説明

血管新生促進剤

【課題】安全性に優れかつ簡便に投与できる、虚血性疾患や褥瘡などの治療に有用な血管新生促進剤を提供することにある。
【解決手段】重合度が20〜300のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分として含有する血管新生促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性疾患や褥瘡などの治療に有用な血管新生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血管新生とは既存の血管から新しい血管が形成されるプロセスをいう。血管新生にはプロテアーゼによる基底膜や間質マトリックスの消化、血管内皮細胞の遊走と増殖、さらに内皮細胞間の再接着と管腔形成というステップが必要である。血管新生は、胎児の血管形成、卵胞形成、創傷治癒など、正常な生命活動の維持にとって必須の生理的現象である一方、特定の疾患とも密接に関係している。例えば、病的な血管新生の代表例は腫瘍であり、新しい血管が形成されることによって腫瘍は加速度的に発育し、転位が生じる。反対に、血管新生が十分でないために発症又は悪化する疾患もあり、例えば、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの虚血性疾患がある。これらの疾患は、食生活の欧米化・社会の高齢化とともに増加しつつあり、その治療は主に薬物治療、バイパス術、カテーテル治療(風船治療、ステント治療)により行われているが、患者への負担が大きく、また十分な治療効果が得られない例が多い。一方、血管新生を促進する因子を用いて閉塞血管に対する治療を行う血管再生療法が提唱されている。血管再生療法は、動脈硬化や血栓などにより虚血状態に陥った組織に血管新生を促進する因子を、注射という簡便な手段にて投与することによって側副血行路の形成させる、画期的な新たな治療方法である(治療的血管新生)。これまで、血管新生を促進する因子としては、血管内皮増殖因子(vascular endotherial growth factor:VEGF)、繊維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)、肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor:HGF)などが報告されており、これらを用いた上記疾患に対する血管再生療法が試みられている。
【0003】
一方、ポリリン酸はもともと多くの生物種の組織内及び細胞内に含有されており、生体内で常に合成されている物質である(非特許文献1参照)。また、ポリリン酸の生体に対する安全性は古くから確かめられており、生体内で無毒なリン酸に分解される生分解性物質であることがわかっている。また、ポリリン酸は容易に化学合成でき、純度の高い原料から非常に安価に入手できる。ポリリン酸の生理機能は未知の部分が多いが、本発明者らのポリリン酸に関する一連の研究によって、ポリリン酸にはFGF等の細胞増殖因子のような生理活性タンパク質を安定化し、細胞の生理活動をコントロールする機能があることが見出された。具体的には培養細胞増殖促進作用、組織再生促進作用(特許文献1、非特許文献2)や、石灰化促進作用、骨分化誘導促進作用(特許文献2)が確認されている。また、さらなる研究の結果、ポリリン酸の組織再生促進作用を有効に発揮させるために、コラーゲンとの複合体にすることが提案されている(特許文献3)。しかしながら、ポリリン酸が虚血部位に充分な血液を供給するのに必要な血管を新生させる作用があることは全く知られていない。
【0004】
【特許文献1】特開2000-069961号公報
【特許文献2】特開2000-79161号公報
【特許文献3】特開2004-000543号公報
【非特許文献1】H. C. Schroder et al., Inorganic polyphosphate in eukaryotes: Enzymes, metabolism and function, Progress in Molecular and Subcellular Biology, Vol. 23, 45-81, 1999
