて算出されたターゲット試料の蛍光スペクトルを示す図である。
【図20】図20は第2実施例で得られた蛍光色素の濃度を用いて算出されたターゲット試料の蛍光スペクトルを示す図である。
【図21】図21は蛍光色素定量システムの他の例の構成を示すブロック図である。
【図22】図22は蛍光色素の定量に関する種々のデータを示す図である。
【図23】図23はマルチバンドカメラに搭載された電子回路を示すブロック図である。
【図24】図24は第8実施形態で取得した画像を示す写真である。
【図25】図25は比較例で取得した画像を示す写真である。
【図26】図26は4バンドカメラの感度特性を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0026】
第1実施形態
図1は、本実施形態の蛍光色素定量システムの構成を示すブロック図である。定量システム100は、光源10、蛍光顕微鏡20、マルチバンドカメラ30およびパーソナルコンピュータ40を有する。コンピュータ40には、ディスプレイ装置42およびプリンタ44が接続されている。定量システム100は、ターゲット試料に含まれる蛍光色素の濃度を定量する。定量システム100は、3種類までの蛍光色素の濃度を定量できる。なお、本実施形態では、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が何であるかはあらかじめ分かっている。
【0027】
光源10は、試料1を励起するための光を生成し、試料1に照射する。光源10は、白色光を発するXeランプ10aおよび多色発光型のLED10bを有しており、いずれか一方が選択的に使用される。Xeランプ10aおよびLED10bのいずれを使用するかは、コンピュータ40によって制御される。本実施形態では、Xeランプ10aが使用される。
【0028】
蛍光顕微鏡20は、光源10からの光の照射によって試料1から発する蛍光の光学像を所定の倍率で取得し、それをマルチバンドカメラ30に送る。蛍光顕微鏡20は、光源10からの光を受け取るバンドパスフィルタ22と、試料1から発する蛍光を受け取るバンドパスフィルタ24とを有している。バンドパスフィルタ22は、試料1に含まれる蛍光色素の励起に不要な波長成分を光源10の光から除去するために使用される。バンドパスフィルタ24は、試料1に含まれる蛍光色素から発する蛍光と異なる波長の光を遮断するために使用される。これら一対のフィルタ22および24は、フィルタセットと呼ばれることがある。
【0029】
マルチバンドカメラ30は、蛍光顕微鏡20から蛍光の光学像を受け取り、その電気的な画像データを生成する撮像装置である。本実施形態では、マルチバンドカメラ30は、異なる三つの検出波長帯を有しており、これらの検出波長帯に感度を有している。これらの検出波長帯は、通常、R(赤)、G(緑)およびB(青)に対応している。以下では、これらの検出波長帯をR波長帯、G波長帯およびB波長帯と呼ぶ。隣り合う検出波長帯は、部分的に重なっている。すなわち、R波長帯とG波長帯は部分的に重なっており、G波長帯とB波長帯も部分的に重なっている。マルチバンドカメラ30は、これらの検出波長帯に対応する三つの撮像素子(例えばCCD)と、入力光の波長成分を三つの検出波長帯に分離して、対応する撮像素子に送る色分解プリズムを含んでいる。このほかに、マルチバンドカメラ30は、カラーモザイクフィルタ等が印刷された一つの撮像素子(例えばCCD)を含んでいてもよい。マルチバンドカメラ30は、R、GおよびB波長帯の各々で蛍光像を検出し、それらの波長帯に対応したR、GおよびB出力を生成する。R、GおよびB出力は、それぞれR、GおよびB波長帯で検出された蛍光像の画像データである。この画像データは、蛍光の強度を示す値を各画素において有している。各画素は、試料1の一つの部位に対応する。
【0030】
後で詳細に説明するように、マルチバンドカメラ30は、二つの動作モードを有する。一つは、標準の感度特性を有するHigh Lightモードであり、もう一つは、全感度が標準よりもわずかに高いLow Lightモードである。本実施形態では、カメラ30はHigh Lightモードでのみ動作する。
【0031】
コンピュータ40は、定量システム100による蛍光色素の定量を制御する装置である。コンピュータ40は、光源10に光源切替信号を送信し、Xeランプ10aとLED10bのいずれを使用するかを制御する。また、コンピュータ40は、マルチバンドカメラ30によって取得されたターゲット試料の蛍光画像データを用いてターゲット試料中の各蛍光色素の濃度を算出する演算装置としても機能する。コンピュータ40は、この制御および演算のためのソフトウェアを格納する記憶装置を有している。このソフトウェアは、記録媒体46から記憶装置に読み込まれてもよい。コンピュータ40は、このソフトウェアにしたがって上記の制御および演算を実行する。
【0032】
以下では、図2を参照しながら、定量システム100を用いてターゲット試料中の蛍光色素の濃度を定量する方法を説明する。図2は、定量の手順を示すフローチャートである。この定量方法は、大きく2段階に分かれている。第1の段階にはステップS202およびS204が該当し、第2の段階にはステップS206〜S212が該当する。
【0033】
第1段階では、定量の基礎となるデータを取得する。まず、この基礎データを取得するために基準試料を作成する(ステップS202)。基準試料は、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素の各々を単独で含む試料である。したがって、基準試料は、ターゲット試料中の蛍光色素と同数だけ作成される。各基準試料は、各蛍光色素を所定の濃度で含んでいる。以下では、この濃度を単位濃度と呼ぶ。単位濃度は、基準試料ごとに異なっていてもよい。
【0034】
次に、定量システム100を用いて各基準試料の蛍光画像データを取得する(ステップS204)。Xeランプ10aから白色光が放出され、バンドパスフィルタ22を透過して基準試料に照射される。これにより、基準試料中の蛍光色素が励起され、蛍光が発する。バンドパスフィルタ22を透過した光は、すべての基準試料を励起することの可能な波長スペクトルを有している。
【0035】
マルチバンドカメラ30は、蛍光顕微鏡20を介して基準試料の蛍光像を受け取り、それを画像データに変換する。蛍光像はマルチバンドカメラ30のR、GおよびB波長帯の各々で検出される。したがって、マルチバンドカメラ30は、一つの基準試料に対して、三つの検出波長帯で取得された三つの画像データを生成する。これらの画像データは、コンピュータ40に送られ、コンピュータ40内の記憶装置に保存される。これが一つの基準試料について取得された基礎データである。すべての基準試料について同様の測定が行われ、基礎データが保存される。こうして定量の第1段階が終了する。
【0036】
各基礎データの各画素は、マルチバンドカメラ30を用いて測定された蛍光強度を示す値を有している。R、GおよびB波長帯で取得された画素値は、それぞれR値、G値およびB値と呼ばれることがある。
【0037】
以下では、図3を参照しながら定量の第2段階を説明する。第2段階では、基礎データを用いてターゲット試料中の各蛍光色素の濃度を算出する。まず、Xeランプ10aからバンドパスフィルタ22を介してターゲット試料に光を照射してターゲット試料中のすべての蛍光色素を励起し、ターゲット試料の蛍光画像を取得する(ステップS206)。このステップは、ターゲット試料が生きている細胞の場合など、ターゲット試料の活動状態に応じて蛍光色素の濃度が時々刻々と変化するような場合には、その変化を測定するために連続的に複数回行ってもよい。Xeランプ10aから発する光の強度は、基準データの取得のために基準試料を励起するときと同じである。マルチバンドカメラ30は、試料1から発する蛍光像を蛍光顕微鏡20を介して受け取り、画像データに変換する。蛍光像はマルチバンドカメラ30のR、GおよびB波長帯の各々で検出される。したがって、図3に示されるように、マルチバンドカメラ30は、ターゲット試料に対して三つの検出波長帯で取得された三つの画像データ51〜53を生成する。これらの画像データはコンピュータ40に送られる。以下では、これらの画像データをターゲットデータと呼ぶことがある。
【0038】
次に、コンピュータ40は、ステップS206で取得したターゲットデータとステップS204で取得した基礎データとを用いて、蛍光色素の濃度を画素ごとに算出する(ステップS208)。以下では、この定量計算の理解を容易にするため、ターゲット試料の一部位における蛍光色素の濃度の定量を説明する。ターゲット試料の一部位は、蛍光画像中の一画素に対応する。ターゲット試料には、2種類の蛍光色素が含まれているものとする。この場合、ステップS202において基準試料も2種類用意される。
【0039】
コンピュータ40は、以下の式で示される演算によりターゲット試料中の一部位における第1および第2蛍光色素の濃度cおよびcを求める。なお、この濃度cおよびcは、上述した単位濃度、すなわち第1および第2基準試料における第1および第2蛍光色素の濃度を単位としている。したがって、第1蛍光色素の実際の濃度は、第1蛍光色素の単位濃度にcを乗算した値であり、第2蛍光色素の実際の濃度は、第2蛍光色素の単位濃度にcを乗算した値である。このことは、後述する他の実施形態でも同じである。
【数7】

ここで、行列JはステップS204で取得した基礎データを示す。行列Jの第1列におけるRf、GfおよびBfは、第1蛍光色素のみを含む第1の基準試料についてステップS204にて取得されたR、GおよびB値である。行列Jの第2列におけるRf、GfおよびBfは、第2蛍光色素のみを含む第2の基準試料についてステップS204にて取得されたR、GおよびB値である。Rtgt、GtgtおよびBtgtは、ターゲット試料についてステップS206にて取得されたR、GおよびB値である。(1)式においてJは行列Jの転置行列を表す。上記の式は後で詳しく説明する。
【0040】
コンピュータ40は、すべての画素について(1)式の演算を実行し、第1および第2蛍光色素の濃度を画素ごとに求める。これにより、図3に示されるように、二つの蛍光色素の濃度分布データ61および62が得られる。
【0041】
次に、コンピュータ40は、これらの濃度分布データ61および62を用いて定量結果表示用の画像データを生成する(ステップS210)。この画像データは、二つの蛍光色素のターゲット試料上における濃度分布を示す。この画像データは、ディスプレイ装置42に送られる。これにより、図3に示されるように、蛍光色素のターゲット試料上における濃度分布を示す画像63がカラーバー64とともにディスプレイ装置42上に表示される(ステップS212)。なお、コンピュータ40は、この濃度分布画像63およびカラーバー64をプリンタ44を用いて印刷することもできる。
【0042】
以下では、上記(1)および(2)式を詳しく説明する。ターゲット試料中の蛍光色素から発する蛍光の強度は、その蛍光色素の濃度に比例して増加する。これらの色素から発する蛍光については、加法定理が成り立つ。したがって、ある一つの画素においてマルチバンドカメラ30によって取得されるR、GおよびB値は、次の式で表される。
【数8】

