説明

複数の回線終端カード間のジョイント信号処理

本発明は、加入者回線を介して加入者装置を接続するための回線終端カード1に関する。本発明の第1の実施形態によれば、回線終端カードは、−データシーケンスs1,t;sM,tを出力するためのデータ出力端末10;10と、−このデータシーケンスを解析してキャリアローディングパラメータCL;CLに従って周波数サンプルに符号化し、この周波数サンプルを、キャリアスケーリングパラメータCS;CSに従って、スケーリングされた周波数サンプルZ1,t,k;ZM,t,kにスケーリングし、このスケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するためのベクタリングエンティティ20と、−キャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータを調整するためのコントローラ30と、−データ出力端末およびコントローラに結合された、データシーケンス、キャリアローディングパラメータ、およびキャリアスケーリングパラメータをさらなる回線終端カード1’へ転送するための転送装置40とを備える。本発明はまた、このような回線終端カードを備えるアクセスノード、および加入者回線を介して加入者装置を接続するための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロストーク補償のためのジョイント信号処理に関し、より詳細には、誘起されるクロストークを補償するように動作可能な、加入者回線を介して加入者装置を接続するための回線終端カード(line termination card)に関する。
【背景技術】
【0002】
クロストーク(またはチャネル間干渉)は、デジタル加入者回線(DSL)通信システムなどの多入力多出力(MIMO)通信システムのチャネル障害の主な原因である。
【0003】
より高速なデータ転送速度に対する需要が高まるにつれて、DSLシステムは、より高い周波数帯域へ発展しつつあるが、より高い周波数帯域では、隣接する伝送ライン(すなわち、ケーブル束線内の銅ツイストペアなどの、非常に近接している伝送ライン)間のクロストークがより顕著になる(周波数が高いほど、結合も増加する)。
【0004】
MIMOシステムは、次の線形モデルで表されることができる。
Y(f)=H(f)X(f)+Z(f) (1)
上式で、N成分の複素ベクトルX(それぞれYも同様)は、N個のチャネルを介して送られ、それぞれN個のチャネルから受け取られるシンボルの離散的な周波数表現を表し、N成分の複素ベクトルZは、外来干渉(alien interference)、熱雑音、および無線周波数干渉(RFI)などの、N個のチャネル上に存在する追加のノイズを表し、
N×Nの複素行列Hはチャネル行列と呼ばれる。チャネル行列Hの(i,j)番目の成分は、通信システムが、j番目のチャネル入力に送られるシンボルに応答してi番目のチャネル出力上で信号をどのように生成するかを表す。チャネル行列の対角要素は直接チャネル結合を表し、チャネル行列の非対角要素はチャネル間結合を表す。
【0005】
クロストークを軽減し、有効スループット、到達範囲(reach)、および回線の安定性を最大にするさまざまな方式が編み出されてきた。これらの技法は、静的または動的なスペクトル管理技法から多ユーザ信号調整(multi−user signal coordination)に次第に発展しつつある。
【0006】
チャネル間干渉を減少させるための1つの技法がジョイント信号プリコーディングである。プリコーディングにより、信号は、それぞれの通信チャネルを経由して送られる前にプリコーディング行列を介してまとめて渡される。このプリコーディング行列は、プリコーダと通信チャネルを連結することにより、受信機での干渉がほとんどまたはまったくなくなるようなものである。
【0007】
しかし、典型的なDSL展開の慣行は、ランダムにまたは先着順に終端ポートを選択することであり、ほとんどの場合、同じケーブル束線を共有する加入者回線は同じ回線終端カードで終端されないことがある。これにより、クロストーク補償の動作が複雑で効果がなくなり、不可能な場合すらある。
【0008】
この問題の知られている解決策は、加入者回線を再配置(rearrange)することである。2つの知られている解決策は、(1)同じ束線を共有するすべてのラインが同じ回線終端カードで適切に終端されるように、現場で加入者回線を手動で再配置する(または調節(groom)する)こと、および(2)加入者回線と終端ポートのマッピングが適切に管理されるように、加入者回線と回線終端ポートの間で高性能なクロスコネクト装置を用いることである。解決策(1)は、技術者が現場に派遣して配線を再構成することを伴う。このトラックロールは、高コストの作業であるだけでなく、処理を完了するのにかなりの時間がかかる。解決策(2)は、高品質のクロスコネクト装置を必要とする。この技術は、現時点では未熟である。この技術は、非常に高価であるか、またはあまりに多くの信号歪みをもたらし、したがってクロストーク補償の予想される利得を制限する、さらにはこれをなくする。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】国際電気通信連合(ITU)によって2006年2月に発表された「Very High Speed Digital Subscriber Line Transceivers 2(VDSL2)」という名称のG.993.2勧告
