説明

軸索内移動粒子の自動追跡システム

【課題】 輸送粒子間の干渉や、軸索周囲の粒子やランダム雑音による影響を受けない、新規な神経細胞の軸索内輸送の粒子経路を解析方法を提供し、さらに、該解析方法を実現する装置、及び、そのためのコンピュータープログラムを提供すること。
【解決手段】 神経細胞の軸索を通過する小胞粒子を可視化する工程、該神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する工程、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程、該軸索領域中の小胞粒子を検出する工程、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程、を含む神経細胞の軸索輸送の解析方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞の軸索内輸送の粒子経路を解析方法、解析装置、及びそのためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞(以下、「ニューロン」と呼ぶことがある)は、数cmからときに1mにもおよぶ軸索を持つ。軸索は様々な軸索ガイダンス分子に導かれて伸長し、標的細胞とシナプスを形成することで、複雑な神経回路網を形成する。この軸索形成やシナプス形成に必要とされる様々な蛋白質、細胞内小器官、RNAは、細胞体で合成され、必要とされる部位に輸送される。逆に、軸索の先端で受容された成長因子は、受容体と共にシグナリング小胞として細胞体へ運ばれ、転写制御等の細胞活動に関与する(非特許文献1)。このような軸索輸送は、主に微小管に沿って、キネシンやダイニンなどのモーター分子群により行われている。細胞体から軸索の先端への輸送を順行性軸索輸送(anterograde axonal transport)、逆に軸索の先端から細胞体への輸送を逆行性軸索輸送(retrograde axonal transport)と呼ぶ(非特許文献2)。軸索内輸送の障害は、種々の神経性疾患の発症との関連性が示唆されており、例えば、アルツハイマー病では、初期病変で軸索輸送の障害が生じ、微小管関連蛋白質であるtauとCRMP2の過剰リン酸化の影響が報告されており(非特許文献3)、さらに、遺伝性の運動ニューロン疾患の原因遺伝子は、その多くが軸索輸送に関連する遺伝子であると報告されている(非特許文献4)。従って、細胞内軸索輸送は神経細胞の維持、機能発現に必須の生命現象であると考えられ、神経変性疾患の指標としての軸索輸送解析、特に、軸索内輸送粒子の追跡及び定量的解析が、これら疾患を対象とする医学・医療分野に大きく貢献すると期待されている。
【0003】
従来、神経細胞の軸索輸送の研究分野では、GFP(green fluorescence protein)タグ等を用いて軸索輸送に関係する蛋白質を可視化する方法や、放射線同位元素などを用いたトレーサー実験などが行なわれ、細胞内輸送の定量的解析では、微分干渉顕微鏡を用いて軸索を強拡大で撮影し、コントラストを強調して目視により仮想線を通過する粒子を計測してきた(非特許文献5)。
【0004】
しかしながら、GFPタグを用いた可視化では、特定の分子の輸送の追跡には有効であるが、軸索輸送の全体的な解析には不向きであり、さらに、GFPラベリングにより標的分子の細胞内分布や輸送へ影響が生じる可能性を排除できず、さらにまた、相同組換えではない通常の遺伝子導入によるGFPラベリングでは、標的分子の過剰発現により軸索輸送へ影響が生じるという問題がある。また、一方で、相同組換えによるGFPラベリングは、膨大な手間と費用を要する。また、放射線同位元素を用いた標識化では、放射性物質を用いること自体が実験の危険性を高め、さらに経時的な観察に適さないという問題がある。さらにまた、微分干渉顕微鏡による観察では、輸送される粒子を認識することが非常に困難なため高度な熟練を要する上に、一標本あたりの観測及び測定に長時間を要し、さらに、目視観察によるため、得られたデータの客観性が乏しいといった欠点を有する。
【0005】
一方、画像処理を用いた粒子追跡技術において、2次元的に分布した粒子に対する追跡技術が開発されており、各粒子の動きの二次元的な自由度に基づき、目的粒子を2次元的に追跡すること可能である。しかしながら、神経細胞の軸索内においては、軸索の細長い形状ゆえに、輸送粒子の分布及び運動は平面的広がりを持たず、輸送粒子は、軸索に沿って移動し、その分布も軸索内に集中することから、粒子軌跡の干渉(軌跡の重なり)頻度が高く、顆粒間の運動の分離が困難である。従って、神経細胞の軸索輸送に関しては、粒子運動の二次元的情報に依存した従来型の追跡技術をそのまま適用して輸送経路を解析することは困難である。さらに、軸索周囲に静止状態の多数の粒子や、時間的なランダム雑音の存在が、一層、粒子の輸送経路解析を困難なものにしている。従って、輸送粒子間の干渉や、軸索周囲の粒子やランダム雑音による影響を受けない、神経細胞の軸索内輸送を定量的に自動で解析可能な解析システムの確立を要する。
【0006】
【非特許文献1】Zweifel LS et al., Nat. Rev. Neurosci., 2005, 6(8):615-25.