ここで、fおよびfは単位濃度の第1および第2蛍光色素から発する蛍光の強度であり、cおよびcは第1および第2蛍光色素のターゲット試料中の濃度である。Rtgt、GtgtおよびBtgtは、ターゲット試料の一部位に対するマルチバンドカメラ30のR、GおよびB値である。r、gおよびbは、R、GおよびB波長帯におけるマルチバンドカメラ30の感度特性である。パラメータfおよびfならびにr、gおよびbに付された添字λは、これらのパラメータが波長の関数であることを示す。
【0043】
1λ・c1λは、ターゲット試料中の第1蛍光色素から発する、ある一つの波長を有する蛍光の強度である。同様に、f2λ・c2λは、ターゲット試料中の第2蛍光色素から発する、ある一つの波長を有する蛍光の強度である。加法定理が成立することから、ある一つの波長を有する蛍光の強度の合計は(f1λ・c1λ+f2λ・c2λ)である。マルチバンドカメラ30は、この蛍光強度をR、GおよびB波長帯の各々で検出する。(3.1)式に示されるように、ターゲット試料から取得されたR値は、各波長における総蛍光強度(f1λ・c1λ+f2λ・c2λ)にR波長帯の感度特性rλを乗算し、それを全波長にわたって積分したものである。同様に、ターゲット試料から取得されたG値またはB値は、総蛍光強度(f1λ・c1λ+f2λ・c2λ)にG波長帯またはB波長帯の感度特性gλまたはbλを乗算し、それを全波長にわたって積分したものである。このように、ターゲット試料からの蛍光のR、GおよびB値は、各波長での蛍光強度とその波長に対応するカメラ30の感度とを掛け合わせ、それを全波長にわたって積分した値である。マルチバンドカメラ30の感度特性の一例は、図9に示されている。この図については後述する。
【0044】
(3.1)〜(3.3)式を一つの行列式に書き直すと、次のようになる。
【数9】

(4)式をさらに書き直すと、次のようになる。
【数10】

(5)式に示されるように、ターゲット試料の蛍光のR、GおよびB値は、以下に示す行列Jに蛍光色素の濃度行列を掛けることにより算出される。
【数11】

【0045】
行列Jの第1列における三つの成分は、第1蛍光色素の単位濃度下における蛍光強度をマルチバンドカメラ30を用いて測定することにより得られるR、GおよびB値である。これは、第1基準試料の測定により得られる上述のRf、GfおよびBfに等しい。同様に、行列Jの第2列における三つの成分は、第2蛍光色素の単位濃度下における蛍光強度をマルチバンドカメラ30を用いて測定することにより得られるR、GおよびB値であり、これは、第2基準試料の測定により得られる上述のRf、GfおよびBfに等しい。したがって、行列Jのすべての成分は、これらの基準試料から発する蛍光をマルチバンドカメラ30で測定することにより求めることができる。つまり、行列JはステップS204で取得される基礎データと等価である。
【0046】
(5)式を変形すると、上記の(1)式が得られる。コンピュータ40は、基礎データJを用いて上記(1)式の演算を実行し、各画素における蛍光色素の濃度cおよびcを算出する。ターゲット試料の一部位に含まれる蛍光色素の濃度は、このようにして定量される。
【0047】
上記(1)および(2)式をより一般的な形に書き直すと、次のようになる。
【数12】

ここで、ターゲット試料には、第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素が含まれており、マルチバンドカメラは、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有しているものとする。O〜Oは、マルチバンドカメラを用いて第1〜第k検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像中のある一画素の値である。Jはk×mの行列であり、Jの第i行第j列成分Jij(iは1以上k以下の整数、jは1以上m以下の整数)は、第j基準試料から発する蛍光の第i検出波長帯での測定強度である。
【0048】
本実施形態では、Jijは、マルチバンドカメラを用いて第i検出波長帯で撮像された第j基準試料の蛍光画像においてO〜Oと同じ画素の値である。ただし、JijがO〜Oと同じ画素の値である必要は必ずしもない。例えば、基準試料が特定の部位でのみ蛍光を発する場合は、その部位に対応する任意の一つの画素の値をJijとし、すべての画素に対する定量演算においてこのJijを共通に使用してもよい。この場合、Jijの画素はO〜Oの画素と必ずしも一致しない。
【0049】
次に、定量結果の表現方法について説明する。定量結果の表現方法はさまざまであるが、以下では具体例をいくつか挙げる。図4は、表現方法の一例を示している。この方法は、ターゲット試料に含まれる二つの蛍光色素の濃度分布をモノクロ画像71および72として表現する。画像71および72では、蛍光色素の濃度が輝度によって表される。各画像内には、濃度分布のほかにモノクロバー73も表示される。また、図5に示されるように、各蛍光色素の濃度分布を偽カラーを用いて表示してもよい。図5については、後でより詳細に説明する。二つの蛍光色素の分布の違いを明示したいときは、これらの蛍光色素の濃度の比を算出し、濃度比分布をモノクロ画像として表示し、あるいは偽カラーを用いて表示してもよい。
【0050】
このほかに、すべての画素における蛍光色素の濃度を色彩3次元空間内にプロットすることにより定量結果を表現してもよい。図6は、色彩3次元空間を利用する表現方法の一例を示している。この例では、均等色空間であるL*a*b*空間内に蛍光色素濃度がプロットされる。図6においてa*軸は第1の蛍光色素に対応した色味を示し、b*軸は第2の蛍光色素に対応した色味を示す。また、L*軸は明るさを示す。図6における2次元位置は、二つの蛍光色素の濃度比を示す。
【0051】
以下では、本実施形態の利点を従来技術との対比により説明する。従来技術では、光源の出力光から一つの蛍光色素の励起に使用する波長成分を抽出するフィルタと、試料から発する蛍光からその蛍光色素に対応する波長成分を抽出するフィルタの組み合わせ、すなわちフィルタセットを使用する。このフィルタセットは、各蛍光色素に対して用意され、蛍光顕微鏡内に設置される。例えば、紫外励起で主に青色蛍光を観察するためのフィルタセット、青色励起で主に緑色蛍光を観察するためのフィルタセット、および緑色励起で主に赤色蛍光を観察するためのフィルタセットが用意される。これらのフィルタセットを適宜切り替えながら、モノクロカメラで各蛍光色素からの蛍光画像を撮像する。各画素の値が蛍光色素の濃度を示すものとして扱われる。
【0052】
しかし、複数の蛍光色素の蛍光スペクトルが重なり合っている場合には、これらの色素からの蛍光をバンドパスフィルタで完全に分離することはできない。したがって、蛍光スペクトルの重なりが大きいときには、定量の精度が低い。また、フィルタセットを切り替えながら繰り返し蛍光画像を取得する必要がある。このため、複数の蛍光色素の濃度を同時に定量できない。これは、ターゲットが生物試料である場合に問題となる。さらに、フィルタセットの切り替えの際に光学系にわずかな変化が生じ、それにより複数の蛍光色素間で定量の精度に差が出るおそれがある。
【0053】
これに対し、本実施形態は、蛍光色素の蛍光スペクトルの重なりに影響されない計算式を用いて蛍光色素の濃度を算出する。このため、蛍光スペクトルの重なりの有無にかかわらず、蛍光色素の濃度を精度よく求めることができる。これは、後述する実施例を参照することにより、いっそう明らかとなる。
【0054】
また、本実施形態は、フィルタセットを切り替えることなくマルチバンドカメラ30を用いてターゲット試料の蛍光画像を取得することにより定量を行う。このため、本実施形態の方法は、複数の蛍光色素の濃度を同時に求めることができ、したがって、ターゲットが生物試料である場合にも好適に使用できる。さらに、定量中に光学系を変更しないので、複数の蛍光色素の濃度を均一の精度で求めることができる。したがって、本実施形態の方法により得られる蛍光色素の濃度は信頼性が高い。
【0055】
第2実施形態
図1に示されるように、本実施形態の蛍光色素定量システム200は、上記の定量システム100の構成に加えて分光器35を有している。分光器35は、蛍光顕微鏡20によって取得された蛍光像を受光できるように配置されている。蛍光顕微鏡20は、カメラ30と分光器35の双方に蛍光像を送るための光学素子、例えばハーフミラーを有していてもよい。あるいは、分光器35は、カメラ30との交換で設置されてもよい。
【0056】
本実施形態は、上記のステップS204における基礎データの取得方法が第1実施形態と異なっている。すなわち、本実施形態では、マルチバンドカメラ30ではなく分光器35を用いて基礎データを取得する。この場合でも、第1実施形態と同様の利点が得られる。本実施形態における他の定量手順は第1実施形態と同様である。
【0057】
マルチバンドカメラ30を用いて取得される基礎データJは、上記(2)式に示されるように、基準試料からの蛍光をマルチバンドカメラ30のR、GおよびB波長帯の各々で測定することにより得られる画素値である。上記(6)式に示されるように、これらの画素値は、単位濃度下における蛍光色素の各波長での蛍光強度とその波長に対応するカメラ30の感度特性とを掛け合わせ、それを全波長にわたって積分した値である。この積分は近似的に次のように書き直せる。
【数13】

ここで、λ1、λ2、…λnは、任意の幅で全波長域を分割して得られる分光波長帯を表す。nは2以上の整数であり、分光波長帯の数を表している。rλt、gλtおよびbλt(tは1〜nの整数)は、分光波長帯λtでのマルチバンドカメラ30のR、GおよびB感度特性を示している。f1λtおよびf2λtは、単位濃度の第1および第2蛍光色素から発する蛍光の分光波長帯λtにおける強度を示している。(9)式では、R、GおよびB感度特性ならびに第1および第2蛍光色素の単位濃度下での蛍光強度が、各分光波長帯において一定の値を有するものとみなされている。
【0058】
これらの分光波長帯における第1および第2蛍光色素の単位濃度下での蛍光強度は、分光器35を用いて測定することができる。すなわち、第1および第2基準試料から発する蛍光を分光器35を用いて検出すれば、分光波長帯λ1、λ2、…λnにおける第1および第2蛍光色素の単位濃度下での蛍光強度f1λ1、f1λ2、…f1λnおよびf2λ1、f2λ2、…f2λnが取得される。これが(9)式の右辺第2項に示される分光データである。
【0059】
本実施形態では、コンピュータ40は、(9)式の右辺第1項に相当するマルチバンドカメラ30の分光感度特性を記憶装置に格納している。コンピュータ40は、分光器35を用いて各基準試料から分光データを取得すると、上記(9)式の演算を実行し、(9)式に示される行列Jsを算出する。
【0060】
この行列Jsと基礎データである行列Jとは、理想的には一致する。しかし、実際には、マルチバンドカメラ30と分光器35とを関係づけるためには、較正のための係数および関係の誤差を軽減するための係数が必要である。このため、行列JとJsにその係数の表記が必要となる。そのため、JとJsの関係は、次のように表される。
【数14】