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、異なる回線終端カードで終端される選択されたグループの加入者回線に対してクロストーク補償を効率的かつ安価に実施することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の実施形態によれば、加入者回線を介して加入者装置を接続するための回線終端カードは:
− データシーケンスを出力するためのデータ出力端末と、
− 前記データシーケンスを解析してキャリアローディングパラメータに従って周波数サンプルに符号化し、前記周波数サンプルを、キャリアスケーリングパラメータに従って、スケーリングされた周波数サンプルにスケーリングし、前記スケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するためのベクタリングエンティティ(vectoring entity)と、
− 前記キャリアローディングパラメータおよび前記キャリアスケーリングパラメータを調整するためのコントローラと、
− 前記データ出力端末および前記コントローラに結合された、前記データシーケンス、前記キャリアローディングパラメータ、および前記キャリアスケーリングパラメータをさらなる回線終端カードへ転送するための転送装置、を備える。
【0012】
本発明の別の実施形態によれば、前記ベクタリングエンティティは、さらなるデータシーケンスをさらに解析しさらなるキャリアローディングパラメータに従ってさらなる周波数サンプルに符号化し、前記さらなる周波数サンプルを、さらなるキャリアスケーリングパラメータに従って、さらなるスケーリングされた周波数サンプルにスケーリングし、前記さらなるスケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するためのものであり、
回線終端カードは、前記ベクタリングエンティティに結合された、前記さらなるデータシーケンス、前記さらなるキャリアローディングパラメータ、および前記さらなるキャリアスケーリングパラメータを前記さらなる回線終端カードから受け取るためのさらなる転送装置をさらに備える。
【0013】
マッパおよびプリコーダは、本明細書においてはベクタリングエンティティ(VE)と呼ばれる単一のエンティティにマージされ、その回線終端カード上で共同で処理されるべき信号のグループ(またはクロストーク補償グループ、またはベクタリンググループ、またはプリコーディンググループ)と同じ数のVEが回線終端カードごとにある。マッピングされていないデータシーケンスは、クロストーク補償グループのそれらのメンバシップ(membership)に従ってそれぞれのVEに供給される。データ出力端末は、転送装置を介してVE(複数可)に結合される。この転送装置は、データシーケンスを選択的に複製して回線終端カードの集合に送り、回線終端カードは、同じクロストーク補償グループのライン信号に関するジョイント信号処理を実施する。
【0014】
データシーケンスが周波数領域に正しくマッピングされて正確なクロストーク補償を行うように、キャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータも転送される。
【0015】
この革新的なアーキテクチャは、回線終端カード間で必要な通信スループットを大きく減少させ(たとえば、十分な数のビットで量子化された、マッパの出力における複素値が、さらなるプリコーディングのために集中型プリコーダに供給可能な場合。まだいくらかの量子化損失を被ることがある)、その解決策をほぼ最適なものにする。
【0016】
これは、マッパおよびプリコーダを1つのエンティティにグループ化し、そのエンティティにローカルで利用可能なデータシーケンス、ならびにさらなる回線終端カードからのデータシーケンスを入力することによって達成される。
【0017】
同じVE(すなわち、同じプリコーディング行列を使用するか、または同じクロストーク補償グループに関連する)は複数の回線終端カードで複製され、データシーケンスおよび関連マッピング情報が転送される必要があるのは、1回のみである(たとえば、一方、プリコーディング前後の複素値は、1つの集中型(centralized)プリコーダと往復で交換されなければならない)。
【0018】
この解決策のさらなる利点は:
− 回線管理を簡略化する。これは、完全に自動化されることができる。
− 単一の回線カード内に限定されるのではなく、より幅広いクロストークの選択を可能にすることによって、システム性能を向上させる。
− 現場の機器の追加は必要ではなく、このため単一障害点がない。
− ユーザの契約(subscription)変更時に、「トラックロール」を必要としない。これにより、OPECが大きく減少し、顧客満足度が向上する。
