説明

超伝導トンネル接合の品質評価方法、超伝導トンネル接合の品質評価装置、超伝導トンネル接合素子、及び、超伝導トンネル接合電磁波検出器

【課題】
超伝導トンネル接合の品質を評価することを容易にする超伝導トンネル接合の品質評価方法などを提供するとともに、超伝導トンネル接合の品質を向上する方法を提供する。
【解決手段】
本発明のある側面は、超伝導トンネル接合の超伝導ギャップエネルギの虚数部から超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価方法にある。本構成によれば、虚数部は、動作温度と異なる温度のデータからも得ることができるため、超伝導トンネル接合の品質を評価することが容易になる。また、超伝導トンネル接合の超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさを制御することにより、高品質の超伝導トンネル接合を供する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導トンネル接合の品質評価方法、超伝導トンネル接合の品質評価装置、超伝導トンネル接合素子、及び、超伝導トンネル接合電磁波検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
超伝導トンネル接合素子(STJ(Superconducting Tunnel Junction ))を用いた光検出器の開発研究が世界でひろく行われてきた。これは、超伝導体が半導体と比較してはるかに小さいエネルギーギャップを有することを利用して、半導体検出器などの既存の光検出器に比べてエネルギ分解能がはるかに高い光検出器を原理的に実現できることが強い動機となっている。このことから、高エネルギ分解能のX線検出器、超伝導フォトン検出器、赤外線検出器への応用を目指して開発が進められてきた。
【0003】
超伝導体検出器の開発はNbを超伝導体素材として用いたもので始まり、その後エネルギーバンドギャップがNb(3.1meV)の10分の1であるAl(0.34meV)を用いた超伝導体検出器の開発も進められてきた。一般に、超伝導体検出器は、2枚の超伝導体膜が絶縁膜を挟み込む構造をしている。動作原理は、超伝導体中で放射線のエネルギがクーパー対を破壊して2個の準粒子(電子)を生成するのに使われ、そうして発生した準粒子が、トンネル効果によりもう一方の超伝導体電極へ流れていき、信号電流として検出されるというものである。
【0004】
超伝導フォトン検出器を一例として説明すると、超伝導フォトン検出器は、図9の模式図に示すように、超伝導体膜31及び33が絶縁体膜32で隔てられたサンドイッチ構造の超伝導トンネル接合素子を有している。この素子は、超伝導転移温度の1/10程度の温度に冷却され、また、磁場が印加されて、超伝導状態を担うクーパー対によるトンネル電流が流れないようにされている。この素子に光子(フォトン)が入射すると、クーパー対が壊れて準粒子が生成され、準粒子によるトンネル電流が増加する。このトンネル電流の増加を測定することにより、入射した光子の数やエネルギを知ることができる。
【0005】
半導体のエネルギギャップは1eV程度であるが、超伝導フォトン検出器の場合、超伝導エネルギギャップが数meVと小さいため、光子のエネルギで励起されるキャリアー数(準粒子数)が多く、半導体フォトン検出器に比べて高精度の検出が可能になる。
【0006】
下記非特許文献5には、超伝導トンネル接合素子の製造方法が記載されている。この方法では、フォトリソグラフィ技術を用いて、直径が7.5cmのSi基板上に面積が50μm×50μmの接合素子を多数個形成している。
【0007】
図10は、この製造方法で形成された超伝導トンネル接合素子の1つの断面を示している。この素子は、Si基板14上に、Si基板14をエッチングから保護するMgO膜15を備え、その上に、微細形状にエッチング加工された、Nbから成る下部超伝導電極13、Al/AlOxから成るトンネルバリア12、及び、Nbから成る上部超伝導電極11の積層体を備え、その上に絶縁膜16と、絶縁膜16のビアホールを通じて下部超伝導電極13及び上部超伝導電極11に接続する配線電極17、18とを備えている。
Si基板14の厚さは400mmであり、MgO膜15は50nm、下部超伝導電極13及び上部超伝導電極11はそれぞれ200nm、トンネルバリア12は15nmの各厚さを有している。
【0008】
また、これまでの超伝導トンネル接合素子では、配線電極の絶縁膜16をSiO2で形成したもの、Si基板14上のエッチング保護膜をAl23で形成したもの、また、基板にAl23(サファイア)を使用したものなどもある。
【0009】
しかしながら、これまでのフォトン検出器などの超伝導トンネル接合素子では、エネルギ分解能又は感度の点で課題があり、動作電圧での電流をさらに低減する必要が生じている。この課題に対して多くの研究がなされてきたものの、超伝導トンネル接合のサブギャップ電流を低減し、接合の品質パラメータを向上することが難しくなっていた。
【0010】
【非特許文献1】R. Monaco, R. Cristiano, L. Frunzio, and C. Nappi, “Investigation of low-temperature I-V curves of high-quality Nb/AI-AlOx/Nb Josephson junctions”, J. Appl. Phys. 71 (4), 1888-1892, 1992.
