説明

親水性フィルム及びその製造方法

【課題】親水性の高いフィルム及び製造方法の提供。
【解決手段】下記式の重合体セグメントを含むブロック共重合体を含有するフィルム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性フィルムに関し、詳しくは高分子膜の表面に高濃度で水酸基を偏析させた親水性フィルム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子の利用を考える上で、我々の最も身近に存在する溶媒である水との関係を考えることは非常に重要である。中でも、水に溶解する高分子、水溶性ポリマーは、天然水溶性高分子と合成水溶性高分子に大別され、今日では食品や医薬品、化粧品など様々な産業分野で利用されている。また、水溶性ポリマーの中には下限臨界共溶温度(LCST)、曇点を持つものが存在し、いわゆる感温性ポリマーとして薬物徐放システムや建築物の調光システムへの応用が盛んに検討されている。
【0003】
これらの中でもポリメタクリル酸エステル類は、その高い透明性から汎用高分子として広く用いられており、エステル側鎖に様々な官能基を導入する分子設計が可能で、反応性や耐熱性、親水性などの性質を容易に変化させることができる。メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(以下「HEMA」と記す。)は水酸基を持つ代表的なメタクリル酸エステルであり、古くからラジカル重合によりポリマーが得られてきた。ポリ(HEMA)は、その高い透明性、親水性、酸素透過性などを生かして、ハイドロゲル、コンタクトレンズなどに利用されている。また、ポリ(HEMA)の水酸基は一級アルコールとしての反応性を示すことから、接着剤、塗料、インキの成分として、さらには合成樹脂の架橋や改質を目的に様々な工業材料にも添加されて用いられている。
【0004】
幅広い用途に展開されているHEMAは、酸性の水酸基を持つことから、そのままではアニオン重合は困難である。そこで水酸基をトリメチルシリル基やtert−ブチルジメチルシリル基、メトキシメチル基などで保護したモノマー類のアニオン重合を行い、引き続く脱保護反応により、設計通りの分子量と狭い分子量分布を持つポリ(HEMA)が定量的に得られることが見出されている(非特許文献1、2参照)。
また、HEMAとスチレンまたはイソプレンとの一次構造の明確な両親媒性ブロック共重合体がミクロ相分離構造を形成し、その構造は外部環境刺激によりフィルム最表面において迅速に変化・応答することが示されている。また、そのミクロ相分離構造とブロック共重合体が示す生体適合性との間に深い関係があることも指摘されている(非特許文献3、4)。
【0005】
このようにアニオン重合により分子量制御に成功したポリ(HEMA)は、ラジカル重合で得られたものと同様に高い親水性を示したが、水には不溶であった。そこで親水性をさらに増加させるために、側鎖ユニットをより長いオリゴエチレングリコールであるジエチレングリコール、トリエチレングリコールに変化させた。具体的には、メタクリル酸ジエチレングリコールやトリエチレングリコールエステルの水酸基を保護したモノマー類を新規に合成し、そのアニオン重合を試みたところ、リビングポリマーが生成することが見出されている(非特許文献5)。
得られたポリマーの保護基は塩基性条件下では安定であるが、重合後に温和な酸性条件下で完全な加水分解が可能であり、ポリ[メタクリル酸オリゴ(エチレングリコール)]が定量的に得られた。これらのポリマーは加水分解後の分子量分布も非常に狭く、設計通りの分子量を持つことから、脱保護反応中には架橋反応や主鎖の切断は起こっていない。期待通り、加水分解後に得られたポリマーは、極めて高い親水性を示し、水に可溶であることを確認した。
【0006】
このように側鎖の親水性を増加させることにより、メタクリル酸エステルでも水溶性を付与することができることが明らかになった。また、ポリマーの側鎖の水酸基は、親水性を付与する以外に、その高い反応性を利用したさらなる化学修飾、高分子反応が可能である。
【0007】
ところで親水性(水溶性)セグメントと疎水性セグメントを有する両親媒性ブロック共重合体の用途として抗血栓性を有する生体適合性材料が知られている。例えば、高分子膜表面を親水性/疎水性ミクロドメイン構造とすることで血小板吸着を抑制して、抗血栓性を発現させるというポリマー設計が、ポリ(HEMA)−ポリスチレン−ポリ(HEMA)トリブロック共重合体として知られている(非特許文献6)。
一方、両親媒性ブロック共重合体から抗血栓性材料を得る上で幾つか問題点が指摘されている。具体的には両親媒性ブロック共重合体が脆く、溶融成形や湿式製膜が困難であることや材料の価格が高いために実用化への大きな障壁になっていると言われている。
さらに問題点として両親媒性ブロック共重合体を用いて湿式製膜を行った場合、表面エネルギーの差から表面が疎水性セグメントで覆われてしまい、抗血栓性を発現する親水性セグメントを表面に偏析させるためには生理食塩水や精製水、血液などに接触させる必要があった。この工程で適切に処理が行われないとむしろ血栓形成が促進されるという問題があった。また、カテーテルのような柔軟性を求められる部材への適用に対しても、両親媒性ブロック共重合体が脆いために適用が困難であり、根本的な解決が求められていた。
【0008】
さらに医療技術の進歩によって、生体用材料と血液や生体組織が接触する機会は増加傾向にあり、材料の生体親和性もこれまで以上に向上させる必要性が生じてきている。この問題に対して表面エネルギーが小さく、水溶性セグメントとして機能するポリ[2−[2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ]エチルメタクリレート]セグメントを有する、ポリスチレンとのブロック共重合体が見出された。このブロック共重合体を湿式製膜した膜の表面組成を解析したところ、このセグメントは水溶性であるにもかかわらず、ポリスチレンよりも表面に偏析しており、キャスト製膜するだけで親水性表面を与えることが確認された(特許文献1)。しかも、ポリスチレン樹脂に上記共重合体を少量添加した組成物においても、得られる膜表面は親水性であり、実用面においても有用であることが示された。
