説明

負極活物質ペースト、鉛蓄電池及び鉛蓄電池の製造方法

【課題】大量の電流を通電し短時間で効率的に電槽化成を行うことが可能であるとともに、低温高率放電性能及び充電受入性能に優れた鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを含有し、鉛蓄電池の負極板に用いる負極活物質ペースト。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、大量の電流を通電し短時間で効率的に電槽化成を行うことが可能な鉛蓄電池に関するものであり、詳しくは、負極活物質ペースト、鉛蓄電池及び鉛蓄電池の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鉛蓄電池の極板を化成する方法としては、極板の状態で化成を行うタンク化成と、電池を組み立てた後に化成を行う電槽化成とが知られているが、近時、予め電槽に極板を組み入れた後に電解液を当該電槽に注入し通電する電槽化成が主流になっている。そして、鉛蓄電池の製造原価を低減するために、この電槽化成の時間を短縮することが求められており、通電量を増加させて通常2日程度かかるところを10時間程度に短縮することが試みられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−147871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、電槽化成時の通電量を増加させると、電槽化成中に電池温度が上昇してしまい、この結果、負極板の放電性能が劣化するという問題が生ずる。
【0005】
すなわち、化成中の電池温度が60℃を超えると、50℃でより長時間の電槽化成に附した鉛蓄電池に比べ、−15℃での低温高率放電持続時間(JIS D5301)が明らかに短くなる。これは負極板の放電性能が劣化したことに起因する。特に電槽化成中の電池温度の最高値が65℃を上回ると、この傾向が顕著になる。
【0006】
鉛蓄電池の低温高率放電の持続時間を延ばすためには、負極へリグニンを添加するのが有効であることが知られている(特許文献1)。負極へリグニンを添加すると、リグニンが負極活物質の表面に吸着し、その表面積の低下やシュリンクを防ぎ、更に充放電時にPb2+を一時的に捕捉し、低温高率放電性能を改善することができる。そして、当該リグニンの負極への添加量を増加すれば、電槽化成中に負極中のリグニンが溶出又は分解しても、なお多くのリグニンを負極中に残存させることができるので、低温高率放電の持続時間をより一層延長させることが可能となる。
【0007】
しかし一方で、リグニンには充電受入性能を低下させるという問題点もあるので、過剰なリグニンの添加は電池性能全体を考えると不利であると考えられる。
【0008】
また、上述のとおり、電槽化成時の通電量を増加させ、その結果、電槽化成時の電池温度が上昇すると、得られた鉛蓄電池の低温高率放電性能が低下するが、本発明者が検討した結果、この低温高率放電性能の低下は、特に、エンジンの停止とバッテリーによる始動を頻繁に繰り返すアイドリングストップシステム搭載車において、通常の自家用車よりも一層バッテリーの作動不良(いわゆるバッテリー上がり)を引き起こす原因になる恐れがあることが判明した。また、アイドリングストップシステム搭載車において、その搭載するバッテリーの充電受入性能は、該バッテリーの充電状態を良好に保つためにより重要になる。
【0009】
そこで本発明は、上記現状に鑑み、大量の電流を通電し短時間で効率的に電槽化成を行うことが可能であるとともに、低温高率放電性能及び充電受入性能に優れた鉛蓄電池を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意検討の結果、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物を主成分とする負極活物質ペーストに、リグニンとともに、バニリン又はグアイアコールを添加することにより、電槽化成時の電流を増加して、その結果、電池温度が上昇しても、充電受入性能の低下を防ぎつつ、低温高率放電性能を向上しうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち本発明に係る負極活物質ペーストは、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを含有し、鉛蓄電池の負極板に用いることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る負極活物質ペーストにおいて、バニリンの含有量は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.27重量部であることが好ましい。
