説明

質量分析装置、質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法

【課題】飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置において、サンプリングしたイオン検出信号のベースラインを精度よく計測し、かつ周期的なノイズ成分を低減して、正確な信号強度を求めるための技術を提供する。
【解決手段】質量分析用データ処理装置において、ノイズ成分を除去するためのしきい値をマススペクトルを得る前に取得しておき、イオン検出信号をA/D変換器53でサンプリングし、積算処理回路54は、しきい値以上の信号はそのまま積算メモリ55に格納し、しきい値未満の信号はしきい値レベルに置き換える。また、サンプリング中に所望の時間のサンプリング結果の生値を積算メモリ55に格納する。積算終了後にしきい値レベルとなった積算結果には、前記サンプリングの生値結果から所定の演算処理を行って得たベースライン値に置き換える。この処理を終えた積算結果をマススペクトルとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析技術に関し、特に、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換器(アナログ/デジタル変換器)を用いた質量分析用検出系およびその検出系のデータ処理方法に適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型の質量分析装置(TOF−MS:Time Of Flight Mass Spectrometry)は、導入部、TOF部、ゲイン調整器、イオン打ち出し信号発生器、データ収集回路などから構成され、試料をイオン化して加速・飛行させ、その質量に応じた飛行時間とイオンの強度(電圧値)を測定することで試料に含まれる成分を分析する装置である。
【0003】
このTOF−MSにおける分析においては、まず、分析される試料は、導入部にてイオン化され、測定開始と同時にTOF部に送り込まれる。TOF部に入ったイオンは、イオン打ち出し信号のタイミングで電圧を印加されて、真空状態のTOF部の内部を所定の軌道で飛行する。
【0004】
TOF部の内部にて、イオンが検出器に到達(衝突)すると、検出器からはイオン検出信号が出力される。このイオン検出信号は、ゲイン調整回路等の振幅調整を行い、A/D変換器を用いたデータ収集回路で収集され、そのデータはCPUを介して入出力装置に出力される。測定結果はマススペクトルとして表示され、個々のスペクトルの強度(電圧値)およびその時間(質量)から試料に含まれる成分を分析することができる。
【0005】
このようなTOF−MSでは、通常、1回の測定で得られるスペクトラムデータの測定感度(SN比)が不十分であることが多く、複数回の測定を行い、積算処理することによってマススペクトルを得て、測定の感度を向上させている。この測定感度の向上に関しては、例えば特許文献1および2のように、周期ノイズやその他のフロアノイズを低減するための技術などがある。
【特許文献1】特許第3741563号公報
【特許文献2】米国特許第6737642号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前記のようなTOF−MSについて、本発明者が検討した結果、以下のようなことが明らかとなった。
【0007】
通常、TOF−MSでは、1回の測定で得られるスペクトラムデータの測定感度(SN比)が不十分であることが多く、複数回の測定を行い、積算処理することによってマススペクトルを得て、測定の感度を向上させている。
【0008】
ここでは、マススペクトルを得るための測定をマススペクトル測定と呼び、1回の測定のことをTOFスキャンと呼ぶ。TOFスキャンとは、1回のイオン打ち出し信号によって加速された分のイオンの検出器出力データ、すなわち図5に示すような、時間t0(イオン打ち出しタイミング)からt1までのスペクトラムデータを収集することを指すものとする。
【0009】
なお、図5では、説明の便宜上、どのTOFスキャン(1回目からN回目)においてもほぼ同じ時間(質量)にピーク値を持ったスペクトラムデータとなっているが、本来は1つのイオンや、ほぼ同じ時間に複数のイオンが検出されるため、TOFスキャン毎にスペクトラムの形状(ピーク値の強度やスペクトラムの幅など)が変化する。
【0010】
近年、前述したようなマススペクトルを得るためのA/D変換器を使用したデータ収集回路においては、質量分析の性能向上のため、高ダイナミックレンジ化が要求されている。図6を用いて、高ダイナミックレンジ化を図るための問題点について説明する。
【0011】