しかしながら、親水性セグメントの側鎖末端はいずれもメトキシ基で封鎖されているため、親水性の程度としては水酸基には劣り、さらには、メトキシ基は反応性基と比較しても反応性の点で劣るため、さらなる化学反応により高分子膜表面の修飾を行う場合には不十分であった。
【0009】
【非特許文献1】A. Hirao, H. Kato, K. Yamaguchi, S. Nakahama, Macromolecules, 19, 1295 (1986)
【非特許文献2】H. Mori, O. Wakisaka, A. Hirao, S. Nakahama, Macromol. Chem. Phys., 195, 3213 (1994)
【非特許文献3】K. Senshu, S. Yamashita, M. Ito, A. Hirao, S. Nakahama, Langmuir, 11, 2293 (1995)
【非特許文献4】K. Senshu, S. Yamashita, H. Mori, M. Ito, A. Hirao, S. Nakahama, Langmuir, 15, 1754 (1999)
【非特許文献5】T. Ishizone, S. Han, S. Okuyama, S. Nakahama, Macromolecules, 36, 42 (2003)
【非特許文献6】C. Nojiri, T. Okano, D. Grainger, K. D. Park, S. Nakahama, K. Suzuki, S.W. Kim, Trans. ASAIO, 33, 596 (1987)
【特許文献1】特開2006−117713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況下で、表面に高い濃度で水酸基が偏析した親水性の高い親水性フィルム及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、メタクリル酸オリゴ(エチレングリコール)の水酸基をトリアルキルシリル基で保護したモノマー類と疎水性セグメントを成すモノマー類のブロック共重合を行い、得られた共重合体を含有する高分子組成物を湿式製膜することで前記保護基が表面に濃縮した高分子膜が得られること、さらには、引き続き行う脱保護反応により、高分子膜表面に水酸基を再生することができることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
すなわち、本発明は、
[1](A)次の一般式(1)で表される重合体セグメントと、一般式(2)で表される重合体セグメントとを含む二元以上のブロック共重合体を含有する親水性フィルム、
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基、pは2〜10の整数、m及びnはそれぞれ10〜10000の整数を表す。)
[2]前記(A)ブロック共重合体に、さらに(B)ポリスチレン系重合体を含有する上記[1]に記載の親水性フィルム、
[3]水の前進接触角が70度以下であり、かつ後退接触角が40度以下である上記[1]又は[2]に記載の親水性フィルム。
[4]前記ブロック共重合体(A)が二元又は三元ブロック共重合体である上記[1]〜[3]のいずれかに記載の親水性フィルム、
[5]前記ブロック共重合体(A)がポリ(トリエチレングリコール)メタクリレートセグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体である上記[1]〜[4]のいずれかに記載の親水性フィルム、
[6]前記ブロック共重合体(A)の含有量が1〜50質量%である上記[1]〜[5]のいずれかに記載の親水性フィルム、
[7](A’)次の一般式(3)で表される保護基R4を有する重合体セグメントと、一般式(2)で表される重合体セグメントとを含む二元以上のブロック共重合体を含有する液を基材に塗布して高分子膜を得、次いで脱保護する親水性フィルムの製造方法、
【化2】

(式中、R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基、R4はトリアルキルシリル基、pは2〜10の整数、m及びnはそれぞれ10〜10000の整数を表す。)
[8]前記液に、さらに(B)ポリスチレン系重合体を含有する上記[7]に記載の親水性フィルムの製造方法、
[9]前記ブロック共重合体(A’)が二元又は三元ブロック共重合体である上記[7]又は[8]に記載の親水性フィルムの製造方法、
[10]前記ブロック共重合体(A’)が2−[2−(2−トリアルキルシリロキシ)エトキシ]エトキシエチルメタクリレートの重合体セグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体である上記[7]〜[9]のいずれかに記載の親水性フィルムの製造方法、及び
[11]前記液中の前記ブロック共重合体(A’)の含有量が1〜50質量%である上記[7]〜[10]のいずれかに記載の親水性フィルムの製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、表面に高い濃度で水酸基が偏析した親水性の高い親水性フィルム及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の親水性フィルムは、(A)上記一般式(1)で表される重合体セグメント(以下「親水性セグメント」という場合がある。)と、一般式(2)で表される重合体セグメント(以下「非水溶性セグメント」という場合がある。)を含む二元以上のブロック共重合体(以下「両親媒性ブロック共重合体」という場合がある。)を含有する。
【0014】
