転がり軸受及びフィルム搬送装置
【課題】優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持つ転がり軸受及びフィルム搬送装置を提供する。
【解決手段】扁平金属板にフォトファブリケーションを施して、ポケット4を含む保持器5全体の外縁部と、径方向に貫通する複数の貫通孔6とを一括に形成した。ポケット4及び貫通孔6を設けた扁平金属板を、プレス加工等の方法により内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した。次に、保持器5に形成されている貫通孔6内に固体潤滑剤を保持させ、内輪1、外輪2、及び転動体3と組み立てて深溝玉軸受10を得た。深溝玉軸受10には、径の異なる2個の保持器5を組み込んでもよい。
【解決手段】扁平金属板にフォトファブリケーションを施して、ポケット4を含む保持器5全体の外縁部と、径方向に貫通する複数の貫通孔6とを一括に形成した。ポケット4及び貫通孔6を設けた扁平金属板を、プレス加工等の方法により内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した。次に、保持器5に形成されている貫通孔6内に固体潤滑剤を保持させ、内輪1、外輪2、及び転動体3と組み立てて深溝玉軸受10を得た。深溝玉軸受10には、径の異なる2個の保持器5を組み込んでもよい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受及びフィルム搬送装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フラットパネルディスプレイや太陽電池などの素材に用いられる高機能フィルムの開発が盛んに行われている。このフィルムは、数個の駆動ローラと多数の従動ローラを有するフィルム搬送装置で搬送されながら熱処理炉を通って熱処理が施され、位相差性等の機能が付与される。熱処理の温度は様々であるが、100〜400℃程度である場合が多い。
このようなフィルム搬送装置のローラを回転可能に支持する転がり軸受には、以下のような性能が求められる。
【0003】
(1)耐久性に優れる。前述したように高温に曝される場合があるので、室温下では勿論のこと、高温下においても優れた耐久性を有することが要求される。
(2)低アウトガス性を有する。転がり軸受からアウトガスが発生するとフィルムを汚染するおそれがあるので、高温下や真空下においても優れた低アウトガス性を有することが求められる。
(3)低トルクである。従動ローラはフィルムとの摩擦力だけで回転しているため、従動ローラは極めて小さい接線力で回転しなければならない。そのため、このフィルム搬送装置の従動ローラの支持軸受には、極めて小さなモーメントで回転起動し、その後は安定して回転し続ける低トルク性が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第1964342号公報
【特許文献2】特開平8−74862号公報
【特許文献3】特開平9−49525号公報
【特許文献4】特許第3550689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、種々の転がり軸受が知られているが(例えば特許文献1〜4を参照)、上記(1)〜(3)の要求を全て満足することは困難であった。
すなわち、(1)の要求を満足するためには、転がり軸受の軸受部品が金属又はこれに準ずる耐熱性を有している素材で構成されている必要があり、金属に比べて耐熱性が低い樹脂材料は使用困難である。ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂等は使用可能であるが、使用温度が限定されるとともに、転がり軸受の製造コストが上昇するおそれがある。
【0006】
また、(2)の要求を満足するためには、100℃を超える温度領域では転がり軸受の軸受部品が金属製である必要があり、樹脂材料を用いることは困難である。さらに、潤滑剤として潤滑油やグリースを用いると基油等が蒸発してアウトガスが発生するため、転がり軸受に一般的に用いられている上記のような潤滑剤を用いることは困難である。
しかしながら、(3)の要求を満足するためには、保持器の軽量化が必要であるため、金属製の保持器を用いることは難しかった。すなわち、転がり軸受が回転する際は、転動体が保持器の全質量に起因する摩擦力を受けて回転し始めるため、保持器の質量が大きいと起動トルクが大きくならざるを得ず、しかも回転中も動摩擦トルクの変動が大きくなる。よって、従動ローラの支持軸受として使用される転がり軸受の保持器には、軽量であることが求められていたが、従来の金属製の保持器では、この要求を十分に満たすことは難しかった。
【0007】
さらに、金属製の保持器は弾性変形しにくいので、転動体等から受けた圧力により内輪や外輪に押し付けられて摺動し摩耗しやすいという問題があった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持つ転がり軸受及びフィルム搬送装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明の態様は次のような構成からなる。すなわち、本発明の一態様に係る転がり軸受は、軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されているとともに、前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されている。
【0009】
このような転がり軸受は、前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されている構成としてもよい。
また、このような転がり軸受においては、前記貫通孔の径は、前記保持器の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、前記保持器の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となっていることが好ましい。さらに、上記態様に係る転がり軸受は、玉軸受とすることができる。さらに、前記固体潤滑剤は、液体状潤滑剤を固化したものとすることができる。
【0010】
さらに、本発明の他の態様に係るフィルム搬送装置は、100℃以上400℃以下の環境下で使用されるフィルム搬送装置であって、フィルムの搬送方向に沿って並べられた複数のフィルム搬送ローラを備え、前記フィルム搬送ローラを回転可能に支持する支持軸受として、上記の各態様に係る転がり軸受のいずれかを用いたものである。このようなフィルム搬送装置は、前記温度且つ真空の環境下で使用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転がり軸受及びフィルム搬送装置は、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持つ。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図2】第一実施形態の深溝玉軸受の変形例を示す部分斜視図である。
【図3】本発明に係るフィルム搬送装置の一実施形態を説明する概念図である。
【図4】保持器の製造方法を説明する図である。
【図5】扁平金属板の周方向両端の接合状態を示す図である。
【図6】扁平金属板の周方向両端の別の接合状態を示す図である。
【図7】第一実施形態の深溝玉軸受を組み立てる方法を説明する図である。
【図8】耐久試験に用いた比較例の深溝玉軸受の構造を示す図である。
【図9】動摩擦トルク試験に用いた比較例の深溝玉軸受の構造を示す図である。
【図10】動摩擦トルク試験に用いる試験装置の外観図である。
【図11】図10の試験装置の試験軸受周辺部分の拡大図である。
【図12】本発明に係る転がり軸受の第二実施形態であるアンギュラ玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図13】本発明に係る転がり軸受の第四実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図14】径の異なる2個の保持器が同心に配されている状態を説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る転がり軸受及びフィルム搬送装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第一実施形態〕
図1は、本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。
図1の深溝玉軸受10は、外周面に軌道面を有する内輪1と、内輪1の軌道面に対向する軌道面を内周面に有する外輪2と、これら両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体3と、転動体3を収容するポケット4を複数有し両軌道面間に転動体3を保持する保持器5と、を備えている。なお、金属シールド、ゴムシール等の密封装置を備えていても差し支えない。
【0014】
保持器5は、略帯状の扁平金属板から製造された環状部材である。すなわち、保持器5は、扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合したものである。そして、この保持器5の軸方向一端部には、複数の略円形状の凹部が周方向に沿って等間隔をあけて設けられており、この凹部によりポケット4が構成されている。
【0015】
ただし、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材(図示せず)としてもよく、保持器として機能する。また、図2に示すように、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板5Aを内輪1及び外輪2に沿って環状に配列することにより、保持器5(以下、このような複数の部材からなる保持器を「分断保持器」と記すこともある)を構成してもよい。すなわち、両板面がそれぞれ内輪1と外輪2とに向けて配され内輪1及び外輪2に沿って環状に並べられた扁平金属板5Aが、一体的な環状部材と同等の働きをしている。
【0016】
この場合の扁平金属板5Aは、1個の環状部材からなる保持器5の製造に用いた扁平金属板よりも短尺な長方形の部材である。なお、分断保持器における扁平金属板5Aの長手方向長さ及び使用個数は特に限定されるものではなく、全ての扁平金属板5Aの長手方向長さの和が深溝玉軸受10の円周方向長さとほぼ等しく、転動体3のほとんどをポケット4内に保持できるように、長手方向長さ及び使用個数を設定すればよい。
【0017】
また、各扁平金属板5Aの長手方向端部には、略半円形の凹部4aが形成されており、隣接する扁平金属板5Aの長手方向端部に形成された略半円形の凹部4aとの間に転動体3を挟むことにより、隣接する扁平金属板5A同士が重畳することなく1つの保持器5を形成する。すなわち、複数の転動体3のうち扁平金属板5Aの長手方向端部に位置する転動体3は、隣接する2つの扁平金属板5Aの略半円形の凹部4aにより形成される1つのポケットに挟持され、他の転動体3は、扁平金属板5Aの軸方向一端部に形成された略円形状の凹部からなるポケット4に保持される。
【0018】
このような保持器5には、隣接するポケット4の間に形成された柱部7を含む保持器5の表面全体(内外輪1,2に対向する表面全域)にわたって、径方向(厚み方向)に貫通する複数の貫通孔6がフォトファブリケーションによって網目状に形成されている。この貫通孔6の内部には固体潤滑剤(図示せず)が保持されている。深溝玉軸受10の回転時には、固体潤滑剤が貫通孔6から少量ずつ離脱して内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に転移して、これらの面を潤滑する。なお、貫通孔6の代わりに、保持器5の内周面及び外周面の一方又は両方に、フォトファブリケーションによってディンプルを形成してもよいし、貫通孔6とディンプルの両方を形成してもよい。
