説明

製鋼スラグからのリン酸回収方法

【課題】製鋼スラグに含有されるリン成分を、遊離リン酸として効率よく回収する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の製鋼スラグからのリン回収方法は、
製鋼スラグと硫酸を反応させ、製鋼スラグに含まれるリン成分を遊離リン酸として溶出させる溶出工程と、
溶出工程後の製鋼スラグ及び硫酸の混合物から、有機溶媒を用いて遊離リン酸を抽出する抽出工程と、
有機溶媒を蒸発させ、遊離リン酸を回収する遊離リン酸回収工程と、
を有することを特徴とする。硫酸によって溶出した遊離リン酸を、水ではなく有機溶媒を用いて抽出するため、遊離リン酸の回収効率が高く、遊離リン酸濃縮に要するエネルギーも小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製鉄所等で発生する溶銑予備処理スラグ、転炉スラグ等の製鋼スラグに含まれるリン成分を、効率よく遊離リン酸として回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炉で製造された溶銑やスクラップから、靱性及び 加工性のある鋼にするのが製鋼工程であり、製鋼炉には転炉、電気炉がある。製銑工程では、鉄鉱石にコークスや造滓剤を加えて高炉で加熱し、銑鉄を生産する。銑鉄は、溶銑予備処理として造滓剤を加えて加熱され、脱リン及び脱硫された後、さらに造滓剤を加えて転炉で加熱され、粗鋼へと変化する。
【0003】
溶銑予備処理及び転炉からは、脱リン・脱硫スラグ及び転炉スラグが生成されるが、これらは製鋼スラグと呼ばれる。一般的には、粗鋼1t当たり約110kgの製鋼スラグが生成するといわれている。
【0004】
製鋼スラグは、粗鋼の生産において大量に発生するため、その有効利用に注目されている。例えば、製鋼スラグを冷却した後に、磁力により磁着物と非磁着物とに分離して回収し、次いで、該非磁着物に還元剤を混合し、混合した後に加熱処理して、非磁着物に含有されるリン酸化物を還元して気化除去し、リン酸化物を気化除去した後の非磁着物及び前記磁着物を、製銑工程又は製鋼工程にリサイクルする方法が、特許文献1に開示されている。
【0005】
また、低リン転炉スラグを脱リン炉において造滓剤として再利用するに当り、ホタル石の使用量及び遺失量の減少を図るために、前記転炉から排滓される転炉スラグを滓鍋で受滓する際、予め前記滓鍋中に少なくともホタル石等の副材を装入した状態で前記転炉スラグを受滓し、前記副材を転炉スラグ中に溶融・混合した後、脱リン炉又は取鍋における脱リン処理に供することが、特許文献2に開示されている。
【0006】
また、溶融鉄の精錬に再利用するに際し、復リンが生じない転炉スラグの利用方法として、転炉スラグのリン濃度を溶銑や溶鋼のリン濃度などから予め推定し、該推定値に応じて転炉スラグを分別回収し、溶鋼のリン濃度に適合するリン濃度の分別回収物を、造滓剤として選択使用する転炉滓の利用方法が、特許文献3に開示されている。
【0007】
製鋼スラグから回収されるリンを肥料として有効利用することにも注目されている。例えば、鶏糞焼却灰に対し、塩基性カリウム化合物粉末又は高炉水砕スラグ粉末より選ばれる1種以上を混合し、これに鉱酸を添加し、反応させて得られる新規リン酸カリ複合肥料であって、前記鶏糞焼却灰に含まれる難溶性リン酸塩が実質的に有効成分に変換されているとともにカリウム及び/又はケイ酸を多く含むことを特徴とする新規リン酸カリ複合肥料が、特許文献4に開示されている。
【0008】
一方、遊離リン酸の工業的生産方法としては、図2に示すように、リン鉱石と硫酸とを反応させ、リン鉱石から遊離リン酸を抽出する湿式リン酸法が知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−204782号公報
【特許文献2】特開平5−156338号公報
【特許文献3】特開2003−155510号公報
【特許文献4】特開2008−105898号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「2008年版15308の化学商品」、化学工業日報、ISBN: 978-4-87326-522-3
