質量分析用基板及びその製造方法並びに質量分析法
【課題】レーザー脱離イオン化質量分析において効率良く分析対象の試料を脱離化及びイオン化処理でき、かつ、低分子量域において分解物等に由来する妨害ピークの発生の少ない質量分析用基板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板であり、また、上記金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて、金属酸化物を含んだ金属酸化物層を形成して質量分析用基板を得る。
【解決手段】レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板であり、また、上記金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて、金属酸化物を含んだ金属酸化物層を形成して質量分析用基板を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザー脱離イオン化質量分析(LDI-MS)法において分析対象の試料を支持するための質量分析用基板及びその製造方法並びにこの質量分析用基板を用いた質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析(MS)は、測定(分析)対象の試料分子(タンパク質、ペプチド、多糖類といった生体関連の天然高分子化合物や合成高分子化合物)をイオン化して質量別に分離し、分子量の測定、および解離生成物(フラグメントイオン)による構造解析を可能とする分析法である。この方法では、試料分子をイオン化し、質量(m)とそのイオンの価数(z)の商(m/z)の差により分離・検出が行われる。質量分析は検出感度や選択性が高く、生体関連物質、環境規制物質、そして薬物の分析など、多くの分野で利用されている。ここで、イオン化とは、試料分子から電子を奪いイオンの状態にすることであり、その方法の一つとして測定対象物質へレーザーを照射しイオン化するレーザー脱離イオン化(Laser Desorption/Ionization,LDI)法が挙げられる。LDI法によりイオン化されたイオンは、飛行時間型(Time-of-Flight,TOF)等の質量分離部を通ることによってm/zの差で分離され、検出器で観測される。また、検出された時の分子イオン濃度によってピークに強度が現れる。得られたマススペクトルを解析することで測定対象とする試料分子の構造解析が行える(LDI-MS)。
【0003】
LDI−MSは、レーザーを試料分子へ照射し、気化とイオン化を引き起こすが、試料分子の種類によっては著しく分解する傾向があり、効率的なイオン化ができないといった課題がある。この点を解決するため、一般にはレーザー光を吸収する媒体上に試料を塗布するか、試料分子をイオン化補助剤(マトリックス)に混合してレーザーを照射し、ソフトにイオン化(分子の分解を抑えたイオン化)する方法が用いられている。その代表的な方法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS:Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization-Mass Spectrometry)がある(非特許文献1及び2参照)。このMALDI−MSは、レーザー光のエネルギーを吸収しやすいマトリックスに混合した試料分子を基板上に配置し、レーザーを照射するMS法である。レーザー光を効率よく吸収したマトリックスと試料分子は、ほぼ同時に気化及びイオン化され、イオン化したマトリックスとの電子の授受によって、試料分子はほとんど分解せずにイオン化することができるとされている。
【0004】
ところが、MALDI−MSによる測定に際しては、適当なマトリックスを選定して試料と混合する手間を要し、また、低分子量領域においてマトリックス由来のバックグラウンドイオンが生じるため、得られたマススペクトルの解析が困難になる場合がある。そこで、マトリックスを用いないLDI法が報告されている(特許文献1〜4及び非特許文献3参照)。これらの方法は、マトリックス由来の複雑なピークを排除することができ、表面支援レーザー脱離イオン化(Surface Assisted Laser Desorption/Ionization:SALDI)法と呼ばれている。
【0005】
具体的には、上記特許文献1及び非特許文献3の方法では、多孔性の表面を有するシリコン基板の表面に電気化学的酸化処理を施すことで、サブミクロンオーダーの多孔質層を備えたポーラスシリコンプレートを得て、この基板上に、試料を配置してレーザー光を照射することで試料をソフトにイオン化することができる。通常、この方法は、DIOS(Desorption/Ionization On (porous) Silicon:DIOS)法と呼ばれる。しかしながら、DIOS法で使用されるシリコン基板は表面が酸化されることで経時による検出感度の低下が起こるため、使用できる時間に制限があるといった実用上の問題がある。
【0006】
また、上記特許文献2の方法は、ワイヤ状の金属からなるワイヤ状金属層、樹枝状の金属からなる樹枝状金属層、又は花弁状の金属酸化物からなる花弁状金属酸化物層を有した基板を用いる方法であり、試料を付着させてレーザー光を照射することで、試料をソフトにイオン化することができる。しかしながら、この方法は上記のような質量分析用基板の作成に多数の工程を必要とするため、分析用基板が高価になるという問題がある。
【0007】
一方、上記特許文献3の方法は、TiO2、ZnO、SnO2、ZrO2等の金属酸化物からなる膜又はこれら金属酸化物微粒子を備えた基板を用いるものであり、特にTiO2は化学的に安定であり、製造上容易であることから、ゾル−ゲル法によって得られたTiO2膜を有した基板を用いた質量分析結果が報告されている。ところが、TiO2は光触媒作用を有することから試料が分解してしまうおそれがある。また、上記特許文献4の方法は、ナノサイズの金属又は金属酸化物粒子を備えた基板を用いるものであり、試料分子を吸着し、レーザーを照射することで試料をソフトにイオン化することができる。この方法では、分子量が1000以下のマトリックスから生ずる妨害ピークを著しく低減させられるため、低分子量の試料分子の測定が可能である。
【特許文献1】米国特許第6288390号公報
【特許文献2】特開2008−107209号公報
【特許文献3】米国特許第7122792号公報
【特許文献4】特開2008−204654号公報
【非特許文献1】Karas, M.;Hillenkamp, F. Anal. Chem. 1988, 60, 2299.
【非特許文献2】Tanaka, K.;Eaki, H.;Ido, Y.:Akita, S.;Yoshida, Y.;Yoshida, T. Rapid Commun. Mass Spectrom. 1988, 2, 151.
