説明

表面プラズモン共鳴チップ

【課題】固定化物質を安定して固定することができ、製作が容易、低コストであり、かつ、高感度なSPRチップを提供する。
【解決手段】基板11と、基板11表面に形成された金属膜12とを備えており、金属膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に、金属黒が形成されている。金属黒により金属膜上で捕捉される反応系の表面積を増大し、金属膜12に捕捉される被検物質aの量を多くすることができる。金属膜12の表面上にある物質の誘電率が大きく変化するので、共鳴角の変化量も大きくなり、表面プラズモン共鳴チップの感度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン共鳴チップに関する。
【背景技術】
【0002】
まず、表面プラズモン共鳴について簡単に説明する。
図9に示すように、表面プラズモン共鳴とは、プリズム111に金属膜112を蒸着した表面プラズモン共鳴チップ(以下、単にSPRチップC3という)において、SPRチップC3のプリズム111側から金属膜112に対して光を全反射条件で入射したときに、その光が金属膜112から染み出して金属膜112の表面から数百nmの領域に生じるエバネッセント波に起因して、金属膜112の表面プラズモンが共鳴励起される現象である。
この共鳴現象の発生の有無は金属膜112に入射される入射光L1の入射角に依存しており、一定の入射角のときに、エバネッセント波と表面プラズモンの波数が一致し、表面プラズモンが共鳴励起されることにより、反射される反射光L2の反射光強度が減少する。反射光強度が減少する理由は、金属膜112に照射した光のエネルギーが表面プラズモンの励起に利用されるからである。
【0003】
共鳴現象が発生する入射光の入射角を共鳴角といい、これはSPRチップC3における金属膜112の表面上にある物質の誘電率によって変化するので、この性質を利用して、SPRチップC3を使用して金属膜112の表面上にある特定の物質を検出する技術が開発されている。
例えば、SPRチップC3における金属膜112の表面に、検出目的の物質(以下、被検物質aという)と結合する固定化物質lを固定しておき、このSPRチップC3の表面に検出対象となる試料を配置する。そして、金属膜112に対して光を全反射条件の範囲内で入射角度を変えながら入射する。試料中に被検物質aが存在すれば、被検物質aと固定化物質lとが結合して金属膜112の表面上にある物質の誘電率が変化する。すると、試料中に被検物質aが存在しない場合に対して、共鳴角が変化するので、被検物質aの存在の有無を検出することができる。
【0004】
かかる表面プラズモン共鳴を利用した測定は、生体分子間の相互作用をリアルタイム、非修飾、高感度で検出できることから、様々な目的に適したSPRチップが開発されている(非特許文献1、特許文献1)。
【0005】
ところで、金属膜の表面積を増大させ、捕捉される被検物質の量を多くすることができれば、その分だけ金属膜の表面上にある物質の誘電率が大きく変化するので、共鳴角の変化量も大きくなり、SPRチップの感度が向上することが期待される。
非特許文献2には、被検物質であるタンパク質を捕捉する構造体としてナノピラーの配列をシリカで形成し、そのナノピラー構造体を従来のSPRチップの金膜の表面に設置することで、金膜上で捕捉される反応系の表面積を増大させ、SPRチップの感度を向上させることが記載されている。
【0006】
その仕組みは以下の通りである。
SPRチップでは、入射光の金膜上への染み出しにより発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に、固定化物質と被検物質からなる反応系が存在すると共鳴角の変化として検出することができる。このエバネッセント場は、金膜の表面から数百nmの高さまで達するが、従来のSPRチップでは、被検物質は金膜の平坦な表面にのみ捕捉されるため、エバネッセント場の影響が及ぶ範囲の内、金膜の表面から数十nmの領域の変化しか用いられていなかった。
そこで、エバネッセント場の影響が及ぶ全ての範囲を有効に用いるため、570nmの高さを有するピラーを200nm間隔で配列したナノピラー構造体をシリカで形成し、そのナノピラー構造体を従来のSPRチップの金膜の表面に設置した。ナノピラー構造体により金膜上で捕捉される反応系の表面積が増大し、被検物質であるタンパク質を大量に捕捉することができ、SPRチップの感度を向上させることができるのである。
【0007】
ここで、ナノピラー構造体に被検物質を捕捉するためは、ナノピラーの側壁に固定化物質を固定する必要がある。
しかし、一般に、金膜にリガンド等の固定化物質を固定する方法は知られており、安定して固定することができるが、ナノピラーの材料であるシリカに固定化物質を固定することは金膜ほど容易ではない。