【非特許文献2】T.Shiba et al., Modulation of Mitogenic activity of fibroblast growth factors by inorganic polyphosphate, The Journal of Biological Chemistry, Vol. 278, pp.26788-26792, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、安全性に優れかつ簡便に投与できる、虚血性疾患や褥瘡などの治療に有用な血管新生促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、生体適合性があり、安全性の高いポリリン酸が、優れた血管新生促進作用を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 重合度が20〜300のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分として含有する血管新生促進剤。
(2) 重合度が20〜100のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分として含有する血管新生促進剤。
(3) ポリリン酸が、鎖状又は環状又は網目状である、(1)又は(2)に記載の血管新生促進剤。
(4) 虚血性疾患の治療及び/又は予防のための、(1)〜(3)のいずれかに記載の血管新生促進剤。
(5) 褥瘡の治療及び/又は予防のための、(1)〜(3)のいずれかに記載の血管新生促進剤。
(6) 創傷の治療及び/又は予防のための、(1)〜(3)のいずれかに記載の血管新生促進剤。
(7) 細胞増殖因子をさらに含む、(1)〜(6)のいずれかに記載の血管新生促進剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、虚血性疾患や褥瘡などの治療に有用な血管新生促進剤が提供される。本発明の血管新生促進剤は、生体適合性があり、安全面においても優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の血管新生促進剤は、リン酸残基の重合度(以下、重合度という)が20〜300のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分とする。
上記ポリリン酸は、直鎖状、環状、網目状のいずれの構造であってもよい。
【0010】
重合度が20〜300のポリリン酸としては、具体的には重合度が20〜100の中鎖ポリリン酸、重合度100〜300の長鎖ポリリン酸を用いることができるが、重合度が20〜100の中鎖ポリリン酸がより好ましい。
【0011】
上記のポリリン酸の塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。塩を形成するアルカリ金属としては、リチウム、カリウム、ナトリウム等が挙げられ、アルカリ土類金属としては、マグネシウム、カルシウム等が挙げられる。
【0012】
本発明に使用するポリリン酸又はその塩は、1種類であってもよいが、複数種の混合物であってもよい。複数種のポリリン酸又はその塩には、重合度の異なるポリリン酸又はその塩、分子構造の異なるポリリン酸又はその塩、及び異なる種類のポリリン酸塩を包含する。またポリリン酸とその塩とを両方包含してもよい。
【0013】
上記のポリリン酸は、リン酸を加熱する方法、リン酸に五酸化リンを添加溶解する方法など、通常用いられる製法により製造することができる。
【0014】
特に、上記の範囲の重合度を有するポリリン酸を、その大きさ別に製造するためには、後記製造例に示した方法にて行うことができる。具体的には、まず、ヘキサメタリン酸塩を10〜20重量%程度となるように水に溶解する。このヘキサメタリン酸水溶液に、96%エタノールを、ヘキサメタリン酸水溶液:エタノールが20:1〜30:1の体積比となる量で添加する。この混合溶液を室温にて一定時間放置後、遠心分離により上層と下層に分離して上層を回収し、下層(沈殿物)をポリリン酸含有画分(画分1)として採取する。その後、分離回収した上層に同様のエタノール添加、室温放置、遠心分離の操作を数回繰り返し、その操作毎に下層をポリリン酸含有画分(画分2、3、・・・n)として採取する。得られた画分には、画分1から画分nの順に重合度の高い(長鎖)ポリリン酸から重合度の低い(短鎖)ポリリン酸が含まれているので、それぞれエタノールを完全に除去して粉末化し、所望の重合度のポリリン酸が含まれるよう、各画分を混合する。