ここで、aは補正用の定数である。定数aは、Xeランプ10aからの白色光をNDフィルタを介してマルチバンドカメラ30および分光器35の各々で検出し、測定された光強度の比を算出することにより決定される。
【0061】
このように、コンピュータ40は、分光器35を用いて取得した分光データとマルチバンドカメラ30の分光感度特性とを用いて(9)および(10)式に示される演算を実行し、基礎データJを算出する。この基礎データJは、すべての画素における蛍光色素濃度の算出に共通して使用される。この場合でも良好な精度で蛍光色素濃度を定量することができる。
【0062】
(9)式および(10)式に示されるように、マルチバンドカメラ30のR、GおよびB値は、分光器35によって取得される分光データとマルチバンドカメラ30の感度特性を用いて算出することができる。より一般的に述べると、マルチバンドカメラ30のR、GおよびB値と分光器35の分光データを用いて算出されるR、GおよびB値とは定数aを用いて相互に変換することができる。したがって、基準試料だけでなくターゲット試料からの蛍光も分光器35で測定して分光データを取得し、その分光データからR、GおよびB値を算出し、上記(1)式の計算を行えば、カメラ30を使用せずとも蛍光色素の濃度を求めることができる。ただし、分光器35は一度に試料中の一部位の分光データしか取得できない。このため、蛍光色素濃度の分布を求める場合は、マルチバンドカメラ30のような撮像装置を用いてターゲット試料の蛍光画像を撮像するほうが効率がよい。
【0063】
上記の説明では、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が何であるかはあらかじめ分かっているものとされている。しかし、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が分かっていなくても、蛍光色素の種類を特定し、そのうえで濃度を定量することが可能である。この場合は、基礎データとして、様々な既知の蛍光色素の分光スペクトルがあらかじめ測定され、あるいは公開されている分光スペクトルがあらかじめ取得される。この基礎データは、コンピュータ40内の記憶装置に格納される。コンピュータ40は、分光器を用いてターゲット試料の一部位から取得した分光データと一つ以上の任意の蛍光色素の基礎データを使用して、上記(1)式の計算を行う。次に、コンピュータ40は、算出した濃度値を用いて、使用した基礎データに対応する蛍光色素をターゲット試料が含んでいるとしたときの分光スペクトルを算出する。コンピュータ40は、こうしてシミュレートされた分光スペクトルを、分光器を用いて実際に測定されたターゲット試料の分光スペクトルと比較し、そのFitting度合いが所定のしきい値以上であるか否かを判定する。コンピュータ40は、このような判定アルゴリズムにしたがって実測のスペクトルに十分に近いシミュレートスペクトルを与える蛍光色素を探すことにより、ターゲット試料に含まれる蛍光色素を特定する。また、蛍光色素が特定されれば、第1実施形態の方法によって、全画素上における蛍光色素の濃度を算出することが可能である。
【0064】
また、基礎データとして、既知のスペクトルを用意しておかなくても、ターゲット試料群の測定系の中で、主成分分析を行い、その結果の主成分スペクトルを基準スペクトルとして計算し、濃度計算を行うこともできる。即ち、上記の様にあたりをつける目的の、前準備した基礎データを有さなくても、試料群のなかから、成分的に主成分と考えられる理想的な基準スペクトルを形づくり、それを基にした定量計算も可能である。このため、例えば、試料自身が有する蛍光発光物質の成分定量も可能である。また、これと上記との組み合わせ計算も可能である。
【0065】
第3実施形態
本実施形態は、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が4種類以上のときの定量に関する。蛍光色素が4種類以上の場合、マルチバンドカメラの検出波長帯の数を蛍光色素の数に応じて増やしていけば、検出波長帯と同数までの蛍光色素を定量できる。実際、「NHK技研 R&D」(No.52、53〜60頁、1998年)に記載される光学系を使用すれば、4バンドのマルチカメラを得ることはできる。しかし、5バンドや6バンドのカメラを実現するための光学系を考案することは難しい。
【0066】
そこで、本実施形態では、第1および第2実施形態と同様に3バンドのカメラ30を使用して4種類以上の蛍光色素を定量する。上述のように、マルチバンドカメラ30は、Low LightモードおよびHigh Lightモードという二つの感度モードを有する。Low Lightモードは各検出波長帯に標準の感度特性を設定し、High Lightモードは各検出波長帯にLow Lightモードよりも全感度がわずかに高い感度特性を設定する。Low LightモードおよびHigh Lightモードの双方において、隣り合う検出波長帯は部分的に重なっている。このマルチバンドカメラ30は、すべての検出波長帯において異なるゲインを有する二つのアナログ回路を有している。High Lightモードでは全検出波長帯においてゲインの低い回路が使用され、Low Lightモードでは全検出波長帯においてゲインの高い回路が使用される。
【0067】
マルチバンドカメラ30のLow LightモードでのR、GおよびB値をRtgt−1、Gtgt−1およびBtgt−1とし、High LightモードでのR、GおよびB値をRtgt−h、Gtgt−hおよびBtgt−hとすると、次の式が成り立つ。
【数15】

ここで、r、gおよびbは、マルチバンドカメラ30のLow LightモードにおけるR、GおよびB波長帯の感度特性であり、r、gおよびbは、マルチバンドカメラ30のHigh LightモードにおけるR、GおよびB波長帯の感度特性である。
【0068】
(11)式の右辺第1項の6×6行列が本実施形態における基礎データJである。すなわち、以下の式が成り立つ。
【数16】

行列Jの第1列における六つの成分は、第1蛍光色素の単位濃度下における蛍光強度をマルチバンドカメラ30のLow LightモードおよびHigh Lightモードにて測定することにより得られるマルチバンドカメラ30のR、GおよびB値である。同様に、行列Jの第2〜第5列における六つの成分は、第2〜第6蛍光色素の単位濃度下における蛍光強度をマルチバンドカメラ30のLow LightモードおよびHigh Lightモードにて測定することにより得られるマルチバンドカメラ30のR、GおよびB値である。したがって、行列Jのすべての成分は、第1および第2基準試料から発する蛍光をマルチバンドカメラ30のLow LightモードおよびHigh Lightモードの双方で検出することにより求めることができる。
【0069】
(11)式は、次のように書き直すことができる。
【数17】

したがって、基準試料からの蛍光を測定することにより基礎データJを取得し、その後、ターゲット試料からの蛍光をマルチバンドカメラ30のLow LightモードおよびHigh Lightモードの双方で検出し、得られるR、GおよびB値を(13)式に代入することにより、6種類までの蛍光色素の濃度を算出することができる。
【0070】
この実施形態では3バンドのカメラを使用して6種類までの蛍光色素を定量するが、4バンドのカメラを使用すれば、同様の手法により8種類までの蛍光色素を定量できる。より一般的に述べると、マルチバンドカメラの検出波長帯の数にマルチバンドカメラの感度特性の数を乗じた数までの蛍光色素を定量することが可能である。
【0071】
上記(13)および(12)式をより一般的な形に書き直すと、次のようになる。
【数18】

ここで、ターゲット試料には、第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素が含まれており、マルチバンドカメラは、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯と、第1〜第k検出波長帯に対して異なる感度特性を設定する第1〜第q(qは2以上の整数)の感度モードとを有しているものとする。成分行列P〜Pはk×1の行列である。行列Pの第i行成分Piv(vは1以上q以下の整数、iは1以上k以下の整数)は、マルチバンドカメラを用いて第i検出波長帯および第v感度モードで撮像されたターゲット試料の蛍光画像における一つの画素の値である。Jは(k・q)×mの行列であり、Jの成分行列Lvj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Livjは、マルチバンドカメラの第i検出波長帯および第v感度モードで撮像された第j基準試料の蛍光画像においてPivと同じ画素の値である。
【0072】
第4実施形態
本実施形態は、第3実施形態と同様に、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が4種類以上のときの定量に関する。第3実施形態では、マルチバンドカメラの感度モードを2種類用意し、それにより検出波長帯の数×2までの蛍光色素の定量を可能にする。これに対し、本実施形態では、異なる波長スペクトルを有する複数の種類の励起光を用いて試料を励起し、それにより検出波長帯の数×励起光の種類数までの蛍光色素の定量を可能にする。
【0073】
より具体的に述べると、本実施形態では、試料を励起するための光源として、多色発光型LED10bを使用する。このLED10bは、異なる主波長を有する複数の種類の出力光を放出することができる。いずれの種類の出力光も、ターゲット試料に含まれるすべての蛍光色素を励起可能な波長スペクトルを有している。基礎データは、各出力光を基準試料に照射して蛍光色素を励起することにより発生する蛍光に基づいて取得される。基礎データは、第1実施形態のようにマルチバンドカメラを用いて蛍光画像を撮像することにより取得してもよいし、第2実施形態のように分光器の分光データを用いて算出してもよい。
【0074】
同様に、ターゲットデータも、LED10bの各出力光をターゲット試料に照射して蛍光色素を励起し、カメラ30を用いて蛍光画像を撮像することにより取得される。励起光の波長特性が異なれば、蛍光色素から発する蛍光の波長特性も異なる。したがって、LED10bの出力光の主波長を切り替えながら基礎データおよびターゲットデータを取得することにより、マルチバンドカメラ30の検出波長帯の数に励起光の種類数を乗じた数までの蛍光色素の定量が可能になる。例えば、励起光の波長特性が2種類あれば6種類までの蛍光色素を定量することができ、波長特性が3種類あれば9種類までの蛍光色素を定量することができる。
【0075】
一般的には、コンピュータ40は、次の式で示される演算を実行して各蛍光色素の濃度を算出する。
【数19】

