説明

転がり軸受

【課題】特に高温、高速、高荷重及び高振動条件下での使用に好適で、人体への害もなく、良好な錆止め性能と優れた剥離寿命とを有する転がり軸受を提供する。
【解決手段】合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種をグリース全量の0.25〜5質量%となるように添加した剥離防止効果を有するグリース組成物を、内輪、外輪及び転動体で形成される軸受空間に封入してなることを特徴とする転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物を封入した転がり軸受に関し、特に、自動車の電装部品、エンジン補機であるオルタネータや中間プーリ、カーエアコン用電磁クラッチなど、高温、高速、高荷重及び高振動条件下での使用に好適で、良好な錆止め性能と優れた剥離寿命とを有する転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンの各種動力装置の回転箇所、例えば、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ等の自動車電装部品、エンジン補機には、一般に転がり軸受が使用されており、その潤滑は主としてグリースが使用されている。
【0003】
自動車は小型軽量化を目的としたFF車の普及により、さらには移住空間拡大の要望により、エンジンルームの容積減少を余儀なくされ、前記に挙げたような電装部品・エンジン補機の小型軽量化がよりいっそう進められている。加えて、前記各部品にも高性能、高出力化がますます求められている。しかし、小型化により、出力の低下は避けられず、例えばオルタネータやカーエアコン用電磁クラッチでは、高速化することにより出力の低下分を補っており、それに伴ってアイドラプーリも同様に高速化することになる。さらに、静粛化向上の要望によりエンジンルームの密閉化が進み、エンジンルーム内の高温化が促進されるため、前記各部品は高温に耐えることも必要となっている。このような高速化や高性能化に伴い、前記各部品用軸受には水素脆性による白色組織変化を伴った剥離が発生し易くなってきており、その防止が新たな重要課題となっている。
【0004】
また、前記各部品はエンジンルームの下部に取りつけられていることが多いため、走行中、雨水などがかかりやすく、これらの部品用の転がり軸受に封入されるグリースには、他の箇所に使用される転がり軸受に封入されるグリースよりも、錆止め性能に優れることが必要とされる。
【0005】
グリースに錆止め性能を付与するには、防錆添加剤を添加するのが一般的である。この防錆添加剤の成分として無機不働態化剤が含まれることが多いが、とりわけ、亜硝酸ナトリウムは最も効果的であり、主流となっている。また、この無機不働態化剤は水溶性であり、グリースのような油系のものには分散し難いことから、界面活性剤を併用したグリースも市販されている。その他にも、グリースに油溶性有機インヒビター、水溶性無機不働態化剤(亜硝酸ナトリウム等)及び非イオン界面活性剤からなる防錆剤を添加したグリースを提案している(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、無機不働態化剤として代表的な亜硝酸ナトリウムは、優れた錆び止め性能を有する一方で、使用条件によっては発ガン性を誘発させる可能性が有り、法規制はないものの、その使用を避けた方が望ましい。また、有機インヒビターであるスルフォン酸金属塩も防錆能力が高いため広く使用されているが、特許公報第2878749号に記載されているように、水素の発生を助長するため、水素脆性剥離の発生原因となる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3−200898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、特に高温、高速、高荷重及び高振動条件下での使用に好適で、人体への害もなく、良好な錆止め性能と優れた剥離寿命とを有する転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、防錆添加剤としてナフテン酸亜鉛およびコハク酸誘導体が有効であることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、上記の目的は、本発明の、合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種をグリース全量の0.25〜5質量%となるように添加した剥離防止効果を有するグリース組成物を、内輪、外輪及び転動体で形成される軸受空間に封入してなることを特徴とする転がり軸受により達成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、人体への害もなく、防錆性が良好で、剥離防止効果にも極めて優れた転がり軸受が得られ、特にオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ、水ポンプ等の自動車電装部品、エンジン補機等に好適な転がり軸受が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例において、グリースA、グリースB及びグリースEについて防錆添加剤の添加量と錆評価点及び剥離発生率との関係を求めたグラフである。
