説明

被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼

【課題】 本願は窒化や高周波焼入れを必要としない、十分な強度を有し、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.35〜0.55%、Si:0.40〜0.80%、Mn:0.90〜1.60%、S:0.030〜0.080%、Ni:0.30%以下、Cr:0.35%以下、Mo:0.05%以下、Al:0.008〜0.035%、V:0.07〜0.14%、O:0.0030%以下、N:0.0030〜0.0200%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、C/V比が2.80〜6.00で、(1)式で示されるC当量が0.72〜0.86で、熱間鍛造後の組織がフェライト−パーライトである、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼。
C当量=C%+Si%/7+Mn%/5+Cr%/9+V%/2……(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、産業機械等の部品を製造するために有用な機械構造用鋼に関するものであり、特に被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
機械構造用非調質鋼は、熱間鍛造後に主として空冷されることにより、部品に要求される硬さが得られるように成分調整が行われている。したがって、それに続く切削工程では、硬さがある程度高い状態で削る必要があることから、優れた被削性が望まれている。被削性を向上させるために、SやPbのような被削性向上元素の添加が有効である。しかし、鋼へSを過剰に添加すると、この鋼からなる部品の強度を低下させることから、添加量には自ずと限界がある。また、Pbは環境負荷物質でもあるため、今後、使用が大きく制限される可能性がある。このような背景のもと、被削性向上元素の添加のみに頼らずに、被削性を向上させた機械構造用非調質鋼のニーズが高まっている。
【0003】
そこで、鋼中のフェライト分率を増やすことにより、被削性と圧縮加工後の疲労強度に優れた非調質鋼鍛造品を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、この方法は、超硬工具の旋削逃げ面の摩耗が少ないという有益な効果が認められるものの、ドリル加工性については考慮されていない。
【0004】
さらに、ミクロ組織がフェライトとパーライトからなる被削性に優れた熱間鍛造非調質鋼部品の製造方法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、この方法は鍛造前の加熱温度を少なくとも1250℃以上に上げる必要があることから、製造効率の面で不利である。
【0005】
一方、発明者は、上記の問題点を解決するために、Vを必須の添加元素とし、さらにC量とV量をバランスさせて熱間鍛造温度から空冷した際の硬さが概ね従来と同等で、かつフェライト−パーライト組織となるように調整した非調質鋼において、ドリル加工性に優れるC、V量のバランスについて鋭意検討を行った。その結果、フェライト分率が多い(このときC/V比は低い)ほどドリル加工性が良好になるであろうという、従来の見方に反して、パーライト分率が多い(このときC/V比は高い)方がドリル加工性に優れていることを見出した。一方、旋削加工における超硬工具逃げ面の摩耗量および非調質鋼部品の強度指標として重要な耐力比(すなわち0.2%耐力/引張強度)は、C/V比が高い場合に低下することが分かった。さらに、非調質鋼の硬さ、被削性に影響する因子であるC当量についても併せて適正範囲を明らかにし、本発明に至ったものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−239782号公報
【特許文献2】特開2005−82840号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願は、上記した発明者の鋭意研究と究明とにより見出した事柄に基づいて、窒化や高周波焼入れを必要としない、十分な強度を有し、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するための本発明の手段では、請求項1の発明は、質量%で、C:0.35〜0.55%、Si:0.40〜0.80%、Mn:0.90〜1.60%、S:0.030〜0.080%、Ni:0.30%以下、Cr:0.35%以下、Mo:0.05%以下、Al:0.008〜0.035%、V:0.07〜0.14%、O:0.0030%以下、N:0.0030〜0.0200%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼である。さらに、この鋼は、C/V比が2.80〜6.00の範囲にあり、下記(1)式で示されるC当量が0.72〜0.86の範囲にあり、熱間鍛造後の組織がフェライト−パーライトである、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼である。
C当量=C%+Si%/7+Mn%/5+Cr%/9+V%/2……(1)
【0009】
請求項2の発明は、質量%で、C:0.35〜0.55%、Si:0.40〜0.80%、Mn:0.90〜1.60%、S:0.030〜0.080%、Ni:0.30%以下、Cr:0.35%以下、Mo:0.05%以下、Al:0.008〜0.035%、V:0.07〜0.14%、O:0.0030%以下、N:0.0030〜0.0200%、Ti:0.006〜0.020%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼である。この鋼は、C/V比が2.80〜6.00の範囲にあり、下記(1)式で示されるC当量が0.72〜0.86の範囲にあり、熱間鍛造後の組織がフェライト−パーライトである、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼である。
C当量=C%+Si%/7+Mn%/5+Cr%/9+V%/2……(1)
【0010】
上記の発明の機械構造用非調質鋼の化学成分の限定理由について以下に説明する。なお、%は質量%である。
【0011】
C:0.35〜0.55%