【0013】
一方、グアイアコールの含有量は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.35重量部であることが好ましい。
【0014】
このような本発明に係る負極活物質ペーストが格子体に充填されてなる負極板を備えている鉛蓄電池もまた、本発明の1つである。
【0015】
なお、本発明に係る鉛蓄電池は、アイドリングストップシステム搭載車に備えられることが特に好ましい。
【0016】
更に、本発明に係る鉛蓄電池の製造方法もまた、本発明の1である。すなわち、本発明に係る鉛蓄電池の製造方法は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを混合し、負極活物質ペーストを調製する工程と、前記負極活物質ペーストを格子体に充填して負極板を作製する工程と、前記負極板と正極板とをセパレータを介して交互に組み合わせて未化成の極板群を作製する工程と、前記未化成の極板群に対して、電池の5時間率公称容量に対して0.45A/Ah以上の直流電流を流して電槽化成を行う工程と、を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、上述した構成よりなるので、電槽化成時の通電量を増大させて、電槽化成の時間を短縮しても、充電受入性能を低下させずに低温高率放電性能を向上させることができる。このため、充放電性能に優れ、アイドリングストップシステム搭載車に適した鉛蓄電池を効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】試験1において、75℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と低温高率放電持続時間との関係を示す図である。
【図2】試験1において、50℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と充電受入電流との関係を示す図である。
【図3】試験1において、75℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と充電受入電流との関係を示す図である。
【図4】試験2において、75℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と低温高率放電持続時間との関係を示す図である。
【図5】試験2において、50℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と充電受入電流との関係を示す図である。
【図6】試験2において、75℃で電槽化成した場合の、バニリン又はグアイアコールの負極活物質ペーストへの添加量と充電受入電流との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明に係る鉛蓄電池の実施形態について説明する。
【0020】
本発明に係る鉛蓄電池は、例えば、二酸化鉛を活物質の主成分とする正極板と、鉛を活物質の主成分とする負極板と、これら極板の間に介在する不織布状又は多孔性のセパレータとからなる極板群を備えたものであり、当該極板群が希硫酸を主成分とする電解液に浸漬されてなるものである。前記正極板及び負極板は、いずれもPb−Sb系合金やPb−Ca系合金等からなる格子体を備えたものであり、当該格子体にペースト状の活物質を充填することにより各極板が形成される。前記格子体、正極活物質ペースト、セパレータ及び電解液としては特に限定されず、目的・用途に応じて公知のものから適宜選択して用いることができる。
【0021】
本発明における負極板は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを含有する負極活物質ペーストが格子体に充填されてなるものである。
【0022】
前記酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物は、負極活物質として機能するものであり、通常粉末状の形態で負極活物質ペーストに配合される。このような粉末状の酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物としては、例えば、個々の粒子組成が一酸化鉛65〜85重量部と残部が鉛からなる、いわゆる鉛粉が用いられる。当該鉛粉は、リサージ(r−PbO)100重量%からなる島津式鉛粉であってもよく、リサージ(r−PbO)約80重量%とマシコット(y−PbO)約20重量%とからなるバートン・ポット式鉛粉であってもよい。
