質量分析法に用いられる試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置
【課題】マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とする質量分析において、低分子化合物の測定感度を向上させるとともに、分子量30000を超える高分子量の物質のイオン化が可能となる試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とを提供する。
【解決手段】レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する。
【解決手段】レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法に用いられる試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置に関するものであり、特に、マトリックスを用いない場合においても高分子量の試料のイオン化を可能とする試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法は、試料をイオン化し、試料あるいは試料のフラグメントイオンの質量と電荷の比(以下、m/z値と表記する)を測定し、試料の分子量を調べる分析法である。その中でも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI:Matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry)法は、マトリックスと呼ばれる低分子量の有機化合物と試料とを混合し、さらにレーザーを照射することにより、当該試料をイオン化する方法である。この方法では、マトリックスが吸収したレーザーのエネルギーを試料に伝えることになるので、試料を良好にイオン化することができる。
【0003】
MALDI法は、熱に不安定な物質や高分子量物質をイオン化することが可能であり、他のイオン化技術と比較しても試料を「ソフトに」イオン化できる。それゆえ、この方法は、生体高分子や、内分泌攪乱物質、合成高分子、金属錯体など様々な物質の質量分析に広く用いられている。
【0004】
しかしながら、上記MALDI法では、有機化合物のマトリックスを用いるために、当該マトリックスに由来する関連イオンにより、試料イオンの解析が困難となることがある。具体的には、有機化合物のマトリックスを用いると、このマトリックス分子のイオン、マトリックス分子が水素結合で結合したクラスターのイオン、マトリックス分子が分解して生成するフラグメントイオン等のマトリックス関連イオンが観測されるため、試料イオンの解析が困難になる場合が多い。
【0005】
そこで、従来から、上記マトリックス関連イオンの妨害を避けるための技術が種々提案されている。具体的には、マトリックス関連イオンを生成させないように,マトリックス分子を固定する技術として、例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸やシンナムアミドなどのマトリックスをセファロースのビーズに固定する技術、ターゲットである金の表面に、マトリックスであるメチル−N−(4−メルカプトフェニル−カーバメート)の自己組織化単分子膜を形成する技術、ゾルゲル法により、マトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)をシリコンポリマーシート中に固定する技術等が知られている。しかしながら、上記のようにマトリックス分子を固定する方法は、検出感度や耐久性が実用上十分ではないという問題が生ずる。また、検出時には、フラグメントイオンによるノイズを回避できないという問題もある。
【0006】
そこで、最近では、マトリックスを用いない技術が提案されている。具体的には、多穴性の表面を有する半導体基板(文献中では、porous light-absorbing semiconductor substrateと記載)を試料ターゲットとして用いる技術が開示されている(例えば、特許文献1等参照。)。この試料ターゲットは、半導体基板における試料保持面を、多穴性(porous)構造すなわち微細な凹凸構造となるように加工している。同文献では、このような試料保持面に試料を塗布し、当該試料にレーザー光を照射すると、マトリックスが無くても高分子量の物質がイオン化されると報告している。この方法は、DIOS(Desorption/Ionization on Porous Silicon)法と名付けられている。
【0007】
また、マトリックスを用いない場合もイオン化を可能とする技術として、本発明者らは、リソグラフィー法により作製したナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細で規則的な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットや、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を金属で被覆した試料保持面を備えている試料ターゲットによれば、従来のマトリックスを用いない技術と比較して、イオン化効率の向上およびより安定なイオン化が可能であることを見出している(例えば特許文献2等参照。)。なお、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットを用いて、マトリックスを用いないで試料をイオン化する方法は、「表面支援レーザー脱離イオン化質量分析法(SALDI)」と称されている。
【0008】
さらに、本発明者らは、サブマイクロメートルオーダーの凹凸構造を有する種々の材質からなる表面を試料保持面として備えている試料ターゲットについて検討を行っており、かかる材質の一つとして、ポーラスアルミナを金や白金で被覆した試料保持面を用いる場合にもマトリックスを用いずにイオン化が可能であることを見出している(例えば、非特許文献1等参照。)。
【0009】
また、本発明者らは、レーザー光の照射を受ける表面に開口する多数の細孔を有する試料保持面を備えている試料ターゲットにおいて、当該細孔の細孔径が30nm以上5μm未満、且つ、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)が2以上50以下で、当該試料保持面の表面が金属および/または半導体で被覆されている試料ターゲットを用いることにより、マトリックスを用いずに、分子量が10000を超える試料のイオン化が可能であることを見出している(例えば、特許文献3等参照。)。
【特許文献1】米国特許第6288390号明細書(2001年9月11日公開)
【特許文献2】国際公開第2005/083418号パンフレット(2005年9月9日公開)
【特許文献3】国際公開第2007/046162号パンフレット(2007年4月26日公開)
【非特許文献1】Shoji Okuno, Ryuichi Arakawa, Kazumasa Okamoto, Yoshinori Matsui, Shu Seki, Takahiro Kozawa, Seiichi Tagawa, Yoshinao Wada, Matrix-free laser desorption/ionization of peptides on sub-micrometer structures: Grooves on silicon and metal-coated porous alumina, 53rd ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, (San Antonio, Texas, USA)、予稿集(2005年4月15日Web上で公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来のマトリックスを用いないレーザー脱離イオン化質量分析では、分子量30000を超える高分子量の物質をイオン化することはできない。また、低分子化合物においてもさらなる測定感度の向上が望まれる。
【0011】
すなわち、特許文献1等に開示されている従来のDIOS法によるレーザー脱離イオン化質量分析は、分子量3000以下の物質のイオン化には有効であるが、分子量が10000を超える物質をイオン化することはできない。
【0012】
また、特許文献2に開示されているリソグラフィー法により作製した規則的な凹凸構造を有する表面を試料保持面や、微細な凹凸構造を有する表面を金属で被覆した試料保持面を備えている試料ターゲットを用い、マトリックスを用いずにレーザーを照射しても分子量が10000を超える大きい物質のイオン化はできない。
【0013】
特許文献3に開示されている、細孔径が一定の大きさより小さく、所定の範囲の細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する試料ターゲットを用い、マトリックスを用いずにレーザーを照射する場合でも、分子量が10000を超える物質のイオン化は可能であるが、分子量が30000を超えるような高分子量の物質をイオン化することはできない。
【0014】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とする質量分析において、分子量30000を超える高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物の測定感度がさらに向上された試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明にかかる試料ターゲットは、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することを特徴としている。
【0016】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0017】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることが好ましい。
【0018】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記複数の凹部は規則的に繰り返し形成されていることが好ましい。
【0019】
上記各凹部が規則的に繰り返し形成されていることにより、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能をより安定させることができる。
【0020】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記凹部は溝又は細孔であることが好ましい。
【0021】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面はポーラスアルミナからなることが好ましい。
【0022】
ポーラスアルミナは、規則的に形成された複数の凹部を有し、また、試料ターゲットに好ましい細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する構造を得ることができる。さらにポーラスアルミナは、陽極酸化の条件を変化させることによって、細孔径、細孔深さ、および細孔周期を制御することが可能であることから、本発明に好適に用いることができる。
【0023】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面は、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面であることが好ましい。上記第一構造物はポーラスアルミナであることが好ましい。
【0024】
これにより、試料保持面に適した凹凸構造を有する第一構造物と同一の構造を有する試料保持面を、所望の材質で製造することができる。
【0025】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面は、樹脂又はセラミックスを含むことが好ましい。
【0026】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記金属が、白金(Pt)又は金(Au)であることが好ましい。
【0027】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記半導体が、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3、又は、これらの2種類以上の混合物、或いはカーボンであることが好ましい。
【0028】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含むことを特徴としている。
【0029】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0030】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記被覆工程は、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着することが好ましい。
【0031】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0032】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記物理蒸着は、スパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、又は、真空蒸着であることが好ましい。
【0033】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記被覆工程後に、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、当該部分の凹部の径を拡大する工程を含むことが好ましい。
【0034】
これにより、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0035】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、ポーラスアルミナを試料保持面として好適に用いることができる。
【0036】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含んでいてもよい。上記第一構造物はポーラスアルミナであることが好ましい。
【0037】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含んでいてもよい。
【0038】
本発明にかかる質量分析装置は、上記試料ターゲットを用いることを特徴としている。上記質量分析装置は、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【発明の効果】
【0039】
本発明にかかる試料ターゲットは、以上のように、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の微細な凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するという構成を備えているので、質量分析を行うときにマトリックスを用いずにイオン化を行う場合でも、高いイオン化性能を実現することができる。これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0040】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、以上のように、当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含む構成を備えているので、質量分析を行うときにマトリックスを用いずにイオン化を行う場合でも、高いイオン化性能を実現することができる。これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明について以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0042】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、複数の微細な凹部が試料保持面に垂直な方向に繰り返し形成された試料保持面の表面に、金属および/または半導体を被覆する場合に、従来行ってきたように試料保持面に対して垂直な角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットでは、低分子化合物のイオン化性能が顕著に向上することを見出した。そこで、分子量が30000を超える高分子量の物質をイオン化したところ、試料保持面に垂直な角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットではかかる物質のイオン化ができないのに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットでは分子量30000を超える大きな物質がイオン化できることを初めて見出した。そして、従来の試料保持面に垂直な角度による蒸着では、金属および/または半導体が凹部の内部にも浸入し、その結果凹部内面が被覆されているのに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して被覆した試料ターゲットでは凹部内面は上部のみが金属および/または半導体で被覆されていることから、凹部内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することが、イオン化性能に関わることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0043】
すなわち、本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在している。
【0044】
なお、試料保持面の凹部内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することにより、イオン化性能が顕著に向上し、30000を超える高分子量の物質のイオン化が可能となる理由は明らかではないが、一つの可能性として、金属および/または半導体で被覆されていない上記試料保持面の凹部の内面に吸着している水分子がレーザー照射により蒸発することが、試料のイオン化性能の向上に関わっているということが考えられる。すなわち、金属および/または半導体で被覆されていない部分では、かかる部分に吸着している水分子がレーザー照射により蒸発し、イオン化性能を向上させるということが、イオン化性能向上理由の一つとして考えられる。
【0045】
以下、本発明にかかる試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置について、(I)試料ターゲット、(II)試料ターゲットの製造方法、(III)本発明の利用(質量分析装置)の順に説明する。
【0046】
(I)試料ターゲット
本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射によって試料をイオン化して質量分析を行うレーザー脱離イオン化質量分析装置に用いられ、分析対象となる試料を載せる言わば試料台としての機能を果たすものである。
【0047】
かかる上記試料ターゲットは、試料を保持する面である試料保持面を備えていればよく、試料保持面以外の部分の構成、形状、材質等は特に限定されるものではない。
【0048】
本発明にかかる試料ターゲットの、上記試料保持面は、分析対象である試料を保持する面で、試料を保持した状態で、レーザー光の照射を受ける。
【0049】
本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えており、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する。
【0050】
(I−1)試料保持面の形状
本発明にかかる試料ターゲットの試料保持面は、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面であり、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっている。
【0051】
なお、ここで、隣接する各凹部の間隔とは、凹部が例えば溝である場合は、溝の幅の中心とこれに隣接する溝の幅の中心との距離をいい、凹部が例えば細孔である場合は、細孔の中心線とこれに隣接する細孔の中心線との距離をいう。
【0052】