ここで、ターゲット試料には、第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素が含まれており、マルチバンドカメラは、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有しているものとする。成分行列Q〜Qはk×1の行列である。行列Q(uは1以上r以下の整数)の第i行成分Qiu(iは1以上k以下の整数)は、第u励起光の照射に応じて第i検出波長帯で撮像されたターゲット試料の蛍光画像における一つの画素の値である。Jは(k・r)×mの行列であり、Jの成分行列Tuj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Tiujは、第u励起光の照射に応じてマルチバンドカメラの第i検出波長帯で撮像された第j基準試料の蛍光画像においてQiuと同じ画素の値である。
【0076】
なお、本実施形態では多色発光型LED10bを光源として使用するが、この代わりに、異なる波長スペクトルの光を発する複数の光源(LEDなど)を使用してもよい。また、LED10bの代わりに、出力波長が可変の光源を使用してもよい。例えば、Xeランプの出力光からモノクロメータを用いて特定の波長成分を抽出し放射する光源10cや、Xeランプの出力光から波長フィルタを用いて特定の波長成分を抽出し放射する光源10dを使用することができる。
【0077】
第5実施形態
本実施形態は、基礎データおよびターゲットデータの取得に使用する光学装置が上記実施形態と異なる。上記実施形態では、マルチバンドカメラまたは分光器を用いて基礎データを取得するが、本実施形態では、複数のバンドパスフィルタとモノクロカメラを用いて基礎データを取得する。また、上記実施形態ではマルチバンドカメラを用いてターゲットデータを取得するが、本実施形態では、複数のバンドパスフィルタとモノクロカメラを用いてターゲットデータを取得する。
【0078】
図7は、本実施形態の蛍光色素定量システムの構成を示すブロック図である。この定量システム300は、上記の定量システム100におけるマルチバンドカメラ30をモノクロカメラ32で置き換えた構成を有している。また、本実施形態では、バンドパスフィルタ24として、ターゲット試料に含まれる複数の蛍光色素に対応した複数のバンドパスフィルタが使用される。これらのバンドパスフィルタは、互いに異なる透過波長帯を有している。これらの透過波長帯は完全に分離しており、重なりを有さない。バンドパスフィルタ24としては、例えば干渉フィルタを使用することができる。
【0079】
本実施形態では、バンドパスフィルタ24を用いてターゲット試料の蛍光から各蛍光色素の蛍光成分を抽出し、それをモノクロカメラ32で検出する。これにより、各蛍光色素の蛍光画像が個別に撮像される。モノクロカメラ32を用いて測定された蛍光強度は上記実施形態と同様の定量計算に使用され、それにより各蛍光色素の濃度が算出される。また、本実施形態では、基礎データを取得する際にも各基準試料からの蛍光を各バンドパスフィルタ24を介してモノクロカメラ32で検出する。
【0080】
以下では、定量計算の理解を容易にするため、ターゲット試料中に第1および第2の蛍光色素が含まれているとし、ターゲット試料の一部位における蛍光色素の濃度の定量を説明する。この場合、上記実施形態と同様に、第1および第2蛍光色素の各々を単独で含む第1および第2の基準試料が用意される。コンピュータ40は、以下の式で示される演算を行ってターゲット試料の一部位における蛍光色素の濃度を求める。
【数20】

ここで、Oは第1蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像されたターゲット試料の蛍光画像中のある一画素の値であり、Oは第2蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像されたターゲット試料の蛍光画像中の同じ画素の値である。J11は第1蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像された第1基準試料の蛍光画像においてOおよびOと同じ画素の値である。J12は第2蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像された第1基準試料の蛍光画像においてOおよびOと同じ画素の値である。J21は第1蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像された第2基準試料の蛍光画像においてOおよびOと同じ画素の値である。J22は第2蛍光色素用のフィルタ24を通して撮像された第2基準試料の蛍光画像においてOおよびOと同じ画素の値である。
【0081】
上記(22)式および(23)式を一般化すると、次のようになる。
【数21】

