説明

被分注液の分注機構、分注装置及び分注方法

【課題】ピペットで試料、試液等の被分注液を吸引・吐出する際、被分注液中の例えば赤血球やリポソームのような球状体が破壊しないようにした被分注液の分注機構を提供する。
【解決手段】
被測定物である試料、試液等の被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体である場合に、内部が液体で満たされたピペットに、気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、気体、前記被分注液を順次吸い込むことにより、ピペット内壁は球状体を破壊しない浸透圧の溶液で置換されるので、球状体の破壊が防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動分析装置に使用される試料、試液等の被分注液の分注機構、分注装置及び分注方法に係り、詳記すれば、被分注液中に含まれる例えば赤血球、リポソーム等の微小球状体をバーストの恐れなく吸引、吐出させることができる被分注液の分注機構、分注装置及び分注方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動分析装置には、試料をサンプルチューブからセルに分注するのに、試料分注用ピペット(プローブ)が使用されている。
【0003】
このピペットは、微量の試料を精度よく採取・分注するため、ピペットの内部は、例えば純水のような液体(プライム水)で満たされている。この液体を介して試料を吸引・吐出することによって、微量の試料を精度よく吸引・吐出することができるからである。
【0004】
従来は、プライム水で満たされたピペットに、エアと試料とを順次吸引し、これを測定セルに吐出していた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、例えば、試料が全血のような赤血球を含有するものである場合、ピペットによる試料採取時に、プライム水がピペット内壁に付着しているので、このプライム水によって、赤血球が破壊され溶血現象が生じる場合がある問題があった。そのため、測定に支障をきたす(例えば測定誤差が生じる)場合が生じる問題があった。溶血が起こると、例えば、赤血球内部に含まれる物質(GOT、LDH、酸性ホスファターゼ、アルカリ性ホスファターゼ、コレステロール、鉄、蛋白等)やヘモグロビン等の着色物質が、測定に悪影響を与えるからである。
【0006】
尚、ピペットによる採取時に試料と純水とが接触しないように、試料を吸い込む前に空気を吸い込み純水と試料とが直接接触しないような工夫は成されているが、ピペット壁面に純水が残存するのを防ぐのは難しく、そのため試料が全血のような場合は溶血現象が起きるのを防止することは難しかった。
【0007】
また、ピペット洗浄時にピペット外壁に洗浄液が付着し、その付着した洗浄液によっても試料に悪影響が生じる場合もあり、この問題の解決も望まれていた。
【0008】
この発明は、このような点に着目してなされたものであり、ピペットで試料、試液等の被分注液を吸引・吐出する際、被分注液中の例えば赤血球やリポソームのような微小球状体が破壊されない被分注液の分注機構、分注装置及び分注方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に沿う本発明の分注機構は、被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込み、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する、機能を有することを特徴とする。
【0010】
前記液体が、プライム水(純水)であり、吐出後に内部を該液体で洗浄する機能を備えた機構が好ましい(請求項2)。
【0011】
前記被分注液としては、使用頻度が高いことから全血であるのが好ましい(請求項3)。前記溶液としては、安価であることから、生理食塩水であるのが好ましい(請求項4)。
【0012】
本発明の分注装置は、被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込む機構と、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する機構、とを有することを特徴とする(請求項5)。
【0013】
本発明の分注方法は、被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込み、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する、ことを特徴とする(請求項6)。