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1に記載されている遊離リン酸製造方法を製鋼スラグに適用することが考えられるが、製鋼スラグと硫酸等の鉱酸を反応させる際に、鉱酸濃度が低いとリン成分の抽出効率が低い。
【0012】
製鋼スラグと高濃度の鉱酸とを反応させ、その後鉱酸に水を添加することにより、リン成分の抽出効率を向上させることも可能であるが、回収液中のリン酸濃度が低くなるため、濃縮にコストがかかることになる。また、リン成分を付加価値の低いリン酸塩としてしか回収できないという制限も存在する。
また、非特許文献1に開示されている遊離リン酸製造方法は、リン鉱石中のリン含有量が 5〜40重量%であるのに対し、製鋼スラグのリン含有量が3〜5重量%と低いため、そのまま製鋼スラグに適用しても、抽出される遊離リン酸量が少ないため、リン成分を抽出したリン鉱石と、抽出した遊離リン酸とを固液分離することも困難である。
【0013】
さらに、製鋼スラグから回収したリン成分を肥料とする場合であっても、リン成分含有量が低いためにリン肥料規格を満たさない場合もあった。製鋼スラグからのリン成分の回収を工業的に行う場合、処理コストよりも付加価値の高いリン製品として回収することが重要となる。そのためにはリン成分をリン酸塩ではなく、遊離リン酸として回収することが好ましい。
【0014】
本発明は、リン鉱石と比較してリン含有量の少ない製鋼スラグから、効率よく遊離リン酸を回収するための方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、製鋼スラグと硫酸とを反応させ、遊離リン酸を溶出させた後、有機溶媒を用いて遊離リン酸を抽出すれば、製鋼スラグと遊離リン酸との固液分離が容易となり、遊離リン酸の濃度を低下させることなく回収可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
具体的に、本発明は、
製鋼スラグと硫酸とを反応させ、製鋼スラグに含まれるリン成分を遊離リン酸として溶出させる溶出工程と、
溶出工程後の製鋼スラグ及び硫酸の混合物から、有機溶媒を用いて遊離リン酸を抽出する抽出工程と、
有機溶媒を蒸発させ、遊離リン酸を回収する遊離リン酸回収工程と、
を有する製鋼スラグからのリン酸回収方法に関する。
【0017】
製鋼スラグと硫酸とを混合して反応させると、製鋼スラグに含まれるリン酸塩が遊離リン酸として表面に溶出する。これに水を加えると製鋼スラグ表面に付着している遊離リン酸を回収することができるが、リン酸が水に溶解して希薄水溶液となるため、後段の濃縮工程の負荷が大きくなる。また、製鋼スラグからはカルシウム塩等も溶出するため、水を加えるとこれら塩等も溶解し、回収する遊離リン酸の純度が低下しやすい。
【0018】
そこで、本発明では、水ではなく有機溶媒を加えて製鋼スラグ表面の遊離リン酸を溶解させ、回収する。この場合、遊離リン酸はリン酸塩にはならず、リン酸塩以外の塩等も混入しにくいという利点がある。また、蒸留等の操作によって有機溶媒を蒸発させれば、遊離リン酸と分離することも容易である。
【0019】
なお、硫酸以外の鉱酸、例えば、硝酸又は塩酸を用いても製鋼スラグから遊離リン酸を溶出させることは可能である。このとき、硝酸カルシウム又は塩化カルシウムも同時に抽出されるが、これら塩類は遊離リン酸に対する溶解度も大きいため、回収させる遊離リン酸の純度が低下しやすい。
【0020】
しかし、本発明では硫酸を使用するため、溶解度の低い硫酸カルシウムしか生成されず、回収される遊離リン酸の純度が低下しにくい。
【0021】
硫酸の濃度は、5mol/l(10N)以上であることが好ましい。
【0022】
硫酸濃度が5mol/l(10N)以下(38wt%以下)では、製鋼スラグから遊離リン酸を抽出する効果が低いためである。
【0023】
前記溶出工程においては、製鋼スラグ1kgに対して硫酸10mol以上15mol以下を反応させることが好ましい。
【0024】
製鋼スラグ1kgと反応させる硫酸が10mol未満では、製鋼スラグから遊離リン酸を溶出させることが困難である。一方、製鋼スラグ1kgと反応させる硫酸が15molを超えると、遊離リン酸に過剰の硫酸が溶解し、純度を下げることになる。
【0025】
