説明

血栓形成予防薬として利用されるADAMTS13誘導剤

【課題】ワーファリンとは異なる新規なメカニズム、すなわちADAMTS13様の効果を発揮しうる,分子量500未満の低分子の血栓形成予防薬の提供。
【解決手段】下記式(1)(式中R1は,H,O,CnH2n+1のいずれかから選択され,R2は,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するCmH2m+1。nは1から3であって,mは3から6で表される整数。)で表される化合物を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,血栓形成予防薬に関する。さらに詳しくは,ADAMTS13の発現量を増加させることにより血栓形成の予防を可能とする化合物を有効成分とする薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血栓は,血管内の血液が何らかの原因で塊として形成されたものであり,種々の要因によって生じる。例えば,血管内皮細胞の傷害や血流の緩慢,血液性状の変化などである。この血栓は,様々な疾患の原因となり,例えば,心筋梗塞や深部静脈塞栓症,肺塞栓症などが挙げられる。このことから,血栓形成を予防することは,これらの疾患の予防につながる。
【0003】
現在,血栓形成予防薬として広く用いられているのは,ワーファリンである。ワーファリンは,クマリン系抗凝固薬として知られており,ビタミンK作用に拮抗し,肝臓におけるビタミンK依存性血液凝固因子の生合成を抑制して抗凝血効果及び抗血栓効果を発揮する。さらには,ワーファリンにより,血中に遊離するプロトロンビン前駆体が増加することから,抗凝血作用及び血栓形成抑制作用を持つ。
ワーファリンは,心筋梗塞症,脳塞栓症,静脈血栓症,肺塞栓症等の治療及び予防に長年,用いられてきた。しかしながら,ワーファリンは,医薬品との併用によって,その作用が増強・減弱することが知られており,影響を及ぼす医薬品の数も非常に多い。例えば,三環系抗うつ剤と併用するとワーファリンの効果が増強し,副腎皮質ホルモン剤と併用するとワーファリンの効果が減弱することが知られている。加えて,ワーファリンは,納豆,クロレラなどビタミンKの多い食品を取るとその効果が減弱してしまうことが知られている。このようにワーファリンは,血栓形成予防薬として有用な薬剤ではあるものの,取扱いに注意を要する薬剤であるのも事実である。このことから,ワーファリンとは異なる,新たな機序の血栓形成予防薬の開発が望まれている。
【0004】
このようなワーファリンとは異なる,新たな機序の血栓形成予防薬として,ADAMTS13が挙げられる。ADAMTS13とは,血小板粘着因子であるフォン・ウィルブランド因子を特異的に切断する酵素であり(非特許文献1,2,3),血小板の凝集を抑制・制御し,血栓形成予防作用を示すことが知られている(特許文献1)。このように,ADAMTS13の,ワーファリンとは異なる作用機序に加え,後述する特徴的な血栓形成予防作用から,ADAMTS13は,ワーファリンに代わる新たな血栓形成予防薬として期待されている。さらに,このADAMTS13は,近年,脳梗塞の治療薬としても注目を浴びている。
脳梗塞は,医療ニーズが高い疾患であるものの,現状,医療ニーズを十分に満たしているとは言い難い。すなわち,現在,脳梗塞で最も有効とされている薬剤は,血栓溶解剤である組織プラスミノーゲナクチベータ(t-PA)であるが,このt-PAは,血栓溶解効果が非常に高く脳梗塞の患者の死亡割合を減少させることに成功している一方,止血血栓形成抑制により出血のリスクを伴うため,治療可能時間が脳梗塞発症後3時間以内と限定的である。加えて,t-PAは,特異性が乏しいため,脳出血を併発する場合もある。このようなt-PAの欠点から,脳梗塞においてt-PAを実際に投与できる患者は,脳梗塞患者全体の10%以下しかいないのが現状である(非特許文献4)。このようなt-PAの作用機序から生じる欠点を克服するため,ADAMTS13が持つ特徴的な血栓形成予防作用,すなわち,止血血栓形成は抑制しないが病的血栓形成は抑制するという新たな作用機序の脳梗塞治療薬としてADAMTS13が期待されている(非特許文献5)。
【0005】
しかしながら,ADAMTS13は,1427アミノ酸残基を有する比較的大きなタンパク質であることから,あまり安定な化合物とはいえない(特許文献2)。加えて,ADAMTS13は,製造もしづらく,組み換えによるリコンビナント体などは高次構造を維持することが困難であり,製造のためのコストも比較的大きなものとなってしまう。これらのことから,ADAMTS13の薬剤としての利用には,製造やコストの点から課題が多いのも事実である。このような事情から,ADAMTS13様の血栓形成予防効果を,低分子化合物により発揮できる薬剤の開発が期待される。

