説明

車両の前進判定装置及び車両の前進判定方法

【課題】車両が前進中であるか否かの判定精度を向上させることができる車両の前進判定装置及び車両の前進判定方法を提供する。
【解決手段】ブレーキ用ECUは、エンジン回転数Ne及び駆動輪の車輪速度VWを取得し(ステップS11,S13)、エンジン回転数Ne及び駆動輪の車輪速度VWに基づき推定変速比Rgeを演算する(ステップS15)。そして、ブレーキ用ECUは、推定変速比Rgeに基づき変速装置の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定すると共に(ステップS16:YES)、車両が加速中であると判定した(ステップS22,S25:YES)場合に、前進判定フラグFLGを「1」にセットする(ステップS26)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両が前進中であるか否かを判定する車両の前進判定装置及び車両の前進判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の挙動を制御する制動制御の一例として、車両の横滑りの抑制を図るESC(Electronic Stability Control)が広く知られている。ESCは、運転手によるステアリングの操舵による旋回時や低μ路(即ち、摩擦係数の低い路面)の走行時などで車両の横滑りが検知された場合に、各車輪に対する制動力を個別に調整することにより、車両の進行方向の修正・維持を図っている。
【0003】
こうしたESCは、通常、車両が前進中であることを前提とした制御モデルを用いるので、車両の後退時にESCが実行されることは好ましくない。そのため、ESCを行うことが可能な車両では、車両が前進中であるか否かを的確に判定する必要がある。そこで、車両が前進中であるか否かを判定する装置として、例えば特許文献1に記載の前進判定装置が従来から提案されている。
【0004】
この特許文献1に記載の前進判定装置は、前進用の変速段の変速比及び後退用の変速段の変速比を予め記憶するメモリを備えている。ここでいう「変速比」とは、エンジンの回転数(以下、「エンジン回転数」ともいう。)を車両の車体速度で除算した値を示す。上記前進判定装置では、現時点のエンジン回転数及び車両の車体速度が取得され、該取得結果に基づき現時点の変速比が演算される。このように演算された変速比とメモリに記憶される各変速比との比較結果に基づき、変速装置の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かが判定される。そして、変速装置の変速段が前進用の変速段である場合には、車両が前進中であると判定される、即ち前進判定フラグが「1」にセットされる。その結果、前進判定フラグが「1」である場合にはESCの実行が許可される一方、前進判定フラグが「0(零)」である場合にはESCの実行が禁止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−236133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載の前進判定装置では、車両が実際には後退中である場合に、車両が前進中であると誤判定される可能性がある。すなわち、変速装置の変速段を後退用の変速段に設定して車両を後方に移動させた後に、エンジンから駆動輪への動力伝達を遮断させた場合には、アクセルペダルが操作されないと、車両の車体速度は少しずつ低速になる一方で、エンジン回転数は急激に低下する。そのため、エンジン回転数及び車両の車体速度に基づき演算される変速比が、後退用の変速段の変速比よりも十分に小さくなって前進用の変速段の変速比に近くなる。すると、変速装置の変速段が前進用の変速段に設定されていると誤判定され、結果として、車両が後退しているにも関わらず車両が前進中であると誤判定される。
【0007】
なお、こうした問題は、車両に搭載される変速装置が、マニュアルトランスミッションであってもオートマティックトランスミッション(即ち、自動変速機)であっても発生し得る。マニュアルトランスミッションを搭載する車両では、後退時に、クラッチが解放されたり、シフトレバーの位置がRレンジからニュートラルレンジに変更されたりした場合に、エンジンから駆動輪への動力伝達が遮断されるため、車両が前進中であると誤判定される可能性がある。また、自動変速機を搭載する車両では、後退時に、シフトレバーの位置がRレンジからニュートラルレンジに変更された場合に、エンジンから駆動輪への動力伝達が遮断されるため、車両が前進中であると誤判定される可能性がある。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものである。その目的は、車両が前進中であるか否かの判定精度を向上させることができる車両の前進判定装置及び車両の前進判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の車両の前進判定装置は、車両の駆動源(12)の回転数(Ne)を取得する第1回転数取得手段(35、S13)と、車両に搭載される変速装置(16)の出力側の回転数に相当する回転数相当値(VS、VW)を取得する第2回転数取得手段(35、S11)と、前記各回転数取得手段(35、S13、S11)によって取得された各値(Ne、VW、VS)に基づき変速比(Rge)を演算する変速比演算手段(35、S15)と、前記変速比演算手段(35、S15)によって演算された変速比(Rge)に基づき前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かを判定する変速段判定手段(35、S16)と、車両が加速中であるか否かを判定する加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)と、前記変速段判定手段(35、S16)によって前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定されると共に、前記加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)によって車両が加速中であると判定された場合に、車両が前進中であると判定する前進判定手段(35、S26)と、を備えることを要旨とする。
【0010】
上記構成によれば、駆動源の回転数と、変速装置の出力側の回転数に相当する回転数相当値とが取得され、該取得結果に基づき変速比が演算される。そして、演算された変速比に基づき変速装置の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定されると共に、車両が加速中であると判定される場合に、車両が前進中であると判定される。そのため、変速装置の変速段が後退用の変速段に設定された状態で車両が後方に移動する際に、駆動源から変速装置への動力伝達が遮断された場合には、車両が加速する可能性が低いことから、車両が前進中であると誤判定される可能性が低くなる。したがって、変速装置の変速段が前進用の変速段であるか否かの判定結果のみで車両が前進中であるか否かを判定する場合と比較して、車両が前進中であるか否かの判定精度を向上させることができる。