(1)の重合体セグメント(親水性セグメント)において、R1は水素原子又はメチル基であり、pは2〜10の整数、mは10〜10000の整数である。
pが1以下であるとフィルムに十分な親水性を付与することができず、一方、pが11以上であると精製・重合が困難である。以上の点からpは3〜5の範囲が好ましい。
また、mが9以下であると、親水性セグメントの含有率が低下するため、親水性表面を得ることが困難になる。また、モノマーや開始剤の精製度には限界があるために、mが10000を超えると、親水性セグメントを製造することが困難となる。以上の観点からmは15〜1000の範囲であることが好ましい。
本発明では、フィルムを形成した際に、この末端の水酸基が表面近傍に偏析することによって、本発明のフィルムに極めて高い親水性(水溶性)を付与するものである。
【0015】
(2)の重合体セグメント(非水溶性セグメント)において、R2は水素原子又はメチル基、R3は炭素数1〜10のアルキル基であり、nは10〜10000の整数である。R3の置換位置は、オルト位、メタ位及びパラ位のいずれであってもよい。
また、nが9以下であると、本発明の親水性フィルムの物理的強度が低下する。一方、nが10000を超えると、モノマーや開始剤の精製度には限界があるために、親水性セグメントを製造することが困難となる。以上の観点からnは15〜1000の範囲であることが好ましい。
(2)の重合体セグメントは、以下に記載する(B)成分との親和性が重要であり、非水溶性のセグメントで構成される。本発明では、(2)の重合体セグメントは上記のようにポリスチレン系のセグメントであり、該セグメントを構成するモノマー成分としては、スチレン、α―メチルスチレン、p−メチルスチレン、o−メチルスチレン、p−ブチルスチレン、p−オクチルスチレンなどのスチレン誘導体を例示することができる。
【0016】
本発明におけるブロック共重合体(A)は、二元以上のブロック共重合体であるが、製造の容易さの点で、二元又は三元ブロック共重合体が好ましく、中でも、ポリ(トリエチレングリコール)メタクリレートからなる重合体セグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体が特に好ましい。
ブロック共重合体の製造方法としては特に限定されず、公知の方法、例えばアニオン重合により得られたリビングポリマーにモノマーを重合させる方法などが挙げられる。
【0017】
本発明の親水性フィルムは、上記ブロック共重合体(A)のみからなってもよいし、また他のポリマーをさらに含有していてもよい。該他のポリマーとしては、種々のポリマーを用いることができるが、(B)ポリスチレン系重合体が好ましい。
ポリスチレン系重合体(B)としては特に制限はなく、ポリスチレン単独重合体、スチレン誘導体と他のビニルモノマーとのランダム、或いはブロック共重合体として公知のものは、いずれも使用することができる。スチレン誘導体としては、スチレン、α―メチルスチレン、p−メチルスチレン、o−メチルスチレン、p−ブチルスチレン、o−メトキシスチレン、p−メトキシスチレン、1−ビニルナフタレン、3−エチル−1−ビフェニルナフタレン、p−N,N−ジメチルアミノスチレンなどが挙げられ、これらのスチレン誘導体から選ばれる少なくとも1種のモノマーを単独重合又は共重合させたポリマー、これらのモノマーと他のビニルモノマーとの共重合体などが挙げられる。
(B)ポリスチレン系重合体の分子量としては特に制限はないが、通常、数平均分子量で1000〜2000000程度である。
【0018】
本発明の親水性フィルムにおいて、ブロック共重合体(A)の配合割合(含有量)は、組成物全体を基準として1〜50質量%の範囲であることが好ましい。1質量%以上であると、本発明のフィルムに十分な親水性を付与することができ、一方、50質量%以下であると、本発明の親水性フィルムの物理的強度が維持される。以上の観点から、ブロック共重合体(A)の配合割合は2〜20質量%の範囲がさらに好ましい。
また、本発明の親水性フィルムの厚さとしては、特に制限はないが、0.01〜1000μmの範囲が好ましい。
【0019】
次に、本発明の親水性フィルムの製造方法について説明する。本発明の親水性フィルムの製造方法は、(A’)上記一般式(3)で表される保護基R4を有する重合体セグメントと、上記一般式(2)で表される重合体セグメントとを含む二元以上のブロック共重合体を含有する液、あるいは該ブロック共重合体と(B)ポリスチレン系重合体を含有する高分子組成物からなる液を基材に塗布して高分子膜を得(以下「製膜」ということがある。)、次いで脱保護することを特徴とする。
【0020】
1、R2及びR3は前記と同様であり、また、m、n及びpも前記と同様である。R4はトリアルキルシリル基であり、具体的には、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、tert−ヘキシルジメチルシリル基、イソプロピルジメチルシリル基が挙げられ、中でもトリメチルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、tert−ヘキシルジメチルシリル基などが好適に挙げられる。
【0021】
上記トリアルキルシリル基は、後に詳述するアニオン重合に際しての保護基としての役割を果たし、かつ、一般式(3)で示される重合体セグメントを保護基R4がフィルムの表面側に向くように偏析させる役割を担う。通常、末端が水酸基であるモノマーを用いた場合には、空気中で行われる親水性フィルムの製造過程において、その水酸基の存在により、表面エネルギーが高くなり、上記一般式(1)で示されるような重合体セグメントは内部に潜ってしまい、表面に偏析させることができない。従って、フィルムに十分な親水性を付与することができない。
一方、R4として上述のトリアルキルシリル基を用いることで、上記一般式(3)で示される重合体セグメントをフィルムの表面に偏析させることができ、後に詳述する脱保護によって、トリアルキルシリル基は容易に除去することができる。従って、上記一般式(1)で示される重合体セグメントを、水酸基が表面側に向くようにフィルムの表面に偏析させることができ、本発明のフィルムに高い親水性(水溶性)を付与することができる。