隣接する各凹部の間隔が、1nm以上30μm未満であるような、複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として用い、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面を、金属および/または半導体で被覆するとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分を存在させることにより、低分子化合物の測定感度を著しく向上させることができるとともに、分子量30000を超える高分子量の物質をイオン化させることが可能となる。各凹部の間隔が30μm未満程度に狭くなっていることにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。また、各凹部の間隔が1nm以上となっていることによって、試料ターゲットの強度が低下することを避けることができる。
【0053】
さらに、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記隣接する各凹部の間隔は1nm以上10μm未満となっていることがより好ましく、10nm以上10μm未満となっていることがさらに好ましく、10nm以上500nm未満となっていることが特に好ましく、10nm以上300nm未満となっていることが最も好ましい。これにより、質量分析における測定試料のイオン化をさらに良好に行うことができる。
【0054】
また、各凹部の間隔は、規則的であっても不規則であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、規則的であることがより好ましい。上記各凹部の間隔が規則正しい場合には、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0055】
上記凹部の深さは、1nm以上30μm未満程度であればよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、1nm以上5μm未満であることがより好ましく、10nm以上1μm未満であることがさらに好ましく、50nm以上500nm未満であることが特に好ましく、100nm以上500nm未満であることが最も好ましい。また、上記凹部の深さにはばらつきがあってもよいし、均一であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記凹部の深さは均一であることが好ましい。上記凹部の深さは均一である場合には、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0056】
なお、上記凹部の間隔、上記凹部の深さが均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0057】
上記凹部の具体的な形状は特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよい。また、凹部の形状は一定ではなく、種々の形状の凹部が混ざったものであってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、凹部の形状は一定であることが好ましい。かかる形状としては、例えば、溝、細孔等の形状を挙げることができる。また、上記溝、細孔の形状も特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよいが、例えば、直線の溝;曲線の溝;弧を描く溝;断面が円形の細孔;断面が楕円形の細孔;断面が三角形、四角形、五角形等多角形の細孔等を挙げることができる。
【0058】
また、上記凹部は、試料保持面に対して垂直に形成されていてもよいし、斜度を有するように形成されていてもよい。凹部が試料保持面に対して垂直に形成されているとは、凹部と試料保持面とのなす角度、すなわち、試料保持面と凹部の中心線又は中心面とがなす角度が、垂直であることをいう。
【0059】
また、上記凹凸構造は、試料保持面の全体に形成されているものであってもよいし、試料保持面に部分的に形成されているものであってもよい。
【0060】
上述したように、本発明の試料ターゲットの上記試料保持面の表面は、複数の凹部が規則的に繰り返し形成された構造となっていることがより好ましい。
【0061】
<溝の形状を有する凹部>
図3には、上記凹部が溝である場合の試料ターゲットの溝の形状の模式図を示す。図3中、(a)は試料ターゲットの一部分を示す斜視図、(b)は試料保持面の上方から((a)において矢印Aの方向)から見た平面図、(c)は溝形状の断面図((a)において矢印B方向から見た断面図)である。ここで、上記凹部(溝)の間隔とは、図3のCで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の幅とは、図3のDで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の深さとは、図3のEで示す部分の大きさのことを意味する。なお、図3中、一点鎖線は凹部(溝)の中心線である。また、溝の場合のように、中心線から形成される面が存在する場合にはかかる面を凹部の中心面とする。また、凹部(溝)の間隔、上記凹部(溝)の幅および凹部(溝)の深さが均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0062】
上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の間隔が30μm未満、より好ましくは、1μm未満であれば、質量分析を行う場合に当該試料ターゲット上に配置した試料のイオン化を良好に行うことができる。また、上記溝の間隔が1nm以上、より好ましくは、10nm以上あれば、現在の微細加工技術において高度な技術を用いることなく加工することが可能である。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が200nm未満となっていることがさらに好ましい。
【0063】
また、上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の幅および深さは1nm以上30μm未満となっていることが好ましく、10nm以上1μm未満となっていることがより好ましい。上記の構成によれば、例えば、337nmの窒素レーザーなどのような数百nmオーダーの紫外領域のレーザー光のエネルギーを捕えやすく、良好なイオン化効率を得ることができる。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が10nm以上200nm未満となっていることがさらに好ましい。
【0064】
<細孔の形状を有する凹部>
上記凹部の形状が細孔である場合、かかる細孔は試料保持面の表面に開口し、試料保持面の厚さ方向に延びている。細孔の配列、形状、および試料保持面との角度は、規則的であっても不規則であってもよいが、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、これらが規則的であることがより好ましい。
【0065】
かかる試料保持面の一例を図4に模式的に示す。図4中、(a)は試料ターゲットの試料保持面の一部を示す斜視図、(b)は(a)における破線Bで切断した切断面を示す試料保持面の断面図である。図4中、(a)および(b)に示す試料保持面は、細孔の配列、形状、および試料保持面との角度が規則的な場合の試料保持面を示すものである。上記試料保持面は、試料保持面の表面でありレーザー光の照射を受ける面、すなわち図4中、(a)の上面に開口する複数の細孔が繰り返し形成されている。この細孔は(b)に示すように、試料保持面の表面から試料保持面の厚さ方向に延び、底部を有している。
【0066】
また、細孔を試料保持面と平行な面で切断したときの断面の形状は、特に限定されるものではなく、円形であってもよいし、楕円形であってもよいし、三角形、四角形、五角形、六角形等の多角形であってもよいし、これらが多少変形した形状であってもよい。また、かかる断面の形状は、規則的であっても不規則であってもよい。すなわち、単一の形状が試料保持面のすべての部分を占める必要はない。しかし、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、かかる断面の形状は、規則的、すなわち同一の形状であることが好ましい。また、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、かかる断面の形状は、細孔の開口部から底部にわたり一定であることが好ましいが、多少変形していてもよい。
【0067】
また、上記細孔は、試料保持面の表面から厚さ方向に延びていればよく、細孔は試料保持面の表面に対して垂直であることが好ましいが、多少斜度を有していてもかまわない。また、細孔と試料保持面の表面との角度は、細孔ごとに異なっていてもよいが、規則的であることが好ましい。すなわち、それぞれの細孔は同じ方向に延びていることが好ましい。これにより試料ターゲットとしての機能をより向上させることができるので好ましい。また、細孔は、開口部から底部にかけて、直線状に延びていることが好ましい。細孔が直線状であることにより、細孔内部までレーザー光が入り込むために、イオン化の効率がよいため好ましい。
【0068】
また、上記細孔は、凹部の幅すなわち細孔径が30nm以上5μm未満であって、且つ、凹部の深さ/(凹部の間隔−凹部の幅)、すなわち、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)が2以上50以下であることがより好ましい。これにより、イオン化の性能をさらに向上させることが可能となる。ここで、細孔径とは、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円である場合はその直径をいい、図4中Dで示す部分の大きさのことを意味する。また、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円でない場合には、断面の周囲の長さを円周とするような円の直径を凹部の幅すなわち細孔径とする。また、凹部の深さすなわち細孔深さとは、細孔の開口部から底部までの長さをいい、図4中Eで示す部分の大きさのことを意味する。また、細孔周期とは、各凹部の間隔、すなわち、隣接する細孔の中心線の間隔をいい、図4中Cで示す部分の大きさのことを意味する。なお、図4中、一点鎖線は細孔の中心線である。細孔径、細孔深さおよび細孔周期が均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。なお、図4に示す断面図は、Dが最も大きくなるような断面で切断する断面図である。たとえば、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円形である場合には、直径を含む面で切断した断面図である。
【0069】
上記細孔周期および細孔径は、1nm〜数十μm程度であればよいが、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記細孔周期は、30nm以上5μm未満であることがより好ましく、31nm以上1μmであることがさらに好ましく、33nm〜500nmであることが特に好ましく、34nm〜300nmであることが最も好ましい。また、上記細孔径は、30nm以上5μm未満であることがより好ましく、40nm以上1μmであることがさらに好ましく、45nm〜700nmであることが特に好ましく、50nm〜500nmであることが最も好ましい。これにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。
【0070】
また、上記細孔周期および細孔径は、規則的であっても不規則であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、規則的であることが好ましい。すなわち、細孔周期および細孔径が均一であることが好ましい。上記細孔周期および細孔径が規則正しい場合には、試料保持面の凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0071】
また、細孔深さは、1nm以上30μm未満であればよいが、30nm以上5μm未満程度であることがより好ましい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、30nm〜2μmであることがより好ましく、50nm〜1.5μmであることがさらに好ましく、70nm〜1μmであることが特に好ましく、100nm〜1μmであることが最も好ましい。また、上記細孔深さは規則的であっても不規則であってもよい。すなわち、細孔深さにはばらつきがあってもよいし、均一であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記細孔深さは均一であることが好ましい。上記細孔深さは均一である場合には、試料保持面の凹凸のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0072】
また、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は、2〜50となっていることが好ましく、2.5〜45となっていることがより好ましく、3〜35となっていることがさらに好ましく、3.5〜30となっていることが特に好ましく、4〜25となっていることが最も好ましい。これにより、質量分析において、マトリックスを用いない場合でも、イオン化性能をさらに向上させ、高分子量の物質のイオン化を良好に行うことができる。
【0073】
細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値が50以下であることにより、試料保持面の表面の強度を保つことができ、また、細孔内部までレーザー光が入り込むためにイオン化を好適に行うことができる。また、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値が2以上であることによりイオン化効率に優れる点で好ましい。
【0074】
なお、細孔が不規則な構造の場合、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値は、細孔が配列する部分(ポーラス部分)全体の平均の値とする。部分的な大きな欠陥については考慮せずに細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値を求める。
【0075】
(I−2)金属および/または半導体による被覆
本発明にかかる試料ターゲットの試料保持面では、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分を存在させる。これにより、イオン化性能を著しく向上させることができ、分子量が30000を超えるような物質のイオン化が可能となる。
【0076】
図2は、本発明の一例として、ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す図である。図2中、(a)は、従来の、凹部の内面を含む試料保持面の表面全体が金属および/または半導体によって被覆された試料保持面を示し、(b)は本発明にかかる、凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を示す。なお、図2中、1で示す部分が、金属および/または半導体で被覆されている部分を示す。(b)では、試料保持面の凹部内面を除く表面と、凹部内面の側壁の上端部を含む上部とが、金属および/または半導体によって被覆されている。(b)に示されるように、本発明で用いられる試料保持面は、その表面のうち、少なくとも、凹部の内面以外の表面は金属および/または半導体によって被覆されている。このように、少なくとも、凹部の内面以外の表面を金属および/または半導体で被覆することにより、少なくとも、凹部の内面以外の表面では、電導性を大きくすることができ、イオン化性能を向上させることができると考えられる。
【0077】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積は、上記凹部の内面全体の面積に対して、10%以上100%以下であることが好ましく、20%以上100%以下であることがより好ましく、30%以上100%以下であることがさらに好ましい。金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の、内面全体の面積に対する割合が上記範囲内にあることにより、イオン化性能を顕著に向上させ、分子量が30000を超える高分子量の物質をイオン化することが可能となる。なお、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の、内面全体の面積に対する割合が凹部毎で均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0078】
なお、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とは、走査電子顕微鏡(SEM)により確認することができる。すなわち、凹部の内面の上部が金属で被覆されている試料ターゲットをSEMで観察した結果を示す図1に示されるように、金属や半導体は、後述する試料保持面の材質に比べて二次電子を放出しやすいため輝度が高く観察される。それゆえ、SEM像を解析することにより、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の割合を求めることができる。
【0079】
また、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とをより明確に評価する方法としては、被覆されていない部分がドット状(アイランド状)である場合を除いては、被覆部分を電極とする電解析出を行った後に走査電子顕微鏡(SEM)により確認する方法を好適に用いることができる。かかる方法では、評価対象となる、凹部の内面の一部を除く試料保持面の表面が金属および/または半導体で被覆されている試料ターゲットの表面に銀線を導電性ペーストで固定し、Niメッキ液中で室温条件下にて、対極にNi板を用い、−1Vの定電圧条件下で、10分間Niの電解析出を行う。電解析出後の試料ターゲットの断面のSEM観察を行うと、金属および/または半導体で被覆されている部分にのみ選択的にNiが電解析出されるため、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とをより明確に評価することができる。
【0080】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の位置としては、特に限定されるものではなく、例えば、図2に示されるように、凹部の内面側壁のうち上端部を含む上部を除く部分及び底部であってもよいし、凹部の内面全体であってもよいし、凹部の内面側壁の一部であってもよいし、凹部の内面側壁全体であってもよいし、凹部の底面のみであってもよいし、被覆されている部分がドット状(アイランド状)であってそのドット状(アイランド状)以外の部分であってもよいし、被覆されていない部分がドット状(アイランド状)であってもよい。
【0081】
また、本発明にかかる試料ターゲットでは、上記上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることがより好ましい。これによりイオン化性能をさらに向上させることができる。ここで凹部の幅とは、上記(I−1)で説明したとおりである。上記被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることが好ましいが、0以上、凹部の幅×1.19以下であることがさらに好ましく、0以上、凹部の幅×1以下であることが特に好ましい。
【0082】
試料保持面の被覆に用いることができる上記金属としては、具体的には、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)等を挙げることができる。なかでも、上記金属はAu又はPtであることがさらに好ましい。AuやPtは酸化されにくいため、イオン化の効率を向上させることができるのみならず、複数の凹部が繰り返し形成された上記試料保持面の酸化を防止することが可能となる。
【0083】
また、上記金属は、上記金属から選ばれる単一金属であってもよいし、上記金属から選ばれる少なくとも2種以上からなる合金であってもよい。ここで合金とは、2種以上の金属が混合されている金属であればよく、混合された2種以上の上記金属の存在形態は特に限定されるものではない。混合された2種以上の上記金属の存在形態としては、例えば、固溶体、金属間化合物、固溶体及び金属間化合物が混在した状態等を挙げることができる。
【0084】