また、15molを超える硫酸と反応させても、過剰の硫酸が有機溶媒と共に後の工程まで残存することになるため、得られる遊離リン酸の純度が低くなるおそれがある。製鋼スラグはカルシウム分を多く含有しており、添加した硫酸の内、リン酸の抽出に利用されない硫酸は全てカルシウム分と反応すると考えられていたが、実際には製鋼スラグの表面でのみカルシウム分と反応し、カルシウム分と反応しない過剰の硫酸は、そのまま残存することが判明した。
【0026】
前記有機溶媒は、1級又は2級の脂肪族アルコールであることが好ましい。
【0027】
本発明で使用する有機溶媒は、遊離リン酸を溶解させやすく、蒸発させることによって溶解させた遊離リン酸を容易に分離できるものであることが理想的である。このような有機溶媒としては、1級又は2級の脂肪族アルコールが好ましく、特に、メタノール又はエタノールが好ましい。
【0028】
前記製鋼スラグは、鉄濃縮相とリン濃縮相に分離した後のリン濃縮相のスラグであることが好ましい。
【0029】
本発明のリン回収方法は、リン濃度がより高いリン濃縮相のスラグに適用することが、リン回収効率の点からは好ましいためである。
【発明の効果】
【0030】
本発明の製鋼スラグからのリン回収方法は、鉱酸を用いてリン成分をリン酸塩として回収する従来技術とは異なり、リン成分を遊離リン酸として回収することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の製鋼スラグからのリン回収方法におけるプロセスフロー図の一例である。
【図2】湿式リン酸法によるリン酸製造方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施の形態について、適宜図面を参酌しながら説明する。なお、本発明は以下の記載に限定されない。
【0033】
本発明の製鋼スラグからのリン回収方法におけるプロセスフロー図の一例を、図1に示す。製鋼スラグは、まず、ジョークラッシャーやボールミル等によって最大粒子径が10〜100μm程度の大きさに粉砕される。
【0034】
(溶出工程)
次に、リン濃縮相に、5mol/l(10N)以上の硫酸を加えて混合する。このとき、製鋼スラグに対する硫酸の混合比率は、製鋼スラグ1kgに対して硫酸10mol以上15mol以下とする。硫酸はリン濃縮相表面を濡らす程度とし、リン濃縮相が硫酸に浸漬するほどには混合しない。
【0035】
リン濃縮相と強酸である硫酸とを反応させることにより、リン濃縮相に含有されるリン酸塩から弱酸であるリン酸(遊離リン酸)が溶出する。溶出したリン酸は、スラグ表面に付着した状態であり、そのままでは固液分離することができない。
【0036】
(抽出工程)
そこで、リン濃縮相と硫酸との混合物に有機溶媒を加え、リン濃縮相表面に付着している遊離リン酸を有機溶媒に溶解させることにより、遊離リン酸を抽出する。有機溶媒として好ましい具体例は、メタノール、エタノール、1-ブタノール等の1級アルコールである。なお、後述する遊離リン酸回収工程で蒸発分離(減圧蒸発を含む)を行う際のエネルギーを低くする観点から、蒸発させる際の熱量の小さい有機溶媒であることが好ましい。このため、1級アルコールの中でも、メタノール又はエタノールが最も実用的である。
【0037】
本発明では、水ではなく有機溶媒を用いて遊離リン酸を溶解させるため、遊離リン酸がリン酸塩とならない。また、硫酸と混合することによって発生する水和熱も小さく、安全性が高い。遊離リン酸を充分に有機溶媒へ溶解させるためには、撹拌操作を行うことが好ましい。
【0038】
なお、添加する有機溶媒の量は特に限定されない。また、後段の濾過工程でも、洗浄もかねて同じ有機溶媒を添加することが好ましい。
【0039】
有機溶媒に遊離リン酸を溶解させた後、ろ過操作や沈殿操作によって固液分離し、固形分は脱リンスラグとして回収される。遊離リン酸を溶解させた有機溶媒は、遊離リン酸回収工程に付される。このとき、リン濃縮相に含まれるカルシウム分と反応した残存硫酸は硫酸カルシウムとなっており、固液分離によって遊離リン酸を溶解させた有機溶媒と分離される。
【0040】
(遊離リン酸回収工程)
次に、遊離リン酸を溶解させた有機溶媒から、有機溶媒だけを蒸発させる。有機溶媒の蒸発は、蒸留装置を用いて蒸留することによって行いうる。蒸留装置の熱源としては、製鋼工程で発生する排熱を利用することが好ましい。有機溶媒の蒸留は、減圧蒸留としてもよい。蒸発させた有機溶媒は、凝集させることによって回収され、再利用される。有機溶媒が蒸発することにより、遊離リン酸だけを回収することができる。なお、回収された遊離リン酸は、必要に応じて公知の手段によって精製することもできる。