また、ナノピラーの形成には、半導体の高精度な加工プロセスや、そのための高価な装置が必要で、コストが極めて高くなるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−17432号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】松下智彦、西川武男、山下英之 「局所SPRバイオセンサーの研究」 OMRON TECNICS Vol.47,No.1(通巻155号)2006,pp2 - 7
【非特許文献2】Tetsuo Kan, Kiyoshi Matsumoto, Isao Shimoyama 「NANO-PILLAR STRUCTURE FOR SENSITIVITY ENHANCEMENT OF SPR SENSOR」Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems Conference,2009. PP481 - 1484
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記事情に鑑み、固定化物質を安定して固定することができ、製作が容易、低コストであり、かつ、高感度なSPRチップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1発明の表面プラズモン共鳴チップは、光を透過する光透過性素材によって形成された基板と、該基板表面に形成された金属膜とを備えており、前記金属膜に対して前記基板側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に、金属黒が形成されていることを特徴とする。
第2発明の表面プラズモン共鳴チップは、第1発明において、前記金属膜の表面に前記金属黒が形成されていることを特徴とする。
第3発明の表面プラズモン共鳴チップは、第1発明において、前記金属黒が形成された金属黒チップを備えており、前記金属黒チップは、前記金属黒が前記金属膜に対向するように設置されていることを特徴とする。
第4発明の表面プラズモン共鳴チップは、第1、第2または第3発明において、前記金属黒は金黒であることを特徴とする。
第5発明の表面プラズモン共鳴チップは、第1、第2、第3または第4発明において、前記金属黒の表面に被検物質と結合する固定化物質が固定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1発明によれば、エバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に金属黒が形成されているので、金属黒により金属膜上で捕捉される反応系の表面積を増大し、金属膜に捕捉される被検物質の量を多くすることができる。そのため、金属膜の表面上にある物質の誘電率が大きく変化するので、共鳴角の変化量も大きくなり、表面プラズモン共鳴チップの感度が向上する。
第2発明によれば、金属膜の表面に金属黒が形成されているので、この金属黒により金属膜上で捕捉される反応系の表面積が増大し、金属膜に捕捉される被検物質の量を多くすることができる。そのため、表面プラズモン共鳴チップの感度が向上する。
第3発明によれば、金属黒が金属膜に対向するようにとりつけられるので、この金属黒により金属膜上で捕捉される反応系の表面積が増大し、エバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に捕捉される被検物質の量を多くすることができる。そのため、表面プラズモン共鳴チップの感度が向上する。
第4発明によれば、金属黒が金黒であるので、金黒に固定化物質を安定して固定することができる。
第5発明によれば、金属黒の表面に固定化物質が固定されているので、その固定化物質に結合する被検物質を選択的に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1実施形態に係るSPRチップの説明図である。
【図2】表面プラズモン共鳴現象による共鳴角の変化を説明した図である。
【図3】本発明の第2実施形態に係るSPRチップの説明図である。
【図4】金黒を形成する装置の説明図である。
【図5】電析電流、電析時間ごとの金黒の状態を示すグラフであり、グラフ中の写真は金黒表面の拡大写真である。
【図6】SPRカーブの試験結果である。
【図7】濃度依存の試験結果である。
【図8】固定化量の試験結果である。
【図9】従来のSPRチップの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
(第1実施形態)
図1に示すように、本発明の第1実施形態に係る表面プラズモン共鳴チップ(以下、単にSPRチップC1で示す)は、基板11と、基板11の表面に形成された金膜12とから構成されている。
【0015】