【非特許文献2】仲川博, 赤穂博司, 青柳昌宏, 黒沢格, 高田進, “X線検出用Nb/AlOx/Nbトンネル接合の作製”, 電子情報通信学会技術報告, SCE-93-39, 49-54, 1993.
【非特許文献3】B. Mitrovic and L. A. Rozema, "On the correct formula for the lifetime broadened superconducting density of states", J. Phys.: Condens. Matter, 20, 015215, 2008.
【非特許文献4】R. C. Dynes, V. Narayanamurti and J. P. Garno, “Direct Measurement of Quasiparticle-Lifetime Broadening in a Strong-Coupled Superconductor”, Phys. Rev. Lett., 41, 1509-1512, 1978.
【非特許文献5】IEEE TRANSACTIONS ON APPLIED SUPERCONDUCTIVITY, VOL.13, NO.2, JUNE 2003, pp.119〜122
【非特許文献6】超伝導体検出器(超伝導トンネル接合素子STJを用いた赤外線検出器)開発提案書 KEK素粒子原子核研究所 山内正則ら 2006年12月19日
【特許文献1】特開2006-216795
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上述の背景技術に鑑みてなされたものであり、超伝導トンネル接合の品質を評価することを容易にする超伝導トンネル接合の品質評価方法などを提供するとともに、超伝導トンネル接合の品質を向上する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明によれば、上述の目的を達成するために、特許請求の範囲に記載のとおりの構成を採用している。以下、この発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明の第1の側面は、
超伝導トンネル接合の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価方法
にある。
【0014】
本構成によれば、虚数部の値は、動作温度と異なる温度のデータからも得ることができるため、超伝導トンネル接合の品質を評価することが容易になる。
【0015】
本発明の第2の側面は、
超伝導トンネル接合の電流-電圧特性から超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を得る工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法
にある。
【0016】
本構成によれば、動作温度での超伝導トンネル接合の電流-電圧特性は、動作温度と異なる高い温度のデータからも得ることができるため、超伝導トンネル接合の品質を評価することが容易になる。
【0017】
本発明の第3の側面は、
電流Iと電圧Vとの微分コンダクタンスdI/dVから超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を得る工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法
にある。
【0018】
本構成によれば、微分コンダクタンスdI/dVは、動作温度と異なる温度のデータからも得ることができるため、超伝導トンネル接合の品質を評価することが容易になる。
【0019】
本発明の第4の側面は、
動作温度でのサブギャップ電流と動作温度よりも高温でのサブギャップ電流との比を品質評価パラメータとして使用することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法
にある。
【0020】
本構成によれば、トンネル接合の面積に必ずしも依存しない、優れた、超伝導トンネル接合の品質評価方法が得られる。
【0021】
本発明の第5の側面は、
第1超伝導体と、前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、前記絶縁体上に形成された第2超伝導体とを有する超伝導トンネル接合の品質評価方法であって、
超伝導体の超伝導転移温度の半分の温度以下の温度で超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性を測定する工程と、