【0019】
ここで、貫通孔6の大きさが大きすぎると固体潤滑剤の保持能力が低下するばかりか、保持器5の剛性が低くなってしまうため、対向する頂角間距離を直径とする円に換算した場合にその径が0.2mm〜1mmの範囲内であることが好ましい。0.2mm未満であると、フォトファブリケーションによって安定的に貫通孔6を形成することが困難となるおそれがある。
【0020】
各貫通孔6は、周方向に頂角を持つように傾斜した矩形形状を呈しているが、傾斜しない矩形や円形など任意の形状とすることができる。周方向に頂角を持つように傾斜した矩形形状とすることにより、軸方向に延びる所定の線上で考えた場合に深溝玉軸受10の回転中に固体潤滑剤が確率的に平均化されて前記線上を通過することとなるので、固体潤滑剤の存在(面積)の偏りが最小となる。これに加えて、傾斜角度を持たない場合に比べて内外輪対向面内の力学的等方性が優れるため、保持器5の可撓性が等方的になり、転動体3からのどの方向の圧力に対しても弾性変形が生じやすくなる。この点では、貫通孔6の形状が六角形で頂角が周方向に向いていることが、機能的に最も好ましい。
【0021】
このような保持器5を備える深溝玉軸受10は、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持っている。以下に詳細に説明する。
この保持器5は、金属製であるので耐久性が優れている。特に、樹脂等に比べて高耐熱性であるので、高温下においても耐久性が優れている。よって、深溝玉軸受10は耐久性が優れている。
【0022】
また、この保持器5は、金属製であるので低アウトガス性である。さらに、深溝玉軸受10には、潤滑油、グリース等の基油を含有する潤滑剤が使用されておらず、潤滑剤として固体潤滑剤が使用されているので、200℃を超える高温下や真空下においても優れた低アウトガス性を有している。よって、深溝玉軸受10をフィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として使用した場合でも、深溝玉軸受10からアウトガスがほとんど発生することはなく、したがってフィルムを汚染するおそれがほとんどない。
【0023】
深溝玉軸受10を使用可能なフィルム搬送装置としては、図3に示すようなものがあげられる。すなわち、フィルム搬送装置100は、フィルムの搬送方向に並べられた数個の駆動ローラ101と多数の従動ローラ102とを備えている。この従動ローラ102はフィルム104からの摩擦力で回転し、フィルム104を円滑に搬送したり、一つ前の従動ローラ102との相対位置を変化させることで、フィルム104の上下方向の角度を変えたりする機能を果たしている。本実施形態の深溝玉軸受10は、従動ローラ102を回転可能に支持する支持軸受として好適である。
【0024】
さらに、固体潤滑剤により潤滑されているので、転動体3等から受けた圧力により保持器5が内輪1や外輪2に押し付けられても摩耗しにくい。また、固体潤滑剤が保持器5に潤沢に保持されているので、深溝玉軸受10は潤滑不良となりにくい。
さらに、保持器5が薄板で構成されているとともに貫通孔6が形成されているため、保持器5は軽量である。よって、深溝玉軸受10が低トルクであるとともに、回転中のトルク変動が生じにくい。
【0025】
さらに、貫通孔6より保持器5は可撓性を備え弾性変形しやすいので、転動体3等から圧力を受けた際には保持器5が樹脂製であるかのごとく局所的に弾性変形することで圧力を緩和し、保持器5が広い範囲で内外輪1,2に押し付けられて摺動するという状態が発生しにくくなる(摺動面積や摺動頻度が軽減される)。その結果、保持器5は摩耗しにくい。
【0026】
このような深溝玉軸受10は、フィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として好適に使用することができる。特に、100℃以上400℃以下の高温環境下や、100℃以上400℃以下の高温且つ真空の環境下で使用されるフィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として好適である。
次に、保持器5の製造方法について説明する。例えばSUS304製の扁平金属板にフォトファブリケーション(フォトエッチング加工)を施して、ポケット4を含む保持器5全体の外縁部と、径方向(厚み方向)に貫通する複数の貫通孔6とを一括に形成した(図4の(A)を参照)。貫通孔6は、保持器5の表面全体にわたって網目状に形成した。
【0027】
保持器5のポケット4及び複数の貫通孔6は、扁平金属板からフォトファブリケーションにより一括に形成されるので、ポケット4及び貫通孔6の周囲にバリやカエリを生じることなく表面を平滑に保ったまま、保持器5の外縁部とポケット4と貫通孔6を同時に形成することができる。
ここでフォトファブリケーション(Photo Fabrication )とは、光学的転写技術、フォトリソグラフィー(Photo Lithography )を用いた加工技術の総称で、フォトエッチング(Photo Etching )、フォトフォーミング(Photo Forming )、リフトオフ(Lift-Off)、及びそれらを複合した加工技術全体を意味し、材料表面を化学的又は電気化学的に溶解させたり、材料表面に金属を堆積させたり、写真的技法を用いて行なうこの精密加工方法を総称したものある。
【0028】
フォトエッチングを例に説明すると、扁平金属板の厚さ方向両側からフォトエッチングを行なう。このとき、片側からのみ行うこともできるが、両側からフォトエッチングを行うことが好ましい。フォトエッチングは、表面から厚さ方向深部に掘り進む際に表面の方が材料が多く削り取られる傾向がある。例えば、厚さ0.2mmの扁平金属板に貫通孔を設ける場合は、片側からフォトエッチングを行うと、表面と貫通した後の裏面とでは、貫通孔の径寸法に20〜40μm程度の大きさの違いが生じる。そのため、厚さ方向中央部で、孔が連通してポケット4及び貫通孔6を形成するように表裏両方からフォトエッチングを行なうことが好ましい。
【0029】
このようにして貫通孔6を形成すると、貫通孔6の径は、保持器5の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、保持器5の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となる。このようなつづみ状の断面形状を有する貫通孔6を備えることにより奏される効果については、後に詳述する。
次に、ポケット4及び貫通孔6を設けた扁平金属板を、プレス加工等の方法により内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し(図4の(B)を参照)、周方向両端を接合した(図4の(C)を参照)。このとき、この環状体の直径は、深溝玉軸受10のボールピッチ円径と略同一となるようにした。接合方法は特に限定されるものではなく、溶接、加締め等の慣用の固着手段を用いることができる。
【0030】
また、図5のように、周方向両端を突き合わせて接合してもよいし、図6のように、周方向両端を重ね合わせて接合してもよい。ただし、周方向両端を突き合わせて接合した場合は、溶接の出来具合によって突き合わせ部に凹凸が生じて保持器5の真円度が低下し、深溝玉軸受10の回転に伴って凸部が内外輪1,2と摺動して軸受トルクが増大、変動するおそれがあるので、周方向両端を重ね合わせて接合することが好ましい。
【0031】
周方向両端を重ね合わせると、重ね合わせた部分の径方向厚さが他の部分の約2倍になってしまい、周方向の荷重の偏りや可撓性の偏りが生じるおそれがある。その場合は、フォトファブリケーションによって削り取るなどして、重ね合わせる部分の径方向厚さを約1/2としてから接合するとよい。そうすれば、前述のような懸念を低減できる。なお、図6は、フォトファブリケーションによって周方向両端(重ね合わせる部分)の径方向厚さを1/2とした扁平金属板を用いた場合の図である。
【0032】
次に、保持器5に形成されている貫通孔6の内部に固体潤滑剤を保持させる。固体潤滑剤の種類は特に限定されるものではないが、カーボン(例えば黒鉛)、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、フッ素樹脂(例えばポリテトラフルオロエチレン)等があげられる。また、これらのうちの1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用しても差し支えない。
【0033】
固体潤滑剤を貫通孔6の内部に保持させる方法は特に限定されるものではないが、固体潤滑剤を含有するペースト状物を用いる方法が好ましい。すなわち、固体潤滑剤の粉末を溶剤に分散させたペースト状の分散液又は溶媒に溶解させたペースト状の溶液を、吹きつけ、ディッピング等の慣用の塗布方法により貫通孔6の内部に充填した後、加熱、減圧、気流等の乾燥処理によって溶媒を除去すれば、固化した固体潤滑剤が貫通孔6内に固定される。
【0034】
ここで、つづみ状の断面形状を有する貫通孔6を備えることにより奏される効果について、説明する。貫通孔6の内部にペースト状物を充填し乾燥処理によって溶媒を除去すると、貫通孔6内で固体潤滑剤が固化するが、その結果、固体潤滑剤の塊が貫通孔6に嵌合している状態となるので、貫通孔6から固体潤滑剤が脱落しにくいという効果が奏される。つまり、フォトファブリケーションは、固体潤滑剤を保持するのに適した貫通孔6を形成することが可能な加工方法と言える。
【0035】
乾燥後の固体潤滑剤は揮発成分を含まないため、高温環境下や真空環境下においてもアウトガスが発生することはほとんどない。なお、ペースト状物を用いずに、直接ポリテトラフルオロエチレンを焼き付け塗装等で貫通孔6の内部に充填してもよいが、その場合の深溝玉軸受10の使用温度は200℃程度が上限となる。
次に、固体潤滑剤を貫通孔6の内部に充填した保持器5を用いて、軸受を組み立てる。まず、内輪1と外輪2と転動体3とを組み立てた後、内輪1と外輪2の間の隙間から保持器5を挿入して(図7を参照)、保持器5のポケット4に転動体3を収容する。ポケット4の開口部にはパチン代が設けてあるため、ポケット4に収容された転動体3がポケット4から脱落することはない。
【0036】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は深溝玉軸受以外の様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0037】
アンギュラ玉軸受を組み立てる場合は、深溝玉軸受10と同様の方法を用いてもよいし、保持器のポケットに転動体を収容した状態で保持器と内輪とを一体に保持し、熱して拡径させた外輪にカウンタボア側から装填して組み立ててもよい。
また、扁平金属板の材質は特に限定されるものではないが、容易に塑性変形しない、ばね限界値の大きい材料が好ましい。例えば、SPCCや、SUS304及びSUS301をテンションアニールしたステンレスばね用鋼板や、SUS631等の析出硬化されたステンレスばね用鋼板や、S60C、S65Cをベーナイト処理したベーナイト鋼帯や、あるいはS60C、S65Cに加えてSK85、SK95、SKS81等の工具鋼の焼入れ鋼帯等があげられる。特に、SK85、SK95等の焼入れ鋼帯は靱性が高いので、薄くて変形しにくい保持器を製造するのに好適である。
【0038】
