説明

質量分析用基板および質量分析方法

【課題】高感度な質量分析を行なうことができる質量分析用基板およびそれを用いた質量分析方法を提供する。
【解決手段】レーザーイオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、アニオン種が非炭酸型である層状複水酸化物を有する質量分析用基板および質量分析方法。層状複水酸化物が、下記一般式(1)で表される化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザーイオン化質量分析装置用の質量分析用基板および質量分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
蛋白質や合成高分子等の分子量の大きな化合物の質量分析法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption ionization:MALDI)が広く用いられている。
【0003】
この方法は、測定分子と、マトリックスと呼ばれる比較的低分子量の化合物との混合状態を予め作っておき、その混合物に窒素レーザー(波長:337nm)やYAGレーザー(波長:355nm)等によるレーザーパルスを照射することで、測定分子を非破壊的に脱離、イオン化させることにより、測定分子1分子の質量を測定する方法である。
【0004】
測定分子の分子量が測定可能になる条件としては、先ず測定分子が1分子単位で単離されることと、単離した測定分子がアニオン若しくはカチオンのイオン化されていることである。MALDIが他の質量分析手法に比較して特に高分子量タイプの測定分子の質量分析において優れている理由は、マトリックスと測定分子の混合状態において、測定分子同士が凝集することなくマトリックス中に分散されている状態を形成した後に、レーザーパルスによる脱離、イオン化が行われるため、分子量の大きな測定分子でも、1分子の単位で脱離しやすい点である。従って、測定試料の調整においては、測定分子とマトリックスの両方を溶かす溶剤を用いることが必要である。
【0005】
マトリックス化合物の具体例としては、例えば、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)、9−ニトロアントラセン(9−nitroanthracen)、2,5−ジヒドロキシベンゾイックアッシッド(2,5−dihydroxybenzoic acid(DHB))、α−シアノ−ヒドロキシシンナミックアッシッド(α−cyano−4−hydroxycinnamic acid(CHCA))、または3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシシンナミックアシッド(3,5−dimethoxy−4−hydroxycinnamic acid(sinapinic acid))等の結晶性の低分子化合物を挙げることができる。
【0006】
このように、MALDIプロセスにおいては、上述のマトリックス化合物は以下の作用を有するもとの考えられている。
1)測定分子間の凝集を防ぐための媒体、
2)照射されたレーザーパルスを効率的に吸収して熱エネルギーとすることで自らが脱離する、
3)測定分子に対してイオン化を促進させる。
【0007】
これらの作用のうち、3)においては、測定分子によってはイオン化しにくいものもあり、この場合にはイオン化プロセスは、トリフルオロ酢酸ナトリウム(sodium trifluoroacetate)などの金属塩の添加等により、イオン化が行なわれので、マトリックス自身が必ずしもイオン化を担う必要はない。
【0008】
従って、マトリックスの作用として最も重要なのは、上述の1)、2)である。ところが、測定分子によっては難溶性の化合物もあるが、このような化合物は、マトリックスと測定分子の均一な混合状態が形成しにくいため、レーザーを照射しても測定分子自身が脱離できないか、脱離しても1分子単位での脱離では無いために、分子量を正確に求めることが困難である。
【0009】
一方、MALDIは、核酸や、ペプチド、タンパク質などの生体材料の分析に広く用いられているが、この生体材料においても可溶性は様々である。ペプチドや蛋白質は複数のアミノ酸がアミド結合により結合した分子量の大きな化合物である。このアミノ酸とは中心の炭素原子にアミノ基、カルボキシル基、水素原子及び置換基Rが結合した構造をとるが、その性質は置換基Rにより変わるため、ペプチドや蛋白質も構成されるアミノ酸成分により、性質が様々である。特に、溶解性においては置換基Rが極性の高いものであれば水溶性が上がり、逆にフェニル基(フェニルアラニン)やプロピル基(ロイシン)を含むものの含有量が増えれば、水に対する溶解性は低下する。