【非特許文献2】Hirokawa N et al., Nat. Rev. Neurosci., 2005, 6(3) :201-214.
【非特許文献3】Stokin GB et al., Science, 2005, 307(5713):1282-8.
【非特許文献4】Chevalier-Larsen E et al., Biochim. Biophys. Acta., 2006, 1762 11-12:1098-1108.
【非特許文献5】Goshima Y et al., J. Neurobiol., 1997, 33:316-328.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、従来技術に係る粒子経路の追跡方法では、輸送粒子間の干渉や、軸索周囲の粒子やランダム雑音による影響を受け、高精度の粒子経路解析を実現することができない。
【0008】
従って、本発明の目的は、輸送粒子間の干渉や、軸索周囲の粒子やランダム雑音による影響を受けない、新規な神経細胞の軸索内輸送の粒子経路を解析方法を提供し、さらに、該解析方法を実現する装置、及び、そのためのコンピュータープログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、神経細胞内の小胞粒子を鮮明に可視化し、該可視化した小胞粒子が、軸索輸送機構により輸送されることを実験的に証明した。さらに、本願発明者らは、解析の初期段階で、軸索領域を抽出し、処理対象を限定することで、軸索外静止粒子やランダム雑音の影響を抑えることを可能とし、さらに、粒子追跡の過程で、一次追跡後の粒子の移動軌跡をもとに、粒子相互の重なりや二次元的近接状態に基づき誤追跡の可能性を評価し、安定追跡経路を抽出し、さらに、安定追跡経路間の連続性、粒子の形状特徴の連続性などを考慮した評価関数を設定し、各粒子全体の評価が最適となるように、安定追跡経路を統合することによって、正確な粒子追跡を可能にする手法を開発し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明は、神経細胞の軸索を通過する小胞粒子を可視化する工程、該神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する工程、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程、該軸索領域中の小胞粒子を検出する工程、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程、を含む神経細胞の軸索輸送の解析方法を提供する。
【0011】
さらに、本発明は、軸索を通過する小胞粒子が可視化された神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する手段、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する手段、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する手段、該軸索領域中の小胞粒子を検出する手段、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する手段、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する手段、を含む神経細胞の軸索輸送の解析装置を提供する。
【0012】
さらにまた、本発明は、軸索を通過する小胞粒子が可視化された神経細胞を経時的に撮影して入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程、該軸索領域中の小胞粒子を検出する工程、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程、を含む神経細胞の軸索輸送の解析用プログラムを提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、初めて、鮮明に可視化された軸索輸送粒子を追跡し、輸送粒子間の干渉や、軸索周囲の粒子やランダム雑音による影響によらず、神経細胞の軸索内輸送の粒子経路を高精度に解析することが可能となる。さらに、本発明に係る解析システムは、神経疾患の治療を目的とした医薬開発、候補物質のスクリーニング、基礎医学研究、生物学的研究、など様々な分野に寄与することが期待される。また、神経細胞の微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子を可視化方法を提供することで、軸索輸送の研究全般に大きく貢献する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係る軸索輸送の解析対象となる神経細胞は、特に限定されないが、神経細胞の画像を撮影する簡易性の観点からin vitroで培養可能なニューロンが好ましい。このようなニューロンの例として、グルタミン酸、γ‐アミノ酪酸、アスパラギン酸、グリシン等のアミノ酸系神経伝達物質を分泌するニューロン、バソプレシン、ソマトスタチン、ニューロテンシンなどのペプチド系神経伝達物質を分泌するニューロン、及び、ノルアドレナリン、ドパミン、セロトニンなどのモノアミン類系神経伝達物質や、アセチルコリンを分泌するニューロン等が挙げられる。また、後述するように、本発明に係る解析方法では、神経細胞の軸索領域を抽出して軸索輸送を解析するので、解析対象となる神経細胞の培養系には、神経細胞以外の種類の細胞、例えば、神経組織から神経細胞を採取する際に混入が予測されるグリア細胞、オリゴデンドロ細胞、血管上皮細胞、血液細胞などが混在していてもよい。