【0023】
前記リグニンとしては入手可能なものであれば特に限定されず、フェニルプロパン系の構成単位が縮合してなる高分子物質であり、メトキシル基を含有するいわゆるリグニン及びその誘導体を含む種々のものを使用することができる。これらのなかでも、パルプ廃液から抽出・精製されたリグニンスルホン酸及びその塩が、入手が容易であることより好適に用いられる。
【0024】
前記リグニンの前記負極活物質ペーストへの添加量は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.05〜0.6重量部であることが好ましく、より好ましくは0.1〜0.4重量部である。前記リグニンの添加量が0.05重量部未満であると、低温高率放電性能の改善効果が充分でなく、一方、前記リグニンの添加量が0.6重量部を超えると、充電受入電流が減少する傾向にある。
【0025】
バニリンとグアイアコールとは、いずれもフェノールに−OCH基又は−CHO基が付加したフェノール誘導体であり、バニリンはフェノールに−OCH基と−CHO基とが付加した構造を有し、グアイアコールはフェノールに−OCH基が付加した構造を有する。
【0026】
バニリンとグアイアコールの酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物に対する反応性は、リグニンスルホン酸に類似している。このため、バニリンとグアイアコールには放電容量を増大させる効果がある。そして、前記リグニンに加えてバニリン及び/又はグアイアコールが添加された負極活物質ペーストを用いた鉛蓄電池は、低温高率放電性能が向上する一方で、充電受入性能の低下は抑制される。
【0027】
これは、前記リグニンとともにバニリンやグアイアコールが負極活物質の原料である酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物に作用し、その比表面積を増大させるためであると考えられる。バニリンやグアイアコールは、前記リグニンの分解物であるメトキシル化されたフェニルプロパンと分子構造が類似しており、これらを電槽化成の開始時から負極中に存在させることにより、電槽化成時に前記リグニンよりも効果的に負極活物質に作用すると推測される。
【0028】
一方、前記リグニンが高分子物質であるのに対して、バニリンとグアイアコールは分子量が比較的小さいものであるので、電槽化成時に分解し、特に電槽化成時に電池温度が上昇した場合は、分解が急速に起こり、添加量がある範囲以内であれば電槽化成終了時には負極中に多くは残らず、残存したものも電槽化成後に数回充放電を行ううちにそのほとんどが分解してしまうと推測される。このため、前記リグニンの増量が引き起こす充電受入性能の低下が、バニリン又はグアイアコールを添加した場合は起こらないと思われる。これらバニリンとグアイアコールとは、単独で用いられてもよく、併用されてもよい。
【0029】
バニリンの前記負極活物質ペーストへの添加量は、前記酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.27重量部であることが好ましく、より好ましくは0.04〜0.22重量部である。バニリンの添加量が0.04重量部未満であると、低温高率放電性能が不充分であり、一方、バニリンの添加量が0.27重量部を超えると、低温高率放電性能の向上が頭打ちとなる一方、充電受入性能が急激に低下し始める傾向にあり、更に前記リグニンの添加量によっては充電受入電流がJIS規格値である4.0Aを下回る可能性が高くなる。
【0030】
グアイアコールの前記負極活物質ペーストへの添加量は、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.35重量部であることが好ましく、より好ましくは0.06〜0.27重量部である。グアイアコールの添加量が0.04重量部未満であると、低温高率放電性能が不充分であり、一方、グアイアコールの添加量が0.35重量部を超えると、低温高率放電性能の向上が頭打ちとなる一方、充電受入性能が急激に低下し始める傾向にあり、更に前記リグニンの添加量によっては充電受入電流がJIS規格値である4.0Aを下回る可能性が高くなる。
【0031】
