説明

親水性分子鎖を有する多孔膜を用いた抗体タンパク質の精製方法

【課題】夾雑物を有効かつ迅速に除去可能な多孔膜を用いたタンパク質の精製方法を提供する。
【解決手段】塩濃度が0.3mol/L以下のタンパク質含有溶液の精製方法であって、タンパク質含有溶液を多孔膜で濾過することで、少なくともタンパク質含有溶液に含まれる夾雑物を多孔膜に吸着する工程と、濾過されたタンパク質含有溶液を回収する工程と、を有し、多孔膜は、疎水性の多孔質基材と、多孔質基材の表面に固定された親水性を有する分子鎖と、を備え、分子鎖は、アルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有し、側鎖を形成する分子構造のLogPowの絶対値が2以下であり、かつ側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molであるタンパク質含有溶液の精製方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質基材に固定された親水性分子鎖に結合している官能基を有する多孔膜を用いたタンパク質の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品及び医療分野において、有用なタンパク質を効率的に精製する方法が強く求められている。また近年、バイオテクノロジー産業においては、タンパク質の大量精製が重要な課題となっている。特に医薬の分野において、抗体医薬の需要が急速に拡大しており、効率的に大量のタンパク質を産生及び精製可能な技術の確立が強く望まれている。
【0003】
一般的に、タンパク質は、動物由来の細胞株を用いる細胞培養によって産生される。細胞培養液からタンパク質を精製する通常の操作においては、最初に、細胞培養液を遠心分離し、濁質成分を沈降除去する。次いで、遠心分離で除去しきれない約1μm以下の細胞デブリを、精密ろ過膜を用いるサイズろ過により除去する。さらに無菌化するために、最大細孔径が0.22μm以下のろ過膜を用いて無菌化ろ過を施し、目的タンパク質を含む無菌溶液を得る(ハーベスト工程)。続いて、代表的にはプロテインAを用いるアフィニティクロマトグラフィーを初めとする、複数のクロマトグラフィー技術の組み合わせによる精製プロセスを用いて、宿主細胞由来タンパク質(HCP:Host Cell Protein)、デオキシリボ核酸(DNA)、エンドトキシン、ウィルス、カラムから脱離したプロテインA、等の夾雑物を、この無菌溶液から除去し、目的タンパク質を分離・精製する(ダウンストリーム工程)。
【0004】
以上説明した従来のタンパク質の精製方法の対象となる細胞培養液中の目的タンパク質の濃度は、現状では通常1g/L程度である。また、夾雑物の濃度も、目的タンパク質の濃度とほぼ同程度又はそれ以下であると考えられる。1g/L程度の濃度においては、上記のハーベスト工程及びダウンストリーム工程を含む従来のタンパク質の精製方法でも有効でありうる。
【0005】
しかしながら、抗体医薬の需要が急速に拡大し、抗体医薬に用いられるタンパク質の大量生産が指向されたため、近年では細胞培養液中のタンパク質濃度を高める細胞培養技術が急速に発達している。そのため、細胞培養液中の目的タンパク質の濃度が10g/L又はそれ以上に達することもある。同時に、細胞培養液中の夾雑物の濃度も同様に増加し、従来のタンパク質の精製方法では、目的タンパク質の効率的な精製が困難になりつつある。
【0006】
この状況に対し、各種の夾雑物を有効に除去し、抗体医薬品として使われる抗体タンパク質、すなわちモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンなどを精製することを目的としたクロマトグラフィー工程が多数報告されている。
【0007】
イオン交換クロマトグラフィーは、抗体と、夾雑物と、の等電点の相違を利用して、これらを分離する方法である。特にアニオン交換クロマトグラフィーは、一般に等電点の値が抗体タンパク質より小さいHCP、DNA、及びウィルスなどの夾雑物の除去に多用されている。
【0008】
近年では、多孔質膜にイオン交換基を導入して、タンパク質吸着能力を付与したタンパク質吸着膜が開発されている(例えば、特許文献1及び2参照)。また、タンパク質吸着膜の使用例として、特許文献3には、アニオン交換基を導入したセルロース多孔膜とカチオン交換基を導入したセルロース多孔膜の2種類のタンパク質吸着膜を用いて、リンパ液からアルブミンを分離する方法が開示されている。さらに、特許文献4には、アニオン交換基を導入したセルロース多孔膜を用いて、核酸と、エンドトキシンと、を分離する方法が開示されている。またさらに、特許文献5及び6には、カチオン交換基及びアニオン交換基をポリエーテルスルホン多孔膜に導入したタンパク質吸着膜が開示されている。
【0009】
加えて、細胞培養液やカチオン交換クロマトグラフィー工程の溶出液のような、比較的塩濃度が高い、即ち、電気伝導度の高い状態の溶液から不純物を除去し、抗体タンパク質を精製することに適した多孔膜として、特許文献7には1級アミンをアニオン交換基として固定した膨潤ゲル層を有する多孔膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第5,547,575号明細書
【特許文献2】米国特許第5,739,316号明細書
【特許文献3】米国特許第6,001,974号明細書
【特許文献4】米国特許第6,235,892号明細書
【特許文献5】米国特許第6,783,937号明細書
【特許文献6】米国特許第6,780,327号明細書
【特許文献7】特開2009−53191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1乃至6に開示されたタンパク質吸着膜は、細孔径が1μm以上であるため、濁質不純物である細胞デブリを除去する能力が乏しい。また溶存タンパク質の吸着容量が小さいため、大量のタンパク質を吸着できない。さらに細胞培養液には、通常、塩が含まれているが、細胞培養液に0.1mol/L以上の塩が含まれていると、特許文献1乃至6に開示されたタンパク質吸着膜のタンパク質の吸着量は著しく少なくなる。したがって、特許文献1乃至6に開示されたタンパク質吸着膜を用いて、電気伝導度の高い細胞培養液あるいはカチオン交換クロマトグラフィー工程の溶出液から、不純物タンパク質を除去することは、実用的ではない。
【0012】
特許文献7に開示された多孔膜は、塩を含む電気伝導度の高い溶液に対して顕著なタンパク質吸着性を示す。しかし、吸着性能が高すぎるために不純物タンパク質のみを選択的に吸着除去することが難しく、目的タンパク質をも吸着しやすい。そのため、目的タンパク質の回収率が低下するという課題が生じる。また、吸着した不純物を十分に洗浄溶出することが出来ないため、繰返し使用することが出来ないという実用上の課題も生じる。
【0013】
また、アミノ酸系のリガンドを用いる従来のタンパク質吸着膜は、透過させる溶液の塩濃度が高くなると、吸着容量が小さくなる傾向にある。かかる状況に鑑み、本発明の解決しようとする課題の一つは、高い濃度で抗体等のタンパク質及び夾雑物を含む電気伝導度の高い溶液から、簡便、高速、かつ広いプロセスウィンドウで、HCP、DNA、エンドトキシン、脂質、ウィルス等の夾雑物を有効かつ迅速に除去可能な、多孔膜を用いたタンパク質の精製方法を提供することである。本発明の解決しようとするさらなる課題の一つは、透過させる溶液の塩濃度の濃度が高くなっても、吸着能が低下しにくい多孔膜を用いたタンパク質の精製方法を提供することである。本発明の解決しようとするまたさらなる課題の一つは、夾雑物を捕捉後、適切な洗浄により吸着した夾雑物を洗浄することにより再利用可能な多孔膜を用いた、タンパク質の精製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、疎水性の多孔質基材と、多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、を備える多孔膜であって、側鎖が、プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリエチルアミノ基、及びトリプロピルアミノ基より選択される、少なくとも1種類のアミノ基を含む多孔膜を用意し、夾雑物を含む抗体溶液を多孔膜に透過させ、多孔膜に吸着させる事により夾雑物を除去し、80%以上の回収率で、精製されたタンパク質を回収可能な、タンパク質の精製方法を見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明の態様は、炭素原子数が2又は3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子(N)、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有する、多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖を備える多孔膜であって、該側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数であるLogPow値の絶対値が2以下であり、かつ該側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molである多孔膜を用いる、タンパク質の精製方法であることを要旨とする。さらに、本発明の態様は、側鎖がプロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリエチルアミノ基、及びトリプロピルアミノ基より選択される、少なくとも1種類のアミノ基を含む多孔膜を用意し、夾雑物を含む抗体溶液を多孔膜に透過させ、夾雑物を多孔膜に吸着させる事により、80%以上の回収率で、透過液中に精製されたタンパク質を回収することを要旨とする。
