説明

試料ガスの大気圧下イオン化方法および装置

【目的】微量の試料でも高い感度での分析を可能とする。
【構成】キャリアガスを第1イオン化室11に導入して励起・イオン化し,励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成して第2イオン化室21に噴射し,上記高速流の噴射により生じる負圧によって試料ガスを上記第2イオン化室21に導入し,上記第2イオン化室21において試料ガスに,キャリアガスに含まれる励起種またはイオンを作用させて試料ガスイオンを生成する。生成した試料ガスイオンはノズル20Aから質量分析装置に噴射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は試料ガスの大気圧下におけるイオン化方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
実時間直接分析(DART:Direct Analysis in Real Time)のためのイオン化方法および装置が既に提案されている。
【非特許文献1】Robert B. Cody, James A. Laramee, and H. Dupont Durst “Versatile New lon Source for the Analysis of Materials in Open Air under Ambient Conditions” Analytical Chemistry, Vol. 77, No. 8, April 15, 2005 2297
【0003】
この方法は,チューブ内で生成したイオンや励起種をノズルから噴出させて,外気の蒸気をイオン化させるものである。この方法では,放電で生成したイオンや励起種が大気圧下で広く発散し,有効に試料分子をイオン化することができない。このため,感度の大きな犠牲を伴う。
【発明の開示】
【0004】
この発明は,微量の試料でも高い感度で分析が可能となるイオン化方法および装置を提供するものである。
【0005】
この発明によるイオン化方法は,キャリアガスを第1イオン化室に導入して励起・イオン化(励起および/またはイオン化)し,励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成して第2イオン化室に噴射し,上記高速流の噴射により生じる負圧(アスピレーター効果)によって試料ガスを上記第2イオン化室に導入し,上記第2イオン化室において試料ガスにキャリアガス中に含まれる励起種またはイオンを作用させて試料ガスイオンを生成するものである。
【0006】
この発明によるイオン化装置は,キャリアガス導入管が接続され,このキャリアガス導入管を通して導入されるキャリアガスを励起・イオン化(励起および/またはイオン化)するイオン化装置を備えた第1ハウジング,上記第1ハウジングに連続して設けられ,励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成する高速流形成流路,ならびに上記高速流形成流路の出口が開口しており,上記出口から噴射される上記高速流により生じる負圧によって導入される試料ガスの導入管が接続され,導入された試料ガスに上記励起・イオン化されたキャリアガスを作用させてイオン化された試料ガスイオンを分析装置に噴射するノズルを備えた第2ハウジングを有するものである。
【0007】
第2ハウジングのノズルは質量分析装置のイオン導入オリフィスの近くに配置され,ノズルから噴射される試料ガスイオンが分析装置に導入され,質量分析される。
【0008】
この発明によると,励起・イオン化されたキャリアガスが第2イオン化室に噴射されるので,その負圧によって試料ガスが第2イオン化室に導入される。第2イオン化室内において試料ガスにキャリアガス中の励起種やイオンが作用するので,試料ガスは効率よくイオン化される。これによって,微量の試料でも高い感度で分析することが可能となる。
【実施例】
【0009】
図1はイオン化装置を示すものである。
【0010】
絶縁性チューブ(たとえばガラス管)(絶縁性第1ハウジング)10内に放電電極針(たとえばステンレス鋼またはタングステン)(金属製線状体)14がチューブ10内壁と接触しない状態で保持され,絶縁性チューブ10の先端付近までのびている。たとえば,絶縁性チューブ10内にその末端付近で絶縁性保持部材(ゴムまたは合成樹脂製)13をきつく嵌め入れ,この絶縁性保持部材13に放電電極針14を突き通すことにより,放電針14が保持される。放電電極針14が存在する絶縁性チューブ10の内部が第1イオン化室11である。
【0011】
絶縁性チューブ10にはキャリアガス導入管12が接続され,キャリアガス源からキャリアガスが導入管12を通って第1イオン化室11内に導入される。キャリアガスとしては,ヘリウム,酸素,窒素ガスや希ガスが用いられる。
【0012】
放電電極針14に正または負の高電圧が印加され,コロナ放電(放電プラズマ)を生じさせる。これにより第1イオン化室11内に導入されたキャリアガスが励起・イオン化(励起および/またはイオン化)される。具体的には,正電圧放電では,正イオンと原子,分子励起種,負電圧放電では電子と原子,分子励起種が発生する。以下の説明では放電電極針14に負の高電圧が印加されるものとする。なお,キャリアガスの励起・イオン化法としては他に高周波放電を利用する方法などがある。
【0013】
絶縁性チューブ10の先端には金属管(たとえばステンレス鋼または真ちゅう)10Aが固定され,この金属管10Aに,錐状の部分をもつ金属製(たとえばステンレス鋼または真ちゅう)絞り管(高速流形成流路(部材))30が挿入され,かつ固定されている。絞り管30は,絶縁性チューブ10の金属管10Aに挿入される短い筒状部分30Bと,先端の細い出口部分30Aと,これらの両部分30B,30Aをつなぐ錐状(円錐状)部分とを備えている。
【0014】
さらに絞り管30に被せるように金属製キャップ(たとえばステンレス鋼または真ちゅう)(第2ハウジング)20が設けられている。すなわち,キャップ20は円筒形でその基部が絞り管30の筒状部分30Bに嵌め合わされ,先端部のほぼ全体が閉塞され,先端部の中央部のみが外方に突出したノズル20Aとして開口している。