− ネットワーク配置のさらなる柔軟性を提供し、ネットワーク障害時の再構成を簡単にする。
【0019】
データ出力端末によって出力されるデータシーケンスは、たとえば、VDSL2参照モデルのδ基準点で物理媒体固有−伝送コンバージェンス(PMD−TC:Physical Media Specific−Transmission Convergence)層によって出力されるフレーム化されたデータを指してよい。VDSL2参照モデルは、国際電気通信連合(ITU)によって2006年2月に発表された「Very High Speed Digital Subscriber Line Transceivers 2(VDSL2)」という名称のG.993.2勧告に記載されている。
【0020】
クロストーク補償がトーンのサブセット(たとえば、高い周波数帯のみ)のみに対して実行される場合、これらのトーンにマッピングされるデータシーケンスの一部は転送されるが、その残りの部分は転送されない。
【0021】
キャリアローディングパラメータは、たとえば、測定された信号対雑音比(SNR)に基づいて加入者回線上のデータ通信経路の初期化または動作中に決定される情報などのビットローディング情報を指してもよいし、測定されたノイズおよび/またはさらなる基準によるマッピングのためにキャリアがソートされるキャリア(またはトーン)オーダリング表を指してもよい。
【0022】
キャリアスケーリングパラメータは、たとえば、測定された信号対雑音比(SNR)に基づいて加入者回線上のデータ通信経路の初期化または動作中に決定されるキャリアの相対利得を指してもよいし、加入者回線上で構成される送信電力スペクトルマスク(transmit power spectral mask)を指してもよい。
【0023】
本発明の別の実施形態によれば、前記データシーケンス(またはその一部)は、クロストーク補償グループのそのメンバシップに基づいてマルチキャストされる。
【0024】
クロストーク補償グループとマルチキャストグループは1対1の関係にあり、回線終端カードは、ローカルで利用可能なデータシーケンスと共同で処理される任意のデータシーケンスと共に供給されるように適切なマルチキャストグループをサブスクライブする。
【0025】
あるいは、データシーケンスは、適切な回線終端カードにユニキャストされるか、またはすべての回線終端カードにブロードキャストされる。
【0026】
関連するキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータは、同じマルチキャストストリームまたはブロードキャストストリームの一部であるデータシーケンスと共に通知されることもできるし、専用チャネルを介して別々に送信されることもできる。
【0027】
回線終端カードは、加入者の構内の中央位置またはその近くの離れた位置にある、デジタル加入者回線アクセスマルチプレクサ(DSLAM)などのアクセスノードの一部を形成することができる。
【0028】
本発明は、加入者回線を介して加入者装置を接続するための方法にも関する。
【0029】
本発明の第1の実施形態によれば、この方法は、回線終端カードによる:
− データシーケンスを出力するステップと、
− 前記データシーケンスを解析し、キャリアローディングパラメータに従って周波数サンプルに符号化するステップと、
− 前記周波数サンプルを、キャリアスケーリングパラメータに従って、スケーリングされた周波数サンプルにスケーリングするステップと、
− 前記スケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するステップと、
− 前記キャリアローディングパラメータおよび前記キャリアスケーリングパラメータを調整するステップと、
− 前記データシーケンス、前記キャリアローディングパラメータ、および前記キャリアスケーリングパラメータをさらなる回線終端カードへ転送するステップ、とを含む。
【0030】
本発明による方法の実施形態は、本発明による回線終端カードの実施形態と一致する。
【0031】
一実施形態の以下の説明を添付の図面と併せて参照することにより、本発明の上記およびその他の目的および特徴はさらに明らかになり、本発明自体が最もよく理解されよう:
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】さらなる回線終端カードへの送信データフローを強調した、本発明の例示的実施形態の回線終端カードを示す図である。
【図2】さらなる回線終端カードからの受信データフローを強調した、回線終端カードを示す図である。
【図3】回線終端カードとさらなる回線終端カードの間のデータフローの概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
図1および図2では、それぞれ送信データフローおよび受信データフローを強調して、回線終端カード1が示されている。
【0034】