【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開2006/133955号パンフレット
【特許文献2】特開2007−174978
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tsai HM.Hematol Oncol Clin North Am. 2007 Aug;21(4):p609-32
【非特許文献2】SadlerJE. Blood. 2008 Jul 1;112(1):p11-8.
【非特許文献3】Tsai HM.Expert Rev Cardiovasc Ther. 2006 Nov;4(6):p813-25
【非特許文献4】FoliaPharmacol.Jpn. 1997. 109. p175-185
【非特許文献5】西尾 健治: ADAMTS13の脳梗塞治療薬としての可能性 , 血栓止血誌 21:405-408, 2010 .
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は,上記事情に鑑み,ワーファリンとは異なる新規なメカニズムを有する血栓形成予防薬の提供を課題とする。すなわち,ADAMTS13様の効果を発揮しうる低分子の血栓形成予防薬の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは,驚くべきことに,内因性カンナビノイドである2-arachidonoylglycerolおよびその誘導体が,ADAMTS13の発現量を増加させることを見出した。
【0010】
内因性カンナビノイドは,種々の生理活性を有しており,特に,中枢神経系での作用(記憶障害,痛覚抑制等)が知られているが,血栓溶解作用に関しての確立した知見は存在しなかった。発明者らは,この内因性カンナビノイドの一つである分子量378の低分子化合物,2-arachidonoylglycerolが,細胞株においてADAMTS13のmRNAを増加させることを偶然にも発見した。この知見に種々の検討を加えることにより,発明者らは,2-arachidonoylglycerolおよびその誘導体を有効成分とする血栓形成予防薬の発明を完成させた。すなわち,本発明は,以下から構成される。
【0011】
本発明の第一の構成は,下記式(1)(式中R1は,H,O,CnH2n+1のいずれかから選択され,R2は,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するCmH2m+1。nは1から3であって,mは3から6で表される整数。)で表される化合物を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬である。
【0012】
【化1】

【0013】
本発明の第二の構成は,R1が,H又はOのいずれかから選択され,R2が,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するC3H7より選択される第一の構成に記載の血栓形成予防薬である。
【0014】
本発明の第三の構成は,1-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol etherのいずれか又は複数から選択される化合物を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬である。
【0015】
本発明の第四の構成は,第一ないし第三の構成に記載の化合物のプロドラッグ体を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により,ワーファリンとは異なる新規なメカニズムを有する血栓形成予防薬の提供が可能となった。すなわち,ADAMTS13様の効果を発揮しうる,分子量500未満の低分子の血栓形成予防薬の提供が可能となった。
さらに,本発明の血栓形成予防薬の化合物のうち2-arachidonoylglycerolは,イノシトールリン脂質代謝亢進などの際に生成するアラキドン酸含有のジアシルグリセロールがジアシルグリセロールリパーゼによって分解され生成するなど,種々の生合成ルートで生成する生体内分子であり,高い安全性が期待できる。

【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】2-arachidonoylglycerolにより,ADAMTS13のmRNAの発現量増加を示した図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下,本発明の血栓形成予防薬について説明をする。
【0019】
本発明の血栓形成予防薬は,下記式(1)の化合物1を有効成分とする。
【0020】
【化2】