ギャップ電圧付近の電流の振舞とよくフィットするように超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を決定する工程とを有し、
前記超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から動作温度における超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価方法
にある。
【0022】
本構成によれば、虚数部の値を容易に決定することができ、さらに、その虚数部の値は動作温度と異なる温度のデータからも得ることができるため、動作温度である低温での超伝導トンネル接合の品質を評価することがさらに容易になる。
【0023】
本発明の第6の側面は、
超伝導トンネル接合の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価装置
にある。
【0024】
本構成によれば、虚数部は、動作温度と異なる温度のデータからも得ることができるため、超伝導トンネル接合の品質を容易に評価することができる品質評価装置が得られる。
【0025】
本発明の第7の側面は、
第1超伝導体と、
前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、
前記絶縁体上に形成された第2超伝導体と
を有し、
いずれか一方の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値が10-3meV以下であることを特徴とする超伝導トンネル接合素子
にある。
【0026】
本構成によれば、これまでとは全く異なる優れた特性の超伝導トンネル接合を得ることができる。
【0027】
本発明の第8の側面は、
第1超伝導体と、
前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、
前記絶縁体上に形成された第2超伝導体と
を有し、
いずれか一方の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値が10-3meV以下であることを特徴とする超伝導トンネル接合電磁波検出器
にある。
【0028】
本構成によれば、これまでとは全く異なる優れた特性の超伝導トンネル接合電磁波検出器を得ることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、超伝導トンネル接合の品質を評価することを容易にする超伝導トンネル接合の品質評価方法などが得られる。
【0030】
本発明のさらに他の目的、特徴又は利点は、後述する本発明の実施の形態や添付する図面に基づく詳細な説明によって明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0032】
[はじめに]
【0033】
これまで、遠赤外線からX線にわたる超伝導フォトン検出器について多くの研究、開発がなされてきた。超伝導フォトン検出器の感度又はエネルギ分解能は、動作状態での超伝導トンネル接合のリーク電流で支配されている。そのため、超伝導フォトン検出器の感度またはエネルギ分解能を向上させるために、その動作温度下げて超伝導トンネル接合のリーク電流を減少させることが行なわれてきたが、これまでの超伝導トンネル接合では、低温でリーク電流の減少が飽和してしまい、リーク電流を期待されたほど低減できず、結果として期待されたほどの感度やエネルギ分解能を実現できていなかった。
【0034】
しかしながら、本発明者らの理論的な解析研究によると、このリーク電流が両側の電極の超伝導エネルギギャップの広がり(ボケ)に強く依存することが明らかになった。超伝導トンネル接合のリーク電流の温度の低下に伴う減少の飽和傾向は、超伝導エネルギギャップの広がり(ボケ)に強く関連し、超伝導エネルギギャップの広がり(ボケ)を小さくすることにより、飽和する電流レベルを低減できることが明らかになった。これらのことから、超伝導トンネル接合のリーク電流をより小さくできるため、これまでよりも高い感度やエネルギ分解能をもつ超伝導トンネル接合検出器が実現できることになる。
【0035】
以下では、飽和電流レベルの小さな超伝導トンネル接合の具体的な実現方法などについて説明する。
【0036】
[発明に至る経緯]
【0037】
超伝導トンネル接合電磁波検出器のエネルギ分解能あるいは感度を向上させるためには、接合のリーク電流の低減が必要である。このため、超伝導トンネル接合検出器を1K以下の超低温まで冷却して、リーク電流を減少させ、検出器の感度向上を図っている。