【0014】
前記被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液採取時のピペット浸漬の深さは、前記被分注液吸い込み時の深さ以上とするのが、ピペット外壁に洗浄水が付着していても球状体のバーストが防止できることから好ましい(請求項7)。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ピペットで試料、試薬等の被分注液を吸引・吐出する際、被分注液が接触するピペット内壁が、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液でコートされているので、被分注液が内壁に接触しても、被分注液中の例えば赤血球やリポソームのような微小球状体が破壊されないから、測定精度が著しく向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
図1は、本発明の一実施例を示す概略図であり、プライム水1で満たされたピペット2(プローブ)内に、エア3、生理食塩水4、エア3´及び被分注液である全血5を、順次吸引した状態を示す。尚、ピペット2上端に連設した細管6から減圧若しくは加圧して、被分注液を吸引・吐出するようになっている。
【0018】
生理食塩水4は、エア3又は3´を介しており、プライム水1又は全血5と直接接していないので、吸引から図1の状態までその塩濃度をほぼ一定に保持することができる。この濃度は、被分注液である全血中の赤血球を破壊しない濃度となっている。そして、生理食塩水をピペット内に吸引させることにより、ピペット内壁及びそこに付着・残存したプライム水は、赤血球を破壊しない濃度の食塩水で置換・コーティングされる。その結果、これに赤血球が接触しても赤血球の一部がバーストする恐れは無い。
即ち、被分注液の吸引に際して、従来はピペット内壁にはプライム水(純水)が付着・残存しており、吸引された被分注液が残存するプライム水(純水)と接触することにより、被分注液中の微小球状体が破壊される場合があった。これに対して、本発明では、被分注液の吸引の前に前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液を吸引するため、ピペット内壁に吸着・残存したプライム水(純水)は前記溶液(球状体を破壊しない浸透圧を示す溶液)で置換され、プライム水(純水)と被分注液(全血)との接触による微小球状体の破壊(例えば溶血現象)を回避することが出来る。
【0019】
ピペット外壁に付着した洗浄液により、被分注液中の球状体の一部がバーストする場合がある。これをより確実に防止するためには、生理食塩水採取時のピペット浸漬の深さを、被分注液採取時の深さ以上とするのが好ましい。
【0020】
図1の状態から、被分注液(全血)を、分離セル(容器)内に吐出する。吸引・吐出に際して、ピペット内壁にはプライム水(純水)が付着・残存しておらず、生理食塩水でコーティングされているので、従来のピペット内壁に付着・残存するプライム水(純水)と被分注液(全血)との接触による溶血現象を回避することが出来る。この実施例では、被分注液である全血を本発明の方法により吸引されたところまでしか具体的に示していないが、その後、例えば以下の操作により、測定を実施することができる。
即ち、上記したように吸引させた全血5を、分離セルに分注し、その後、遠心分離して得られた血漿を反応セルに移し、これに試薬を加えて反応させれば、血漿中の成分を測定し得る。
【0021】
上記「被分注液中の球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液」としては、上記した如き浸透圧を示す溶液、即ち、通常、球状体をバーストする浸透圧よりも高い浸透圧を示す溶液、好ましくは球状体内の液体と同程度の浸透圧を示す溶液(等張液若しくは等張付近の液)であって、測定に悪影響を与える成分を含有していない溶液である。
【0022】
上記実施例では、生理食塩水を使用したが、被分注液中の球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液であるなら、他の溶液であっても良い。
試料中の球状体を破壊しない浸透圧というのは、被分注液中の球状体をバースト(破壊)してしまう浸透圧よりも高い浸透圧のことであり、好ましくは球状体内の液体と同程度の浸透圧(等張液若しくは等張液付近の浸透圧)である。
【0023】