【0021】
R1については,H,O,CnH2n+1(nは1から3の整数)いずれかから選択することができる。また,R2は,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するCmH2m+1(mは3から6の整数)から選択することができる。R1について,より好ましくはH又はOから選択することができ,かつ,R2は1又は2個のヒドロキシル置換基を有するC3H7(ヒドロキシプロピル基)から選択することができる。さらに好ましくは,1-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol etherのいずれからから選択することができる。
【0022】
本発明の化合物1については,有機合成法等の公知の方法を用いて,合成することができる。また,本発明の化合物1のうち,例えば,1-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol etherなどについては市販がされている化合物であり,これら市販品をもとに有機合成を行うなどすることにより合成することができる。
【0023】
本発明においては,前記式(1)記載の化合物のプロドラッグ体についても,有効成分とすることができる。本発明においてプロドラッグ体とは,生体内における生理的条件下で酵素や胃酸等による生理的反応により,前記式(1)記載の化合物1に変換する化合物として定義される。この生理的反応としては,酵素的な酸化や還元,胃酸等による加水分解などが挙げられる。
【0024】
前記式(1)記載の化合物1をプロドラッグ体とする方法として,例えば,R2に存在するヒドロキシル基を修飾する方法が挙げられる。例えば,ヒドロキシル基のアセチル化やアルキル化,リン酸化などである。このプロドラッグ体については,公知の方法によって前記式(1)記載の化合物1から合成・製造することができる。
【0025】
前記式(1)記載の化合物1又はプロドラッグ体は,薬理学的に許容し得る担体等と混合して医薬組成物とすることにより,血栓形成予防薬として用いることができる。
【0026】
薬理学的に許容し得る担体としては特に限定する必要はなく,必要に応じ,汎用される種々の担体を用いることができる。例えば,固形製剤とする場合は,賦形剤,滑沢剤,結合剤,崩壊剤などを,液状製剤とする場合は,溶剤,溶解補助剤,懸濁化剤,等張化剤,緩衝剤,無痛化剤を用いたりすればよい。また,防腐剤,抗酸化剤,着色剤,甘味剤なども用いることができる。
【0027】
賦形剤として,例えば,デンプン,α化デンプン,デキストリン,乳糖,白糖,D−マンニトール,D−ソルビトールなどを用いることができる。滑沢剤として,例えば,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウムなどを用いることができる。結合剤として,例えば,α化デンプン,ショ糖,メチルセルロース,カルボキシメチルセルロース,結晶セルロース,白糖,D−マンニトール,トレハロース,デキストリンなどを用いることができる。崩壊剤として,例えば,乳糖,白糖,デンプン,カルボキシメチルセルロースなどを用いることができる。
【0028】
溶剤として,例えば,注射用水,生理的食塩水,アルコール,プロピレングリコール,ポリエチレングリコール,ゴマ油,トウモロコシ油,オリーブ油,綿実油などを用いることができる。溶解補助剤として,例えば,ポリエチレングリコール,プロピレングリコール,安息香酸ベンジル,エタノール,トリスアミノメタン,トリエタノールアミンなどを用いることができる。懸濁化剤として,例えば,ステアリルトリエタノールアミン,ラウリル硫酸ナトリウム,ラウリルアミノプロピオン酸,レシチン,塩化ベンザルコニウム,塩化ベンゼトニウム,モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤や,ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,カルボキシメチルセルロースナトリウム,メチルセルロース,ヒドロキシメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子,ポリソルベート類などを用いることができる。等張化剤としては,例えば,塩化ナトリウム,グリセリン,D−マンニトール,D−ソルビトール,ブドウ糖などを用いることができる。
【0029】
本発明の血栓形成予防薬の剤形としては,種々の剤形を用いることができる。例えば,錠剤,カプセル剤,顆粒剤,散剤,トローチ剤,シロップ剤,乳剤,懸濁剤,フィルム剤等の経口剤であってもよいし,注射剤,外用剤,坐剤,ペレット,経鼻剤,経肺剤,点眼剤等の非経口剤であってもよい。
【0030】
前記式(1)記載の化合物1又はプロドラッグ体を薬理学的に許容し得る担体等と混合して医薬組成物した本発明の血栓形成予防薬は,血栓形成を予防するための種々の疾患に用いることができる。
ここで本発明において血栓形成予防薬とは,一義的には血栓形成の予防を目的として投与される薬剤として定義されるが,二義的には,前記式(1)記載の化合物1又はプロドラッグ体によりADAMTS13の発現増加を介して血栓に関する何らかの治療効果が期待できる薬剤としても定義される。例えば,一義的な目的の疾患としては血栓形成予防を目的とする疾患として静脈血栓症,心筋梗塞症,肺塞栓症,脳塞栓症,緩徐に進行する脳血栓症などが挙げられ,二義的には急性期の血栓溶解作用などを期待して脳梗塞などの疾患が挙げられる。
【0031】
本発明の血栓形成予防薬について投与量は特に限定されず,患者の年齢,投与経路,治療の目的,血液凝固能検査の結果,併用薬剤の有無等の種々の条件を考慮して,有効性が期待される適切な投与量を選択することが可能である。また,投与量は,安全性の観点から上限を設定することが必要である。この上限の設定は当業者の技術常識により設定が可能である。すなわち,医薬品の安全性試験,例えばガン原性試験や遺伝毒性試験,生殖発生毒性試験などにより毒性を発揮せず,かつ,薬理効果を十分発揮する量を上限として設定すればよい。