【0038】
実際の超伝導トンネル接合では、ある温度以下ではサブギャップ電流(リーク電流)の減少が飽和し、温度によらず一定の値になることが明らかになっている。この超伝導トンネル接合におけるサブギャップ電流の超低温での飽和は、超伝導トンネル接合検出器のエネルギ分解能あるいは感度の向上を図る上で大きな障害となっている。
【0039】
本発明者らは、これらの点に着目し、高品質の超伝導トンネル接合を得るための理論上の裏づけ、さらには、超伝導トンネル接合の品質を評価することを容易にする品質評価方法などを着想するに至った。
【0040】
[概要]
【0041】
BCS理論に基づいた超伝導トンネル電流の解析において、複素数の超伝導ギャップエネルギを導入すると、超伝導トンネル接合のリーク電流は温度の低下とともに単調に減少しなくなり、ある温度以下で一定の値となって飽和することが明らかになった。このとき、リーク電流が飽和する温度やその値は、超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさに依存する。超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさは、超伝導(薄膜)電極の物性に依存し、特に、準粒子(常伝導電子)の散乱時間にまたは平均自由行程に反比例する。実際の超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさは、4.2Kにおける超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性から決定することができる。以上のことから、下記の事項を中心に考察する。
【0042】
(1)4.2Kにおける超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性から超低温でのリーク電流の大きさが判定でき、超低温での冷却試験なしに超伝導トンネル接合検出器のエネルギ分解能や検出感度を推定する方法。
【0043】
(2)実用的な超伝導トンネル接合検出器では、超伝導転移温度の約半分の温度(Tc/2)でのリーク電流で規格化して 10 -6以下のリーク電流を実現しなければならないが、これを実現するためには、超伝導ギャップエネルギの虚数部は 10 -3 meV以下にしなければならない点。
【0044】
(3)超伝導ギャップエネルギの虚数部が 10 -3 meV以下になる超伝導トンネル接合の実現方法およびその実施例。
【0045】
[構成例及び物性など]
【0046】
(X線および遠赤外線検出器用超伝導トンネル接合の構成例)
図1は、X線および遠赤外線検出器用超伝導トンネル接合の構成例を示す図である。図1(a)に示すように、超伝導トンネル接合は、2つの超伝導体膜1、2(例えばNb)で極薄(例えば厚さ1nm以上2nm以下)絶縁膜5を挟んだサンドイッチ構造をもつ。図1(b)に示すように、極薄の絶縁膜5の片側または両側に、10nm以上20nm以下程度の厚さの常伝導金属膜(例えば Alなど)6、7を挿入しても良い。超伝導体1、2内の電子は極薄の絶縁膜を透過することができ(トンネル効果)、接合の両端に電圧を印加することにより、絶縁膜を通して有限の電流を流すことができる。
【0047】
(超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性)
図2は、超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性を示す図である。このとき超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性は、両側の超伝導体の特殊な電子状態を反映して、図のような非線形な特性となる。Δ1、Δ2は、それぞれ、超伝導体1、2の超伝導ギャップエネルギであり、超伝導トンネル接合では、(Δ12)/eに対応する電圧(ギャップ電圧と呼ぶ)以下の電圧領域で(トンネル)電流がほとんど流れない。ここで、eは素電荷である。
【0048】
(サブギャップ電流)