【0010】
更に、蛋白質の場合は翻訳後修飾により、糖質や脂質が結合することにより、仮に蛋白質を構成するアミノ酸自体が同一でも、その性質は変化することが知られている。
【0011】
分子量が高いものでも上述のMALDI法を利用することで、溶解性の高いペプチド、アミノ酸の質量分析は多く行われている。
一方で、可溶化剤を用いて水などの溶媒に強制的に溶解(分子分散)させた状態を作ることで、溶解性が低いペプチド、蛋白質を分析する方法がある。例えば、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などは固体状のアニオン型界面活性剤で取り扱いも容易であることから生体分子を可溶化させるために広く使用されている。しかし、質量分析においては、測定分子を1分子の単位で単離した状態にする必要があるものの、このSDSのような可溶化剤が測定分子の脱離、イオン化を阻害することが知られている。
【0012】
SDSのような可溶化剤は、マトリックス化合物により吸収される波長のレーザー光に対して、殆ど感受性を持たない。すなわち、可溶化剤を用いて不溶性蛋白質分子を分析物とする場合、分析物及びマトリックス化合物以外に、レーザー光には殆ど反応しない可溶化剤が、測定分子周囲に多く存在することになる。この場合、レーザー光により励起されたマトリックス化合物分子の内部エネルギーは、マトリックス化合物分子周辺に存在する可溶化剤分子によって、急速に緩和する。そして、溶液相中で、熱的閉じ込め及び応力閉じ込めによるエネルギー蓄積の機構を実現することができず、効率的な測定分子の熱的脱離を妨げる。すなわち、上記MALDIにおいて、可溶化剤は、分析物分子のイオン化を阻害するように作用する。それゆえ、これまでのMALDIでは、可溶化剤を用いた不溶性蛋白質の高感度の質量分析が困難になるという問題点がある。
【0013】
この問題を解決するため、特許文献1には、2種類のレーザー光を有する装置が開示されている。この方法は、マトリックスと可溶化剤のそれぞれに作用するレーザーパルスを照射することで、測定分子の脱離、イオン化を促進させるという発明である。この方法では測定分子の効率的な脱離、イオン化が期待できるものの、特に可溶化剤励起のために自由電子レーザーを用いており、測定装置として大掛かりなものである。そのため、現在広く普及しているMALDI型の質量分析装置で可溶化剤を用いた試料の質量分析が困難であるという課題を解決していない。
【0014】
一方、非特許文献1においてはイオン交換樹脂を担持したシリカゲルを測定分子、マトリックス分子混合物に添加する方法が開示されているが、シリカゲルの形状や粒径による質量スペクトルの依存性がある。また、シリカゲルの場合は、界面活性剤の吸着は、イオン交換樹脂の担持量に依存するが、多くの界面活性剤の吸着には限界がある。更に、シリカゲル自体多孔質体であるため、界面活性剤だけではなく、質量分析装置での検出を目的とする測定分子自体をも吸着する可能性があり、まだ確立された方法には至っていない。
【特許文献1】特開2005−243466号公報
【非特許文献1】Fukuzawaら、Analytical Chemistry,vol.77,5750−5754(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、レーザーイオン化質量分析において、高感度な質量分析を行なうことができる質量分析用基板および質量分析方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述の課題に鑑み鋭意検討した結果、可溶化剤として用いられているSDSのようなアニオン型界面活性剤を選択的に吸収する層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide)に着目し、質量分子測定試料中のアニオン性可溶化剤の影響を極力抑制しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
上記の課題を解決する質量分析用基板は、レーザーイオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、アニオン種が非炭酸型である層状複水酸化物を有することを特徴とする。
【0018】