図6(a)は、1回のサンプリグ結果を示しており、横軸が時間、縦軸が電圧である。1回のサンプリング結果におけるノイズ成分の大半は、サンプリングクロックに対してランダムなノイズ成分が占めており、これを低減する為にN回の積算処理を行う。その結果例が図6(b)であり、図中に示すように、ランダムノイズは一般的に1/√Nで小さくなるが、周期的なノイズは低減できない。ここでは、データ収集回路のサンプリングクロックの整数倍で発生する周期的なノイズを示す。図中、ノイズの周期はtpnであり、この周期でノイズが繰り返し発生している。ここでは、周期的なノイズ成分(以下周期ノイズと称す)が大きいため、信号成分VionNとの比が小さくなり、SN比が劣化する。
【0012】
次に、図6(c)には、図6(b)のサンプリング結果から周期ノイズを取り除いた場合の例を示す。ここでの問題点は、信号成分の高さを決定するためのベースライン電圧の揺らぎであり、図中に示すようにベースライン電圧VbaseがVbdだけ変動するものである。通常、信号成分の強度は、Vbaseから得るため、このVbaseの揺らぎは正確な信号強度が得られなくなる。このベースラインの揺らぎの要因としては、データ収集回路を含めた検出系の温度変動等に起因したA/D変換器でのサンプリング時の信号振幅の揺らぎや、分析対象の試料の濃度、分析モード等によるイオンの数に起因して起こるベースライン変動等がある。
【0013】
本発明は、以上のような問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置において、サンプリングしたイオン検出信号のベースラインを精度よく計測し、かつ周期的なノイズ成分を低減して、正確な信号強度を求めるための技術を提供することにある。より具体的には、サンプリングおよびその結果の積算処理時に発生する周期的なノイズ成分によるS/N比劣化や、信号ベースラインの変動による信号振幅値の測定誤差を低減して、高いダイナミックレンジを実現した質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法を提供するものである。
【0014】
本発明の前記ならびにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0016】
前記目的を達成するために、本発明は、飛行時間データの測定・収集を行うA/D変換方式の質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法において、イオン打ち出し信号発生器と、イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、サンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、積算処理結果を格納する積算メモリを少なくとも備え、以下のような実現手段を有するものである。
【0017】
本発明の1つ目の実現手段は、ノイズ成分を除去するためのしきい値をマススペクトルを得る前に取得しておき、イオン検出信号をA/D変換器でサンプリングし、しきい値以上の信号はそのまま積算メモリに格納し、しきい値未満の信号はしきい値レベルに置き換える。また、サンプリング中に所望の時間のサンプリング結果の生値を積算メモリに格納する。積算終了後にしきい値レベルとなった積算結果には、前記サンプリングの生値結果から所定の演算処理を行って得たベースライン値に置き換える。この処理を終えた積算結果をマススペクトルとすることにより実現するものである。
【0018】
また、本発明の2つ目の実現手段は、前記イオン打ち出し信号発生器において、イオン打ち出し信号を所定の遅延時間(t)を0〜N倍までをずらして発生し、イオン検出信号をA/D変換器でサンプリングし、積算メモリに格納する際に、ずらした時間分(t×0〜t×N)を元に戻して格納することにより実現するものである。
【0019】
さらに、本発明の3つ目の実現手段は、前記1つ目の実現手段と前記2つ目の実現手段とを合わせた構成によるものである。前記2つ目の実現手段では、しきい値未満のサンプリング結果には周期ノイズは含まれないが、しきい値以上となったサンプリング結果には周期ノイズが含まれており、これを相殺するために前記1つ目の実現手段を使用するものである。
【発明の効果】
【0020】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0021】
本発明の1つ目の実現手段によれば、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法において、所定のしきい値におけるノイズ成分の除去とマススペクトル毎ベースライン値の測定と決定を行うことで、正確な信号振幅値(やイオンのピーク値の面積)を得ることができ、高いダイナミックレンジでの測定を可能にすることができる。
【0022】
また、本発明の2つ目の実現手段によれば、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法において、周期的なノイズの繰り返し周期とは独立した測定開始タイミングを生成することで、周期的なノイズを相殺し、高いダイナミックレンジを実現すると共に、イオン検出信号の信号再現性が高い測定を実現することができる。