【0016】
また、本発明の態様は、夾雑物吸着後に、電気伝導度が40mS/cm以上(塩濃度にして、約0.4mol/L以上)の溶液を通液することにより、吸着した夾雑物を溶出し、多孔膜を再利用可能にすることを要旨とする。
【0017】
さらに、本発明の他の態様は、タンパク質が、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンからなる選択される1種であり、夾雑物が、HCP、DNA、エンドトキシン、プロテアーゼ、脂質、及びウィルスより選択される少なくとも1種であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の、多孔膜を用いたタンパク質の精製方法によれば、抗体等のタンパク質及び夾雑物を含む比較的塩濃度の高い溶液から、HCP、DNA、エンドトキシン及びウィルスなどの夾雑物を簡便かつ高速に除去可能であり、抗体等のタンパク質の精製を有効かつ迅速に実施することが可能となる。また、透過させる溶液の塩濃度の濃度が高くなっても、吸着能の低下を最小限に抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例に係るLogPowと、置換反応エネルギーと、の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することが可能である。
【0021】
本実施の形態に係る、塩濃度が0.02mol/L以上0.3mol/L以下のタンパク質含有溶液の精製方法は、タンパク質含有溶液を多孔膜で濾過することで、少なくともタンパク質含有溶液に含まれる夾雑物を多孔膜に吸着する工程と、濾過されたタンパク質含有溶液を回収する工程と、を有する。ここで、多孔膜は、疎水性の多孔質基材と、多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、を備える。分子鎖は、炭素原子数が2又は3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子(N)、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有する。また、側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数(LogPow)の絶対値は、2以下である。さらに、側鎖と、カルボン酸と、の置換反応エネルギーの値は、0kcal/mol以上5kcal/molである。
【0022】
側鎖は、好ましくは、プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリエチルアミノ基、及びトリプロピルアミノ基より選択される、少なくとも1種類のアミノ基を含む。本実施の形態に係るタンパク質含有溶液の精製方法により、好ましくは80%以上の回収率で、透過液中に精製されたタンパク質を回収可能である。以下において、多孔質基材に固定された親水性を有する分子鎖を「グラフト鎖」という。また、多孔質基材の内部の細孔の側壁を含む多孔質基材の総ての表面を単に「表面」といい、多孔質基材の内部の細孔の側壁を含まない表面を「主表面」という。
【0023】
本実施の形態において、「タンパク質」は、例えば「抗体」を含む。「抗体」とは、生体内に侵入した抗原と抗原抗体反応を起こし、抗原に対する免疫性を生体に与えるタンパク質の総称であり、具体的には、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンなどを指す。特に本実施の形態における精製方法は、抗体医薬の製造工程で用い得るという観点から、上記の抗体のうち、抗体医薬となり得る抗体が、本実施の形態に係る精製方法の精製対象として好適である場合もある。
【0024】
本実施の形態における「夾雑物」とは、抗体を精製しようとする対象溶液(混合液)中に含まれる、抗体以外の不純物を指し、例えば、抗体を細胞培養により産生させる際に培養槽内で産生される、目的抗体以外の不純物が挙げられる。より具体的には、HCP、エンドトキシン、DNA、プロテアーゼ、遊離プロテインA、ウィルス、及びバクテリア、等が挙げられる。
【0025】
本実施の形態における「抗体及び夾雑物を含む混合液」は、上記の抗体及び夾雑物を含有する溶液(又は含有する可能性のある溶液)であれば特に制限されず、本実施の形態に係る精製方法により、そこから抗体を精製しようとする対象溶液である。例えば、抗体の産生において用いられる細胞培養液又はその除濁液、あるいはそれらのダウンストリーム工程でのクロマトグラフィー工程中又は工程後の部分精製液等が挙げられる。
【0026】
これらの中でも、ダウンストリーム工程における、代表的にはプロテインAを用いるアフィニティクロマトグラフィー工程前の除濁液、又はアフィニティクロマトグラフィー工程後の部分的に精製された溶液が、溶液が澄明であること、また夾雑物が部分的に除去されていることで後段の精製工程における負荷がより低減されることから、本実施の形態に係る精製方法の精製対象として特に好適である。混合液中の抗体及び夾雑物の濃度は、特に限定されない。しかし、本実施の形態における精製方法が、特に高濃度で抗体及び夾雑物を含有する混合液に対しても効率よく実施することができるという観点から、例えば、混合液は、抗体及び夾雑物を合わせて2g/L以上含んでいてもよく、さらには抗体を5g/L以上、夾雑物を1g/L以上含んでいてもよい。
【0027】
本実施の形態において用いられる多孔膜は、アミノ基と、アルキル基と、の組み合わせにより、タンパク質によって吸着性能及び精製条件に相違が生じることを利用する。そのため、目的に応じてアミノ基と、アルキル基と、の組み合わせを選択することにより、プロセスウィンドウの広い、タンパク質精製のための多孔膜を得ることが可能となる。特に抗体タンパク質の精製を目的とする場合は、2級アミノ基としては、プロピルアミノ基(−N−CH2CH2CH3)及びイソプロピルアミノ基(−N−CH(CH32)が好適である。3級アミノ基としては、ジエチルアミノ基(−N−(CH2CH32)、ジプロピルアミノ基(−N−(CH2CH2CH32)、及びジイソプロピルアミノ基(−N−(CH(CH322)が好適である。4級アミノ基としては、トリエチルアミノ基(−N+−(CH2CH33)、トリプロピルルアミノ基(−N+−(CH2CH2CH33)、及びトリジプロピルルアミノ基(−N+−(CH(CH323)が好適である。なお、2級アミノ基、3級アミノ基、及び4級アミノ基は、それぞれ、モノアルキル置換アミノ基、ジアルキル置換アミノ基、及びトリアルキル置換アミノ基ともいう。
【0028】
一般に、アミンの級数が多く、疎水性が高いほど、高塩濃度でのタンパク質の吸着性は高いと予想される。これはアミン級数が多いほど、タンパク質の有するカルボン酸と、アミンと、の静電的な相互作用が強く、また疎水性が高いほど、疎水性相互作用による吸着が起こりやすいためである。しかし、アミン級数が多いほど、塩濃度が高くなった場合に静電相互作用の減衰が大きくなる傾向にある。また、塩濃度が高いほど、疎水性相互作用が強くなる傾向にある。そのため、アミンの級数及びアルキル基の種類のみから、高塩濃度においても吸着性を有する官能基を理論的に予想することは困難である。本実施の形態では、疎水性の指標としてLogPowを、また静電相互作用の指標として、カルボン酸との置換反応エネルギーを考えた。さらに、後述する評価方法例に記載する方法により、分子計算による結果と、実験結果と、から、有効な疎水相互作用と、静電相互作用と、の組み合わせを決定した。
【0029】
その結果、上記したアミノ基と、アルキル基と、の組み合わせの中でも、プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリエチルアミノ基、及びトリプロピルアミノ基が、高塩濃度でのタンパク質の吸着を実現するために、より好ましいことを見出した。
【0030】
また、側鎖に水酸基及びカルボニル基が含まれることにより、アミノ基によるアニオン交換性、アルキル基による疎水性に加えて、親水性、水素結合性、及び適度なカチオン交換性が相乗し、よりプロセスウィンドウの広いタンパク質精製が可能となる。
【0031】