ここで、ターゲット試料には第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素が含まれており、これに応じて第1〜第mのバンドパスフィルタが用意されるものとする。Oは(jは1以上m以下の整数)は、第j蛍光色素用のフィルタを通して撮像されるターゲット試料中の蛍光画像中のある一画素の値である。行列Jの第i行第j列成分Jij(iは1以上m以下の整数)は、第j蛍光色素用のフィルタを通して撮像されたる第i基準試料の蛍光画像においてOと同じ画素の値である。
【0082】
本実施形態の方法は、ターゲット試料からの蛍光をバンドパスフィルタを通して検出する。このため、複数の蛍光色素の蛍光スペクトルが大きく重なり合っている場合は、本実施形態の方法の定量精度は上記実施形態に比べると劣る。しかし、この方法は、バンドパスフィルタを通して検出した蛍光強度を直接蛍光色素の濃度として扱う従来技術に比べると、より高い定量精度を有している。これは、上記の計算式が蛍光スペクトルの重なりの有無に影響されないためである。従来技術よりも優れた定量精度は、本発明者による実験によっても確かめられている。
【0083】
第6実施形態
本実施形態は、本発明を細胞の生理的活性の測定に応用する。すなわち、本実施形態ではターゲット試料が細胞である。細胞の生理的活性を測定するために、細胞がもつ受容体や酵素などの機能性分子を蛍光色素で標識し、蛍光色素の濃度を定量することにより、機能性分子の量や分布を測定することができる。同一の細胞内に存在する複数の種類の分子を同時に測定する場合は、それらの分子を励起波長および蛍光波長の異なる複数の蛍光色素で標識し、蛍光色にしたがって分子を識別する。
【0084】
この場合、各蛍光色素からの蛍光をバンドパスフィルタを用いて抽出および検出し、蛍光強度を求めることが考えられる。しかし、これらの色素の蛍光スペクトルが大きく重なる場合は、複数の色素からの蛍光をフィルタで分離しきれないために分子の識別が困難である。
【0085】
これに対し、本実施形態は、図1に示す定量システムを用い、図2に示す手順にしたがって細胞中の蛍光色素の濃度を定量する。本実施形態の定量システム100は、事前に取得した基礎データとマルチバンドカメラ30によって取得されたR、GおよびB値を用いて計算により蛍光色素の濃度を求める。基礎データは、上記実施形態に関して述べたいずれの方法で取得してもよい。複数の色素からの蛍光を分離して検出する必要がないので、分子の識別が容易である。したがって、本実施形態の定量システム100は、細胞の生理活性の測定に有用である。
【0086】
以下では、ターゲット試料が細胞のときに考慮すべき事項を説明する。
【0087】
第1に、細胞の厚さを補正することが好ましい場合がある。本発明の方法で蛍光色素の濃度を定量するためには、基準試料およびターゲット試料からの蛍光を測定するときの試料中の光路長が等しいことが好ましい。光路長が変わると同じ濃度の試料でも蛍光強度が変わるためである。ターゲット試料が細胞のとき、蛍光色素を含んだ細胞の厚さ、すなわち光路長はせいぜい10μmほどである。基準試料が蛍光色素の溶液である場合、このようなオーダーの厚さの溶液試料を精度よく作成することは困難である。また仮にできたとしても、一つの細胞内にはその形状に応じて厚みの分布があり、これは個々の細胞で異なる。これに対し、溶液試料では全視野にわたって一定の光路長となる。したがって、特定の細胞を測定する場合、溶液試料を基準試料として使用できないことがある。
【0088】
使用される顕微鏡が共焦点の光学系をもっていれば、その顕微鏡は一定の光路長の蛍光像を取得するため、溶液試料を基準試料として使用できる。共焦点の光学系をもたない顕微鏡の場合、細胞の厚みの補正法としては次のようなものが考えられる。例えば、細胞内に含まれるF1およびF2という蛍光色素の濃度分布を測定する場合、これらの色素に加えて細胞全体を均一に染色する蛍光色素F3を細胞に与える(Calcein,CellTrackerなど)。これらの三つの色素で染色した細胞をターゲット試料とし、これら三つの色素を単独に含む色素溶液を基準試料として測定して本発明の方法で計算を行うと、細胞の厚みの成分を含んだ各色素の濃度分布が求まる。このうち色素F3は細胞全体にわたって均一の濃度で分布しているため、求められた濃度分布は細胞の厚みの分布と比例する。色素F3の各画素での濃度を各画素の細胞の厚みの係数として用い、算出されたF1およびF2の各画素の濃度をこの値で除算することにより、細胞の厚みの違いを補正した濃度分布を得ることができる。
【0089】
この場合、基準試料とした溶液試料の光路長を正確に知ることが困難なため、蛍光色素の濃度の絶対値を得ることはできない。しかし、細胞内の色素の濃度の分布を正確に把握するうえで、この補正は有用である。
【0090】
第2に、基準試料が細胞であるとき、シェーディング補正を行うことが好ましい場合がある。蛍光色素によっては、色素単独では蛍光が微弱で、細胞内の特定の分子と結合したときにのみ強い蛍光を発するものがある。例えばDAPIなど、核酸を染色するための色素にはそのようなものが多い。また、GFPなどの蛍光蛋白質に関しては、遺伝子を細胞に導入することで細胞内で蛍光色素を作ることはできるが、細胞外での色素試料の作製は困難である。そのような色素に関しては、溶液試料を基準試料として使うことができない。このような蛍光色素を定量する場合、その蛍光色素を用いて染色した細胞において蛍光を発している領域から基礎データを取得する。細胞の画像を取得し、その中から選択した領域内の蛍光強度の平均値を基準濃度に対する蛍光強度として使用する。この値を全画素についての基準濃度に対する蛍光強度として割り当てる。
【0091】
通常、蛍光顕微鏡における励起光の照明は視野全体にわたって均一ではない。このため、溶液試料のように均一に色素が分布する試料からの蛍光を蛍光顕微鏡で観察すると、励起光の強さに応じて画像内に蛍光が強い部分と弱い部分が生じてしまう。この現象はシェーディングと呼ばれる。各画素の基準濃度の値はこのシェーディングの情報を含んだものでなくてはならない。基準試料として溶液試料を使用した場合は、このシェーディングの情報を含んだデータを得ることができる。しかし、細胞試料を使い、その一部の領域から基準データを取得する場合は、シェーディングの情報を得ることができない。
【0092】
このような場合、シェーディングのデータを得るために、定量で使用するものと同じ光学系(フィルタ、ダイクロイックミラー、レンズなど)を使用して蛍光を検出可能な蛍光色素の溶液から蛍光画像を取得する。これをシェーディング画像として使用し、画素ごとに演算を行うことで、基準試料の画像(全画素に同じ蛍光強度が与えられた画像)にシェーディングの情報を与えることができる。そのための演算方法としては、次のようなものが考えられる。
【0093】
RC=I×I/IS−MAX
RC:シェーディング情報が与えられた基準試料画像の輝度
:元の基準試料画像の輝度
:シェーディング画像の輝度
S−MAX:シェーディング画像の輝度の最大値
【0094】
あるいは、ターゲット試料の画像のシェーディングを補正し、基準試料の画像として全画素に同じ蛍光強度が与えられた画像をそのまま使用する方法も考えられる。この場合、ターゲット試料の画像のシェーディングを補正するための演算方法として、次のようなものが考えられる。
【0095】
TC=I×IS−MAX/I
TC:シェーディングが補正されたターゲット試料画像の輝度
:元のターゲット試料画像の輝度
:シェーディング画像の輝度
S−MAX:シェーディング画像の輝度の最大値
【0096】
上記の演算で得られた基準試料画像またはターゲット試料画像を用いて上記(1)式に示される計算を行うことにより、シェーディングの影響が補正された蛍光色素の濃度分布画像を得ることができる。この場合、基準試料とした溶液試料の光路長を正確に知ることが困難なため、蛍光色素の濃度の絶対値を得ることはできない。しかし、細胞内の色素の濃度の分布を正確に把握するうえで、この補正は有用である。
【0097】
第7実施形態
本実施形態は、本発明をFRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)の測定に応用する。FRETは、ある蛍光分子に対して与えられた励起エネルギーが別の蛍光分子に移動する現象である。励起エネルギーを与える蛍光分子はドナーと呼ばれ、励起エネルギーを受け取る蛍光分子はアクセプタと呼ばれる。ドナーおよびアクセプタは、分子に蛍光色素を与えることにより生成される。
【0098】
FRETが発生すると、ドナーの蛍光強度が低下し、アクセプタの蛍光強度が増加する。そのため、FRETの測定は次のように行われることが多い。ドナーを励起する波長の光をターゲット試料に照射し、ターゲット試料から発する蛍光を検出する。このとき、試料からの蛍光をバンドパスフィルタを用いてドナーの蛍光の波長域およびアクセプタの蛍光の波長域に分光する。これにより、アクセプタおよびドナーの蛍光強度を別個に測定し、アクセプタ/ドナーの蛍光強度の比を算出する。この蛍光強度比を用いてFRETを解析することができる。
【0099】
しかし、FRETという現象の性質上、ドナーとアクセプタの蛍光スペクトルは大きくは離れておらず、その一部が重なり合うことが多い。そのため、バンドパスフィルタでは互いに蛍光を完全に分離できず、FRET測定の精度が低下してしまう。
【0100】
本発明は、このようなFRET測定の問題点を解決することができる。本実施形態は、図1に示す定量システムを用い、図2に示す手順にしたがってFRETを測定する。まず、ドナー用の蛍光色素を所定の単位濃度で単独で含むドナー基準試料およびアクセプタ用の蛍光色素を所定の単位濃度で単独で含むアクセプタ基準試料を用意する(ステップS202)。これらの基準試料を励起し、各蛍光色素からの蛍光の強度をR、GおよびB波長帯の各々で測定し、得られた測定強度を基礎データとして保存する(ステップS204)。蛍光強度の測定には、マルチバンドカメラ30を使用してもよいし、分光器35を使用してもよい。この後、ターゲット試料中のドナーを励起し、ターゲット試料から発するドナー蛍光およびアクセプタ蛍光をマルチバンドカメラ30を用いて検出する(ステップS206)。このステップS206は、ターゲット試料が生きている細胞の場合など、ターゲット試料の活動状態に応じてターゲット試料内のFRET量が時々刻々と変化するような場合には、その変化を測定するために連続的に複数回行ってもよい。この後、上記の(1)式にしたがってドナー用蛍光色素およびアクセプタ用蛍光色素の濃度を算出し(ステップS208)、これらの色素の濃度分布を示す画像をディスプレイ装置42上に表示する(ステップS210およびS212)。
【0101】
本実施形態ではCa2+を含むCameleon溶液(14μg/ml)をターゲット試料として使用する。Cameleonは、その分子内にドナーとしての蛍光色素CFPとアクセプタとしての蛍光色素YFPを含んでいる。またCameleonは、これらの蛍光色素の間にCa2+針と結合する部位も含んでいる。CameleonにCa2+が結合すると、分子の構造が変化し、それに応じてCFPからYFPへのFRETが顕著となる。その結果、CFPの蛍光が低下し、YFPの蛍光が増加する。Ca2+濃度が高まると、それに応じてYFP/CFPの蛍光強度比も高まる。