【0023】
さらに、本発明の3つ目の実現手段によれば、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法において、上記1つ目の実現手段、上記2つ目の実現手段による2つの効果を持ったデータ収集装置を実現して、より高いダイナミックレンジを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0025】
(実施の形態1)
図1により、本発明の実施の形態1であるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置を用いた質量分析装置の構成の一例を説明する。図1は、A/D変換方式の質量分析用データ処理装置を用いた質量分析装置の構成を示す。
【0026】
実施の形態1の質量分析装置は、飛行時間型の質量分析装置であり、以下において、この質量分析装置の質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法について説明する。
【0027】
本実施の形態1の質量分析装置は、分析を行う試料をイオン化する導入部1と、イオン化された試料に電圧を印加して加速させ、検出器に向けてイオンを飛行させるTOF部2と、飛行してきたイオンを検出する検出器21と、イオンを加速させるタイミングを決定するイオン打ち出し信号4aを発生するイオン打ち出し信号発生器4とを有する部分と、検出器21から発生されるイオン検出信号2aの振幅を調整するゲイン調整器3と、振幅調整後のイオン検出信号の電圧値および飛行時間を計測・収集するためのデータ収集回路5と、それを制御し、取得したデータ5bを解析処理するためのCPU6と、その測定結果および解析結果を表示し、ユーザが装置制御を行うための入出力装置7とから構成される。
【0028】
データ収集回路5は、ゲイン調整器3による振幅調整後のイオン検出信号をサンプリングするA/D変換器53と、サンプリングデータを積算処理する積算処理回路54と、積算処理結果を格納する積算メモリ55と、データ収集回路5内の各回路で使用する動作クロック51aを発生するクロック発生器51と、データ収集回路5内の各回路の時間情報となるカウンタ値52aや、測定開始信号5aを生成するカウンタ52などから構成される。
【0029】
このデータ収集回路5において、特に積算処理回路54は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、A/D変換器53からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯においては、しきい値以上の信号はそのまま積算メモリ55に格納し、しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて積算メモリ55に格納する。また、ベースライン計測時間帯においては、積算処理結果はそのまま積算メモリ55に格納する。そして、積算処理終了後に、ベースライン計測時間帯の積算メモリ55の結果からベースライン値を算出し、イオン計測時間帯に得た積算メモリ55の結果に対して所定の値をベースライン値に置き換えて、マススペクトルとする。ここでは、所定の値は、しきい値と同じ値として説明する。
【0030】
なお、本実施の形態1においては、データ収集回路5と、イオン打ち出し信号発生器4などを含めて、質量分析用データ処理装置と呼ぶ。
【0031】
図2は、データ収集回路5において、イオン検出信号をサンプリングした結果の処理の様子を示す。(a)(b)は従来技術の一例を示し、(c)〜(e)は本実施の形態の一例を示す。
【0032】
図2(a)は、従来技術を使用して得られたマススペクトルであり、周期ノイズが時間tpnで繰り返されており、途中、Vionの振幅を持ったイオンが検出された例を示す。また、図2(b)は、図2(a)の1回のサンプリング結果に対して、N回積算のサンプリング結果(VionNの振幅)を示しているが、説明を簡略化するためにN回全て同じサンプリング結果を得た場合を示しており、1回のサンプリング結果とN回積算結果の差はランダムノイズの量である。
【0033】
次に、本実施の形態の特徴である周期ノイズを除去し、ベースラインを計測して、正確なマススペクトルの信号強度を得る例について、図2(c)〜(e)を用いて述べる。
【0034】
図2(c)には、1回のサンプリング結果を示しており、T1がベースライン計測時間帯であり、T2は本来のマススペクトルを得るためのイオン計測時間帯である。ここでは、T2の時間帯においては、しきい値Vth未満になったサンプリング結果は全てVthに置き換え、Vthより大きなサンプリング結果においては、そのままの電圧値を積算処理する。T1の時間帯は、イオンを打ち出して最初のイオンが検出器に到達するまでの時間であり、この時間帯はイオン計測対象外となり、このT1の時間を利用してベースライン算出用のデータ格納を行う。従って、T1はベースライン値が算出可能な任意の時間となる。
【0035】