このような浸透圧としては、球状体の種類や球状体内の液体の種類等により一概には言えないが、より具体的には、例えば球状体が赤血球である場合は、下限は通常170mOsm/Lよりも高く、好ましくは200mOsm/L以上、より好ましくは239mOsm/L以上、更に好ましくは250mOsm/L以上、特に好ましくは290mOsm/Lであって、上限は通常1026mOsm/L以下、好ましくは800mOsm/L以下、より好ましくは500mOsm/L以下、更に好ましくは341mOsm/L以下、特に好ましくは324mOsm/L以下である。なかでも300mOsm/L付近が特に好ましい。また、例えば球状体がリポソームである場合の浸透圧としては、構成される膜成分の種類や内包される溶液が示す浸透圧等に応じて適宜選択すればよいが、例えば内包される溶液が生理食塩水と同程度の浸透圧を示すものである場合は、上記した赤血球の場合と同等の範囲が好ましい。
【0024】
このような溶液としては、上記した如き浸透圧を示すイオン強度を有する溶液であって、測定に悪影響を与えないものであれば良い。
具体的には、所定濃度の例えばアルカリ金属(Na、K、Li等)、Mg、Ca、アンモニウム等のハロゲン化物(例えばF、Cl、Br、I等)の水溶液、例えば所定濃度の硫酸、リン酸、カルボン酸(シュウ酸、酢酸、コハク酸、乳酸、酒石酸、クエン酸等)等の塩(例えばNa,K,Li等のアルカリ金属塩、アンモニウム塩等)の水溶液であって、測定に悪影響を与えないものが挙げられる。
【0025】
ここで、測定に悪影響を与えないというのは、「測定に悪影響を与える成分を含有していない」と同様の意味であり、測定対象や測定原理等を考慮して、上記した如き溶液のなかから、目的とする測定に影響を与えない溶液を適宜選択すればよい。
例えばアンモニウム、Mg等は試料中の尿素窒素を測定する際に影響を及ぼす場合があるので、尿素窒素以外の測定において用いるのがよい。また、乳酸塩、シュウ酸塩はLDH、GPT等の測定に影響する場合が、Mg、Ca等は、Mg、Caの測定に影響する場合が、リン酸塩は無機リンの測定に影響する場合があるので、これら以外の測定において使用するのがよい。
また、Ca塩やMg塩は使用濃度によっては沈殿が生じる場合があるので注意が必要である。
【0026】
上記したごとき溶液の中でも、NaCl水溶液、KCl水溶液、硫酸ナトリウム水溶液、硫酸カリウム水溶液等が好ましく、安価であることからNaCl水溶液(生理食塩水)が特に好ましい。
【0027】
上記した如き水溶液の濃度としては、上記した如き浸透圧を示すように設定されていれば良く特に限定されない。このような濃度としては、使用する溶液の種類、球状体の種類や球状体内の液体の種類等により一概には言えないが、より具体的には、例えば溶液としてNaCl水溶液(生理食塩水)を用いる場合であって、球状体が赤血球である場合は、NaCl濃度としては、下限は通常0.5%(w/v)よりも高く、好ましくは0.59%(w/v)以上、より好ましくは0.7%(w/v)以上、更に好ましくは0.73%(w/v)以上、特に好ましくは0.85%(w/v)であって、上限は通常3%(w/v)以下、好ましくは2.35%(w/v)以下、より好ましくは1.47%(w/v)以下、更に好ましくは1%(w/v)以下、特に好ましくは0.95%(w/v)以下である。なかでも0.88%(w/v)付近が特に好ましい。また、例えば球状体がリポソームである場合のNaCl濃度としては、構成される膜成分の種類や内包される溶液が示す浸透圧等に応じて適宜選択すればよいが、例えば内包される溶液が生理食塩水と同程度の浸透圧を示すものである場合は、上記した赤血球の場合と同等の範囲が好ましい。
【0028】
上記実施例では、被分注液として全血を使用したが、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する微小球状体を含む溶液であるなら、他の被分注液であっても同様に本願発明に適用し得る。
【0029】
このような球状体としては、半透膜により形成された微小球体が挙げられ、例えば赤血球、白血球、血小板等の生体中の(生体膜で形成された)微小球体、リポソーム等の合成膜で形成された微小球体等が挙げられる。

また、微小球体を含む溶液(被分注液)としては、上記した如き球状体を含むものであればよいが、例えば全血等の球状体を含む体液、前記球状体を例えば水、生理食塩水、通常この分野で用いられている緩衝液(PBS緩衝液,リン酸緩衝液,ホウ酸緩衝液,トリス緩衝液,リン酸緩衝液,ベロナール緩衝液,ホウ酸緩衝液,グッド緩衝液等)等で希釈或いは懸濁させて得られる溶液等が挙げられる。
【0030】