【0015】
本発明の血管新生促進剤におけるポリリン酸の含有量は、特に限定はされないが、例えば0.001〜20重量%、好ましくは0.01〜10重量%、より好ましく0.1〜5重量%、最も好ましくは0.2〜2重量%とすればよい。
【0016】
上記のポリリン酸又はその塩は血管内皮細胞増殖と遊走を促進する活性を有する。従って、上記のポリリン酸又はその塩を有効成分として含有する本発明の血管新生促進剤は、十分な血管の新生が行われることによって改善されうる疾患に対して用いると、血管新生、管腔の形成が強く促進され、該疾患の治療を行うことができる。ここでいう十分な血管の新生が行われることによって改善されうる疾患としては、虚血性疾患、褥瘡、創傷などが含まれる。具体的には、閉塞性動脈硬化症、バージャー病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、動脈瘤、脊柱管狭窄症、閉塞性血栓血管炎、狭心症、心筋梗塞、心筋症、冠動脈硬化、心不全、脳梗塞などの虚血性疾患;褥瘡;裂創、擦過創、切創、刺創、挫創、咬創などの創傷;熱傷(熱・化学薬品・放射線などによる)が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0017】
上記のポリリン酸又はその塩は、それ単体で、あるいは薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した形態の各種製剤形態に調製し、経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる。本発明の血管新生促進剤の製剤形態としては、例えば、注射剤 [静脈内注射剤(点滴を含む)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、皮下注射剤)]、坐剤、外用剤(注入剤、塗布剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、パップ剤、テープ剤)、経口剤(顆粒剤、細粒剤、散剤、錠剤、丸剤、カプセル剤)などの形態のいずれもよく、必要に応じて最適な剤型が選択され、公知の方法により適宜調製することが出来る。特に適した製剤形態は、注射剤、外用剤である。
【0018】
薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、防腐剤、保存剤、増量剤、分散剤、乳化剤、ゲル化剤、増粘剤、粘着剤、矯味矯臭剤等を用いることができる。
【0019】
本発明の血管新生促進剤は、血管新生作用を有する公知の細胞増殖因子と併用することにより、当該作用を増強することができる。この場合、本発明の血管新生促進剤と血管新生作用を有する公知の細胞増殖因子とは、同時期に生体内に存在するように投与すればよい。例えば両者を一緒に製剤化してもよく、また別個に製剤化してもよい。別個に製剤化する場合には、投与経路、用法は同一であっても、また別々であってもよい。血管新生作用を有する公知の細胞増殖因子としては、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)等が挙げられる。
【0020】
本発明の血管新生促進剤のその製剤形態に応じて、経口的又は非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内等の全身投与、あるいは虚血部位又は動脈付近への局所投与が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、標的とする虚血部位または動脈付近に対する局所投与が挙げられる。
【0021】
薬剤の有効成分の患部への適用を容易にし、血管新生に十分な期間、有効成分を患部に保持することを可能にする上で、担体に担持されていてもよい。従って、本発明の血管新生促進剤は、ポリリン酸を適当な補助剤と共にモノフィラメント、フィルム、繊維集合体、スポンジ、微小粒などの形状を有する構造体に固定化または含浸させた材料の形態であってもよい。
【0022】
本発明の血管新生促進剤の用量は、特に限定はされず、患者の年齢・性別・症状、投与経路、投与回数、剤型等により適宜調整されるが、例えば、有効成分であるポリリン酸ナトリウムを、乾燥重量として1ng〜200mg、好ましくは、10ng〜50mgを1回あたりに使用すればよい。より具体的な例を挙げると、体内に注入する製剤の場合、該製剤1mlあたり、乾燥重量として10μg〜200mg、好ましくは1mg〜50mgを1回あたりに使用すればよい。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0024】