また、扁平金属板の厚さは、0.1mm〜2mm程度が好ましいが、フォトファブリケーションのコストを考えると、0.1mm〜1mm程度がさらに好ましい。このような厚さにすることにより、保持器5の剛性を維持するとともに、フォトファブリケーションによる製造時間を短縮することができる。
さらに、貫通孔6の代わりに、保持器5の板厚の途中まで窪んで底のあるディンプルを設けてもよい。ディンプルは、フォトエッチングにより厚さ方向一方の面に孔を設けて、他方の面に設けないようにして、孔が板厚の途中まで掘り込まれた止まり孔とすることにより形成することができる。ディンプルであっても、固体潤滑剤の保持部として機能するのはもちろんのこと、軽量化に寄与するとともに、厚さの薄い部分が多数形成されることで保持器5に可撓性が付与されるため、転動体3からの圧力を緩和することができる。
【0039】
さらに、貫通孔6又はディンプルの形状、大きさは保持器5全体で画一である必要はなく、例えば内輪1と外輪2の非軌道面(軌道面以外の面)に対向する部分には小さい径の貫通孔6又はディンプルを配置して耐摩擦性能を選択的に改善したり、幅の細い柱部7には剛性を確保するため貫通孔6又はディンプルを形成しなくてもよい。さらに、貫通孔6とディンプルを混在させてもよい。
さらに、保持器5の貫通孔6に固体潤滑剤を充填するのとは別に、初期潤滑として、内外輪1,2の軌道面や転動体3の表面に固体潤滑剤を塗布しておいてもよい。この場合は、保持器5の場合と同様に、慣用の塗布方法により実施すればよい。
【0040】
〔第一実施形態の実施例〕
第一実施形態の深溝玉軸受10とほぼ同様の構成である実施例の深溝玉軸受と、従来の金属製保持器を備える比較例の深溝玉軸受とを試験軸受として用いて、耐久試験を行った。両深溝玉軸受は、内径が15mmで、同一呼び番号の軸受である。
実施例の深溝玉軸受は、玉がSUS440C製であり、その表面に厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。この被膜は、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより被覆した。また、保持器の貫通孔に保持させる固体潤滑剤は二硫化モリブデンであり、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより、貫通孔の内部に二硫化モリブデンを充填した。なお、保持器の表面のうち貫通孔が形成されていない部分には、厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。
【0041】
比較例の深溝玉軸受は、図8に示すように、2個の波形の環状部品を結合してなる金属製波形保持器を備える深溝玉軸受である。玉の素材及び玉の表面に被覆された被膜については、実施例の深溝玉軸受と全く同様である。
試験方法について以下に説明する。試験軸受を回転軸の両端に配するとともにサポート軸受を回転軸の中央に配して、サポート軸受に錘を懸垂することによりラジアル荷重を負荷した。なお、サポート軸受は真空用グリースで潤滑した。試験軸受を真空槽内に配置し、常圧下に置かれたモータと真空槽内の回転軸とを磁気シールユニットを介して接続した。また、試験軸受の外輪の外周面にヒータを装着し、試験軸受を加熱した。
【0042】
そして、モータにより試験軸受を回転させ、モータの駆動トルクを測定した。このモータの駆動トルクを測定することにより、試験軸受、サポート軸受、磁気シールユニット、及びモータの各動摩擦トルクの合計値を測定できる。このモータの駆動トルクが急上昇して初期値の3倍になった時点での試験軸受の総回転数によって、試験軸受の耐久性を評価した。
【0043】
試験条件は以下の通りである。
・軸受姿勢:水平軸(軸受の中心軸を水平にする)
・回転速度:360min-1
・軸受温度:300℃
・回転方向:一方向回転
・荷重条件:アキシアル荷重(予圧荷重)及びラジアル荷重
・圧力環境:常圧又は真空
【0044】
次に、試験結果について説明する。常圧下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の2倍であった。また、真空下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の3倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は、高温環境下においても、高温且つ真空環境下においても、耐久性が優れていることが分かる。
【0045】
次に、動摩擦トルク試験について説明する。実施例の深溝玉軸受は、上記耐久試験に用いたものと同じである。比較例の深溝玉軸受は、内径が15mmで、実施例の深溝玉軸受と同一呼び番号のものであり、図9に示すような深溝玉軸受である。すなわち、外輪201と内輪202との間に、8個の転動体(玉)203が周方向に所定の間隔をおいて配されている。その玉203は二個が一組とされて、その間に介在する1個の固体潤滑剤製スペーサ204とともに、保持器205が有する舟形のポケット205a内に収納されて一単位を構成している。
【0046】
スペーサ204は円柱形で、その両端面間の距離(すなわち高さ)よりも直径の方が大きく、且つ、その直径は内外輪201,202の軌道面の形状に合わせて設計してあり、また、スペーサ204の挿入作業を容易にするために、端面の角部を面取り(チャンファー角面取り)してある。
なお、スペーサ204を構成する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン系の燒結金属である。また、玉203はSUS440C製であり、その表面に厚さ1μm以下の二硫化モリブデンの被膜がバレルメッキにより被覆されている。
【0047】
試験方法について以下に説明する。図10,11に示す試験装置を用いて試験軸受の動摩擦トルクについて調べた。この試験装置は、同軸配置された2個の試験軸受300の内輪301に回転軸302を装填して予圧荷重を負荷し、該2個の転がり軸受300の軸方向中間点から接線方向に糸を伸ばして、その端に接続されたフォースゲージ303により回転軸302を回転させた場合の外輪304の連れ回りの接線力を測定し、そこから軸受トルクを算出するものである。
【0048】
試験条件は以下の通りである。
・軸受姿勢:水平軸(軸受の中心軸を水平にする)
・回転速度:300又は1000min-1
・軸受温度:常温
・回転方向:一方向回転
・荷重条件:アキシアル荷重(予圧荷重)のみ
・圧力環境:常圧
【0049】
次に、試験結果について説明する。いずれの回転速度においても、実施例の動摩擦トルクは比較例の0.7倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は低トルクであることが分かる。
【0050】
〔第二実施形態〕
図12は、本発明に係る転がり軸受の第二実施形態であるアンギュラ玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。なお、第二実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。また、図12においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。
【0051】
第二実施形態のアンギュラ玉軸受10Bの場合は、保持器5のポケット4が軸方向一端部に形成されておらず、軸方向中央部に形成されている。すなわち、径方向に貫通する円形孔が周方向に沿って等間隔をあけて複数設けられており、これらの円形孔がポケット4を構成している。
また、保持器5は、隣接するポケット4間距離が転動体3の直径の2倍以下になるように設定されているので、負荷ボールと無負荷ボール(スペーサ)とを交互に配置するアンギュラ玉軸受と比べて、多くの玉を装填することが可能であり、それに比例して負荷容量を大きくすることができる。ポケット4間距離をギリギリまで小さくすれば1.9倍程度の数の玉を装填することが可能であるが、そうすると保持器の軸方向中央部の剛性が極端に小さくなるので、通常は1.2〜1.7倍程度の数の玉を装填する。
【0052】
アンギュラ玉軸受10Bを組み立てる際は、保持器5のポケット4に転動体3を収容した状態で保持器5と内輪1とを一体に保持し、熱して拡径させた外輪2にカウンタボア側から装填して組み立てる。
ただし、このアンギュラ玉軸受10Bに対して、第一実施形態の場合と同様の保持器、すなわち、軸方向一端部にポケット4が形成された保持器5(図1を参照)を用いてもよい。その場合は、内輪1と外輪2と転動体3とを組み立てた後、内輪1と外輪2の間の隙間から保持器5を挿入して、保持器5のポケット4に転動体3を収容する。ポケット4の開口部にはパチン代が設けてあるため、ポケット4に収容された転動体3がポケット4から脱落することはない。
【0053】
なお、保持器5は、第一実施形態の場合と同様に、略帯状の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した環状部材でもよいし、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材としてもよい。あるいは、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板5Aを内輪1及び外輪2に沿って環状に配列した分断保持器としてもよい。
【0054】
〔第三実施形態〕
第三実施形態の転がり軸受は、第一実施形態の深溝玉軸受とほぼ同様の構成である。第三実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。
保持器は、図2に示すものと同様の分断保持器であるが、保持器のポケットは軸方向一端部に形成されておらず、軸方向中央部に形成されている。すなわち、径方向に貫通する円形孔が各扁平金属板の長手方向に沿って等間隔をあけて複数設けられており、これらの円形孔がポケットを構成している。
【0055】
一つの扁平金属板に形成されている円形のポケットの数は、2又は3個である。また、扁平金属板の長手方向端部には略半円形の凹部が形成されており、扁平金属板の長手方向端部に位置する転動体は、隣接する2つの扁平金属板の略半円形の凹部により挟持される。
このような保持器の場合は、保持器を支持しているのは、円形孔からなるポケットに収容されている2〜3個の転動体だけなので、軸受回転中に保持器に力を付加する転動体数が少ない。保持器を支持する転動体数が多いほど保持器は転動体に拘束されて、一部の転動体に公転の進みや遅れが生じると保持器に曲げ荷重が付加されるが、本実施形態の保持器は可撓性を有しているが、場合によっては曲げ荷重を受けて変形するおそれがある。しかしながら、保持器を支持している転動体数が少なければ拘束力は小さいので、負荷される曲げ荷重は軽減され変形は生じにくい。転動体と嵌合するポケットの数が1個だと保持器の姿勢が安定せず、4個以上だと転動体による拘束力が大きくなるので、ポケットの数は2又は3個が好ましい。
【0056】
また、分断保持器を構成する各扁平金属板は、内輪及び外輪に沿うように湾曲していることが好ましいが、第三実施形態の場合は転動体による拘束力が小さいので、湾曲させなくてもよい。すなわち、保持器は可撓性を有しているので、平板形状のまま軸受内に保持されて軸受内を公転可能であるし、あるいは、外輪の内周面に拘束されて弾性変形し、湾曲した状態で軸受内に保持されて軸受内を公転可能である。
【0057】
〔第四実施形態〕
図13は、本発明に係る転がり軸受の第四実施形態である深溝玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。なお、第四実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。また、図13においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。