超伝導トンネル接合を(両側の超伝導金属の)超伝導転移温度の 1/10以下の温度に冷却し、この接合に遠赤外線または X線等の電磁波が入射すると、超伝導電子対が入射電磁波のエネルギを吸収して対破壊を起こし、準粒子(常伝導電子)が生成される。その結果、ギャップ電圧以下の電圧領域のトンネル電流が増加する。このトンネル電流の増加を測定することにより、入射した電磁波の強度やエネルギを知ることができる。超伝導トンネル接合の電磁波に対する感度やエネルギ分解能は、ギャップ電圧以下の電圧で流れる電流(サブギャップ電流と呼ぶ)の大きさに依存し、サブギャップ電流を小さくするほど感度やエネルギ分解能が向上する。動作状態での超伝導トンネル接合検出器において、フォトンの入射がない状態で検出器を流れるサブギャップ電流(暗電流)をリーク電流と呼ぶ。
【0049】
(サブギャップ電流の温度依存性)
サブギャップ電流を小さくするため、通常、超伝導トンネル接合検出器は1K以下の超低温で動作させる。超伝導の標準理論である BCS理論によると、超伝導トンネル接合のサブギャップ電流は、温度の低下とともに単調に減少することが予測されている。しかし、非特許文献1、非特許文献2に示されているように、実際の超伝導トンネル接合のサブギャップ電流は、1K以下の超低温になると、温度の低下とともに単調に減少せず、温度によらず一定となり飽和してしまう。このため、現実の超伝導検出器の感度やエネルギ分解能は、この飽和したサブギャップ電流の大きさに支配され、理論限界の感度やエネルギ分解能の達成が難しくなっている。理論限界の感度やエネルギ分解能をもつ超伝導検出器を実現するためには、サブギャップ電流が低温で温度の低下に伴う減少が飽和する原因を解明し、これを克服する技術の開発が重要となる。
【0050】
標準的な BCS理論によると、超伝導トンネル接合のトンネル電流 ITは、
【数1】

で与えられる。ここで、 N1,2(E)、 f1,2(E)は、それぞれ、エネルギEにおける状態密度、フェルミ分布関数であり、
【数2】

【数3】

で与えられる。添字 1,2は両側の超伝導体を表し、Δ1,2それぞれの超伝導体の超伝導ギャップエネルギである。また、kB、T、Vは、それぞれ、ボルツマン定数、温度、接合の印加電圧を表す。
【0051】
図3は、BCS理論に基づく(1)式を用いて計算した、両側の超伝導体がNbである超伝導トンネル接合のサブギャップ電流の温度依存性の一例を示す図である。図では、ある温度でのサブギャップ電流を 4.2Kでのサブギャップ電流で規格化し、温度の低下による変化を示している。BCS理論に基づく理想的な超伝導トンネル接合のサブギャップ電流は、電圧によらずほぼ一定であり、その大きさは温度のみに依存する。
【0052】
図4は、実際の超伝導トンネル接合の場合のサブギャップ電流の温度依存性の一例を示す図である。この図は、非特許文献1のFig.5からの引用したものである。図のように、実際の超伝導トンネル接合では、サブギャップ電流は電圧に依存し、その温度依存性は低温で減少のペースが飽和する傾向を示す。これらの事実は、BCS理論に基づく予測とは明らかに異なっている。
【0053】
(超伝導エネルギギャップへの虚数部導入)
この実験結果との食い違いを解消するためには理論の修正を行う必要がある。これまでの超伝導トンネル電流の計算では、理想的なBCS理論に従う超伝導体を仮定したため、それらの超伝導ギャップエネルギ Δ1,2は実数として(1)式を用いて計算してきた。しかし、非特許文献3で明らかにされたように、実際の超伝導トンネル接合では超伝導ギャップエネルギ Δ1,2を複素数として扱う必要がある。そこで、(1)式の計算に、
【数4】

という超伝導エネルギギャップに虚数部 Δ1,2 iを導入することにする。
【0054】
(超伝導エネルギギャップの虚数部とサブギャップ電流との関係)
図5及び図6は、複素数の超伝導エネルギギャップを用いて計算したギャップ電圧以下でのトンネル電流の温度依存性を示す図である。複素数の超伝導エネルギギャップを導入することにより、サブギャップ電流が電圧に依存するようになり、また、低温でのサブギャップ電流の飽和が導出でき、実験結果を良く説明できる。
【0055】
さらに注目すべき点は、図6に示すように、低温で飽和するトンネル電流の大きさが、超伝導エネルギギャップの虚数部Δの大きさに依存し、その値を小さくすることにより低温で飽和するトンネル電流の大きさを低減できることである。
【0056】
先にも述べたように、X線および遠赤外線検出器用超伝導トンネル接合のエネルギ分解能又は感度はその動作温度でのサブギャップ電流の大きさに支配されるため、動作温度の超低温でどの程度のサブギャップ電流をもつかが検出器としてのトンネル接合の品質を評価するパラメータとなる。ただし、トンネル接合の電流は面積に依存するため、サブギャップ電流の絶対値の比較では接合の品質を比較するのは難しい。そこで、超伝導転移温度の半分(Tc/2)程度の温度(Thigh)でのサブギャップ電流 ISG (Thigh )と超低温の動作温度 (Tlow )でのサブギャップ電流 ISG (Tlow )の比ISG (Thigh )/ISG (Tlow )を接合の品質を評価するパラメータとして利用する。