このように前記リグニンに加えてバニリン及び/又はグアイアコールを含有する本発明に係る負極活物質ペーストは、大量の電流を通電して短時間で電槽化成を行うことにより電池温度が上昇しても、充電受入性能の低下を抑制しつつ低温高率放電性能の向上を図ることができる。このため、本発明に係る負極活物質ペーストは、電槽化成中に電池温度が60℃以上の高温に上昇しやすい条件である、電池の5時間率公称容量に対して0.45A/Ah以上である大量の直流電流を流して電槽化成を行う鉛蓄電池用の負極活物質ペーストとして好適であり、本発明に係る負極活物質ペーストを用いることにより、電池の5時間率公称容量に対して0.45A/Ah以上の通電条件で電槽化成を行っても、充電受入性能の低下を抑制しつつ低温高率放電性能を向上させることができる。
【0032】
本発明に係る負極活物質ペーストは、更に、硫酸バリウム及びカーボン粉末に加え、必要に応じて他の添加剤を含有していてもよく、これらに希硫酸を加え練膏することにより調製される。
【0033】
本発明に係る鉛蓄電池の製造方法としては特に限定されないが、例えば、まず、常法により作製した正極板と、前記リグニンに加えてバニリン及び/又はグアイアコールを含有する負極活物質ペーストを格子体に充填してなる負極板とを、セパレータを介して交互に組み合わせて未化成の極板群を作製する。次いで、当該未化成の極板群を電槽に挿入した後、極板群の溶接、セル間の接続、及び、蓋の接着を行い、端子溶接して組立てを完了してから、希硫酸を主成分とする電解液を注液し、電池の5時間率公称容量に対して0.45A/Ah以上の直流電流を流して電槽化成を行う。このようにして本発明に係る鉛蓄電池を製造することができる。
【0034】
このようにして得られた低温高率放電性能及び充電受入性能に優れた本発明に係る鉛蓄電池は、アイドリングストップシステム搭載車に好適に用いることができる。
【0035】
ここで、アイドリングストップシステム搭載車とは、短時間のエンジン停止と再始動という一連の制御を、特別な操作を必要とすることなく、自動的に行う機構を備えた自動車であり、より具体的には、走行時においては、通常の自動車と同様に、自動車のエンジンの回転に伴って発電するオルタネータの交流電流を整流して、電子機器等の負荷や鉛蓄電池に直流電流を供給する一方で、赤信号等で自動車が停止するとエンジンを自動的に停止(オルタネータも発電を停止)させ、青信号等で再走行するときには、イグニションキーを動かさなくても、鉛蓄電池からの放電によって自動的にエンジンを再始動させるように構成されたものである。
【0036】
このようなアイドリングストップシステム搭載車では鉛蓄電池は充電不足状態に陥りやすいが、アイドリングストップシステム搭載車用の鉛蓄電池として、充電受入性能を低下させずに低温高率放電性能を向上させた本発明に係る鉛蓄電池を用いることにより、バッテリー上がりを良好に防止することができる。
【実施例】
【0037】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0038】
<試験1>
酸化鉛と金属鉛との混合物粉末(以下、これを負極主原料という。)100重量部に対して、リグニンと、バニリン又はグアイアコールとを下記表1に示す添加量で添加し、更に、アセチレンブラック0.2重量部及び硫酸バリウム1重量部を添加して、負極活物質ペーストを調製した。リグニンとしては、市販のリグニンスルホン酸のナトリウム塩を使用した。
【0039】
得られた負極活物質ペーストをPb−Ca−Sn合金からなる格子体に充填し、負極板を作製した。そして、得られた未化成負極板を使用して、12V/公称容量30Ah(5時間率)の電池44B20を組み立てた。当該電池において、化成後の負極の活物質量はセル当たり254g、同見かけ密度は3.65g/cm、化成後の正極の活物質量はセル当たり270g、同見かけ密度は3.55g/cmとなるように設計した。このようにして、未化成のサンプル電池(X1〜Y10)を各サンプル電池とも複数個ずつ作製し、また、比較例として、バニリンとグアイアコールのいずれも使用していない未化成の電池Aを作製した。
【0040】
【表1】

【0041】
これら未化成の各サンプル電池を、それぞれ4個ずつ水槽中で8時間の電槽化成に附した。充電電流は19A(電池の5時間率公称容量に対して0.63A/Ah)であり、電槽化成中の電池の中央セル(第3、4セル)の最高温度が75〜77℃の範囲になるように水槽温度を調整した。以下、本条件における化成を「75℃化成」という。
【0042】
次に、化成済みの各サンプル電池を、それぞれ2個ずつJIS D5301(2006年版)による低温高率放電試験に附した。その結果を図1に示す。なお、各サンプル電池の放電持続時間は、電池Aの放電持続時間を100とする相対値で表した。