(製造例1)ポリリン酸の製造
食品添加物規格のヘキサメタリン酸ナトリウム(太平化学産業株式会社製)200 gを精製水1,000 mlに溶解し、これに96%のエチルアルコールを50 mlを徐々に加えた。これをよく撹拌して室温で1時間以上放置した後、遠心分離(10,000×g、10分、25℃)を行い、2層に分離させた。ほとんどのアルコール分を含む上層を回収し、別の容器に移した。ここで得られた下層は、もっとも分子量の大きい長鎖ポリリン酸ナトリウムを含む画分(画分1)として保存した。一方、分離回収した上層に、さらに50mlのエチルアルコールを加え、前記と同様に、室温での放置、遠心分離、上層除去の操作を行い、得られた下層を画分1よりも分子量の小さいポリリン酸ナトリウムが含む画分(画分2)として保存した。また、分離回収した上層に対しては、前記と同様に、室温での放置、遠心分離、上層除去の操作を行い、得られた下層を画分3として保存した。その後、同様の操作をさらに6回繰り返し、その度に得られた下層をそれぞれ画分4、5、6、7、8、9として保存した。
画分1、2を混合し、混合物を凍結乾燥してエタノールを完全に除去し、重合度が100〜300の長鎖ポリリン酸ナトリウム粉末を得た。また、画分3〜5を混合し、同様にして重合度が20〜100の中鎖ポリリン酸ナトリウム粉末を、画分6〜9を混合し、同様にして重合度が3〜20の短鎖ポリリン酸ナトリウム粉末を得た。
【0025】
(実施例1)ポリリン酸ナトリウムによるヒト臍帯静脈血管内皮細胞の増殖促進効果
血管を形成する細胞であるヒト臍帯由来血管内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cells: HUVEC)を用い、ポリリン酸ナトリウムによる増殖促進効果を調べた。HUVEC細胞を1穴あたり2,000個となるよう96穴プレートに播種し、血管内皮細胞用増殖培地(EGM-2培地、CAMBREX社製)を用いて37℃、5% CO2で一晩培養した。その後0.5%ウシ血清を含む血管内皮細胞用基礎培地(EBM-2培地、CAMBREX社製)に置換し、16時間培養を行った。
【0026】
次に、製造例1で調製した各重合度[3〜20(短鎖)、20〜100(中鎖)、又は100〜300(長鎖)]の直鎖状(部分的な環状構造を含む)ポリリン酸ナトリウムを、それぞれ最終濃度が0、0.0004、0.002、0.01、0.05%となるようにEGM-2培地(EBM-2培地に2%のウシ血清と成長因子添加したもの)に添加してポリリン酸ナトリウム処理を行った。ポリリン酸ナトリウム処理開始から42時間後の細胞増殖の割合をCellTiter 96 Aqueous Non-Radioactive Cell Proliferation Assayキット(プロメガ株式会社)を用い、キットに記載された方法に従って測定した。各処理群について3点ずつ処理を行い、その平均値を用いて細胞増殖効果の評価を行った。
【0027】
図1に、各ポリリン酸ナトリウム処理群の細胞数を陰性対照群(0.5%ウシ血清を含むEBM-2培地、ポリリン酸ナトリウム無添加)の細胞数を1としたときの相対値で示した。短鎖ポリリン酸ナトリウムではHUVECの増殖にほとんど効果を示さなかったが、中鎖、長鎖のポリリン酸ナトリウムでは細胞増殖促進効果がみられ、それらの増殖率は濃度依存性を示した。なかでも中鎖ポリリン酸ナトリウムでは濃度0.01%でその効果が最大となり、長鎖ポリリン酸ナトリウムでも同様の傾向を示した。この結果からHUVECはポリリン酸ナトリウムにより増殖促進され、血管形成も同様に促進されると予測された。また、この効果は20以上の重合度をもつポリリン酸ナトリウムで顕著であることがわかった。また最適濃度は重合度にも依存するが中鎖ポリリン酸ナトリウムで0.01%〜0.05%、長鎖ポリリン酸ナトリウムで0.002%〜0.05%であることがわかった。
【0028】
(実施例2)編目状高次構造をもつポリリン酸ナトリウム(ウルトラリン酸ナトリウム)によるヒト臍帯静脈血管内皮細胞の増殖促進効果