【0057】
例えば、超伝導体としてNbを用いた超伝導トンネル接合では、Thigh= 4.2Kとし、4.2Kでのサブギャップ電流 ISG(4.2K)と動作温度(例えば、Tlow= 0.5K)でのサブギャップ電流 ISG (Tlow )との比 ISG (4.2K)/ISG (Tlow )を品質評価パラメータとしている。X線および遠赤外線検出器に用いる超伝導トンネル接合には、 ISG(Thigh )/ISG (Tlow )>106 以上の品質が求められる。これまで報告されているX線および遠赤外線検出器では、最大で ISG (Thigh )/ISG (Tlow )〜106の品質のトンネル接合が実現されているが、先に述べたサブギャップ電流の低温での飽和によって、これ以上の品質パラメータの向上が難しくなっている。しかし、図6から明らかなように、超伝導ギャップエネルギの虚数部を 10-3 meV以下に抑えれば、 ISG(Thigh )/ISG (Tlow )>106を実現できることがわかる。その結果、超伝導トンネル接合検出器のエネルギ分解能や感度の向上が実現できる。
【0058】
(超伝導ギャップエネルギの虚数部の求め方)
実際の超伝導トンネル接合の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値は以下のようにして求めることができる。ここでは、Nbを超伝導体として用いた超伝導トンネル接合を例にとって説明する。
【0059】
まず、液体ヘリウム温度 4.2 Kで超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性を測定する。次に、(1)式を用いた数値計算により、超伝導ギャップエネルギをパラメータとして測定した直流電流-電圧特性とのフィッティングを行う。
【0060】
図7は、超伝導トンネル接合の測定値と数値計算による求めた直流電流-電圧特性のフィッティングの様子を示す図である。ここで、図中の Im{Δ1}、Im{Δ2}は、それぞれ、両側の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部を表している。このようにして、ギャップ電圧付近の電流の振舞と最もよくフィットする複素超伝導ギャップエネルギを求め、このときの超伝導ギャップエネルギの虚数部が求める値となる。
【0061】
あるいは、非特許文献4に示されているように、4.2 Kで超伝導トンネル接合のギャップ電圧付近の微分コンダクタンスdI /dV を測定した後、(1)式を用いて超伝導ギャップエネルギの虚数部をパラメータとして数値的なフィッティングを行い、最適な超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を求めてもよい。
【0062】
なお、超伝導トンネル接合の電流-電圧特性又は微分コンダクタンスを測定する温度は、超伝導体の超伝導転移温度の半分の温度(Tc/2)以下の温度ならどの温度でもよい。
【0063】
このようにすれば、超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性などを使用して超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を求めることができ、さらに、その虚数部の値から、超低温でのサブギャップ電流の大きさが判定できる。したがって、上述の方法であれば、ある温度におけるデータから、超低温での冷却試験なしに超伝導トンネル接合検出器のエネルギ分解能や検出感度を推定することができることになる。
【0064】
(高性能超伝導トンネル接合電磁波検出器)
超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさは、超伝導体内での常伝導電子(準粒子)の平均衝突時間または平均自由行程に反比例する。超伝導薄膜の場合、常伝導電子(準粒子)の平均衝突時間または平均自由行程は、室温(300K)と超伝導転移直前の温度( T0)での抵抗比、すなわち残留抵抗比κ = ρ(300K)/ ρ(T0 )に比例する。残留抵抗比κと超伝導ギャップエネルギの虚数部の大きさΔiと関係は、Nb薄膜の場合、近似的に、Δi 〜C /κ (meV)で与えられる。ここで、Cは 0.05前後の定数である。この関係を用いると、超伝導ギャップエネルギの虚数部を 10 -3 meV以下にするためには、残留抵抗比が 50以上の高品質の超伝導薄膜が必要となる。超伝導薄膜の残留抵抗比は、薄膜内の不純物散乱や微結晶の粒界での散乱等によって支配されており、これらの要因を除去することにより、大きな残留抵抗比を実現することは可能である。たとえば、超高真空下などの不純物の混入の少ない環境下での薄膜の成膜やエピタキシャル成長による結晶粒界の除去等の方法を利用することにより、大きな残留抵抗比をもつ高品質の超伝導薄膜の成膜が可能である。