また、上記の課題を解決する質量分析方法は、上記の質量分析用基板上に試料を載置してレーザーを照射する工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、アニオン性界面活性剤が含有されている質量分析用の分析試料において、アニオン種が炭酸イオン以外の層状複水酸化物を作用させることで、アニオン性界面活性剤の影響を排除し、高感度な質量分析を行なうことができる質量分析用基板および質量分析方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る質量分析用基板は、レーザーイオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、アニオン種が非炭酸型である層状複水酸化物を有することを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る質量分析方法は、上記の質量分析用基板上に試料を載置してレーザーを照射する工程を有することを特徴とする。
本発明において、質量分析用基板上における試料調整において、少なくともSDS等のアニオン性界面活性剤と、測定試料分子とを含有した溶液に、アニオン種が非炭酸型である層状複水酸化物を作用させることを特徴としている。
【0022】
前記層状複水酸化物が、下記一般式(1)で表される化合物が料好ましい。
【0023】
【化1】

【0024】
(式中、M2+はMg2+,Mn2+,Ni2+,Zn2+から選ばれる金属の2価カチオンを示す。M3+はAl3+,Cr3+,Fe3+,Co3+から選ばれる金属の3価カチオンを示す。An−はOH、Cl、F、I、Br、NO,SO2‐から選ばれるアニオンを示す。Xは0.2以上0.33以下の数値を示す。nはアニオンの負電荷を示す価数である。)
また、前記層状複水酸化物のアニオン種Aが、よう素アニオンもしくは硝酸イオンであることが好ましい。
【0025】
前記層状複水酸化物が波長300nm以上400nm以下の紫外線を吸収することが好ましい。
前記試料に、分子量が500以下のアニオン性界面活性剤を含有させてレーザーを照射することが好ましい。
【0026】
本発明において、前記層状複水酸化物は層状構造からなり、該層状構造は、下記一般式(1)で表される化合物
【0027】
【化2】

【0028】
が層状に配置して形成されている。2価の金属水酸化物層に3価の金属イオンがランダムに置換固溶化しており、M3+の置換量に依存して層の正電荷量が決まる。この正電荷を層間アニオンが中和し、アニオンが占めた残りのスペースはHOが満たしている。
【0029】
層状複水酸化物と酸成分(アニオン種)が作用すると、アニオン種が、正電荷を帯びている層状複水酸化物のカチオン層との静電的な相互作用のために、層状複水酸化物のカチオン層間へ取り込まれる。
【0030】
層状複水酸化物によるアニオン種の取り込み作用を応用した例として、ハイドロタルサイト(Hydrotalcite)(M2+=Mg2+、M3+=Al3+、A2−−=CO2−)を医薬用制酸剤や電子写真装置の放電プロセスで生成する酸成分の吸着剤として電子写真トナーへの添加剤として応用した例が知られている。また、最近では環境浄化を目的とした亜ヒ酸やセレン酸の吸着剤への応用が期待されている。しかしながら、界面活性剤のような分子サイズが無機酸類に比べて大きくなる化合物の場合は、層状複水酸化物の層間への取り込みは、必ずしも容易ではなく、特に層状複水酸化物のアニオン成分:Aに依存する。特に、天然に存在し、層状複水酸化物として最も一般的な化合物は、ハイドロタルサイト(Hydrotalcite)やパイロオーライト(Pyroaurite)のようなアニオン種が炭酸である化合物であるが、このアニオン種が炭酸である場合には、例え層状複水酸化物にアニオン性界面活性剤を作用させても、層状複水酸化物層間に界面活性剤を取り込むことができない。
【0031】
本発明者らは、質量分析において、蛋白質の可溶化剤であるアニオン性界面活性剤の影響を除去する目的のためには、層状複水酸化物のアニオン種として炭酸以外の化合物を用いる必要があることを見出した。
【0032】
層状複水酸化物は、可溶化剤であるアニオン性界面活性剤の影響を除くために用いる。層状複水酸化物のうち、金属イオン(M)の種類により光学的特性が変わる。本発明においては、300nm以上400nm以下の紫外線域に、より好ましくは330nm以上360nm以下の紫外線域に層状複水酸化物自身が吸収を有するものがよい。具体的には、M2+がMn2+,Ni2+,Zn2+であり、M3+はAl3+,Fe3+である。またこれらの金属の比率に関わる比率Xは、層状複水酸化物の合成の際に用いる原料の比率でコントロールすることが可能である。
【0033】