また、試料保持面の被覆に用いることができる上記半導体としては、具体的には、例えば、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3やその混合物、カーボン等を挙げることができる。なかでも、上記半導体は、SnO2、ZnO、In2O3、SnO2とIn2O3の混合物であるITO等であることがより好ましい。これらの物質はもともと酸化物であり、これ以上酸化されないため、空気中に放置してもイオン化の性能が下がることはない。また、カーボンはその原子の結合状態によって物性は異なるが、ここでは半導体として分類する。カーボンも空気中では酸化されにくいために、空気中に放置してもイオン化の性能が下がることはない。
【0085】
また、上記試料保持面の表面は、上記半導体と上記金属とから選ばれる少なくとも2種以上からなる混合物で被覆されていてもよい。
【0086】
被覆されている上記金属および/または半導体の厚みは、試料保持面の凹部を有する構造を損なうものでなければ特に限定されるものではない。具体的には、例えば、1nm以上200nm以下であることが好ましい。上記金属および/または半導体の厚みがこの上限を超えないことにより、試料保持面の構造が損なわれず、下限より大きいことにより、効率的なイオン化が可能となる。さらに、上記金属および/または半導体の厚みは、1nm以上150nm以下であることがより好ましく、5nm以上100nm以下であることがさらに好ましく、10nm以上80nm以下であることが特に好ましく、20nm以上、75nm以下であることが最も好ましい。これにより、より効率的なイオン化が可能となる。
【0087】
(I−3)試料保持面の材質
試料保持面の材質は、上記形状を有するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、合成高分子などの樹脂、セラミックス等を挙げることができる。導電性を有しない材質であっても金属および/または半導体で被覆することによりイオン化の効率を向上させることができる。
【0088】
上記合成高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4−フッ化エチレン;これらの少なくともひとつを含む共重合体;これらの少なくともひとつを含む混合物;これらの少なくともひとつを含むグラフトポリマー;これらの少なくともひとつを含むブロックポリマー等が挙げられる。
【0089】
また、上記セラミックスとしては、アルミナ(酸化アルミニウム)、マグネシア、ベリリア、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、酸化ウラン、酸化トリウム、シリカ(石英)、ホルステライト、ステアタイト、ワラステナイト、ジルコン、ムライト、コージライト/コージェライト、スポジュメン、チタン酸アルミニウム、スピネルアパタイト、チタン酸バリウム、フェライト、ニオプ酸リチウム、窒化ケイ素(シリコンナイトライド)、サイアロン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化チタン、炭化ケイ素(シリコンカーバイド)、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステン、ホウ化ランタン、ホウ化チタン、ホウ化ジルコニウム、硫化カドミウム、硫化モリブデン、ケイ化モリブデン、ダイヤモンド、単結晶サファイアなどが挙げられる。
【0090】
上記試料保持面の材質としては、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。ポーラスアルミナとは、アルミニウムまたはその合金を電解液中で陽極酸化することにより、表面に形成される、微細な細孔を多数有する酸化皮膜のことをいう。陽極酸化の条件を制御することにより細孔が広範囲にわたって規則的に配列した規則的なポーラスアルミナを製造することができる。このようにして得られる規則的なポーラスアルミナは、例えば、図5に示すように、アルミニウム(またはその合金)の層102上に、バリアー層103を介して、多数の細孔が一方向に配列したポーラスアルミナの層101が形成されている。なお、図5ではバリアー層が存在するが、バリアー層は除去されていてもよい。
【0091】
このようにポーラスアルミナは、規則的に形成された複数の凹部を有し、また、試料ターゲットに好ましい細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する構造を得ることができることから、本発明の試料ターゲットに好適に用いることができる。さらにポーラスアルミナは、陽極酸化の条件を変化させることによって、細孔径、細孔深さ、および細孔周期を制御することが可能であることから、本発明に好適に用いることができる。
【0092】
規則的な細孔構造を有するポーラスアルミナは、例えば、H. Masuda and M. Satoh, Jpn. J Appl. Phys., 35, pp. L126 (1996) に開示されている、2段階に分けて陽極酸化を行う方法、特開平10−121292号公報に開示されている、複数の突起を備えた基板を陽極酸化するアルミニウム板表面におしつけて、所望の細孔周期や配列の窪みを形成した後、当該アルミニウム板を陽極酸化する方法等、従来公知の方法により得ることができる。
【0093】
さらに、上記試料保持面としては、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面も好適に用いることができる。かかる試料保持面を用いることにより、本発明に使用可能な、複数の凹部が繰り返し形成された表面を有する試料ターゲットを、種々の材質を用いて製造することができる。
【0094】
上記微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物としては、本発明の試料ターゲットに適した凹凸構造を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。
【0095】
上記ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記試料保持面の材質は特に限定させるものではなく例えば、上記樹脂、セラミックス等を含むものを好適に用いることができる。
【0096】
(II)試料ターゲットの製造方法
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料ターゲットの製造方法であって、上記試料保持面の表面を、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含んでいる。
【0097】
(II−1)被覆工程
上記被覆工程は、上記試料保持面の表面を、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆できる方法であれば特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。かかる方法としては、例えば、スパッタリング、化学気相成長法(CVD)、真空蒸着法、無電解メッキ法、電解メッキ法、塗布法、貴金属ワニス法、有機金属薄膜法、ゾルゲル法等を挙げることができる。
【0098】
中でも、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように被覆を行う方法としては、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する方法を好適に用いることができる。かかる方法を用いることにより、蒸着の角度を変更するだけで簡便に、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように被覆を行うことが可能となる。
【0099】
ここで、物理蒸着としては、特に限定されるものではないが、例えば、イオンビームスパッタリング、直流スパッタリング、マグネトロンスパッタリング、高周波スパッタリング等のスパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、真空蒸着等を好適に用いることができる。
【0100】
本工程では、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する。図2に、本発明の一例として、ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す。図2中、(a)は、従来の、凹部の内面を含む試料保持面全体が金属および/または半導体によって被覆された試料保持面の表面を示し、(b)は本発明にかかる、凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面の表面を示す。
【0101】
図2中、一点鎖線は、「試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線の方向」を示す。かかる方向は、凹部が細孔である場合には、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向であり、凹部が溝の場合は、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている溝の中心面の方向である。
【0102】
また、図2中矢印は、蒸着の方向、すなわち、試料保持面の表面に付着させて試料保持面を被覆する粒子の飛翔方向を示す。図2中、(a)で示されるように、従来は、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の方向と平行な方向から、上記金属および/または半導体を蒸着している。これに対して、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、(b)に示すように、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する。これにより、図に示すように、金属および/または半導体が凹部の内部全体に浸入することなく、試料保持面の凹部内面は、上端部のみが金属および/または半導体で被覆されることとなる。それゆえ、金属および/または半導体が浸入しない、凹部の下部は、金属および/または半導体で被覆されていない部分として残る。それゆえ、分子量が30000を超えるような高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物のイオン化性能を顕著に向上させることができる。
【0103】
ここで、記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度は、図2中、θで示される角度であり、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角ということもできる。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度θは、30°以上90°未満であることが好ましい。これにより、分子量が30000を超えるような高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物のイオン化性能を顕著に向上させることができる。また角度θは、40°以上89°未満であることがより好ましく、45°以上88°未満であることがさらに好ましく、60°以上85°未満であることが特に好ましい。これにより、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0104】
図10は、例えば、上記金属としてPtを用い、ポーラスアルミナからなる試料保持面にPtを蒸着する場合の、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角θとPtにより被覆される部分とを示す模式図である。
【0105】
図10に示すように、凹部の内面の金属およびまたは半導体により被覆される部分は、上記角θと凹部の幅により規定されうる。すなわち、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、Tan(90°−θ)×Dで表される。ここで、Dは凹部の幅をいい、上記(I−1)で説明したとおりである。
【0106】
なお、図2及び図10では、金属および/または半導体が蒸着される方向として、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角がθとなる一方向のみが示されているが、試料保持面を、θを同じ角度に維持しながら回転させることによって、凹部の内面の全方向において、所望の範囲のみを被覆することができる。
【0107】
なお、上記凹部が溝である場合は、試料保持面を、蒸着の方向と、溝の長手方向とが同一となる範囲を避けて回転すればよい。
【0108】
(II−2)試料保持面の製造方法
上記被覆工程で金属および/または半導体を被覆する試料保持面を製造する方法としては、上記(I)で説明した試料保持面を製造することができる方法であれば特に限定されるものではない。中でも、かかる試料保持面の製造方法としては、例えば、ポーラスアルミナを用いる方法、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型として用い、鋳型として用いた第一構造物と同一の凹凸構造を有する他の材質からなる試料保持面を製造する方法、リソグラフィーを用いる方法等を好適に用いることができる。
【0109】
<ポーラスアルミナを用いる方法>
ここで、ポーラスアルミナは、アルミニウムまたはその合金を陽極酸化することにより製造してもよいし、市販されているポーラスアルミナを用いてもよい。
【0110】
ポーラスアルミナを製造する方法は、特に限定されるものではなくどのような方法を用いてもよい。また、従来公知の方法を好適に用いることができる。一般的には、アルミニウムまたはその合金を好ましくは研磨し、これを電解液中で陽極酸化すればよい。上記電解液は酸性であってもアルカリ性であってもよいが、例えば、硫酸、シュウ酸、リン酸等であることが好ましい。また所望の細孔径、細孔深さおよび細孔周期を有する試料保持面を得るために、陽極酸化電圧、陽極酸化時間、電解液の種類や濃度、温度条件等を適宜選択すればよい。また、陽極酸化前にアルミニウムやその合金を研磨する方法も特に限定されるものではなく、例えば、過塩素酸とエタノールとの混合液、リン酸と硫酸との混合溶液中等で電解研磨処理する方法、機械的に表面研磨処理する方法等を挙げることができる。また、陽極酸化により得られたポーラスアルミナは、リン酸水溶液、硫酸水溶液等を用いたエッチング処理等により、細孔径を拡大処理してもよい。
【0111】
また、規則的なポーラスアルミナを製造するためには、上述したように、例えば、H. Masuda and M. Satoh, Jpn. J Appl. Phys., 35, pp. L126 (1996) に開示されている、2段階に分けて陽極酸化を行う方法、特開平10−121292号公報に開示されている、複数の突起を備えた基板(モールド)を陽極酸化するアルミニウム板表面におしつけて、所望の細孔周期や配列の窪みを形成した後、当該アルミニウム板を陽極酸化する方法等を好適に用いることができる。
【0112】
<ナノインプリント法>
微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型として用い、鋳型として用いた第一構造物と同一の凹凸構造を有する他の材質からなる試料保持面を製造する方法としては、微細構造体を鋳型に用いて、その構造を別の物質に転写する「ナノインプリント」法であれば、特に限定されるものではなくどのような方法を用いてもよい。近年、ナノテクノロジーの分野において、DNAチップ、半導体のデバイス、化学反応のための微小な容器などを作製するために、1nmから数十μmの単位で作製された微細構造体を鋳型に用いて、その構造を別の物質に転写する「ナノインプリント」法が種々開発されており、これらの従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0113】
また、かかるナノインプリント法を用いることにより、試料保持面に適した凹凸構造を有する第一構造物と同一の構造を有する試料保持面を、所望の材質で製造することができる。したがって、これらの製造方法も本発明に含まれる。
【0114】
すなわち、試料保持面の製造にナノインプリント法を用いる場合は、本発明の試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含んでいてもよい。
【0115】
なお、上記第一構造物としては、本発明の試料ターゲットに適した凹凸構造を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。
【0116】
かかるナノインプリント法としては、例えばT.Yanagishita, K.Nishino, H.Masuda:Jpn.J.Appl.Phys., Vol. 45, No. 30(2006) に記載の方法を挙げることができる。この方法では、ポーラスアルミナを鋳型に用いて、該ポーラスアルミナの凹凸構造をNiに転写したネガ型の第二構造物を作製する。得られたNiからなるネガ型の第二構造物を鋳型に用いて、上記凹凸構造を表面に有するポリマーからなる試料保持面を製造する。
【0117】
上記方法の一例について、以下に、図7に基づきより具体的に説明する。図7は、ナノインプリント法による試料保持面製造の工程を含む試料ターゲットの製造方法を模式的に示す図である。まず、Niの電解析出のための電極とするために、スパッタリングにより、ポーラスアルミナの表面に5nm〜200nmの金属膜を形成し、Niを電解析出させる(図7の(i))。ここで、上記金属膜は、Niを電解析出させることができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、Pt膜、Au膜、Ta膜、Pd膜等を好適に用いることができる。電解析出後、ポーラスアルミナを溶解除去して、ポーラスアルミナの凹凸構造をNiに転写したネガ型の第二構造物を得る(図7の(ii))。このNiからなるネガ型の第二構造物を、必要に応じて、離型剤を用いて前処理した後、該第二構造物上に光硬化性樹脂のモノマーを注ぎ、例えばガラス基板等の基板を添えて、紫外線照射下モノマーを重合させる。Niからなるネガ型の第二構造物を機械的に除去し(図7の(iii))、ポーラスアルミナの凹凸構造を表面に有するポリマーからなる試料保持面(図7の(iv))を得る。図7の(v)、(vi)は続く上記被覆工程を模式的に示すものである。
【0118】
かかる方法で用いられる、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物の凹凸構造を転写するネガ型の構造物として用いられる物質は、Niに限定されるものではなく、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)等の金属を用いてもよい。
【0119】
また、ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて、上記凹凸構造を表面に転写するポリマーも、特に限定されるものではなく、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4−フッ化エチレン;これらの少なくともひとつを含む共重合体;これらの少なくともひとつを含む混合物;これらの少なくともひとつを含むグラフトポリマー;これらの少なくともひとつを含むブロックポリマー等を用いることができる。
【0120】
ポーラスアルミナの溶解除去に用いられる溶剤としては、アルミニウム及びアルミナを溶解する溶剤であれば、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等を挙げることができる。
【0121】
上述したナノインプリント法では、樹脂に微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物の凹凸構造を転写する方法を示したが、ナノインプリント法により上記第一構造物の凹凸構造を転写して作製する試料保持面の材質は、樹脂に限定されるものでなく、例えば、セラミックス等であってもよい。
【0122】
また、かかるセラミックスとしては、上記(I−3)に記載のものと同様のセラミックスを好適に用いることができる。
【0123】
<リソグラフィー>
リソグラフィーを用いる方法としては、フォトリソグラフィー法、電子線リソグラフィー法、イオンビームリソグラフィー法、ナノインプリントリソグラフィー法、ディプペンナノリソグラフィー法等がある。これらの各リソグラフィー法のうち、電子線リソグラフィー法を用いることがより好ましい。電子線リソグラフィー法を用いれば、一般的な光学リソグラフィーのように、書き込み形状の大きさが光の波長に制限されることがないため、より微細な書き込みを行うことができ、これによって、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することができる。