【0065】
図8は、10 -3 meV以下の超伝導ギャップエネルギの虚数部をもつ超伝導薄膜を電極とした超伝導トンネル接合の例を示す図である。この例では、両側の超伝導電極にはエピタキシャル成長で成膜した残留抵抗比の高い単結晶の超伝導薄膜が用いられている。
【0066】
このような超伝導トンネル接合を使用すれば、従来とは全く異なる優れた特性の超伝導トンネル接合電磁波検出器を得ることができる。
【0067】
なお、以上の議論では、両側の電極に超伝導薄膜を用いているが、薄膜の代わりに結晶のバルク超伝導体を用いてもよい。また、極薄絶縁層は、エピタキシャル成長した単結晶膜である必要はなく、絶縁性を備えた膜ならどのようなものでもよい。
【0068】
[まとめ]
【0069】
本実施形態によれば、超伝導トンネル接合の両側の電極に、例えば10-3 meV以下の超伝導ギャップエネルギの虚数部をもつ超伝導体を利用することにより、サブギャップ電流を大幅に低減することができる。その結果、超伝導トンネル接合電磁波検出器の性能を大幅に向上させることが可能となる。
【0070】
比較的高温である超伝導転移温度の半分程度の温度での超伝導トンネル接合の電流-電圧特性の測定結果を用いて、低温でのサブギャップ電流の大きさを知ることができ、実際に超伝導トンネル接合を低温に冷却することなくエネルギ分解能や感度を当該サブギャップ電流の大きさから推定することができる。このことは、冷却に伴う多大な労力や時間の節約をもたらし、検出器製造時の品質管理試験の効率化をもたらす。また、多数の超伝導トンネル接合素子を平面上に多数並べたアレイ型の電磁波検出装置などでは、それぞれの素子のエネルギ分解能や感度が比較的高温で評価でき、アレイ検出器全体の較正にかかる時間の短縮などの効率化が図れる。
【0071】
[用途]
【0072】
上述の実施形態では、超伝導トンネル接合電磁波検出器について主に説明してきた。同様の手法によって、例えば、光や電子、イオンの照射による励起現象を利用した各種の元素、分子の精密微量分光分析(蛍光X線法,電子ビーム励起X線法,イオンビーム衝撃X線法など)、医療用患部イメージング、材料診断、天文観測機器などにも上述の実施形態は適用できる。また、ニュートリノ崩壊の探索、宇宙赤外線背景輻射スペクトルの測定、赤外線サーモグラフィーなどへの実用などへの適用も考えられる。さらには、粒子線検出器、短波長のX線やガンマ線まで含めた放射線検出器などへの適用も考えられる。
【0073】
[権利解釈など]
【0074】
以上、特定の実施形態を参照しながら、本発明について説明してきた。しかしながら、本発明の要旨を逸脱しない範囲で当業者が実施形態の修正又は代用を成し得ることは自明である。すなわち、例示という形態で本発明を開示してきたのであり、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本発明の要旨を判断するためには、冒頭に記載した特許請求の範囲の欄を参酌すべきである。
【0075】
また、この発明の説明用の実施形態が上述の目的を達成することは明らかであるが、多くの変更や他の実施例を当業者が行うことができることも理解されるところである。特許請求の範囲、明細書、図面及び説明用の各実施形態のエレメント又はコンポーネントを他の1つまたは組み合わせとともに採用してもよい。特許請求の範囲は、かかる変更や他の実施形態をも範囲に含むことを意図されており、これらは、この発明の技術思想および技術的範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】X線および遠赤外線検出器用超伝導トンネル接合の構成例を示す図である。
【図2】超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性を示す図である。
【図3】BCS理論に基づく(1)式を用いて計算した、両側の超伝導体がNbである超伝導トンネル接合のサブギャップ電流の温度依存性の一例を示す図である。