【0058】
第四実施形態の深溝玉軸受10Cは、図13,14に示すように、保持器5を2個備えている。すなわち、径の異なる2個の保持器5が同心に配されている。2個の保持器5に形成されているポケット4は、それぞれ周方向同位相に位置していて、1個の転動体3が同位相の2個のポケット4に収容されている。
保持器の数を増やすと、軸受内に備えられている固体潤滑剤の量がその分だけ増加する。その結果、深溝玉軸受10Cの潤滑性が向上するので、耐久性が向上する。ただし、保持器の数を増やすと、保持器全体の質量が増加するだけでなく、転動体3とポケット4との摺動機会も増加するため、深溝玉軸受の動摩擦トルクが上昇する。よって、低トルクを維持したまま潤滑性を向上させるためには、保持器の数は2個又は3個が好ましいが、コスト等を考慮すると2個が最も好ましい。
【0059】
また、貫通孔6から2つの保持器5の間の径方向隙間に脱落した固体潤滑剤は、2つの保持器5に保持されるため、保持器が1個の場合と比較して、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面への固体潤滑剤の転移が生じやすくなり、深溝玉軸受10Cの潤滑性が向上する。この点について、さらに詳細に説明する。
貫通孔6から脱落した固体潤滑剤の粒子は、その一部が内外輪1,2の軌道面に付着し、その上を転動体3が通過する際に圧延されて、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に転移する。そして、薄い固体潤滑剤の被膜が形成されて、潤滑に供される。保持器が1個の場合は、貫通孔6から脱落した固体潤滑剤の粒子は、そのままの粒径で落下し、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に偶然付着した粒子だけが転移の機会を得られることになる。
【0060】
これに対して、保持器が2個の場合は、2つの保持器5の間の径方向隙間に脱落した固体潤滑剤の粒子が2つの保持器5に保持されるため、すぐには落下しない。保持器5は転動体3に拘束されているため、相対的には大きく動けず、短い摺動距離で互いに摺り合うことになる。それにより、保持器5の間に保持されていた固体潤滑剤の粒子は、すり潰され細かい粒子となって落下する。いわば固体潤滑剤の粒子を篩にかけながら振りまくような形態になるため、軸受全体に均一且つ継続的に固体潤滑剤の微粒子が振りまかれることになり、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面への転移の機会が格段に多くなる。
【0061】
その結果、潤滑性が高くなり、深溝玉軸受10Cの耐久性が格段に向上する。このような効果が適切に奏されるためには、2つの保持器5の間の径方向隙間が大きすぎることは好ましくないので、上限値は1mmとすることが好ましい。一方、相互に緩やかに滑り合う程度の大きさの径方向隙間を有している必要があるので、下限値は0.1mmとすることが好ましい。
【0062】
2つの保持器5に形成されているポケット4の径は、一方の保持器5のポケット4は転動体径よりも大きくし、他方の保持器5のポケット4は転動体径よりも小さくしてもよい。その場合は、転動体径よりも小さいポケット4を有する保持器5が転動体案内保持器となり、転動体径よりも大きいポケット4を有する保持器5が転動体案内保持器に案内されることとなる。
【0063】
また、両方の保持器5のポケット4の径を転動体径よりも大きくし、且つ、両方の保持器5のポケット4の径を異なる大きさとしてもよい。この場合は、転動体3は、径の小さい方のポケット4に拘束されることが多くなり、径の大きい方のポケット4に接触する頻度は低くなる。そのため、両方の保持器5のポケット4の径が同一である場合と比較して、転動体3とポケット4とが接触する全体的な頻度は低くなるので、深溝玉軸受10Cの動摩擦トルクは小さくなる。
【0064】
ただし、その場合は、2つの保持器5の摺動距離は増加し、摺りあわせの作用が大きくなるため、固体潤滑剤が貫通孔6から離脱しやすくなってしまう。そのため、大きい方のポケット4の径は、小さい方のポケット4の径の1倍超過1.3倍以下であることが好ましい。
なお、保持器5のタイプとしては、略帯状の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した環状部材と、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材と、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿って環状に配列した分断保持器と、の3タイプがあるが、深溝玉軸受10Cに組み込む2つの保持器5を同タイプの保持器としてもよいし、異なるタイプの保持器としてもよい。
【0065】
2つの保持器5が分断保持器の場合は、径方向外側の大径な分断保持器を構成する扁平金属板の個数と、径方向内側の小径な分断保持器を構成する扁平金属板の個数は、同一でもよいし異なっていてもよい。扁平金属板の個数が同一の場合は、内外の各扁平金属板が一対一に対向していてもよいが、周方向にずれていてもよい。周方向にずれている場合には、ポケットに転動体を収容することにより、内外すべての扁平金属板を一体に連結することができる。そうすれば、保持器や転動体の公転の回転性を向上することができる。
【0066】
〔第四実施形態の実施例〕
第四実施形態の深溝玉軸受10Cとほぼ同様の構成である実施例の深溝玉軸受(すなわち、保持器を2個備える深溝玉軸受)と、従来の金属製保持器を備える比較例の深溝玉軸受とを試験軸受として用いて、耐久試験を行った。両深溝玉軸受は、内径が15mmで、同一呼び番号の軸受である。
【0067】
実施例の深溝玉軸受は、玉がSUS440C製であり、その表面に厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。この被膜は、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより被覆した。また、保持器の貫通孔に保持させる固体潤滑剤は二硫化モリブデンであり、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより、貫通孔に二硫化モリブデンを充填した。なお、保持器の表面のうち貫通孔が形成されていない部分には、厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。
【0068】
比較例の深溝玉軸受は、図8に示すように、2個の波形の環状部品を結合してなる金属製波形保持器を1個備える深溝玉軸受である。玉の素材及び玉の表面に被覆された被膜については、実施例の深溝玉軸受と全く同様である。
耐久試験の試験方法については、第一実施形態の実施例の場合と全く同様であるので、説明は省略する。試験結果について、以下に説明する。
【0069】
常圧下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の3倍であった。また、真空下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の5倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は、高温環境下においても、高温且つ真空環境下においても、耐久性が優れていることが分かる。
次に、動摩擦トルク試験について説明する。実施例の深溝玉軸受は、上記耐久試験に用いたものと同じである。比較例の深溝玉軸受は、内径が15mmで、実施例の深溝玉軸受と同一呼び番号のものであり、図9に示すような深溝玉軸受である。すなわち、外輪201と内輪202との間に、8個の転動体(玉)203が周方向に所定の間隔をおいて配されている。その玉203は二個が一組とされて、その間に介在する1個の固体潤滑剤製スペーサ204とともに、保持器205が有する舟形のポケット205a内に収納されて一単位を構成している。
【0070】
スペーサ204は円柱形で、その両端面間の距離(すなわち高さ)よりも直径の方が大きく、且つ、その直径は内外輪201,202の軌道面の形状に合わせて設計してあり、また、スペーサ204の挿入作業を容易にするために、端面の角部を面取り(チャンファー角面取り)してある。
なお、スペーサ204を構成する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン系の燒結金属である。また、玉203はSUS440C製であり、その表面に厚さ1μm以下の二硫化モリブデンの被膜がバレルメッキにより被覆されている。
【0071】
動摩擦トルク試験の試験方法については、第一実施形態の実施例の場合と全く同様であるので、説明は省略する。試験結果について、以下に説明する。
いずれの回転速度においても、実施例の動摩擦トルクは比較例の0.8倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は低トルクであることが分かる。
【0072】
〔第五実施形態〕
第五実施形態の転がり軸受は、径の異なる2個の分断保持器が同心に配されている点を除いては、第三実施形態の深溝玉軸受とほぼ同様の構成である。第五実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第三実施形態とほぼ同様であるので、その説明は省略する。また、2個の保持器を備えることによる作用・効果は、第四実施形態と同様であるので、その説明は省略する。なお、径の異なる3個の分断保持器を同心に配した構成としてもよい。
【符号の説明】
【0073】
1 内輪
2 外輪
3 転動体
4 ポケット
5 保持器
5A 扁平金属板
6 貫通孔
10,10C 深溝玉軸受
10B アンギュラ玉軸受軸受
100 フィルム搬送装置
101 駆動ローラ
102 従動ローラ
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受及びフィルム搬送装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フラットパネルディスプレイや太陽電池などの素材に用いられる高機能フィルムの開発が盛んに行われている。このフィルムは、数個の駆動ローラと多数の従動ローラを有するフィルム搬送装置で搬送されながら熱処理炉を通って熱処理が施され、位相差性等の機能が付与される。熱処理の温度は様々であるが、100〜400℃程度である場合が多い。
このようなフィルム搬送装置のローラを回転可能に支持する転がり軸受には、以下のような性能が求められる。
【0003】
(1)耐久性に優れる。前述したように高温に曝される場合があるので、室温下では勿論のこと、高温下においても優れた耐久性を有することが要求される。
(2)低アウトガス性を有する。転がり軸受からアウトガスが発生するとフィルムを汚染するおそれがあるので、高温下や真空下においても優れた低アウトガス性を有することが求められる。
(3)低トルクである。従動ローラはフィルムとの摩擦力だけで回転しているため、従動ローラは極めて小さい接線力で回転しなければならない。そのため、このフィルム搬送装置の従動ローラの支持軸受には、極めて小さなモーメントで回転起動し、その後は安定して回転し続ける低トルク性が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第1964342号公報
【特許文献2】特開平8−74862号公報
【特許文献3】特開平9−49525号公報