基板11は、例えば、ガラスや樹脂材料等のように光を透過する材料によって形成された板状の部材である。この基板11は、その厚さが0.1〜0.5mm程度であるが、この厚さはとくに限定されない。
なお、基板11は板状の部材に限られず、プリズムや光導波路等でもよい。
【0016】
金膜12の表面には金黒が形成されている。この金黒の形成には公知の方法を採用することができ、例えば、金を電析することによって、粒状となった金の微粒子13を金膜12の表面にメッキして金黒を形成することができる。
なお、金黒の厚さは、金膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内となるようにすることが好ましい。
【0017】
金黒は金の微粒子13が堆積して形成されているので、金膜12の表面を立体的に複雑な構造とすることができ、金膜12の表面積を大幅に増大することができる。
【0018】
上記金黒の表面には、固定化物質lが固定されている。固定化物質lは金属である金黒に固定されるので、その固定には公知の方法を採用することができる。また、一般に、金に対しては固定化物質lを安定して固定できることが知られている。
【0019】
なお、金黒の表面に固定化される固定化物質lと、固定化物質lと結合する被検物質aの組み合わせとしては相互作用し得る物質同士であれば特に限定されない。
固定化物質lの具体例としては、生体由来分子、擬似生体膜(脂質二重膜)、ポリマー、錯体、ガス吸着層、細胞、ウイルス粒子等が挙げられる。このうち生体由来分子の例としては、タンパク質、ペプチド、核酸、糖鎖、およびこれらの複合体、誘導体、細胞、ウイルス等が挙げられる。
固定化物質lとしてのタンパク質とその披検物質aの組み合わせとしては、抗体と抗原、酵素と基質、レセプターと固定化物質、膜チャネルと固定化物質等が挙げられる。核酸を含んだ組み合わせとしては、核酸同士、核酸と核酸誘導体、アプタマー(結合性核酸)とその結合対象が挙げられる。糖鎖を含んだ組み合わせとしては、糖鎖とレクチンなどの糖鎖認識タンパク質等が挙げられる。細胞を含んだ組み合わせとしては、細胞同士、細胞表層物質とその結合物質、細胞と細胞結合性化合物等が挙げられる。ウイルスを含んだ組み合わせとしては、ウイルスと細胞、ウイルスと抗ウイルス抗体、ウイルスの表層に提示されたペプチドとその結合物質等が挙げられる。
また、固定化物質lとその披検物質aのその他の組み合わせとしては、薬剤とその標的物質、ホルモン性化合物とその作用物質等の低分子化合物と生体関連物質の組み合わせも挙げられる。
金黒の表面に固定化される固定化物質lとその被検物質aの好ましい組み合わせとしては、抗体(若しくはその一部か、その一部を含む分子)とその抗原が挙げられる。
【0020】
つぎに、本実施形態のSPRチップC1を利用して検出目的の被検物質aを検出する作業を説明する。
まず、本実施形態のSPRチップC1として、検出目的の被検物質aに結合する固定化物質lが固定されたものを準備する。そして、被検物質aを含まない液体等の試料をSPRチップC1上に配置した状態で、SPRチップC1に対して基板11側から全反射条件で入射光L1を入射する(図1参照)。そして、全反射条件を保ったまま、入射光L1の入射角を変化させて、反射光L2の強度が減衰する入射光L1の入射角θ1(被検物質aを含まない試料の共鳴角θ1)を検出する(図2)。
なお、図2において、符号RL1が、被検物質aを含まない試料における入射光L1の入射角に対する反射光強度を示したものである。
【0021】
ついで、同じSPRチップC1上に被検物質aを含む液体等の試料を配置する。すると、試料に含まれる被検物質aは固定化物質lと結合し、それにより、金膜12の表面上にある物質の誘電率が変化する。
【0022】
上記状態において、SPRチップC1に対して、基板11側から全反射条件で入射光L1を入射して、その入射角を変化させていくと、反射光L2の強度の減衰する入射光L1の入射角θ2(被検物質aを含む試料の共鳴角θ2)を検出することができる(図2)。
なお、図2において、符号RL2が、被検物質aを含む試料における入射光L1の入
射角に対する反射光強度を示したものである。
【0023】
ここで、反射光L2の強度の減衰は入射光L1によって金膜12の表面に発生する表面プラズモン共鳴の影響で生じるのであるが、被検物質aが固定化物質lと結合することにより金膜12の表面上にある物質の誘電率が変化し、反射光L2の強度が減衰する角度が変化する(図2)。
【0024】
このため、共鳴角θ1と共鳴角θ2とを比較すれば、被検物質aが試料中に存在するか否かを確認することができる。
しかも、共鳴角θ1と共鳴角θ2との差の度合いから、被検物質aの存在の多寡を把握することもできる。
【0025】