【0124】
電子線リソグラフィー法では、デバイスの設計図をマスクと呼ばれる金属板に焼き付けて、そのマスクのある部分は光を通し、それ以外の部分は光を通さないというように加工しておく。そして、加工された設計図に光を当てレンズでその光を絞ると設計図のパターンが縮小投影される。ここで、あらかじめデバイスの基盤となる材料には感光剤を塗っておき、その基盤に縮小投影すると、そこに設計図のパターンが焼き付けられる。
【0125】
基盤に塗られる感光剤は、レジストと呼ばれる。レジストには、光を当てることで固化してしまうとか、重合してある溶液に溶けなくなるといった光反応を起こす分子が使われる。パターンの焼き付けられた基板の材料を、それを溶かす溶液に入れると、光の当たったレジストが固まった部分だけが溶け出すことなく、それ以外のところについては溶かし出すことが可能となる。このようにして形成されたレジストのパターンを用いて、さらにエッチングすることで、基板上に微細加工することが可能となる。電子線リソグラフィー法では、一般に電子ビーム描画装置が用いられる。微細構造を作成する精度は、この電子ビーム描画装置の性能に大きく依存する。
【0126】
以上のように、本発明にかかる試料ターゲットを製造する場合、リソグラフィー技術を用いれば試料保持面に各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することができる。
【0127】
従って、本発明の試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含んでいてもよい。
【0128】
(II−3)凹部の径を拡大する工程
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、凹部の径を拡大する工程を含んでいてもよい。
【0129】
かかる工程は、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分がエッチングによって除去可能な材質からなる場合であれば、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法に含めることが好ましい。これにより、理由は明らかではないが、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0130】
図6は、凹部の径を拡大する工程により、金属および/または半導体で被覆されていない部分の凹部の径を拡大する工程により得られる試料保持面を模式的に示す図である。図6は、試料保持面としてポーラスアルミナを用いた場合の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の径が拡大された試料保持面を示す。
【0131】
(III)本発明の利用(質量分析装置)
本発明の試料ターゲットは、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの様々な物質の質量分析を行う場合に測定対象となる試料を載置するための言わば試料台として使用することができる。また、上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができるため有用である。
【0132】
そこで、上述の本発明の試料ターゲットを用いてなる質量分析装置についても本発明の範疇に含まれる。上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析装置において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができる。そのため、本発明の質量分析装置は、より具体的には、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによってイオン化して当該試料の分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【0133】
上記レーザー脱離イオン化質量分析装置においては、測定対象となる試料を上述の試料ターゲット上に載置して使用することによって、当該試料に対してレーザー光を照射した場合に試料のイオン化を良好に行うことができる。
【実施例1】
【0134】
本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0135】
〔実施例1〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0136】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0137】
図9に、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射して得られたマススペクトルを示す。観測されているのは、プロトン付加イオン[M+H]+である。
【0138】
後述する〔比較例1〕で、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、Ptを50nmコートした場合のプロトン付加イオン[M+H]+が204カウントであったのに対し、本実施例では、プロトン付加イオン[M+H]+は5203カウントであり、25倍以上の強度であった。
【0139】
本実施例の結果から、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の方向から斜めに傾けた角度から、金属を蒸着することにより、従来のように試料保持面の凹部の中心線と平行な方向から金属を蒸着する場合と比較して、イオン化性能が顕著に向上することが判る。
【0140】
〔実施例2〕
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を60°とした以外は実施例1と同様にして試料ターゲットを作製した。
【0141】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例1と同様にして、レーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0142】
後述する〔比較例1〕で、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、Ptを50nmコートした場合のプロトン付加イオン[M+H]+が204カウントであったのに対し、本実施例では、プロトン付加イオン[M+H]+は1500カウントであり、7倍以上の強度であった。
【0143】
〔比較例1〕
実施例1と同様にして、細孔周期200nm、細孔径100nm、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを作製し試料保持面に供した。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面を含む試料保持面の表面全体が被覆されている試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0144】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例1と同様の測定対象を用い、同様の条件でレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0145】
図8に得られたマススペクトルを示す。観測されているのは、プロトン付加イオン[M+H]+である。プロトン付加イオン[M+H]+は204カウントであった。
【0146】
〔実施例3〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、500nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.1Mリン酸水溶液中で、浴温0℃において直流200Vの条件下で4分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、Ptで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。
【0147】
その後得られた試料保持面をリン酸クロム酸混合溶液中でエッチングすることにより、細孔底部を溶解した。
【0148】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。分子量66000のウシ血清アルブミンを5マイクロMになるように50%メタノールに溶解した。得られたウシ血清アルブミンのメタノール溶液0.5マイクロLを、試料ターゲットに、担持させ、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー337nmにより、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0149】
図11のbに得られたマススペクトルを示す。図11のbに示されるようにm/z 66000のイオンを検出することができた。
【0150】
〔比較例2〕
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を0°とした以外は実施例3と同様にして試料ターゲットを作製した。
【0151】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例3と同様にして、レーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0152】
図11のaに得られたマススペクトルを示す。図11のaに示されるようにm/z 66000のイオンを検出することができなかった。
【0153】
〔実施例4〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で11分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。
【0154】
孔径拡大処理を施した陽極酸化ポーラスアルミナに、スパッタリング装置を用いてPtを50nm被覆した後、Ni電解析出を行った。この後、鋳型の陽極酸化ポーラスアルミナを溶解除去することで、表面に規則的な突起配列を有する、Niからなるネガ型の第二構造物を得た。作製した第二構造物上に光硬化性樹脂PAK-02A(東洋合成工業製)の原液を滴下し、紫外線を照射することにより樹脂を硬化した。光硬化性樹脂が完全に重合固化した後に、モールドをポリマー層より剥離することにより、ポリマーホールアレーを得た。
【0155】
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、Ptで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0156】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射し、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。プロトン付加イオン[M+H]+は2719カウントであった。
【0157】
〔実施例5〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。
【0158】
その後得られた試料保持面をリン酸クロム酸混合溶液中でエッチングすることにより、細孔底部を溶解した。
【0159】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射し、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。プロトン付加イオン[M+H]+は6416カウントであった。
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明の試料ターゲットによれば、レーザー脱離イオン化質量分析法において、マトリックスを用いない場合にも、優れたイオン化の性能、高分子量の物質のイオン化を実現することが可能である。
【0161】
レーザー脱離イオン化質量分析法は、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの質量分析法として、現在幅広い分野で活用されている。本発明の試料ターゲットは、このレーザー脱離イオン化質量分析をより正確かつ安定して実施するために有効な材料であるため、本発明の利用可能性は高いと言える。
【図面の簡単な説明】
【0162】
【図1】凹部の内面の上部が金属で被覆されている試料ターゲットをSEMで観察した結果を示す図である。
【図2】ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す図である。
【図3】凹部が溝である場合の試料ターゲットの溝の形状を示す模式図である。
【図4】凹部が細孔である場合の試料ターゲットの細孔の形状を示す模式図である。
【図5】従来技術を示すものであり、規則的なポーラスアルミナを模式的に示す断面図である。
【図6】金属および/または半導体で被覆されていない部分の凹部の径を拡大する工程により得られる試料保持面を模式的に示す図である。
【図7】ナノインプリント法の工程を含む試料ターゲットの製造方法を模式的に示す図である。
【図8】比較例1において作製された試料ターゲットを用いてアンギオテンシン−Iの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図9】実施例1において作製された試料ターゲットを用いてアンギオテンシン−Iの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図10】ポーラスアルミナからなる試料保持面にPtを蒸着する場合の、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角θとPtにより被覆される部分とを示す模式図である。
【図11】実施例3及び比較例2において作製された試料ターゲットを用いてウシ血清アルブミンの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【符号の説明】
【0163】
1 金属および/または半導体
101 ポーラスアルミナの層
102 アルミニウム(またはその合金)の層
103 バリアー層
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法に用いられる試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置に関するものであり、特に、マトリックスを用いない場合においても高分子量の試料のイオン化を可能とする試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法は、試料をイオン化し、試料あるいは試料のフラグメントイオンの質量と電荷の比(以下、m/z値と表記する)を測定し、試料の分子量を調べる分析法である。その中でも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI:Matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry)法は、マトリックスと呼ばれる低分子量の有機化合物と試料とを混合し、さらにレーザーを照射することにより、当該試料をイオン化する方法である。この方法では、マトリックスが吸収したレーザーのエネルギーを試料に伝えることになるので、試料を良好にイオン化することができる。
【0003】
MALDI法は、熱に不安定な物質や高分子量物質をイオン化することが可能であり、他のイオン化技術と比較しても試料を「ソフトに」イオン化できる。それゆえ、この方法は、生体高分子や、内分泌攪乱物質、合成高分子、金属錯体など様々な物質の質量分析に広く用いられている。
【0004】
しかしながら、上記MALDI法では、有機化合物のマトリックスを用いるために、当該マトリックスに由来する関連イオンにより、試料イオンの解析が困難となることがある。具体的には、有機化合物のマトリックスを用いると、このマトリックス分子のイオン、マトリックス分子が水素結合で結合したクラスターのイオン、マトリックス分子が分解して生成するフラグメントイオン等のマトリックス関連イオンが観測されるため、試料イオンの解析が困難になる場合が多い。
【0005】
そこで、従来から、上記マトリックス関連イオンの妨害を避けるための技術が種々提案されている。具体的には、マトリックス関連イオンを生成させないように,マトリックス分子を固定する技術として、例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸やシンナムアミドなどのマトリックスをセファロースのビーズに固定する技術、ターゲットである金の表面に、マトリックスであるメチル−N−(4−メルカプトフェニル−カーバメート)の自己組織化単分子膜を形成する技術、ゾルゲル法により、マトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)をシリコンポリマーシート中に固定する技術等が知られている。しかしながら、上記のようにマトリックス分子を固定する方法は、検出感度や耐久性が実用上十分ではないという問題が生ずる。また、検出時には、フラグメントイオンによるノイズを回避できないという問題もある。
【0006】
そこで、最近では、マトリックスを用いない技術が提案されている。具体的には、多穴性の表面を有する半導体基板(文献中では、porous light-absorbing semiconductor substrateと記載)を試料ターゲットとして用いる技術が開示されている(例えば、特許文献1等参照。)。この試料ターゲットは、半導体基板における試料保持面を、多穴性(porous)構造すなわち微細な凹凸構造となるように加工している。同文献では、このような試料保持面に試料を塗布し、当該試料にレーザー光を照射すると、マトリックスが無くても高分子量の物質がイオン化されると報告している。この方法は、DIOS(Desorption/Ionization on Porous Silicon)法と名付けられている。
【0007】
また、マトリックスを用いない場合もイオン化を可能とする技術として、本発明者らは、リソグラフィー法により作製したナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細で規則的な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットや、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を金属で被覆した試料保持面を備えている試料ターゲットによれば、従来のマトリックスを用いない技術と比較して、イオン化効率の向上およびより安定なイオン化が可能であることを見出している(例えば特許文献2等参照。)。なお、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットを用いて、マトリックスを用いないで試料をイオン化する方法は、「表面支援レーザー脱離イオン化質量分析法(SALDI)」と称されている。
【0008】
さらに、本発明者らは、サブマイクロメートルオーダーの凹凸構造を有する種々の材質からなる表面を試料保持面として備えている試料ターゲットについて検討を行っており、かかる材質の一つとして、ポーラスアルミナを金や白金で被覆した試料保持面を用いる場合にもマトリックスを用いずにイオン化が可能であることを見出している(例えば、非特許文献1等参照。)。
【0009】
また、本発明者らは、レーザー光の照射を受ける表面に開口する多数の細孔を有する試料保持面を備えている試料ターゲットにおいて、当該細孔の細孔径が30nm以上5μm未満、且つ、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)が2以上50以下で、当該試料保持面の表面が金属および/または半導体で被覆されている試料ターゲットを用いることにより、マトリックスを用いずに、分子量が10000を超える試料のイオン化が可能であることを見出している(例えば、特許文献3等参照。)。
【特許文献1】米国特許第6288390号明細書(2001年9月11日公開)
【特許文献2】国際公開第2005/083418号パンフレット(2005年9月9日公開)
【特許文献3】国際公開第2007/046162号パンフレット(2007年4月26日公開)