【0102】
本実施形態では、ターゲット試料中のCa2+の濃度を段階的に変えながらCFPおよびYFPの濃度を定量し、その濃度に単位濃度当たりの蛍光強度を乗算してCFPおよびYFPの蛍光強度を算出する。そして、これらの蛍光強度を用いてYFP/CFPの蛍光強度比を算出する。
【0103】
図8は、ターゲット試料中のCa2+の濃度と本実施形態で算出された蛍光強度比との関係を示している。本実施形態との比較のため、図8には、従来の方法で求められた蛍光強度比も示されている。この方法では、ターゲット試料からの蛍光をマルチバンドカメラ30で検出し、マルチバンドカメラ30のG値をYFPの蛍光強度、B値をCFPの蛍光強度とみなしてG/Bの比を計算する。図8において、菱形は従来の方法により求められた蛍光強度比を示し、四角はマルチバンドカメラ30を用いて取得した基礎データに基づく蛍光強度比を示し、三角は分光器35を用いて取得した基礎データに基づく蛍光強度比を示している。
【0104】
図8に示されるように、本実施形態の方法で取得した蛍光強度比は、Ca2+の濃度変化に応じて、従来法で取得した蛍光強度比よりも大きく変化する。このことはCa2+濃度の微妙な変化を検出するときに有利である。従来法においてYFPの蛍光を測定するカメラ30のG波長帯では、CFPの蛍光も検出される。したがって、G波長帯では、FRETによりYFPの蛍光強度が増加する一方でCFPの蛍光が減少する。これによりカメラ30のG値の増加が抑えられ、それに応じて蛍光強度比の変化が抑えられていると考えられる。これに対し、本実施形態の方法では、蛍光の混在に影響されない計算式を用いて蛍光強度を算出するので、Ca2+の濃度変化に応じて蛍光強度比が感度よく変化する。
【0105】
本実施形態では、図5に示される表現方法を用いて定量結果が表示される。この方法では、蛍光色素の濃度情報が偽カラーを用いて表示される。具体的には、第1および第2の蛍光色素の濃度分布が画像81および82として表示される。これらの画像81および82では、蛍光色素の濃度が輝度によって表される。FRET解析では一般的にこれら二つの蛍光色素の強度比、すなわち濃度比によってFRETの量が評価されるため、画像83では、算出された蛍光強度比の分布が偽カラーを用いて示されている。さらに、蛍光強度比を図8のグラフのようにCa2+濃度と関連づけることで、蛍光強度比の値をCa2+濃度の値に変換することもできる。画像84ではCa2+濃度の分布が偽カラーを用いて示されている。これらの画像81〜84内には、カラーバー85も表示される。
【0106】
以下では、本実施形態の利点を従来技術との対比により説明する。本実施形態と同様に主に演算によって蛍光強度比を求める方法としては、Gerald W.Gordonらによる論文「Quantitative Fluorescence Resonance Energy Transfer Measurements Using Fluorescence Microscopy」(Biophysical Journal、第74巻、2702〜2713頁、1998年5月)に開示されるものが知られている。この方法は、本実施形態と同様に3種類の試料を用意する。また、この方法では、3種類のバンドパスフィルタ、すなわちドナーを励起してドナーの蛍光を測定するためのフィルタ、アクセプタを励起してアクセプタの蛍光を測定するためのフィルタ、およびドナーを励起してアクセプタの蛍光を測定するためのフィルタが使用される。この方法は、これらの試料とフィルタを組み合わせで9個の測定値を取得し、数学的な演算によってFRETの値を求める。
【0107】
しかし、本実施形態の方法は、Gordonらの方法よりもいっそう簡便である。なぜなら、Gordonらの方法では蛍光を9回測定するのに対し、本実施形態の方法では蛍光測定の回数が3回で済むからである。このように、本発明の定量方法をFRETに応用すると、アクセプタ/ドナーの蛍光強度比を簡易かつ迅速に取得することができる。
【0108】
第1実施例
以下では、幾つかの実施例を挙げて本発明を更に説明する。本発明者は、図1に示される定量システム100を使用し、第1実施形態の方法にしたがって蛍光色素の定量を行った。マルチバンドカメラ30としては、浜松ホトニクス社製3板式カラーカメラORCA−3CCD C7780を使用した。図9は、カメラ30の分光感度特性を示している。すでに述べたように、カメラ30はLaw LightモードとHigh Lightモードという2種類の感度モードを有している。図9における実線がLaw Lightモードにおける感度特性を示し、波線がHigh Lightモードにおける感度特性を示している。本実施例では、Low LightモードでのR、GおよびB値を定量計算に使用した。
【0109】
使用した蛍光色素は、Alexa Fluor350、Fura2およびCascade Yellowの3種類である。本発明者は、これらのうち二つを適当な濃度で混合した3種類の溶液をターゲット試料として調製した。これら3種類の色素溶液は、すべて吸収波長が同一波長帯(350〜440nm)にある。この波長帯の光をこれらの色素溶液に照射して色素を励起すると、これらの溶液は互いに異なるスペクトルを有する蛍光を発する。バンドパスフィルタ22はこの波長帯に等しい透過波長帯を有しており、Xeランプ10aの白色光からこの波長帯の成分を抽出して励起光を生成する。
【0110】
以下では、具体的な定量手順を説明する。まず、基準試料を調製した。カメラ30の感度に応じて適正な蛍光強度が得られるように各蛍光色素の単位濃度を決め、その単位濃度で各蛍光色素を単独で含む溶液を調製した。こうして得られる3種類の溶液が基準試料である。
【0111】
次に、これらの基準試料を用いて基礎データを取得した。具体的には、各基準試料を励起し、各基準試料から発する蛍光画像をカメラ30を用いて撮像した。この撮像は、露光30msecおよびGain=Lowの条件下で行った。カメラ30のR、GおよびB波長帯で取得された画像データはコンピュータ40の記憶装置内に保存された。これらの画像データの画素値が、定量計算で使用される基礎データである。
【0112】
次いで、2種類の基準試料を適当な割合で混合したターゲット試料を作成し、このターゲット試料に励起光を照射する。ターゲット試料の蛍光画像をカメラ30を用いて撮像し、画像データを取得する。この画像データの画素値がターゲットデータである。コンピュータ40は、基礎データとターゲットデータを使用し、上記(1)式に示される演算を画素ごとに実行して、ターゲット試料中における二つの蛍光色素の濃度分布を算出した。
【0113】
第2実施例
本発明者は、カメラ30の代わりに分光器35を用いて基礎データおよびターゲットデータを取得することも行った。分光器35としては、浜松ホトニクス社製PMA−11(c7473、BTCCD 200−950nm)を用いた。分光器35を用いた基準試料からの蛍光の測定は、光源モードでs/n=18、Gain=Middle、波長間隔=1nmの条件下で行った。コンピュータ40は、分光器35によって取得された分光データに5point(5nm)のsmoothing処理を施した。
【0114】
参考のため、ターゲット試料から取得した分光データを図10および図11に示す。図10は、蛍光色素Alexa FluorおよびCascade Yellowを様々な比率で混合したターゲット試料から取得した分光データを示している。これらの色素から発する蛍光のピーク波長の間隔は比較的広く、約110nmである。図11は、蛍光色素Fura2およびCascade Yellowを様々な比率で混合したターゲット試料から取得した分光データを示している。これらの色素から発する蛍光のピーク波長の間隔は比較的狭く、約30nmである。上述のように、これらの分光データにはsmoothing処理が施されている。
【0115】
コンピュータ40は、基準試料およびターゲット試料から取得した分光データを用いて上記(9)、(10)および(1)式に示される演算を実行し、色素の濃度を算出した。基準試料から取得したすべての分光波長帯の分光データに図9に示される感度特性を乗算してから加算し、さらに(10)式に示される補正用の係数aを乗算することにより、基礎データJが算出された。同様に、ターゲット試料から取得したすべての分光波長帯の分光データに図9に示される感度特性を乗算してから加算し、さらに補正用の係数aを乗算することにより、ターゲットデータRtgt、GtgtおよびBtgtが算出された。この演算には、smoothing処理された300〜780nmにおける5nm刻みの分光データが使用された。分光器35は試料中の一部位のみを測定できる。コンピュータ40によって算出された数値は、その測定部位における色素濃度を示している。
【0116】
第3実施例
本発明者は、第5実施形態の方法にしたがって蛍光色素の濃度を定量することも行った。この実施例では、基準試料およびターゲット試料から発する蛍光の強度をバンドパスフィルタを通して測定した。3種類の蛍光色素の蛍光スペクトルに応じて三つのバンドパスフィルタを使用した。第1のバンドパスフィルタは、中心波長440nmとバンド幅21nmを有している。第2のバンドパスフィルタは、中心波長510nmとバンド幅23nmを有している。第3のバンドパスフィルタは、中心波長546nmとバンド幅10nmを有している。
【0117】
バンドパスフィルタを透過した蛍光はモノクロカメラを用いて検出した。モノクロカメラとしては、浜松ホトニクス社製モノクロデジタルカメラORCA−IIを使用した。蛍光画像の撮影は、露光30msec、Gain=Low、ビニング4*4の条件下で行った。
【0118】
コンピュータ40は、モノクロカメラによって撮像された蛍光画像の画素値を用いて上記(22)および(23)式に示される演算を行った。これにより、ターゲット試料中の二つの蛍光色素の濃度が算出された。
【0119】
また、参考までに、第2実施例で使用したものと同じ分光器を使用して蛍光強度を測定した。具体的には、分光器を用いて1nm刻みの蛍光強度を測定し、すべての分光波長帯における蛍光強度を積算することにより蛍光強度を算出した。
【0120】
図12は、蛍光色素Alexa FluorおよびCascade Yellowを様々な比率で混合したターゲット試料からバンドパスフィルタを通して測定した分光データを示している。また、図13は、蛍光色素Fura2およびCascade Yellowを様々な比率で混合したターゲット試料からバンドパスフィルタを通して測定した分光データを示している。
【0121】
比較例
本発明者は、上記実施例との比較のため、ターゲット試料から発する蛍光からバンドパスフィルタを用いて各色素の蛍光を抽出し、その蛍光をモノクロカメラで撮影した。使用したバンドパスフィルタは、第3実施例と同じである。モノクロカメラとしては、浜松ホトニクス社製モノクロデジタルカメラORCA−IIを使用した。蛍光画像の撮像は、露光30msec、Gain=Low、ビニング4*4の条件下で行った。
【0122】
この例では、次の式(従来式)にしたがってターゲット試料中の二つの蛍光色素の濃度cおよびcを算出した。
【数22】