【0022】
前記ブロック共重合体(A’)は、二元又は三元ブロック共重合体が好ましく、なかでも、2−[2−(2−トリアルキルシリロキシ)エトキシ]エトキシエチルメタクリレートの重合体セグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体が特に好ましい。また、高分子組成物におけるブロック共重合体(A’)の含有量は、1〜50質量%であることが好ましい。含有量が1質量%以上であると、この製造方法で製造されるフィルムに十分な親水性を付与することができ、50質量%以下であるとフィルムの物理的強度が維持される。
【0023】
(A’)ブロック共重合体を含有する液、あるいは(A’)ブロック共重合体と(B)ポリスチレン系重合体を含有する高分子組成物からなる液を基材に塗布する方法については特に限定されず、例えばスピンコーター、バーコーターなどを用いて塗布される。また、塗布方法に適合した粘度となるように、トルエンや酢酸エチルなどの溶剤を加えて塗布してもよい。なお、溶剤は基材に塗布後に、適当な温度(例えば50〜130℃程度)にて加熱して除去することができる。
さらに、基材に塗布後に、所望によりアニーリング処理を行ってもよい。アニーリング処理としては、例えば、真空下、50〜200℃で1〜50時間程度行うことができる。
また、用いられる基材としては特に限定されず、シリコン基板、ガラス基板、合成樹脂フィルムなどを用いることができる。
【0024】
(A’)ブロック共重合体を含有する液、あるいは(A’)ブロック共重合体と(B)ポリスチレン系重合体を含有する高分子組成物からなる液を基材に塗布した後に行うブロック共重合体の脱保護は、公知の方法で行うことができる(非特許文献1及び2参照)。例えば、保護基がトリアルキルシリル基であれば、塩酸などの酸を用いた脱保護反応により、水酸基が表面側に偏析した親水性フィルムを得ることができる。
【実施例】
【0025】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、実施例で得られた親水性フィルムについての各性能を、以下に示す要領で求めた。
(1)分子量分布の測定
Gel-Permeation Chromatography(GPC)法により求めた。装置としては、保護基を有するブロック共重合体とプレポリマーの測定には、東ソー(株)製「HLC−8020」を用い(テトラヒドロフラン(以下「THF」と表記する)溶媒)」、脱保護後のブロック共重合体の測定には、東ソー(株)「HLC−8120(ジメチルホルムアミド(以下「DMF」と表記する。)溶媒)」を用いた。カラムには5000+4000+3000(THF溶媒)、TSK−GEL GMHXL×2+G2000HXL(DMF溶媒、0.01M LiBr溶液)を用いた。流量は1.0mL/minでカラムオーブンを40℃に設定した。標準サンプルとしてポリスチレンを使用した。
【0026】
(2)NMR(Nuclear Magnetic Resonance、核磁気共鳴スペクトル)測定による同定
装置としては、BRUKER社製「GPX300(300MHz)」を用いた。また、重溶媒としてCDCl31H:7.26ppm、13C:77.0ppm)、d6−DMSO(1H:2.49ppm、13C:39.7ppm)、及びC661H:7.15ppm、13C:128.0ppm)を用いた。1H−NMR及び13C−NMRの測定条件は以下のとおりである。
1H−NMR;300 MHz, C6D6, ref. CDCl3(δ=7.15)
13C−NMR;75 MHz, CDCl3, ref. CDCl3(δ=77.0)
【0027】
(3)数平均分子量(Mn)の測定
重合開始剤の末端官能基部分と1H−NMR測定から得られる重合体の繰り返し構造単位に含まれる官能基部分との面積比から算出した。
なお、この1H−NMR測定により算出される数平均分子量(Mn)の実測値(実測分子量)とは別に、重合開始剤の末端官能基部分と、単量体/重合開始剤モル比から算出される分子量の計算値(設計分子量)を求め、分子量が設計通りに得られているかを確認した。
【0028】
(4)XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy、X線光電子分光分析)による表面分析
装置としては、Physical Electronics Inc.社製「PHI Quantum 2000 spectrometer」を使用した。Alkαからの単色X線(20W、ビームサイズ約100μm)を用い、500×500μmの四角形のエリアを分析した。Take off angle(以下「TOA」と表記する。)を10、 15、20、25、30、35、40、45、55、65、及び85度と変化させ、炭素と酸素の原子含有率(atomic%)を測定した。測定誤差を防ぐために、1つのフィルムサンプルに対して3点を測定し、その平均値を算出した。
【0029】
(5)水の接触角の測定
装置としては、協和界面科学(株)製「Contact Angle Meter CA-A」を使用した。拡張収縮法により前進接触角と後退接触角を各々0.5秒間隔で合計15秒測定した。接触角は接線法により算出した。1つのフィルムサンプルに対して3点を測定し、その平均値、標準偏差を算出した。
【0030】
(6)タンパク質吸着試験
タンパク質として、人由来のアルブミンをリン酸緩衝生理食塩水に溶解させ(約460μg/mL)、30分攪拌後、シリコン基板上のフィルムサンプル(約1×1cm2)をこの溶液2mLに36.5℃で、2時間浸漬させた。その後、超純水で3回洗浄した。このフィルムをXPS測定によって解析した。XPS測定では、TOAを45度とし、炭素原子、窒素原子、酸素原子、及びケイ素原子の原子含有率を測定した。その中の窒素原子/炭素原子(N/C)を算出することによってタンパク質吸着の評価をした。なお、実験誤差を防ぐために、2枚のフィルムサンプルを作製し、フィルム1枚あたり3点測定し(計6点)、その平均値、標準偏差を算出した。