【非特許文献3】Wei, J.;Buriak, J.;Siuzdak, G. Nature 1999, 401, 243.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような状況のもと、近年、生体試料や高分子試料の定性・定量分析における質量分析の適用は益々拡大しており、これに伴ってマトリックスフリーなイオン化法を更に高性能化、特にイオン化効率の向上が強く求められている。そこで、本発明者等は、マトリックスを用いることなく、高分子量の質量分析用測定対象分子を更に効率良く脱離及びイオン化処理でき、尚且つ低分子量領域において分解物等に由来する複雑なピークの発生が少ない質量分析手段について鋭意検討した。その結果、驚くべきことには、特定の金属酸化物からなる金属酸化物層を備えた基板によれば、従来の方法では分析が困難であった試料においても高い分解能で精度よく分析できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
したがって、本発明の目的は、レーザー脱離イオン化質量分析において効率良く分析対象の試料を脱離及びイオン化処理でき、尚且つ、低分子量領域において分解物等に由来する妨害ピークの発生が少ない質量分析用基板を提供することにある。
【0010】
また、本発明の別の目的は、上記のような性能を有する質量分析用基板の製造方法を提供することにある。
【0011】
更に、本発明の別の目的は、分析対象の試料を高精度で、かつ簡単に分析することができる質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板である。
【0013】
また、本発明は、レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板の製造方法であって、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて金属酸化物層を形成することを特徴とする質量分析用基板の製造方法である。
【0014】
更に、本発明は、上記質量分析用基板を用いて行うことを特徴とする質量分析法である。
【0015】
本発明の質量分析用基板は、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備える。金属酸化物層を基材上に形成する手段については特に制限されないが、好ましくは金属酸化物を溶剤に分散させて分散液を得て、この分散液を基材に塗布し、溶剤を乾燥させて形成するのがよい。以下、金属酸化物を含んだ分散液を基材に塗布して金属酸化物層を得る方法について説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0016】
金属酸化物を含んだ分散液を基材に塗布して金属酸化物層を得る場合、金属酸化物層を形成する金属酸化物は、少なくとも一部が凝集体として基材に固定化されると考えられる。この際、金属酸化物層における金属酸化物のBET値が0.1m2/g以上、好ましくは1〜1000m2/gの比表面積を有するようにするのがよい。固定化された金属酸化物のBET値が0.1m2/g未満であると、金属酸化物の粒子サイズ(凝集体サイズ)が大きくなりすぎて、試料は効率良くイオン化せずにフラグメント化しやすくなる。BET値が1〜1000m2/gの範囲であればより高い分解能で分析を行うことができる。金属酸化物層における金属酸化物の比表面積と質量分析時における検出感度との関係については十分に解明されていないが、上記範囲のBET値を有することで分析対象の試料である測定分子同士がある程度の距離を保つことができて効率良く脱離及びイオン化されるものと推測される。
【0017】
分散液中の金属酸化物については、1nm〜1000nmの粒子径を有するものがよく、好ましくは5nm〜700nmの粒子径を有するものがよい。粒子径が1nm以下の場合、分散液を基材に塗布して金属酸化物層を形成する際、粒子間相互作用の影響が強くなり分散液の分散安定性に問題が生じるおそれがある。反対に粒子径が1000nm以上の場合、得られた金属酸化物層では分析対象の試料が効率良くイオン化できず、フラグメント化が起こるおそれがある。
【0018】
また、金属酸化物の形状については、例えば球状、針状、多角面体、無定形等のような様々な形状を有するものであってよいが、好ましくは球状、針状又は無定形であるものがよく、分析対象の試料の検出感度が一層向上する観点から、より好ましくは、少なくとも一部がアスペクト比を有するような針状形状であるものがよい。このような針状形状を有する金属酸化物として、α型のFe2O3を好適な例として挙げることができる。
【0019】
金属酸化物を含んだ分散液を得る場合の溶剤については、揮発性溶媒であり、かつ、金属酸化物を安定に分散させることができるものであれば特に制限はないが、例えば水のほか、メタノール、エタノール、プロパノール、2−プロパノール、ブタノールなどのアルコール類、アセトン、2−ブタノン、アセチルアセトンなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、ヘキサン、石油エーテルなどの脂肪族系炭化水素類、クロロホルム、塩化メチレン、クロロベンゼンなどの脂肪族系及び芳香族系ハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエンなどの芳香族系炭化水素類等を挙げることができ、これらを単独又は2種以上を混合して用いることができる。分散液における溶剤の使用量については、金属酸化物を分散させて最終的に得られる分散液の粘性が基材に塗布又は印刷する際に適したものとなるように調製するのがよく、好ましくは分散液の粘度が2〜10000cps(E型粘度計:20℃)の範囲内に収まるように調製することが適当である。なお、本発明においては、分析対象の試料以外のピークが出現することを防止する観点から、分散液が金属酸化物及び溶剤のみからなるようにすることが望ましい。しかし、分析対象となる試料の分析に大きな影響を及ぼさない程度に粒子表面に界面活性剤、高分子、シランカップリング剤等を用いる場合がある。
【0020】
また、分散液を得る際には、溶剤中に金属酸化物を加えながら分散させてもよく、無論、金属酸化物及び溶剤の2成分を同時に混合し、分散させるように調製してもよい。これらの分散操作は、常法によればよく、例えば通常の攪拌操作のほか、ペイントシェーカー、ボールミル、サンドミル、セントリミル、三本ロール等を用いて行うことができる。好ましくは、溶剤中に金属酸化物と共にガラスビーズ、ジルコンビーズ、ジルコニアビーズ、スチールボール等の分散ビーズを入れて練合するのがよい。
【0021】
分散液を基材に塗布する手段については特に制限はなく、公知の方法を採用できる。例えば刷毛塗り、ロール塗り、グラビアコーター、ナイフコーター、ロールコーター、コンマコーター、スピンコーター、バーコーター、ディッピング塗布、スプレー塗布等の方法のほか、グラビア印刷、オフセット印刷、スクリーン印刷、シルク印刷、インクジェット印刷等の印刷法を用いてもよい。また、基材への塗布(又は印刷)は、分析対象の試料を付着させる部分を選択して行ってもよい。分散液を基材に塗布した後は、乾燥させて(必要に応じて加熱して)溶剤を蒸発させ、金属酸化物層を得るようにする。図1は得られた質量分析用基板の一実施態様を示す模式図であり、基材1の表面に金属酸化物層2が形成される。この例では、分散液を所定のパターンで基材1上に印刷して塗布し、塗布された分散液は溶剤が蒸発して金属酸化物の凝集体として基材1に固定化されて金属酸化物層2を形成する。勿論、分散液を基材1の表面全体に塗布し、金属酸化物層2を形成してもよい。
【0022】
また、本発明の質量分析用基板に用いる基材については、質量分析の手法上、導電性を備えるものであれば特に制限はなく、例えば不純物半導体であるシリコン(n型、p型)や金属等からなる基材を挙げることができる。一般に、熱伝導率が小さい材質からなる基材を使用するとレーザーからのエネルギーが分析用基板に散逸し難いことから、比較的低いレーザーエネルギーで試料を分析することができ、分析対象の試料の破壊を抑えることができる点で好都合である。
【0023】
本発明の質量分析用基板を用いた質量分析は、一般的な方法で行うことができる。例えば分析対象の試料を揮発性の溶媒に溶解させ、適量を本発明の質量分析用基板に滴下、塗布、印刷等により付着させて質量分析を行うことができる。ここで、試料を溶解する溶媒としては、先に説明した金属酸化物の分散液を得る際に用いられる溶媒と同様なものを例示することができる。また、分析対象の試料は、金属酸化物の分散液と一緒に混合して基材上に塗布することで、質量分析用基板を得ると同時に分析対象の試料を付着させるようにしてもよい。
【0024】
また、試料を付着した質量分析用基板は、公知の質量分析装置を用いて分析することができる。分析条件については、適宜設定して行うことができるが、例えば照射するレーザーとしては、3〜10ns程度のパルスレーザー光(波長:337nm、520nm、又は1020nm等)を照射することで、レーザー光が金属酸化物層に吸収されて急激な温度上昇が起こり、金属酸化物層に付着した分析対象の試料(測定分子)がソフトにイオン化される。生じたイオンは、例えば飛行時間型、四重極型、イオントラップ型、セクター型、フーリエ変換型、又はこれらの複合型等からなる質量分離部の作用によりm/zの差で分離され、検出器で観測される。その結果、各m/zに相当する分子イオンピークから対象とする分子の構造解析や質量の算出が行える。
【0025】