多孔質基材の材料は、特に限定はされないが、疎水性であれば、タンパク質と、多孔質基材と、の間に付加的な疎水性相互作用が生じ得るという観点、並びに機械的性質を保持するという観点から、ポリオレフィン系重合体から構成されていることが好ましい。ポリオレフィン系重合体の例としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン及びフッ化ビニリデンなどのオレフィンの単独重合体、前記オレフィンの2種以上の共重合体、又は1種若しくは2種以上の前記オレフィンとパーハロゲン化オレフィンとの共重合体などが挙げられる。また、これらの重合体の2種以上の混合物であってもよい。パーハロゲン化オレフィンの例としては、テトラフルオロエチレン及びクロロトリフルオロエチレンなどが挙げられる。
【0032】
これらの中でも、疎水性と、機械的強度と、に特に優れ、かつ高い吸着容量が得られる素材であるという観点から、多孔質基材の材料として、ポリエチレン又はポリフッ化ビニリデンが好ましく、ポリエチレンがより好ましい。
【0033】
アルキル化されたアミノ基の多孔質基材への固定の方法は、特に制限されないが、一般に、エポキシのような反応性の高い官能基を多孔質基材の表面に導入し、その後、該官能基に有機アミン化合物を結合させる方法によって行うことができる。本実施の形態においては、エポキシ基を有するグラフト鎖を予め多孔質基材の表面に固定しておき、所望のアミノ基と、アルキル基と、の組み合わせからなる有機アミン化合物をエポキシ基に反応させることにより、多孔質基材の主表面及び多孔質基材に設けられた細孔の側壁に有機アミン化合物を固定する。
【0034】
本実施の形態において、「グラフト鎖」は、多孔質基材の主表面と、多孔質基材に設けられた細孔の側壁と、に結合した、多孔質基材の材料と異なる材料からなる分子鎖であり、基材を形成する基材骨格内部及び多孔質部分を形成する細孔内部の両方に存在しうる。グラフト鎖としては、例えば、グリシジルメタクリレート、グリシジルアクリレート、グリシジルソルベート、グリシジルイタコレート、グリシジルマレエート、酢酸ビニル、及びヒドロキシプロピルアセテートから選択される少なくとも1種類の単量体よりなる重合体、又は少なくとも1種類の前記単量体を含む共重合体が挙げられる。あるいは、グラフト鎖としては、これらのいずれか2種以上の重合体を含む分子鎖も挙げられる。これらの中でも、エポキシ基の開環によりアミノ基を導入しやすく、水酸基及びカルボニル基を側鎖に容易に導入できることから、グリシジルメタクリレートの重合体が好ましい。多孔質基材に対するグラフト鎖の結合率(グラフト率)は、例えば後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量及び力学的に安定な強度をともに確保するという観点から、好ましくは10%〜200%、より好ましくは20%〜150%、更に好ましくは30%〜100%である。
【0035】
アミノ基は、グラフト鎖の全側鎖の60%以上97%以下、より好ましくは70%以上96%以下に導入されていることが好ましい。アミノ基が導入されなかったエポキシ基は、タンパク質との化学結合を抑制するためにアルカリ溶液処理などによって開環し、ジオール化することが好ましい。側鎖がジオール基を有する事によりグラフト鎖の親水性が増し、溶液が充填された細孔内にグラフト鎖が有効に広がり得る。ジオール基を有するグラフト鎖の側鎖は、全側鎖の3%以上40%以下が好ましく、より好ましくは4%以上30%以下である。ジオール基の比率が40%より高くなると、アミノ基によるアニオン交換相互作用の効果が低下する傾向にある。
【0036】
多孔質基材の主表面及び細孔の側壁にグラフト鎖を導入し、さらにアルキル化されたアミノ基をグラフト鎖に固定する従来の方法としては、以下に限定されるものではないが、例えば特開平2−132132号公報に開示される方法が挙げられる。この方法では、気相反応に従うために、アミン化合物は、反応環境下において気相として存在し、エポキシ基と反応しうるものに限定される。液相反応によってアミン化合物をグラフト鎖に固定されたエポキシ基と反応させ固定する従来の方法としては、例えばJournal of Chromatography A, 689(1995) 211−218に記載された方法がある。
【0037】
本実施の形態に用いられる多孔膜は、多孔質基材と、多孔質基材の主表面及び多孔質基材に設けられた細孔の側壁に固定されたグラフト鎖と、グラフト鎖が有する側鎖に結合しているアミノ基及びアルキル基と、を備える。このような多孔膜は、多孔質基材に固定された各グラフト鎖が1以上の側鎖を有し、その側鎖にアミノ基及びアルキル基がそれぞれ1以上固定された構造を有する。そのため、アミノ基及びアルキル基が、細孔空間内に立体的に分布する。よって、電荷点を有するタンパク質などに対してアミノ基の吸着点の数が多く、吸着量が増加するとともに、相互作用の小さなタンパク質などの吸着性も高くなる。さらに、アニオン交換による電荷相互作用以外に、アルキル基、水酸基、及びカルボニル基が存在することによって、より高度に選択的なタンパク質の吸着が実現される効果がある。特に抗体などの、電荷相互作用のみでは精製が困難なタンパク質を、有効に夾雑物から分離し、精製することが可能である。また、抗体と、夾雑物と、を含む溶液を通液することにより、夾雑物のみを選択的に吸着し、抗体を非吸着で透過させることにより、迅速かつ効率的に抗体精製を実施する目的に特に適している。
【0038】
多孔膜の最大細孔径は、溶液中の抗体タンパク質及び/又は夾雑物を有効に吸着し、かつ高い透過流速を得るという観点から、上記のアニオン交換基の固定及びグラフト鎖の導入前の状態で、好ましくは0.01μm〜5.0μmであり、より好ましくは0.1μm〜3.0μmであり、さらに好ましくは0.1μm〜1.0μmである。
【0039】
多孔膜の全体積に占める細孔の体積の割合である空孔率は、多孔膜の形状を保持しかつ通液時の圧損が実用上問題のない程度であれば、特に限定されないが、好ましくは5%〜99%であり、より好ましくは10%〜95%であり、さらに好ましくは30%〜90%である。
【0040】
上記細孔径及び空孔率の測定は、Marcel Mulder著「膜技術」(株式会社アイピーシー)などに記載されているような、当業者にとって公知の方法により行うことができる。例えば、電子顕微鏡による観察、バブルポイント法、水銀圧入法、及び透過率法などの測定方法が挙げられる。例えば最大細孔径の測定は、後述の実施例等に記載のバブルポイント法を適切に用いることができる。
【0041】
多孔質基材の形態は、溶液を通液することが可能な形態であれば特に限定されず、例えば、平膜、不織布、中空糸膜、モノリス、又はキャピラリーなどが挙げられる。これらの形態の中でも、製造のし易さ、スケールアップ性、及びモジュール成型した際の膜のパッキング性などの観点から、中空糸膜が好ましい。また、多孔質基材の形状は、例えば円板又は円筒状であってもよいが、これに限定されない。
【0042】
本実施の形態において、中空糸多孔膜とは、中空部分を有する円筒状又は繊維状の多孔膜であり、中空糸の内層と、外層と、が貫通孔である細孔によって連通しており、その細孔によって内層から外層、あるいは外層から内層に、液体又は気体が透過する性質を有する多孔体を意味する。中空糸の外径及び内径は、物理的に多孔膜が形状を保持することができ、かつモジュール成型可能であれば、特に限定されない。
【0043】
上述した本実施の形態に係る多孔膜に、抗体及び夾雑物を含む混合液を通液し、夾雑物を多孔膜に吸着させる工程を、以下に説明する。
【0044】
本実施の形態による典型的な抗体の精製方法の例としては、特に限定するものではないが、抗体と、夾雑物と、を含む混合液を本実施の形態に係る多孔膜に通液し、混合液中の夾雑物を多孔膜に吸着させることより夾雑物を混合液から除去し、透過液を抗体の精製液として回収する方法が、最も簡便であり速やかに精製を実施することができることから好ましい。
【0045】
抗体の等電点(pI)は通常、6.5〜8.5の範囲である。一方、HCP、DNA、及びウィルスなどの夾雑物の多くのpIは8以下にある。そのため、上記の多孔膜に通液する溶液のpH範囲及び塩濃度(電気伝導度)を好適に制御することによって、夾雑物の多くを多孔膜の正に帯電したアミノ基に吸着させ、透過液を抗体の精製液として回収することが可能となる。
【0046】
また、タンパク質、DNA、及びウィルスなどは、本質的に疎水性相互作用などアニオン交換相互作用以外の性質も有する。そのため、疎水性、水素結合性、及びカチオン交換性が適切に制御された性質を有する多孔膜を用いることにより、抗体の精製をより容易に行うことができうる。したがって、グラフト鎖が適切なアルキル基、水酸基、及びカルボニル基を有することにより、より選択的に夾雑物を吸着除去することが可能になる。
【0047】
混合液中の夾雑物を多孔膜に吸着させ、吸着により夾雑物を混合液から除去し、透過液を抗体の精製液として回収する場合、夾雑物の多孔膜への吸着性が抗体よりも顕著になる条件に混合液のpH及び塩濃度を調整する。具体的には、pH5〜9及び塩濃度が0.02mol/L〜0.3mol/Lの範囲に混合液を調整する。