【特許文献4】特許第3550689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、種々の転がり軸受が知られているが(例えば特許文献1〜4を参照)、上記(1)〜(3)の要求を全て満足することは困難であった。
すなわち、(1)の要求を満足するためには、転がり軸受の軸受部品が金属又はこれに準ずる耐熱性を有している素材で構成されている必要があり、金属に比べて耐熱性が低い樹脂材料は使用困難である。ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂等は使用可能であるが、使用温度が限定されるとともに、転がり軸受の製造コストが上昇するおそれがある。
【0006】
また、(2)の要求を満足するためには、100℃を超える温度領域では転がり軸受の軸受部品が金属製である必要があり、樹脂材料を用いることは困難である。さらに、潤滑剤として潤滑油やグリースを用いると基油等が蒸発してアウトガスが発生するため、転がり軸受に一般的に用いられている上記のような潤滑剤を用いることは困難である。
しかしながら、(3)の要求を満足するためには、保持器の軽量化が必要であるため、金属製の保持器を用いることは難しかった。すなわち、転がり軸受が回転する際は、転動体が保持器の全質量に起因する摩擦力を受けて回転し始めるため、保持器の質量が大きいと起動トルクが大きくならざるを得ず、しかも回転中も動摩擦トルクの変動が大きくなる。よって、従動ローラの支持軸受として使用される転がり軸受の保持器には、軽量であることが求められていたが、従来の金属製の保持器では、この要求を十分に満たすことは難しかった。
【0007】
さらに、金属製の保持器は弾性変形しにくいので、転動体等から受けた圧力により内輪や外輪に押し付けられて摺動し摩耗しやすいという問題があった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持つ転がり軸受及びフィルム搬送装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明の態様は次のような構成からなる。すなわち、本発明の一態様に係る転がり軸受は、軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されているとともに、前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されている。
【0009】
このような転がり軸受は、前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されている構成としてもよい。
また、このような転がり軸受においては、前記貫通孔の径は、前記保持器の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、前記保持器の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となっていることが好ましい。さらに、上記態様に係る転がり軸受は、玉軸受とすることができる。さらに、前記固体潤滑剤は、液体状潤滑剤を固化したものとすることができる。
【0010】
さらに、本発明の他の態様に係るフィルム搬送装置は、100℃以上400℃以下の環境下で使用されるフィルム搬送装置であって、フィルムの搬送方向に沿って並べられた複数のフィルム搬送ローラを備え、前記フィルム搬送ローラを回転可能に支持する支持軸受として、上記の各態様に係る転がり軸受のいずれかを用いたものである。このようなフィルム搬送装置は、前記温度且つ真空の環境下で使用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転がり軸受及びフィルム搬送装置は、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持つ。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図2】第一実施形態の深溝玉軸受の変形例を示す部分斜視図である。
【図3】本発明に係るフィルム搬送装置の一実施形態を説明する概念図である。
【図4】保持器の製造方法を説明する図である。
【図5】扁平金属板の周方向両端の接合状態を示す図である。
【図6】扁平金属板の周方向両端の別の接合状態を示す図である。
【図7】第一実施形態の深溝玉軸受を組み立てる方法を説明する図である。
【図8】耐久試験に用いた比較例の深溝玉軸受の構造を示す図である。
【図9】動摩擦トルク試験に用いた比較例の深溝玉軸受の構造を示す図である。
【図10】動摩擦トルク試験に用いる試験装置の外観図である。
【図11】図10の試験装置の試験軸受周辺部分の拡大図である。
【図12】本発明に係る転がり軸受の第二実施形態であるアンギュラ玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図13】本発明に係る転がり軸受の第四実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分斜視図である。
【図14】径の異なる2個の保持器が同心に配されている状態を説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る転がり軸受及びフィルム搬送装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第一実施形態〕
図1は、本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。
図1の深溝玉軸受10は、外周面に軌道面を有する内輪1と、内輪1の軌道面に対向する軌道面を内周面に有する外輪2と、これら両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体3と、転動体3を収容するポケット4を複数有し両軌道面間に転動体3を保持する保持器5と、を備えている。なお、金属シールド、ゴムシール等の密封装置を備えていても差し支えない。
【0014】
保持器5は、略帯状の扁平金属板から製造された環状部材である。すなわち、保持器5は、扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合したものである。そして、この保持器5の軸方向一端部には、複数の略円形状の凹部が周方向に沿って等間隔をあけて設けられており、この凹部によりポケット4が構成されている。
【0015】
ただし、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材(図示せず)としてもよく、保持器として機能する。また、図2に示すように、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板5Aを内輪1及び外輪2に沿って環状に配列することにより、保持器5(以下、このような複数の部材からなる保持器を「分断保持器」と記すこともある)を構成してもよい。すなわち、両板面がそれぞれ内輪1と外輪2とに向けて配され内輪1及び外輪2に沿って環状に並べられた扁平金属板5Aが、一体的な環状部材と同等の働きをしている。
【0016】
この場合の扁平金属板5Aは、1個の環状部材からなる保持器5の製造に用いた扁平金属板よりも短尺な長方形の部材である。なお、分断保持器における扁平金属板5Aの長手方向長さ及び使用個数は特に限定されるものではなく、全ての扁平金属板5Aの長手方向長さの和が深溝玉軸受10の円周方向長さとほぼ等しく、転動体3のほとんどをポケット4内に保持できるように、長手方向長さ及び使用個数を設定すればよい。
【0017】
また、各扁平金属板5Aの長手方向端部には、略半円形の凹部4aが形成されており、隣接する扁平金属板5Aの長手方向端部に形成された略半円形の凹部4aとの間に転動体3を挟むことにより、隣接する扁平金属板5A同士が重畳することなく1つの保持器5を形成する。すなわち、複数の転動体3のうち扁平金属板5Aの長手方向端部に位置する転動体3は、隣接する2つの扁平金属板5Aの略半円形の凹部4aにより形成される1つのポケットに挟持され、他の転動体3は、扁平金属板5Aの軸方向一端部に形成された略円形状の凹部からなるポケット4に保持される。
【0018】
このような保持器5には、隣接するポケット4の間に形成された柱部7を含む保持器5の表面全体(内外輪1,2に対向する表面全域)にわたって、径方向(厚み方向)に貫通する複数の貫通孔6がフォトファブリケーションによって網目状に形成されている。この貫通孔6の内部には固体潤滑剤(図示せず)が保持されている。深溝玉軸受10の回転時には、固体潤滑剤が貫通孔6から少量ずつ離脱して内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に転移して、これらの面を潤滑する。なお、貫通孔6の代わりに、保持器5の内周面及び外周面の一方又は両方に、フォトファブリケーションによってディンプルを形成してもよいし、貫通孔6とディンプルの両方を形成してもよい。
【0019】
ここで、貫通孔6の大きさが大きすぎると固体潤滑剤の保持能力が低下するばかりか、保持器5の剛性が低くなってしまうため、対向する頂角間距離を直径とする円に換算した場合にその径が0.2mm〜1mmの範囲内であることが好ましい。0.2mm未満であると、フォトファブリケーションによって安定的に貫通孔6を形成することが困難となるおそれがある。
【0020】
各貫通孔6は、周方向に頂角を持つように傾斜した矩形形状を呈しているが、傾斜しない矩形や円形など任意の形状とすることができる。周方向に頂角を持つように傾斜した矩形形状とすることにより、軸方向に延びる所定の線上で考えた場合に深溝玉軸受10の回転中に固体潤滑剤が確率的に平均化されて前記線上を通過することとなるので、固体潤滑剤の存在(面積)の偏りが最小となる。これに加えて、傾斜角度を持たない場合に比べて内外輪対向面内の力学的等方性が優れるため、保持器5の可撓性が等方的になり、転動体3からのどの方向の圧力に対しても弾性変形が生じやすくなる。この点では、貫通孔6の形状が六角形で頂角が周方向に向いていることが、機能的に最も好ましい。
【0021】
このような保持器5を備える深溝玉軸受10は、優れた耐久性、低アウトガス性、及び低トルク性を併せ持っている。以下に詳細に説明する。
この保持器5は、金属製であるので耐久性が優れている。特に、樹脂等に比べて高耐熱性であるので、高温下においても耐久性が優れている。よって、深溝玉軸受10は耐久性が優れている。
【0022】
また、この保持器5は、金属製であるので低アウトガス性である。さらに、深溝玉軸受10には、潤滑油、グリース等の基油を含有する潤滑剤が使用されておらず、潤滑剤として固体潤滑剤が使用されているので、200℃を超える高温下や真空下においても優れた低アウトガス性を有している。よって、深溝玉軸受10をフィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として使用した場合でも、深溝玉軸受10からアウトガスがほとんど発生することはなく、したがってフィルムを汚染するおそれがほとんどない。
【0023】
深溝玉軸受10を使用可能なフィルム搬送装置としては、図3に示すようなものがあげられる。すなわち、フィルム搬送装置100は、フィルムの搬送方向に並べられた数個の駆動ローラ101と多数の従動ローラ102とを備えている。この従動ローラ102はフィルム104からの摩擦力で回転し、フィルム104を円滑に搬送したり、一つ前の従動ローラ102との相対位置を変化させることで、フィルム104の上下方向の角度を変えたりする機能を果たしている。本実施形態の深溝玉軸受10は、従動ローラ102を回転可能に支持する支持軸受として好適である。
【0024】
