説明

走査型透過電子顕微鏡

【課題】環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(ADF−STEM)による画像の検出において、従来は低角度ADF−STEM像と高角度ADF−STEM像を同時に検出することができず、コントラスト比較のための位置合わせの処理などの画像処理作業が必要であった。
【解決手段】ADF−STEMの環状の検出器6を同心円状に分割することにより、高角度と低角度に散乱電子を同時に検知して位置ずれのない画像を検出し、正確な歪みコントラストを簡便に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型透過電子顕微鏡に関し、特に、結晶構造を持つ試料の歪みの検出に用いる環状暗視野走査型透過電子顕微鏡に適用して有効な技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscope:ADF−STEM)は、集束させた電子線を走査させながら試料に照射し、原子の振動により散乱電子を、試料の下方の環状の検出器を用いて像として形成する電子顕微鏡である。試料である結晶に歪みが生じた場合、原子振動の大きさは変化する。ADF−STEMは検出器の位置を変化させることで検出角を変えることができるので、検出角を低角度側に設定することで結晶歪みによる原子振動の大きさの変化を検知することができ、歪みに対応したコントラストを得ることが可能であるという報告がなされている。このコントラストは、歪みの大きさに対して単調に変化するため、結晶歪みの可視化(歪みマッピング)に有効であると考えられる。
【0003】
特許文献1(特開2000−146781号公報)には、薄片試料の注目部を平面方向と断面方向からTEMやSTEMで解析することができ、また、平面方向と断面方向からTEMやSTEMで解析するための試料を作製することができる試料作製装置が開示されている。
【0004】
また、非特許文献1には、暗視野走査型透過電子顕微鏡を使用し、試料に当てて散乱させた電子線を高角度及び低角度の検出器で検知することにより、シリコン基板内の歪みを検出することが可能であり、試料の厚みが判明している場合、歪みコントラストの量を計測することができる旨の技術が公開されている。
【0005】
また、非特許文献2には、暗視野走査型透過電子顕微鏡の環状の検出器の内径の半径を変更することは、検出される画像に大きな影響を与えず、不純物原子の検出のためには、低温の環境で、特別な検出角度で検出することが適切である旨の技術が公開されている。
【0006】
また、非特許文献3には、暗視野走査型透過電子顕微鏡を使用し、散乱電子線を高角度検知したとき、積み重ねられた欠点が試料の表面の近くにあり、かつ口径が小さい場合にもっとも強い歪みコントラストが検出される旨の技術が公開されている。
【0007】
また、非特許文献4には、不純物が注入された半導体層の歪みコントラストが不純物とマトリクス原子の原子散乱の違いに関連している旨の技術が公開されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−146781号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Study of strain fields at a-Si/c-Si interface, Z. Yu, D.A. Muller and J. Silcox, Journal of Applied Physics, Vol.95 (2004) pp.3362.
【非特許文献2】Detector geometry, thermal diffuse scattering and strain effects in ADF STEM imaging, Ultramicroscopy, vol.58(1995) pp.6
【非特許文献3】Imaging elastic strains in high angle annular dark field scanning transmission electron microscopy, Ultramicroscopy, vol.52(1993) pp353.