【0048】
塩濃度の調整に用いる塩としては、例えば、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、硫酸アンモニウムなどの他、クエン酸、リン酸又はグリシンの金属塩が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、pHの調整は通常、簡便には塩酸又は水酸化ナトリウムの添加によって行うことができるが、これに限定されず、当業者に公知のpH調整方法を適宜用いることができる。溶液のpH及び塩濃度の測定は、例えば市販の測定機器を用いて、当業者に公知の手法を用いて行うことができる。
【0049】
上記のpH及び塩濃度の混合液を、本実施の形態における多孔膜に通液することにより、HCP、DNA、エンドトキシン及びウィルスなどのpIが8以下の夾雑物が多孔膜に吸着される。混合液のpH及び塩濃度を、精製対象とする抗体のpIに応じて調整することにより、夾雑物がより選択的に多孔膜に吸着され、抗体の精製をより有効に行うことができる。一般的な抗体のpIは8近辺にあるという観点から、混合液の酸性度は、好ましくはpH6〜9、より好ましくはpH7〜8.5、さらに好ましくはpH7〜8.5である。また、混合液の塩濃度は、好ましくは0.02mol/L〜0.3mol/L、より好ましくは0.02mol/L〜0.2mol/L、さらに好ましくは0.02mol/L〜0.15mol/Lである。具体的には、精製対象とする抗体によって異なるが、抗体の等電点が7.5以上、例えば7.5〜8.5の範囲にある場合、混合液のpH及び塩濃度を上記の範囲とすれば、抗体の精製を有効に行い得る。また、抗体のpIと同じか高いpHであっても、塩濃度により溶液の電気伝導度を適切に調整する事によって、複数の相互作用の効果を活用する事により、夾雑物のみを多孔膜に吸着し、抗体を透過することによって精製する事ができる。なお、上記の混合液と同じpH及び塩濃度を有する洗浄液で、混合液通液後の多孔膜を洗浄することで、抗体をより高収率で精製することが可能となる。
【0050】
このように、夾雑物を含む混合液のpH及び塩濃度を調整し、本実施の形態に係る多孔膜に通液することによって、夾雑物を容易に除去し、抗体の精製を簡便に行うことが可能となる。この際、通液する溶液と、多孔膜に固定されたアミノ基、アルキル基、水酸基、及びカルボニル基と、の接触は、強制対流によってなされるため、カラムクロマトグラフィーの場合と比べて極めて早い通液流速、例えば、1000V/h又はそれ以上の流速でも抗体の精製を行うことができる。
【0051】
本実施の形態に係る方法及び多孔膜を用い、本明細書の記載を参照することにより、高濃度の抗体及び高濃度の夾雑物を含む塩を含む溶液から、夾雑物を、簡便、高速、かつ広いプロセスウィンドウで除去することが可能となる。そのため、有効かつ迅速に、溶液から抗体を精製することが可能となる。したがって、精製された抗体を工業的に効率的に得ることが可能となる。
【0052】
以下、実施例及び比較例(本明細書中において、単に「実施例等」ともいう。)に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本実施の形態の範囲は以下の実施例のみに限定されない。
【0053】
[製造例1] アニオン交換基が表面に固定された多孔膜モジュールの作製
(i)中空糸状の多孔質基材へのグラフト鎖の導入
外径3.1mm、内径2.1mm、長さ100mm、空孔率70%、重量0.135g、後述するバブルポイント法で測定した最大細孔径が0.3μmのポリエチレン製で中空糸状の多孔質基材(旭化成ケミカルズ製、ポリエチレンB膜)を密閉容器に入れて、容器内の空気を窒素で置換した。その後、容器の外側からドライアイスで冷却しながら、γ線200kGyを照射し、ラジカルを発生させた。得られたラジカルを有するポリエチレン製で中空糸状の多孔基材をガラス反応管に入れて、200Pa以下に減圧することにより、反応管内の酸素を除いた。ここに40℃に調整したグリシジルメタクリレート(GMA)2.5体積部、メタノール97.5体積部からなる反応液を、中空糸状の多孔質基材の20質量部に注入した後、12時間密閉状態で静置してグラフト重合反応を施し、グラフト鎖が導入された中空糸多孔膜を得た。なお、GMA及びメタノールからなる反応液は予め窒素でバブリングして、反応液内の酸素を窒素置換した。
【0054】
グラフト重合反応後、反応管内の反応液を捨てた。次いで、反応管内にジメチルスルホキシドを入れて中空糸多孔膜を洗浄することにより、残存したグリシジルメタクリレート、そのオリゴマー及び中空糸多孔膜に固定されなかったグラフト鎖を除去した。洗浄液を捨てた後、さらにジメチルスルホキシドを入れて2回洗浄を行った。次いでメタノールを用いて洗浄を同様に3回行った。洗浄後の中空糸多孔膜を乾燥し、重量を測定したところ、中空糸多孔膜の重量はグラフト鎖導入前の155%の0.209gであった。グラフト鎖導入前の多孔膜基材の重量に対するグラフト鎖の重量の比として定義されるグラフト率は、55%であった。また反応後の中空糸は外径3.35mm、内径2.15mm、長さ108mmであった。
【0055】
(ii)グラフト鎖へのアミノ基及びアルキル基の固定
グラフト鎖を導入した後乾燥させた中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。次に、アミノ基とアルキル基とを有するアミン化合物として、イソプロピルアミン、ノルマルプロピルアミン、ブチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、及びトリプロピルアミンを用意し、後述する実施例及び比較例に記載する、それぞれのアミン化合物に適した反応条件により、グラフト鎖が有するエポキシ基を開環反応でアミン化合物に置換し、グラフト鎖にアミノ基と、アルキル基と、を固定した。置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、アミン化合物に置換されたモル数をN1として下記式(1)により表される。
T=N1/N0・・・(1)
1=N0の場合はT=1となり、エポキシ基の100%がアミン化合物に置換された状態を示す。T=1の場合は、グラフト鎖にジオール基は存在しない。
アミン化合物が置換されなかったエポキシ基は強アルカリ性の反応条件において、水と反応する事によりジオール基となるため、Tは下記式(2)の一次方程式を解くことにより、解析的に得られる。
1={(W2−W1)/(M1T+M0(1−T)}/{W1(dg/(dg+100))/M2}・・・(2)
式(2)中、M1はアミン化合物の分子量、M0は水の分子量で18、W1はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、W2はアミノ基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgはグラフト率、M2はGMAの分子量で142である。
【0056】
(iii)アミノ基と、アルキル基と、が固定された中空糸多孔膜モジュールの作製
(ii)で得られた、アミノ基と、アルキル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜1本の長手方向の両末端を、中空糸多孔膜の中空部を閉塞しないようにエポキシ系ポッティング剤で、内径0.5cm、有効長9.2cmのポリスルホン酸製モジュールケースに固定して、中空糸多孔膜モジュールを作製した。これを、以下の実施例等において、評価モジュールとして用いた。
【0057】
[評価方法例1]バブルポイント法
中空糸多孔膜の最大細孔径は、バブルポイント法を用いて測定した。長さ8cmの中空糸多孔膜の一方の末端を閉塞し、他方の末端に圧力計を介して窒素ガス供給ラインを接続した。この状態で窒素ガスを供給してライン内部を窒素に置換した後、中空糸多孔膜をエタノールに浸漬した。この時、エタノールがライン内に逆流しないように極僅かに窒素で圧力をかけた状態で、中空糸多孔膜をエタノールに浸漬した。中空糸多孔膜を浸漬した状態で、窒素ガスの圧力をゆっくりと増加させ、中空糸多孔膜から窒素ガスの泡が安定して出始めた圧力Pを記録した。これより、最大細孔径をd、表面張力をγとして、下記式(3)に従って、中空糸多孔膜の最大細孔径を算出した。
d=C1γ/P・・・(3)
式(3)中、C1は定数である。エタノールを浸漬液としたときのC1γ=0.632(kg/cm)であり、上式にP(kg/cm2)を代入することにより、最大細孔径d(μm)を求めた。
【0058】
[評価方法例2]中空糸多孔膜のタンパク質動的吸着容量の測定