【0011】
本発明の車両の前進判定装置は、前記駆動源(12)から車輪(FR,FL,RR,RL)に駆動力が伝達されているか否かを判定する伝達判定手段(35、S20)をさらに備え、前記前進判定手段(35、S26)は、前記変速段判定手段(35、S16)によって前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定されると共に、前記加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)によって車両が加速中であると判定され、さらに、前記伝達判定手段(35、S20)によって前記駆動源(12)から車輪(FR,FL,RR,RL)に駆動力が伝達されていると判定された場合に、車両が前進中であると判定することが好ましい。
【0012】
上記構成によれば、駆動源から車輪に駆動力が伝達されていると判定された場合に、車両が前進中であるか否かが判定される。言い換えると、駆動源から車輪への動力伝達が遮断されている可能性があると判定された場合には、車両が前進中であるか否かが判定されない。そのため、降坂路上に位置する車両において駆動源から車輪への動力伝達が遮断される場合には、車両が重力方向における下方側に移動したとしても、車両が前進中であると誤判定される可能性が低減される。したがって、車両が前進中であるか否かの判定精度をさらに向上させることができる。
【0013】
本発明の車両の前進判定装置において、前記前進判定手段(35、S26)は、車両が前進中であると判定した場合には、該判定の結果を車両が停車するまで維持することが好ましい。
【0014】
上記構成によれば、車両が前進中であると一旦判定された場合には、車両が停車したと判断されるまで、車両が前進中であるという判定結果が維持される。そのため、車両が前進中であると判定された場合において所定の制御の開始条件が成立したときには、車両が停車するまで該所定の制御を実行させることができる。
【0015】
本発明の車両の前進判定方法は、車両の駆動源(12)の回転数(Ne)、及び車両に搭載される変速装置(16)の出力側の回転数に相当する回転数相当値(VS、VW)に基づき、変速比(Rge)を演算させる変速比演算ステップ(S15)と、前記変速比演算ステップ(S15)で演算した変速比(Rge)に基づき前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かを判定させる変速段判定ステップ(S16)と、車両が加速中であるか否かを判定させる加速判定ステップ(S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)と、前記変速段判定ステップ(S16)で前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定すると共に、前記加速判定ステップ(S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)で車両が加速中であると判定する場合に、車両が前進中であると判定させる前進判定ステップ(S26)と、を有することを要旨とする。
【0016】
上記構成によれば、上記車両の前進判定装置と同等の作用・効果を得ることができる。
本発明の車両の前進判定方法において、前記前進判定ステップ(S26)で車両が前進中であると判定した場合には、該判定の結果を車両が停車するまで維持させることが好ましい。
【0017】
上記構成によれば、車両が前進中であると一旦判定された場合には、車両が停車したと判断されるまで、車両が前進中であるという判定結果が維持される。そのため、車両が前進中であると判定された場合において所定の制御の開始条件が成立したときには、車両が停車するまで該所定の制御を実行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態の前進判定装置を搭載する車両の一例を示すブロック図。
【図2】エンジン回転数と車両の車体速度との関係を変速段毎に示すマップ。
【図3】本実施形態における前進判定処理ルーチンを説明するフローチャート。
【図4】推定変速比が変化する様子を説明するタイミングチャート。
【図5】本実施形態におけるESC処理ルーチンを説明するフローチャート。
【図6】別の実施形態における前進判定処理ルーチンの要部を説明するフローチャート。
【図7】別の実施形態におけるエンジン回転数と車両の車体速度との関係を変速段毎に示すマップ。
【図8】更なる別の実施形態におけるエンジン回転数と車両の車体速度との関係を変速段毎に示すマップ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図1〜図5に従って説明する。なお、以下における本明細書中の説明においては、車両の進行方向(前進方向)を前方(車両前方)として説明する。
【0020】
図1に示すように、車両は、複数(本実施形態では4つ)ある車輪(右前輪FR、左前輪FL、右後輪RR及び左後輪RL)のうち、前輪FR,FLが駆動輪として機能する所謂前輪駆動車である。こうした車両には、運転手によるアクセルペダル11の操作量に応じた駆動力を発生する駆動源の一例としてのエンジン12を有する駆動装置13と、運転手によるブレーキペダル14の操作量に応じた制動力を各車輪FR,FL,RR,RLに付与するための制動装置15が設けられている。
【0021】
次に、本実施形態の駆動装置13について説明する。
駆動装置13は、エンジン12の吸気ポート(図示略)近傍に配置され且つ該エンジン12内に燃料を噴射するインジェクタを有する燃料噴射装置(図示略)を備えている。また、エンジン12の出力側には、変速装置16が設けられている。本実施形態の変速装置16は、マニュアルトランスミッションであって、運転手による図示しないクラッチペダルの踏込み操作によって作動するクラッチ17と、該クラッチ17の出力側に配置される変速機構18とを有している。
【0022】
クラッチ17は、クラッチペダルが踏込まれた場合にはエンジン12側から変速機構18側への動力伝達を遮断し、クラッチペダルの踏込みが解消された場合にはエンジン12から変速機構18への動力伝達を許容する。なお、動力伝達を遮断する場合のクラッチ17の状態を「クラッチ17が解放された状態」といい、動力伝達を許容する場合のクラッチ17の状態を「クラッチ17が係合された状態」というものとする。
【0023】