入力端末は黒三角で描かれ、出力端末は白三角で描かれている。本明細書において、端末とは、あるハードウェアエンティティまたはソフトウェアエンティティから別のエンティティに情報または信号を渡すための手段を意味し、1つまたは複数のハードウェアピン、関数呼び出しまたは手続き呼び出し、アプリケーションプログラミングインタフェース(API)、リモートプロシージャコール(RPC)などである。
【0035】
本発明の好ましい一実施形態では、回線終端カード1は、VDSL2加入者回線を終端させるように動作可能であり、DSLAMの一部を形成する。
【0036】
回線終端カード1は機能ブロックを備え、そのうちで最も目立つものは:
− データシーケンスを出力するためのデータ出力端末10と、
− N個の入力端末I−IとN個の出力端末O−Oとを備えるVE20と、
− コントローラ30と、
− 第1の転送装置40と、
− 第2の転送装置50、である。
【0037】
1つまたは複数のデータ出力端末10は、それらのグループメンバシップに応じてVE20の入力端末に結合される。1つまたは複数のデータ出力端末10は、1つまたは複数のさらなる回線終端カードへデータシーケンスを出力するために第1の転送装置40の入力端末にも結合される。第2の転送装置50の1つまたは複数の出力端末は、1つまたは複数のさらなる回線終端カードからVE20にデータシーケンスを入力するためにVE20の入力端末に結合される。最後に、コントローラ30は、VE20および第1の転送装置40に結合される。
【0038】
VE20は、さらに:
− N個のマッパ21−21と、
− プリコーダ22、とを備える。
【0039】
入力端末I−Iは、マッパ21−21の入力端末のうちのそれぞれの端末に結合され、マッパ21−21の出力端末は、プリコーダ22のN個の入力端末のうちのそれぞれの端末に結合され、プリコーダ22のN個の出力端末は、出力端末O−Oのうちのそれぞれの端末に結合される。
【0040】
コントローラ30の1つまたは複数の制御出力端末は、マッパ21の制御入力端末に結合され、第1の転送装置40の入力端末にも結合される。第2の転送装置50の1つまたは複数の出力端末は、マッパ21の制御入力端末に結合される。コントローラ30の制御出力端末はさらに、プリコーダ22の制御入力端末に結合される。
【0041】
本明細書でさらに説明するように、データ出力端末10とマッパ21の入力端末の間、コントローラ30の制御出力端末とマッパ21の制御入力端末の間、データ出力端末10と第1の転送装置40の入力端末の間、コントローラ30の制御出力端末と第1の転送装置40の入力端末の間、および第2の転送装置50の出力端末とマッパ21の入力端末と制御入力端末の間の結合は、クロストーク補償グループのそれぞれのメンバシップによって決まる。
【0042】
データ出力端末10は、周波数領域へのマッピングの準備が整ったデータシーケンスを出力するように構成される。本明細書において、データシーケンスとは、VDSL2参照モデルのδ基準点でPMD−TC層によって出力されるフレーム化されたデータを指す。データシーケンスの各データフレームは、1つのDMTシンボルに対応する。
【0043】
マッパ21は:
− トーンオーダリング、
− 任意選択で、トレリスコーディング、
− コンステレーションマッピング(constellation mapping)、
− コンステレーションポイント(constellation point)のスケーリング、の機能からなる。
【0044】
マッパ21は、受信ビットストリームをビットの小グループに分割し、各グループはDMTシンボルの特定のキャリアを変調するために割り当てられる。各グループはさらに、任意選択でトレリスエンコーダによって符号化され、最後はコンステレーショングリッドのコンステレーションポイントにマッピングされる。
【0045】
初期化中に、PMD受信機能は、キャリアの測定されたSNRおよび特定のシステム構成設定に基づいて、MEDLEYセットのあらゆるキャリアkに使用されるビットの数(すなわちビットローディング)bおよび相対利得gを計算するものとする。PMD受信機能はまた、トーンオーダリングテーブル、すなわちキャリアがビットを割り当てる順序を決定するものとする。計算されたビットおよび利得ならびにトーンオーダリングテーブルは、DSL経路初期化のチャネル解析および交換段階中にPMD送信機能に返送されるものとする。
【0046】
コンステレーションポイントは、平均電力を正規化し、周波数に依存するPSD送信を達成し、使用中であるキャリア上のSNRマージンを等化するようにスケーリングされるものとする。
【0047】
平均電力を正規化するために必要とされるスケーリングは、コンステレーションの大きさにのみ依存する。これは、ファクタχ(b)で表される。利得調節器gは、使用中であるキャリア上のSNRマージンを等化するために使用される。PSD形成機構は、いわゆるtss係数に基づく。
【0048】
MEDLEYセットのキャリアの場合、各コンステレーションポイント(X,Y)は、コンステレーションマッパの出力における複素値X+jYに対応するものであり、電力正規化因子χ(b)、利得調節器g、および周波数領域スペクトル形成係数tssによってスケーリングされ、次のように定義される複素数Zが得られる:
=g×tss×χ(b)×(X+jY)(2)
【0049】
プリコーダ22は、ダウンストリーム方向(すなわち、中央局から加入者の構内へ)のジョイント信号処理を実施するように構成される。
【0050】
信号プリコーディングは、チャネル間干渉を補償するように周波数領域の送信シンボルを共同で処理することによって達成される。
【0051】
ダウンストリームチャネル行列は、次のように表され得る:
【数1】

上式で、Dはダウンストリーム直接チャネル伝達関数を含む対角行列を表し、Cはダウンストリームクロストークチャネル伝達関数を含む非対角行列を表し、Iは次によって与えられる恒等行列(identity matrix)である:
【数2】

【0052】
プリコーディングは、理想的には、直接チャネル伝達関数(受信側での周波数等化により、直接チャネル減衰および位相シフトが補償される)を保持し、かつすべてのクロストークチャネル伝達関数を同時にゼロにする伝達関数行列に帰着する。これは、以下のプリコーディング行列を使用することによって達成される:
【数3】

【0053】
後者は、クロストークチャネル係数の幅が直接チャネル係数の幅に対して小さい場合に有効な一次近似であり、これはDSL展開で有効な仮定である。
【0054】
相対クロストークチャネル行列を
【数4】

と表すとすると、次の式によって得られる:
【数5】

【0055】
プリコーディングを行った受信信号は、次の式によって得られる:
【数6】

【0056】
すなわち、プリコーディングにより、受信信号は、チャネル間干渉によって損なわれず、外来ノイズ(alien noise)によってのみ損なわれる。
【0057】
最後に、プリコーディングされた周波数サンプルは、離散逆フーリエ変換(IDFT)を使用してDMTシンボルのキャリアを変調する。IDFTの後で、得られたシンボルは、周期的に拡張され(cyclically extended)、窓を掛けられ(windowed)、アナログ信号に変換され、送信媒体を介して送信される。
【0058】
コントローラ30は、マッパ21およびプリコーダ22の動作を制御するように構成される。より具体的には、コントローラ30は、マッパ21にPMD通信パラメータ、より顕著にはキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータを、プリコーダ22にプリコーディング行列を渡す。
【0059】
回線終端カード1で終端する回線のキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータはコントローラ30によって利用可能とされるが、さらなる回線終端カードで終端する回線のキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータは、第2の転送装置50を介してさらなる回線終端カードから取り出される。
【0060】
本明細書において、キャリアローディングパラメータとは、ビットローディングb、およびPMD層によって決定されるトーンオーダリングテーブルを指す。本明細書において、キャリアスケーリングパラメータとは、PMD層によって決定されるキャリアの相対利得gを指し、場合によっては、加入者回線上で構成される送信電力形成マスク(すなわち、tss係数)を指す。
【0061】
プリコーディング行列は、クロストークチャネル伝達関数の推定値に従って決定される。この推定値は、加入者装置からのノイズ測定に基づいて計算される。
【0062】
第1の転送装置40は、さらなる回線終端カードによるジョイント信号処理を行うために、さらなる回線終端カードに、データ出力端末10によって出力されたデータシーケンスならびに関連するキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータを供給するように構成される。
【0063】
第2の転送装置50は、VE20によるジョイント信号処理のためにさらなる回線終端カードからデータシーケンスならびに関連するキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータを受け取るように構成される。
【0064】
第1の転送装置40の出力端末は、さらなる回線終端カードの一部を形成するさらなる第2の転送装置の入力端末に結合され、第2の転送装置50の入力端末は、さらなる回線終端カードの一部を形成するさらなる第1の転送装置の出力端末に結合される。
【0065】
第1の転送装置40および第2の転送装置50は、回線終端カードを互いに接続する、イーサネット(登録商標)スイッチファブリックまたは共有データバスなどの通信機構上に構築される。
【0066】
データ出力端末10によって出力されたデータシーケンス内の1つまたは複数のデータフレームは、たとえばそれぞれ送信元回線終端カードおよび宛先回線終端カードを識別する宛先アドレスおよび送信元アドレスを追加することによって、または対応する回線終端カードが待ち受けるものとする特定のクロストーク補償グループを識別するマルチキャストアドレスを追加することによって、1つまたは複数のさらなる回線終端カードへのさらなる送信に適した形式にカプセル化される。次に、そこにおいて1つまたは複数のデータフレームが抽出され、さらにVEに供給される。各データフレームは、DMTシンボルインデックスによって、およびデータフレームが関連する回線識別子によって、識別される。