0mol/L、0.1mol/L及び0.5mol/Lの塩化ナトリウムを含む、20mmol/LのTris−HCl(pH8.0)緩衝液に1g/Lの濃度でウシ血清アルブミン(BSA)(Sigma−Aldrich製)を溶解したBSA溶液を用い、破過が開始するまで(iii)で作成した中空糸多孔膜モジュールにBSA溶液を透過させた。なお、BSA溶液を通液する前に、あらかじめ20mmol/LのTris−HCl(pH8.0)緩衝液を20mL通液し、多孔膜を平衡化した。ここで、0mol/Lの塩化ナトリウムを含むBSA溶液の電気伝導度は、1.3mS/cmであった。また、0.1mol/L及び0.5mol/Lの塩化ナトリウムを含むBSA溶液の電気伝導度は、10.2mS/cm及び41mS/cmであった。溶液は評価モジュール内の中空糸多孔膜の内側から外側に向かって流速3mL/minにて通液した。評価はGEヘルスケアバイオサイエンス製AKTAexplorer100を用いて実施し、同装置において得られる、透過液の280nmのUV吸光度が供給液の280nmのUV吸光度(150mAU)の1/10(15mAU)となった時点を破過点とし、その時点までに供給したBSA溶液の体積から、動的吸着容量を算出した。ここで、BSA溶液の濃度Q、評価モジュールが破過した時までに透過させたBSA溶液の体積VB、及び評価モジュール内の実施例に係る中空糸多孔膜の体積VMから、下記式(4)に基づいて動的吸着容量Aを算出した。
A=Q×VB/VM ・・・(4)
中空糸多孔膜の体積とは、中空部分を除いた体積である。また破過とは、透過液中のBSA濃度が、供給されたBSA溶液の濃度の10%である0.1g/Lを超えた時点のことをいう。
【0059】
[評価方法例3]LogPow値及びカルボン酸との置換反応エネルギー値の決定
官能基の疎水性を表すパラメーターであるLogPow値、並びに官能基とカルボン酸との置換反応エネルギーを評価するために、グラフト鎖の側鎖の分子構造に基づき、分子計算を実施した。LogPow値はケンブリッジソフト社製ChemBioDraw Ultra 11.0に含まれるCLogPプログラムを用いて計算した。また、置換反応エネルギーは、官能基がアニオン交換基としてタンパク質と相互作用する際には、官能基に配位する塩素イオンと、タンパク質の有するカルボン酸と、が置換することから、側鎖の分子構造部分に配位する塩素イオンと、カルボン酸を有する酢酸と、の置換反応エネルギーを分子計算により求めた。置換反応エネルギーの計算にはAccelrys社製DMol3 version5.0により、密度汎関数法により計算した。ここで、基底関数及び交換相関関数はDNP/GGA/PW91を用い、COSMO法により水に相当する誘電率78.54を設定し、溶媒効果を含めて置換反応エネルギーを求めた。また、水溶液中での性質を考慮して、全ての分子計算において、アミンの部分はプロトネーションしている構造を用いた。得られた値は後述する表1に記載した。
【0060】
[評価方法例4]不純物除去性並びに抗体の回収率
i)純物を含む溶液の調整
インビトロジェン社製、CD OptiCHO(登録商標)無血清培地を用いて得られた細胞培養液を、最大孔径0.45μmの精密ろ過膜(旭化成メディカル社製、MF−SL)によりろ過、除濁し、細胞培養液の清澄液を得た。得られた清澄液をGEヘルスケアバイオサイエンス社製、AKTAclossflowを用いて、脱塩濃縮することにより、HCPを主成分とする細胞培養液の不純物濃縮溶液を得た。得られた不純物溶液のタンパク質濃度を、ウシ血清アルブミンを標準タンパク質としたBradford法(novexin社製、Bradford ULTRA kit)により測定したところ、3mg/mLであった。
【0061】
次に、抗体タンパク質(株式会社ベネシス製、献血ヴェノグロブリン−IH)を用意した。さらに、0.15mol/L NaClを含む、20mmol/L Tris−HCl(pH7.5)緩衝液に、得られた不純物0.1mg/mLと、用意した抗体タンパク質10mg/mLと、を溶解し、溶液を作成した。こうして得られた溶液を供給液とし、製造例の方法にて作成した各種リガンドを有する中空糸多孔膜モジュールに通液し、抗体タンパク質の回収率と、透過後の不純物濃度と、を測定した。
【0062】
ii)抗体回収率及び不純物除去性の評価
中空糸多孔膜モジュール透過液中の抗体タンパク質の回収率、及びHCPを主成分とする不純物タンパク質の濃度は、アフィニティクロマトグラフィーによって評価した。島津製作所株式会社製高速液体クロマトグラフLC−20AシステムにアフィニティカラムとしてAppliedBiosystems製POROS G(ProteinGカラム)を取り付け、50mmol/Lリン酸に0.15mol/L NaClを含むバッファー(pH7.0)を用い、室温において流速2mL/minでカラムに通液し、ここにサンプルを100μLもしくは10μL添加した。また溶出には12mmol/L塩酸に0.15mol/L NaClを含むバッファーを用いた。その後、システムに、プロテインGカラムに吸着・溶出した抗体タンパク質の溶出ピークと、カラム吸着せず流出した不純物の溶出ピークとを表示させた。さらに、抗体タンパク質の溶出ピーク面積と、不純物の溶出ピーク面積とから、溶液中の抗体透過率と、不純物濃度と、を算出した。
【0063】
また、透過液中のHCP濃度は、CYGNUS社製、CHO Host Cell Protein ELISA Kit、3rd Generationを用いたELISA法により定量した。微量に含まれるDNAは、invitrogen社製、dsDNA HS Assay Qubit Starter Kitを用いた、Fluorometerにより定量した。ELISA法により求めた供給液中のHCP濃度は87μg/mL、Fluorometer法で求めたこの溶液中のDNA濃度は1.7μg/mLであった。
【0064】
[実施例1]
グラフト鎖へのイソプロピルアミノ基(2級アミノ基とイソプロピル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水20mLにイソプロピルアミンを全体積が40mLとなるまで攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、48時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をイソプロピルアミノ基に置換し、2級アミノ基と、イソプロピル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.43mm、内径2.10mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の72%がイソプロピルアミノ基によって置換されていた。
【0065】
次に、イソプロピルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.53mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.1cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L、0.1mol/L及び0.5mol/Lの場合、それぞれ63mg/mL、33mg/mL及び1.8mg/mLであった。よって、塩濃度が0.1mol/Lのように高い溶液においても、実施例1に係る中空糸多孔膜モジュールは、充分なタンパク質吸着性を示した。
【0066】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、電気伝導度が40mS/cm以上である、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液(電気伝導度84mS/cm)20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、63mg/mLと同じ値が得られた。即ち、実施例1に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄され、再生することができた。
【0067】
[比較例1]
グラフト鎖へのブチルアミノ基(2級アミノ基とブチル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水92.7重量部にノルマルブチルアミン7.3重量部を添加し、攪拌溶解する事により、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、20時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をブチルアミノ基に置換し、2級アミノ基と、ブチル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.49mm、内径2.16mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の79%がブチルアミノ基によって置換されていた。
【0068】
次に、ブチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.53mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.2cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ15mg/mL及び6mg/mLであり、吸着容量は少なかった。