「球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質」とは、球状体内の液体が有する浸透圧と異なる浸透圧を有する液体と球状体とが接触した場合、浸透圧の差により球状体を形成する膜構造が破壊され、球状体内の成分が球状体外に流出することを意味する。一般的には、球状体内の液体が有する浸透圧よりも低い浸透圧を有する液体(低張液)と球状体とが接触した場合、浸透圧の低い前記液体(低張液)から球状体内への水の移動により、球状体が膨張し、最終的にバースト(破壊)してしまう性質のことである。
【0031】
尚、リポソームとしては、通常この分野で使用されているものは全て使用可能であるが、例えば卵黄レシチン等の天然レシチン、例えばジステアロイルホスファチジルコリン,ジミリストイルホスファチジルグリセロール(DMPG),卵黄ホスファチジルグリセロール等のリン脂質、例えば玩具リオシド糖脂質等の糖脂質、これらとコレステロール類との混合系、又はこれらにリポポリサッカライド等を組み合わせたもの等を原料として、自体公知の調製方法〔J.liposome Res.,1(3),339〜377(1989-90)、Clin.Chem.41/4.586〜590(1995)等〕により調製されたもの等が挙げられる。また、リポソーム内には、自体公知の調製方法(特開平7-110331号公報、特開平7-140147号公報等)により、例えば酵素、補酵素、酵素の基質、色素、蛍光物質、発光物質、糖類、イオン性化合物、キレート指示薬、色素、スピンラベル化合物等が内包されていてもよい。
【0032】
上記実施例では、生理食塩水をエアで挟持するように吸引したが、測定に悪影響を与えないものならエア以外の他の気体であっても差し支えない。例えばピペットが窒素雰囲気中に位置している場合は、窒素を使用すれば良い。また、同様に、アルゴンやヘリウム等の不活性ガスも使用し得る。
【0033】
本発明においては、微量の被分注液を精度よく採取・分注するため、ピペットの内部は例えば蒸留水,純水、例えばシリコンオイル等の不活性且つ絶縁のオイルのような液体(プライム水)で満たされている。
【0034】
上記実施例においては、ピペットとして液面センサー付ピペットを使用したが、これは静電容量変化を捉えて液面を検知するものであるので、液体1は電解質を含有しない液体とする必要がある。液体1が電解質を含有すると静電容量での液面検知が出来なくなるからである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施例を示す概略側面図である。
【符号の説明】
【0036】
1・………プライム水(純水)
2・………ピペット(プローブ)
3,3´・………エア(気体)
4・………生理食塩水
5・………全血












【特許請求の範囲】
【請求項1】
被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込み、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する、機能を有することを特徴とする分注機構。
【請求項2】
前記液体が、純水であり、吐出後に内部を該液体で洗浄する機能を備えた、請求項1記載の機構。
【請求項3】
前記被分注液が全血である、請求項1又は2記載の機構。
【請求項4】
前記溶液が、生理食塩水である請求項1〜3のいずれかに記載の機構。
【請求項5】
被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込む機構と、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する機構、とを有することを特徴とする分注装置。
【請求項6】
被分注液が微小球状体を含み、該球状体は、球状体内の液体と浸透圧が異なる液体と接触すると破壊され得る性質を有する球状体であり、内部が液体で満たされたピペットに、測定に悪影響を与えない気体、被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示しで且つ測定に悪影響を与えない溶液、前記気体、前記被分注液を順次吸い込み、吸い込まれた被分注液を容器中に吐出する、ことを特徴とする分注方法。
【請求項7】
前記被分注液中の前記球状体を破壊しない浸透圧を示し且つ測定に悪影響を与えない溶液採取時のピペット浸漬の深さを、前記被分注液吸い込み時の深さ以上とする請求項6記載の分注方法。













【図1】
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