Cは、非調質鋼の強度確保に不可欠な元素であり、このためには、Cは0.35%以上が必要である。しかし、Cが0.55%を超えると切削加工性や強度が低下する。そこで、Cは0.35〜0.55%とし、望ましくは0.35〜0.45%、より望ましくは0.36〜0.42%とする。
【0012】
Si:0.40〜0.80%
Siは、脱酸剤として必要な元素であり、また非調質鋼の強度確保に不可欠な元素である。このためには、Siは0.40%以上必要である。しかし、Siが0.80%を超えるとフェライト相が硬くなり被削性の低下を招く。そこで、Siは0.40〜0.80%とし、望ましくは0.50〜0.70%とする。
【0013】
Mn:0.90〜1.60%
Mnは、非調質鋼の強度確保に不可欠な元素であり、また被削性を向上させるMnS生成に必要な元素である。このためには、Mnは0.90%以上必要である。しかし、Mnが1.60%より多過ぎるとベイナイトを生成して被削性を大きく低下させる。そこで、Mnは0.90〜1.60%とし、望ましくは0.90〜1.40%とし、より望ましくは1.00〜1.40とする。
【0014】
S:0.030〜0.080%
Sは、ドリル加工や旋削加工等における被削性や切り屑処理性の確保に不可欠な元素である。このためには、Sは0.030%以上必要である。しかし、Sが0.080%より多過ぎると静的強度、疲労強度などの強度特性を低下し、さらに熱間加工性を低下する。そこで、Sは0.030〜0.080%とし望ましくは、0.040〜0.070%とする。
【0015】
Ni:0.30%以下
Niは、鋼中に不可避的に含有されるが、非調質鋼の切削性を低下させる。そこで、Niは0.30%以下に規制する。
【0016】
Cr:0.35%以下
Crは、非調質鋼の硬さ確保のため、必要に応じて添加しても良いが0.35%以上の添加により被削性を低下させる。そこでCrは0.35%以下とする。
【0017】
Mo:0.05%以下
Moは、鋼中に不可避的に含有されるが、0.05%より多く含まれるとベイナイトを生成させやすくなり、被削性を低下させる。そこで、Moは0.05%以下に規制する。
【0018】
Al:0.008〜0.035%
Alは、窒化物を形成して鍛造加熱時の結晶粒粗大化抑制に効果のある元素で、このためには0.008%以上必要である。しかし、被削性および疲労寿命に有害なAl23を低減する必要があるので、Alは上限を0.035%とする。そこで、Alは0.008〜0.035%とし、望ましくは0.016〜0.030%とする。
【0019】
V:0.07〜0.14%
Vは、非調質鋼の強度確保に必要な元素であり、このためには0.07%以上必要である。しかし、Vは0.14%より多くなると、熱間鍛造後の組織形成過程においてフェライトの核となるV系析出物が過剰となってフェライト量が大幅に増大し、ドリル加工性を損なう。そこで、Vは0.07〜0.14%とし、望ましくは0.08〜0.12%とする。
【0020】
Ti:0.006〜0.020%
Tiは、熱間鍛造時の結晶粒粗大化を抑える作用がある。そこで、熱間鍛造の加熱時間が長いといった場合などの必要に応じて、Tiは0.006%以上の添加を行っても良い。ただし、Tiが0.020%より多く添加されると被削性を損なう。そこで、Tiは上限を0.020%とする。
【0021】
O:0.0030%以下
Oは、被削性や疲労寿命に有害な酸化物系介在物を生成する。そこで、Oは0.0030%以下に制限する必要があり、望ましくは0.0020%以下に制限する。
【0022】
N:0.0030〜0.0200%
Nは、Alと窒化物を形成し、鍛造加熱時の結晶粒粗大化の抑制に効果のある元素である。そこで、Nは0.0030%以上の添加が必要である。しかし、Nが0.0200%より多くても結晶粒粗大化の抑制効果が飽和する。そこで、Nは0.0030〜0.0200%とし、望ましくは、0.0030〜0.0150%とする。
【0023】
また、本発明で使用する鋼は、上記の元素以外に不可避不純物としてPやCuを含有する。しかし、その量は多くても、Pは0.030%以下、Cuは0.30%以下である。
【0024】
質量%で、C/V比を2.80〜6.00に限定する理由
C/V比を2.80〜6.00の範囲に制限することにより、被削性すなわち本発明においてはドリル加工性、および旋削加工における超硬工具逃げ面摩耗量、および0.2%耐力/引張強度から求められる耐力比に優れた非調質鋼が得られる。C/V比が2.80より小さい場合では、フェライト分率が過剰となり、ドリル加工性が低下する。一方、C/V比が6.00より大きい場合では、パーライト分率が多くなり過ぎるため、ドリル加工性は良好なものの、超硬工具による旋削加工性と耐力比を損なう。そこで、C/V比を2.80〜6.00とする。
【0025】
C当量を0.72〜0.86に限定する理由
上記した本発明鋼の化学成分の限定、およびC/V比の限定に加えて、本発明ではC当量を0.72〜0.86に限定する。その理由は、C当量が0.72より小さい場合は、硬さが低いために非調質鋼製部品として必要な強度が不足する。一方、C当量が0.86より大きい場合は、通常の熱間鍛造では硬さが高くなり過ぎ、かつベイナイトが生成するためにドリル加工性を大きく損なう。そこで、C当量を0.72〜0.86の範囲に限定する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の鋼は、鋼成分を限定、C/V比の限定およびC当量の限定により、通常の熱間鍛造により製造される非調質鋼からなる部品において、被削性向上元素に頼ることなく、ドリル加工性に優れ、旋削加工における超硬工具摩耗量が少なく、耐力比の高い、有益な効果を奏するものである。
【0027】
なお、本発明鋼は、Vが必須添加されており、窒化を行った場合には、表面にV系硬質化合物が形成されて強度が大きく損なわれるので、本発明の鋼には窒化を行わない。また、本発明鋼は熱間鍛造後に空冷することにより十分な硬さが得られるので、本発明は高周波焼入れも必要としない。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態について、以下に説明する。表1に示す本発明例および比較例の化学成分の鋼の100kgを真空溶解炉で溶製し、インゴットを得た。続いて、このインゴットを1250℃に加熱して5時間保持した後、30mm角の棒鋼と直径35mmの丸棒に鍛造した。続いて、通常の熱間鍛造を想定して、1200℃に加熱した後、空冷する熱処理を施した。
【0029】
【表1】