図2(d)には、N回積算を行ったサンプリング結果を示しており、ここでは、N回全て同じサンプリング結果を積算した場合を例にとっており、ノイズ成分のランダムノイズ成分が低減されている。また、N回積算終了後、T1の時間帯の平均電圧値であるベースライン値(電圧)Vbaseを得る。
【0036】
図2(e)には、図2(d)で得たT2の時間帯のサンプリング結果に対して、平均電圧値がVthの積算結果を全てVbase値に置き換えた結果を示す。これにより、周期ノイズを含めたベースライン近辺のノイズを除去し、かつマススペクトル測定毎にベースライン値が変動しても正確なベースラインが得られ、より正確な信号強度を得ることが可能となり、SN比の向上を図ることができ、高いダイナミックレンジが実現できる。
【0037】
なお、上記において、図2(d)および(e)の説明では、マススペクトル測定後にVthとなった値だけを全てVbaseとすると記載したが、質量分析のマススペクトル測定においては、イオン数としては少数であるが、浮遊イオン等の本来は計数されない方が良いものもある。このような不要なイオンを除去する場合は、VthをVbaseに変更する処理を行う際に、前記少数イオン分の電圧値をかさ上げした値以下の積算値をVbaseに変換してもよい。具体的には、Vthに少数イオン分の強度を含めた積算結果を全てVbaseとすることになる。
【0038】
また、本実施の形態では、マススペクトル測定中にVth以下を全てVthとすると記載をしたが、これはマススペクトル測定後にVthをVbaseに変換する際の仮値であり、測定後にVbaseに値を変換可能な値であれば良いことは言うまでもない。
【0039】
また、T1のベースライン計測時間帯は、T2のイオン計測時間帯の前に限らず、T2のイオン計測時間帯の後に設定することも可能である。
【0040】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2における質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法について説明する。
【0041】
実施の形態2における質量分析用データ処理装置は、イオンの打ち出しタイミングと積算メモリへの格納方法に特徴があり、ハード的な構成および測定データの積算方法は前記実施の形態1と同様である。
【0042】
図3を用いて、実施の形態2における、イオン検出信号をサンプリグした結果の処理の様子を説明する。
【0043】
図3(a)は、従来方法でのイオンの打ち出し信号とその打ち出し信号により検出されたイオン検出信号のサンプリング結果を示す。図中にTOFスキャンは1回から4回までを示しており、ここでは便宜的に同じサンプリング結果が続いた場合を例とした。
【0044】
ここでは、説明を簡略化する為にランダムノイズは図中に記載していない。従って、N回積算後の平均サンプリング結果も同じ波形であり、周期ノイズは周期tpnで生じている。ここでの周期ノイズは、打ち出し信号により検出されたイオン検出信号に重畳されるノイズではなく、主に、データ収集回路内で発生するサンプリングクロックのN倍の周期で発生する周期ノイズである。本図では、サンプリングクロック周期の4倍のノイズ周期tpnの例を示す。
【0045】
次に図3(b)を用いて、本実施の形態による周期ノイズ成分を低減する方法について説明する。上述したように、周期的なノイズの発生周期は、サンプリングクロックのN倍に同期しており、Vbase値は、この周期ノイズのNポイントのサンプリング結果のほぼ平均値になる。従って、ここでは、イオン打ち出し信号をサンプリングクロックの周期分徐々にずらして行き、積算処理を行う。この際に、周期ノイズの位相に対してイオン打ち出し信号だけをずらして発生し、サンプリング結果もずらした時間分だけ到達が遅れるが、この分は積算時に遅延した時間を補償して(戻して)本来の時間であるイオン打ち出し時間からの時間に積算メモリに格納する。
【0046】
図3(b)において、1回目のTOFスキャンでは、時間ts1でイオン打ち出し信号を発生する。2回目のTOFスキャンでは、時間ts1からt(サンプリングクロックの周期分の時間)だけ遅らせた時間ts2(ts1+t)でイオン打ち出し信号を発生する。以降同様に、3回目のTOFスキャンでは時間ts3(ts1+t+t)、4回目のTOFスキャンでは時間ts4(ts1+t+t+t)、…でイオン打ち出し信号を発生する。
【0047】
また、サンプリング結果の格納では、1回目のTOFスキャンのサンプリング結果は時間ts1で格納する。2回目のTOFスキャンのサンプリング結果は、時間ts2からtだけ戻した時間ts1(ts2−t)で格納する。以降同様に、3回目のTOFスキャンのサンプリング結果は時間ts1(ts3−t−t)、4回目のTOFスキャンでは時間ts1(ts4−t−t−t)、…で格納する。
【0048】