また、変速機構18は、前進用の変速段と後退用の変速段とを有している。そして、変速機構18の変速段は、運転手による図示しないシフトレバーの操作に応じた変速段に設定される。本実施形態の変速装置16は、図2に示すように、前進5速・後退1速の変速段を有する変速装置である。第1速の変速段の変速比は前進用の各変速段(第1速、第2速、第3速、第4速及び第5速の変速段)の変速比の中で最も高く、第2速の変速段の変速比は2番目に高く、第3速の変速段の変速比は3番目に高い。また、第4速の変速段の変速比は4番目に高く、第5速の変速段の変速比は最も低い。さらに、後退用の変速段の変速比(「後退変速比」ともいう。)は、第1速の変速段の変速比よりも僅かに低いと共に、第2速の変速段の変速比よりも十分に高い。なお、本実施形態における「変速比」とは、エンジン12の出力であるエンジン回転数を車両の車体速度で除算した値である。
【0024】
また、図1に示すように、変速装置16の出力側には、ディファレンシャルギヤ19が設けられている。このディファレンシャルギヤ19は、変速装置16側から伝達された駆動力を適宜配分して駆動輪である前輪FR,FLに伝達する。このようにエンジン12で発生した駆動力が変速装置16及びディファレンシャルギヤ19を介して前輪FR,FLに伝達されることにより、車両が前進又は後退する。
【0025】
駆動装置13は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどを有するエンジン用ECU20(「エンジン用電子制御装置」ともいう。)の制御に基づき駆動する。このエンジン用ECU20には、アクセルペダル11の近傍に配置されるアクセル開度センサSE1が電気的に接続されている。このアクセル開度センサSE1は、運転手によるアクセルペダル11の操作量、即ちアクセル開度に応じた検出信号をエンジン用ECU20に出力する。
【0026】
また、エンジン用ECU20には、エンジン12の出力側の回転数(以下、「エンジン回転数」ともいう。)を検出するための第1回転数検出センサSE2と、変速装置16の出力側の回転数(以下、「変速後回転数」ともいう。)を検出するための第2回転数検出センサSE3とが電気的に接続されている。これら各回転数検出センサSE2,SE3は、エンジン回転数や変速後回転数に応じた検出信号をエンジン用ECU20に出力する。
【0027】
エンジン用ECU20は、各センサSE1〜SE3からの検出信号に基づき、アクセル開度、エンジン回転数及び変速後回転数を演算する。そして、エンジン用ECU20は、演算したアクセル開度及び各回転数などに基づき駆動装置13を制御する。
【0028】
次に、本実施形態の制動装置15について説明する。
制動装置15は、図示しないマスタシリンダ、ブースタ及びリザーバを有する液圧発生装置25と、該液圧発生装置25に連結流路26を介して連結されるブレーキアクチュエータ27とを備えている。このブレーキアクチュエータ27は、右前輪FR用のホイールシリンダ28a、左前輪FL用のホイールシリンダ28b、右後輪RR用のホイールシリンダ28c及び左後輪RL用のホイールシリンダ28dに接続流路29を介して連結されている。
【0029】
液圧発生装置25においてマスタシリンダ内には、運転手によってブレーキペダル14が操作された場合、その操作量(「踏込み量」といっていよい。)に応じたマスタシリンダ圧が発生する。このとき、各ホイールシリンダ28a〜28d内には、マスタシリンダ側からブレーキ液が供給され、マスタシリンダ圧と略同等のホイールシリンダ圧が発生する。その結果、車輪FR,FL,RR,RLには、ホイールシリンダ28a〜28d内のホイールシリンダ圧に応じた制動力が付与される。また、液圧発生装置25においてブレーキペダル14の近傍には、ブレーキペダル14が操作されているか否かを検出するためのブレーキスイッチSW1が設けられている。このブレーキスイッチSW1からは、ブレーキペダル14の操作状態に応じた検出信号がブレーキ用ECU35に出力される。
【0030】
ブレーキアクチュエータ27は、ブレーキペダル14が操作されない場合でも、ホイールシリンダ28a〜28d内のホイールシリンダ圧を個別に調整できる、即ち各車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を個別に調整できるように構成されている。例えば、ブレーキアクチュエータ27は、ホイールシリンダ28a〜28dのホイールシリンダ圧を調整すべく作動するポンプ(図示略)と、マスタシリンダ圧とホイールシリンダ圧との間の差圧を調整すべく作動する差圧調整弁(図示略)とを備えている。また、ブレーキアクチュエータ27には、ホイールシリンダ圧を保圧させる場合に作動する保持弁(図示略)及びホイールシリンダ圧を減圧させる場合に作動する減圧弁(図示略)などが車輪FR,FL,RR,RL毎に設けられている。
【0031】
次に、本実施形態の制動装置15を制御する制動制御装置としてのブレーキ用ECU35(「ブレーキ用電子制御装置」ともいう。)について説明する。
ブレーキ用ECU35の入力側インターフェースには、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度を検出するための車輪速度センサSE4,SE5,SE6,SE7、車両の前後方向における加速度を検出するための前後方向加速度センサSE8及びブレーキスイッチSW1が電気的に接続されている。また、入力側インターフェースには、車両の図示しないステアリングの操舵角を検出するための操舵角センサ(図示略)、車両のヨーレート(Yaw Rate)を検出するためのヨーレートセンサ(図示略)、及び車両の横方向における加速度を検出するための横方向加速度センサ(図示略)が電気的に接続されている。また、ブレーキ用ECU35の出力側インターフェースには、ブレーキアクチュエータ27を構成する各弁やポンプの駆動源であるモータなどが電気的に接続されている。
【0032】
こうしたブレーキ用ECU35は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどから構成される図示しないデジタルコンピュータと、ブレーキアクチュエータ27を駆動させるための図示しないドライバ回路となどを有している。デジタルコンピュータのROMには、各種制御処理(後述する前進判定処理等)、各種マップ(図2に示すマップ等)及び各種閾値などが予め記憶されている。また、RAMには、車両の図示しないイグニッションスイッチがオンである間、適宜書き換えられる各種の情報などがそれぞれ記憶される。
【0033】
次に、ブレーキ用ECU35のROMに記憶されるマップについて図2に基づき説明する。
図2に示すマップは、車両の車体速度VSとエンジン回転数Neとの関係を、変速装置16の変速段毎に示したマップの一例である。図2に示すように、変速装置16の変速比が一定である場合、車体速度VSは、エンジン回転数Neの変化に従って一次関数的に変化する。また、車体速度VSとエンジン回転数Neとの関係を変速段毎に直線で示した場合、各直線の傾きは、変速装置16の変速比の高低に応じた傾きとなる。そして、現時点の車体速度VSとエンジン回転数Neとに基づき変速比(後述する推定変速比)が演算され、該変速比及び図2に示すマップを用いて、変速装置16の現時点の変速段が推定される。