実施例1と同じ方法で編目状高次構造のポリリン酸ナトリウムであるウルトラリン酸ナトリウムによるHUVECの増殖促進効果に関して調べた。HUVECを、0.5%ウシ血清を含むEBM-2培地(陰性対照群)、及び、ウルトラリン酸ナトリウム(ミテジマ化学株式会社製)、中鎖ポリリン酸ナトリウムをそれぞれ0.002%含むEBM-2培地(0.5%ウシ血清を含む)で48時間培養し、その後の細胞増殖の割合をCellTiter 96 Aqueous Non-Radioactive Cell Proliferation Assayキット(プロメガ株式会社)を用い、キットに記載された方法に従って測定した。各処理群について3点ずつ処理を行い、その平均値を用いて細胞増殖効果の評価を行った。
【0029】
図2に、各ポリリン酸ナトリウム処理群の細胞数を陰性対照群の細胞数を1としたときの相対値で示した。ウルトラリン酸ナトリウムで処理した細胞も、中鎖ポリリン酸ナトリウムで処理した細胞とほぼ同程度の増殖を示し、無処理の細胞に比べて明らかな増殖促進が確認された。
【0030】
(実施例3)ポリリン酸ナトリウムによるヒト臍帯静脈血管内皮細胞の遊走能亢進効果
HUVECを用い、ポリリン酸ナトリウムによる細胞遊走能亢進効果を調べた。Boyden chamberを用い、以下の方法によって細胞遊走試験を行った。
【0031】
まず、5 μg/mlのフィブロネクチンで表面をコートしたポリカーボネート膜でBoyden chamberの上室と下室とを区切り、上室と下室にそれぞれ以下の通り調製した細胞および中鎖ポリリン酸ナトリウムを含む培地を加えた。上室にはHUVECを1穴あたり15,000個となるように0.5%ウシ血清アルブミンを含むEBM-2培地に懸濁したものを加えた。また下室にはEBM-2培地中に中鎖ポリリン酸ナトリウムを最終濃度が0、0.001、0.01、0.1%となるように調製したものを加えた。
【0032】
次に、上記chamberを5% CO2下、37℃にて4時間反応させ、反応後のポリカーボネート膜に接着した細胞を10%中性緩衝ホルマリンで20分間固定した。その後、細胞核をヘマトキシリンで遮光下、一晩染色してから不要な上室側の細胞を拭き取り、ポリカーボネート膜を封入し、泳走細胞数を計測した。顕微鏡下で異なる4視野につきそれぞれ一定面積の中に見られる細胞の数を計測し、それらの平均をその穴における遊走細胞数とした。ポリリン酸ナトリウムの細胞遊走能は、各濃度についてそれぞれ4点ずつ上記の計測を行いその平均値を用いて評価した。図3に、各濃度のポリリン酸ナトリウムを遊走刺激物質とした場合のHUVECの遊走細胞数を測定した結果を示した。ポリリン酸ナトリウムを添加しなかった場合と比較してすべてのポリリン酸ナトリウム添加群で遊走細胞数が増加しており、ポリリン酸ナトリウム濃度0.01%まではポリリン酸ナトリウム濃度依存的に遊走細胞数の増加がみられた。この結果より、ポリリン酸ナトリウムによるヒト臍帯静脈血管内皮細胞の遊走能亢進効果が細胞増殖促進効果と同様にその濃度に依存し、血管形成もポリリン酸ナトリウムにより促進されることが示唆された。
【0033】
(実施例4)ポリリン酸ナトリウムを含むGrowth factor reduced Matrigel(マトリジェル)を用いた血管新生促進実験
マウス(ICR)8週齢、雌、12匹(日本クレア)を購入し、1週間飼育後実験を行った。氷上でゆっくりマトリジェル(BD Biosciences社)を溶解し、最終濃度が0.01%または0.1%となるように中鎖ポリリン酸ナトリウムを混合したマトリジェルを作製した。陽性対照群用として塩基性FGFを100 ng/ml、ヘパリン30 U/mlを含むマトリジェルを作製し、陰性対照群用としてはマトリジェルを用いた。ペントバルビタールを滅菌生理食塩水で10倍希釈して10 μl/体重(g)を腹腔内注射し、マウスを麻酔した。注射器(針:25ゲージ)を用いて、調製した各マトリジェルをマウスの両背側腹部の皮下に片側0.4 mlずつ注入した。この状態でマウスを8日間飼育した。飼育期間終了後のマウス12匹を1匹ずつ麻酔し、皮下よりマトリジェルを摘出した。摘出したマトリジェルの重量を測定してから、デジタルカメラで撮影しマトリジェル内への血液の浸透度(毛細血管形成の度合い)を観察した。
【0034】