【0067】
データシーケンスは連続的に複製されてそれぞれのVEに供給されるが、キャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータが交換されるのは、その値が調整されるとき、初期化時、またはオンライン再構成(OLR)コマンドによってのみである。
【0068】
次に、この好ましい実施形態の動作を、図1、2、および3を参照して続ける。
【0069】
符号化されたデータシーケンスは{sm,t}と表されるが、mは1からMまでのデータ出力端末インデックスを表し、MはNに等しいかこれより小さく、tはDMTシンボルインデックスを表す。このデータシーケンスは、コンステレーションマッピングおよびスケーリングの後に複素数のシーケンス{Zm,t,k}を生じ、これはプリコーディング前の信号の周波数サンプルを示す。次に、複素数のシーケンス{Zm,t,k}は、クロストークを事前補償するためにプリコーダ22を介して渡され、それによって複素数の新しいシーケンス{Z’m,t,k}を生じる。この新しいシーケンスは、プリコーディング後かつIDFTユニットによる変調前の信号の周波数サンプルを示す。
【0070】
スケーリングファクタは、必要とされる算術演算の数および量子化損失を減少させるように、プリコーダ行列の係数に直接統合可能であり、その場合、スケーリングされていない周波数サンプルは、さらにスケーリングおよびプリコーディングを行うためにプリコーダ22に直接渡される。
【0071】
データシーケンス{Sm,t}の解析、マッピング、およびスケーリングのためのキャリアローディング情報およびキャリアスケーリング情報はそれぞれ、CLmおよびCSmと表される。
【0072】
図3では、回線終端カード1、ならびにN個の入力端末I’−I’およびN個の出力端末O’−O’を有する類似のVE20’を収容するさらなる回線終端カード1’が示されている。コントローラ、キャリアローディング情報、およびキャリアスケーリング情報は、図面を混乱させないために、図3では故意に省略されている。
【0073】
例示的な実施形態として、3つのエンコーダENC_1、ENC_m、およびENC_Mの一部をそれぞれ形成し3つのデータシーケンス{s1,t}、{sm,t}、および{sM,t}をそれぞれ出力する3つのデータ出力端末10、10、および10が示されている。エンコーダENC_1およびENC_Mは回線終端カード1の一部を形成し、出力されたデータシーケンス{s1,t}および{sM,t}は、回線終端カード1に接続された加入者回線LおよびL(図示せず)を経由して送られる。エンコーダENC_mは、さらなる回線終端カード1’の一部を形成し、出力されたデータシーケンス{sm,t}は、さらなる回線終端カード1’に接続された加入者回線L(図示せず)を経由して送られる。回線L1、Lm、およびLMは、同じケーブル束線を共有し、同じクロストーク補償グループの一部を形成する。
【0074】
データ出力端末10および10は、それぞれVE20の入力端末IおよびIに結合され、第1の転送装置40を介してそれぞれVE20’の入力端末I’およびI’に結合される。データ出力端末10は、VE20’の入力端末I’に結合され、第2の転送装置50を介してVE20の入力端末Iに結合される。nは、1からNまでの、VE20の入力端末インデックスを表す。
【0075】
VE20の出力端末OおよびOはそれぞれIDFTユニットIDFT_1およびIDFT_Mに結合されるが、VE20の出力端末Oは開いたままにしておかれる(このような端末は図3では×印で終端される)。VE20’の出力端末O’はIDFTユニットlDFT_mに結合されるが、VE20’の出力端末O’およびO’は開いたままにしておかれる。IDFTユニットIDFT_1、IDFT_m、およびIDFT_Mはさらに、それぞれ回線Ll、Lm、およびLMに接続される。
【0076】
Pは、N×Nの正方行列であり、回線L1、Lm、およびLM上で誘起されるクロストークを事前補償するためのプリコーディング行列を表し、VE20および20’の両方によって使用される。プリコーディング行列Pは、たとえばクロストーク推定ユニット(図示せず)から得られる。
【0077】
データシーケンス{s1,t}および{sM,t}は、キャリアローディングパラメータCLおよびCLならびにキャリアスケーリングパラメータCSおよびCSと共に、第1の転送装置40によりVE20’へ転送される。より具体的には、データシーケンス{s1,t}はVE20’の入力端末I’へ転送され、キャリアローディングパラメータCLおよびキャリアスケーリングパラメータCSはVE20’の対応する入力制御端末へ転送される。データシーケンス{sm,t}はVE20’の入力端末I’へ転送され、キャリアローディングパラメータCLおよびキャリアスケーリングパラメータCSはVE20’の対応する入力制御端末へ転送される。