【0034】
本実施形態の車両において、エンジン用ECU20及びブレーキ用ECU35を含むECU同士は、図1に示すように、各種情報及び各種制御指令を送受信できるようにバス36を介してそれぞれ接続されている。例えば、エンジン用ECU20からは、アクセルペダル11のアクセル開度に関する情報及びエンジン回転数Neに関する情報などがブレーキ用ECU35に適宜送信される。一方、ブレーキ用ECU35からは、車両の車体速度VSに関する情報などがエンジン用ECU20に送信される。
【0035】
次に、本実施形態のブレーキ用ECU35が実行する各種制御処理ルーチンのうち前進判定処理ルーチンについて、図3に示すフローチャート及び図4に示すタイミングチャートに基づき説明する。この前進判定処理ルーチンは、車両が前進中であるか否かを判定するための処理ルーチンである。
【0036】
さて、ブレーキ用ECU35は、予め設定された所定周期(例えば、0.006秒周期)毎に前進判定処理ルーチンを実行する。この前進判定処理ルーチンにおいて、ブレーキ用ECU35は、変速装置16の出力側の回転数に応じた速度の一例として、駆動輪の車輪速度VWを演算する(ステップS11)。本実施形態では、前輪FR,FLが駆動輪である。そのため、ブレーキ用ECU35は、前輪FR,FL用の車輪速度センサSE4,SE5からの検出信号に基づき前輪FR,FLの車輪速度VWを演算する。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、第2回転数取得手段として機能する。また、ステップS11が、第2回転数取得ステップに相当する。
【0037】
そして、ブレーキ用ECU35は、エンジン用ECU20側から受信したエンジン回転数Neを取得する(ステップS13)。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、第1回転数取得手段としても機能する。また、ステップS13が、第1回転数取得ステップに相当する。続いて、ブレーキ用ECU35は、車両の車体速度を取得し、該車体速度に基づき、車両が停車したか否かを判定する(ステップS14)。この判定結果が否定である場合、ブレーキ用ECU35は、車両が停車中ではないため、推定変速比Rgeを演算する(ステップS15)。具体的には、ブレーキ用ECU35は、ステップS13で取得したエンジン回転数NeをステップS11で演算した各前輪FR,FLの車輪速度VWの平均値で除算することにより推定変速比Rgeを取得する。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、変速比演算手段としても機能する。また、ステップS15が、変速比演算ステップに相当する。
【0038】
続いて、ブレーキ用ECU35は、ステップS15で演算した推定変速比Rgeが後退変速比Rgrよりも低いか否かを判定する(ステップS16)。ここで、変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定され、且つエンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が許可される場合、推定変速比Rgeは、後退変速比Rgrとほぼ同一比となるはずである。すなわち、推定変速比Rgeは、図2に示すように、後退変速比Rgrを中心とした所定の誤差成分(例えば、「±3%」の誤差成分)を含んだ後退判定領域Tr内に含まれるはずである。また、図4のタイミングチャートに示すように、変速装置16の変速段が第1速の変速段に設定される場合、推定変速比Rgeは、第1速の変速段の変速比の理論値とほぼ同一比となる(第1のタイミングt1)。
【0039】
ところで、本実施形態では、車両特性の関係上、後退変速比Rgrは、第1速の変速段の変速比の理論値に近い値に設定される。その結果、推定変速比Rgeが第1速の変速段の変速比の理論値に近い値であると、変速装置16の変速段が後退用の変速段であるのか第1速の変速段であるのかを正確に判別できない。そのため、本実施形態では、変速装置16の変速段が第1速の変速段の場合には、変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定されている可能性があると判定される。
【0040】
その一方で、変速装置16の変速段が第1速を除く前進用の変速段(例えば第2速の変速段)に設定される場合、推定変速比Rgeは、後退判定領域Trよりも低くなる。例えば、変速装置16の変速段が第2速の変速段である場合、推定変速比Rgeは、第2速の変速段の変速比とほぼ同一比となる(第2のタイミングt2)。この場合、変速装置16の変速段が、前進用の変速段に設定されていると判定される。
【0041】
また、変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定される場合であっても、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されると、推定変速比Rgeは、後退判定領域Tr外の値になる。特にアクセルペダル11が操作されていない場合、推定変速比Rgeは、後退変速比Rgrよりも前進用の変速段(本実施形態では、第1速を除く他の前進用の変速段)の変速比に近い値となる。そのため、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断される場合には、変速装置16の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定される可能性が高い。
【0042】
なお、「エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断される場合」とは、クラッチ17が解放状態である第1条件と、シフトレバーの位置がニュートラルレンジである第2条件のうち少なくとも一方の条件が成立する場合のことを示す。一方、「エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が許可される場合」とは、第1条件及び第2条件が共に不成立である場合のことを示す。
【0043】
ステップS16の判定結果が否定である場合、ブレーキ用ECU35は、変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定されている可能性が高いため、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。なお、推定変速比Rge<後退変速比Rgr×0.7となること、推定変速比Rge<(後退変速比Rgr−0.5)となること、及び((推定変速比Rgeと後退変速比Rgrとの差分の絶対値)÷後退変速比Rgr)<0.03となることのうち少なくとも一つの条件が成立した場合、余裕をみて、ステップS16の判定結果が否定となる。もちろん、ステップS16の判定結果が否定となるか否かは、上記3つの条件式の何れか一つの条件式のみを用いてもよい。例えば、推定変速比Rge<後退変速比Rgr×0.7という条件式のみで、ステップS16の判定結果が否定となるか否かを判定してもよい。この場合、推定変速比Rge≧後退変速比Rgr×0.7となったときには、ステップS16の判定結果が肯定となる。