さらに、固体潤滑剤により潤滑されているので、転動体3等から受けた圧力により保持器5が内輪1や外輪2に押し付けられても摩耗しにくい。また、固体潤滑剤が保持器5に潤沢に保持されているので、深溝玉軸受10は潤滑不良となりにくい。
さらに、保持器5が薄板で構成されているとともに貫通孔6が形成されているため、保持器5は軽量である。よって、深溝玉軸受10が低トルクであるとともに、回転中のトルク変動が生じにくい。
【0025】
さらに、貫通孔6より保持器5は可撓性を備え弾性変形しやすいので、転動体3等から圧力を受けた際には保持器5が樹脂製であるかのごとく局所的に弾性変形することで圧力を緩和し、保持器5が広い範囲で内外輪1,2に押し付けられて摺動するという状態が発生しにくくなる(摺動面積や摺動頻度が軽減される)。その結果、保持器5は摩耗しにくい。
【0026】
このような深溝玉軸受10は、フィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として好適に使用することができる。特に、100℃以上400℃以下の高温環境下や、100℃以上400℃以下の高温且つ真空の環境下で使用されるフィルム搬送装置のフィルム搬送ローラの支持軸受として好適である。
次に、保持器5の製造方法について説明する。例えばSUS304製の扁平金属板にフォトファブリケーション(フォトエッチング加工)を施して、ポケット4を含む保持器5全体の外縁部と、径方向(厚み方向)に貫通する複数の貫通孔6とを一括に形成した(図4の(A)を参照)。貫通孔6は、保持器5の表面全体にわたって網目状に形成した。
【0027】
保持器5のポケット4及び複数の貫通孔6は、扁平金属板からフォトファブリケーションにより一括に形成されるので、ポケット4及び貫通孔6の周囲にバリやカエリを生じることなく表面を平滑に保ったまま、保持器5の外縁部とポケット4と貫通孔6を同時に形成することができる。
ここでフォトファブリケーション(Photo Fabrication )とは、光学的転写技術、フォトリソグラフィー(Photo Lithography )を用いた加工技術の総称で、フォトエッチング(Photo Etching )、フォトフォーミング(Photo Forming )、リフトオフ(Lift-Off)、及びそれらを複合した加工技術全体を意味し、材料表面を化学的又は電気化学的に溶解させたり、材料表面に金属を堆積させたり、写真的技法を用いて行なうこの精密加工方法を総称したものある。
【0028】
フォトエッチングを例に説明すると、扁平金属板の厚さ方向両側からフォトエッチングを行なう。このとき、片側からのみ行うこともできるが、両側からフォトエッチングを行うことが好ましい。フォトエッチングは、表面から厚さ方向深部に掘り進む際に表面の方が材料が多く削り取られる傾向がある。例えば、厚さ0.2mmの扁平金属板に貫通孔を設ける場合は、片側からフォトエッチングを行うと、表面と貫通した後の裏面とでは、貫通孔の径寸法に20〜40μm程度の大きさの違いが生じる。そのため、厚さ方向中央部で、孔が連通してポケット4及び貫通孔6を形成するように表裏両方からフォトエッチングを行なうことが好ましい。
【0029】
このようにして貫通孔6を形成すると、貫通孔6の径は、保持器5の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、保持器5の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となる。このようなつづみ状の断面形状を有する貫通孔6を備えることにより奏される効果については、後に詳述する。
次に、ポケット4及び貫通孔6を設けた扁平金属板を、プレス加工等の方法により内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し(図4の(B)を参照)、周方向両端を接合した(図4の(C)を参照)。このとき、この環状体の直径は、深溝玉軸受10のボールピッチ円径と略同一となるようにした。接合方法は特に限定されるものではなく、溶接、加締め等の慣用の固着手段を用いることができる。
【0030】
また、図5のように、周方向両端を突き合わせて接合してもよいし、図6のように、周方向両端を重ね合わせて接合してもよい。ただし、周方向両端を突き合わせて接合した場合は、溶接の出来具合によって突き合わせ部に凹凸が生じて保持器5の真円度が低下し、深溝玉軸受10の回転に伴って凸部が内外輪1,2と摺動して軸受トルクが増大、変動するおそれがあるので、周方向両端を重ね合わせて接合することが好ましい。
【0031】
周方向両端を重ね合わせると、重ね合わせた部分の径方向厚さが他の部分の約2倍になってしまい、周方向の荷重の偏りや可撓性の偏りが生じるおそれがある。その場合は、フォトファブリケーションによって削り取るなどして、重ね合わせる部分の径方向厚さを約1/2としてから接合するとよい。そうすれば、前述のような懸念を低減できる。なお、図6は、フォトファブリケーションによって周方向両端(重ね合わせる部分)の径方向厚さを1/2とした扁平金属板を用いた場合の図である。
【0032】
次に、保持器5に形成されている貫通孔6の内部に固体潤滑剤を保持させる。固体潤滑剤の種類は特に限定されるものではないが、カーボン(例えば黒鉛)、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、フッ素樹脂(例えばポリテトラフルオロエチレン)等があげられる。また、これらのうちの1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用しても差し支えない。
【0033】
固体潤滑剤を貫通孔6の内部に保持させる方法は特に限定されるものではないが、固体潤滑剤を含有するペースト状物を用いる方法が好ましい。すなわち、固体潤滑剤の粉末を溶剤に分散させたペースト状の分散液又は溶媒に溶解させたペースト状の溶液を、吹きつけ、ディッピング等の慣用の塗布方法により貫通孔6の内部に充填した後、加熱、減圧、気流等の乾燥処理によって溶媒を除去すれば、固化した固体潤滑剤が貫通孔6内に固定される。
【0034】
ここで、つづみ状の断面形状を有する貫通孔6を備えることにより奏される効果について、説明する。貫通孔6の内部にペースト状物を充填し乾燥処理によって溶媒を除去すると、貫通孔6内で固体潤滑剤が固化するが、その結果、固体潤滑剤の塊が貫通孔6に嵌合している状態となるので、貫通孔6から固体潤滑剤が脱落しにくいという効果が奏される。つまり、フォトファブリケーションは、固体潤滑剤を保持するのに適した貫通孔6を形成することが可能な加工方法と言える。
【0035】
乾燥後の固体潤滑剤は揮発成分を含まないため、高温環境下や真空環境下においてもアウトガスが発生することはほとんどない。なお、ペースト状物を用いずに、直接ポリテトラフルオロエチレンを焼き付け塗装等で貫通孔6の内部に充填してもよいが、その場合の深溝玉軸受10の使用温度は200℃程度が上限となる。
次に、固体潤滑剤を貫通孔6の内部に充填した保持器5を用いて、軸受を組み立てる。まず、内輪1と外輪2と転動体3とを組み立てた後、内輪1と外輪2の間の隙間から保持器5を挿入して(図7を参照)、保持器5のポケット4に転動体3を収容する。ポケット4の開口部にはパチン代が設けてあるため、ポケット4に収容された転動体3がポケット4から脱落することはない。
【0036】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は深溝玉軸受以外の様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0037】
アンギュラ玉軸受を組み立てる場合は、深溝玉軸受10と同様の方法を用いてもよいし、保持器のポケットに転動体を収容した状態で保持器と内輪とを一体に保持し、熱して拡径させた外輪にカウンタボア側から装填して組み立ててもよい。
また、扁平金属板の材質は特に限定されるものではないが、容易に塑性変形しない、ばね限界値の大きい材料が好ましい。例えば、SPCCや、SUS304及びSUS301をテンションアニールしたステンレスばね用鋼板や、SUS631等の析出硬化されたステンレスばね用鋼板や、S60C、S65Cをベーナイト処理したベーナイト鋼帯や、あるいはS60C、S65Cに加えてSK85、SK95、SKS81等の工具鋼の焼入れ鋼帯等があげられる。特に、SK85、SK95等の焼入れ鋼帯は靱性が高いので、薄くて変形しにくい保持器を製造するのに好適である。
【0038】
また、扁平金属板の厚さは、0.1mm〜2mm程度が好ましいが、フォトファブリケーションのコストを考えると、0.1mm〜1mm程度がさらに好ましい。このような厚さにすることにより、保持器5の剛性を維持するとともに、フォトファブリケーションによる製造時間を短縮することができる。
さらに、貫通孔6の代わりに、保持器5の板厚の途中まで窪んで底のあるディンプルを設けてもよい。ディンプルは、フォトエッチングにより厚さ方向一方の面に孔を設けて、他方の面に設けないようにして、孔が板厚の途中まで掘り込まれた止まり孔とすることにより形成することができる。ディンプルであっても、固体潤滑剤の保持部として機能するのはもちろんのこと、軽量化に寄与するとともに、厚さの薄い部分が多数形成されることで保持器5に可撓性が付与されるため、転動体3からの圧力を緩和することができる。
【0039】
さらに、貫通孔6又はディンプルの形状、大きさは保持器5全体で画一である必要はなく、例えば内輪1と外輪2の非軌道面(軌道面以外の面)に対向する部分には小さい径の貫通孔6又はディンプルを配置して耐摩擦性能を選択的に改善したり、幅の細い柱部7には剛性を確保するため貫通孔6又はディンプルを形成しなくてもよい。さらに、貫通孔6とディンプルを混在させてもよい。
さらに、保持器5の貫通孔6に固体潤滑剤を充填するのとは別に、初期潤滑として、内外輪1,2の軌道面や転動体3の表面に固体潤滑剤を塗布しておいてもよい。この場合は、保持器5の場合と同様に、慣用の塗布方法により実施すればよい。
【0040】
〔第一実施形態の実施例〕
第一実施形態の深溝玉軸受10とほぼ同様の構成である実施例の深溝玉軸受と、従来の金属製保持器を備える比較例の深溝玉軸受とを試験軸受として用いて、耐久試験を行った。両深溝玉軸受は、内径が15mmで、同一呼び番号の軸受である。
実施例の深溝玉軸受は、玉がSUS440C製であり、その表面に厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。この被膜は、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより被覆した。また、保持器の貫通孔に保持させる固体潤滑剤は二硫化モリブデンであり、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより、貫通孔の内部に二硫化モリブデンを充填した。なお、保持器の表面のうち貫通孔が形成されていない部分には、厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。
【0041】
比較例の深溝玉軸受は、図8に示すように、2個の波形の環状部品を結合してなる金属製波形保持器を備える深溝玉軸受である。玉の素材及び玉の表面に被覆された被膜については、実施例の深溝玉軸受と全く同様である。
試験方法について以下に説明する。試験軸受を回転軸の両端に配するとともにサポート軸受を回転軸の中央に配して、サポート軸受に錘を懸垂することによりラジアル荷重を負荷した。なお、サポート軸受は真空用グリースで潤滑した。試験軸受を真空槽内に配置し、常圧下に置かれたモータと真空槽内の回転軸とを磁気シールユニットを介して接続した。また、試験軸受の外輪の外周面にヒータを装着し、試験軸受を加熱した。
【0042】