【0043】
図1に示す結果より、X系列(バニリン添加)及びY系列(グアイアコール添加)のいずれのサンプル電池においても、バニリン又はグアイアコールの添加量が増加するのに伴って放電持続時間が延長した。そして、バニリンを添加したX系列のサンプル電池では、バニリン添加量が0.03重量部を超えると放電持続時間の延びが顕著となり、0.4重量部ではそれ以上の放電持続時間の延びが見られなくなった。一方、グアイアコールを添加したY系列のサンプル電池では、グアイアコールの添加量が0.03重量部を超えると放電持続時間の延びが顕著となり、0.4重量部ではそれ以上の放電持続時間の延びが見られなくなった。
【0044】
続いて、表1に記載の未化成の各サンプル電池を、それぞれ2個ずつ水槽中で8時間の電槽化成に附した。充電電流は19A(電池の5時間率公称容量に対して0.63A/Ah)であり、電槽化成中の電池の中央セル(第3、4セル)の最高温度が50〜53℃の範囲になるよう水槽温度を調整した。以下、本条件における化成を「50℃化成」という。
【0045】
そして、75℃化成での化成済みサンプル電池の残りの2個ずつと、50℃化成での化成済みサンプル電池2個ずつとを、JIS D5301(2006年版)による充電受入試験2に附した。その結果を図2及び図3に示す。
【0046】
図2及び図3に示す結果より、50℃化成済みサンプル電池と75℃化成済みサンプル電池とのいずれにおいても、バニリン又はグアイアコールの添加量の増加に伴い充電受入電流がわずかに減少した。しかし、バニリン又はグアイアコールのいずれを添加した場合も、試験を行った添加量の全範囲(0.01〜0.4重量部)において、充電受入電流の測定値がJIS規格値である4.0Aを上回った。特に、50℃化成の場合には、バニリン(X系列)では添加量が0.25重量部以下である場合に充電受入電流が電池Aとほぼ同等であり、一方、グアイアコール(Y系列)では添加量が0.3重量部以下である場合に充電受入電流が電池Aとほぼ同等であった。また、75℃化成の場合には、いずれの系列のサンプル電池も、バニリン又はグアイアコールの添加量が0.3重量部以下である場合に、充電受入電流が電池Aとほぼ同等であった。
【0047】
<試験2>
負極主原料100重量部に対して、リグニンと、バニリン又はグアイアコールとを下記表2に記載の添加量で添加し、試験1と同様にして負極活物質ペーストを調製し、得られた負極活物質ペーストを用いて負極板を作製した。そして、得られた未化成負極板を使用して、試験1と同じ構成の電池を組み立てて、未化成のサンプル電池(V1〜W10)を各サンプル電池とも複数個ずつ作製した。また、比較例として、バニリンとグアイアコールのいずれも使用していない未化成の電池B(リグニン0.5重量部)及び電池C(リグニン0.6重量部)を作製した。リグニンとしては、試験1と同じ市販のリグニンスルホン酸のナトリウム塩を使用した。
【0048】
【表2】

【0049】
得られたサンプル電池について、試験1と同様にして、それぞれ5個ずつを75℃化成に附し、他の3個ずつを50℃化成に附した。
【0050】
得られた75℃化成済みサンプル電池を、それぞれ2個ずつJIS D5301(2006年版)による低温高率放電試験に附した。その結果を図4に示す。なお、各サンプル電池の放電持続時間は、試験1における電池Aの放電持続時間を100とする相対値で表した。
【0051】
図4に示す結果より、V系列(バニリン添加)及びW系列(グアイアコール添加)のいずれのサンプル電池においても、バニリン又はグアイアコールの添加量が増加するのに伴い放電持続時間が延長した。そして、バニリンを添加したV系列のサンプル電池では、バニリンの添加量が0.03重量部を超えると放電持続時間の延びが顕著となり、0.25重量部以上ではそれ以上の放電持続時間の延びが見られなかった。一方、グアイアコールを添加したW系列のサンプル電池では、グアイアコールの添加量が0.05重量部を超えると放電持続時間の延びが顕著となり、0.3重量部以上ではそれ以上の放電持続時間の延びが見られなかった。ただし、グアイアコールを添加した場合は、添加量が0.05重量部であっても放電持続時間の延長が見られた。
【0052】
なお、バニリン又はグアイアコールの添加量が一定量を超えると放電持続時間の延びが頭打ちとなる理由は、鉛蓄電池の負極板以外の部分の性能の限界が表れたためであると思われる。
【0053】
更に、化成済みサンプル電池のうち、50℃化成済みサンプル電池3個ずつと75℃化成済みサンプル電池3個ずつとを、JIS D5301(2006年版)による充電受入試験2に附した。その結果を図5及び図6に示す。