【非特許文献4】On the electron microscope contrast of doped semiconductor layers, D.D. Perovic at al, Philosophical Magazine A, 1991, vol.63(1991) pp.757
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図1に示すように、ADF−STEMは、集束させた電子線1を走査させながら試料2に照射し、原子の振動により散乱電子3を、試料の下方の環状の検出器4を用いて検出し、検出した像を結像してPC5にモニタする電子顕微鏡である。
【0011】
図2(b)に示すように、ADF−STEMにて電子線1を試料2に照射し、検出角Xで低角度側に散乱電子3を検出器4で検出すると、歪みに対応したコントラストを得ることができる。しかし、この低角度ADF−STEM(Low Angle ADF-STEM:LAADF−STEM)のコントラストは歪みのみではなく試料2の組成の違いによっても変化するため、コントラスト変化が組成によるものか歪みによるものかの切り分けが必要となる。この切り分けは高角度側に散乱電子3を検出する高角度ADF−STEM(High Angle ADF-STEM:HAADF−STEM)との比較により可能であるが、非特許文献1に記載の装置では低角度側と高角度側の電子を同時に測定することができず、その場合HAADF−STEM像とLAADF−STEM像とを比較して切り分けするには複雑な処理を行なう必要がある。
【0012】
なお、従来のADF−STEMで低角度および高角度に散乱電子3を検出する場合は、図2(a)に示すように、電子線1を試料2に照射し、ADF−STEMの検出器4を上下に移動させ、検出器4と試料2の距離(カメラ長)を変えて散乱電子3を検出する。このため、LAADF−STEM像とHAADF−STEM像を同時に検出することができない。同時の検出ができない場合、LAADF−STEMとHAADF−STEMとで検出位置が厳密に同じでなくなり、コントラスト比較のための位置合わせの処理などの画像処理作業が必要となる。
【0013】
また、試料2内の応力の掛かり方によって結晶の歪み方が変わるため、一般に結晶の方位により歪みの大きさが異なる。従来のADF−STEMの検出器は環状であるため、得られる歪みコントラストは結晶の各方位の平均であり、歪み成分を分解することが難しいという問題がある。
【0014】
さらにまた、母結晶に不純物原子がある場合、不純物原子の影響で母結晶に歪みが生じるため、不純物原子の種類や状況により歪みによる影響が特異な結晶方位の散乱で顕著になる場合がある。しかし従来の環状の検出器でその変化を検出しようとした場合、全方位に散乱電子を検出するため、効率よく歪みの変化を検知することができない問題がある。
【0015】
本発明の第一の目的は、高角度と低角度に散乱電子を同時に検知し、正確な歪みコントラストを簡便に検出することのできるADF−STEMを提供することにある。
【0016】
また、本発明の第二の目的は、結晶の歪み成分を方位によって分解して検知することのできるADF−STEMを提供することにある。
【0017】
本発明の前記ならびにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの一実施の形態の概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0019】
本発明の一実施の形態による走査型透過電子顕微鏡は、
集束させた電子線を試料に照射し、
前記電子線を走査させ、
前記試料の下方の検出器で前記試料に照射されて散乱した電子を検知し、
検出された像を結像してPCにモニタする走査型透過電子顕微鏡において、
前記検出器の検出面が複数に分割されているものである。
【発明の効果】
【0020】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0021】
本願の発明の一実施の形態によれば、ADF−STEMの環状の検出器をたとえば同心円状に分割することにより高角度と低角度に散乱電子を同時に検知し、正確な歪みコントラストを簡便に検出することができる。
【0022】
また、本願の発明の一実施の形態によれば、ADF−STEMの環状の検出器をたとえば放射状に分割することにより、結晶の歪み成分を方位によって分解して検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係るADF−STEMの検出方法を示す模式図である。
【図2】(a)は、従来のADF−STEMの検出方法を模式的に示す断面図である。(b)は、従来のADF−STEMの検出方法を模式的に示す断面図である。
【図3】本発明におけるADF−STEMの検出器の模式的な断面図である。
【図4】実施の形態1におけるADF−STEMの検出器の上部平面図である。
【図5】従来のADF−STEMの検出器の上部平面図である。
【図6】実施の形態1におけるADF−STEMの検出器の上部平面図である。
【図7】(a)は、実施の形態2におけるADF−STEMの検出器の上部平面図である。(b)は、実施の形態2におけるADF−STEMの検出器の上部平面図である。
【図8】実施の形態3におけるADF−STEMの検出器の上部平面図である。