そして、モータにより試験軸受を回転させ、モータの駆動トルクを測定した。このモータの駆動トルクを測定することにより、試験軸受、サポート軸受、磁気シールユニット、及びモータの各動摩擦トルクの合計値を測定できる。このモータの駆動トルクが急上昇して初期値の3倍になった時点での試験軸受の総回転数によって、試験軸受の耐久性を評価した。
【0043】
試験条件は以下の通りである。
・軸受姿勢:水平軸(軸受の中心軸を水平にする)
・回転速度:360min-1
・軸受温度:300℃
・回転方向:一方向回転
・荷重条件:アキシアル荷重(予圧荷重)及びラジアル荷重
・圧力環境:常圧又は真空
【0044】
次に、試験結果について説明する。常圧下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の2倍であった。また、真空下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の3倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は、高温環境下においても、高温且つ真空環境下においても、耐久性が優れていることが分かる。
【0045】
次に、動摩擦トルク試験について説明する。実施例の深溝玉軸受は、上記耐久試験に用いたものと同じである。比較例の深溝玉軸受は、内径が15mmで、実施例の深溝玉軸受と同一呼び番号のものであり、図9に示すような深溝玉軸受である。すなわち、外輪201と内輪202との間に、8個の転動体(玉)203が周方向に所定の間隔をおいて配されている。その玉203は二個が一組とされて、その間に介在する1個の固体潤滑剤製スペーサ204とともに、保持器205が有する舟形のポケット205a内に収納されて一単位を構成している。
【0046】
スペーサ204は円柱形で、その両端面間の距離(すなわち高さ)よりも直径の方が大きく、且つ、その直径は内外輪201,202の軌道面の形状に合わせて設計してあり、また、スペーサ204の挿入作業を容易にするために、端面の角部を面取り(チャンファー角面取り)してある。
なお、スペーサ204を構成する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン系の燒結金属である。また、玉203はSUS440C製であり、その表面に厚さ1μm以下の二硫化モリブデンの被膜がバレルメッキにより被覆されている。
【0047】
試験方法について以下に説明する。図10,11に示す試験装置を用いて試験軸受の動摩擦トルクについて調べた。この試験装置は、同軸配置された2個の試験軸受300の内輪301に回転軸302を装填して予圧荷重を負荷し、該2個の転がり軸受300の軸方向中間点から接線方向に糸を伸ばして、その端に接続されたフォースゲージ303により回転軸302を回転させた場合の外輪304の連れ回りの接線力を測定し、そこから軸受トルクを算出するものである。
【0048】
試験条件は以下の通りである。
・軸受姿勢:水平軸(軸受の中心軸を水平にする)
・回転速度:300又は1000min-1
・軸受温度:常温
・回転方向:一方向回転
・荷重条件:アキシアル荷重(予圧荷重)のみ
・圧力環境:常圧
【0049】
次に、試験結果について説明する。いずれの回転速度においても、実施例の動摩擦トルクは比較例の0.7倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は低トルクであることが分かる。
【0050】
〔第二実施形態〕
図12は、本発明に係る転がり軸受の第二実施形態であるアンギュラ玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。なお、第二実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。また、図12においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。
【0051】
第二実施形態のアンギュラ玉軸受10Bの場合は、保持器5のポケット4が軸方向一端部に形成されておらず、軸方向中央部に形成されている。すなわち、径方向に貫通する円形孔が周方向に沿って等間隔をあけて複数設けられており、これらの円形孔がポケット4を構成している。
また、保持器5は、隣接するポケット4間距離が転動体3の直径の2倍以下になるように設定されているので、負荷ボールと無負荷ボール(スペーサ)とを交互に配置するアンギュラ玉軸受と比べて、多くの玉を装填することが可能であり、それに比例して負荷容量を大きくすることができる。ポケット4間距離をギリギリまで小さくすれば1.9倍程度の数の玉を装填することが可能であるが、そうすると保持器の軸方向中央部の剛性が極端に小さくなるので、通常は1.2〜1.7倍程度の数の玉を装填する。
【0052】
アンギュラ玉軸受10Bを組み立てる際は、保持器5のポケット4に転動体3を収容した状態で保持器5と内輪1とを一体に保持し、熱して拡径させた外輪2にカウンタボア側から装填して組み立てる。
ただし、このアンギュラ玉軸受10Bに対して、第一実施形態の場合と同様の保持器、すなわち、軸方向一端部にポケット4が形成された保持器5(図1を参照)を用いてもよい。その場合は、内輪1と外輪2と転動体3とを組み立てた後、内輪1と外輪2の間の隙間から保持器5を挿入して、保持器5のポケット4に転動体3を収容する。ポケット4の開口部にはパチン代が設けてあるため、ポケット4に収容された転動体3がポケット4から脱落することはない。
【0053】
なお、保持器5は、第一実施形態の場合と同様に、略帯状の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した環状部材でもよいし、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材としてもよい。あるいは、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板5Aを内輪1及び外輪2に沿って環状に配列した分断保持器としてもよい。
【0054】
〔第三実施形態〕
第三実施形態の転がり軸受は、第一実施形態の深溝玉軸受とほぼ同様の構成である。第三実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。
保持器は、図2に示すものと同様の分断保持器であるが、保持器のポケットは軸方向一端部に形成されておらず、軸方向中央部に形成されている。すなわち、径方向に貫通する円形孔が各扁平金属板の長手方向に沿って等間隔をあけて複数設けられており、これらの円形孔がポケットを構成している。
【0055】
一つの扁平金属板に形成されている円形のポケットの数は、2又は3個である。また、扁平金属板の長手方向端部には略半円形の凹部が形成されており、扁平金属板の長手方向端部に位置する転動体は、隣接する2つの扁平金属板の略半円形の凹部により挟持される。
このような保持器の場合は、保持器を支持しているのは、円形孔からなるポケットに収容されている2〜3個の転動体だけなので、軸受回転中に保持器に力を付加する転動体数が少ない。保持器を支持する転動体数が多いほど保持器は転動体に拘束されて、一部の転動体に公転の進みや遅れが生じると保持器に曲げ荷重が付加されるが、本実施形態の保持器は可撓性を有しているが、場合によっては曲げ荷重を受けて変形するおそれがある。しかしながら、保持器を支持している転動体数が少なければ拘束力は小さいので、負荷される曲げ荷重は軽減され変形は生じにくい。転動体と嵌合するポケットの数が1個だと保持器の姿勢が安定せず、4個以上だと転動体による拘束力が大きくなるので、ポケットの数は2又は3個が好ましい。
【0056】
また、分断保持器を構成する各扁平金属板は、内輪及び外輪に沿うように湾曲していることが好ましいが、第三実施形態の場合は転動体による拘束力が小さいので、湾曲させなくてもよい。すなわち、保持器は可撓性を有しているので、平板形状のまま軸受内に保持されて軸受内を公転可能であるし、あるいは、外輪の内周面に拘束されて弾性変形し、湾曲した状態で軸受内に保持されて軸受内を公転可能である。
【0057】
〔第四実施形態〕
図13は、本発明に係る転がり軸受の第四実施形態である深溝玉軸受の構造を示す斜視図であり、一部分を切り欠いて示してある。なお、第四実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第一実施形態とほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。また、図13においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。
【0058】
第四実施形態の深溝玉軸受10Cは、図13,14に示すように、保持器5を2個備えている。すなわち、径の異なる2個の保持器5が同心に配されている。2個の保持器5に形成されているポケット4は、それぞれ周方向同位相に位置していて、1個の転動体3が同位相の2個のポケット4に収容されている。
保持器の数を増やすと、軸受内に備えられている固体潤滑剤の量がその分だけ増加する。その結果、深溝玉軸受10Cの潤滑性が向上するので、耐久性が向上する。ただし、保持器の数を増やすと、保持器全体の質量が増加するだけでなく、転動体3とポケット4との摺動機会も増加するため、深溝玉軸受の動摩擦トルクが上昇する。よって、低トルクを維持したまま潤滑性を向上させるためには、保持器の数は2個又は3個が好ましいが、コスト等を考慮すると2個が最も好ましい。
【0059】
また、貫通孔6から2つの保持器5の間の径方向隙間に脱落した固体潤滑剤は、2つの保持器5に保持されるため、保持器が1個の場合と比較して、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面への固体潤滑剤の転移が生じやすくなり、深溝玉軸受10Cの潤滑性が向上する。この点について、さらに詳細に説明する。
貫通孔6から脱落した固体潤滑剤の粒子は、その一部が内外輪1,2の軌道面に付着し、その上を転動体3が通過する際に圧延されて、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に転移する。そして、薄い固体潤滑剤の被膜が形成されて、潤滑に供される。保持器が1個の場合は、貫通孔6から脱落した固体潤滑剤の粒子は、そのままの粒径で落下し、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面に偶然付着した粒子だけが転移の機会を得られることになる。
【0060】
これに対して、保持器が2個の場合は、2つの保持器5の間の径方向隙間に脱落した固体潤滑剤の粒子が2つの保持器5に保持されるため、すぐには落下しない。保持器5は転動体3に拘束されているため、相対的には大きく動けず、短い摺動距離で互いに摺り合うことになる。それにより、保持器5の間に保持されていた固体潤滑剤の粒子は、すり潰され細かい粒子となって落下する。いわば固体潤滑剤の粒子を篩にかけながら振りまくような形態になるため、軸受全体に均一且つ継続的に固体潤滑剤の微粒子が振りまかれることになり、内外輪1,2の軌道面や転動体3の転動面への転移の機会が格段に多くなる。
【0061】
その結果、潤滑性が高くなり、深溝玉軸受10Cの耐久性が格段に向上する。このような効果が適切に奏されるためには、2つの保持器5の間の径方向隙間が大きすぎることは好ましくないので、上限値は1mmとすることが好ましい。一方、相互に緩やかに滑り合う程度の大きさの径方向隙間を有している必要があるので、下限値は0.1mmとすることが好ましい。
【0062】