【非特許文献1】Shoji Okuno, Ryuichi Arakawa, Kazumasa Okamoto, Yoshinori Matsui, Shu Seki, Takahiro Kozawa, Seiichi Tagawa, Yoshinao Wada, Matrix-free laser desorption/ionization of peptides on sub-micrometer structures: Grooves on silicon and metal-coated porous alumina, 53rd ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, (San Antonio, Texas, USA)、予稿集(2005年4月15日Web上で公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来のマトリックスを用いないレーザー脱離イオン化質量分析では、分子量30000を超える高分子量の物質をイオン化することはできない。また、低分子化合物においてもさらなる測定感度の向上が望まれる。
【0011】
すなわち、特許文献1等に開示されている従来のDIOS法によるレーザー脱離イオン化質量分析は、分子量3000以下の物質のイオン化には有効であるが、分子量が10000を超える物質をイオン化することはできない。
【0012】
また、特許文献2に開示されているリソグラフィー法により作製した規則的な凹凸構造を有する表面を試料保持面や、微細な凹凸構造を有する表面を金属で被覆した試料保持面を備えている試料ターゲットを用い、マトリックスを用いずにレーザーを照射しても分子量が10000を超える大きい物質のイオン化はできない。
【0013】
特許文献3に開示されている、細孔径が一定の大きさより小さく、所定の範囲の細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する試料ターゲットを用い、マトリックスを用いずにレーザーを照射する場合でも、分子量が10000を超える物質のイオン化は可能であるが、分子量が30000を超えるような高分子量の物質をイオン化することはできない。
【0014】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とする質量分析において、分子量30000を超える高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物の測定感度がさらに向上された試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明にかかる試料ターゲットは、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することを特徴としている。
【0016】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0017】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることが好ましい。
【0018】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記複数の凹部は規則的に繰り返し形成されていることが好ましい。
【0019】
上記各凹部が規則的に繰り返し形成されていることにより、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能をより安定させることができる。
【0020】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記凹部は溝又は細孔であることが好ましい。
【0021】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面はポーラスアルミナからなることが好ましい。
【0022】
ポーラスアルミナは、規則的に形成された複数の凹部を有し、また、試料ターゲットに好ましい細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する構造を得ることができる。さらにポーラスアルミナは、陽極酸化の条件を変化させることによって、細孔径、細孔深さ、および細孔周期を制御することが可能であることから、本発明に好適に用いることができる。
【0023】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面は、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面であることが好ましい。上記第一構造物はポーラスアルミナであることが好ましい。
【0024】
これにより、試料保持面に適した凹凸構造を有する第一構造物と同一の構造を有する試料保持面を、所望の材質で製造することができる。
【0025】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記試料保持面は、樹脂又はセラミックスを含むことが好ましい。
【0026】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記金属が、白金(Pt)又は金(Au)であることが好ましい。
【0027】
本発明にかかる試料ターゲットでは、上記半導体が、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3、又は、これらの2種類以上の混合物、或いはカーボンであることが好ましい。
【0028】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含むことを特徴としている。
【0029】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0030】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記被覆工程は、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着することが好ましい。
【0031】
これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0032】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記物理蒸着は、スパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、又は、真空蒸着であることが好ましい。
【0033】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、上記被覆工程後に、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、当該部分の凹部の径を拡大する工程を含むことが好ましい。
【0034】
これにより、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0035】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、ポーラスアルミナを試料保持面として好適に用いることができる。
【0036】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含んでいてもよい。上記第一構造物はポーラスアルミナであることが好ましい。
【0037】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含んでいてもよい。
【0038】
本発明にかかる質量分析装置は、上記試料ターゲットを用いることを特徴としている。上記質量分析装置は、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【発明の効果】
【0039】
本発明にかかる試料ターゲットは、以上のように、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の微細な凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するという構成を備えているので、質量分析を行うときにマトリックスを用いずにイオン化を行う場合でも、高いイオン化性能を実現することができる。これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【0040】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、以上のように、当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含む構成を備えているので、質量分析を行うときにマトリックスを用いずにイオン化を行う場合でも、高いイオン化性能を実現することができる。これにより、分子量が30000を超える物質のイオン化が可能となる。また、従来のSALDI法の主たる分析対象であった低分子化合物の測定をいっそう高感度に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明について以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0042】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、複数の微細な凹部が試料保持面に垂直な方向に繰り返し形成された試料保持面の表面に、金属および/または半導体を被覆する場合に、従来行ってきたように試料保持面に対して垂直な角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットでは、低分子化合物のイオン化性能が顕著に向上することを見出した。そこで、分子量が30000を超える高分子量の物質をイオン化したところ、試料保持面に垂直な角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットではかかる物質のイオン化ができないのに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して得られる試料ターゲットでは分子量30000を超える大きな物質がイオン化できることを初めて見出した。そして、従来の試料保持面に垂直な角度による蒸着では、金属および/または半導体が凹部の内部にも浸入し、その結果凹部内面が被覆されているのに対し、試料保持面に対して斜めになるような角度で金属および/または半導体を蒸着して被覆した試料ターゲットでは凹部内面は上部のみが金属および/または半導体で被覆されていることから、凹部内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することが、イオン化性能に関わることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0043】
すなわち、本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在している。
【0044】
なお、試料保持面の凹部内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することにより、イオン化性能が顕著に向上し、30000を超える高分子量の物質のイオン化が可能となる理由は明らかではないが、一つの可能性として、金属および/または半導体で被覆されていない上記試料保持面の凹部の内面に吸着している水分子がレーザー照射により蒸発することが、試料のイオン化性能の向上に関わっているということが考えられる。すなわち、金属および/または半導体で被覆されていない部分では、かかる部分に吸着している水分子がレーザー照射により蒸発し、イオン化性能を向上させるということが、イオン化性能向上理由の一つとして考えられる。
【0045】
以下、本発明にかかる試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置について、(I)試料ターゲット、(II)試料ターゲットの製造方法、(III)本発明の利用(質量分析装置)の順に説明する。
【0046】
(I)試料ターゲット
本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射によって試料をイオン化して質量分析を行うレーザー脱離イオン化質量分析装置に用いられ、分析対象となる試料を載せる言わば試料台としての機能を果たすものである。
【0047】
かかる上記試料ターゲットは、試料を保持する面である試料保持面を備えていればよく、試料保持面以外の部分の構成、形状、材質等は特に限定されるものではない。
【0048】
本発明にかかる試料ターゲットの、上記試料保持面は、分析対象である試料を保持する面で、試料を保持した状態で、レーザー光の照射を受ける。
【0049】
本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えており、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する。
【0050】
(I−1)試料保持面の形状
本発明にかかる試料ターゲットの試料保持面は、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面であり、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっている。
【0051】
なお、ここで、隣接する各凹部の間隔とは、凹部が例えば溝である場合は、溝の幅の中心とこれに隣接する溝の幅の中心との距離をいい、凹部が例えば細孔である場合は、細孔の中心線とこれに隣接する細孔の中心線との距離をいう。
【0052】
隣接する各凹部の間隔が、1nm以上30μm未満であるような、複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として用い、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面を、金属および/または半導体で被覆するとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分を存在させることにより、低分子化合物の測定感度を著しく向上させることができるとともに、分子量30000を超える高分子量の物質をイオン化させることが可能となる。各凹部の間隔が30μm未満程度に狭くなっていることにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。また、各凹部の間隔が1nm以上となっていることによって、試料ターゲットの強度が低下することを避けることができる。
【0053】
さらに、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記隣接する各凹部の間隔は1nm以上10μm未満となっていることがより好ましく、10nm以上10μm未満となっていることがさらに好ましく、10nm以上500nm未満となっていることが特に好ましく、10nm以上300nm未満となっていることが最も好ましい。これにより、質量分析における測定試料のイオン化をさらに良好に行うことができる。
【0054】
また、各凹部の間隔は、規則的であっても不規則であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、規則的であることがより好ましい。上記各凹部の間隔が規則正しい場合には、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0055】
上記凹部の深さは、1nm以上30μm未満程度であればよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、1nm以上5μm未満であることがより好ましく、10nm以上1μm未満であることがさらに好ましく、50nm以上500nm未満であることが特に好ましく、100nm以上500nm未満であることが最も好ましい。また、上記凹部の深さにはばらつきがあってもよいし、均一であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記凹部の深さは均一であることが好ましい。上記凹部の深さは均一である場合には、その凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0056】
なお、上記凹部の間隔、上記凹部の深さが均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0057】
上記凹部の具体的な形状は特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよい。また、凹部の形状は一定ではなく、種々の形状の凹部が混ざったものであってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、凹部の形状は一定であることが好ましい。かかる形状としては、例えば、溝、細孔等の形状を挙げることができる。また、上記溝、細孔の形状も特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよいが、例えば、直線の溝;曲線の溝;弧を描く溝;断面が円形の細孔;断面が楕円形の細孔;断面が三角形、四角形、五角形等多角形の細孔等を挙げることができる。
【0058】
また、上記凹部は、試料保持面に対して垂直に形成されていてもよいし、斜度を有するように形成されていてもよい。凹部が試料保持面に対して垂直に形成されているとは、凹部と試料保持面とのなす角度、すなわち、試料保持面と凹部の中心線又は中心面とがなす角度が、垂直であることをいう。
【0059】
また、上記凹凸構造は、試料保持面の全体に形成されているものであってもよいし、試料保持面に部分的に形成されているものであってもよい。
【0060】
上述したように、本発明の試料ターゲットの上記試料保持面の表面は、複数の凹部が規則的に繰り返し形成された構造となっていることがより好ましい。
【0061】
<溝の形状を有する凹部>
図3には、上記凹部が溝である場合の試料ターゲットの溝の形状の模式図を示す。図3中、(a)は試料ターゲットの一部分を示す斜視図、(b)は試料保持面の上方から((a)において矢印Aの方向)から見た平面図、(c)は溝形状の断面図((a)において矢印B方向から見た断面図)である。ここで、上記凹部(溝)の間隔とは、図3のCで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の幅とは、図3のDで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の深さとは、図3のEで示す部分の大きさのことを意味する。なお、図3中、一点鎖線は凹部(溝)の中心線である。また、溝の場合のように、中心線から形成される面が存在する場合にはかかる面を凹部の中心面とする。また、凹部(溝)の間隔、上記凹部(溝)の幅および凹部(溝)の深さが均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0062】
上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の間隔が30μm未満、より好ましくは、1μm未満であれば、質量分析を行う場合に当該試料ターゲット上に配置した試料のイオン化を良好に行うことができる。また、上記溝の間隔が1nm以上、より好ましくは、10nm以上あれば、現在の微細加工技術において高度な技術を用いることなく加工することが可能である。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が200nm未満となっていることがさらに好ましい。
【0063】
また、上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の幅および深さは1nm以上30μm未満となっていることが好ましく、10nm以上1μm未満となっていることがより好ましい。上記の構成によれば、例えば、337nmの窒素レーザーなどのような数百nmオーダーの紫外領域のレーザー光のエネルギーを捕えやすく、良好なイオン化効率を得ることができる。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が10nm以上200nm未満となっていることがさらに好ましい。
【0064】
<細孔の形状を有する凹部>
上記凹部の形状が細孔である場合、かかる細孔は試料保持面の表面に開口し、試料保持面の厚さ方向に延びている。細孔の配列、形状、および試料保持面との角度は、規則的であっても不規則であってもよいが、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、これらが規則的であることがより好ましい。
【0065】