ここで、Sample S1およびSample S2は、ターゲット試料の蛍光からバンドパスフィルタを用いて抽出された蛍光の強度であり、Kijyun S1およびKijyun S2は、基準試料から発する蛍光の強度である。これらの式から明らかなように、本例では、バンドパスフィルタを通して測定された蛍光の強度を各蛍光色素の濃度として扱っている。
【0123】
濃度計算結果
まず、図14および図15を参照しながら、蛍光スペクトルの重なりが少ないAlexa FluorおよびCascade Yellowの定量結果を説明する。図14は、第1および第2実施例で算出されたAlexa FluorおよびCascade Yellowの濃度を示している。図15は、第3実施例および比較例で算出されたAlexa FluorおよびCascade Yellowの濃度を示している。これらの図において、横軸は色素の混合比を示し、縦軸は色素の濃度を示している。濃度は各色素の単位濃度を1として表示されている。Alexa Fluorの単位濃度は2μM(マイクロモル)であり、Cascade Yellowの単位濃度は1μMである。
【0124】
図14において菱形は第1実施例で算出されたAlexa Fluorの濃度を示し、四角は第2実施例で算出されたAlexa Fluorの濃度を示し、三角は第1実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示し、×は第2実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示している。図15において菱形は第3実施例で算出されたAlexa Fluorの濃度を示し、四角は比較例で算出されたAlexa Fluorの濃度を示し、三角は第3実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示し、×は比較例で算出されたCascade Yellowの濃度を示している。また、これらの図において、一点鎖線はターゲット試料におけるAlexa Fluorの実際の濃度を示し、波線はターゲット試料におけるCascade Yellowの実際の濃度を示している。
【0125】
図14と図15を比較すると分かるように、中心波長の間隔が比較的広いAlexa FluorおよびCascade Yellowの定量精度は、実施例と比較例とでほとんど変わらない。これは、これらの色素間で蛍光スペクトルの重なりが小さいためである。
【0126】
次に、図16および図17を参照しながら、蛍光スペクトルの重なりが大きいFura2およびCascade Yellowの定量結果を説明する。図16は、第1および第2実施例で算出されたFura2およびCascade Yellowの濃度を示している。図17は、第3実施例および比較例で算出されたFura2およびCascade Yellowの濃度を示している。これらの図において、横軸は色素の混合比を示し、縦軸は色素の濃度を示している。濃度は各色素の単位濃度を1として表示されている。Fura2の単位濃度は4μMであり、Cascade Yellowの単位濃度は0.8μMである。
【0127】
図16において菱形は第1実施例で算出されたFura2の濃度を示し、四角は第2実施例で算出されたFura2の濃度を示し、三角は第1実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示し、×は第2実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示している。図17において菱形は第3実施例で算出されたFura2の濃度を示し、四角は比較例で算出されたFura2の濃度を示し、三角は第3実施例で算出されたCascade Yellowの濃度を示し、×は比較例で算出されたCascade Yellowの濃度を示している。また、これらの図において、一点鎖線はターゲット試料におけるFura2の実際の濃度を示し、波線はターゲット試料におけるCascade Yellowの実際の濃度を示している。
【0128】
図16と図17を比較すると分かるように、中心波長の間隔が比較的狭い蛍光を発するFura2およびCascade Yellowの定量精度は、実施例と比較例とで大きく異なっている。これは、これらの色素間で蛍光スペクトルの重なりが大きいためである。比較例の方法では、一方の色素の蛍光が他方の色素の蛍光に混在したまま検出されるので、定量の精度が大きく低下する。これに対し、実施例の方法では、蛍光スペクトルの重なりに影響されることなく、高い精度で色素濃度を定量することができる。
【0129】
第3実施例では、比較例と同じように、バンドパスフィルタを通して試料からの蛍光を検出する。この場合でも比較例より優れた定量精度を得られることが図17から分かる。これは、第3実施例で使用する計算式(22)および(23)式と比較例で使用する(26.1)および(26.2)式との違いに起因する。ただし、図16と図17の比較から分かるように、バンドパスフィルタを介さずに蛍光を検出する第1および第2実施例では、第3実施例よりもさらに優れた定量精度を得ることができる。この原因は、第1および第2の実施例では隣接する検出波長帯が重なっており、かつ評価を行う全波長帯をカバーしているのに対し、第3実施例では隣接する検出波長帯が重なっておらず、またスポット的に一部位の波長帯域のみのデータを扱っているため、ターゲットサンプルの評価波長帯全域をカバーしておらず、データ欠如があることによるものと考えることができる。
【0130】
また、図14および図16から明らかなように、蛍光強度をカメラで測定しても、蛍光強度を分光器で測定し分光データを用いて計算を行った場合と遜色のない定量精度を得ることができる。これから明らかなように、第1実施例における手法、すなわちマルチバンドカメラを用いた測定は、測定しようとする、ある任意幅の波長域での分光データに、カメラの感度関数と同等の特性を掛け合わせて蛍光強度を求める。したがって、カメラを用いた測定は、基本的には分光器を用いた測定のように全波長域にわたってデータを採取したときと同等の情報を取得している。そのため、カメラを用いても分光と同等の精度の定量を行うことができる。
【0131】
また、この実験結果では、カメラによる測定結果と分光器による測定結果に差が生じている。しかし、本発明者らは、この差の最大の原因が光による色素のダメージに応じた蛍光強度の減少にあることを解明した。すなわち、分光測定では測定時間が長すぎ、色素の光量低下が大きすぎた。その後は、分光測定の時間を短くすることで、カメラによる測定結果と分光器による測定結果とがほぼ合致した。
【0132】
以下では、図18〜図20を参照しながら、第1および第2実施例による定量の精度を確認する。図18は、Fura2を含む基準試料、Cascade Yellowを含む基準試料、ならびにFura2およびCascade Yellowを含むターゲット試料の蛍光スペクトルを示している。Fura2の単位濃度は4μMであり、Cascade Yellowの単位濃度は0.8μMである。ターゲット試料では、Fura2およびCascade Yellowが0.6:1.4の比率で混合されている。実際に分光器を用いてターゲット試料を測定した結果を図18中のターゲットスペクトルとして示す。
【0133】
第1実施例のカメラ方式での定量計算結果は、Fra2:CaY=0.571:1.4005であり、第2実施例の分光器方式での定量計算結果は、Fra2:CaY=0.528:1.434であった。この算出された濃度を対応する基準試料の蛍光スペクトル(以下では、「基準スペクトル」と呼ぶ)にそれぞれ掛け合わせて両者の和をとれば、分光強度をシミュレートできる。図19および図20は、このようにして計算されたシミュレーションスペクトルを示している。
【0134】
分光器方式では、基準スペクトルおよびターゲットスペクトルが実際に測定される。このため、基準スペクトルを用いてシミュレーション計算を行い、得られた蛍光スペクトルとターゲットスペクトルとを比較することにより、計算そのものの精度が確認できる。一方、カメラ系を厳密に考えると、カメラ方式で得られる基準スペクトルおよびターゲットスペクトルは分光器方式で得られるそれらとは微妙に違う。このため、カメラ方式でのシミュレーション計算により得られる蛍光スペクトルと、分光器方式でのシミュレーション計算により得られる蛍光スペクトルとで違いが生ずるのは当然である。したがって、実際に測定されたターゲットスペクトルとシミュレーショ計算により得られた蛍光スペクトルとの偏差量が、そのままカメラ方式および分光器方式の精度を反映するわけではない。しかし、概略の精度は確認できるため、この手法を採用することにした。
【0135】
図18と図19および図20とを比較すると明らかなように、実測の蛍光スペクトルと第1および第2実施例の定量結果を用いて計算された蛍光スペクトルとは極めて近い形状を有している。したがって、第1および第2実施例は優れた精度で蛍光色素の濃度を定量できることが分かる。
【0136】
第8実施形態
以下では、本発明の別の実施形態を説明する。図21は、本実施形態の蛍光色素定量システムの構成を示すブロック図である。この定量システム800は、第1実施形態の定量システム100におけるマルチバンドカメラ30をマルチバンドカメラ30aに置き換えた構成を有している。本実施形態では、パーソナルコンピュータ40の代わりに、マルチバンドカメラ30a内に設けられた論理回路が上記(7)式の演算を実行する。
【0137】
図22は、本実施形態の定量に関連する種々のデータを示している。第1実施形態と同様に、マルチバンドカメラ30aは、三つの検出波長帯、すなわちR波長帯、G波長帯およびB波長帯を有している。図22(a)は、マルチバンドカメラ30aの感度特性を示している。この図に示されるように、隣り合う検出波長帯は、部分的に重なり合っている。マルチバンドカメラ30aは、これらの検出波長帯に対応する三つの撮像素子と、入力光の波長成分を三つの検出波長帯に分離して、対応する撮像素子に送る色分解プリズムを含んでいる。
【0138】
図23は、マルチバンドカメラ30aに搭載された信号処理回路を示すブロック図である。信号処理回路31は、上述した三つの撮像素子101〜103に加えて、増幅器111〜113、A/Dコンバータ121〜123、定量演算用の論理回路130、タイミング調整回路141〜143、インタフェース回路150、駆動回路160、タイミング発生回路162および制御回路164を含んでいる。
【0139】
撮像素子101〜103は、駆動回路160によって駆動され、ターゲット試料の蛍光像をそれぞれR、GおよびB波長帯で撮像し、三つの画像信号を生成する。これらの画像信号は、増幅器111〜113によって増幅され、A/Dコンバータ121〜123によってディジタル化されて、定量演算用の論路回路130に入力される。
【0140】
論路回路130は、これらの画像信号を用いて上記(7)式に示される演算を実行し、ターゲット試料中の蛍光色素の濃度を画素ごとに計算する。以下では、(7)式における行列(J・J)−1・Jを「基準データM」と表記する。本実施形態では、この基準データMは、コンピュータ40からインタフェース回路150を介して論路回路130に入力される。ただし、この代わりに、マルチバンドカメラ30a内に設けられた記憶装置に基準データMが格納されていてもよい。論理回路130は、各画素に対して算出した濃度に応じた値をその画素に割り当てて、ターゲット試料における各蛍光色素の濃度分布を表す画像信号を生成する。これらの画像信号は、マルチバンドカメラ30aのR、GおよびB出力のいずれかとなる。
【0141】
タイミング発生回路162は、A/Dコンバータ121〜123、論理回路130、タイミング調整回路141〜143、駆動回路160および制御回路164にクロック信号を供給する。制御回路164は、外部インタフェース回路150を通じてコンピュータ40から命令を受け取り、その命令に応じて論理回路130の動作を制御する。例えば、制御回路164は、論理回路130による(7)式の演算を禁止して、R、GおよびB波長帯で取得した画像データそのものをマルチバンドカメラ30aから出力させることもできる。R、GおよびB出力は、タイミング調整回路141〜143によって同期され、外部インタフェース回路150からコンピュータ40に送られる。
【0142】
コンピュータ40は、マルチバンドカメラ30aのR、GおよびB出力を用いて定量結果表示用の画像をディスプレイ装置42上に表示する。例えば、図3に示されるように、R、GおよびB出力を重ね合わせた画像63をカラーバー64とともに表示してもよいし、図4に示されるように、R、GおよびB出力を分離して別個の画像として表示してもよい。コンピュータ40は、これらの画像をプリンタ44を用いて印刷することができる。
【0143】
以下では、定量システム800を用いてターゲット試料中の蛍光色素の濃度を定量する方法を具体例を挙げて説明する。図22(b)は、ターゲット試料、ならびに第1および第2蛍光色素の蛍光スペクトルを示す。このターゲット試料は、Hela細胞を2種類の蛍光色素、DAPIおよびMito Tracker Greenで染色することにより得たものである。DAPIは細胞の核、Mito Tracker Greenはミトコンドリアをそれぞれ染色する。DAPIの蛍光スペクトルは460nm付近に、Mito Tracker Greenの蛍光スペクトルは515nm付近に、それぞれピークを有する。
【0144】
まず、第1実施形態と同様に、基準試料を用意し、基礎データを取得する。具体的には、Hela細胞をDAPIのみ、またMito Tracker Greenのみで染色して、第1および第2の基準試料を作成する。これらの基準試料には、405±5nmの透過波長帯を有するバンドパスフィルタ22を通して励起光が照射される。図22(c)は、第1基準試料の蛍光スペクトルを示し、図22(d)は、第2基準試料の蛍光スペクトルを示している。
【0145】
基準試料から発する蛍光の光学像は、420nm以上の透過波長帯を有するバンドパスフィルタ24を通してマルチバンドカメラ30aにより撮像される。マルチバンドカメラ30a中の撮像素子101〜103は、一つの基準試料に対して、三つの検出波長帯で取得された三つの画像データを生成する。コンピュータ40は、制御回路164に命令を送って論路回路130による(7)式の演算を禁止し、これらの画像データをマルチバンドカメラ30aに出力させる。これらの画像データは、コンピュータ40に送られ、コンピュータ40内の記憶装置に保存される。すべての基準試料について同様の測定が行われ、画像データが保存される。
【0146】
本実施形態の基準試料では、核やミトコンドリアの分布に応じて蛍光色素が点在する。このため、基準試料の各蛍光画像から、基準試料中の蛍光を発する部位を表示する任意の一画素の値を取得し、基礎データとして使用する。図22(f)は、第1基準試料から取得した、ある一画素のR、GおよびB値、すなわちRf、GfおよびBfを示している。ここで、Rf=19.980、Gf=121.939、Bf=252.900である。図22(g)は、第2基準試料から取得した、ある一画素のR、GおよびB値、すなわちRf、GfおよびBfを示している。ここで、Rf=17.536、Gf=164.062、Bf=8.926である。これらの値が基準試料から取得された基礎データであり、(2)式に示される行列J中の各成分に等しい。
【0147】
コンピュータ40は、こうして取得した行列Jを用いて、基準データM、すなわち行列(J・J)−1・Jを算出する。算出された基準データはコンピュータ40内の記憶装置に格納される。後述するように、この基準データMは、すべての画素に対する(7)式の演算に共通して使用される。こうして定量の第1段階が終了する。
【0148】
次に、バンドパスフィルタ22を介してターゲット試料に励起光を照射し、ターゲット試料から発する蛍光の画像をマルチバンドカメラ30aで撮像する。この結果、論理回路130には、R、GおよびB波長帯で撮像された蛍光画像を表す三つの画像信号が入力される。図22(e)は、ターゲット試料の蛍光画像のある一画素のR、GおよびB値、すなわちRtgt、GtgtおよびBtgtを示している。ここで、Rtgt=24.605、Gtgt=182.110、Btgt=192.145である。
【0149】
コンピュータ40は、制御回路164に命令を送り、論理回路130による(7)式(実際には(1)式)の演算を許可する。論路回路130には、コンピュータ40から基準データMも供給される。論路回路130は、この基準データMを用いて、各画素に対して(1)式の演算を実行し、DAPIおよびMito Tracker Greenの濃度cおよびcを算出する。図22(h)は、図22(e)に示されるR、GおよびB値を有する画素に対して算出された濃度cおよびcを示している。ここで、c=0.74、c=0.56である。上記実施形態と同様に、これらの濃度値の単位は、対応する基準試料中の蛍光色素の濃度である。
【0150】
論路回路130は、各画素に対して算出した濃度c1およびc2に応じた値をその画素に割り当てて、ターゲット試料におけるDAPIおよびMito Tracker Greenの濃度分布を示す二つの画像信号を生成する。これらの画像信号は、R、GおよびB信号のいずれかとして論理回路130から出力される。したがって、DAPIおよびMito Tracker Greenの濃度分布は、異なる色の画像データとしてマルチバンドカメラ30aからコンピュータ40に送られる。これらの画像信号は、互いに分離されてコンピュータ40に送信されてよいし、単一のコンポジット信号に変換されてからコンピュータ40に送信されてもよい。コンピュータ40は、これらの画像信号を用いて、定量結果を表す画像をディスプレイ装置42上に表示する。
【0151】
図24は、本実施形態の定量結果画像を示しており、ここで、(a)はマルチバンドカメラ30aの出力画像、(b)はその出力画像から分離されたDAPIの濃度分布画像、(c)はその出力画像から分離されたMito Tracker Greenの濃度分布画像である。これらのオリジナルはカラー画像であるが、ここでは白黒に変換した画像を示す。DAPIの画像では核のみが、Mito Tracker Greenの画像ではミトコンドリアのみが表示されている。このように、本実施形態の定量システムは、細胞における二つの構造体をリアルタイムで明確に分離して表示することができる。
【0152】
比較のため、本発明者らは、上記(1)式の演算を行わない3バンドカメラを用いてターゲット試料の蛍光画像を取得した。図25は、この比較例の定量結果画像を示しており、ここで、(a)は3バンドカメラの出力画像であり、(b)および(c)はその出力画像から抽出したB波長域およびG波長域の蛍光画像である。これらもオリジナルはカラー画像であるが、ここでは白黒に変換した画像を示す。使用した色素の蛍光スペクトルの分布に応じて、DAPIの蛍光はBおよびG波長域の両方で検出され、Mito Tracker Greenの蛍光はそのほとんどがG領域で検出される。このため、B波長域の画像にはDAPIで染色された核の像しか現れないが、G波長域の画像にはMito Tracker Greenで染色されたミトコンドリアの像とDAPIで染色された核の像が重なって現れてしまう。
【0153】
本実施形態では、パーソナルコンピュータ40上で動作するソフトウェアの代わりにマルチバンドカメラ30a内のハードウェアが定量演算を行い、その演算結果を用いて濃度分布を表す画像信号を生成する。このため、ソフトウェア処理によって濃度分布画像を生成する場合に比べて、濃度分布画像を迅速に表示することが可能である。この結果、ユーザは、ターゲット試料の撮像後、定量の結果をすぐに確認することができる。
【0154】
本実施形態の手法は、マルチバンドカメラを使用する上記実施形態のいずれにも応用することができる。また、第2実施形態のように、基準試料からの基礎データの取得を分光器35を用いて行ってもよい。
【0155】
以上、本発明をその実施形態に基づいて詳細に説明した。しかし、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0156】
上記実施形態では、R、GおよびB波長帯を検出波長帯として有する撮像装置が主に使用されている。しかし、本発明で使用される撮像装置は、他の任意の検出波長帯を有していてもよい。
【0157】
上記(1)式は、行列Jが正則でない場合の式である。行列Jが正則でないのは、ターゲット試料に含まれる蛍光色素の数と検出波長帯の数が一致していないからである。第1実施形態では三つの検出波長帯があるので、ターゲット試料に含まれる蛍光色素が3種類であれば、行列Jは正則となる。この場合、(1)式は次のような簡単な形に書き直される。
【数23】