【0031】
実施例1
(1)親水性セグメントを構成するモノマーの合成
窒素置換した500mLの2つ口ナスフラスコに、ピリジン52.9g(669mmol)、トリ(エチレングリコール)(以下「TEG」と表記する。)71.4g(476mmol)を計りとり、乾燥ジクロロメタン(以下「CH2Cl2」と表記する。)30mLに溶解させた。そこに、tert−ブチルジメチルシリルクロライド(以下「TBDMSCl」と表記する。)11.9g(79.1mmol)及び乾燥CH2Cl2、40mLを氷浴で冷却しながら、窒素気流下で少しずつ滴下し、室温で約15時間攪拌した。これをヘキサンで5回抽出し、さらに、ヘキサン層に無水硫酸マグネシウムを加えて、2時間乾燥させた。溶媒を減圧留去した後、減圧蒸留で精製した。さらに、ヘキサン/酢酸エチル混合溶媒(9/1〜1/1、容積比)を展開溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、トリ(エチレングリコール)tert−ブチルジメチルシリルエーテル(以下「TEG−Si」と表記する。)を得た。なお、シリカゲルは脱保護反応する恐れを除くため、3%のトリエチルアミン(以下「Et3N」と表記する。)を含むヘキサンで前処理を行ってから用いた。
TEG−Siの収量は13.7g(51.8mmol、収率65%)であった。その後さらに、水素化カルシウム(以下「CaH2」と表記する。)存在下、減圧蒸留(沸点98〜104℃、減圧度133Pa(1mmHg))で精製し、無色透明のTEG−Si(初留3.90g、本留8.01g、30.3mmol、収率38%)を得た。なお、化合物の同定は、1H−NMR及び13C−NMRを用いて、上記条件にて行った。その結果を図1に示す。
【0032】
次に、窒素置換した500mLの2つ口ナスフラスコに、TEG−Si7.98g(30.2mmol)とトリフェニルホスフィン(以下「Ph3P」と表記する。)13.5g(51.5mmol)、メタクリル酸4.64g(53.9mmol)を計りとり、乾燥THF、70mLに溶解させた。そこに、ジイソプロピルアゾジカルボキシレート(以下「DIAD」と表記する。)10.3g(47.7mmol)と乾燥THF30mLを氷浴で冷却しながら、窒素気流下で少しずつ滴下した。その後室温で45時間攪拌した。溶媒を減圧留去した後、ヘキサンを注ぐ事により副生成物であるトリフェニルフォスフィンオキシド(Ph3P=O)を沈殿させ、これを自然濾過して除いた。その後同様の操作を2回繰り返した。さらに、ヘキサン/酢酸エチル混合溶媒(9/1〜3/2、容積比)を展開溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、2−[2−[2−[(tert−ブチルジメチルシリロキシ)エトキシ]エトキシ]エチルメタクリレート(以下「TEGMA−Si」と表記する。)を得た。なお、シリカゲルは上記と同様に3%のEt3Nを含むヘキサンで前処理を行ってから用いた。
TEGMA−Siの粗収量(不純物を含む)は11.6gであった。その後さらに、CaH2と少量のメチレンブルー存在下で減圧蒸留(沸点106〜110℃、減圧度133Pa(1mmHg))で精製し、無色透明のTEGMA−Si、8.14g(24.5mmol、収率81%)を得た。その後、高真空下にてCaH2存在下で蒸留し(蒸留効率95%)、続いて2.9mol%のトリオクチルアルミニウム((Oct)3Al)存在下で、蒸留し(蒸留効率36%)、THFで約0.24Mの溶液に希釈した。収量は2.71g(8.15mmol)であった。なお、化合物の同定は、1H−NMR及び13C−NMRを用いて、上記条件にて行った。その結果を図2に示す。
【0033】
上記親水性セグメントを構成するモノマーの合成スキームを以下にまとめる。
【0034】
【化3】

【0035】
(2)両親媒性ブロック共重合体の合成
上記方法にて得られたTEGMA−Siとスチレンのブロック共重合は、分取用側管を備えたパイレックスガラス製反応容器を用いて、ブレークシール法によるアニオン重合により行った。反応条件としては、10-6mmHgの高真空下、−78℃で行った。重合開始剤にはsec−ブチルリチウム(以下「sec−BuLi」と表記する。)を用い、重合溶媒にはヘプタン/THF混合溶媒を用いた。また、重合添加剤として1,1−ジフェニルエチレン(以下「DPE」という。)を添加した。また、分子量分布を狭くするため、及びモノマーの精製度を上げるために、モノマー添加剤としてジエチル亜鉛(以下「Et2Zn」と表記する。)を添加した。モノマー、重合開始剤及び添加剤の各使用量を第1表に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
*1:()内の数値は反応終了後の容量測定により、分取後に90%が残存しているとの見積りから計算した概算値。
*2:予め重合前に2−[2−[2−[(tert−ブチルジメチルシリロキシ)エトキシ]エトキシ]エチルメタクリレートへ添加した。
【0038】
まず、ポリスチレンリビングポリマー(第2表中では「プレポリマー」と表記)の合成を行った。ブレークシールによって封じられた試薬類のアンプルを溶接した反応容器を高真空ラインに接続して、高真空下で脱気とベーキングを2回繰り返したのち、反応容器を溶封した。次いで、重合開始剤であるsec−BuLi(0.113mmol)のブレークシールを割り、反応容器に移したのち、−78℃に冷却した。続いて、−78℃に冷却したモノマーであるスチレン(10.2mmol)が収容されているブレークシールを割り、反応容器にモノマーを添加して−78℃で重合を開始した。そのまま−78℃にて15分間重合を行った。さらに−78℃でDPE(0.170ミリモル)を添加して15分間反応を行った(反応時間:計30分(0.5時間))。反応終了後、分取用側管にポリスチレンリビングポリマー溶液を分取した(リビングポリマー溶液の全容量のうち10vol%)。