このように、イオン打ち出し信号の打ち出し時間(ts1、ts2、ts3、ts4、…)を徐々に遅らせて発生することで、サンプリング結果に示すイオン検出信号(丸印が検出ポイント)も打ち出しと同時に徐々に遅れているが、N回積算後の結果では、サンプリング時間の補償を行っているので、丸印の時間にイオン検出信号が全て積算される。この結果、周期ノイズの低減した結果が得られ、イオン検出信号とノイズのS/N比を向上できる。
【0049】
(実施の形態3)
次に、本発明の実施の形態3における質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法について説明する。
【0050】
実施の形態3における質量分析用データ処理装置は、前記実施の形態1と2を組み合わせた場合であり、ハード的な構成および測定データの積算方法は前記実施の形態1,2と同様である。
【0051】
また、前記実施の形態1,2でも十分なSN比の向上は可能であるが、より高ダイナミックレンジ化が可能な実施の形態について説明する。
【0052】
図4を用いて、実施の形態3における、イオン検出信号をサンプリグした結果の処理の様子を説明する。
【0053】
図4(a)は、データ収集回路に入力されるイオン検出信号である。図4(b)は、従来技術でのサンプリング結果である。図4(c)は前記実施の形態1対応(ケース1)のサンプリング結果、図4(d)が前記実施の形態2対応(ケース2)のサンプリング結果、図4(e)が本実施の形態3(ケース3)のサンプリング結果を示す。図4(b)〜(e)は、N回積算したサンプリング結果を示しており、ここでは、N回積算中のイオン検出信号は全て同じ信号を積算した場合を示す。
【0054】
図4(a)は、質量分析部から出力されたイオン検出信号にリンギング成分がある場合の例を示しており、図4(b)の従来技術では、そのリンギング成分に更に周期ノイズ成分が重畳されたサンプリング結果となる。図4(c)に示す実施の形態1の技術では、このリンギング成分と、Vth以下の周期ノイズ成分については、低減が可能であるが、信号成分側に含まれる若干の周期ノイズ成分が除去されず、周期ノイズ成分が残ってしまう。また、図4(d)で示す実施の形態2の技術では、周期ノイズ成分は除去されるが、リンギング成分が残る。これらに対して、図4(e)に示す本実施の形態3では、Vth以下の信号のノイズ成分は除去し、かつ信号成分に含まれる周期的なノイズ成分を低減することが可能なので、図に示すようなS/N比が良好なサンプリング結果を得ることができる。
【0055】
(実施の形態4)
次に、本発明の実施の形態4における質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法について説明する。
【0056】
実施の形態4における質量分析用データ処理装置は、ベースライン計測用回路を専用に設けて、任意の時間帯のベースラインを測定可能にしたことが特徴である。
【0057】
図7を用いて、実施の形態4におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置を用いた質量分析装置の構成を説明する。ハード的な構成および測定データの積算方法は前記実施の形態1と同じ機能のものについては、説明を省略する。
【0058】
図7では、図1に対して、積算処理回路56、積算メモリ57を追加した。積算処理回路56は、A/D変換器53から出力されたサンプリングデータを積算メモリ57を使用して積算処理するために用いる。従って、サンプリング終了後には、従来技術で積算処理をした結果が格納され、また、実施の形態1で述べたイオン計測時間帯T2の信号積算結果を得ることができる。本来のマススペクトルを得るための時間帯における全ての信号積算結果としきい値以下のノイズ成分を除去した2つの結果を取得する。但し、本実施の形態では、積算処理終了後に積算メモリ57の結果をマススペクトルとして使用するのではなく、ベースライン算出のためのデータとして使用する。これにより、イオン計測時間帯T2の任意の時間帯からベースライン値を算出することができるようになる。
【0059】
例えば、イオン計測時間帯T2の全ての時間帯での平均値をベースラインとすることも可能であり、また、時間帯T2のベースラインがフラットではなく、歪んだような場合は、その歪み分を差し引くことも可能となる。
【0060】
また、本実施の形態では、回路規模は大きくなるが、専用のベースライン計測用回路として積算処理回路56と積算メモリ57を設けた例を示したが、単に所定時間の平均値を求めるものでよければ、所定時間のサンプリングデータを全部加算し、その加算データ数から平均値を求める回路を設ければ、前記積算メモリ57の様な大規模なメモリを設ける必要はない。
【0061】
以上、述べた様に本実施の形態では、イオン計測時間帯T2と並行してベースライン値を測定する事を特徴としたことを説明するものであり、実現方法は、本実施の形態に限定されないことは言うまでもない。
【0062】
(実施の形態5)
上述した実施の形態1〜4で説明したサンプリング結果に対する積算時のデータ処理は、質量分析装置内の判定アルゴリズム等で行っても良いが、装置ユーザが実施の有無を決定してもなんら支障はなく、例えば、質量分析装置の入出力装置から、選択的に測定モード変更として行っても良い。