【0069】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、9mg/mLと1回目より少ない値が得られた。即ち、比較例1に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄、再生することができなかった。
【0070】
[実施例2]
グラフト鎖へのプロピルアミノ基(2級アミノ基とプロピル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水20mLにノルマルプロピルアミンを全体積が40mLとなるまで攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、24時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をプロピルアミノ基に置換し、2級アミノ基と、プロピル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.44mm、内径2.10mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の78%がプロピルアミノ基によって置換されていた。
【0071】
次に、プロピルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.54mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.1cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ49mg/mL及び21mg/mLであった。よって、塩濃度が0.1mol/Lのように高い溶液においても、実施例2に係る中空糸多孔膜モジュールは、充分なタンパク質吸着性を示した。
【0072】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、47mg/mLとほぼ同じ値が得られた。即ち、実施例2に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄され、再生することができた。
【0073】
[実施例3]
グラフト鎖へのジエチルアミノ基(3級アミノ基とジエチルアミノ基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水20mLにジエチルアミンを全体積が40mLとなるまで攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、30℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、24時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジエチルアミノ基に置換し、3級アミノ基と、エチル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.54mm、内径2.17mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の89%がジエチルアミノ基によって置換されていた。
【0074】
次に、ジエチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.56mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.3cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ59mg/mL及び24mg/mLであった。よって、塩濃度が0.1mol/Lのように高い溶液においても、実施例3に係る中空糸多孔膜モジュールは、充分なタンパク質吸着性を示した。
【0075】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、58mg/mLとほぼ同じ値が得られた。即ち、実施例3に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄され、再生することができた。
【0076】
[比較例2]
グラフト鎖へのジメチルアミノ基(3級アミノ基とメチル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水25mLにジメチルアミンを全体積が40mLとなるまで攪拌しながら添加し、反応液を作製した。反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、30℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、48時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジメチルアミノ基に置換し、3級アミノ基と、メチル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.40mm、内径2.07mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の69%がジメチルアミノ基によって置換されていた。
【0077】
次に、ジメチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.53mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.0cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ22mg/mL及び11mg/mLであり、吸着容量は少なかった。
【0078】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、21mg/mLとほぼ同じ値が得られた。したがって、比較例2に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄、再生することができたものの、BSAの動的吸着容量が少なかった。
【0079】
[比較例3]
グラフト鎖へのジプロピルアミノ基(3級アミノ基とプロピル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水5mLと、イソプロピルアルコール20mLと、を混合攪拌した後、ジプロピルアミンを全体積が40mLとなるまで攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、30℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、48時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジプロピルアミノ基に置換し、3級アミノ基と、プロピル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.46mm、内径2.11mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の68%がジプロピルアミノ基によって置換されていた。
【0080】
次に、ジプロピルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.54mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.1cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ16mg/mL及び7mg/mLであり、吸着容量は少なかった。
【0081】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、10mg/mLと1回目より低い値が得られた。よって、比較例3に係る中空糸多孔膜モジュールは、高濃度の塩を含む溶液により適切に洗浄、再生することができなかった。
【0082】
[実施例4]
グラフト鎖へのトリエチルアミノ基(4級アミノ基とエチル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、1mol/LのNaOH水溶液17mLと、メタノール17mLと、を混合攪拌し、ここにトリエチルアミン塩酸塩4.81gを攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、調整した反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、36時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をトリエチルアミノ基に置換し、4級アミノ基と、エチル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.51mm、内径2.13mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の69%がトリエチルアミノ基によって置換されていた。