分取後に残存した重合溶液(ポリスチレンリビングポリマー溶液)にTEGMA−Siを重合系内に所定量(3.07mmol、予め1.42mmolのEt2Znを添加したもの)を添加して、−78℃で4時間重合を行った。その後、ガラス製重合容器を開封し、分取した重合溶液とTEGMA−Siを添加した重合溶液のそれぞれにメタノールを少量添加して重合を停止し、各々、ポリスチレン溶液とブロック共重合体溶液を得た。
【0039】
ポリスチレン溶液は多量のメタノール中に注ぎ込み、重合体を沈殿させた。この沈殿させた重合体を濾別し、乾燥させた後、収量を測定した。また、乾燥させた重合体をTHFに再溶解し、再び、多量のメタノール中に注ぎ込み、重合体を沈殿させて再沈殿精製を行った。最後にベンゼンに溶解してから凍結乾燥を行った。
また、ブロック共重合体溶液は、予めEt3Nにより前処理したシリカゲルを充填したカラムクロマトグラフィー(流出溶媒:トルエン/THF(質量比1:1))にてポリスチレンホモポリマーを取り除いて、ブロック共重合体を単離した後、多量のメタノール中に注ぎ込み、重合体を沈殿させた。再沈殿精製を行い、最後にベンゼンに溶解してから凍結乾燥を行い、ブロック共重合体(A’)を得た。
【0040】
1H−NMR測定を行った結果を図3(上図)に示す。また、重合条件及び重合結果、数平均分子量(Mn)、分子量分布の測定結果を第2表に示す。1H−NMR測定の結果から、ブロック共重合体はビニル重合体のみからなり、保護基であるtert−ブチルジメチルシリル基が定量的に残存していることが確認された。
【0041】
【表2】

【0042】
また、図4に得られたプレポリマー(図4中ではPSと表記)及びブロック共重合体(A’)(図4中では、PS−b−P(TEGMA−Si)と表記)のゲル浸透クロマトグラムの比較を示す。目的とする分子量分布の狭いブロック共重合体が生成していることが確認された。なお、図4中“Crude product”とは、精製前のブロック共重合体(A’)のゲル浸透クロマトグラムである。
【0043】
得られた保護基を有するブロック共重合体(A’)とポリスチレン(Mn=138000、分子量分布Mw/Mn=1.09)の合計量を基準として、ブロック共重合体(A’)の含有濃度(含有量)が1.0、3.0、9.0、15.0、100質量%となるように混合し、さらにはトルエンを加えて、ポリマーブレンド溶液(総ポリマー濃度:3.5質量%)を調製した。このポリマーブレンド溶液をシリコン基板(面積:10cm×10cm、厚さ:1.0mm)上に滴下してスピンコート法(2000rpm、30秒)にて塗布し、これを真空下、100℃で1時間加熱乾燥して高分子膜(膜厚:200nm)を有するシリコン基板を得た。さらに、この高分子膜を有するシリコン基板を真空下、150℃で17時間アニーリング処理を行った後に室温まで冷却して、脱保護前のフィルムサンプルを得た。次に、この高分子膜を有するシリコン基板を、シャーレに満たした2.0Nの塩酸に室温下、2時間浸漬して脱保護反応を行った。
反応後、多量の脱イオン水への浸漬と洗い流しを6回以上繰り返すことで高分子膜表面の洗浄を行った。その後、50℃で48時間真空乾燥を行い、水分を除去して、シリコン基板上に本発明の親水性フィルムを得た。該親水性フィルムを脱保護後のフィルムサンプルとして、上記方法により、XPS測定ならびに接触角測定、タンパク質吸着実験を行った。
【0044】
まず、XPS測定ではフィルムサンプル表面からの深さ方向の炭素原子、酸素原子、ケイ素原子の原子含有率を算出した。図5にブロック共重合体(A’)(図5中では、PS−b−P(TEGMA−Si)と表記)の含有濃度に対する酸素原子とケイ素原子濃度の理論値と測定結果を示した。図5の上のグラフは計算値であり、フィルムサンプル中にブロック共重合体が均一に分散していると仮定した場合の予想値である。また、下のグラフに取り出し角(TOA)15度(フィルムサンプルの最表面から深さ約1.5nm:ほぼ最表面近傍)での脱保護前後の酸素原子とケイ素原子の濃度をそれぞれ示した。計算値と比較すると脱保護前後での酸素原子含有率が非常に高く、ポリ(TEGMA−Si)セグメントの表面濃縮が示唆される。なお、図5中では脱保護前をPS−b−P(TEGMA−Si)で示し、脱保護後を「Deprotection」と表記した。
【0045】
また、ブロック共重合体(A’)に関して、含有濃度15%の時の深さ方向による酸素原子(O1s)とケイ素原子(Si2p)濃度を図6に示した。TOAが大きくなるにつれて酸素原子とケイ素原子の濃度は低くなっている。このことから、最表面に近いほど酸素原子含量が高く、ポリ(TEGMA−Si)セグメントの表面濃縮が見られている。さらに、図7に深さ方向(TOA15度、45度、85度)によるSi/Oの変化を示した。最表面に近いほどSi/Oが大きくなることから、ポリ(TEGMA−Si)セグメントの中でもtert−ブチルジメチルシリル基が表面に局在化していることがいえる。なお、図6中(Dep)は脱保護したフィルムサンプルを示す。
【0046】
図5(下のグラフ)より、脱保護前に関して、含有濃度3%以上で酸素原子含有率が約21%を、ケイ素原子含有率が約5%を示した。TEGMA−Siホモポリマー(図5ではP(TEGMA−Si)と表記)における酸素原子含有率が23%、ケイ素原子含有率が4.5%であることを考えると、ブレンド濃度3%以上での最表面はほぼ完全にポリ(TEGMA−Si)で覆われていると考えられる。以上から、側鎖末端のtert−ブチルジメチルシリル基の強力な疎水性相互作用により、より少ないブロック共重合体のブレンド濃度でポリ(TEGMA−Si)セグメントの高分子膜表面への濃縮を実現できた。
【0047】