【図4】実際の超伝導トンネル接合の場合のサブギャップ電流の温度依存性の一例を示す図である。
【図5】複素数の超伝導エネルギギャップを用いて計算したギャップ電圧以下でのトンネル電流の温度依存性を示す図である。
【図6】複素数の超伝導エネルギギャップを用いて計算したギャップ電圧以下でのトンネル電流の温度依存性を示す図である。
【図7】超伝導トンネル接合の測定値と数値計算による求めた直流電流-電圧特性のフィッティングの様子を示す図である。
【図8】10 -3 meV以下の超伝導ギャップエネルギの虚数部をもつ超伝導薄膜を電極とした超伝導トンネル接合の例を示す図である。
【図9】超伝導フォトン検出器の原理を説明する図である。
【図10】従来の超伝導トンネル接合素子の構造を示す図である。
【符号の説明】
【0077】
1 超伝導体膜
2 超伝導体膜
5 絶縁膜
6 常伝導金属膜
7 常伝導金属膜
11 上部超伝導電極
12 トンネルバリア
13 下部超伝導電極
14 Si基板
15 MgO膜
16 絶縁膜
17 配線電極
18 配線電極
20 フォノン遮蔽層
31 超伝導体膜
32 絶縁体膜
33 超伝導体膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導トンネル接合における電極超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価方法。
【請求項2】
超伝導トンネル接合の電流-電圧特性から超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を得る工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法。
【請求項3】
電流Iと電圧Vとの微分コンダクタンスdI/dVから超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を得る工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法。
【請求項4】
動作温度でのサブギャップ電流と動作温度よりも高温でのサブギャップ電流との比を品質評価パラメータとして使用することを特徴とする請求項1記載の超伝導トンネル接合の品質評価方法。
【請求項5】
第1超伝導体と、前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、前記絶縁体上に形成された第2超伝導体とを有する超伝導トンネル接合の品質評価方法であって、
超伝導体の超伝導転移温度の半分の温度以下の温度で超伝導トンネル接合の直流電流-電圧特性を測定する工程と、
ギャップ電圧付近の電流の振舞とよくフィットするように超伝導ギャップエネルギの虚数部の値を決定する工程とを有し、
前記超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から動作温度における超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価方法。
【請求項6】
超伝導トンネル接合の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値から超伝導トンネル接合の品質を評価することを特徴とする超伝導トンネル接合の品質評価装置。
【請求項7】
第1超伝導体と、
前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、
前記絶縁体上に形成された第2超伝導体と
を有し、
いずれか一方の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値が10-3meV以下であることを特徴とする超伝導トンネル接合素子。
【請求項8】
第1超伝導体と、
前記第1超伝導体上に形成された絶縁体と、
前記絶縁体上に形成された第2超伝導体と
を有し、
いずれか一方の超伝導体の超伝導ギャップエネルギの虚数部の値が10-3meV以下であることを特徴とする超伝導トンネル接合電磁波検出器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−27866(P2010−27866A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−187730(P2008−187730)
【出願日】平成20年7月18日(2008.7.18)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】