アニオン性界面活性剤の取り込みは、層状複水酸化物のカチオン層の電荷がドライビングフォースになると考えられるため、Xの値としては0.2から0.33、好ましくは0.25から0.33、より好ましくは0.3から0.33である。このうように、層状複水酸化物の場合は、一枚の層の電荷的な欠陥が非常に多くあることから、イオン性界面活性剤を表に効率よく吸着できる。
【0034】
またアニオン種類An−については、OH、Cl、F、I、Br、NO3−,SO42−等を挙げることができるが、アニオン性界面活性剤との交換反応の観点から、好ましくはF、I、Br、NOであり、より好ましくはI、NOである。
【0035】
層状複水酸化物の合成法には、共沈法、均一沈殿法、水熱合成法、イオン交換法等が知られている。特に本発明に用いる層状複水酸化物の合成としては、共沈法若しくはイオン交換法が好ましい。
【0036】
共沈法は、目的とする層状複水酸化物の金属成分、M2+の塩の水溶液と、M3+の塩の水溶液をアルカリ条件下で沈殿させること方法である。ことのとき、これらの金属塩のアニオンは、目的とする層状複水酸化物のアニオン種(例えば、IやNOなど)を用いることになる。また、イオン交換法は、一旦、目的とする金属イオンを用いて炭酸型層状複水酸化物を合成した後に、アニオン種を目的とするものと変換する手法である。
【0037】
また、層状複水酸化物は合成方法により、その結晶の大きさが異なる。例えば尿素を用いた均一沈殿法では、比較的粒径の大きい結晶を作ることが可能となる。層状複水酸化物の結晶の形態としては燐片状である。本発明において、層状複水酸化物の結晶の大きさとは、この燐片状の厚さ方向ではなく面内方向の直径を指す。本発明においては、大きな粒径である必要はなく寧ろ、アニオン性界面活性剤が層状複水酸化物の層間に入ることを鑑みると、粒径は小さいほうがよく、200nm以下、より好ましくは100nm以下がよい。従って、共沈法、若しくはイオン交換法を好適に用いることが出来る。
【0038】
また、実際の質量分析においては、層状複水酸化物とアニオン型界面活性剤を含有する測定試料とが接触すると、界面活性剤が層状複水酸化物の層間へ取り込まれる。接触方法としては、予め質量分析用基板上に、層状複水酸化物の微結晶を固定化しておく方法や、アニオン性界面活性剤を含む測定試料溶液中に、層状複水酸化物の微結晶を分散させる方法がある。基板に固定する場合、層状複水酸化物の結晶の形態から考えると、基板が全く平坦である場合には、層状複水酸化物の燐片状の結晶は基板面に張り付くように固定される。従って、より効果的なアニオン性界面活性剤の吸着を鑑みた場合には、燐片状の結晶が基板面に対して立っている状態が好ましい。この形態を実現するには、層状複水酸化物を固定する基板として、層状複水酸化物の結晶と同程度の大きさの凹凸を持つ基板がよい。
【0039】
また、層状複水酸化物体は層構造を有する結晶性の化合物であるが、シリカゲルのような多孔質体ではなく、分子量が1000以下の界面活性剤程度の比較的分子量の小さい化合物しか取り込めない。このことは、質量分析においては、検出を目的とするタンパクやペプチドといった分子量の大きい分子を層状複水酸化物層間には取り込まず、シリカゲルのような検出を目的とする測定分子自体を固定化する問題はない。
【0040】
アニオン性界面活性剤を含有する測定試料中には、測定を目的とする試料、測定試料の可溶化剤であるアニオン性界面活性剤のほかMALDI‐TOF MSにおいて脱離、イオン化を促進する目的で、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)、9−ニトロアントラセン(9−nitroanthracen)、2,5−ジヒドロキシベンゾイックアッシッド(2,5−dihydroxybenzoic acid(DHB))、α−シアノ−ヒドロキシシンナミックアッシッド(α−cyano−4−hydroxycinnamic acid(CHCA))、または3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシシンナミックアシッド(3,5−dimethoxy−4−hydroxycinnamic acid(sinapinic acid))等の従来公知のマトリックス分子を添加することが可能である。本発明においては、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)若しくは9−ニトロアントラセン(9−nitroanthracene)を好適に用いることができる。
【0041】
更に、本発明ではイオン化促進剤としてトリフルオロ酢酸の金属塩(金属はLi、Na、K、Ag)などの金属塩を添加することが可能である。