図4に、摘出したマトリジェルの写真を示す。塩基性FGFを混合した陽性対照群のマトリジェルでは全体的に血液が浸透して褐色化し、マトリジェル内全体に血管が行き渡っていると予想される。これに対して、陰性対照群のマトリジェルには着色は見られず、血管形成はほとんどなかった。0.01%ポリリン酸ナトリウムを含むマトリジェルでは陰性対照群に比べてわずかに赤色の着色が見られ、血管新生が促進されていたようであった。また0.1%ポリリン酸ナトリウムを含むマトリジェルでは陰性対照群に比べると明らかに赤褐色の部分が多くみられ、ポリリン酸ナトリウムによる血管新生作用が濃度依存的に促進されていることがわかった。
【0035】
また、各処理群のマトリジェル内のヘモグロビン量を定量し、その数値を比較することによって、ポリリン酸ナトリウムによる血管新生促進作用を定量的に評価した。
【0036】
マトリジェル内のヘモグロビン量の定量は、文献(Jerome E. Tanner, Andre Forte, and Chandra Panchal, Nucleosomes Bind Fibroblast Growth Factor-2 for Increased Angiogenesis In vitro and In vivo., Molecular Cancer Research, 2(5), 281-288, 2004.)に記載される方法に従い、次のようにして行った。
【0037】
摘出したマトリジェルの重量にして約3.3倍量のマトリジェル分解酵素(コラゲナーゼ)を加え、37℃で90分処理してマトリジェル溶解させた後、超音波破砕した。次に、RBC lysis sol. (10 mM KHCO3, 155 mM NH4Cl, 0.1 mM EDTA, pH 7.3) 50μlと、溶解させたマトリジェル溶液 50μlとを混合し、4 ℃で一晩放置した。4℃、15000 x gで10分遠心後、下層を回収し、20μlのDrabkin’s reagent(上記文献)1 mlと混合して30分静置した。550 nmでの吸光度を測定し、相対的なヘモグロビン量を測定した。
【0038】
図5にその結果を示す。摘出したマトリジェルの外見上の褐色度とほぼ同様に、ポリリン酸ナトリウムの濃度に依存してヘモグロビン量も増加していた。この値はT検定の結果、陰性対照群の値にくらべて統計的に有意であった(P<0.05)。このことから、ポリリン酸ナトリウムは組織内においても血管新生促進効果をもつことが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】ポリリン酸(短鎖、中鎖、長鎖)処理群におけるHUVEC細胞増殖率を示す。
【図2】ポリリン酸(ウルトラリン酸、中鎖)処理群におけるHUVEC細胞増殖率を示す。
【図3】各濃度のポリリン酸によるHUVEC細胞遊走促進効果を示す。
【図4】陰性対照群、陽性対照群、ポリリン酸(0.01%,0.1%)処理群のマウスから摘出したマトリジェルの写真を示す。
【図5】陰性対照群、陽性対照群、ポリリン酸(0.01%,0.1%)処理群のマウスから摘出したマトリジェルのヘモグロビン量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合度が20〜300のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分として含有する血管新生促進剤。
【請求項2】
重合度が20〜100のポリリン酸又はその塩の1種または2種以上の混合物を有効成分として含有する血管新生促進剤。
【請求項3】
ポリリン酸が、鎖状又は環状又は網目状である、請求項1又は2に記載の血管新生促進剤。
【請求項4】
虚血性疾患の治療及び/又は予防のための、請求項1〜3のいずれかに記載の血管新生促進剤。
【請求項5】
褥瘡の治療及び/又は予防のための、請求項1〜3のいずれかに記載の血管新生促進剤。
【請求項6】
創傷の治療及び/又は予防のための、請求項1〜3のいずれかに記載の血管新生促進剤。
【請求項7】
細胞増殖因子をさらに含む、請求項1〜6のいずれかに記載の血管新生促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−169171(P2007−169171A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−364904(P2005−364904)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(502124248)リジェンティス株式会社 (6)
【Fターム(参考)】