【実施例】
【0032】
以下,本発明の血栓形成予防薬について実施例を用いて詳細に説明する。
【0033】
<<2-arachidonoylglycerolによるADAMTS13のmRNA誘導効果の検証>>
<1.実験方法>
(1) A549細胞を用いた。培養は,培地DMEM+10%FBSを用い,37℃,5%CO2の条件で培養した。
(2) 培養し,80%コンフレントに達したA549細胞を,6well-plateの各wellに5x105cells/wellずつプレーティングし,一晩インキュベートした。
(3) 最終濃度が50μMとなるように調製した2-AG (2-arachidonoylglycerol) を培地に添加し,24時間培養した。
(4) 培地を取り除き,PBSで洗浄した後,Trizol試薬を加え,細胞を回収した。
(5) Invitrogen社推奨のプロトコールで,Trizolからtotal RNAを抽出した。
(6) 各500ngのtotal RNAを用いて,QuickAmpLabelingKit,One-Color (Agilent社製)により,ラベリング反応を行った。
(7) マイクロアレイには,Agilent社Whole GenomeオリゴDNAマイクロアレイを用いた。Agilent社推奨のプロトコールで,ハイブリダイゼーション,wash,scanを行った。
(8) Agilent社Feature
Extractionソフトウェアによるデータの数値化を行った。正規化には,quantile法を用いた。
【0034】
<2.結果>
(1) 図1に結果を示す。図1のグラフにおいて,縦軸はcontrolの蛍光強度を1としたときの相対比を示す。すなわち,ratioが大きければ大きいほど,ADAMTS13のmRNAの発現量が増加していることとなる。また,controlは2-AGを加えておらず無処置で処理を行った例を示し,50μM 2-AGは実施例を示す。
(2) 実施例では,controlに比較して,およそ5倍のratioの増加がみられた。すなわち,2-AGの添加により,ADAMTS13のmRNAが5倍増加していることが分かった。
(3) 以上より,2-AGは,ADAMTS13のmRNAを増加させることが分かった。これにより,2-AGは,生体内において,ADAMTS13の発現量を増加させることが期待できる。さらに,このADAMTS13の発現量増加により,血栓形成予防効果が期待できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式1:
【化1】



(式中R1は,H,O,CnH2n+1のいずれかから選択され,R2は,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するCmH2m+1。nは1から3であって,mは3から6で表される整数。)で表される化合物を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬。

【請求項2】
R1が,H又はOのいずれかから選択され,R2が,1又は2個のヒドロキシル置換基を有するC3H7より選択される化合物を有効成分とする請求項1に記載の血栓形成予防薬。

【請求項3】
2-arachidonoylglycerol,1-arachidonoylglycerol,2-arachidonoylglycerol etherのいずれか又は複数から選択される化合物を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬。

【請求項4】
請求項1ないし3に記載の化合物のプロドラッグ体を有効成分とすることを特徴とする血栓形成予防薬。



【図1】
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【公開番号】特開2013−56861(P2013−56861A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196793(P2011−196793)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【Fターム(参考)】