【0044】
一方、ステップS16の判定結果が肯定である場合、変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定されている可能性が低いため、その処理を次のステップS17に移行する。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、推定変速比Rgeに基づき変速装置16の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かを判定する変速段判定手段としても機能する。また、ステップS16が、変速段判定ステップに相当する。
【0045】
ステップS17において、ブレーキ用ECU35は、ステップS15で演算した推定変速比Rgeに基づき、変速比の最小値Rmin及び最大値Rmaxを取得する処理を行う。具体的には、ブレーキ用ECU35は、現時点の変速比の最小値RminよりもステップS15で演算した推定変速比Rgeのほうが小さい場合には、該推定変速比Rgeを変速比の最小値Rminとする。また、ブレーキ用ECU35は、現時点の変速比の最大値RmaxよりもステップS15で演算した推定変速比Rgeのほうが大きい場合には、該推定変速比Rgeを変速比の最大値Rmaxとする。すなわち、ブレーキ用ECU35は、変速比の最小値Rmin及び最大値Rmaxの更新を行う。
【0046】
続いて、ブレーキ用ECU35は、ステップS17で取得した変速比の最小値Rminに予め設定されたゲイン値(例えば3%)G1を乗算し、該乗算結果を判定値HTとする(ステップS19)。このゲイン値G1は、推定変速比Rgeの誤差成分を加味した値である。そして、ブレーキ用ECU35は、ステップS17で取得した変速比の最小値Rmin及び最大値Rmaxの差分(=Rmax−Rmin)が、ステップS19で演算した判定値HT以下であるか否かを判定する(ステップS20)。
【0047】
エンジン12から駆動輪である前輪FR,FLに駆動力が伝達される場合、変速装置16の変速段が変更されない限り、推定変速比Rgeはあまり変動しない。一方、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断される場合、推定変速比Rgeは大きく変動する。そのため、ステップS20の判定結果が肯定((Rmax−Rmin)≦HT)である場合、ブレーキ用ECU35は、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が許可されていると判断し、その処理を後述するステップS22に移行する。
【0048】
一方、ステップS20の判定結果が否定((Rmax−Rmin)>HT)である場合、ブレーキ用ECU35は、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されていると判断する。そして、ブレーキ用ECU35は、変速比の最小値Rmin及び最大値RmaxをステップS15で演算した推定変速比Rgeとし(ステップS21)、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、伝達判定手段としても機能する。
【0049】
すなわち、図4のタイミングチャートに示すように、クラッチ17が解放状態である場合には、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されるため、推定変速比Rgeが大きく変動する(第3のタイミングt3)。そのため、推定変速比Rgeに基づき変速段の最小値Rmin及び最大値Rmaxを取得したとしても、これらの差分(=Rmax−Rmin)が判定値HT以下にならない。すなわち、今回に取得した推定変速比Rgeと、前回に取得した推定変速比Rgeとの差分は、判定値HTよりも大きくなる。一方、クラッチ17が係合状態である場合には、推定変速比Rgeの変動が少ない(第2のタイミングt2)。そのため、推定変速比Rgeに基づき変速段の最小値Rmin及び最大値Rmaxを取得した場合、これらの差分(=Rmax−Rmin)が判定値HT以下になる可能性が高い。
【0050】
図3のフローチャートに戻り、ステップS22において、ブレーキ用ECU35は、アクセルペダル11が操作中であるか否かを判定する(ステップS22)。アクセルペダル11が操作される場合とは、車両が加速中、又は運転手が車両を加速させる意志を有していると判断してもよい。すなわち、本実施形態では、アクセルペダル11の操作の有無によって、車両が加速中であるか否かが判定される。ステップS22の判定結果が肯定である場合、ブレーキ用ECU35は、車両が加速中である可能性があると判断し、カウンタ値CTを「1」だけインクリメントし(ステップS23)、その処理を後述するステップS25に移行する。一方、ステップS22の判定結果が否定である場合、ブレーキ用ECU35は、車両が加速中ではない可能性が高いと判断し、カウンタ値CTを「0(零)」にリセットし(ステップS24)、その後、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。なお、カウンタ値CTは、アクセルペダル11が操作されている期間を計測するためのカウンタ値であって、アクセルペダル11の操作を検知してからの経過時間といってもよい。
【0051】
ステップS25において、ブレーキ用ECU35は、ステップS23で更新したカウンタ値CTが予め設定された基準値CTth(例えば2)以上であるか否かを判定する。この基準値CTthは、車両が実際には加速していない場合に、車両が加速中であると誤判定されることを抑制するために設定された値であって、実験やシミュレーションなどによって予め設定される。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、加速判定手段としても機能する。また、ステップS22,S23,S25により、加速判定ステップが構成される。
【0052】
そして、ステップS25の判定結果が否定(CT<CTth)である場合、ブレーキ用ECU35は、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。一方、ステップS25の判定結果が肯定(CT≧CTth)である場合、ブレーキ用ECU35は、車両が加速中であると判断し、前進判定フラグFLGを「1」にセットする(ステップS26)。この前進判定フラグFLGは、車両が前進中であると判定した場合に「1」にセットされるフラグである。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、前進判定手段としても機能する。また、ステップS26が、前進判定ステップに相当する。その後、ブレーキ用ECU35は、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。