【0030】
続いて、上記で鍛造して得た30mm角の棒鋼を用いてドリル加工性を評価した。ドリル加工性については、表2に記載の条件により実施した。
【0031】
【表2】

【0032】
さらに、上記で鍛造して得た径35mmの丸棒を用いて超硬工具による旋削加工性を評価した。超硬工具による旋削加工性については、表3に記載の条件により実施した。
【0033】
【表3】

【0034】
また、径35mmの丸棒の中周部の長手方向より、平行部が径6mmの引張試験片を作製し、常温引張試験を行って0.2%耐力と引張強度を測定し、0.2%耐力/引張強度から求められる耐力比を求めた。この結果を表4に示す。なお、1200℃に加熱後に空冷した、これらの30mm角の棒鋼の硬さと直径35mmの丸棒の硬さは同等であった。したがって、これら両者を代表して直径35mmの丸棒の硬さを表4に示した。
【0035】
【表4】

【0036】
表4に見られるとおり、本発明の実施例である発明例のNo.1〜10のものは、それぞれが所定の化学成分の範囲を満足し、さらにC/V比が2.80〜6.00の範囲にあり、かつC当量が0.72〜0.86の範囲にある。それに対して、化学成分、C/V比、およびC当量のうちの少なくとも1つ以上が本発明の範囲を外れる比較例のNo.11〜20のものは、ドリル穿孔不能までの穴数で示すドリル加工性、旋削加工における超硬工具逃げ面摩耗量および耐力比の少なくとも1つ以上が発明例に対して劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.35〜0.55%、Si:0.40〜0.80%、Mn:0.90〜1.60%、S:0.030〜0.080%、Ni:0.30%以下、Cr:0.35%以下、Mo:0.05%以下、Al:0.008〜0.035%、V:0.07〜0.14%、O:0.0030%以下、N:0.0030〜0.0200%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、C/V比が2.80〜6.00であり、下記(1)式で示されるC当量が0.72〜0.86であり、熱間鍛造後の組織がフェライト−パーライトであることを特徴とする被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼。
C当量=C%+Si%/7+Mn%/5+Cr%/9+V%/2……(1)
【請求項2】
質量%で、C:0.35〜0.55%、Si:0.40〜0.80%、Mn:0.90〜1.60%、S:0.030〜0.080%、Ni:0.30%以下、Cr:0.35%以下、Mo:0.05%以下、Al:0.008〜0.035%、V:0.07〜0.14%、O:0.0030%以下、N:0.0030〜0.0200%、Ti:0.006〜0.020%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、C/V比が2.80〜6.00であり、下記(1)式で示されるC当量が0.72〜0.86であり、熱間鍛造後の組織がフェライト−パーライトであることを特徴とする被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼。
C当量=C%+Si%/7+Mn%/5+Cr%/9+V%/2……(1)