本発明の質量分析用基板は、種々の高分子を分析するのに用いることができ、例えばタンパク質、合成高分子等の分析に適している。特に本発明の質量分析用基板を用いれば、質量分析における検出感度が向上するため、アンジオテンシンI、アンジオテンシンII、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレングリコール、ペラパミル塩酸塩、テストステロン、パーフルオロオクタニルスルホン酸、インスリン(ヒト)等の分析に好適であり、なかでも、従来検出が不可能であった分子や、検出が困難であったポリビニルアルコールやポリアクリル酸等の高分子化合物についても質量分析が可能になる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の質量分析用基板によれば、効率良く分析対象の試料を脱離、イオン化でき、高い分解能での分析が可能になる。また、分子量分布の大きい高分子化合物などの質量分析が簡便かつ高精度に行えると共に、低分子化合物の部分構造解析、モル分布、分子量分布などの測定にも利用できる。また、従来の分析用基板では検出が不可能又は困難であったような試料の分析も可能である。加えて、本発明の質量分析用基板は比較的穏やかな条件で試料をイオン化することができ、かつ開封後も変質しにくいため、長期に亘って信頼性良く使用することができる。更には、本発明の方法によれば、これらの性能を備えた質量分析用基板を簡便に得ることができ、大面積化も容易であるため安価に質量分析用基板を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、実施例及び比較例に基づき、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例の内容に限定されるものではない。なお、実施例及び比較例中で用いる部は、特に断りのない限り重量部を表す。
【実施例】
【0028】
[実施例1]
エタノール溶液100部、市販の球状α-Fe2O3粉末0.2部、及びガラスビーズ(粒径30μm)100部を容器に入れてペイントシェーカー(浅田鉄鋼社製)を用いて8時間練合し、ガラスビーズを取り出して液状物(分散液)を得た。得られた分散液について、レーザー回折式粒度分布測定器(島津製作所製「SALD-7000」)を用いて、分散液中のα-Fe2O3粉末の平均粒子径(D50)を測定したところ、平均粒子径は70nmであった。
【0029】
次に、上記で得た分散液を125mm×80mm×1mmの不純物半導体であるシリコンの基板の片側表面にスポイトで1μl滴下し、乾燥させて、実施例1に係る質量分析用基板を得た。得られた質量分析用基板を電子顕微鏡で確認したところ、α-Fe2O3粉末が凝集した状態で不純物半導体であるシリコンの基板上に固定されて金属酸化物層を形成していた。図2は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、金属酸化物層におけるα-Fe2O3粉末は球状粒子が積層した構造であった。
【0030】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、次のようにしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。先ず、アンジオテンシンIIを5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解し、この試料溶液1μlを得られた質量分析用基板に滴下して乾燥させた。次いで、試料を付着させた分析用基板をMALDI−TOF/MS装置(島津製作所製 AXIMA-CFR)の試料台に固定させ、励起光源として337nmのN2パルスレーザー(3 ns)を用いて照射し、飛行時間型質量分析計を用いて測定した。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度に行えることが確認された。
【0031】
[実施例2]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販の多角面体α-Fe2O3粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は40nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例2に係る質量分析用基板を得た。図4は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、多角面体のα-Fe2O3粉末が積層されていた。
【0032】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。ただし、m/zが500-1000の領域にフラグメントイオン由来のピークが検出された。
【0033】
[実施例3]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販の針状α-Fe2O3粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は550nm(球状相当の粒子径)であった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例3に係る質量分析用基板を得た。図5は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、針状のα-Fe2O3が積層されていた。
【0034】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。また、上記実施例1〜3の結果から、ピーク強度は"実施例3>実施例2>実施例1"の順に大きくなり、それは金属酸化物粒子の形状に影響することが考えられる。
【0035】
[実施例4〜11]
アンジオテンシンIを5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解した試料溶液(実施例4)、インスリン(ヒト)を5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解した試料溶液(実施例5)、ポリメチルメタクリレートを2mg/mlになるようにエタノールで溶解した試料溶液(実施例6)、ポリエチレングリコール6000を2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液(実施例7)、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液(実施例8)、ポリアクリル酸を2mg/mlになるように水で溶解した試料溶液(実施例9)、パーフルオロオクタニルスルホン酸を0.5mg/mlになるようにメタノールで溶解した試料溶液(実施例10)、及びプロプラノロール塩酸塩を5pmolになるように水で溶解した試料溶液(実施例11)をそれぞれ調製し、各試料溶液1μlをそれぞれ実施例3で得られた質量分析用基板に滴下し乾燥させた。そして、実施例1と同様にして質量分析を行ったところ、図6〜13に示した各スペクトルから明らかなように、いずれもバックグラウンドノイズが低く,試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、各分析種の質量分析を高精度で行えることが確認された。
【0036】
[実施例12]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販のCuO粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のCuO粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は250nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例12に係る質量分析用基板を得た。
【0037】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図14の上段に示したスペクトルから明らかなように、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であった。ただし、目的とする分子イオンの他に銅イオン付加分子のピークも強く検出された。
【0038】
[実施例13]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販のCoO粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のCoO粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は40nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例13に係る質量分析用基板を得た。
【0039】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図14の下段に示したスペクトルから明らかなように、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であった。ただし、フラグメントイオン由来のピークが顕著に検出された。
【0040】
[実施例14]
エタノール溶液100部の代わりに、エタノール:エチルエーテル=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は50nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例14に係る質量分析用基板を得た。