【0063】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、質量分析技術に関し、特に、飛行時間型の質量分析装置におけるA/D変換器を用いた質量分析用データ処理装置およびデータ処理方法に適用して有効である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施の形態1におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置を用いた質量分析装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態1において、イオン検出信号をサンプリグした結果の処理の様子を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態2において、イオン検出信号をサンプリグした結果の処理の様子を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態3において、イオン検出信号をサンプリグした結果の処理の様子を示す図である。
【図5】本発明の前提として検討した従来の質量分析装置における測定の様子(TOFスキャン)および積算処理を示す図である。
【図6】本発明の前提として検討した従来のデータ処理装置のサンプリング結果の処理の様子を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態4におけるA/D変換方式の質量分析用データ処理装置を用いた質量分析装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0066】
1…導入部、2…TOF部、3…ゲイン調整器、4…イオン打ち出し信号発生器、5…データ収集回路、6…CPU、7…入出力装置、21…検出器、51…クロック発生器、52…カウンタ、53…A/D変換器、54…積算処理回路、55…積算メモリ、56…積算処理回路、57…積算メモリ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析用検出系を備えた飛行時間型の質量分析装置であって、
イオンを検出し電気信号に変換する検出器と、前記検出器からのイオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記積算処理回路は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
質量分析用検出系を備えた飛行時間型の質量分析装置であって、
イオンを検出し電気信号に変換する検出器と、前記検出器からのイオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する第1、第2の積算処理回路と、前記第1、第2の積算処理回路による積算処理結果を格納する第1、第2の積算メモリとを備え、
前記第1の積算処理回路は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記第1の積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記第2の積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記第2の積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記第2の積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記第1の積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
質量分析用検出系を備えた飛行時間型の質量分析装置であって、
イオン打ち出し信号発生器と、イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記イオン打ち出し信号発生器は、イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延して発生し、
前記A/D変換器は、前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
質量分析用検出系を備えた飛行時間型の質量分析装置であって、
イオン打ち出し信号発生器と、イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記積算処理回路は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えるものであり、
前記イオン計測時間帯において、
前記イオン打ち出し信号発生器は、イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延して発生し、