【0158】
上記実施形態で使用される3バンドカメラの代わりに、図26に示される感度特性を有する4バンドカメラを使用してもよい。この4バンドカメラもLow LightモードとHigh Lightモードという二つの感度モードを有している。したがって、第3実施形態で説明したように、8種類までの蛍光色素を定量することが可能となる。また、図26に示されるように、この4バンドカメラは近赤外領域に感度を有している。したがって、この4バンドカメラは、近赤外領域に発光領域を持つ蛍光色素の定量に有用である。
【0159】
第8実施形態で使用されるマルチバンドカメラ30aは、色分解プリズムと複数の撮像素子を有しているが、これらの代わりにカラーモザイクフィルタ等が印刷された一つの撮像素子を有していてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明の方法および定量システムは、重なり合う蛍光スペクトルを有する複数の蛍光色素の濃度を精度良く定量することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有する撮像装置を用いて定量する方法であって、
隣り合う前記検出波長帯は、部分的に重なっており、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での測定強度を取得することと、
前記撮像装置を用いて前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯で撮像することと、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出すること
を備える方法。
【数24】

ここで、O〜Oは、前記第1〜第k検出波長帯で撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jはk×mの行列であり、Jの第i行第j列成分Jij(iは1以上k以下の整数、jは1以上m以下の整数)は、前記第j基準試料から発する蛍光の前記第i検出波長帯での前記測定強度である。
【請求項2】
前記撮像装置は、前記第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでおり、
各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での測定強度の取得は、前記マルチバンドカメラを用いて各前記基準試料の蛍光画像を各前記検出波長帯で撮像し、各前記基準試料中の蛍光を発する部位を表示する一つの画素の値を各蛍光画像から取得し、
前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cの算出は、前記第i検出波長帯で撮像された前記第j基準試料の蛍光画像から取得された前記画素の値を前記行列Jの成分Jijとして使用する
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記撮像装置は、前記第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでおり、
各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での測定強度の取得は、各前記基準試料から発する蛍光の分光強度を分光器を用いて測定し、前記分光強度と前記マルチバンドカメラの各前記検出波長帯に対する感度特性とを用いて、各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での前記測定強度を算出する
請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を撮像装置を用いて定量する方法であって、
前記撮像装置は、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯と、前記撮像装置の異なる感度特性を設定する第1〜第q(qは2以上の整数)の感度モードとを有しており、
隣り合う前記検出波長帯は、部分的に重なっており、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯および各前記感度モードでの測定強度を取得することと、
前記撮像装置を用いて前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯および各前記感度モードで撮像することと、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出すること
を備える方法。
【数25】

ここで、P(vは1以上q以下の整数)はk×1の行列であり、Pの第i行成分Piv(iは1以上k以下の整数)は、前記撮像装置を用いて前記第i検出波長帯および前記第v感度モードで撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jは(k・q)×mの行列であり、Jの成分行列Lvj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Livjは、前記第j基準試料から発する蛍光の前記第i検出波長帯および前記第v感度モードでの前記測定強度である。
【請求項5】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を、異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有する撮像装置を用いて定量する方法であって、
隣り合う前記検出波長帯は、部分的に重なっており、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料を用意し、異なる波長スペクトルを有し前記第1〜第m蛍光色素をすべて励起する第1〜第r(rは2以上の整数)の励起光の各々を前記第1〜第m基準試料に照射し、各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での測定強度を取得することと、
各前記励起光を前記ターゲット試料に照射し、前記撮像装置を用いて前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯で撮像することと、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出すること
を備える方法。
【数26】

ここで、Q(uは1以上r以下の整数)はk×1の行列であり、Qの第i行成分Qiu(iは1以上k以下の整数)は、前記第u励起光の照射に応じて前記第i検出波長帯で撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jは(k・r)×mの行列であり、Jの成分行列Tuj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Tiujは、前記第u励起光の照射に応じて前記第j基準試料から発する蛍光の前記第i検出波長帯での前記測定強度である。
【請求項6】
前記撮像装置は、前記ターゲット試料の蛍光画像を前記第1〜第k検出波長帯で撮像して第1〜第kの画像信号を生成する一つ以上の撮像素子と、前記第1〜第kの画像信号が入力される演算回路と、を含んでおり、
前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cの算出は、前記演算回路が前記第1〜第kの画像信号を用いて前記演算を実行する処理を含んでおり、
前記演算回路に、前記ターゲット試料の複数の部位における前記濃度c〜cを算出させ、第1〜第mの蛍光色素の濃度分布を表す第1〜第mの画像信号を生成させることを更に備える請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムであって、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料の各々から発する蛍光を検出し、その蛍光の強度を測定する光検出器と、
異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有し、前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯で撮像する撮像装置であって、隣り合う前記検出波長帯が部分的に重なっている撮像装置と、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する演算装置と、
を備える蛍光色素濃度定量システム。
【数27】

ここで、O〜Oは、前記第1〜第k検出波長帯で撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jはk×mの行列であり、Jの第i行第j列成分Jij(iは1以上k以下の整数、jは1以上m以下の整数)は、前記光検出器によって測定された前記第j基準試料から発する蛍光の前記第i検出波長帯での強度である。
【請求項8】
前記光検出器および前記撮像装置は、前記第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラであり、
前記光検出器は、各前記検出波長帯にて各前記基準試料の蛍光画像を撮像し、各前記基準試料中の蛍光を発する部位を表示する一つの画素の値を各蛍光画像から取得し、
前記演算装置は、前記第i検出波長帯で撮像された前記第j基準試料の蛍光画像から取得された前記画素の値を前記行列Jの成分Jijとして使用する
請求項7に記載の定量システム。
【請求項9】
前記光検出器は、各前記基準試料から発する蛍光の分光強度を測定する分光器を含んでおり、
前記撮像装置は、前記第1〜第k検出波長帯を有するマルチバンドカメラを含んでおり、
前記演算装置は、前記分光強度と前記マルチバンドカメラの各前記検出波長帯に対する感度特性とを用いて、各前記基準試料から発する蛍光の各前記検出波長帯での強度を算出し、算出された強度を前記行列Jの各成分として使用する
請求項7に記載の定量システム。
【請求項10】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムであって、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料の各々から発する蛍光を検出し、その蛍光の強度を測定する光検出器と、
異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯と前記撮像装置の異なる感度特性を設定する第1〜第q(qは2以上の整数)の感度モードとを有し、前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯および各前記感度特性で撮像する撮像装置であって、隣り合う前記検出波長帯が部分的に重なっている撮像装置と、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する演算装置と、
を備える蛍光色素濃度定量システム。
【数28】

ここで、P(vは1以上q以下の整数)はk×1の行列であり、Pの第i行成分Piv(iは1以上k以下の整数)は、前記第i検出波長帯および前記第v感度モードで撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jは(k・q)×mの行列であり、Jの成分行列Lvj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Livjは、前記第j基準試料から発する蛍光の前記第i検出波長帯および前記第v感度モードで測定された強度である。
【請求項11】
ターゲット試料中に含まれる第1〜第m(mは2以上の整数)の蛍光色素の濃度を定量するシステムであって、
異なる波長スペクトルを有し前記第1〜第m蛍光色素をすべて励起する第1〜第r(rは2以上の整数)の励起光を生成する光源と、
前記第1〜第m蛍光色素の各々を所定の単位濃度で単独で含む第1〜第mの基準試料への各前記励起光の照射に応じて各前記基準試料から発する蛍光の強度を測定する光検出器と、
異なる第1〜第k(kは2以上の整数)の検出波長帯を有し、前記ターゲット試料への各前記励起光の照射に応じて前記ターゲット試料の蛍光画像を各前記検出波長帯で撮像する撮像装置であって、隣り合う前記検出波長帯が部分的に重なっている撮像装置と、
次の式で示される演算を実行して、前記ターゲット試料のある部位における前記第1〜第m蛍光色素の濃度c〜cを算出する演算装置と、
を備える蛍光色素濃度定量システム。
【数29】

ここで、Q(uは1以上r以下の整数)はk×1の行列であり、Qの第i行成分Qiu(iは1以上k以下の整数)は、前記第u励起光の照射に応じて前記第i検出波長帯で撮像された前記ターゲット試料の蛍光画像において前記部位に対応する画素の値である。Jは(k・r)×mの行列であり、Jの成分行列Tuj(jは1以上m以下の整数)の第i行成分Tiujは、前記第u励起光の前記第j基準試料への照射に応じて前記第i検出波長帯で測定された蛍光の強度である。
【請求項12】
前記撮像装置は、前記ターゲット試料の蛍光画像を前記第1〜第k検出波長帯で撮像して第1〜第kの画像信号を生成する一つ以上の撮像素子と、前記第1〜第kの画像信号が入力される、前記演算装置としての演算回路と、を含んでおり、
前記演算回路は、前記第1〜第kの画像信号を用いて前記演算を実行し、前記ターゲット試料の複数の部位における前記濃度c〜cを算出して、第1〜第mの蛍光色素の濃度分布を表す第1〜第mの画像信号を生成する、請求項7〜11のいずれかに記載の定量システム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate

【図24】
image rotate

【図25】
image rotate

【図26】
image rotate


【国際公開番号】WO2005/036143
【国際公開日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【発行日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514621(P2005−514621)
【国際出願番号】PCT/JP2004/014968
【国際出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】