説明

角層厚の計測方法

【課題】ラマン分光により角層と表皮細胞でのラマンスペクトルの違いに着目した非侵襲的な角層厚計測に関する方法を提供する。
【解決手段】角層厚の計測方法であって、皮膚表面から皮膚深部方向に向けて、測定深度を変えながら、ラマン分光によりスペクトルを測定し、該スペクトル中の角層に特異的なピークを指標とし、該ピークが消失するときのスペクトル測定深度を角層厚として決定する、角層厚の計測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧品の選択等の美容目的の角層厚の計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角層は皮膚の最外層に位置し、皮膚における物理的・化学的なバリアとして機能している。一方、角層は人の目に触れる部分であって、角層が乾燥した場合などは一目瞭然で肌荒れを起こしていることが分かるため、角層の保湿を目的として化粧料を塗布してケアすることは、美容分野において非常に重要である。一般に、肌荒れが起こった場合、表皮のターンオーバーが遅くなり角層の厚さが増すことが知られている。従って、角層の厚さを非侵襲的に計測して肌荒れの状態を正しく把握することは、化粧品の研究や化粧品による美容方法の研究等、美容分野において有用である。近年、共焦点ラマン分光装置を用いた角層厚の計測が報告されている。Egawaらは、共焦点ラマン分光装置で計測された皮膚水分量分布の1階微分を行い、その値がゼロになる位置(すなわち、皮膚水分量分布曲線が一定値になる位置)を角層厚と定義している(非特許文献1)。また、Egawaらはこの方法を利用した「美容方法の評価方法」、すなわち角層相当厚を指標にした効果的な化粧水の塗布方法を評価する方法を報告している(特許文献1)。Crowtherらは、共焦点ラマン分光装置で計測された皮膚水分量分布をWeibull関数でフィッティングし、その傾きが0.5になる位置を角層厚と定義している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−188302号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M.Egawa et al., Acta Derm.Venereol., vol.87, p4-8 (2007)
【非特許文献2】J.M.Crowther et al., Br.J.Dermatol., vol159, p567-577 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これまでに報告されているラマン分光を用いた非侵襲的角層厚計測方法は、いずれも皮膚水分量の深さ分布を基に計測されたものであるが、水分子は角層に特異的に存在するものではないことから、これら従来法により得られた角層厚は正確な角層厚を示すものではない。
従って、本発明の課題は、より正確な非侵襲的角層厚計測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ラマン分光によれば、水分子だけでなく、皮膚を構成する物質の定性的、定量的な計測が可能であることに着目し、角層とその下層の表皮細胞における物質の状態の違いをラマン分光で計測すれば、より正確な角層厚計測が可能となると考えた。そこで、皮膚切片試料を用いてラマン分光測定を実施し、そのスペクトルを測定し、スペクトルの強弱、消失等を検討してきたところ、角層には存在するが、表皮細胞では消失する信号が存在することを見出し、これを測定すれば、正確に角層厚が計測できることを見出した。
【0007】
従って、本発明は、角層厚の計測方法であって、
皮膚表面から皮膚深部方向に向けて、測定深度を変えながら、ラマン分光によりスペクトルを測定し、
該スペクトル中の角層に特異的なピークを指標とし、該ピークが消失するときのスペクトル測定深度を角層厚として決定する、角層厚の計測方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、角層厚を非侵襲的に正確に計測することが可能となる。また、表皮細胞の最終分化に関しin vivoでの解析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】皮膚切片試料の顕微ラマン分光によるスペクトル測定部位を示す(丸印はレーザー照射点、点線は表皮と真皮の境界)。(a)角層部分。(b)表皮部分。(c)真皮部分。