測定試料溶液の溶剤としては、水、アセトニトリル、メタノール、エタノール、プロパルノール、テトラヒドロフラン等の従来、MALDI−TOF MSの測定用試料調整に用いられている溶媒を用いることが可能である。
【0042】
本発明においては、これらの溶媒以外に、ジメチルホルムアミド(DMF)を用いることで、より効率的なアニオン性界面活性剤の取り込みがおこることを見出した。その作用メカニズムついては必ずしも明白ではないが、DMFを添加することで、層状複水酸化物のカチオン層の間がある程度膨潤し、比較的分子サイズの大きいアニオン性界面活性剤が取り込まれ易くなった可能性を挙げることができる。
【0043】
また、層状複水酸化物を固定化する基板としては、ある程度の導電性があるものが好ましく、ステンレス、アルミニウムの他、金や白金等の金属、或いはシリコンウエハーやチタニアのような半導体を用いることが可能となる。
【0044】
また、アニオン性界面活性剤としては、アルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルアミド硫酸塩、アルキルリン酸塩、アルキルアミドリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩、アルキロイルアルキルタウリン塩、N−長鎖アシルアミノ酸塩等が挙げられ、スルホコハク酸塩としては、オレイン酸アミドスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンスルホコハク酸塩、スルホコハク酸アルキル塩、スルホコハク酸ポリオキシエチレンアルキロイルエタノールアミド塩等の従来公知のものを用いることが可能であるが、取り扱いの容易性や、層状複水酸化物への取り込みやすさ、水溶性を考慮すると分子量が500以下のものが好ましい。具体的には、アルキル硫酸塩のうちアルキル鎖の炭素数が8から16程度で、金属がLi、Na、Kのアルカリ金属である化合物が好ましい。
【0045】
本発明の質量分析方法に用いることができる試料は、膜蛋白質、膜蛋白質の膜中ドメインペプチド鎖等の脂溶性化合物、合成高分子が挙げられる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明する。
<合成例1>
以下の手法に従い、2価金属:、M2+=Mg2+、3価金属:M3+=Al3+、アニオン種:NOである硝酸型のMg/Al系層状複水酸化物を合成した。
【0047】
硝酸マグネシウム六水和物及び硝酸アルミニウム六水和物(共にキシダ化学製、特級)をマグネシウム:アルミニウムのモル比が2:1になるように重量を調整し、これらを窒素バブリングさせながら、純水に溶解させた。このとき、金属イオンの総量が1mol/dmになるように調整する。得た混合液450cmを、窒素バブリングさせながら0.5mol/dm硝酸ナトリウム水溶液200cmに滴下し加えた。このとき、溶液のpHが約10に保たれるように3mol/dm水酸化ナトリウム水溶液も同時に滴下した。一時間ほど掛けて全ての混合溶液を加えた後、20度、18時間攪拌し、沈殿物としてAl−Mn型層状複水酸化物を得た。得たAl−Mn型層状複水酸化物を50℃の窒素条件下にて乾燥した。
【0048】
生成物を酸性水溶液中にて溶解し、ICP組成分析を行った結果、この複水酸化物はおおよそ[Mg2+0.67Al3+0.33(OH)0.33+[NO0.33−である。
【0049】
図1は、合成例1で得られたMg−Alの硝酸型層状複水酸化物の粉末X線回折を示す図である。図1の粉末のX線回折分析の結果、基本面間隔が約0.89nm(8.9Å)の層状物質であることから、層間のアニオン種は硝酸イオンであることが明らかとなった。また、SEMによる観察の結果、生成物は板状の形態をしており、その径がおおよそ20から300nmの結晶が多く観察された。
【0050】
<合成例2>
以下の手法に従い、2価金属:、M2+=Mn2+、3価金属:M3+=Al3+、アニオン種:NOである硝酸型のMn/Al系層状複水酸化物を合成した。
【0051】
硝酸マンガン六水和物及び硝酸アルミニウム六水和物(共にキシダ化学製、特級)をニッケル:マンガンのモル比が2:1になるように重量を調整し、これらを窒素バブリングさせながら、純水に溶解させた。このとき、金属イオンの総量が1mol/dmになるように調整する。得た混合液450cmを、窒素バブリングさせながら0.5mol/dm硝酸ナトリウム水溶液200cmに滴下し加えた。このとき、溶液のpHが約10に保たれるように3mol/dm水酸化ナトリウム水溶液も同時に滴下した。一時間ほど掛けて全ての混合溶液を加えた後、20度、18時間攪拌し、沈殿物としてAl−Mn型層状複水酸化物を得た。得たAl−Mn型層状複水酸化物を50℃の窒素条件下にて乾燥した。