【図2】実施例において、グリースC及びグリースDについて防錆添加剤の添加量と錆評価点及び剥離発生率との関係を求めたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の転がり軸受に関して詳細に説明する。本発明において、軸受の構造自体は制限されるものでは無く、種々の公知の玉軸受やころ軸受等を対象とすることができ、その内輪、外輪及び転動体で形成される軸受空間に、後述される防錆添加剤を含有するグリース組成物を封入して本発明の転がり軸受が構成される。
【0013】
[基油]
本発明において、グリース組成物の基油として合成油を用いる。また、基油は、低温流動性不足による低温起動時の異音発生や、高温で油膜が形成され難いために起こる焼付きを避けるために、40℃における動粘度が、好ましくは10〜400(mm2/sec)、より好ましくは20〜250(mm2/sec)、さらに好ましくは40〜150(mm2/sec)であることが望ましい。
【0014】
合成油の具体例として、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。前記炭化水素系油としては、例えばノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンとのコオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物等が挙げられる。前記芳香族系油としては、例えばモノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン等のアルキルベンゼン、あるいは例えばモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。前記エステル系油としては、例えばジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート等のジエステル油、あるいは例えばトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、さらには例えばトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル油、さらにはまた、例えば多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等が挙げられる。前記エーテル系油としては、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、あるいは例えばモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル油等が挙げられる。その他の合成潤滑基油としては、例えばトリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテル等が挙げられる。
【0015】
上記に挙げた基油の中では、特にポリ−α−オレフィン、ジブチルセバケート、ジイソデシルアジペート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ジアルキルジフェニルエーテル等が好ましい。また、これらの基油は、単独または混合物として用いることができ、上述した好ましい動粘度に調整される。
【0016】
[増ちょう剤]
増ちょう剤には、グリースの耐熱性や音響性を考慮してジウレア化合物を用いる。
【0017】
[添加剤]
添加剤として、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体の少なくとも一方を含む。尚、これらナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体は人体への影響の無い安全な化合物である。
【0018】
コハク酸誘導体として、例えばコハク酸、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル、コハク酸イミド等を挙げることができるが、アルケニルコハク酸ハーフエステルが好ましい。これらのコハク酸誘導体は、単独でも適宜組み合わせて使用してもよい。
【0019】
(濃度)
上記ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体の好ましい添加量は、グリース全量に対してそれぞれ0.25〜5質量%である。添加量がこれより少ないと、十分な防錆性を有することができず、これより多く含有するとグリースが軟化し、グリース漏れを発生させる恐れがあるため好ましくない。防錆性を確かにし、グリース漏れによる焼付き寿命を考慮するなら、グリース全量に対してそれぞれ0.5〜5質量%とすることが望ましい。また、ナフテン酸亜鉛とコハク酸誘導体の両方を添加する場合には、合計量で0.25〜5質量%の範囲とする。
【0020】
グリース組成物には、必要に応じて、従来より公知の各種添加剤、例えば極圧剤や油性剤等を添加してもよい。
【0021】
[製法]
グリース組成物を調整する方法には特に制約はないが、基油中で増ちょう剤を反応させて得たグリース組成物にナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体を所定量を配合することが好ましい。その際、ニーダやロールミル等でナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体を添加した後十分撹拌し、均一分散させる必要がある。この処理を行うときは、加熱するものも有効である。また、ナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体以外の添加剤を添加する場合は、ナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体と同時に添加することが工程上好ましい。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例および比較例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0023】