【図2】角層、表皮、真皮部分でのラマンスペクトルを対比した図である(図中の矢印は、2850[cm-1]と2880[cm-1]のピーク)。
【図3】本発明により計測された角層厚の部位間での比較結果(60代男性12名の平均)を示す。
【図4】水分分布量曲線から求めた角層厚の部位間での比較結果(非特許文献1の方法、60代男性12名の平均)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明では、はじめに、ラマン分光装置を用いて皮膚を深さ方向に非侵襲的に順次測定する。本発明で使用するラマン分光装置は、例えば、J.Raman Spectrosc.,vol.31,p813−818(2000)に開示されているような共焦点ラマン分光装置を用いて行うことができる。皮膚を深さ方向に非侵襲的に順次測定できるラマン分光装置であれば、共焦点ラマンに限らずコヒーレントアンチストークスラマン、誘導ラマン等いずれでも用いることができ、特に限定されない。
【0011】
ラマンスペクトルは共焦点装置により、皮膚表面から200μm程度の深さまでの任意の深さのスペクトルを測定することが可能である。実際の測定では、予測される角層厚と測定の効率を考慮し、測定頻度と測定深度を適宜決定して測定を行う。通常の角層の厚さは約20μm前後であることから、皮膚表面から1〜2μm毎に、40μm程度の深さまでスペクトルを測定すれば良い。
【0012】
本発明は、ラマン分光によって、皮膚を深さ方向に測定深度を変えながら、非侵襲的にスペクトルを順次測定し、測定したスペクトル中の角層に特異的な信号を指標にして、その信号が消失するときの測定深度を角層厚とする計測方法である。本発明では、予めラマンスペクトル中の角層に特異的な信号を明らかにしておく必要がある。角層に特異的な信号を探索する方法としては、例えば、皮膚切片を試料として顕微ラマン分光によってスペクトルを測定して分析する方法が挙げられる。詳しくは、図1に示すように、皮膚切片中の角層(a)、表皮(b)、真皮(c)と測定部位を変えてラマンスペクトルを測定し、角層部分とそれ以外の部位のラマンスペクトルの比較を行い、角層に特異的な信号を決定する。図2に各部位のラマンスペクトルを比較した結果を示す。ラマンスペクトル中、2850±10[cm-1]に検出されるピークと2880±10[cm-1]に検出されるピークは、角層において特異的に検出されるピークであることが判明した(図2矢印)。2850±10[cm-1]に検出されるピークは脂質のCH2対称伸縮振動モードに由来することが、2880±10[cm-1]に検出されるピークは脂質のCH2逆対称伸縮振動モードに由来することが知られている。
【0013】
脂質は角層や表皮細胞のいずれにおいても存在する成分であるが、前記の2850±10[cm-1]と2880±10[cm-1]に検出されるピークは角層においてのみ検出されている。角層における脂質は、表皮細胞が角化して顆粒層から角層へ移行する際に、細胞内から細胞間隙に放出されラメラ構造を形成し、角層細胞間脂質として皮膚のバリア機能を担っている。一方、表皮細胞内にある脂質は、そのようなラメラ構造は形成していない。2850±10[cm-1]と2880±10[cm-1]に検出されるピークは角層において特異的であることから、これらのピークは角層中に存在する角層細胞間脂質、すなわち、ラメラ構造を形成した角層細胞間脂質に由来するものと考えられる。
【0014】
本発明の角層厚の計測方法では、ラマンスペクトル中の角層に特異的なピークが消失する測定深度を角層厚として決定する。ピークの消失を検出する方法としては、目視による方法、スペクトルの1次微分を評価する方法、又は閾値を設定し、ピーク強度が閾値を下回る場合をピーク消失と判断する方法等が挙げられる。
【0015】
本発明で得られた計測値は、正確に角層の厚さを反映しており、計測時における被験者の角層厚が正確に測定できる。従って、本発明方法は、被験者に合った化粧品の選択、化粧品の研究、被験者毎の美容方法の選択、美容方法の研究等の美容目的で用いることができる。
【実施例】
【0016】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0017】
実施例(計測部位間での角層厚の比較)