【0078】
同様に、データシーケンス{sm,t}は、キャリアローディングパラメータおよびCLおよびキャリアスケーリングパラメータCSと共に、第2の転送装置50によりVE20へ転送される。より具体的には、データシーケンス{sm,t}はVE20の入力端末Iへ転送され、キャリアローディング情報CLおよびキャリアスケーリング情報CSはVE20の対応する入力制御端末へ転送される。
【0079】
同じクロストーク補償グループの一部を形成する信号は、共同で処理されるためにDMTシンボルレベルでアライメントを行う必要がある。したがって、共通タイミング基準は、(たとえば中央クロック分配ユニットによって)各回線終端カードに供給されるものとし、各トランシーバの動作は、この共通タイミング基準と同期されるものとする。
【0080】
回線終端カード間の信号転送は、マッピングされていないデータシーケンスならびに/または関連するキャリアローディングパラメータおよびキャリアスケーリングパラメータを転送するための1つまたは複数の中間通信ユニットを含んでもよい。
【0081】
例示的な実施形態として、信号転送は、クロストークチャネル推定機能、回線管理機能、ならびにタイミング機能および同期機能と共に、1つまたは複数のクロストーク補償カードにマージ可能である。このカードは、任意の回線終端カード上の任意の加入者回線からの信号がこのカードに送信可能/このカードから受信可能であるように、特定のスロット(たとえば、冗長なネットワーク終端カードに設けられたスロット、または適切な接続性を有する他の任意のスロット)に設置されてよい。クロストーク補償カードは、すべてのクロストーク補償グループの情報を維持し、メンバシップに応じて、回線終端カードの集合に信号を選択的に中継する。回線終端カードは、このグループのライン信号に関するジョイント信号処理を実施する。
【0082】
「備える(comprising)」という用語は、請求項でも使用されるが、その後に列挙される手段に限定されると解釈されるべきではないことに留意されたい。したがって、「手段Aおよび手段Bとを備える装置」という表現の範囲は、構成要素AおよびBのみからなる装置に限定されるべきではない。この表現は、本発明に関して、装置の関連構成要素はAおよびBであることを意味する。
【0083】
さらに、「結合される(coupled)」という用語は、同様に請求項で使用されるが、直接接続のみに限定されると解釈されるべきではないことに留意されたい。したがって、「装置Bに結合された装置A」という表現の範囲は、装置Aの出力が装置Bの入力に直接接続される装置もしくはシステムおよび/または装置Aの入力が装置Bの出力に直接接続される装置もしくはシステムに限定されるべきではない。この表現は、Aの出力とBの入力の間の経路および/またはAの入力とBの出力の間の経路が存在することを意味し、この経路は、他の装置または手段を含む経路であってよい。
【0084】
説明および図面は、本発明の原理を示しているに過ぎない。したがって、当業者が、本明細書において明示的に説明または図示されていないが本発明の原理を実施し本発明の趣旨および範囲内に含まれる種々の構成を考案できることが理解されよう。そのうえ、本明細書において列挙されるすべての例は、当技術分野を進展させる目的で読者が本発明の原理および発明者(複数可)によって与えられる概念を理解するのを支援するために特に教育目的に限られることを主に意図されており、このような具体的に列挙された例および条件に限定されないと解釈されるべきである。さらに、本明細書において本発明の原理、態様、および実施形態、ならびにその特定の例を列挙するすべての記述は、その等価物を包含することが意図される。
【0085】
図に示される種々の要素の機能は、専用ハードウェアならびに適切なソフトウェアに関連してソフトウェアを実行することが可能なハードウェアを通して提供されてよい。その機能は、プロセッサによって提供されるとき、単一の専用プロセッサによって、単一の共有プロセッサによって、またはそのうちのいくつかが共有可能な複数の個別のプロセッサによって、提供されることができる。さらに、プロセッサは、ソフトウェアを実行することが可能なハードウェアのみを指すと解釈されるべきではなく、デジタル信号プロセッサ(DSP)ハードウェア、ネットワークプロセッサ、特定用途向け集積回路(ASIC)、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)などを暗黙的に含むことができるが、これらに限定されない。読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、不揮発性記憶装置などの、従来のおよび/またはカスタムの他のハードウェアも含まれてよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加入者回線を介して加入者装置を接続するための回線終端カード(1)であって、
データシーケンス(s1,t;sM,t)を出力するためのデータ出力端末(10;10)と、