また、このポリ(TEGMA−Si)セグメントが表面濃縮した高分子膜について前記脱保護反応を行ったフィルムサンプルのXPS測定を行った。その結果を図5(下のグラフ)に示す。脱保護後の共重合体(図5中では「Deprotection」と表記)は、脱保護前の共重合体(PS−b−P(TEGMA−Si))に比較して、酸素原子含有率の値にあまり変化は見られなかったが、脱保護後にケイ素原子含有率はほぼ0%に近い値を示した。このことから、ポリ(TEGMA−Si)セグメントは分解することなく、また、XPSの測定範囲深さ内(最表面から深さ約1.5〜9.0nm)ではtert−ブチルジメチルシリル基の脱保護反応はほぼ完全に進行し、ポリ(TEGMA−Si)セグメントがフィルム内部に潜ることなく表面に偏在しているといえる。
【0048】
続いて水に対する接触角測定を行った。その結果を図8に示す。スピンコート製膜後、アニーリングのみを行ったフィルムサンプル(図8中ではannealedと表記)の接触角は前進接触角(Advancing angles)が約90−100度を示す疎水性のフィルムであることがわかり、含有濃度の違いによる変化は見られなかった。後退接触角(Receding angles)は前進接触角よりも約30〜40度低くなった。XPS測定で表面がtert−ブチルジメチルシリル基で覆われているという結果と、ブロック共重合体の含有濃度が増加しても、前進接触角は常にポリスチレンホモポリマーと同程度の値(90〜110度)を示すことから、接触角から得られた表面の疎水性がtert−ブチルジメチルシリル基の偏析であることを示していると言える。また、後退接触角は含有濃度3.0%以上で約60度とほぼ一定値を示すようになり、前進接触角から約30〜40度の低下が見られた。
【0049】
一方、製膜後に酸処理にて脱保護したフィルムサンプル(図8中では「deprotection」と表記)において、前進接触角はブレンド濃度1%で約80度、ブレンド濃度3%以上で約60度を示していた。一方、後退接触角はブレンド濃度1%で既に約40度と親水性表面に変化している。ブレンド濃度3%以上では約30度と低い値を示し、完全に親水性表面へと変化している様子が確認された。従って、表面に偏在していたtert−ブチルジメチルシリル基の脱保護反応は期待通りに進行しており、XPS測定の結果を裏付けるものとなった。
【0050】
最後にタンパク質吸着実験を行った。その結果を図9に示す。製膜後に脱保護したフィルムサンプル(図9中では「Deprotection」と表記)では、含有濃度9%以上でタンパク質吸着が完全に抑制された。また、含有濃度3%のサンプルでもN/Cが0.02より低く、ほぼタンパク質吸着を抑制した。この結果はXPS測定や接触角測定の結果と同様に、製膜後に脱保護したフィルムサンプル表面がポリ(メタクリル酸トリエチレングリコール)セグメントで覆われており、良好な親水性を示す表面が得られていると考えられる。よって、本親水性セグメントが表面に濃縮していることによりタンパク質吸着も抑制されたと言える。なお、図9中「Annealed」はアニーリング処理を行い、脱保護前のフィルムサンプルを用いたタンパク質吸着実験の結果を示している。
【0051】
比較例1
モノマー、重合開始剤及び添加剤の各使用量を第3表に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして、両親媒性ブロック共重合体(A’)を調製した。
【0052】
【表3】

【0053】
*3:()内の数値は反応終了後の容量測定により、分取後に90%が残存しているとの見積りから計算した概算値。
*4:予め重合前に2−[2−[2−[(tert−ブチルジメチルシリロキシ)エトキシ]エトキシ]エチルメタクリレートへ添加した。
【0054】
続いてブロック共重合体(A’)の脱保護反応を行った。滴下漏斗を備えたナス型フラスコ(容量:100ミリリットル)に凍結乾燥したブロック共重合体(A’)(1.20グラム)とTHF(30.0ミリリットル)を添加して溶解させた。このブロック共重合体溶液を0℃に冷却した後に2.0Nの塩酸(2.5ミリリットル)を20分間かけて攪拌しながら滴下した。そのまま0℃にて攪拌を行い、反応開始から3時間経過したところで反応を終了させた。エバポレーターにて反応溶液を濃縮した後、生成ポリマーをエタノールに溶解し、これを多量のヘキサン中に注ぎ込み、生成ポリマーを沈殿させたて再沈殿精製を行った。最後に得られたポリマーを少量のメタノールを含む1,4−ジオキサンに溶解してから凍結乾燥を行った。
【0055】
上記方法にて、1H−NMR測定を行った結果を図3(下図)に示す。また、重合条件及び重合結果、数平均分子量(Mn)、分子量分布の測定結果を第4表に示す。1H−NMR測定の結果から、生成ポリマーはビニル重合体のみからなるブロック共重合体であり、保護基であるtert−ブチルジメチルシリル基が定量的に除去されていることが確認された。なお、プレポリマー及びブロック共重合体(A’)が、目的とする分子量分布の狭いブロック共重合体であることは上述のとおりである(第4表参照)。
【0056】
【表4】

【0057】
得られた脱保護したブロック共重合体とポリスチレン(Mn=138000、分子量分布Mw/Mn=1.09)の合計量を基準として、ブロック共重合体の含有濃度が1.0、3.0、9.0、15.0、100重量%となるように混合し、さらにトルエンを加えてポリマーブレンド溶液(総ポリマー濃度:3.5重量%)を調製した。このポリマーブレンド溶液をシリコン基板(面積:10cm×10cm、厚さ:1.0mm)上に滴下してスピンコート法(2000rpm、30秒)にて塗布し、これを真空下、100℃で1時間加熱乾燥して製膜し、ポリマーブレンド薄膜層(膜厚:200nm)を有するシリコン基板を得た。さらに、この薄膜層を有するシリコン基板を真空下、150℃で17時間アニーリング処理を行った後に室温まで冷却し、その後、50℃で48時間真空乾燥を行い、水分を除去してフィルムサンプルとし、XPS測定ならびに接触角測定、タンパク質吸着実験を行った。
【0058】