【0053】
その一方で、ステップS14の判定結果が肯定である場合、ブレーキ用ECU35は、車両が停車中であるため、前進判定フラグFLGを「0(零)」にリセットする(ステップS27)。すなわち、本実施形態では、前進判定フラグFLGは、車両の走行中に車両が前進中であると一回判定されると、車両が停車したと判定されるまで「0(零)」にリセットされない。つまり、停車するまでは、前進中であると判断される。これは、前進する車両を後退させるためには、一時的にでも車両を停車状態にする必要があるためである。その後、ブレーキ用ECU35は、カウンタ値CTを「0(零)」にリセットし(ステップS28)、前進判定処理ルーチンを一旦終了する。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、前進判定装置としても機能する。
【0054】
次に、ブレーキ用ECU35が実行するESC処理ルーチンを図5に示すフローチャートに基づき説明する。このESC処理ルーチンは、車両の横滑りの抑制を図る横滑り抑制制御としてのESC(Electronic Stability Control)を実行するための処理ルーチンである。
【0055】
さて、ブレーキ用ECU35は、予め設定された所定周期毎(例えば、0.006秒毎)にESC処理ルーチンを実行する。このESC処理ルーチンにおいて、ブレーキ用ECU35は、前進判定フラグFLGが「1」にセットされているか否かを判定する(ステップS30)。この判定結果が否定(FLG=0)である場合、ブレーキ用ECU35は、ESC処理ルーチンを一旦終了する。一方、ステップS30の判定結果が肯定(FLG=1)である場合、ブレーキ用ECU35は、ESCの開始条件が成立しているか否か(即ち、車両の横滑り又は横滑り傾向を検知したか否か)を判定する(ステップS31)。この判定結果が否定である場合、ブレーキ用ECU35は、ESCを実行する必要がないと判断し、ESC処理ルーチンを一旦終了する。
【0056】
一方、ステップS31の判定が肯定である場合、ブレーキ用ECU35は、車両の横滑り又は横滑り傾向を検知したため、ESCを実行する(ステップS32)。すなわち、ブレーキ用ECU35は、各車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を個別に調整し、車両の横滑りの抑制を図る。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU35が、制動制御許可手段としても機能する。その後、ブレーキ用ECU35は、ESC処理ルーチンを一旦終了する。
【0057】
したがって、本実施形態では、以下に示す効果を得ることができる。
(1)変速装置16の変速段が後退用の変速段に設定された状態で車両を後方に移動した後に、エンジン12から駆動輪である前輪FR,FLへの動力伝達が遮断された場合には、車両が加速する可能性が低い。そこで、本実施形態では、エンジン回転数Ne及び前輪FR,FLの車輪速度VWに基づき推定変速比Rgeが演算される。そして、推定変速比Rgeに基づき変速装置16の変速段が前進用の変速段(本実施形態では、第2速、第3速、第4速、第5速の変速段)に設定されていると判定された場合であっても、車両が加速中ではないときには、前進判定フラグFLGが「1」にセットされない。そのため、車両が前進中であるか否かを判定するための判定基準が、変速装置16の変速段が前進用の変速段であるか否かだけである場合と比較して、車両が加速中であるか否かという判定条件を加えることにより、車両が実際には後退中である場合に車両が前進中であると誤判定される可能性が低くなる。したがって、車両が前進中であるか否かの判定精度を向上させることができる。
【0058】
(2)車両が降坂路上に位置する場合には、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されると、車両が後方に加速する可能性がある。こうした場合、エンジン回転数Ne及び前輪FR,FLの車輪速度VWに基づき演算される推定変速比Rgeは、前進判定処理ルーチンが実行される度に変化する。これは、車体速度VSは変化しても、アクセルペダル11が操作されない限り、エンジン回転数Neはほとんど変化しないためである。もちろん、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されても、アクセルペダル11が操作される可能性もある。こうした場合であっても、エンジン12からの駆動力が前輪FR,FLに伝達される場合とは異なり、推定変速比Rgeは安定しない。
【0059】
そこで、本実施形態では、推定変速比Rgeの変動度合いに基づき、エンジン12から前輪FR,FLに駆動力が伝達されているか否かが判定される。そして、エンジン12から前輪FR,FLへの動力伝達が遮断されている可能性があると判定した場合には、車両が前進中であるか否かを判定しない。一方、エンジン12から前輪FR,FLに駆動力が伝達されていると判定された場合には、推定変速比Rgeに基づき変速装置16の変速段が前進用の変速段(本実施形態では、第2速、第3速、第4速、第5速の変速段)であると判定されると共に、車両が加速中であると判定されたときに、車両が前進中であると判定される。そのため、車両が前進中であるか否かの判定精度の更なる向上に貢献できる。
【0060】
(3)車両が前進中であるか否かを判定する方法の一例として、車両の走行中に、前進中であると判定した場合には前進判定フラグFLGを「1」にセットする一方で、前進中ではない可能性がある場合(例えば、上記前進判定処理ルーチンでステップS16,S20,S22,S25での判定結果が否定である場合)には前進判定フラグFLGを「0(零)」にリセットする方法が考えられる。この場合、前進判定フラグFLGが「0(零)」となると、ESC処理ルーチンのステップS31,S32の各処理が実行されなくなる。すなわち、車両が前進中ではない可能性があるというだけでESCが実行されなくなってしまうおそれがある。この点、本実施形態では、前進判定フラグFLGは、「1」にセットされると、車両が停車するまで維持される。車両が前進の状態から後退の状態に移動する瞬間では、車体速度が必ず「0(零)」となる。言い換えれば、車両が前進中であると一旦確定されれば、前進判定フラグFLG=「1」という状態が、車両が停車するまで維持される。そのため、車両の走行中において前進判定フラグFLGが「1」にセットされた場合において、ESCの開始処理条件が成立したときには、ESCを確実に実行させることができる。
【0061】
(4)本実施形態では、前進判定フラグFLGが「1」にセットされている場合には、車両が実際には後退している可能性が低い。そのため、車両が実際には後退している場合に、前進中であることを前提とした制御モデルのESCが実行されることを抑制できる。