【0041】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークもほとんど検出されない結果であった。
【0042】
[実施例15]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに市販の多角面体α-Fe2O3粉末を0.2部用いると共に、エタノール溶液100部の代わりにエタノール:へキサン=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は30nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例15に係る質量分析用基板を得た。
【0043】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。ただし、m/zが500-1000の領域にフラグメントイオン由来と考えられるピークが検出された。
【0044】
[実施例16]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに市販の針状α-Fe2O3粉末を0.2部用いると共に、エタノール溶液100部の代わりにエタノール:アセチルアセトン=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は460nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例16に係る質量分析用基板を得た。
【0045】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークもほとんど検出されない結果であった。
【0046】
[比較例1]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、花弁の形状を有するPtナノ粒子(J.Phys.Chem.C, 111, 16278(2007))を10mg/mLになるように水で分散させた。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、比較例1に係る質量分析用基板を得た。
【0047】
そして、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液1μlを上記で得られた比較例1に係る質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図15に示したスペクトルから明らかなように、試料のピーク強度が低く、イオン化は困難であり、充分な測定が行えなかった。
【0048】
[比較例2]
ポリエチレングリコール6000を2mg/mlになるように水で溶解した試料溶液1μlを上記比較例1で得た質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図16に示したスペクトルから明らかなように、試料のピーク強度は小さく、分解能は低く、m/zが1000以下の領域にフラグメントイオン由来と考えられるピークが著しく多く検出され、充分な測定は行えなかった。
【0049】
[比較例3]
試料分子をイオン化補助剤(マトリックス)に混合してレーザー照射する方法を行った。用いたマトリックス溶液は、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)(10mg)を水(500μL)、メタノール(500μL)、及び1mgのNaIを溶解することによって調製した。そして、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液およびマトリックス溶液の各々1μLずつを、サンプルプレート上で直接に混合した。次いで、そのサンプルプレートを真空中で乾燥させて溶媒を徐々に蒸発させることによって、混晶を形成させた。この混晶をMALDI−TOF/MS装置のサンプルプレートに挿入し、波長337nmのN2レーザーを照射し、質量分析及び構造解析を行なった。その結果、図17に示したスペクトルから明らかなように、試料ピークを全く検出できず、充分な測定が行えなかった。
【0050】
[比較例4]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、0.2wt%の球状アモルファスTiO2ナノ粒子(約20nm)を水で分散させた。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、比較例4に係る質量分析用基板を得た。
【0051】
ポリエチレングリコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液1μlを上記比較例4で得た質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図18に示したスペクトルから明らかなように、TiO2の光触媒効果によるフラグメントイオン由来と考えられるピークが多く検出され、充分な測定が行えなかった。
【0052】
上記実施例及び比較例で説明したように、本発明の質量分析用基板ではいずれも良好な分析結果を示すことができた。特に、比較例2及び比較例4で得た分析用基板ではポリエチレングリコールを十分に検出することはできなかったが、本発明に係る分析用基板(実施例7の場合)によれば、試料のイオン化は良好であって、フラグメントイオン由来のピークもほとんど確認されなかった。また、比較例1及び比較例3の分析用基板ではポリビニルアルコールを十分に検出することはできなかったが、本発明に係る分析用基板(実施例8の場合)によれば、試料のイオン化は良好であって、フラグメントイオン由来のピークもほとんど確認されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によって得られる質量分析用基板は、種々の高分子の質量分析で用いることができる。特に、近年需要が高まるタンパク質、ペプチド、多糖類といった生体関連の天然高分子化合物や合成高分子化合物のほか、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリル酸、ポリエチレングリコール、パーフルオロオクタニルスルホン酸、ポリビニルアルコール等の質量分析に適しており、分子量の測定、構造解析、末端構造解析等の情報を得るのに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】図1は、本発明の質量分析用基板の一実施態様を示す模式図である。
【図2】図2は、実施例1で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図3】図3は、実施例1〜3、14〜16におけるアンジオテンシンIIの質量分析スペクトルである。
【図4】図4は、実施例2で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図5】図5は、実施例3で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図6】図6は、実施例4におけるアンジオテンシンIの質量分析スペクトルである。
【図7】図7は、実施例5におけるインスリン(ヒト)の質量分析スペクトルである。
【図8】図8は、実施例6におけるポリメチルメタクリレートの質量分析スペクトルである。
【図9】図9は、実施例7におけるポリエチレングリコール6000の質量分析スペクトルである。
【図10】図10は、実施例8におけるポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図11】図11は、実施例9におけるポリアクリル酸の質量分析スペクトルである。
【図12】図12は、実施例10におけるパーフルオロオクタニルスルホン酸の質量分析スペクトルである。
【図13】図13は、実施例11におけるプロプラノロール塩酸塩の質量分析スペクトルである。
【図14】図14は、アンジオテンシンIIの質量分析スペクトルである。上段は実施例12の質量分析用基板を用いた場合のものであり、後段は実施例13の質量分析用基板を用いた場合のものである。
【図15】図15は、比較例1の基板を用いた場合のポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図16】図16は、比較例2の基板を用いた場合のポリエチレングリコールの質量分析スペクトルである。
【図17】図17は、比較例3の基板を用いた場合のポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図18】図18は、比較例4の基板を用いた場合のポリエチレングリコールの質量分析スペクトルである。
【符号の説明】
【0055】
1:基材、2:金属酸化物層。