本実施形態においては、金膜12の表面に金黒が形成されることにより、金膜12の表面積が増大されているので、金黒に固定される固定化物質lの量を、平坦な金膜の場合に比べて多くすることができる。したがって、SPRチップC1は、金膜12により多くの被検物質aを捕捉することができる。換言すれば、金黒により形成された立体的に複雑な構造に被検物質aを捕捉することができるので、金膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に多くの被検物質aを捕捉することができる。
多くの被検物質aを捕捉することにより、金膜12の表面上にある物質の誘電率が大きく変化するので、共鳴角θ1と共鳴角θ2との差の度合も大きくなり、結果としてSPRチップC1の感度が向上する。したがって、これまで検出が難しかった低濃度・低分子量の試料の計測に用いることが可能になる。
【0026】
(第2実施形態)
図3に示すように、本発明の第2実施形態に係るSPRチップC2は、基板11と、基板11の表面に形成された金属膜12とから構成された検出チップ10と、検出チップ10の金属膜12の表面に設置された金黒チップ20とを備えている。
【0027】
検出チップ10は公知のSPRチップと同様の構成である。
検出チップ10の基板11は、例えば、ガラスや樹脂材料等のように光を透過する材料によって形成された板状の部材である。この基板11は、その厚さが0.1〜0.5mm程度であるが、この厚さはとくに限定されない。
なお、基板11は板状の部材に限られず、プリズムや光導波路等でもよい。
【0028】
検出チップ10の金属膜12は、例えば金や銀等の金属を素材とする膜である。第1実施形態のSPRチップC1とは異なり、この金属膜12の表面には金黒が形成されていない。
【0029】
金黒チップ20は、基板21と、基板21の表面に形成された金膜22とから構成されている。
基板21は、ガラス等に限られず、その表面に金膜22を形成することができるものであれば、その材質を自由に選択することができる。
金膜22の表面には金の微粒子23が堆積することにより金黒が形成されている。そして金黒の表面には固定化物質lが固定されている。金黒を形成する方法および、固定化物質lを固定する方法は、第1実施形態のSPRチップC1と同様の方法を採用することができる。
【0030】
上記金黒チップ20は、金膜22の表面に形成された金黒が検出チップ10の金属膜12に対向するように設置されている。ここで、検出チップ10の金属膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に、金黒チップ20の金黒が位置するように、金黒チップ20を検出チップ10に接近させて設置する必要がある。
【0031】
本実施形態のSPRチップC2を利用して検出目的の被検物質aを検出する作業は、第1実施形態のSPRチップC1の場合とほぼ同様である。
まず、本実施形態のSPRチップC2として、検出目的の被検物質aに結合する固定化物質lが固定されたものを準備する。そして、被検物質aを含まない液体等の試料を検出チップ10と金黒チップ20との間に流入し、検出チップ10に対して基板11側から全反射条件で入射光L1を入射する。そして、全反射条件を保ったまま、入射光L1の入射角を変化させて、反射光L2の強度が減衰する入射光L1の入射角θ1(被検物質aを含まない試料の共鳴角θ1)を検出する(図2)。
【0032】
ついで、同じSPRチップC2において、被検物質aを含む液体等の試料を検出チップ10と金黒チップ20との間に流入する。すると、試料に含まれる被検物質aは固定化物質lと結合し、それにより、金属膜12の表面上にある物質の誘電率が変化する。
より詳細には、被検物質aは金黒チップ20の金膜22に形成された金黒に捕捉されるのであるが、金黒チップ20の金黒と検出チップ10の金属膜12表面とは近接しているため、捕捉された被検物質aは、検出チップ10の金属膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に存在することになる。そのため、結果として金属膜12の表面上にある物質の誘電率が変化するのである。
【0033】
上記状態において、検出チップ10に対して、基板11側から全反射条件で入射光L1を入射して、その入射角を変化させていくと、反射光L2の強度の減衰する入射光L1の入射角θ2(被検物質aを含む試料の共鳴角θ2)を検出することができる(図2)。
【0034】
ここで、反射光L2の強度の減衰は入射光L1によって金属膜12表面に発生する表面プラズモン共鳴の影響で生じるのであるが、被検物質aが固定化物質lと結合することにより金属膜12の表面上にある物質の誘電率が変化し、反射光L2の強度が減衰する角度が変化する。
【0035】
このため、共鳴角θ1と共鳴角θ2とを比較すれば、被検物質aが試料中に存在するか否かを確認することができる。
しかも、共鳴角θ1と共鳴角θ2との差の度合いから、被検物質aの存在の多寡を把握することもできる。
【0036】
