説明

術後癒着防止シート及びその製造方法

【課題】外科処理した部位の生体皮下組織に、処置部位を被覆するようにそのまま留置し、縫合するように使用される術後癒着防止シートを提供する。
【解決手段】エオシン化ゼラチン等の可視光架橋物質と、ハイドロゲンドナーとを含む水溶液を面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、術後の組織の癒着防止に用いられる術後癒着防止シートの製造方法と、この方法により製造された術後癒着防止シートに関する。
【背景技術】
【0002】
外科手術により皮下組織を切開して処置した場合には、部位により程度の大小があるが、縫合した皮下組織の下において組織の癒着が起こる。この術後癒着とは、通常は漿膜で覆われて周辺組織と分離されている臓器が外科手術後に瘢痕組織によって周辺組織と結合する現象である。
【0003】
初回から複数回の手術を計画した症例はもちろん、再発や別の疾病の罹患により数回の手術を経験するケースでは、2回目以降の手術にて術後癒着が腸管癒着、疼痛、不妊症などの要因となったり、また手術自体を技術的に困難とし、場合によっては手術ミスを誘引したりする危険性もある。
【0004】
術例の約95%に癒着が起こることが知られているが、癒着を防止できる有効な手段は見つかっていない。
【0005】
一部で、処置部位の組織の癒着防止のために、腹部、骨盤腔、腹部切開創下、腹膜損傷部位、子宮、子宮付属器などの組織に、多糖類からなるフィルムを貼り付けてから縫合する技術が検討されている。
【0006】
かかる多糖類のフィルムは、硬い薄膜状であり、組織の凹凸形状に追随しない。また、水吸収性がない。そのため、周辺組織との親和性が低く、疼痛を惹起する可能性がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、柔軟であり、外科処理した部位の生体皮下組織に、処置部位を被覆するようにそのまま留置し、縫合するように使用される術後癒着防止シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明(請求項1)の術後癒着防止シートの製造方法は、下記(A)の化合物と、ハイドロゲンドナーと、を含む水溶液を面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とするものである。
(A)キサンテン系色素で修飾した、コラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種。
【0009】
請求項2の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項1において、面状に展延する水溶液の厚みは100μm〜5mmであることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項1又は2において、前記水溶液を展延後に乾燥し、その後、前記可視光を照射することを特徴とするものである。
【0011】
請求項4の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、ハイドロゲンドナーがチオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とするものである。
【0012】
請求項5の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項1ないし4のいずれか1項において、キサンテン系色素がエオシンであることを特徴とするものである。
【0013】
請求項6の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項1ないし5のいずれか1項において、(A)がゼラチンであることを特徴とするものである。
【0014】
請求項7の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項6において、ゼラチンが1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするものである。
【0015】
請求項8の術後癒着防止シートの製造方法は、請求項7において、ゼラチンが1分子中に2個〜6個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするものである。
【0016】
請求項9の術後癒着防止シートは、請求項1ないし8のいずれか1項の製造方法により製造されたものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の術後癒着防止シート及びその製造方法にあっては、キサンテン系色素で修飾された、生分解性の水溶性高分子化合物を、ハイドロゲンドナーの存在下で可視光照射することにより、架橋不溶化することができる。このゲル基材である高分子化合物は生分解して徐々に生体へ吸収される。
【0018】
本発明では、このように高分子化合物の水溶液を展延して光架橋するようにしており、作成に有機溶媒を一切使用しない。従って、ゲル中に有機溶媒は残留しない。
【0019】
作成された術後癒着防止シートを構成するゲルには柔軟性があり、外科処理した部位の生体皮下組織に処置部位を被覆するようにそのまま留置され、縫合することができる。留置されたゲル状のシートは、柔軟であるから、生体組織を極端に圧迫することはない。
【0020】
上記の水溶性高分子の水溶液に生理活性物質を含有させてもよい。この生理活性物質は、ゲルシートよりなる術後癒着防止シートから徐々に放出される。なお、界面活性剤を含有させて脂溶性の生理活性物質を水溶液中に懸濁させてもよい。
【0021】
このゲル状シートは、可視光で架橋して作成されるため、この生理活性物質が光に弱いものであっても、その活性が損なわれない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0023】
本発明では、可視光の照射によりラジカルを発生してゲル化する物質として、前記(A)の物質を用いる。
【0024】
この(A)の化合物におけるキサンテン系色素としてはエオシンが好適であり、上記(A)の物質としてはエオシン化ゼラチンが好適である。このエオシン化ゼラチンについては後に記述する。
【0025】
ゼラチンをキサンテン系色素で修飾する場合、ゼラチン1分子に対するキサンテン系色素分子の導入数は10個以下が好ましく、特に2〜6個であることが好ましい。この導入数が10よりも多いと、ゼラチンが水へ難溶となり、最終的には術後癒着防止シートが硬くなったり、生分解性が損なわれてしまう可能性がある。
【0026】
本発明では、ラジカルのカウンターであるプロトン供与体として、ハイドロゲンドナーを用いる。このハイドロゲンドナーとしては、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール、1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物などが好適であり、特に1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物が好適である。
【0027】
(A)の物質の水溶液中の濃度は0.1〜50重量%程度が好ましい。
【0028】
水溶液中における場合の上記(A)とハイドロゲンドナーの割合は、(A)1重量部に対してハイドロゲンドナーが0.01〜150重量部であることが好ましい。生理活性物質を含有させる場合は、(A)1重量部に対し生理活性物質150重量部以下とすることが好ましい。
【0029】
この水溶液を好ましくは厚み100μm〜5mm程度となるように面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋し不溶化し、術後癒着防止シートとする。
【0030】
展延は、水溶液を成形型上又は成形型内に流し込んだり流し出したりするようにして行われてもよく、刷毛やヘラなどによって成形型に塗布して行ってもよい。成形型の成形面は平面であってもよく、曲面であってもよい。スリット状の開口を有したノズルから幕(カーテン)状に流し出すようにしてシート状に展延してもよい。
【0031】
この展延の後、乾燥を行ってもよい。成形面が曲面の場合は、乾燥を行う方が望ましい。成形面の少なくとも一部が曲面である成形型を用いると、臓器の曲面におおむね合致するように湾曲したシートを成形することができる。
【0032】
次に、本発明において用いるのに好適なエオシン化ゼラチンについて説明する。
【0033】
ここでゼラチンは、分子量5千〜10万、アミノ基約10〜100個/1分子程度の通常のゼラチンで良い。
【0034】
エオシン化ゼラチンは、下記反応に従ってゼラチンの側鎖にエオシンを導入することにより調製される。
【0035】
【化1】