【0062】
(5)推定変速比Rgeの演算方法の一例として、駆動輪の車輪速度VWの代わりに、車両の車体速度を用いる方法が考えられる。この車体速度は、車両の運転手がブレーキペダル14を操作していない場合には、非駆動輪(この場合、後輪RR,RL)の車輪加速度を用いて算出される。すなわち、駆動輪の車輪速度VWのほうが、エンジン12からの駆動力がダイレクトに表れる分、車体速度よりも変速装置16の出力側の回転数に相当する回転数相当値として適切である。この点、本実施形態では、推定変速比Rgeは、駆動輪の車輪速度VWを用いて算出される。そのため、推定変速比Rgeの推定精度を向上させることができる。
【0063】
なお、実施形態は以下のような別の実施形態に変更してもよい。
・実施形態において、車両が加速中であるか否かを、アクセルペダル11の操作の有無、駆動輪である車輪FR,FLの車輪速度VWの変化率DVW、車両の車体速度の変化率DVS、及び前後方向加速度センサSE8から出力された信号に基づき演算された車両の前後方向における加速度Gに基づき判定してもよい。具体的には、図6のフローチャートに示すように、ブレーキ用ECU35は、アクセルペダル11が操作中であるか否かを判定する(ステップS40)。この判定結果が肯定である場合、ブレーキ用ECU35は、アクセルペダル11が操作中であるため、駆動輪である前輪FR,FLの車輪速度VWの変化率DVWが「0(零)」を超えているか否かを判定する(ステップS41)。前輪FR,FLの車輪速度VWの変化率DVWは、前輪FR,FLの車輪速度VWを時間微分した値である。
【0064】
ステップS41の判定結果が肯定(DVW>0)である場合、ブレーキ用ECU35は、車両の車体速度VSの変化率DVSが「0(零)」を超えているか否かを判定する(ステップS42)。車両の車体速度VSの変化率DVSは、車体速度VSを時間微分した値である。ステップS42の判定結果が肯定(DVS>0)である場合、ブレーキ用ECU35は、前後方向加速度センサSE8からの検出信号に基づき演算された車両の前後方向における加速度Gが勾配加速度Agを超えているか否かを判定する(ステップS43)。勾配加速度Agは、車両の走行する路面の勾配を加速度で表した値である。
【0065】
そして、ステップS43の判定結果が肯定(G>Ag)である場合、ブレーキ用ECU35は、その処理を前述したステップS23に移行する。その一方で、ステップS40〜S43の各判定結果のうち、少なくとも一つの判定結果が否定である場合、ブレーキ用ECU35は、その処理を前述したステップS24に移行する。この場合、ステップS40,S41,S42,S43,S23により、加速判定ステップが構成される。
【0066】
また、図6に示す前進判定処理ルーチンにおいて、ステップS40の判定処理を省略してもよい。また、図6に示す前進判定処理ルーチンにおいて、ステップS41の判定処理を省略してもよい。また、図6に示す前進判定処理ルーチンにおいて、ステップS42の判定処理を省略してもよい。また、図6に示す前進判定処理ルーチンにおいて、ステップS43の判定処理を省略してもよい。すなわち、車両が加速中であるか否かの判定を、ステップS40〜S43の各判定結果のうち少なくとも一つの判定結果に基づき行ってもよい。
【0067】
・図6に示す前進判定処理ルーチンのステップS41では、駆動輪(前輪FR,FL)の代わりに、従動輪(後輪RR,RL)の車輪速度VWの変化率DVWが「0(零)」を超えているか否かを判定してもよい。
【0068】
・実施形態において、車両が加速中であるか否かを、エンジン12で発生する駆動力の変化率、即ちエンジン回転数Neの変化率から判断してもよい。エンジン回転数Neの変化率は、第1回転数検出センサSE2からの検出信号に基づき検出してもよい。エンジン12で発生する駆動力の変化率は、第2回転数検出センサSE3からの検出信号に基づき検出してもよい。
【0069】
・図3に示す前進判定処理ルーチンにおいて、ステップS17,S19,S20,S21の処理を省略してもよい。この場合、エンジン12からの駆動力が前輪FR,FLに伝達されない状態で車両が後方に加速する場合には、車両が前進中であると誤判定される可能性はあるものの、車両が加速中であるか否かという判定条件を加えて車両が前進中であるか否かの判定が行われることにより、車両が前進中であるか否かの判定精度を向上させることができる。
【0070】
・実施形態において、車両を、図7に示すような各変速段の変速比の変速装置16を搭載する車両に具体化してもよい。この場合、第1速の変速段の変速比は、後退変速比Rgrよりも十分に高い。そのため、推定変速比Rgeと後退用の変速段であるか否かを判断するために設定された閾値との比較結果に基づき、変速装置16の変速段が第1速の変速段であるか後退用の変速段であるかを判別できる。このように構成すると、変速装置16の変速段が第1速に設定された状態で車両が発進した場合に、車両が前進中であると判定することができる。
【0071】
また、車両を、図8に示すような各変速段の変速比の変速装置16を搭載する車両に具体化してもよい。この場合、第1速の変速段の変速比は、後退変速比Rgrよりも十分に低い。そのため、推定変速比Rgeと後退用の変速段であるか否かを判断するために設定された閾値との比較結果に基づき、変速装置16の変速段が第1速の変速段であるか後退用の変速段であるかを判別できる。このように構成すると、変速装置16の変速段が第1速に設定された状態で車両が発進した場合に、車両が前進中であると判定することができる。
【0072】
・実施形態において、推定変速比Rgeを、駆動輪である前輪FR,FLの車輪速度VWの平均値の代わりに、第2回転数検出センサSE3からの検出信号に基づき演算される変速後回転数を用いて算出してもよい。この場合、エンジン回転数Neを変速後回転数で除算した値が、推定変速比Rgeとなる。
【0073】
また、推定変速比Rgeを、前輪FR,FLへの車輪速度VWの代わりに、車両の車体速度を用いて算出してもよい。この場合、エンジン12からの駆動力はダイレクトに表れないが、他の制御で使う値(車体速度)を流用できる簡便さがある。
【0074】
また、推定変速比Rgeの演算には、各前輪FR,FLの車輪速度VWの平均値ではなく、何れか一方の前輪(例えば、右前輪FR)の車輪速度VWを用いてもよい。
・実施形態において、車両を、自動変速機を搭載した車両に具体化してもよい。
【0075】
・車両を、後輪駆動車に具体化してもよい。この場合、推定変速比Rgeを、各後輪RR,RLの車輪速度の平均値を用いて算出することが好ましい。また、車両を、四輪駆動車に具体化してもよい。この場合、推定変速比Rgeを、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度の平均値を用いて算出することが好ましい。
【0076】