本実施形態においては、金黒チップの金膜22の表面に金黒が形成されることにより、検出チップ10の金属膜12上で捕捉される反応系の表面積が増大されているので、より多くの被検物質aを捕捉することができる。そのため、SPRチップC2の感度が向上する。
【0037】
また、第1実施形態のSPRチップC1の場合と異なり、本実施形態においては、金黒の厚さを制限する必要はない。例えば、金膜12に対して基板11側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲よりも、金黒を厚くすることができる。
これは、SPRチップC1の構成では、金黒の厚さが一定以上になると、基板11側から入射する入射光の入射角を変化させたときの反射光強度の変化(以下、単にSPRカーブという)が十分得られないが、SPRチップC2の構成では、基板11で発生するエバネッセント場により金属膜の表面が平坦なSPRチップと同様に十分なSPRカーブが得られるからである。
【0038】
(他の実施形態)
上記実施形態では、基板11、21の表面に金膜12、22を形成し、金膜12、22の表面に金黒を形成したが、これに代えて、基板11、21の表面に白金膜を形成し、白金膜の表面に白金黒を形成してもよい。また、基板11、21の表面に銀膜を形成し、銀膜の表面に銀黒を形成してもよい。ただし、固定化物質lの固定の容易さと、安定性から、金黒を選択することが好ましい。
なお、金黒、白金黒、銀黒は、特許請求の範囲に記載の「金属黒」に相当する。金属黒とは、金属材料を電析等することによって、粒状となった金属の微粒子をいう。
【0039】
つぎに、本発明に係るSPRチップの試験について説明する。なお、以下の試験は、上記第1実施形態のSPRチップC1について行った。
【0040】
(金黒形成)
まず、金膜の表面に金黒を形成する方法について試験を行った。
図4に示すように、まず基板11の表面にクロムおよび金をこの順番で蒸着し金膜12を形成した。ここで、クロムは金をガラスでできた基板11の表面に密着性よく付けるために用いられている。クロムの厚さは3nm、金の厚さは22nmとした。なお、クロムの代わりにチタンを用いてもよい。
つぎに、金膜12の表面にPDMS樹脂で形成した枠31を設置する。枠31内には、83mMol/lのNa(AuCl4)と1.58mMol/lのPb(CH3COO)2の混合溶液を150μl注入した。そして、作用電極32を金膜12の表面に設置し、対電極33および参照電極34を溶液中に投入し、ガルバノスタット35で作用電極32に電位を加えて電析した。
そうすると、金膜12の表面に粒状となった金の微粒子13がメッキされ、金黒が形成された。
【0041】
図5に示すように、金黒の状態は、ガルバノスタット35で供給する電流と、電析する時間によって変化することが分かった。
より詳細には、電流を-10μAとした場合には、微粒子13の大きさがあまり変化しないまま、電析時間の経過にしたがって金黒の厚さが厚くなった。また、電流を-50μAとした場合には、電析時間の経過にしたがって微粒子13が大きく成長した。
【0042】
(SPRカーブ)
つぎに、SPRカーブを測定した。
測定は、上記方法で金黒を形成したSPRチップのうち、電析電流と電析時間の異なる実施例1、2、3と、金黒を形成していない比較例1を用いて行った。それぞれの電析電流および電析時間は表1に示すとおりである。なお、いずれのSPRチップも、固定化物質を固定しておらず、被検物質を捕捉していない。また、比較例1のみ、クロムの厚さを5nm、金の厚さを45nmとした。
【表1】

【0043】
図6に示すように、実施例1、2、3のいずれにおいても、比較例1と同様にSPRカーブを得ることができた。つまり、金黒が金膜の表面に形成されたとしても表面プラズモン共鳴が起こることが確認された。
したがって、本発明に係るSPRチップを用いて、被検物質が試料中に存在するか否か、および、被検物質の存在の多寡を測定できることが確認された。
なお、実施例1、2、3の共鳴角の値が比較例1の共鳴角の値に比べて大きいのは、金黒が形成されることにより、金膜の表面上にある物質の誘電率が変化しているからである。
【0044】
(濃度依存)
つぎに、上記実施例1、2、3と、比較例1を用いて、スクロースを含有しない水、およびスクロースを含有する水をSPRチップ上に配置した状態で、それぞれの共鳴角を測定した。
【0045】
図7に示すように、実施例1、2、3および比較例1のいずれにおいても、スクロースを含有しない水が配置された状態の共鳴角よりも、スクロースを10%含有する水が配置された状態の共鳴角の方が、大きくなっていることが分かる。
これより、本発明に係るSPRチップにおいても、従来のSPRチップと同様に金膜の表面上にある液体の誘電率の変化を測定できることが分かった。
【0046】
(固定化量)