前記データシーケンスを解析してキャリアローディングパラメータ(CL;CL)に従って周波数サンプルに符号化し、前記周波数サンプルを、キャリアスケーリングパラメータ(CS;CS)に従って、スケーリングされた周波数サンプル(Z1,t,k;M,t,k)にスケーリングし、前記スケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するためのベクタリングエンティティ(20)と、
前記キャリアローディングパラメータおよび前記キャリアスケーリングパラメータを調整するためのコントローラ(30)と、
前記データ出力端末および前記コントローラに結合された、前記データシーケンス、前記キャリアローディングパラメータ、および前記キャリアスケーリングパラメータをさらなる回線終端カード(1’)へ転送するための転送装置(40)とを備える、回線終端カード(1)。
【請求項2】
前記ベクタリングエンティティが、さらなるデータシーケンス(sm,t)をさらに解析しさらなるキャリアローディングパラメータ(CL)に従ってさらなる周波数サンプルに符号化し、前記さらなる周波数サンプルを、さらなるキャリアスケーリングパラメータ(CS)に従って、さらなるスケーリングされた周波数サンプル(Zm,t,k)にスケーリングし、前記さらなるスケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するためのものであり、
前記回線終端カードが、前記ベクタリングエンティティに結合された、前記さらなるデータシーケンス、前記さらなるキャリアローディングパラメータ、および前記さらなるキャリアスケーリングパラメータを前記さらなる回線終端カードから受け取るためのさらなる転送装置(50)をさらに備える、請求項1に記載の回線終端カード(1)。
【請求項3】
前記データシーケンスが、クロストーク補償グループのそのメンバシップに基づいてマルチキャストされる、請求項1から2のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)。
【請求項4】
前記キャリアローディングパラメータが、加入者回線上のデータ通信経路の初期化または動作中に決定されるキャリアビットローディングを指す、請求項1から3のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)。
【請求項5】
前記キャリアローディングパラメータが、加入者回線上のデータ通信経路の初期化または動作中に決定されるキャリアオーダリングテーブルを指す、請求項1から4のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)。
【請求項6】
前記キャリアスケーリングパラメータが、加入者回線上のデータ通信経路の初期化または動作中に決定されるキャリアの相対利得を指す、請求項1から5のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)。
【請求項7】
前記キャリアスケーリングパラメータが、加入者回線上で構成される送信電力スペクトルマスクを指す、請求項1から6のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の回線終端カード(1)を備える、アクセスノード。
【請求項9】
前記アクセスノードがデジタル加入者回線アクセスマルチプレクサすなわちDSLAMである、請求項8に記載のアクセスノード。
【請求項10】
加入者回線を介して加入者装置を接続するための方法であって、回線終端カード(1)による、
データシーケンス(s1,t;sM,t)を出力するステップと、
前記データシーケンスを解析し、キャリアローディングパラメータ(CL;CL)に従って周波数サンプル(Z1,t,k;M,t,k)に符号化するステップと、
前記周波数サンプルを、キャリアスケーリングパラメータ(CS;CS)に従って、スケーリングされた周波数サンプル(Z1,t,k;M,t,k)にスケーリングするステップと、
前記スケーリングされた周波数サンプルをクロストーク補償のために処理するステップと、
前記キャリアローディングパラメータおよび前記キャリアスケーリングパラメータを調整するステップと、
前記データシーケンス、前記キャリアローディングパラメータ、および前記キャリアスケーリングパラメータをさらなる回線終端カード(1’)へ転送するステップとを含む、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2012−531153(P2012−531153A)
【公表日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−516625(P2012−516625)
【出願日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際出願番号】PCT/EP2010/058125
【国際公開番号】WO2010/149498
【国際公開日】平成22年12月29日(2010.12.29)
【出願人】(391030332)アルカテル−ルーセント (1,149)
【Fターム(参考)】