【図9】本発明におけるADF−STEMの検出器の一実施例の上部平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下の実施の形態においては便宜上その必要があるときは、複数のセクションまたは実施の形態に分割して説明するが、特に明示した場合を除き、それらはお互いに無関係なものではなく、一方は他方の一部または全部の変形例、詳細、補足説明等の関係にある。
【0025】
また、以下の実施の形態において、要素の数等(個数、数値、量、範囲等を含む)に言及する場合、特に明示した場合および原理的に明らかに特定の数に限定される場合等を除き、その特定の数に限定されるものではなく、特定の数以上でも以下でも良い。
【0026】
さらに、以下の実施の形態において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、実施の形態等において構成要素等について、「Aからなる」、「Aよりなる」と言うときは、特にその要素のみである旨明示した場合等を除き、それ以外の要素を排除するものでないことは言うまでもない。
【0027】
同様に、以下の実施の形態において、構成要素等の形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合および原理的に明らかにそうでないと考えられる場合等を除き、実質的にその形状等に近似または類似するもの等を含むものとする。このことは、上記数値および範囲についても同様である。
【0028】
また、材料等について言及するときは、特にそうでない旨明記したとき、または、原理的または状況的にそうでないときを除き、特定した材料は主要な材料であって、副次的要素、添加物、付加要素等を排除するものではない。たとえば、シリコン部材は特に明示した場合等を除き、純粋なシリコンの場合だけでなく、添加不純物、シリコンを主要な要素とする2元、3元等の合金(たとえばSiGe)等を含むものとする。
【0029】
また、以下の実施の形態を説明するための全図において同一機能を有するものは原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0030】
また、以下の実施の形態で用いる図面においては、平面図であっても図面を見易くするために部分的にハッチングを付す場合がある。
【0031】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0032】
(実施の形態1)
本実施の形態は、環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(ADF−STEM)に適用したものであり、図3に、ADF−STEMの全体図を示す。図3に示すADF−STEM21は、電子銃22、コンデンサーレンズ23、走査コイル24、対物レンズ25、コントラスト絞り26、検出器6、スペクトロメーター27、分光スペクトル検出器28、およびエネルギー分散型X線分析装置29を備えたものであり、設置した試料2に電子銃22から電子線1を照射し、走査コイル24により電子線1を走査させ、散乱電子3を検出器6および分光スペクトル検出器28で検出する装置である。
【0033】
次に、図4に、本実施の形態におけるADF−STEMの検出器の上部平面図を示す。
【0034】
図4に示すADF−STEMは、内側と外側で検出器6の検出面が二つに分割されており、内側がLAADF−STEM検出器7、外側がHAADF−STEM検出器8となっている。
【0035】
ここで、図5に示すように、従来の検出器4ではその幅は一定であるため、任意の検出角X(図2(b))を選択することができなかった。LAADF−STEM像とHAADF−STEM像を検出するためには、検出角Xは内側と外側の角度を設定する必要があるが、図2の(a)および(b)に示すように、従来のADF−STEMはLAADF−STEM像とHAADF−STEM像を検出するために検出器4を上下に動かすことで検出角Xを変化させていた。
【0036】
しかし、従来の検出器4を上下させる方法ではLAADF−STEM像とHAADF−STEM像を同時に検出ができないため、それぞれの像の検出位置が厳密に同じではなくなり、コントラスト比較のための位置合わせの処理などの画像処理作業が必要であった。
【0037】
そこで、図4に示す本実施の形態のADF−STEMでは、検出器6を同心円状に内側と外側に分割することで、LAADF−STEM像とHAADF−STEM像を同時に得ることを可能としている。同時に得たLAADF−STEM像とHAADF−STEM像は位置ずれが全くないことから、HAADF−STEM像から原子番号の情報を取得し、LAADF−STEM像から歪みによるコントラストのみを容易に抽出することが可能である。このため、不純物による母結晶の歪みを効率よく検知でき、通常の電子顕微鏡では検出が困難であった軽元素の分布や低濃度の不純物の分布を可視化することができる。
【0038】
なお、図4は検出器6を内側と外側で二つに分割した例であるが、図6に示すように、検出器6を分割する数はさらに多数でも構わない。この場合、任意の検出器を選択することにより、内側および外側の検出角X(図2(b))を任意に設定することが可能であるため、所望の大きさの歪み成分を顕在化した像を得ることが可能である。
【0039】
(実施の形態2)
本発明に係るADF−STEMの一例として、本実施の形態2では、検出面を放射状に分割した検出器を有するADF−STEMについて説明する。
【0040】
本実施の形態2に係るADF−STEMとして、図7にその検出器6を示す。