つぎに、SPRチップに固定化物質を固定化できる量(以下、単に固定化量という)の試験について説明する。
試験は、金膜の厚さおよび金黒の厚さを変えた実施例4、5と、金黒を形成していない比較例2を用いて行った。それぞれの、クロム、金および金黒の厚さは表2に記載するとおりである。
【表2】

【0047】
上記の実施例4、5、および比較例2のSPRチップを3枚ずつ用意し、それぞれの金膜の表面にタンパク質を固定化した。金膜の表面にタンパク質を固定するために、以下の処理を行った。
まず、金膜の表面に自己組織化単分子膜
(Self-assembled Monolayer: SAM)を形成した。より詳細には、ジスルフィド基を持つ4,4'-Dithiodibutyric
acid(DDA)のエタノール溶液を10μMol/l入れたガラスシャーレ内に、上記SPRチップを30分浸漬することでSAMを形成した。SMAを形成することにより、SAM上にはカルボキシル基(-COOH)が形成される。
つぎに、0.4Mol/lの 1-Ethyl-3-[3-dimethylaminopropyl]carbodiimide
hydrochloride (EDC)と、0.1Mol/lの N-hydroxysuccimide
(NHS)との混合水溶液を金膜の表面に5分間接触させた。これにより、SAM上のカルボキシル基を、より反応性の高い活性エステル(NHS基)の形に変換した。
不安定な活性エステルは、タンパク質の持つアミノ基部分と自動的に縮合して共有結合を形成する性質を有する。そこで、金膜にタンパク質溶液を接触させて、金膜の表面にタンパク質を固定した。
【0048】
上記の実施例4、5、および比較例2のSPRチップのそれぞれについて、タンパク質の固定化の前後においてSPRカーブを測定し、共鳴角の変化の値を測定し、図8に示すグラフを得た。なお、図8においては、各条件(実施例4、5、および比較例2)ごとに、3枚のチップの共鳴角の差の平均値を採用し、3枚のチップの共鳴角の差の標準偏差を誤差とした。
図8より、実施例4、5は、比較例2に比べて、多くのタンパク質を固定化できたことが分かる。これは、金黒により金膜の表面積が増大したからである。これより、本発明に係るSPRチップは多くの固定化物質を固定でき、従来のSPRチップに比べて感度が向上することが推測される。
【0049】
また、実施例5は実施例4に比べて、共鳴角の変化が大きいことから、多くのタンパク質を固定できたことが分かる。すなわち、金黒の厚さが厚い方が、より金膜の表面積が増大し、より多くの固定化物質を固定できるということが分かる。したがって、SPRが検出できる厚さの範囲内では、金黒の厚さが厚い方が、SPRチップの感度が向上するということが推測される。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の表面プラズモン共鳴チップは、生体分子間の相互作用をリアルタイム、非修飾、高感度で検出することに使用することができる。
【符号の説明】
【0051】
C1、C2、C3 SPRチップ
L1 入射光
L2 反射光
11 基板
12 金膜
13 微粒子
20 金黒チップ
21 基板
22 金膜
23 微粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を透過する光透過性素材によって形成された基板と、
該基板表面に形成された金属膜とを備えており、
前記金属膜に対して前記基板側から光を照射したときに発生するエバネッセント場の影響が及ぶ範囲内に、金属黒が形成されている
ことを特徴とする表面プラズモン共鳴チップ。
【請求項2】
前記金属膜の表面に前記金属黒が形成されている
ことを特徴とする請求項1記載の表面プラズモン共鳴チップ。
【請求項3】
前記金属黒が形成された金属黒チップを備えており、
前記金属黒チップは、前記金属黒が前記金属膜に対向するように設置されている
ことを特徴とする請求項1記載の表面プラズモン共鳴チップ。
【請求項4】
前記金属黒は金黒である
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の表面プラズモン共鳴チップ。
【請求項5】
前記金属黒の表面に被検物質と結合する固定化物質が固定されている
ことを特徴とする請求項1、2、3または4記載の表面プラズモン共鳴チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−83185(P2012−83185A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−229376(P2010−229376)
【出願日】平成22年10月12日(2010.10.12)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(390000594)株式会社レクザム (64)
【Fターム(参考)】