【0052】
生成物を酸性水溶液中にて溶解し、ICP組成分析を行った結果、この複水酸化物はおおよそ[Mn2+0.67Al3+0.33(OH)0.33+[NO0.33−である。
【0053】
図2は、合成例2で得られたMn−Alの硝酸型層状複水酸化物の粉末X線回折を示す図である。図2の粉末のX線回折分析の結果、基本面間隔が約0.89nm(8.9Å)の層状物質であることから、層間のアニオン種は硝酸イオンであることが明らかとなった。また、SEMによる観察の結果、生成物は板状の形態をしており、その径がおおよそ150から200nmの結晶が多く観察された。
【0054】
<実施例1>
合成例1で得られた硝酸型のMg/Al系層状複水酸化物:0.1gをエタノール1gへ添加し、超音波洗浄器にて超音波を3分照射して分散した。この分散液を、ステンレス製の質量分析基板の上に3μL滴下して溶剤を乾燥させた。
【0055】
次いで、2wt%の濃度となるようにドデシル硫酸ナトリウムを溶解した水溶液を用いて、アンジオテンシン(分子量:1300)が10nmol/Lの濃度になるように測定試料溶液を調整した。この溶液を、層状複水酸化物分散液を滴下・乾燥した部分に1μL滴下し、乾燥した。
【0056】
さらに、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)のエタノール溶液(5wt%)を層状複水酸化物−測定試料の上に滴下、乾燥させた。
この試料基板を、MALDI−TOF型質量分析装置(REFLEX−III、ブルカー・ダルトンクス製)に装着し、カチオン検出モードにて測定を行った。図3は分子量約1300のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す図である。
【0057】
<比較例1>
ステンレス製の質量分析基板の上に2wt%の濃度となるようにドデシル硫酸ナトリウムを溶解した水溶液を用いて、分子量約1300g/molのペプチドが10nmol/Lの濃度になるように測定試料溶液を調整した。この溶液を、層状複水酸化物分散液を滴下・乾燥した部分に1μL滴下した、乾燥した。
【0058】
さらに、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)のエタノール溶液(5wt%)を層状複水酸化物−測定試料の上に滴下、乾燥させた。
この試料基板を、MALDI−TOF型質量分析装置(REFLEX−III、ブルカー・ダルトンクス製)に装着し、カチオン検出モードにて測定を行った。図3に分子量約1300のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す。
【0059】
<実施例2>
合成例1で得られた硝酸型のMn/Al系層状複水酸化物:0.1gをエタノール1gへ添加し、超音波洗浄器にて超音波を3分照射して分散した。この分散液を、ステンレス製の質量分析基板の上に3μL滴下して溶剤を乾燥させた。
【0060】
次いで、2wt%の濃度となるようにドデシル硫酸ナトリウムを溶解した水溶液を用いて、分子量が約1760g/molのペプチドを10nmol/Lの濃度になるように調整した測定試料溶液を準備した。この溶液を、層状複水酸化物分散液を滴下・乾燥した部分に1μL滴下した、乾燥した。
【0061】
さらに、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)のエタノール溶液(5wt%)を層状複水酸化物−測定試料の上に滴下し、乾燥させた。
この試料基板を、MALDI−TOF型質量分析装置(REFLEX−III、ブルカー・ダルトニクス製)に装着し、カチオン検出モードにて測定を行った。図4は分子量約1760のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す図である。
【0062】
<比較例2>
ステンレス製の質量分析基板の上に2wt%の濃度となるようにドデシル硫酸ナトリウムを溶解した水溶液を用いて、分子量が約1760g/molのペプチドを10nmol/Lの濃度になるように調整した測定試料溶液を準備した。この溶液を、層状複水酸化物分散液を滴下・乾燥した部分に1μL滴下した、乾燥した。
さらに、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)のエタノール溶液(5wt%)を1μLとり層状複水酸化物−測定試料の上に滴下、乾燥させた。
【0063】