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザー脱離イオン化質量分析(LDI-MS)法において分析対象の試料を支持するための質量分析用基板及びその製造方法並びにこの質量分析用基板を用いた質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析(MS)は、測定(分析)対象の試料分子(タンパク質、ペプチド、多糖類といった生体関連の天然高分子化合物や合成高分子化合物)をイオン化して質量別に分離し、分子量の測定、および解離生成物(フラグメントイオン)による構造解析を可能とする分析法である。この方法では、試料分子をイオン化し、質量(m)とそのイオンの価数(z)の商(m/z)の差により分離・検出が行われる。質量分析は検出感度や選択性が高く、生体関連物質、環境規制物質、そして薬物の分析など、多くの分野で利用されている。ここで、イオン化とは、試料分子から電子を奪いイオンの状態にすることであり、その方法の一つとして測定対象物質へレーザーを照射しイオン化するレーザー脱離イオン化(Laser Desorption/Ionization,LDI)法が挙げられる。LDI法によりイオン化されたイオンは、飛行時間型(Time-of-Flight,TOF)等の質量分離部を通ることによってm/zの差で分離され、検出器で観測される。また、検出された時の分子イオン濃度によってピークに強度が現れる。得られたマススペクトルを解析することで測定対象とする試料分子の構造解析が行える(LDI-MS)。
【0003】
LDI−MSは、レーザーを試料分子へ照射し、気化とイオン化を引き起こすが、試料分子の種類によっては著しく分解する傾向があり、効率的なイオン化ができないといった課題がある。この点を解決するため、一般にはレーザー光を吸収する媒体上に試料を塗布するか、試料分子をイオン化補助剤(マトリックス)に混合してレーザーを照射し、ソフトにイオン化(分子の分解を抑えたイオン化)する方法が用いられている。その代表的な方法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS:Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization-Mass Spectrometry)がある(非特許文献1及び2参照)。このMALDI−MSは、レーザー光のエネルギーを吸収しやすいマトリックスに混合した試料分子を基板上に配置し、レーザーを照射するMS法である。レーザー光を効率よく吸収したマトリックスと試料分子は、ほぼ同時に気化及びイオン化され、イオン化したマトリックスとの電子の授受によって、試料分子はほとんど分解せずにイオン化することができるとされている。
【0004】
ところが、MALDI−MSによる測定に際しては、適当なマトリックスを選定して試料と混合する手間を要し、また、低分子量領域においてマトリックス由来のバックグラウンドイオンが生じるため、得られたマススペクトルの解析が困難になる場合がある。そこで、マトリックスを用いないLDI法が報告されている(特許文献1〜4及び非特許文献3参照)。これらの方法は、マトリックス由来の複雑なピークを排除することができ、表面支援レーザー脱離イオン化(Surface Assisted Laser Desorption/Ionization:SALDI)法と呼ばれている。
【0005】
具体的には、上記特許文献1及び非特許文献3の方法では、多孔性の表面を有するシリコン基板の表面に電気化学的酸化処理を施すことで、サブミクロンオーダーの多孔質層を備えたポーラスシリコンプレートを得て、この基板上に、試料を配置してレーザー光を照射することで試料をソフトにイオン化することができる。通常、この方法は、DIOS(Desorption/Ionization On (porous) Silicon:DIOS)法と呼ばれる。しかしながら、DIOS法で使用されるシリコン基板は表面が酸化されることで経時による検出感度の低下が起こるため、使用できる時間に制限があるといった実用上の問題がある。
【0006】
また、上記特許文献2の方法は、ワイヤ状の金属からなるワイヤ状金属層、樹枝状の金属からなる樹枝状金属層、又は花弁状の金属酸化物からなる花弁状金属酸化物層を有した基板を用いる方法であり、試料を付着させてレーザー光を照射することで、試料をソフトにイオン化することができる。しかしながら、この方法は上記のような質量分析用基板の作成に多数の工程を必要とするため、分析用基板が高価になるという問題がある。
【0007】
一方、上記特許文献3の方法は、TiO2、ZnO、SnO2、ZrO2等の金属酸化物からなる膜又はこれら金属酸化物微粒子を備えた基板を用いるものであり、特にTiO2は化学的に安定であり、製造上容易であることから、ゾル−ゲル法によって得られたTiO2膜を有した基板を用いた質量分析結果が報告されている。ところが、TiO2は光触媒作用を有することから試料が分解してしまうおそれがある。また、上記特許文献4の方法は、ナノサイズの金属又は金属酸化物粒子を備えた基板を用いるものであり、試料分子を吸着し、レーザーを照射することで試料をソフトにイオン化することができる。この方法では、分子量が1000以下のマトリックスから生ずる妨害ピークを著しく低減させられるため、低分子量の試料分子の測定が可能である。
【特許文献1】米国特許第6288390号公報
【特許文献2】特開2008−107209号公報
【特許文献3】米国特許第7122792号公報
【特許文献4】特開2008−204654号公報
【非特許文献1】Karas, M.;Hillenkamp, F. Anal. Chem. 1988, 60, 2299.
【非特許文献2】Tanaka, K.;Eaki, H.;Ido, Y.:Akita, S.;Yoshida, Y.;Yoshida, T. Rapid Commun. Mass Spectrom. 1988, 2, 151.
【非特許文献3】Wei, J.;Buriak, J.;Siuzdak, G. Nature 1999, 401, 243.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような状況のもと、近年、生体試料や高分子試料の定性・定量分析における質量分析の適用は益々拡大しており、これに伴ってマトリックスフリーなイオン化法を更に高性能化、特にイオン化効率の向上が強く求められている。そこで、本発明者等は、マトリックスを用いることなく、高分子量の質量分析用測定対象分子を更に効率良く脱離及びイオン化処理でき、尚且つ低分子量領域において分解物等に由来する複雑なピークの発生が少ない質量分析手段について鋭意検討した。その結果、驚くべきことには、特定の金属酸化物からなる金属酸化物層を備えた基板によれば、従来の方法では分析が困難であった試料においても高い分解能で精度よく分析できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
したがって、本発明の目的は、レーザー脱離イオン化質量分析において効率良く分析対象の試料を脱離及びイオン化処理でき、尚且つ、低分子量領域において分解物等に由来する妨害ピークの発生が少ない質量分析用基板を提供することにある。
【0010】
また、本発明の別の目的は、上記のような性能を有する質量分析用基板の製造方法を提供することにある。
【0011】
更に、本発明の別の目的は、分析対象の試料を高精度で、かつ簡単に分析することができる質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板である。
【0013】
また、本発明は、レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板の製造方法であって、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて金属酸化物層を形成することを特徴とする質量分析用基板の製造方法である。
【0014】
更に、本発明は、上記質量分析用基板を用いて行うことを特徴とする質量分析法である。
【0015】
本発明の質量分析用基板は、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備える。金属酸化物層を基材上に形成する手段については特に制限されないが、好ましくは金属酸化物を溶剤に分散させて分散液を得て、この分散液を基材に塗布し、溶剤を乾燥させて形成するのがよい。以下、金属酸化物を含んだ分散液を基材に塗布して金属酸化物層を得る方法について説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0016】
金属酸化物を含んだ分散液を基材に塗布して金属酸化物層を得る場合、金属酸化物層を形成する金属酸化物は、少なくとも一部が凝集体として基材に固定化されると考えられる。この際、金属酸化物層における金属酸化物のBET値が0.1m2/g以上、好ましくは1〜1000m2/gの比表面積を有するようにするのがよい。固定化された金属酸化物のBET値が0.1m2/g未満であると、金属酸化物の粒子サイズ(凝集体サイズ)が大きくなりすぎて、試料は効率良くイオン化せずにフラグメント化しやすくなる。BET値が1〜1000m2/gの範囲であればより高い分解能で分析を行うことができる。金属酸化物層における金属酸化物の比表面積と質量分析時における検出感度との関係については十分に解明されていないが、上記範囲のBET値を有することで分析対象の試料である測定分子同士がある程度の距離を保つことができて効率良く脱離及びイオン化されるものと推測される。
【0017】
分散液中の金属酸化物については、1nm〜1000nmの粒子径を有するものがよく、好ましくは5nm〜700nmの粒子径を有するものがよい。粒子径が1nm以下の場合、分散液を基材に塗布して金属酸化物層を形成する際、粒子間相互作用の影響が強くなり分散液の分散安定性に問題が生じるおそれがある。反対に粒子径が1000nm以上の場合、得られた金属酸化物層では分析対象の試料が効率良くイオン化できず、フラグメント化が起こるおそれがある。
【0018】