かかる試料保持面の一例を図4に模式的に示す。図4中、(a)は試料ターゲットの試料保持面の一部を示す斜視図、(b)は(a)における破線Bで切断した切断面を示す試料保持面の断面図である。図4中、(a)および(b)に示す試料保持面は、細孔の配列、形状、および試料保持面との角度が規則的な場合の試料保持面を示すものである。上記試料保持面は、試料保持面の表面でありレーザー光の照射を受ける面、すなわち図4中、(a)の上面に開口する複数の細孔が繰り返し形成されている。この細孔は(b)に示すように、試料保持面の表面から試料保持面の厚さ方向に延び、底部を有している。
【0066】
また、細孔を試料保持面と平行な面で切断したときの断面の形状は、特に限定されるものではなく、円形であってもよいし、楕円形であってもよいし、三角形、四角形、五角形、六角形等の多角形であってもよいし、これらが多少変形した形状であってもよい。また、かかる断面の形状は、規則的であっても不規則であってもよい。すなわち、単一の形状が試料保持面のすべての部分を占める必要はない。しかし、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、かかる断面の形状は、規則的、すなわち同一の形状であることが好ましい。また、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、かかる断面の形状は、細孔の開口部から底部にわたり一定であることが好ましいが、多少変形していてもよい。
【0067】
また、上記細孔は、試料保持面の表面から厚さ方向に延びていればよく、細孔は試料保持面の表面に対して垂直であることが好ましいが、多少斜度を有していてもかまわない。また、細孔と試料保持面の表面との角度は、細孔ごとに異なっていてもよいが、規則的であることが好ましい。すなわち、それぞれの細孔は同じ方向に延びていることが好ましい。これにより試料ターゲットとしての機能をより向上させることができるので好ましい。また、細孔は、開口部から底部にかけて、直線状に延びていることが好ましい。細孔が直線状であることにより、細孔内部までレーザー光が入り込むために、イオン化の効率がよいため好ましい。
【0068】
また、上記細孔は、凹部の幅すなわち細孔径が30nm以上5μm未満であって、且つ、凹部の深さ/(凹部の間隔−凹部の幅)、すなわち、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)が2以上50以下であることがより好ましい。これにより、イオン化の性能をさらに向上させることが可能となる。ここで、細孔径とは、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円である場合はその直径をいい、図4中Dで示す部分の大きさのことを意味する。また、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円でない場合には、断面の周囲の長さを円周とするような円の直径を凹部の幅すなわち細孔径とする。また、凹部の深さすなわち細孔深さとは、細孔の開口部から底部までの長さをいい、図4中Eで示す部分の大きさのことを意味する。また、細孔周期とは、各凹部の間隔、すなわち、隣接する細孔の中心線の間隔をいい、図4中Cで示す部分の大きさのことを意味する。なお、図4中、一点鎖線は細孔の中心線である。細孔径、細孔深さおよび細孔周期が均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。なお、図4に示す断面図は、Dが最も大きくなるような断面で切断する断面図である。たとえば、細孔を試料保持面に平行な面で切断した断面が円形である場合には、直径を含む面で切断した断面図である。
【0069】
上記細孔周期および細孔径は、1nm〜数十μm程度であればよいが、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記細孔周期は、30nm以上5μm未満であることがより好ましく、31nm以上1μmであることがさらに好ましく、33nm〜500nmであることが特に好ましく、34nm〜300nmであることが最も好ましい。また、上記細孔径は、30nm以上5μm未満であることがより好ましく、40nm以上1μmであることがさらに好ましく、45nm〜700nmであることが特に好ましく、50nm〜500nmであることが最も好ましい。これにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。
【0070】
また、上記細孔周期および細孔径は、規則的であっても不規則であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、規則的であることが好ましい。すなわち、細孔周期および細孔径が均一であることが好ましい。上記細孔周期および細孔径が規則正しい場合には、試料保持面の凹部を有する構造のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0071】
また、細孔深さは、1nm以上30μm未満であればよいが、30nm以上5μm未満程度であることがより好ましい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、30nm〜2μmであることがより好ましく、50nm〜1.5μmであることがさらに好ましく、70nm〜1μmであることが特に好ましく、100nm〜1μmであることが最も好ましい。また、上記細孔深さは規則的であっても不規則であってもよい。すなわち、細孔深さにはばらつきがあってもよいし、均一であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記細孔深さは均一であることが好ましい。上記細孔深さは均一である場合には、試料保持面の凹凸のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0072】
また、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は、2〜50となっていることが好ましく、2.5〜45となっていることがより好ましく、3〜35となっていることがさらに好ましく、3.5〜30となっていることが特に好ましく、4〜25となっていることが最も好ましい。これにより、質量分析において、マトリックスを用いない場合でも、イオン化性能をさらに向上させ、高分子量の物質のイオン化を良好に行うことができる。
【0073】
細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値が50以下であることにより、試料保持面の表面の強度を保つことができ、また、細孔内部までレーザー光が入り込むためにイオン化を好適に行うことができる。また、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値が2以上であることによりイオン化効率に優れる点で好ましい。
【0074】
なお、細孔が不規則な構造の場合、細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値は、細孔が配列する部分(ポーラス部分)全体の平均の値とする。部分的な大きな欠陥については考慮せずに細孔深さ/(細孔周期−細孔径)の値を求める。
【0075】
(I−2)金属および/または半導体による被覆
本発明にかかる試料ターゲットの試料保持面では、上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分を存在させる。これにより、イオン化性能を著しく向上させることができ、分子量が30000を超えるような物質のイオン化が可能となる。
【0076】
図2は、本発明の一例として、ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す図である。図2中、(a)は、従来の、凹部の内面を含む試料保持面の表面全体が金属および/または半導体によって被覆された試料保持面を示し、(b)は本発明にかかる、凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を示す。なお、図2中、1で示す部分が、金属および/または半導体で被覆されている部分を示す。(b)では、試料保持面の凹部内面を除く表面と、凹部内面の側壁の上端部を含む上部とが、金属および/または半導体によって被覆されている。(b)に示されるように、本発明で用いられる試料保持面は、その表面のうち、少なくとも、凹部の内面以外の表面は金属および/または半導体によって被覆されている。このように、少なくとも、凹部の内面以外の表面を金属および/または半導体で被覆することにより、少なくとも、凹部の内面以外の表面では、電導性を大きくすることができ、イオン化性能を向上させることができると考えられる。
【0077】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積は、上記凹部の内面全体の面積に対して、10%以上100%以下であることが好ましく、20%以上100%以下であることがより好ましく、30%以上100%以下であることがさらに好ましい。金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の、内面全体の面積に対する割合が上記範囲内にあることにより、イオン化性能を顕著に向上させ、分子量が30000を超える高分子量の物質をイオン化することが可能となる。なお、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の、内面全体の面積に対する割合が凹部毎で均一でない場合には、平均値を用いてこれらの値とする。
【0078】
なお、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とは、走査電子顕微鏡(SEM)により確認することができる。すなわち、凹部の内面の上部が金属で被覆されている試料ターゲットをSEMで観察した結果を示す図1に示されるように、金属や半導体は、後述する試料保持面の材質に比べて二次電子を放出しやすいため輝度が高く観察される。それゆえ、SEM像を解析することにより、金属および/または半導体で被覆されていない部分の面積の割合を求めることができる。
【0079】
また、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とをより明確に評価する方法としては、被覆されていない部分がドット状(アイランド状)である場合を除いては、被覆部分を電極とする電解析出を行った後に走査電子顕微鏡(SEM)により確認する方法を好適に用いることができる。かかる方法では、評価対象となる、凹部の内面の一部を除く試料保持面の表面が金属および/または半導体で被覆されている試料ターゲットの表面に銀線を導電性ペーストで固定し、Niメッキ液中で室温条件下にて、対極にNi板を用い、−1Vの定電圧条件下で、10分間Niの電解析出を行う。電解析出後の試料ターゲットの断面のSEM観察を行うと、金属および/または半導体で被覆されている部分にのみ選択的にNiが電解析出されるため、金属および/または半導体で被覆されている部分と、被覆されていない部分とをより明確に評価することができる。
【0080】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の位置としては、特に限定されるものではなく、例えば、図2に示されるように、凹部の内面側壁のうち上端部を含む上部を除く部分及び底部であってもよいし、凹部の内面全体であってもよいし、凹部の内面側壁の一部であってもよいし、凹部の内面側壁全体であってもよいし、凹部の底面のみであってもよいし、被覆されている部分がドット状(アイランド状)であってそのドット状(アイランド状)以外の部分であってもよいし、被覆されていない部分がドット状(アイランド状)であってもよい。
【0081】
また、本発明にかかる試料ターゲットでは、上記上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることがより好ましい。これによりイオン化性能をさらに向上させることができる。ここで凹部の幅とは、上記(I−1)で説明したとおりである。上記被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることが好ましいが、0以上、凹部の幅×1.19以下であることがさらに好ましく、0以上、凹部の幅×1以下であることが特に好ましい。
【0082】
試料保持面の被覆に用いることができる上記金属としては、具体的には、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)等を挙げることができる。なかでも、上記金属はAu又はPtであることがさらに好ましい。AuやPtは酸化されにくいため、イオン化の効率を向上させることができるのみならず、複数の凹部が繰り返し形成された上記試料保持面の酸化を防止することが可能となる。
【0083】
また、上記金属は、上記金属から選ばれる単一金属であってもよいし、上記金属から選ばれる少なくとも2種以上からなる合金であってもよい。ここで合金とは、2種以上の金属が混合されている金属であればよく、混合された2種以上の上記金属の存在形態は特に限定されるものではない。混合された2種以上の上記金属の存在形態としては、例えば、固溶体、金属間化合物、固溶体及び金属間化合物が混在した状態等を挙げることができる。
【0084】
また、試料保持面の被覆に用いることができる上記半導体としては、具体的には、例えば、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3やその混合物、カーボン等を挙げることができる。なかでも、上記半導体は、SnO2、ZnO、In2O3、SnO2とIn2O3の混合物であるITO等であることがより好ましい。これらの物質はもともと酸化物であり、これ以上酸化されないため、空気中に放置してもイオン化の性能が下がることはない。また、カーボンはその原子の結合状態によって物性は異なるが、ここでは半導体として分類する。カーボンも空気中では酸化されにくいために、空気中に放置してもイオン化の性能が下がることはない。
【0085】
また、上記試料保持面の表面は、上記半導体と上記金属とから選ばれる少なくとも2種以上からなる混合物で被覆されていてもよい。
【0086】
被覆されている上記金属および/または半導体の厚みは、試料保持面の凹部を有する構造を損なうものでなければ特に限定されるものではない。具体的には、例えば、1nm以上200nm以下であることが好ましい。上記金属および/または半導体の厚みがこの上限を超えないことにより、試料保持面の構造が損なわれず、下限より大きいことにより、効率的なイオン化が可能となる。さらに、上記金属および/または半導体の厚みは、1nm以上150nm以下であることがより好ましく、5nm以上100nm以下であることがさらに好ましく、10nm以上80nm以下であることが特に好ましく、20nm以上、75nm以下であることが最も好ましい。これにより、より効率的なイオン化が可能となる。
【0087】
(I−3)試料保持面の材質
試料保持面の材質は、上記形状を有するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、合成高分子などの樹脂、セラミックス等を挙げることができる。導電性を有しない材質であっても金属および/または半導体で被覆することによりイオン化の効率を向上させることができる。
【0088】
上記合成高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4−フッ化エチレン;これらの少なくともひとつを含む共重合体;これらの少なくともひとつを含む混合物;これらの少なくともひとつを含むグラフトポリマー;これらの少なくともひとつを含むブロックポリマー等が挙げられる。
【0089】
また、上記セラミックスとしては、アルミナ(酸化アルミニウム)、マグネシア、ベリリア、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、酸化ウラン、酸化トリウム、シリカ(石英)、ホルステライト、ステアタイト、ワラステナイト、ジルコン、ムライト、コージライト/コージェライト、スポジュメン、チタン酸アルミニウム、スピネルアパタイト、チタン酸バリウム、フェライト、ニオプ酸リチウム、窒化ケイ素(シリコンナイトライド)、サイアロン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化チタン、炭化ケイ素(シリコンカーバイド)、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステン、ホウ化ランタン、ホウ化チタン、ホウ化ジルコニウム、硫化カドミウム、硫化モリブデン、ケイ化モリブデン、ダイヤモンド、単結晶サファイアなどが挙げられる。
【0090】
上記試料保持面の材質としては、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。ポーラスアルミナとは、アルミニウムまたはその合金を電解液中で陽極酸化することにより、表面に形成される、微細な細孔を多数有する酸化皮膜のことをいう。陽極酸化の条件を制御することにより細孔が広範囲にわたって規則的に配列した規則的なポーラスアルミナを製造することができる。このようにして得られる規則的なポーラスアルミナは、例えば、図5に示すように、アルミニウム(またはその合金)の層102上に、バリアー層103を介して、多数の細孔が一方向に配列したポーラスアルミナの層101が形成されている。なお、図5ではバリアー層が存在するが、バリアー層は除去されていてもよい。
【0091】
このようにポーラスアルミナは、規則的に形成された複数の凹部を有し、また、試料ターゲットに好ましい細孔深さ/(細孔周期−細孔径)を有する構造を得ることができることから、本発明の試料ターゲットに好適に用いることができる。さらにポーラスアルミナは、陽極酸化の条件を変化させることによって、細孔径、細孔深さ、および細孔周期を制御することが可能であることから、本発明に好適に用いることができる。
【0092】
規則的な細孔構造を有するポーラスアルミナは、例えば、H. Masuda and M. Satoh, Jpn. J Appl. Phys., 35, pp. L126 (1996) に開示されている、2段階に分けて陽極酸化を行う方法、特開平10−121292号公報に開示されている、複数の突起を備えた基板を陽極酸化するアルミニウム板表面におしつけて、所望の細孔周期や配列の窪みを形成した後、当該アルミニウム板を陽極酸化する方法等、従来公知の方法により得ることができる。
【0093】
さらに、上記試料保持面としては、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面も好適に用いることができる。かかる試料保持面を用いることにより、本発明に使用可能な、複数の凹部が繰り返し形成された表面を有する試料ターゲットを、種々の材質を用いて製造することができる。
【0094】
上記微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物としては、本発明の試料ターゲットに適した凹凸構造を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。
【0095】
上記ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記試料保持面の材質は特に限定させるものではなく例えば、上記樹脂、セラミックス等を含むものを好適に用いることができる。
【0096】
(II)試料ターゲットの製造方法
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料ターゲットの製造方法であって、上記試料保持面の表面を、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含んでいる。
【0097】
(II−1)被覆工程
上記被覆工程は、上記試料保持面の表面を、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆できる方法であれば特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。かかる方法としては、例えば、スパッタリング、化学気相成長法(CVD)、真空蒸着法、無電解メッキ法、電解メッキ法、塗布法、貴金属ワニス法、有機金属薄膜法、ゾルゲル法等を挙げることができる。
【0098】
中でも、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように被覆を行う方法としては、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する方法を好適に用いることができる。かかる方法を用いることにより、蒸着の角度を変更するだけで簡便に、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように被覆を行うことが可能となる。