【0083】
次に、トリエチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.56mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.2cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ67mg/mL及び31mg/mLであった。よって、塩濃度が0.1mol/Lのように高い溶液においても、実施例4に係る中空糸多孔膜モジュールは、充分なタンパク質吸着性を示した。
【0084】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、65mg/mLとほぼ同じ値が得られた。即ち、実施例4に係る中空糸多孔膜モジュールは、塩を含む溶液により適切に洗浄され、再生することができた。
【0085】
[実施例5]
グラフト鎖へのトリプロピルアミノ基(4級アミノ基とプロピル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、メタノール17mL、精製水7.5mL、及び水酸化ナトリウム0.84gを混合攪拌し、ここにトリプロピルアミン塩酸塩4.71gを攪拌しながら添加し、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、調整した反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、46時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をトリプロピルアミノ基に置換し、4級アミノ基と、プロピル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.43mm、内径2.09mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の63%がトリプロピルアミノ基によって置換されていた。
【0086】
次に、トリプロピルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.53mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.0cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/L及び0.1mol/Lの場合、それぞれ53mg/mL及び27mg/mLであった。よって、塩濃度が0.1mol/Lのように高い溶液においても、実施例5に係る中空糸多孔膜モジュールは、充分なタンパク質吸着性を示した。
【0087】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した。その後、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合の中空糸多孔膜モジュールのBSAの動的吸着容量を再度求めたところ、50mg/mLとほぼ同じ値が得られた。即ち、実施例5に係る中空糸多孔膜モジュールは、塩を含む溶液により適切に洗浄され、再生することができた。
【0088】
[比較例4]
グラフト鎖へのトリメチルアミノ基(4級アミノ基とメチル基)の固定:
製造例1(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水12.5mLと、1mol/L NaOH水溶液12.5mLと、を混合攪拌し、ここに1.19gのトリメチルアミン塩酸塩を加えて、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、調整した反応液に純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、6時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をトリメチルアミノ基に置換し、4級アミノ基と、メチル基と、がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.53mm、内径2.15mmであり、式(2)より、グラフト鎖が有する全エポキシ基の90%がトリメチルアミノ基によって置換されていた。
【0089】
トリメチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を用いて、製造例1(iii)に従って、中空糸多孔膜モジュールを作製した。中空糸多孔膜モジュール内に占める中空糸多孔膜の中空部分を除いた多孔膜のみの体積は0.56mLであった。中空糸多孔膜の内表面積は6.2cm2であった。得られた中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従いBSAの動的吸着容量を求めたところ、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合、60mg/mLであったが、塩化ナトリウム濃度が0.1mol/Lの場合、6mg/mLと低かった。
【0090】
さらに、0mol/LでのBSA吸着評価後の中空糸多孔膜モジュールに、1mol/LのNaClを含む20mmol Tris−HCl(pH8.0)溶液20mLを通液して、吸着したBSAを溶出した中空糸多孔膜モジュールを用いて、評価方法例2に従い、塩化ナトリウム濃度が0mol/Lの場合のBSAの動的吸着容量を求めたところ、58mg/mLとほぼ同じ値が得られた。即ち、比較例4に係る中空糸多孔膜モジュールは、塩を含む溶液により適切に洗浄、再生することができたが、塩濃度の高い溶液でのタンパク質吸着性が劣ることが判明した。
【0091】
[実施例6]LogPow値及びカルボン酸との置換反応エネルギー値:
評価方法例3に従い、官能基の疎水性を表すパラメーターであるLogPow値、並びに官能基とカルボン酸の相互作用エネルギーを分子計算により求めた。表1に官能基として側鎖に反応させた各アミノ基により得られた、置換率、0mol/L及び0.1mol/L塩化ナトリウム溶液でのBSAの動的吸着容量、洗浄再生後の0mol/L塩化ナトリウム溶液でのBSA動的吸着容量、LogPow値及びカルボン酸との相互作用エネルギーを示す。表1より、実施例に示した、高塩濃度での良好なタンパク質吸着性と塩溶液での洗浄による良好な回復性を示す官能基は、LogPowの絶対値が2以下であり、かつカルボン酸との置換反応エネルギーが0kcal/mol以上5kcal/mol以下の範囲に含まれることが示される。これを図1に示す。
【0092】
【表1】

【0093】
[実施例7]イソプロピルアミノ基を有する多孔膜による抗体溶液の精製
評価方法例4にて作成したHCPを主成分とする不純物と、抗体タンパク質と、からなる供給液を、実施例1にて作成した中空糸多孔膜モジュールに通液した。さらに、中空糸多孔膜モジュールに含まれる膜体積に対して20体積に相当する透過液を、フラクションとして連続的に採取した。また、透過液量に対する抗体タンパク質の回収率、及び各透過フラクション中の不純物濃度を測定した。結果を表2に示す。表2に示すように、中空糸多孔膜モジュールの透過液中の不純物は、供給液に比べ大幅に減少している。また、透過液の体積が膜体積の40倍を超えると、抗体タンパク質の回収率は90%以上となる。
【0094】
【表2】

【0095】
[実施例8]プロピルアミノ基を有する多孔膜による抗体溶液の精製
評価方法例4にて作成したHCPを主成分とする不純物と、抗体タンパク質と、からなる供給液を、実施例2にて作成した中空糸多孔膜モジュールに通液した。さらに、中空糸多孔膜モジュールに含まれる膜体積に対して20体積に相当する透過液を、フラクションとして連続的に採取した。また、透過液量に対する抗体タンパク質の回収率、及び各透過フラクション中の不純物濃度を測定した。結果を表2に示す。表2に示すように、中空糸多孔膜モジュールの透過液中の不純物は、供給液に比べ大幅に減少している。また、透過液の体積が膜体積の40倍を超えると、抗体タンパク質の回収率は90%以上となる。
【0096】
[実施例9]ジエチルアミノ基を有する多孔膜による抗体溶液の精製
評価方法例4にて作成したHCPを主成分とする不純物と、抗体タンパク質と、からなる供給液を、実施例3にて作成した中空糸多孔膜モジュールに通液した。さらに、中空糸多孔膜モジュールに含まれる膜体積に対して20体積に相当する透過液を、フラクションとして連続的に採取した。また、透過液量に対する抗体タンパク質の回収率、及び各透過フラクション中の不純物濃度を測定した。結果を表2に示す。表2に示すように、中空糸多孔膜モジュールの透過液中の不純物は、供給液に比べ大幅に減少している。また、透過液の体積が膜体積の40倍を超えると、抗体タンパク質の回収率は90%以上となる。