また、金属酸化物の形状については、例えば球状、針状、多角面体、無定形等のような様々な形状を有するものであってよいが、好ましくは球状、針状又は無定形であるものがよく、分析対象の試料の検出感度が一層向上する観点から、より好ましくは、少なくとも一部がアスペクト比を有するような針状形状であるものがよい。このような針状形状を有する金属酸化物として、α型のFe2O3を好適な例として挙げることができる。
【0019】
金属酸化物を含んだ分散液を得る場合の溶剤については、揮発性溶媒であり、かつ、金属酸化物を安定に分散させることができるものであれば特に制限はないが、例えば水のほか、メタノール、エタノール、プロパノール、2−プロパノール、ブタノールなどのアルコール類、アセトン、2−ブタノン、アセチルアセトンなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、ヘキサン、石油エーテルなどの脂肪族系炭化水素類、クロロホルム、塩化メチレン、クロロベンゼンなどの脂肪族系及び芳香族系ハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエンなどの芳香族系炭化水素類等を挙げることができ、これらを単独又は2種以上を混合して用いることができる。分散液における溶剤の使用量については、金属酸化物を分散させて最終的に得られる分散液の粘性が基材に塗布又は印刷する際に適したものとなるように調製するのがよく、好ましくは分散液の粘度が2〜10000cps(E型粘度計:20℃)の範囲内に収まるように調製することが適当である。なお、本発明においては、分析対象の試料以外のピークが出現することを防止する観点から、分散液が金属酸化物及び溶剤のみからなるようにすることが望ましい。しかし、分析対象となる試料の分析に大きな影響を及ぼさない程度に粒子表面に界面活性剤、高分子、シランカップリング剤等を用いる場合がある。
【0020】
また、分散液を得る際には、溶剤中に金属酸化物を加えながら分散させてもよく、無論、金属酸化物及び溶剤の2成分を同時に混合し、分散させるように調製してもよい。これらの分散操作は、常法によればよく、例えば通常の攪拌操作のほか、ペイントシェーカー、ボールミル、サンドミル、セントリミル、三本ロール等を用いて行うことができる。好ましくは、溶剤中に金属酸化物と共にガラスビーズ、ジルコンビーズ、ジルコニアビーズ、スチールボール等の分散ビーズを入れて練合するのがよい。
【0021】
分散液を基材に塗布する手段については特に制限はなく、公知の方法を採用できる。例えば刷毛塗り、ロール塗り、グラビアコーター、ナイフコーター、ロールコーター、コンマコーター、スピンコーター、バーコーター、ディッピング塗布、スプレー塗布等の方法のほか、グラビア印刷、オフセット印刷、スクリーン印刷、シルク印刷、インクジェット印刷等の印刷法を用いてもよい。また、基材への塗布(又は印刷)は、分析対象の試料を付着させる部分を選択して行ってもよい。分散液を基材に塗布した後は、乾燥させて(必要に応じて加熱して)溶剤を蒸発させ、金属酸化物層を得るようにする。図1は得られた質量分析用基板の一実施態様を示す模式図であり、基材1の表面に金属酸化物層2が形成される。この例では、分散液を所定のパターンで基材1上に印刷して塗布し、塗布された分散液は溶剤が蒸発して金属酸化物の凝集体として基材1に固定化されて金属酸化物層2を形成する。勿論、分散液を基材1の表面全体に塗布し、金属酸化物層2を形成してもよい。
【0022】
また、本発明の質量分析用基板に用いる基材については、質量分析の手法上、導電性を備えるものであれば特に制限はなく、例えば不純物半導体であるシリコン(n型、p型)や金属等からなる基材を挙げることができる。一般に、熱伝導率が小さい材質からなる基材を使用するとレーザーからのエネルギーが分析用基板に散逸し難いことから、比較的低いレーザーエネルギーで試料を分析することができ、分析対象の試料の破壊を抑えることができる点で好都合である。
【0023】
本発明の質量分析用基板を用いた質量分析は、一般的な方法で行うことができる。例えば分析対象の試料を揮発性の溶媒に溶解させ、適量を本発明の質量分析用基板に滴下、塗布、印刷等により付着させて質量分析を行うことができる。ここで、試料を溶解する溶媒としては、先に説明した金属酸化物の分散液を得る際に用いられる溶媒と同様なものを例示することができる。また、分析対象の試料は、金属酸化物の分散液と一緒に混合して基材上に塗布することで、質量分析用基板を得ると同時に分析対象の試料を付着させるようにしてもよい。
【0024】
また、試料を付着した質量分析用基板は、公知の質量分析装置を用いて分析することができる。分析条件については、適宜設定して行うことができるが、例えば照射するレーザーとしては、3〜10ns程度のパルスレーザー光(波長:337nm、520nm、又は1020nm等)を照射することで、レーザー光が金属酸化物層に吸収されて急激な温度上昇が起こり、金属酸化物層に付着した分析対象の試料(測定分子)がソフトにイオン化される。生じたイオンは、例えば飛行時間型、四重極型、イオントラップ型、セクター型、フーリエ変換型、又はこれらの複合型等からなる質量分離部の作用によりm/zの差で分離され、検出器で観測される。その結果、各m/zに相当する分子イオンピークから対象とする分子の構造解析や質量の算出が行える。
【0025】
本発明の質量分析用基板は、種々の高分子を分析するのに用いることができ、例えばタンパク質、合成高分子等の分析に適している。特に本発明の質量分析用基板を用いれば、質量分析における検出感度が向上するため、アンジオテンシンI、アンジオテンシンII、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレングリコール、ペラパミル塩酸塩、テストステロン、パーフルオロオクタニルスルホン酸、インスリン(ヒト)等の分析に好適であり、なかでも、従来検出が不可能であった分子や、検出が困難であったポリビニルアルコールやポリアクリル酸等の高分子化合物についても質量分析が可能になる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の質量分析用基板によれば、効率良く分析対象の試料を脱離、イオン化でき、高い分解能での分析が可能になる。また、分子量分布の大きい高分子化合物などの質量分析が簡便かつ高精度に行えると共に、低分子化合物の部分構造解析、モル分布、分子量分布などの測定にも利用できる。また、従来の分析用基板では検出が不可能又は困難であったような試料の分析も可能である。加えて、本発明の質量分析用基板は比較的穏やかな条件で試料をイオン化することができ、かつ開封後も変質しにくいため、長期に亘って信頼性良く使用することができる。更には、本発明の方法によれば、これらの性能を備えた質量分析用基板を簡便に得ることができ、大面積化も容易であるため安価に質量分析用基板を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、実施例及び比較例に基づき、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例の内容に限定されるものではない。なお、実施例及び比較例中で用いる部は、特に断りのない限り重量部を表す。
【実施例】
【0028】
[実施例1]
エタノール溶液100部、市販の球状α-Fe2O3粉末0.2部、及びガラスビーズ(粒径30μm)100部を容器に入れてペイントシェーカー(浅田鉄鋼社製)を用いて8時間練合し、ガラスビーズを取り出して液状物(分散液)を得た。得られた分散液について、レーザー回折式粒度分布測定器(島津製作所製「SALD-7000」)を用いて、分散液中のα-Fe2O3粉末の平均粒子径(D50)を測定したところ、平均粒子径は70nmであった。
【0029】
次に、上記で得た分散液を125mm×80mm×1mmの不純物半導体であるシリコンの基板の片側表面にスポイトで1μl滴下し、乾燥させて、実施例1に係る質量分析用基板を得た。得られた質量分析用基板を電子顕微鏡で確認したところ、α-Fe2O3粉末が凝集した状態で不純物半導体であるシリコンの基板上に固定されて金属酸化物層を形成していた。図2は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、金属酸化物層におけるα-Fe2O3粉末は球状粒子が積層した構造であった。
【0030】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、次のようにしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。先ず、アンジオテンシンIIを5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解し、この試料溶液1μlを得られた質量分析用基板に滴下して乾燥させた。次いで、試料を付着させた分析用基板をMALDI−TOF/MS装置(島津製作所製 AXIMA-CFR)の試料台に固定させ、励起光源として337nmのN2パルスレーザー(3 ns)を用いて照射し、飛行時間型質量分析計を用いて測定した。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度に行えることが確認された。
【0031】
[実施例2]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販の多角面体α-Fe2O3粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は40nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例2に係る質量分析用基板を得た。図4は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、多角面体のα-Fe2O3粉末が積層されていた。