【0099】
ここで、物理蒸着としては、特に限定されるものではないが、例えば、イオンビームスパッタリング、直流スパッタリング、マグネトロンスパッタリング、高周波スパッタリング等のスパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、真空蒸着等を好適に用いることができる。
【0100】
本工程では、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する。図2に、本発明の一例として、ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す。図2中、(a)は、従来の、凹部の内面を含む試料保持面全体が金属および/または半導体によって被覆された試料保持面の表面を示し、(b)は本発明にかかる、凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面の表面を示す。
【0101】
図2中、一点鎖線は、「試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線の方向」を示す。かかる方向は、凹部が細孔である場合には、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向であり、凹部が溝の場合は、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている溝の中心面の方向である。
【0102】
また、図2中矢印は、蒸着の方向、すなわち、試料保持面の表面に付着させて試料保持面を被覆する粒子の飛翔方向を示す。図2中、(a)で示されるように、従来は、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の方向と平行な方向から、上記金属および/または半導体を蒸着している。これに対して、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法では、(b)に示すように、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着する。これにより、図に示すように、金属および/または半導体が凹部の内部全体に浸入することなく、試料保持面の凹部内面は、上端部のみが金属および/または半導体で被覆されることとなる。それゆえ、金属および/または半導体が浸入しない、凹部の下部は、金属および/または半導体で被覆されていない部分として残る。それゆえ、分子量が30000を超えるような高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物のイオン化性能を顕著に向上させることができる。
【0103】
ここで、記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度は、図2中、θで示される角度であり、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角ということもできる。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度θは、30°以上90°未満であることが好ましい。これにより、分子量が30000を超えるような高分子量の物質のイオン化が可能となるとともに、低分子化合物のイオン化性能を顕著に向上させることができる。また角度θは、40°以上89°未満であることがより好ましく、45°以上88°未満であることがさらに好ましく、60°以上85°未満であることが特に好ましい。これにより、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0104】
図10は、例えば、上記金属としてPtを用い、ポーラスアルミナからなる試料保持面にPtを蒸着する場合の、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角θとPtにより被覆される部分とを示す模式図である。
【0105】
図10に示すように、凹部の内面の金属およびまたは半導体により被覆される部分は、上記角θと凹部の幅により規定されうる。すなわち、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、Tan(90°−θ)×Dで表される。ここで、Dは凹部の幅をいい、上記(I−1)で説明したとおりである。
【0106】
なお、図2及び図10では、金属および/または半導体が蒸着される方向として、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角がθとなる一方向のみが示されているが、試料保持面を、θを同じ角度に維持しながら回転させることによって、凹部の内面の全方向において、所望の範囲のみを被覆することができる。
【0107】
なお、上記凹部が溝である場合は、試料保持面を、蒸着の方向と、溝の長手方向とが同一となる範囲を避けて回転すればよい。
【0108】
(II−2)試料保持面の製造方法
上記被覆工程で金属および/または半導体を被覆する試料保持面を製造する方法としては、上記(I)で説明した試料保持面を製造することができる方法であれば特に限定されるものではない。中でも、かかる試料保持面の製造方法としては、例えば、ポーラスアルミナを用いる方法、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型として用い、鋳型として用いた第一構造物と同一の凹凸構造を有する他の材質からなる試料保持面を製造する方法、リソグラフィーを用いる方法等を好適に用いることができる。
【0109】
<ポーラスアルミナを用いる方法>
ここで、ポーラスアルミナは、アルミニウムまたはその合金を陽極酸化することにより製造してもよいし、市販されているポーラスアルミナを用いてもよい。
【0110】
ポーラスアルミナを製造する方法は、特に限定されるものではなくどのような方法を用いてもよい。また、従来公知の方法を好適に用いることができる。一般的には、アルミニウムまたはその合金を好ましくは研磨し、これを電解液中で陽極酸化すればよい。上記電解液は酸性であってもアルカリ性であってもよいが、例えば、硫酸、シュウ酸、リン酸等であることが好ましい。また所望の細孔径、細孔深さおよび細孔周期を有する試料保持面を得るために、陽極酸化電圧、陽極酸化時間、電解液の種類や濃度、温度条件等を適宜選択すればよい。また、陽極酸化前にアルミニウムやその合金を研磨する方法も特に限定されるものではなく、例えば、過塩素酸とエタノールとの混合液、リン酸と硫酸との混合溶液中等で電解研磨処理する方法、機械的に表面研磨処理する方法等を挙げることができる。また、陽極酸化により得られたポーラスアルミナは、リン酸水溶液、硫酸水溶液等を用いたエッチング処理等により、細孔径を拡大処理してもよい。
【0111】
また、規則的なポーラスアルミナを製造するためには、上述したように、例えば、H. Masuda and M. Satoh, Jpn. J Appl. Phys., 35, pp. L126 (1996) に開示されている、2段階に分けて陽極酸化を行う方法、特開平10−121292号公報に開示されている、複数の突起を備えた基板(モールド)を陽極酸化するアルミニウム板表面におしつけて、所望の細孔周期や配列の窪みを形成した後、当該アルミニウム板を陽極酸化する方法等を好適に用いることができる。
【0112】
<ナノインプリント法>
微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型として用い、鋳型として用いた第一構造物と同一の凹凸構造を有する他の材質からなる試料保持面を製造する方法としては、微細構造体を鋳型に用いて、その構造を別の物質に転写する「ナノインプリント」法であれば、特に限定されるものではなくどのような方法を用いてもよい。近年、ナノテクノロジーの分野において、DNAチップ、半導体のデバイス、化学反応のための微小な容器などを作製するために、1nmから数十μmの単位で作製された微細構造体を鋳型に用いて、その構造を別の物質に転写する「ナノインプリント」法が種々開発されており、これらの従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0113】
また、かかるナノインプリント法を用いることにより、試料保持面に適した凹凸構造を有する第一構造物と同一の構造を有する試料保持面を、所望の材質で製造することができる。したがって、これらの製造方法も本発明に含まれる。
【0114】
すなわち、試料保持面の製造にナノインプリント法を用いる場合は、本発明の試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含んでいてもよい。
【0115】
なお、上記第一構造物としては、本発明の試料ターゲットに適した凹凸構造を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ポーラスアルミナを好適に用いることができる。
【0116】
かかるナノインプリント法としては、例えばT.Yanagishita, K.Nishino, H.Masuda:Jpn.J.Appl.Phys., Vol. 45, No. 30(2006) に記載の方法を挙げることができる。この方法では、ポーラスアルミナを鋳型に用いて、該ポーラスアルミナの凹凸構造をNiに転写したネガ型の第二構造物を作製する。得られたNiからなるネガ型の第二構造物を鋳型に用いて、上記凹凸構造を表面に有するポリマーからなる試料保持面を製造する。
【0117】
上記方法の一例について、以下に、図7に基づきより具体的に説明する。図7は、ナノインプリント法による試料保持面製造の工程を含む試料ターゲットの製造方法を模式的に示す図である。まず、Niの電解析出のための電極とするために、スパッタリングにより、ポーラスアルミナの表面に5nm〜200nmの金属膜を形成し、Niを電解析出させる(図7の(i))。ここで、上記金属膜は、Niを電解析出させることができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、Pt膜、Au膜、Ta膜、Pd膜等を好適に用いることができる。電解析出後、ポーラスアルミナを溶解除去して、ポーラスアルミナの凹凸構造をNiに転写したネガ型の第二構造物を得る(図7の(ii))。このNiからなるネガ型の第二構造物を、必要に応じて、離型剤を用いて前処理した後、該第二構造物上に光硬化性樹脂のモノマーを注ぎ、例えばガラス基板等の基板を添えて、紫外線照射下モノマーを重合させる。Niからなるネガ型の第二構造物を機械的に除去し(図7の(iii))、ポーラスアルミナの凹凸構造を表面に有するポリマーからなる試料保持面(図7の(iv))を得る。図7の(v)、(vi)は続く上記被覆工程を模式的に示すものである。
【0118】
かかる方法で用いられる、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物の凹凸構造を転写するネガ型の構造物として用いられる物質は、Niに限定されるものではなく、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)等の金属を用いてもよい。
【0119】
また、ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて、上記凹凸構造を表面に転写するポリマーも、特に限定されるものではなく、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4−フッ化エチレン;これらの少なくともひとつを含む共重合体;これらの少なくともひとつを含む混合物;これらの少なくともひとつを含むグラフトポリマー;これらの少なくともひとつを含むブロックポリマー等を用いることができる。
【0120】
ポーラスアルミナの溶解除去に用いられる溶剤としては、アルミニウム及びアルミナを溶解する溶剤であれば、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等を挙げることができる。
【0121】
上述したナノインプリント法では、樹脂に微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物の凹凸構造を転写する方法を示したが、ナノインプリント法により上記第一構造物の凹凸構造を転写して作製する試料保持面の材質は、樹脂に限定されるものでなく、例えば、セラミックス等であってもよい。
【0122】
また、かかるセラミックスとしては、上記(I−3)に記載のものと同様のセラミックスを好適に用いることができる。
【0123】
<リソグラフィー>
リソグラフィーを用いる方法としては、フォトリソグラフィー法、電子線リソグラフィー法、イオンビームリソグラフィー法、ナノインプリントリソグラフィー法、ディプペンナノリソグラフィー法等がある。これらの各リソグラフィー法のうち、電子線リソグラフィー法を用いることがより好ましい。電子線リソグラフィー法を用いれば、一般的な光学リソグラフィーのように、書き込み形状の大きさが光の波長に制限されることがないため、より微細な書き込みを行うことができ、これによって、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することができる。
【0124】
電子線リソグラフィー法では、デバイスの設計図をマスクと呼ばれる金属板に焼き付けて、そのマスクのある部分は光を通し、それ以外の部分は光を通さないというように加工しておく。そして、加工された設計図に光を当てレンズでその光を絞ると設計図のパターンが縮小投影される。ここで、あらかじめデバイスの基盤となる材料には感光剤を塗っておき、その基盤に縮小投影すると、そこに設計図のパターンが焼き付けられる。
【0125】
基盤に塗られる感光剤は、レジストと呼ばれる。レジストには、光を当てることで固化してしまうとか、重合してある溶液に溶けなくなるといった光反応を起こす分子が使われる。パターンの焼き付けられた基板の材料を、それを溶かす溶液に入れると、光の当たったレジストが固まった部分だけが溶け出すことなく、それ以外のところについては溶かし出すことが可能となる。このようにして形成されたレジストのパターンを用いて、さらにエッチングすることで、基板上に微細加工することが可能となる。電子線リソグラフィー法では、一般に電子ビーム描画装置が用いられる。微細構造を作成する精度は、この電子ビーム描画装置の性能に大きく依存する。
【0126】
以上のように、本発明にかかる試料ターゲットを製造する場合、リソグラフィー技術を用いれば試料保持面に各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することができる。
【0127】
従って、本発明の試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含んでいてもよい。
【0128】
(II−3)凹部の径を拡大する工程
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、凹部の径を拡大する工程を含んでいてもよい。
【0129】
かかる工程は、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分がエッチングによって除去可能な材質からなる場合であれば、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法に含めることが好ましい。これにより、理由は明らかではないが、さらにイオン化性能を向上させることが可能となる。
【0130】
図6は、凹部の径を拡大する工程により、金属および/または半導体で被覆されていない部分の凹部の径を拡大する工程により得られる試料保持面を模式的に示す図である。図6は、試料保持面としてポーラスアルミナを用いた場合の、金属および/または半導体で被覆されていない部分の径が拡大された試料保持面を示す。
【0131】
(III)本発明の利用(質量分析装置)
本発明の試料ターゲットは、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの様々な物質の質量分析を行う場合に測定対象となる試料を載置するための言わば試料台として使用することができる。また、上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができるため有用である。
【0132】
そこで、上述の本発明の試料ターゲットを用いてなる質量分析装置についても本発明の範疇に含まれる。上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析装置において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができる。そのため、本発明の質量分析装置は、より具体的には、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによってイオン化して当該試料の分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【0133】
上記レーザー脱離イオン化質量分析装置においては、測定対象となる試料を上述の試料ターゲット上に載置して使用することによって、当該試料に対してレーザー光を照射した場合に試料のイオン化を良好に行うことができる。
【実施例1】
【0134】
本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0135】
〔実施例1〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0136】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0137】
図9に、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射して得られたマススペクトルを示す。観測されているのは、プロトン付加イオン[M+H]+である。
【0138】
後述する〔比較例1〕で、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、Ptを50nmコートした場合のプロトン付加イオン[M+H]+が204カウントであったのに対し、本実施例では、プロトン付加イオン[M+H]+は5203カウントであり、25倍以上の強度であった。
【0139】
本実施例の結果から、試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の方向から斜めに傾けた角度から、金属を蒸着することにより、従来のように試料保持面の凹部の中心線と平行な方向から金属を蒸着する場合と比較して、イオン化性能が顕著に向上することが判る。
【0140】
〔実施例2〕
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を60°とした以外は実施例1と同様にして試料ターゲットを作製した。
【0141】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例1と同様にして、レーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0142】
後述する〔比較例1〕で、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、Ptを50nmコートした場合のプロトン付加イオン[M+H]+が204カウントであったのに対し、本実施例では、プロトン付加イオン[M+H]+は1500カウントであり、7倍以上の強度であった。
【0143】
〔比較例1〕
実施例1と同様にして、細孔周期200nm、細孔径100nm、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを作製し試料保持面に供した。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を0°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面を含む試料保持面の表面全体が被覆されている試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0144】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例1と同様の測定対象を用い、同様の条件でレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0145】