【0041】
本発明では、有機溶媒を使用して遊離リン酸の抽出を行うため、水を用いて遊離リン酸の抽出を行う場合と比較すると、溶媒蒸発に要するエネルギーが少ない。また、有機溶媒中では、水中と異なり遊離リン酸は電離しないため、リン酸塩が形成されにくく、純度の高い遊離リン酸を得ることが可能である。
【0042】
<リン酸抽出実験>
製鋼スラグ10g (粒子径 90μm以下)と、5mol/l〜15mol/lの硫酸とを混合した。混合する硫酸の量は、製鋼スラグ1kg当たりに換算して7.5mol〜15molとした。約5分間撹拌し、製鋼スラグと硫酸とを反応させた。その後、各種溶媒を約50mL加え、反応生成物を分散させ、同じ溶媒を用いてろ過及び洗浄した。
【0043】
溶媒によって抽出した遊離リン酸量は、ICP発光分析法で溶媒中のリン量を定量し、リン定量値に基づいて算出した。このとき、リン酸塩を形成するカルシウム分が存在しないことを確認した上で、リン定量値から遊離リン酸量を算出した。表1は、その結果を示す。
【0044】
【表1】

【0045】
硫酸濃度10mol、製鋼スラグ1kg当たりの硫酸添加量を15molとした場合、溶媒がメタノール又はエタノールであれば、リン酸抽出率は90%以上となった。また、溶媒がイソブタノール又は1-ブタノールであってもリン酸抽出率は50%以上となった。しかし、溶媒がジエチルエーテルの場合には、リン酸抽出率がわずか3%に過ぎなかった。
【0046】
また、エタノールを溶媒として用いる場合であっても、製鋼スラグ1kg当たりの硫酸添加量を7.5molとした場合、硫酸濃度が15mol/lであってもリン酸抽出率は26%に過ぎず、硫酸濃度が5mol/lであれば、リン酸抽出率は0に近かった。このように、製鋼スラグと反応させる硫酸濃度、硫酸量及び溶媒種類によって、リン酸抽出率は大きく変動することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の製鋼スラグからのリン回収方法は、製鉄分野、化学工業分野において、付加価値の高い遊離リン酸を回収する方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製鋼スラグと硫酸とを反応させ、製鋼スラグに含まれるリン成分を遊離リン酸として溶出させる溶出工程と、
溶出工程後の製鋼スラグ及び硫酸の混合物から、有機溶媒を用いて遊離リン酸を抽出する抽出工程と、
有機溶媒を蒸発させ、遊離リン酸を回収する遊離リン酸回収工程と、
を有する製鋼スラグからのリン酸回収方法。
【請求項2】
硫酸の濃度が5mol/l以上である、請求項1に記載の製鋼スラグからのリン酸回収方法。
【請求項3】
前記溶出工程において、製鋼スラグ1kgに対して硫酸10mol以上15mol以下を反応させる、請求項1又は2に記載の製鋼スラグからの遊離リン酸回収方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が1級又は2級の脂肪族アルコールである、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の製鋼スラグからのリン酸回収方法。
【請求項5】
前記脂肪族アルコールがメタノール又はエタノールである、請求項4に記載の製鋼スラグからのリン酸回収方法。
【請求項6】
前記製鋼スラグが鉄濃縮相とリン濃縮相に分離した後のリン濃縮相のスラグである、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の製鋼スラグからのリン酸回収方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−213558(P2011−213558A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84919(P2010−84919)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【出願人】(000192590)株式会社神鋼環境ソリューション (534)
【Fターム(参考)】