まず、XPS測定にて表面からの深さ方向の炭素原子、酸素原子、ケイ素原子の原子含有率を算出してから、ブロック共重合体の含有濃度に対する酸素原子とケイ素原子含有率の理論値と観測結果を図5に示す。ポリ(TEGMA−Si)セグメントを脱保護後、得られたポリ(メタクリル酸トリエチレングリコール)‐b‐ポリスチレンブロック共重合体をスピンコート法にて製膜し、アニーリングしたサンプル(図5中ではPS-b-PTEGMAと表記)では、TOA 15度では酸素原子含有率はどのブレンド濃度でも0%に近い値であり、XPSスペクトルからもポリスチレンに由来するπ−π*のシグナルが観察されたため、表面はポリスチレンで覆われていることが確認された。
【0059】
続いて水に対する接触角測定を行った。その結果を図8に示す。脱保護後に塗布したブロック共重合体のフィルムサンプル(図8中ではPS-b-PTEGMAと表記)では、どのブレンド濃度でもポリ(TEGMA−Si)−b−ポリスチレンブロック共重合体あるいはポリスチレンホモポリマーの前進接触角と同程度の疎水性表面としての値(90−100度)を示した。また、後退接触角においてもポリスチレンと同程度の値(約80度)が観測された。これらの結果より、製膜前に脱保護反応を行い、製膜を行うと製膜後に脱保護反応を行う場合と異なり、表面がポリスチレンセグメントで覆われており、疎水性表面の表面しか得られないことが明らかとなった。
【0060】
最後にタンパク質吸着実験を行った。その結果を図9に示す。脱保護を先に行い、ポリ(メタクリル酸トリエチレングリコール)‐b‐ポリスチレンブロック共重合体をスピンコート法により薄膜化したフィルムサンプル(図9中ではPS-b-PTEGMAと表記)では、どの含有濃度でもタンパクを吸着しており、その吸着量はポリスチレンの値とほぼ同じであった。これはXPS測定や接触角測定の結果から示唆されているポリスチレンセグメントで表面が覆われていることをさらに支持する結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の親水性フィルムは、表面に高い濃度で水酸基が偏析しているため、極めて親水性が高く、例えば、生体親和性を必要とする生体用材料などに特に有用である。また、水酸基は反応性基としても有効であって、さらなる化学反応により高分子膜表面の修飾を行うことができ、種々の用途に応用展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】TEG−Siの1H−NMR及び13C−NMRの測定結果である。
【図2】TEGMA−Siの1H−NMR及び13C−NMRの測定結果である。
【図3】ブロック共重合体の1H−NMRの測定結果である。
【図4】ブロック共重合体のGPC曲線を示す図である。
【図5】フィルムサンプルのXPS測定結果を示す図である。
【図6】フィルムサンプルのXPS測定結果を示す図である。
【図7】フィルムサンプルのXPS測定結果を示す図である。
【図8】フィルムサンプルの接触角の測定結果を示す図である。
【図9】タンパク質吸着実験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)次の一般式(1)で表される重合体セグメントと、一般式(2)で表される重合体セグメントとを含む二元以上のブロック共重合体を含有する親水性フィルム。
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基、pは2〜10の整数、m及びnはそれぞれ10〜10000の整数を表す。)
【請求項2】
前記(A)ブロック共重合体に、さらに(B)ポリスチレン系重合体を含有する請求項1に記載の親水性フィルム。
【請求項3】
水の前進接触角が70度以下であり、かつ後退接触角が40度以下である請求項1又は2に記載の親水性フィルム。
【請求項4】
前記ブロック共重合体(A)が二元又は三元ブロック共重合体である請求項1〜3のいずれかに記載の親水性フィルム。
【請求項5】
前記ブロック共重合体(A)がポリ(トリエチレングリコール)メタクリレートセグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体である請求項1〜4のいずれかに記載の親水性フィルム。
【請求項6】
前記ブロック共重合体(A)の含有量が1〜50質量%である請求項1〜5のいずれかに記載の親水性フィルム。
【請求項7】
(A’)次の一般式(3)で表される保護基R4を有する重合体セグメントと、一般式(2)で表される重合体セグメントとを含む二元以上のブロック共重合体を含有する液を基材に塗布して高分子膜を得、次いで脱保護する親水性フィルムの製造方法。
【化2】

(式中、R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基、R4はトリアルキルシリル基、pは2〜10の整数、m及びnはそれぞれ10〜10000の整数を表す。)
【請求項8】
前記液に、さらに(B)ポリスチレン系重合体を含有する請求項7に記載の親水性フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記ブロック共重合体(A’)が二元又は三元ブロック共重合体である請求項7又は8に記載の親水性フィルムの製造方法。
【請求項10】
前記ブロック共重合体(A’)が2−[2−(2−トリアルキルシリロキシ)エトキシ]エトキシエチルメタクリレートの重合体セグメントと、ポリスチレンセグメントを含むブロック共重合体である請求項7〜9のいずれかに記載の親水性フィルムの製造方法。
【請求項11】
前記液中の前記ブロック共重合体(A’)の含有量が1〜50質量%である請求項7〜10のいずれかに記載の親水性フィルムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−280421(P2008−280421A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−125076(P2007−125076)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【Fターム(参考)】