図8に得られたマススペクトルを示す。観測されているのは、プロトン付加イオン[M+H]+である。プロトン付加イオン[M+H]+は204カウントであった。
【0146】
〔実施例3〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、500nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.1Mリン酸水溶液中で、浴温0℃において直流200Vの条件下で4分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、Ptで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。
【0147】
その後得られた試料保持面をリン酸クロム酸混合溶液中でエッチングすることにより、細孔底部を溶解した。
【0148】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。分子量66000のウシ血清アルブミンを5マイクロMになるように50%メタノールに溶解した。得られたウシ血清アルブミンのメタノール溶液0.5マイクロLを、試料ターゲットに、担持させ、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー337nmにより、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0149】
図11のbに得られたマススペクトルを示す。図11のbに示されるようにm/z 66000のイオンを検出することができた。
【0150】
〔比較例2〕
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の中心線の方向と蒸着の方向とがなす角を0°とした以外は実施例3と同様にして試料ターゲットを作製した。
【0151】
次に、得られた試料ターゲットを用いて、実施例3と同様にして、レーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0152】
図11のaに得られたマススペクトルを示す。図11のaに示されるようにm/z 66000のイオンを検出することができなかった。
【0153】
〔実施例4〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で11分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。その後、得られた陽極酸化ポーラスアルミナを10重量%リン酸水溶液に10分間浸漬し、孔径拡大処理を施し細孔径を100nmに調節した。
【0154】
孔径拡大処理を施した陽極酸化ポーラスアルミナに、スパッタリング装置を用いてPtを50nm被覆した後、Ni電解析出を行った。この後、鋳型の陽極酸化ポーラスアルミナを溶解除去することで、表面に規則的な突起配列を有する、Niからなるネガ型の第二構造物を得た。作製した第二構造物上に光硬化性樹脂PAK-02A(東洋合成工業製)の原液を滴下し、紫外線を照射することにより樹脂を硬化した。光硬化性樹脂が完全に重合固化した後に、モールドをポリマー層より剥離することにより、ポリマーホールアレーを得た。
【0155】
上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、Ptで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。細孔深さ/(細孔周期−細孔径)は5であった。
【0156】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射し、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。プロトン付加イオン[M+H]+は2719カウントであった。
【0157】
〔実施例5〕
純度99.99%のアルミニウム板を、過塩素酸、エタノール混合溶液中(体積比 1:4)で電解研磨処理を施した。鏡面化を行ったアルミニウム板の表面に、200nmの周期で突起が規則的に配列した構造を有するSiC製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンの窪みを形成した。かかるテクスチャリング処理を施したアルミニウム板を、0.5Mリン酸水溶液中で、浴温17℃において直流80Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、細孔深さ500nmの陽極酸化ポーラスアルミナを形成した。得られた陽極酸化ポーラスアルミナを試料保持面として用いた。上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている細孔の方向(すなわち、細孔の中心線)と蒸着の方向とがなす角を80°として、イオンビームスパッタ装置を用いて、試料保持面を回転させながら、Ptを50nmコートすることにより、細孔周期200nmのPtで凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が被覆されているとともに、上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在する試料保持面を得た。
【0158】
その後得られた試料保持面をリン酸クロム酸混合溶液中でエッチングすることにより、細孔底部を溶解した。
【0159】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料ターゲットに、5μMのペプチド(アンギオテンシン−I、分子量1295.7)50%メタノール溶液を0.2μL滴下し、乾燥後に、飛行時間型質量分析計Voyager DE−Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、窒素レーザー(波長337nm、パルス幅10nsec、繰り返し周波数20ヘルツ)を、レーザー強度35mJ/cm2にて照射し、リニアモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。プロトン付加イオン[M+H]+は6416カウントであった。
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明の試料ターゲットによれば、レーザー脱離イオン化質量分析法において、マトリックスを用いない場合にも、優れたイオン化の性能、高分子量の物質のイオン化を実現することが可能である。
【0161】
レーザー脱離イオン化質量分析法は、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの質量分析法として、現在幅広い分野で活用されている。本発明の試料ターゲットは、このレーザー脱離イオン化質量分析をより正確かつ安定して実施するために有効な材料であるため、本発明の利用可能性は高いと言える。
【図面の簡単な説明】
【0162】
【図1】凹部の内面の上部が金属で被覆されている試料ターゲットをSEMで観察した結果を示す図である。
【図2】ポーラスアルミナを試料ターゲットに用いた場合の、金属および/または半導体による、試料保持面の表面の被覆を模式的に示す図である。
【図3】凹部が溝である場合の試料ターゲットの溝の形状を示す模式図である。
【図4】凹部が細孔である場合の試料ターゲットの細孔の形状を示す模式図である。
【図5】従来技術を示すものであり、規則的なポーラスアルミナを模式的に示す断面図である。
【図6】金属および/または半導体で被覆されていない部分の凹部の径を拡大する工程により得られる試料保持面を模式的に示す図である。
【図7】ナノインプリント法の工程を含む試料ターゲットの製造方法を模式的に示す図である。
【図8】比較例1において作製された試料ターゲットを用いてアンギオテンシン−Iの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図9】実施例1において作製された試料ターゲットを用いてアンギオテンシン−Iの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図10】ポーラスアルミナからなる試料保持面にPtを蒸着する場合の、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向と蒸着の方向とがなす角θとPtにより被覆される部分とを示す模式図である。
【図11】実施例3及び比較例2において作製された試料ターゲットを用いてウシ血清アルブミンの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【符号の説明】
【0163】
1 金属および/または半導体
101 ポーラスアルミナの層
102 アルミニウム(またはその合金)の層
103 バリアー層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、
隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、
上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、
上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することを特徴とする試料ターゲット。
【請求項2】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることを特徴とする請求項1に記載の試料ターゲット。
【請求項3】
上記複数の凹部は規則的に繰り返し形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の試料ターゲット。
【請求項4】
上記凹部は溝又は細孔であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項5】
上記試料保持面はポーラスアルミナからなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項6】
上記試料保持面は、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項7】
上記第一構造物はポーラスアルミナであることを特徴とする請求項6に記載の試料ターゲット。
【請求項8】
上記試料保持面は、樹脂又はセラミックスを含むことを特徴とする請求項6または7に記載の試料ターゲット。
【請求項9】
上記金属が、白金(Pt)又は金(Au)であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項10】
上記半導体が、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3、又は、これらの2種類以上の混合物、或いはカーボンであることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項11】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、
当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含むことを特徴とする試料ターゲットの製造方法。
【請求項12】
上記被覆工程は、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着することを特徴とする請求項11に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項13】
上記物理蒸着は、スパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、又は、真空蒸着であることを特徴とする請求項12に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項14】
上記被覆工程後に、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、当該部分の凹部の径を拡大する工程を含むことを特徴とする請求項11〜13のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項15】
ポーラスアルミナを試料保持面として用いることを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項16】
上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、
微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、
該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含むことを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項17】
上記第一構造物はポーラスアルミナであることを特徴とする請求項16に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項18】
上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含むことを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項19】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の試料ターゲットを用いることを特徴とする質量分析装置。
【請求項20】
測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることを特徴とする請求項19に記載の質量分析装置。
【請求項1】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、
隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっており、
上記凹部の内面の一部を除く当該試料保持面の表面が、金属および/または半導体で被覆されているとともに、
上記凹部の内面に、金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在することを特徴とする試料ターゲット。
【請求項2】
上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されている部分は、当該凹部の側壁の上端部を含む側壁の上部であり、側壁の上端部と、被覆されている部分の下端との間の距離は、平均で0以上、凹部の幅×1.73以下であることを特徴とする請求項1に記載の試料ターゲット。
【請求項3】
上記複数の凹部は規則的に繰り返し形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の試料ターゲット。
【請求項4】
上記凹部は溝又は細孔であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項5】
上記試料保持面はポーラスアルミナからなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項6】
上記試料保持面は、微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製し、該ネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写した、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項7】
上記第一構造物はポーラスアルミナであることを特徴とする請求項6に記載の試料ターゲット。
【請求項8】
上記試料保持面は、樹脂又はセラミックスを含むことを特徴とする請求項6または7に記載の試料ターゲット。
【請求項9】
上記金属が、白金(Pt)又は金(Au)であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項10】
上記半導体が、Si、Ge、SiC、GaP、GaAs、InP、Si1−XGeX(0<X<1)、SnO2、ZnO、In2O3、又は、これらの2種類以上の混合物、或いはカーボンであることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項11】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析を行うときに、試料を保持するために用いられ、レーザー光の照射を受ける表面に開口する複数の凹部が繰り返し形成された表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、
当該試料保持面の表面を、上記凹部の内面に金属および/または半導体で被覆されていない部分が存在するように、金属および/または半導体で被覆する被覆工程を含むことを特徴とする試料ターゲットの製造方法。
【請求項12】
上記被覆工程は、物理蒸着を用いるとともに、上記試料保持面の表面から厚さ方向に伸びている凹部の中心線または中心面の方向から斜めに傾けた角度から、上記金属および/または半導体を蒸着することを特徴とする請求項11に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項13】
上記物理蒸着は、スパッタリング、熱蒸着、電子ビーム蒸着、又は、真空蒸着であることを特徴とする請求項12に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項14】
上記被覆工程後に、さらに、上記凹部の内面の、金属および/または半導体で被覆されていない部分をエッチング処理して、当該部分の凹部の径を拡大する工程を含むことを特徴とする請求項11〜13のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項15】
ポーラスアルミナを試料保持面として用いることを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項16】
上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、
微細な凹部が繰り返し形成された凹凸構造を有する第一構造物を鋳型に用いて該第一構造物の凹凸構造を転写したネガ型の第二構造物を作製する工程と、
該工程で得られたネガ型の第二構造物を鋳型に用いて上記凹凸構造を転写して、上記第一構造物の凹凸構造と同一の形状の凹凸構造を表面に有する試料保持面を得る工程とを含むことを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項17】
上記第一構造物はポーラスアルミナであることを特徴とする請求項16に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項18】
上記試料保持面の表面を金属および/または半導体で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、各凹部の間隔が1nm以上30μm未満となるように、凹部を繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する工程を含むことを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項19】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の試料ターゲットを用いることを特徴とする質量分析装置。
【請求項20】
測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることを特徴とする請求項19に記載の質量分析装置。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【公開番号】特開2009−236489(P2009−236489A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−78976(P2008−78976)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(506286928)地方独立行政法人 大阪府立病院機構 (13)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(506286928)地方独立行政法人 大阪府立病院機構 (13)
【Fターム(参考)】
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