2つの保持器5に形成されているポケット4の径は、一方の保持器5のポケット4は転動体径よりも大きくし、他方の保持器5のポケット4は転動体径よりも小さくしてもよい。その場合は、転動体径よりも小さいポケット4を有する保持器5が転動体案内保持器となり、転動体径よりも大きいポケット4を有する保持器5が転動体案内保持器に案内されることとなる。
【0063】
また、両方の保持器5のポケット4の径を転動体径よりも大きくし、且つ、両方の保持器5のポケット4の径を異なる大きさとしてもよい。この場合は、転動体3は、径の小さい方のポケット4に拘束されることが多くなり、径の大きい方のポケット4に接触する頻度は低くなる。そのため、両方の保持器5のポケット4の径が同一である場合と比較して、転動体3とポケット4とが接触する全体的な頻度は低くなるので、深溝玉軸受10Cの動摩擦トルクは小さくなる。
【0064】
ただし、その場合は、2つの保持器5の摺動距離は増加し、摺りあわせの作用が大きくなるため、固体潤滑剤が貫通孔6から離脱しやすくなってしまう。そのため、大きい方のポケット4の径は、小さい方のポケット4の径の1倍超過1.3倍以下であることが好ましい。
なお、保持器5のタイプとしては、略帯状の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を接合した環状部材と、湾曲させた扁平金属板の周方向両端を接合せず、隙間を介して対向するように近接させた略C字状の部材と、内輪1及び外輪2に沿うように湾曲した複数の扁平金属板を内輪1及び外輪2に沿って環状に配列した分断保持器と、の3タイプがあるが、深溝玉軸受10Cに組み込む2つの保持器5を同タイプの保持器としてもよいし、異なるタイプの保持器としてもよい。
【0065】
2つの保持器5が分断保持器の場合は、径方向外側の大径な分断保持器を構成する扁平金属板の個数と、径方向内側の小径な分断保持器を構成する扁平金属板の個数は、同一でもよいし異なっていてもよい。扁平金属板の個数が同一の場合は、内外の各扁平金属板が一対一に対向していてもよいが、周方向にずれていてもよい。周方向にずれている場合には、ポケットに転動体を収容することにより、内外すべての扁平金属板を一体に連結することができる。そうすれば、保持器や転動体の公転の回転性を向上することができる。
【0066】
〔第四実施形態の実施例〕
第四実施形態の深溝玉軸受10Cとほぼ同様の構成である実施例の深溝玉軸受(すなわち、保持器を2個備える深溝玉軸受)と、従来の金属製保持器を備える比較例の深溝玉軸受とを試験軸受として用いて、耐久試験を行った。両深溝玉軸受は、内径が15mmで、同一呼び番号の軸受である。
【0067】
実施例の深溝玉軸受は、玉がSUS440C製であり、その表面に厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。この被膜は、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより被覆した。また、保持器の貫通孔に保持させる固体潤滑剤は二硫化モリブデンであり、二硫化モリブデンを含有するペースト状物を塗布して乾燥することにより、貫通孔に二硫化モリブデンを充填した。なお、保持器の表面のうち貫通孔が形成されていない部分には、厚さ10μmの二硫化モリブデンの被膜が被覆されている。
【0068】
比較例の深溝玉軸受は、図8に示すように、2個の波形の環状部品を結合してなる金属製波形保持器を1個備える深溝玉軸受である。玉の素材及び玉の表面に被覆された被膜については、実施例の深溝玉軸受と全く同様である。
耐久試験の試験方法については、第一実施形態の実施例の場合と全く同様であるので、説明は省略する。試験結果について、以下に説明する。
【0069】
常圧下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の3倍であった。また、真空下の試験においては、実施例の耐久性は比較例の5倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は、高温環境下においても、高温且つ真空環境下においても、耐久性が優れていることが分かる。
次に、動摩擦トルク試験について説明する。実施例の深溝玉軸受は、上記耐久試験に用いたものと同じである。比較例の深溝玉軸受は、内径が15mmで、実施例の深溝玉軸受と同一呼び番号のものであり、図9に示すような深溝玉軸受である。すなわち、外輪201と内輪202との間に、8個の転動体(玉)203が周方向に所定の間隔をおいて配されている。その玉203は二個が一組とされて、その間に介在する1個の固体潤滑剤製スペーサ204とともに、保持器205が有する舟形のポケット205a内に収納されて一単位を構成している。
【0070】
スペーサ204は円柱形で、その両端面間の距離(すなわち高さ)よりも直径の方が大きく、且つ、その直径は内外輪201,202の軌道面の形状に合わせて設計してあり、また、スペーサ204の挿入作業を容易にするために、端面の角部を面取り(チャンファー角面取り)してある。
なお、スペーサ204を構成する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン系の燒結金属である。また、玉203はSUS440C製であり、その表面に厚さ1μm以下の二硫化モリブデンの被膜がバレルメッキにより被覆されている。
【0071】
動摩擦トルク試験の試験方法については、第一実施形態の実施例の場合と全く同様であるので、説明は省略する。試験結果について、以下に説明する。
いずれの回転速度においても、実施例の動摩擦トルクは比較例の0.8倍であった。この結果から、実施例の深溝玉軸受は低トルクであることが分かる。
【0072】
〔第五実施形態〕
第五実施形態の転がり軸受は、径の異なる2個の分断保持器が同心に配されている点を除いては、第三実施形態の深溝玉軸受とほぼ同様の構成である。第五実施形態の転がり軸受の構成及び作用・効果は、第三実施形態とほぼ同様であるので、その説明は省略する。また、2個の保持器を備えることによる作用・効果は、第四実施形態と同様であるので、その説明は省略する。なお、径の異なる3個の分断保持器を同心に配した構成としてもよい。
【符号の説明】
【0073】
1 内輪
2 外輪
3 転動体
4 ポケット
5 保持器
5A 扁平金属板
6 貫通孔
10,10C 深溝玉軸受
10B アンギュラ玉軸受軸受
100 フィルム搬送装置
101 駆動ローラ
102 従動ローラ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、
前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されているとともに、
前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、
さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されていることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、
前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されているとともに、
前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されており、
さらに、前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、
さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項4】
前記貫通孔の径は、前記保持器の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、前記保持器の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項5】
玉軸受であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記固体潤滑剤は、液体状潤滑剤を固化したものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項7】
100℃以上400℃以下の環境下で使用されるフィルム搬送装置であって、フィルムの搬送方向に沿って並べられた複数のフィルム搬送ローラを備え、前記フィルム搬送ローラを回転可能に支持する支持軸受として、請求項1〜6のいずれか一項に記載の転がり軸受を用いたことを特徴とするフィルム搬送装置。
【請求項8】
前記温度且つ真空の環境下で使用されることを特徴とする請求項7に記載のフィルム搬送装置。
【請求項1】
軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、
前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されているとともに、
前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、
さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されていることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記転動体を収容するポケットを複数有する保持器と、を備え、
前記保持器を複数備えており、それぞれ径の異なる各保持器が略同心に配されているとともに、
前記保持器は、扁平金属板を前記内輪及び前記外輪に沿うように湾曲して環状に形成し、周方向両端を近接若しくは接合して構成されているか、又は、複数の扁平金属板を湾曲させ前記内輪及び前記外輪に沿って環状に配列して構成されており、
さらに、前記保持器は、径方向に貫通する貫通孔及びディンプルの少なくとも一方を備え、前記貫通孔及び前記ディンプルの少なくとも一方に固体潤滑剤が保持されており、
さらに、前記ポケット、前記貫通孔、及び前記ディンプルがフォトファブリケーションによって形成されていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項4】
前記貫通孔の径は、前記保持器の内周面及び外周面に開口する開口部が最大で、前記保持器の厚さ方向中央部に向かって徐々に小さくなっていき、厚さ方向中央部で最小となっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項5】
玉軸受であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記固体潤滑剤は、液体状潤滑剤を固化したものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項7】
100℃以上400℃以下の環境下で使用されるフィルム搬送装置であって、フィルムの搬送方向に沿って並べられた複数のフィルム搬送ローラを備え、前記フィルム搬送ローラを回転可能に支持する支持軸受として、請求項1〜6のいずれか一項に記載の転がり軸受を用いたことを特徴とするフィルム搬送装置。
【請求項8】
前記温度且つ真空の環境下で使用されることを特徴とする請求項7に記載のフィルム搬送装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−255521(P2012−255521A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−130108(P2011−130108)
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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