・実施形態において、車両は、駆動源としてエンジン12の代わりにモータを搭載した所謂電気自動車であってもよいし、駆動源としてエンジン12及びモータを搭載した所謂ハイブリッド車であってもよい。ただし、車両を前進させる場合のモータの回転方向と、後退させる場合のモータの回転方向とは一致している。
【0077】
次に、上記実施形態及び別の実施形態から把握できる技術的思想を以下に追記する。
(イ)前記加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)は、
アクセルペダル(11)の操作の有無、
車両に搭載される車輪(FR,FL,RR,RL)の車輪速度(VW)の変化率(DVW)、
車両の車体速度(VS)の変化率(DVS)、
前記車輪(FR,FL,RR,RL)に駆動力が伝達されている場合における駆動源(12)の回転数(Ne)の変化率、及び
車両に搭載される加速度センサ(SE8)から出力された信号に基づき演算された車両の前後方向における加速度(G)のうち少なくとも一つに基づき、車両が加速中であるか否かを判定することを特徴とする車両の前進判定装置。
【0078】
(ロ)前記前進判定装置と、
前記前進判定装置の前記前進判定手段(35、S26)によって車両が前進中であると判定された場合には車両の横滑り抑制制御の実行を許可する一方、車両が前進中ではないと判定された場合には前記横滑り抑制制御の実行を禁止する制動制御許可手段(35、S30)と、を備えることを特徴とする車両の制動制御装置。
【0079】
(ハ)車両の駆動源(12)の回転数(Ne)を取得させる第1回転数取得ステップ(S13)と、
前記変速装置(16)の出力側の回転数に相当する回転数相当値(VS、VW)を取得させる第2回転数取得ステップ(S11、S12)と、をさらに有し、
前記変速比演算ステップ(S15)では、前記各回転数取得ステップ(S13、S11、S12)で取得した値(Ne、VS、VW)に基づき、変速比(Rge)を演算させることを特徴とする車両の前進判定方法。
【符号の説明】
【0080】
11…アクセルペダル、12…駆動源の一例としてのエンジン、16…変速装置、35…第1回転数取得手段、第2回転数取得手段、変速比演算手段、変速段判定手段、加速判定手段、前進判定手段、一定判定手段、制動制御許可手段の一例としてのブレーキ用ECU、C1th…基準時間の一例としての第1基準値、DVS…車体速度の変化率、DVW…車輪速度の変化率、FR,FL,RR,RL…車輪、G…前後方向における加速度、Ne…エンジン回転数、Rge…推定変速比、SE8…前後方向加速度センサ、VS…回転数相当値の一例としての車体速度、VW…回転数相当値の一例としての車輪速度。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源(12)の回転数(Ne)を取得する第1回転数取得手段(35、S13)と、
車両に搭載される変速装置(16)の出力側の回転数に相当する回転数相当値(VS、VW)を取得する第2回転数取得手段(35、S11)と、
前記各回転数取得手段(35、S13、S11)によって取得された各値(Ne、VW、VS)に基づき変速比(Rge)を演算する変速比演算手段(35、S15)と、
前記変速比演算手段(35、S15)によって演算された変速比(Rge)に基づき前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かを判定する変速段判定手段(35、S16)と、
車両が加速中であるか否かを判定する加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)と、
前記変速段判定手段(35、S16)によって前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定されると共に、前記加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)によって車両が加速中であると判定された場合に、車両が前進中であると判定する前進判定手段(35、S26)と、を備えることを特徴とする車両の前進判定装置。
【請求項2】
前記駆動源(12)から車輪(FR,FL,RR,RL)に駆動力が伝達されているか否かを判定する伝達判定手段(35、S20)をさらに備え、
前記前進判定手段(35、S26)は、
前記変速段判定手段(35、S16)によって前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定されると共に、前記加速判定手段(35、S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)によって車両が加速中であると判定され、さらに、前記伝達判定手段(35、S20)によって前記駆動源(12)から車輪(FR,FL,RR,RL)に駆動力が伝達されていると判定された場合に、車両が前進中であると判定することを特徴とする請求項1に記載の車両の前進判定装置。
【請求項3】
前記前進判定手段(35、S26)は、車両が前進中であると判定した場合には、該判定の結果を車両が停車するまで維持することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両の前進判定装置。
【請求項4】
車両の駆動源(12)の回転数(Ne)、及び車両に搭載される変速装置(16)の出力側の回転数に相当する回転数相当値(VS、VW)に基づき、変速比(Rge)を演算させる変速比演算ステップ(S15)と、
前記変速比演算ステップ(S15)で演算した変速比(Rge)に基づき前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されているか否かを判定させる変速段判定ステップ(S16)と、
車両が加速中であるか否かを判定させる加速判定ステップ(S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)と、
前記変速段判定ステップ(S16)で前記変速装置(16)の変速段が前進用の変速段に設定されていると判定すると共に、前記加速判定ステップ(S22,S23,S25、S40,S41,S42,S43)で車両が加速中であると判定する場合に、車両が前進中であると判定させる前進判定ステップ(S26)と、を有することを特徴とする車両の前進判定方法。
【請求項5】
前記前進判定ステップ(S26)で車両が前進中であると判定した場合には、該判定の結果を車両が停車するまで維持させることを特徴とする請求項4に記載の車両の前進判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−47542(P2012−47542A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−188769(P2010−188769)
【出願日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】