(グリースの調製)
表1に示す如く、グリースA〜Eを調製した。調製方法は、ジイソシアネートを混合した基油と、アミンを混合した同一の基油とを反応させ、撹拌加熱して得られた半固体状物に、予め同一の基油に溶解したアミン系酸化防止剤を加えて十分撹拌し、徐冷後にナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体、Baスルフォネートを適宜加え、ロールミルを通すことでグリースを得た。また、各グリースについて、ナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体またはBaスルフォネートの添加量がグリース全量の0.05質量%、0.1質量%、0.5質量%、1質量%及び5質量%となる5種類を用意した。
【0024】
【表1】

【0025】
(急加減速試験)
剥離寿命を、エンジンを用いてオルタネータに組み込んだ軸受を急加減速させることで評価した。即ち、上記の各グリースを2.36g封入した単列深溝玉軸受(内径φ17mm、外径φ47mm、幅14mm)をオルタネータに組み込み、エンジン回転数1000〜6000rpm(軸受回転数2400〜13300rpm )の繰り返し、室温雰囲気下、プーリ荷重1764Nの条件で軸受を連続回転させ、500時間を目標に試験を行った。また、軸受外輪転走面に剥離が生じて振動が発生したとき、試験を終了した。試験は各条件毎に10回行い、下記に定義する剥離発生率で評価し、その結果を図1及び図2にプロットした。
剥離発生率(%)=(剥離発生数/試験回数)×100
【0026】
(防錆試験)
内径φ17mm、外径φ47mm、幅14mmの円接触ゴムシール付き深溝玉軸受に上記の各グリースを2.3g封入し、1800rpmで1分間回転させた。回転後、軸受内に0.5質量%の塩水を0.5ml注水し、1800rpm で1分間回転させた。60℃、100%RHの条件下に120時間放置した後、試験軸受の内外輪軌道面の錆発生状態を観察した。評価基準を表2に示すが、錆発生状態が2以下の場合を合格とした。試験は各条件毎に10回行い、その結果を図1及び図2にプロットした。
【0027】
【表2】

【0028】
図1及び図2に示すように、本発明に従い防錆添加剤としてナフテン酸亜鉛、コハク酸誘導体の少なくとも一方を含むグリースA、グリースB、グリースC及びグリースDを封入することにより、軸受の錆及び剥離の発生を抑えることができる。その添加量としては、0.1質量%以上で優れた効果が得られている。これに対して従来の防錆添加剤であるBaスルフォネートでは、錆の発生は見られないものの、剥離が発生している。
【0029】
即ち、図1において、防錆添加剤の添加量0.1質量%(左から2番目のプロット群)では、本発明のグリースA、グリースBの錆評価点が合格評価点の上限値である2は満しているが、少なくとも0.5質量%以上になると評価点が0となり、更に望ましくなる。また、図2は全て本発明の範囲での下限0.1質量%に対し、1番左の点(防錆添加剤の添加量0.15質量%)で錆評価点の合格点2以下を満たしている。このことは、防錆添加剤の添加量の合計は、少なくともその下限おいて0.15質量%以上であれば良い結果が得られることを示しているが、錆評価点が0.1質量%と同一の2となっていることから、添加量の好ましい下限は0.15質量%を超えた0.25質量%とし、更に好ましくは0.5質量%とすることが良いことを示している。
【0030】
尚、図1及び図2において、図示の都合上、グリースA、グリースB、グリースC及びグリースDの各点、及びそれらを結ぶ線をずらして示しているが、実際には各点及び線は重なっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種をグリース全量の0.25〜5質量%となるように添加した剥離防止効果を有するグリース組成物を、内輪、外輪及び転動体で形成される軸受空間に封入してなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
グリース組成物におけるナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種の添加量がグリース全量の0.5〜5質量%であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
コハク酸誘導体がアルケニルコハク酸ハーフエステルであることを特徴とする請求項1または2記載の転がり軸受。
【請求項4】
基油がエーテル油またはポリα−オレフィンであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の転がり軸受。
【請求項5】
自動車の電装部品用もしくはエンジン補機用であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−121689(P2009−121689A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−51847(P2009−51847)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【分割の表示】特願2005−198772(P2005−198772)の分割
【原出願日】平成12年2月22日(2000.2.22)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】