【0032】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。ただし、m/zが500-1000の領域にフラグメントイオン由来のピークが検出された。
【0033】
[実施例3]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販の針状α-Fe2O3粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は550nm(球状相当の粒子径)であった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例3に係る質量分析用基板を得た。図5は、得られた質量分析用基板の金属酸化物層の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25万倍)であり、針状のα-Fe2O3が積層されていた。
【0034】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行った。得られたスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルからも明らかなように、バックグラウンドノイズは低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。また、上記実施例1〜3の結果から、ピーク強度は"実施例3>実施例2>実施例1"の順に大きくなり、それは金属酸化物粒子の形状に影響することが考えられる。
【0035】
[実施例4〜11]
アンジオテンシンIを5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解した試料溶液(実施例4)、インスリン(ヒト)を5pmolになるようにクエン酸緩衝水溶液(pH=4)で溶解した試料溶液(実施例5)、ポリメチルメタクリレートを2mg/mlになるようにエタノールで溶解した試料溶液(実施例6)、ポリエチレングリコール6000を2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液(実施例7)、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液(実施例8)、ポリアクリル酸を2mg/mlになるように水で溶解した試料溶液(実施例9)、パーフルオロオクタニルスルホン酸を0.5mg/mlになるようにメタノールで溶解した試料溶液(実施例10)、及びプロプラノロール塩酸塩を5pmolになるように水で溶解した試料溶液(実施例11)をそれぞれ調製し、各試料溶液1μlをそれぞれ実施例3で得られた質量分析用基板に滴下し乾燥させた。そして、実施例1と同様にして質量分析を行ったところ、図6〜13に示した各スペクトルから明らかなように、いずれもバックグラウンドノイズが低く,試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークも検出されず、各分析種の質量分析を高精度で行えることが確認された。
【0036】
[実施例12]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販のCuO粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のCuO粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は250nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例12に係る質量分析用基板を得た。
【0037】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図14の上段に示したスペクトルから明らかなように、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であった。ただし、目的とする分子イオンの他に銅イオン付加分子のピークも強く検出された。
【0038】
[実施例13]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、市販のCoO粉末を0.2部用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のCoO粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は40nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例13に係る質量分析用基板を得た。
【0039】
上記で得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図14の下段に示したスペクトルから明らかなように、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であった。ただし、フラグメントイオン由来のピークが顕著に検出された。
【0040】
[実施例14]
エタノール溶液100部の代わりに、エタノール:エチルエーテル=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は50nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例14に係る質量分析用基板を得た。
【0041】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークもほとんど検出されない結果であった。
【0042】
[実施例15]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに市販の多角面体α-Fe2O3粉末を0.2部用いると共に、エタノール溶液100部の代わりにエタノール:へキサン=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は30nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例15に係る質量分析用基板を得た。
【0043】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、アンジオテンシンIIの質量分析を高精度で行えることが確認された。ただし、m/zが500-1000の領域にフラグメントイオン由来と考えられるピークが検出された。
【0044】
[実施例16]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに市販の針状α-Fe2O3粉末を0.2部用いると共に、エタノール溶液100部の代わりにエタノール:アセチルアセトン=4:1の割合で混合した混合溶媒100部を用いた以外は実施例1と同様にして液状物(分散液)を得た。得られた分散液中のα-Fe2O3粉末について、実施例1と同様にしてレーザー回折式粒度分布測定器を用いて測定したところ、平均粒子径は460nmであった。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、実施例16に係る質量分析用基板を得た。
【0045】
得られた質量分析用基板を用いて、実施例1と同様にしてアンジオテンシンIIの質量分析を行ったところ、図3に示したスペクトルから明らかなように、バックグラウンドノイズが低く、高い分解能で同位体ピークが検出され、試料のイオン化は良好であり、フラグメントイオン由来のピークもほとんど検出されない結果であった。
【0046】
[比較例1]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、花弁の形状を有するPtナノ粒子(J.Phys.Chem.C, 111, 16278(2007))を10mg/mLになるように水で分散させた。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、比較例1に係る質量分析用基板を得た。
【0047】
そして、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液1μlを上記で得られた比較例1に係る質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図15に示したスペクトルから明らかなように、試料のピーク強度が低く、イオン化は困難であり、充分な測定が行えなかった。
【0048】
[比較例2]
ポリエチレングリコール6000を2mg/mlになるように水で溶解した試料溶液1μlを上記比較例1で得た質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図16に示したスペクトルから明らかなように、試料のピーク強度は小さく、分解能は低く、m/zが1000以下の領域にフラグメントイオン由来と考えられるピークが著しく多く検出され、充分な測定は行えなかった。
【0049】
[比較例3]