【0054】
図5及び図6に示す結果より、50℃化成済みサンプル電池と75℃化成済みサンプル電池とのいずれにおいても、バニリン又はグアイアコールの添加量の増加に伴い充電受入電流が減少したが、バニリン又はグアイアコールのいずれを添加した場合も、試験を行った添加量の全範囲(0.01〜0.4重量部)において、充電受入電流の測定値全てがJIS規格値である4.0Aを上回った。また、50℃化成と75℃化成のいずれの場合でも、バニリン(V系列)ではその添加量が0.2重量部以下である場合に充電受入電流が電池Cと同等であるか又はそれ以上であり、一方、グアイアコール(W系列)ではその添加量が0.25重量部以下である場合に充電受入電流が電池Cと同等であるか又はそれ以上であった。
【0055】
そこで、より詳しく調べるために、まず50℃で化成したV及びWの両系列のサンプル電池の充電受入電流の測定値のロット毎の平均値(これを各ロットの充電受入電流の母平均の推定値とする。)と、全データにわたる、各測定値とそのロット毎の平均値との差の標準偏差の推定値(これを充電受入電流の母標準偏差の推定値とする。)とを計算し、これらを基にそれぞれの系列のサンプル電池が大量生産された場合に、それらの充電受入電流の測定値がJIS規格値である4.0Aを下回る確率を考察した。その方法としては、まず以下の式でQ値を求めた。この値を表2に示す。
【0056】
Q=(ロット毎の充電受入電流の母平均の推定値−4.0)/母標準偏差の推定値
【0057】
そして、充電受入電流の測定値が正規分布に従うと仮定し、Q値から各系列のサンプル電池の充電受入電流の測定値が4.0Aを下回る確率を、正規分布を基に検討した。
【0058】
前記Q値は、各サンプル電池を量産した場合に各サンプル電池の充電受入電流の測定値がJIS規格値である4.0Aを下回る確率に対応する。その確率を工業生産上問題がないと判断される0.3%以下にするには、Q値が2.75以上である必要がある。
【0059】
この基準によると、表2に記載のサンプル電池のうち、50℃化成ではV9、V10、W10が基準を満たしておらず、バニリンでは添加量が0.3重量部以上のものが不適合であり、グアイアコールでは添加量が0.4重量部のものが不適合であった。また、75℃化成でもV9、V10、W10が基準を満たしておらず、バニリンでは添加量が0.3重量部以上のものが不適合であり、グアイアコールでは添加量が0.4重量部のものが不適合であった。
【0060】
なお、負極主原料に対しリグニンのみを0.6重量部添加した電池CのQ値は、2.75をわずかに上回る程度であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを含有し、鉛蓄電池の負極板に用いることを特徴とする負極活物質ペースト。
【請求項2】
バニリンの含有量が、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.27重量部である請求項1記載の負極活物質ペースト。
【請求項3】
グアイアコールの含有量が、酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物100重量部に対して0.04〜0.35重量部である請求項1又は2記載の負極活物質ペースト。
【請求項4】
請求項1、2又は3記載の負極活物質ペーストが格子体に充填されてなる負極板を備えていることを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項5】
酸化鉛又は酸化鉛と金属鉛との混合物と、リグニンと、バニリン及び/又はグアイアコールとを混合し、負極活物質ペーストを調製する工程と、
前記負極活物質ペーストを格子体に充填して負極板を作製する工程と、
前記負極板と正極板とをセパレータを介して交互に組み合わせて未化成の極板群を作製する工程と、
前記未化成の極板群に対して、電池の5時間率公称容量に対して0.45A/Ah以上の直流電流を流して電槽化成を行う工程と、を備えていることを特徴とする鉛蓄電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−199026(P2012−199026A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−61484(P2011−61484)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】