前記A/D変換器は、前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
飛行時間型の質量分析装置における質量分析用データ処理装置であって、
イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記積算処理回路は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えることを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項6】
請求項5記載の質量分析用データ処理装置において、
前記所定の値は、前記しきい値と同じ値であることを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項7】
飛行時間型の質量分析装置における質量分析用データ処理装置であって、
イオン打ち出し信号発生器と、イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記イオン打ち出し信号発生器は、イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延して発生し、
前記A/D変換器は、前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項8】
請求項7記載の質量分析用データ処理装置において、
前記所定の時間は、前記イオン検出信号をサンプリングするサンプリングクロックの周期分の時間であることを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項9】
飛行時間型の質量分析装置における質量分析用データ処理装置であって、
イオン打ち出し信号発生器と、イオン検出信号をサンプリングするA/D変換器と、前記A/D変換器からのサンプリングデータを積算処理する積算処理回路と、前記積算処理回路による積算処理結果を格納する積算メモリとを備え、
前記積算処理回路は、ノイズ成分を除去するためのしきい値を取得しておき、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えるものであり、
前記イオン計測時間帯において、
前記イオン打ち出し信号発生器は、イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延して発生し、
前記A/D変換器は、前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項10】
請求項9記載の質量分析用データ処理装置において、
前記ベースライン計測時間帯において、
前記イオン打ち出し信号発生器は、イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延して発生し、
前記A/D変換器は、前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項11】
請求項10記載の質量分析用データ処理装置において、
前記所定の値は、前記しきい値と同じ値であることを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項12】
請求項11記載の質量分析用データ処理装置において、
前記所定の時間は、前記イオン検出信号をサンプリングするサンプリングクロックの周期分の時間であることを特徴とする質量分析用データ処理装置。
【請求項13】
飛行時間型の質量分析装置における質量分析用データ処理方法であって、
ノイズ成分を除去するためのしきい値を積算処理回路に取得しておき、
イオン検出信号をA/D変換器でサンプリングし、
前記積算処理回路は、前記A/D変換器からのサンプリングデータに基づき、イオン計測時間帯において、前記しきい値以上の信号はそのまま前記積算メモリに格納し、前記しきい値未満の信号は所定の値に置き換えて前記積算メモリに格納し、ベースライン計測時間帯の積算処理結果はそのまま前記積算メモリに格納し、積算処理終了後に前記ベースライン計測時間帯の前記積算メモリの結果からベースライン値を算出し、前記イオン計測時間帯に得た前記積算メモリの結果に対して前記所定の値を前記ベースライン値に置き換えることを特徴とする質量分析用データ処理方法。
【請求項14】
飛行時間型の質量分析装置における質量分析用データ処理方法であって、
イオン打ち出し信号を所定の時間ずつ遅延してイオン打ち出し信号発生器から発生し、
前記イオン打ち出し信号の発生によるイオン検出信号をA/D変換器でサンプリングし、
積算処理回路は、積算メモリに積算処理結果を格納する際に、遅延した時間分を元に戻して格納することを特徴とする質量分析用データ処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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