【0041】
図7(a)に示すように、本実施の形態のADF−STEMの検出器6は、放射状に偶数に分割されており、分割されたそれぞれの検出器は、対向する検出器と対をなし、試料の歪み方向性依存を検出する。つまり、検出器6内において、検出器Aは検出器A’に対向した位置にあり、検出器Bは検出器B’に対向する位置にある。
【0042】
試料に応力がかかっている場合、散乱電子の強度は散乱方向により異なると考えられる。その特有の方向の電子を検出して方向別に表示することで歪み分解が可能である。
【0043】
従来のADF−STEMの検出器は、図5に示すように、環状の検出器4の一面のみで像を検出するので、得られる歪みコントラストは結晶の各方位の平均であり、試料の歪み成分の方向性依存を読み取る事が不可能であった。
【0044】
そこで、図7(a)に示す本実施の形態における検出器6では、検出器6を放射状に分割し、検出する方位を任意に選択できるようにし、歪み成分の方向性依存を検出することを可能とした。また、歪み場をもつ不純物からのチャネリング方向の散乱電子を本検出器で検出することにより、不純物の分布を得ることもできる。
【0045】
なお、方向性依存を読み取る際、任意の検出器(たとえば検出器A)と対向する検出器(たとえば検出器A’)は同じ像が検出されるため、対向する対の検出器二つを用いて方向性依存を検出する。
【0046】
また、本実施の形態は図7(b)に示すように、分割する数は偶数であればさらに多数でもよい。この場合、図7(a)の検出器6よりも細かい方位で検出像を得ることができるため、さらに詳細な方向性依存の歪みを検出することが可能である。
【0047】
(実施の形態3)
本発明に係るADF−STEMの一例として、本実施の形態3では、検出器にCCD(Charge Coupled Device)を利用したADF−STEMについて説明する。
【0048】
本実施の形態3に係るADF−STEMとして、図8にその検出器としてCCD9を示す。図8に示すCCD9において斜線で表わされている領域は、従来のADF−STEMの検出器に対応した環状の領域を示している。
【0049】
ADF−STEMで一つ一つのCCD素子10に検出された画像はPCに保存され、その画像の任意形状の選択領域を積分し、擬似的にSTEM像を形成する。
【0050】
画像データはPCに保存されているため、測定後に測定者の解析目的に応じ解析することができる。また、画像積分形状も任意に変更可能であり、様々な解析が可能であるため利便性が高い。
【0051】
検出器にCCD9を用いているため、ADF−STEM像を検出する際にLAADF−STEMまたはHAADF−STEMの検出器に対応したCCD9の領域を選択することにより、歪み分布のみのコントラストを得ることができる。また、方位によって異なる結晶の歪み成分も、所望の方位のCCD9の領域を選択することで歪みの方向性依存を分解して検出することが可能である。
【0052】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【0053】
たとえば、図9に示すように、検出器6を同心円状に分割し、さらに放射状にも分割することで、実施の形態1と実施の形態2の特徴を具備した検出器として応用することもできる。
【0054】
また、本実施の形態1ないし3のいずれかの方法で歪み成分のみの連続傾斜像を取得し、電子線トモグラフィの再構築によって3次元像を得ることも可能である。この場合、歪み成分または歪みに起因した結晶欠陥などの3次元像が、歪み成分抽出の際も位置ずれを起こすことなく高い精度で取得できる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、走査型透過電子顕微鏡に幅広く利用されるものである。
【符号の説明】
【0056】
1 電子線
2 試料
3 散乱電子
4 検出器
5 PC
6 検出器
7 LAADF−STEM検出器
8 HAADF−STEM検出器
9 CCD
10 CCD素子
21 ADF−STEM
22 電子銃
23 コンデンサーレンズ
24 走査コイル
25 対物レンズ
26 コントラスト絞り
27 スペクトロメーター
28 分光スペクトル検出器
29 エネルギー分散型X線分析装置
A 検出器
A’ 検出器
B 検出器
B’ 検出器
X 検出角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
集束させた電子線を試料に照射し、
前記電子線を走査させ、
前記試料の下方の検出器で前記試料に照射されて散乱した電子を検知し、
検出された像を結像してPCにモニタする走査型透過電子顕微鏡において、
前記検出器の検出面が複数に分割されていることを特徴とする走査型透過電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−251041(P2010−251041A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97781(P2009−97781)
【出願日】平成21年4月14日(2009.4.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年12月15日 電気電子学会発行の「international ELECTRON DEVICES meeting 2008」に発表
【出願人】(302062931)ルネサスエレクトロニクス株式会社 (8,021)
【Fターム(参考)】