【0015】
キャップ20と絞り管30との間(キャップ20の内部)には空間があり,ここが第2イオン化室21である。キャップ20の周面には試料ガス導入管(試料用キャピラリー)23の先端が接続され,第2イオン化室21に開口している。
【0016】
絞り管30は2つの機能をもつ。その一は,絶縁性チューブ10の先端の金属管10Aとともに,放電電極針14の対極となる電極として働くことである。そのために,絞り管30は接地されている(これに嵌め入れられたキャップ20も同電位である)。また,第1イオン化室でキャリアガスが励起・イオン化されることにより生じる電子はこの絞り管30により捕捉され,キャリアガスイオンの再結合が防止される。
【0017】
絞り管30のもう一つの作用はキャリアガスの進行方向に向ってその内径が徐々に小さくなることによって励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成する流路として働くことである。したがって励起・イオン化されたキャリアガスイオンはその出口部分30Aから第2イオン化室21に向って噴射されることになる。
【0018】
試料ガス導入管23の外端は試料の近くまたは試料ガス源に開口している。たとえば,試料ガス導入管23の外端は,ガスクロマトグラフの出口に接続することができるし,試料ガスの容器に入れておくことができるし,対象物に単に近づけておくだけでもよい。試料ガス導入管23に試料ガスを積極的に注入してもよい。
【0019】
いずれにしても,上述のように,絞り管30の出口30Aから励起・イオン化されたキャリアガスが第2イオン化室21内に高速流として噴射されるから,これによって負圧が生じ(アスピレーター効果),試料ガス導入管23を通して試料ガスが第2イオン化室21内に吸引される。そして,第2イオン化室21内において,導入された試料ガスにキャリアガス中のイオンや励起種が作用して,試料ガスがイオン化される。たとえば,試料ガスはイオン−分子反応によりイオン化される。また試料ガスは生成したキャリアガスの励起種(ぺニングイオン化)もしくは電子(電子付着反応)によってもイオン化される。放電電極針14に負の高電圧を印加した場合にはキャリアガス(特に希ガス)の励起種を用いて,ぺニングイオン化を起こさせることで,種々のイオン化エネルギーをもつ分子を選択的にイオン化できる。とくに,ガソリンや石油成分など,無極性分子のイオン化に好適である。
【0020】
キャップ20のノズル20Aは,質量分析装置40のスキーマ41のイオンサンプリングオリフィス42に近接して配置されている。イオン化された試料ガスはノズル20Aから噴出(噴射,噴霧)し,オリフィス42から分析装置の真空部に導入され,質量分析される。
【0021】
要すれば,キャップ20にヒータを設け,またはレーザ光照射により,第2イオン化室内の温度を調整して(加熱して)感度を高めることもできる。
【0022】
図2は図1に示す大気圧下イオン化装置を用いてイオン化されたアニソール(anisole)(CHOCH)について得られた質量分析結果(マススペクトル)を示している。ヘリウム(He)ガスを用いた大気圧下ペニングイオン化(APPeI:Atmospheric-pressure Penning ionization)で,スニフィング(sniffing)法を用いた(すなわち,上記のアスピレーター効果によってアニソールのガスが吸引される)。アニソールは第2イオン化室内においてイオン化され,広く発散することがないので,高い感度が得られていることが分る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】イオン化装置の構成を示す断面図である。
【図2】イオン化装置によってイオン化された試料についての質量分析結果の一例を示すマススペクトルである。
【符号の説明】
【0024】
10 絶縁性チューブ(第1ハウジング)
11 第1イオン化室
12 キャリアガス導入管
14 放電電極針
20 キャップ(第2ハウジング)
20A ノズル
21 第2イオン化室
23 試料ガス導入管
30 絞り管(高速流形成流路)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリアガスを第1イオン化室に導入して励起・イオン化し,
励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成して第2イオン化室に噴射し,
上記高速流の噴射により生じる負圧によって試料ガスを上記第2イオン化室に導入し,上記第2イオン化室において試料ガスにキャリアガス中に含まれる励起種またはイオンを作用させて試料ガスイオンを生成する,
試料ガスの大気圧下イオン化方法。
【請求項2】
生成した試料ガスイオンを分析装置に噴射する,請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項3】
第1イオン化室においてキャリアガスをコロナ放電により励起・イオン化する,請求項1または2に記載のイオン化方法。
【請求項4】
キャリアガス導入管が接続され,このキャリアガス導入管を通して導入されるキャリアガスを励起・イオン化するイオン化装置を備えた第1ハウジング,
上記第1ハウジングに連続して設けられ,励起・イオン化されたキャリアガスの高速流を形成する高速流形成流路,ならびに
上記高速流形成流路の出口が開口しており,上記出口から噴射される上記高速流により生じる負圧によって導入される試料ガスの導入管が接続され,導入された試料ガスに上記励起・イオン化されたキャリアガスを作用させてイオン化された試料ガスイオンを分析装置に噴射するノズルを備えた第2ハウジング,
を有する試料ガスの大気圧下イオン化装置。
【請求項5】
上記第1ハウジングのイオン化装置が,放電電極を備え,コロナ放電によりキャリアガスを励起・イオン化するものである,請求項4に記載のイオン化装置。

【図1】
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【図2】
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