試料分子をイオン化補助剤(マトリックス)に混合してレーザー照射する方法を行った。用いたマトリックス溶液は、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)(10mg)を水(500μL)、メタノール(500μL)、及び1mgのNaIを溶解することによって調製した。そして、ポリビニルアルコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液およびマトリックス溶液の各々1μLずつを、サンプルプレート上で直接に混合した。次いで、そのサンプルプレートを真空中で乾燥させて溶媒を徐々に蒸発させることによって、混晶を形成させた。この混晶をMALDI−TOF/MS装置のサンプルプレートに挿入し、波長337nmのN2レーザーを照射し、質量分析及び構造解析を行なった。その結果、図17に示したスペクトルから明らかなように、試料ピークを全く検出できず、充分な測定が行えなかった。
【0050】
[比較例4]
球状α-Fe2O3粉末の代わりに、0.2wt%の球状アモルファスTiO2ナノ粒子(約20nm)を水で分散させた。そして、得られた分散液1μlを実施例1と同様に不純物半導体であるシリコンの基板に滴下し、乾燥させて、比較例4に係る質量分析用基板を得た。
【0051】
ポリエチレングリコールを2mg/mlになるように水で溶解した試料水溶液1μlを上記比較例4で得た質量分析用基板に滴下し、実施例1と同様にして質量分析を行った。その結果、図18に示したスペクトルから明らかなように、TiO2の光触媒効果によるフラグメントイオン由来と考えられるピークが多く検出され、充分な測定が行えなかった。
【0052】
上記実施例及び比較例で説明したように、本発明の質量分析用基板ではいずれも良好な分析結果を示すことができた。特に、比較例2及び比較例4で得た分析用基板ではポリエチレングリコールを十分に検出することはできなかったが、本発明に係る分析用基板(実施例7の場合)によれば、試料のイオン化は良好であって、フラグメントイオン由来のピークもほとんど確認されなかった。また、比較例1及び比較例3の分析用基板ではポリビニルアルコールを十分に検出することはできなかったが、本発明に係る分析用基板(実施例8の場合)によれば、試料のイオン化は良好であって、フラグメントイオン由来のピークもほとんど確認されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によって得られる質量分析用基板は、種々の高分子の質量分析で用いることができる。特に、近年需要が高まるタンパク質、ペプチド、多糖類といった生体関連の天然高分子化合物や合成高分子化合物のほか、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリル酸、ポリエチレングリコール、パーフルオロオクタニルスルホン酸、ポリビニルアルコール等の質量分析に適しており、分子量の測定、構造解析、末端構造解析等の情報を得るのに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】図1は、本発明の質量分析用基板の一実施態様を示す模式図である。
【図2】図2は、実施例1で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図3】図3は、実施例1〜3、14〜16におけるアンジオテンシンIIの質量分析スペクトルである。
【図4】図4は、実施例2で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図5】図5は、実施例3で得られた質量分析用基板のSEM写真である。
【図6】図6は、実施例4におけるアンジオテンシンIの質量分析スペクトルである。
【図7】図7は、実施例5におけるインスリン(ヒト)の質量分析スペクトルである。
【図8】図8は、実施例6におけるポリメチルメタクリレートの質量分析スペクトルである。
【図9】図9は、実施例7におけるポリエチレングリコール6000の質量分析スペクトルである。
【図10】図10は、実施例8におけるポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図11】図11は、実施例9におけるポリアクリル酸の質量分析スペクトルである。
【図12】図12は、実施例10におけるパーフルオロオクタニルスルホン酸の質量分析スペクトルである。
【図13】図13は、実施例11におけるプロプラノロール塩酸塩の質量分析スペクトルである。
【図14】図14は、アンジオテンシンIIの質量分析スペクトルである。上段は実施例12の質量分析用基板を用いた場合のものであり、後段は実施例13の質量分析用基板を用いた場合のものである。
【図15】図15は、比較例1の基板を用いた場合のポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図16】図16は、比較例2の基板を用いた場合のポリエチレングリコールの質量分析スペクトルである。
【図17】図17は、比較例3の基板を用いた場合のポリビニルアルコールの質量分析スペクトルである。
【図18】図18は、比較例4の基板を用いた場合のポリエチレングリコールの質量分析スペクトルである。
【符号の説明】
【0055】
1:基材、2:金属酸化物層。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板。
【請求項2】
金属酸化物がFe2O3粉末である請求項1に記載の質量分析用基板。
【請求項3】
金属酸化物が針状のFe2O3粉末である請求項1又は2に記載の質量分析用基板。
【請求項4】
レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板の製造方法であって、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて金属酸化物層を形成することを特徴とする質量分析用基板の製造方法。
【請求項5】
分散液中の金属酸化物が1nm〜1000nmの粒子径を有する請求項4に記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項6】
金属酸化物がFe2O3粉末である請求項4又は5に記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項7】
金属酸化物が針状のFe2O3粉末である請求項4〜6のいずれかに記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析用基板を用いて、アンジオテンシンI、アンジオテンシンII、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレングリコール、ペラパミル塩酸塩、テストステロン、パーフルオロオクタニルスルホン酸、又はインスリン(ヒト)をイオン化することを特徴とする質量分析法。
【請求項1】
レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板であって、基材上に、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を含んだ金属酸化物層を備えたことを特徴とする質量分析用基板。
【請求項2】
金属酸化物がFe2O3粉末である請求項1に記載の質量分析用基板。
【請求項3】
金属酸化物が針状のFe2O3粉末である請求項1又は2に記載の質量分析用基板。
【請求項4】
レーザー脱離イオン化質量分析において分析対象の試料を付着させる質量分析用基板の製造方法であって、Fe、Co及びCuからなる群から選ばれた金属の1種又は2種以上の金属酸化物を溶剤に分散させた分散液を基材に塗布し、乾燥させて金属酸化物層を形成することを特徴とする質量分析用基板の製造方法。
【請求項5】
分散液中の金属酸化物が1nm〜1000nmの粒子径を有する請求項4に記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項6】
金属酸化物がFe2O3粉末である請求項4又は5に記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項7】
金属酸化物が針状のFe2O3粉末である請求項4〜6のいずれかに記載の質量分析用基板の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析用基板を用いて、アンジオテンシンI、アンジオテンシンII、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレングリコール、ペラパミル塩酸塩、テストステロン、パーフルオロオクタニルスルホン酸、又はインスリン(ヒト)をイオン化することを特徴とする質量分析法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
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【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2010−151727(P2010−151727A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332164(P2008−332164)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000003322)大日本塗料株式会社 (275)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000003322)大日本塗料株式会社 (275)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】
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