実施例では、パネラーに60代男性12名(63±2歳)を利用し、本発明を用いて上腕内側部と前腕屈側部と顔面頬部の角層厚を計測し比較した。測定は室内環境に15分間馴化させた後に行った。皮膚スペクトルの測定は上述の装置を用いて2700−3100[cm-1]について皮膚表面から2[μm]毎に40[μm]まで行い、1点当たりの測定時間は1[sec]とした。測定は3回繰り返して行い、平均したものを解析に供した。2700−3100[cm-1]において一般的にヒト皮膚で確認される信号は、CH2対称伸縮振動モード(2850±10[cm-1])、CH2逆対称伸縮振動モード(2880±10[cm-1])、CH3対称伸縮振動モード(2930±10[cm-1])、CH3逆対称伸縮振動モード(2960±10[cm-1])、CH伸縮振動モード(3060±10[cm-1])の5つがある。皮膚を探さ方向に順次測定した信号は蛍光等の影響で強度に差異が生じるため、CH3対称伸縮振動モード(2930±10[cm-1])の信号強度で皮膚スペクトルの補正を行った。本実施例では、角層に特異的なピークとしてCH2逆対称伸縮振動モード(2880±10[cm-1])に着目し、その信号が消失する深さを目視にて判定し、角層厚の計測を行った。
【0018】
本発明を用いて上腕内側部、前腕屈側部、顔面頬部それぞれの角層厚を計測した結果を図3に示す。計測されたパネラー12名の平均の角層厚は、上腕内側部、前腕屈側部、顔面頬部でそれぞれ、13.8[μm]、13.7[μm]、6.5[μm]となり、顔面頬部は、上腕内側部及び前腕屈側部に比べて角層が薄いことが示された(対応のあるt−検定、p<0.001)。また、本発明を用いた角層厚計測と同時に、非特許文献1に記載された水分分布量曲線を用いる方法による角層厚計測を行い、比較した。非特許文献1の水分分布量曲線から求めた角層厚は、上腕内側部、前腕屈側部、顔面頬部でそれぞれ、16.8[μm]、16.8[μm]、15.5[μm]となり(図4)、顔面頬部の角層厚は上腕内側部及び前腕屈側部とは統計的な有意差はなかった(対応のあるt−検定)。Zhenらは、皮膚角層枚数の部位差を報告しており(Arch.Dermatol.Res.,vol.291,p555−559(1999))、それによると上腕内側部、前腕屈側部、顔面頬部の角層枚数は、それぞれ13±4、16±4、10±3である。顔面頬部は、上腕内側部及び前腕屈側部に比べて角層枚数が少ない、すなわち角層が薄いことを示している。非特許文献1の方法で計測された皮膚角層厚は、顔面頬部と上腕内側部及び前腕屈側部との間で明瞭な差が得られなかったが、本発明により計測した角層厚は、顔面頬部と上腕内側部及び前腕屈側部との間で明瞭な差を検出することができた。このことから、本発明で計測された角層厚は、既存の方法に比べて鋭敏な角層厚計測方法である。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により、非侵襲的且つより正確に角層厚を計測することが可能となり、それを利用して表皮ターンオーバーや老化の程度を非侵襲的に評価することが可能となり、美容分野で利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角層厚の計測方法であって、
皮膚表面から皮膚深部方向に向けて、測定深度を変えながら、ラマン分光によりスペクトルを測定し、
該スペクトル中の角層に特異的なピークを指標とし、該ピークが消失するときのスペクトル測定深度を角層厚として決定する、角層厚の計測方法。
【請求項2】
角層に特異的なピークが、角層中に存在する角層細胞間脂質に由来するピークである、請求項1記載の角層厚の計測方法。
【請求項3】
角層に特異的なピークが、CH2対称伸縮振動モードに由来しスペクトル中2850±10[cm-1]に検出されるピーク、又はCH2逆対称伸縮振動モードに由来しスペクトル中2880±10[cm-1]に検出されるピークである、請求項1記載の角層厚の計測方法。
【請求項4】
角層厚の計測が、美容目的である請求項1〜3のいずれか1項記載の角層厚の計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−19785(P2011−19785A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168429(P2009−168429)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】