この試料基板を、MALDI−TOF型質量分析装置(REFLEX−III、ブルカー・ダルトンクス製)に装着し、カチオン検出モードにて測定を行った。図4に分子量約1760のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す。
【0064】
<参考例>
分子量が約1760g/molのペプチドを10nmol/Lの濃度になるように調整した測定試料水溶液を準備した。この溶液を、ステンレス製の質量分析基板の上に1μL滴下した、乾燥した。
【0065】
さらに、1,8,9−トリヒドロキシアントラセン(1,8,9−trihydroxyanthracene)のエタノール溶液(5wt%)を層状複水酸化物−測定試料の上に、1μL滴下・乾燥させた。
【0066】
この試料基板を、MALDI−TOF型質量分析装置(REFLEX−III、ブルカー・ダルトンクス製)に装着し、カチオン検出モードにて測定を行った。図4に分子量約1760のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す。
【0067】
図3及び図4に示すMALDI−TOF MSの測定スペクトルから明らかなように、アニオン性界面活性剤(SDS)による信号強度の低下は、非炭酸型層状複水酸化物により大きく回復することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の質量分析用基板は、アニオン性界面活性剤が含有されている質量分析用の分析試料において、アニオン種が炭酸イオン以外の層状複水酸化物を作用させることで、アニオン性界面活性剤の影響を排除し、高感度な質量分析を行なうことができるので、質量分析に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】合成例1で得られたMg−Alの硝酸型層状複水酸化物の粉末X線回折を示す図である。
【図2】合成例2で得られたMn−Alの硝酸型層状複水酸化物の粉末X線回折を示す図である。
【図3】分子量約1300のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す図である。
【図4】分子量約1760のペプチド種のMALDI−TOF MSの測定スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザーイオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、アニオン種が非炭酸型である層状複水酸化物を有することを特徴とする質量分析用基板。
【請求項2】
前記層状複水酸化物が、下記一般式(1)で表される化合物であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析用基板。
【化1】

(式中、M2+はMg2+,Mn2+,Ni2+,Zn2+から選ばれる金属の2価カチオンを示す。M3+はAl3+,Cr3+,Fe3+,Co3+から選ばれる金属の3価カチオンを示す。An−はOH、Cl、F、I、Br、NO,SO2‐から選ばれるアニオンを示す。Xは0.2以上0.33以下の数値を示す。nはアニオンの負電荷を示す価数である。)
【請求項3】
前記層状複水酸化物のアニオン種が、よう素アニオンもしくは硝酸イオンであることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析用基板。
【請求項4】
前記層状複水酸化物が波長300nm以上400nm以下の紫外線を吸収することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の質量分析用基板。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の質量分析用基板上に試料を載置してレーザーを照射する工程を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項6】
前記試料に、分子量が500以下のアニオン性界面活性剤を含有させてレーザーを照射することを特徴とする請求項5に記載の質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−264910(P2009−264910A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114482(P2008−114482)
【出願日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】