【0097】
[実施例10]トリエチルアミノ基を有する多孔膜による抗体溶液の精製
評価方法例4にて作成したHCPを主成分とする不純物と、抗体タンパク質と、からなる供給液を、実施例4にて作成した中空糸多孔膜モジュールに通液した。さらに、中空糸多孔膜モジュールに含まれる膜体積に対して20体積に相当する透過液を、フラクションとして連続的に採取した。また、透過液量に対する抗体タンパク質の回収率、及び各透過フラクション中の不純物濃度を測定した。結果を表2に示す。表2に示すように、中空糸多孔膜モジュールの透過液中の不純物は、供給液に比べ大幅に減少している。また、透過液の体積が膜体積の40倍を超えると、抗体タンパク質の回収率は90%以上となる。
【0098】
[比較例5]トリメチルアミノ基を有する多孔膜による抗体溶液の精製
評価方法例4にて作成したHCPを主成分とする不純物と、抗体タンパク質と、からなる供給液を、比較例4にて作成した中空糸多孔膜モジュールに通液した。さらに、中空糸多孔膜モジュールに含まれる膜体積に対して20体積に相当する透過液を、フラクションとして連続的に採取した。また、透過液量に対する抗体タンパク質の回収率、及び各透過フラクション中の不純物濃度を測定した。結果を表2に示す。表2に示すように、透過液の体積が膜体積の40倍を超えると、抗体タンパク質の回収率は90%以上となるものの、比較例に係る中空糸多孔膜モジュールの透過液中の不純物は、供給液に比べ半分程度にしか減少していないことが示された。
【0099】
以上により、疎水性の多孔質基材と、多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、を備える多孔膜であって、分子鎖が、炭素原子数が2又は3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有し、側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数であるLogPowの絶対値が2以下であり、かつ側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molである、多孔膜とその製造方法が示された。さらに、その多孔膜を用いることにより、抗体精製での実用的な塩濃度における不純物吸着除去が、高速でかつ簡便になされることが示された。さらに、本実施の形態に係る多孔膜は、透過させる溶液の塩濃度が高い場合でも、タンパク質の吸着性が低下しにくいことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0100】
多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、を備える多孔膜であって、分子鎖が、炭素原子数が2又は3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有し、側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数であるLogPowの絶対値が2以下であり、かつ側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molである、多孔膜を用いる事により、細胞培養液及びカチオン交換後の抗体溶液中に含まれる不純物を有効に除去することが可能となる。
【0101】
この方法は、従来のカラムクロマトグラフィーを用いる方法に比べて、より高速かつ高効率での処理が可能であり、スケールアップも容易である。このことから、工業レベルで医薬品を製造する際の抗体の精製に適するという産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩濃度が0.02mol/L以上0.3mol/L以下のタンパク質含有溶液の精製方法において、
前記精製方法は、前記タンパク質含有溶液を多孔膜で濾過することで、少なくとも前記タンパク質含有溶液に含まれる夾雑物を多孔膜に吸着する工程と、濾過されたタンパク質含有溶液を回収する工程と、を有し、
前記多孔膜は、
疎水性の多孔質基材と、
前記多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、前記多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、
を備え、
前記分子鎖は、炭素原子数が2又は3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有し、
前記側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数であるLogPowの絶対値が2以下であり、
かつ前記側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molである
タンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項2】
前記側鎖が、プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、トリエチルアミノ基、ジエチルアミノ基、及びトリプロピルアミノ基より選択される、少なくとも1種類のアミノ基を含み、
前記濾過されたタンパク質含有溶液を回収する工程において、80%以上の回収率で透過液中に精製されたタンパク質を回収し、
さらに、電気伝導度が40mS/cm以上の溶液を前記多孔膜に通液することにより、前記多孔膜に吸着した前記夾雑物を溶出する工程を有する、請求項1に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項3】
前記夾雑物を溶出する工程により、前記多孔膜を再使用可能な状態とし、
再度、前記夾雑物を多孔膜に吸着する工程と、前記濾過されたタンパク質含有溶液を回収する工程と、を行うことを特徴とする、請求項2に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項4】
前記タンパク質が、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンから選択される1種である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項5】
前記タンパク質含有溶液が、宿主細胞由来タンパク質、デオキシリボ核酸、エンドトキシン、プロテアーゼ、脂質及びウィルスより選択される少なくとも1種類の不純物を含む、請求項1乃至4のいずれか1項に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項6】
前記多孔質基材が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及びポリフッ化ビニリデンから選択される、請求孔1乃至5のいずれか1項に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項7】
前記分子鎖の骨格が、グリシジルメタクリレート、グリシジルアクリレート、グリシジルソルベート、グリシジルイタコレート、及びグリシジルマレエートから選択される少なくとも1種類の単量体よりなる重合体、又は少なくとも1種類の前記単量体を含む共重合体である、請求孔1乃至6のいずれか1項に記載のタンパク質含有溶液の精製方法。
【請求項8】
疎水性の多孔質基材と、
前記多孔質基材の細孔を含む表面に固定された、前記多孔質基材と異なる材質の親水性を有する分子鎖と、
を備える多孔膜であって、
前記分子鎖は、炭素原子数が3のアルキル基が1個以上3個以下結合した窒素原子、水酸基及びカルボニル基を含む側鎖を有し、
前記側鎖を形成する分子構造のオクタノール/水分配係数であるLogPowの絶対値が2以下であり、
かつ前記側鎖とカルボン酸との置換反応エネルギーの値が0kcal/mol以上5kcal/molである、多孔膜。
【請求項9】
ウシ血清アルブミン(BSA)を含む電気伝導度が10mS/cmの溶液を通液したときのBSAの10%動的吸着容量が多孔膜体積あたり10mg/mL以上であり、
BSAを含む電気伝導度が40mS/cm以上の溶液を通液したときのBSAの10%動的吸着容量が多孔膜体積あたり2mg/mL以下であり、
さらに、タンパク質を含まない電気伝導度が80mS/cm以上の溶液を通液することにより、吸着されたBSAの90%以上が溶出し、10%動的吸着容量の回復率が90%以上で再使用が可能な、請求項7に記載の多孔膜。

【図1】
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【公開番号】特開2012−6864(P2012−6864A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143606(P2010−143606)
【出願日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】