【0036】
ゼラチン分子へのエオシンの導入数は、例えば、エオシン化ゼラチンの水溶液の吸光度をエオシンの最大吸収波長522nmにおいて測定し、エオシンのモル吸光係数(ε=94755)を基に算出可能であり、ゼラチン1分子に対して1〜10個、特に2〜5個程度が好ましい。このエオシン等の感光基を有する化合物の導入数が少ないとゲル化率が低下し、また必要以上に多くてもゼラチン固有の柔軟性が損なわれる可能性があると共に、水へ難溶性となり、さらには硬くなったり、生分解性が損なわれてしまう可能性がある。
【0037】
このエオシン化ゼラチンは、粘稠性の液体状である。これを例えば濃度1〜10重量%の水溶液とした場合には、300〜30,000lx程度、特に300〜15,000lx程度の比較的低照度で、生体に対して影響の低い可視光を0.1〜30分程度照射してゲル状に硬化させることができる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0039】
実施例1
[エオシン化ゼラチンの合成]
ゼラチン(分子量95,000、アミノ基量約37個/分子)に、水溶性カルボジイミドであるN−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSC)の存在下、下記反応でゼラチンの側鎖のアミノ基にエオシンを結合させることにより、ゼラチン1分子当たりエオシン約5個を導入してエオシン化ゼラチンを合成した。
【0040】
【化2】

【0041】
[キサンテン系色素で修飾した高分子及びハイドロゲンドナーを含む溶液の調製]
合成したエオシン化ゼラチンを終濃度10重量%、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラミンを終濃度1.2重量%となるように溶解混合し、キサンテン系色素で修飾した高分子化合物及びハイドロゲンドナーを含む水溶液とした。
【0042】
[術後癒着防止シートの作成]
放射線滅菌済みのシャーレへ厚み200μmとなるように、上記溶液を流し込むことにより展延し、トクソーパワーライト(トクヤマ製、ハロゲンランプ、波長400nm〜520nm)にて照射強度200mW/cmとなるように可視光を20分間照射して不溶化させた。架橋後は赤色の弾力のある柔軟なシートが得られた。
【0043】
[癒着抑制能の評価]
マウス腹部を切開し、肝臓を露出させ、作成したシートを被せて縫合した。2週間後に同じ部位を切開し、肝臓を露出させた。周辺組織との癒着はなく、簡単に露出させることができた。肝臓の切片標本を作製し、表面の癒着防止シートと生体肝臓の界面を観察すると、図1の通り、表面の癒着防止シートは残っており、周辺組織との癒着をバリアしていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1で製造した術後癒着防止シートとマウス肝臓との界面を示す顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)の化合物と、
ハイドロゲンドナーと、
を含む水溶液を面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
(A)キサンテン系色素で修飾した、コラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種。
【請求項2】
請求項1において、面状に展延する水溶液の厚みは100μm〜5mmであることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記水溶液を展延後に乾燥し、その後、前記可視光を照射することを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、ハイドロゲンドナーがチオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、キサンテン系色素がエオシンであることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、(A)がゼラチンであることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項7】
請求項6において、ゼラチンが1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項8】
請求項7において、ゼラチンが1分子中に2個〜6個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とする術後癒着防止シートの製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項の製造方法により製造された術後癒着防止シート。

【図1】
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【公開番号】特開2006−333941(P2006−333941A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−159382(P2005−159382)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】