【0015】
軸索輸送で運ばれるものカーゴ(Cargo)には、脂質二重膜で包まれた小胞(vesicle)と、脂質二重膜に包まれない蛋白複合体等が含まれるが、本発明では、小胞粒子を検出対象とし、特に好ましくは、微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子を検出対象とする。可視化された小胞粒子が、微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子であるかどうかは、微小管重合阻害薬であるノコダゾールや、ATPase阻害薬であるアジ化ナトリウムといった軸索輸送阻害剤の添加により、微小管依存性の軸索輸送を阻害することで検証可能である。即ち、微小管依存性の軸索輸送阻害により、可視化された小胞粒子の輸送が低下した場合には、可視化された小胞粒子が、微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子であるといえる。
【0016】
本発明に係る、小胞を可視化する工程は、肉眼観察、又は、顕微鏡等の光学機器を通じて可視化できる方法により行なわれるのであれば、特に限定されないが、検出感度の観点から脂質二重膜の蛍光標識化により行なわれることが好ましい。さらに、染色効率の観点からカルボシアニン蛍光色素による染色が特に好ましい。カルボシアニン蛍光色素による染色は、市販の色素を用いて行なうことが可能であり、下記実施例に示すようにCellTracker CM-DiI(Molecular Probe)などにより行なうことが可能であるが、これに限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する工程及び手段では、撮影方法は特に限定されないが、通常、細胞の動態観察等に用いられるデジタルビデオカメラを内蔵した共焦点レーザー顕微鏡などにより撮影されることが好ましい。経時的な撮影において、特に撮影速度としてのフレームレートは限定されないが、粒子の軸索輸送の速度等の観点から、1‐10フレーム/秒程度が好ましく、1‐4フレーム/秒が特に好ましい。また、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程又は手段では、入力方法は特に限定されず、市販のスキャナーや、画像処理ソフトウェアを介して入力可能であるが、前記撮影工程又は手段で、神経細胞の画像をデジタル画像として入手していれば、本工程における入力作業が極力容易になる。
【0018】
本発明に係る画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程又は手段では、種々の方法を適用することが可能であるが、その一例として、軸索領域が画像フレームの時間的移動平均処理、該移動平均画像に対する二値化処理、該二値化処理された各領域のラベリング、及び最大領域の選択により抽出される方法を挙げることができる。より具体的には、画像フレームの時間的移動平均処理によって粒子が移動する軸索領域を強調し、移動平均処理された画像フレームの粒子強調処理及び二値化処理より背景と軸索部分を分離し、二値化処理された画像フレーム中の各領域を個別にラベリングし、ラベリングされた各領域のうち最大の面積を有する領域を選択することにより、雑音領域を削除して軸索領域を抽出することが可能である。本工程には他の抽出方法を適用することが可能であり、前記抽出方法に限定されない。また、前記粒子強調処理は、メディアンフィルタを適用したり、さらに、円錐形重み係数のマスクを用いた線形フィルタによる円形状粒子の強調処理や、ガウシアンフィルタの適用することで、スパイク状雑音が除去され、より鮮明な軸索領域の画像フレームを得ることができる。
【0019】
本発明に係る軸索領域中の小胞粒子を検出する工程及び手段では、小胞粒子の検出方法は特に限定されないが、分離度フィルタを用いた検出方法が好ましい。分離度フィルタは、2つの領域間の分離度を求め、それを評価することで粒子検出を行うため、分離度フィルタを用いた場合には、二値化処理の弊害を回避し、輝度値の低い粒子の検出を可能にするので、多少の粒子の重なりに対しても別々の粒子として検出することが可能になる。
【0020】
任意の領域Rにおいて、中心領域R1とその周辺領域R2を定義した場合(図1参照)に、分離度ηを求める下記式(3)において、δb2は2つの領域間の輝度差を評価し、分母にあたるδT2はそれぞれの領域内の分散を評価する。即ち、δb2及びδT2は、それぞれ下記式(4)及び(5)により定義される。
【0021】
【数1】

【0022】
従って分離度ηが、中心領域と周辺領域の間では大きな値、周辺領域間では小さな値をとる場合に、中心領域が粒子である可能性が高い。この関係を数式で表したものが下記式(1)で表される評価式Hである。従って、上記分離度フィルタが、任意の領域Rの中心領域R1の面積を複数段階に変化させた場合に、下記評価式(1)のHが最大値をとるR1の面積を小胞粒子の面積と定めて、該小胞粒子を検出することが好ましい。
【0023】
【数2】

(但し、式(1)中のη12、η13、η14、η15は、それぞれ領域Rの中心領域R1と周辺領域R2
乃至R5の各分離度を表す。)
【0024】
続いて、本発明に係る、検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び該安定追跡経路の統合を演算処理する工程及び手段の各構成要件について以下に説明する。
【0025】
本発明に言う、「局所的追跡」とは、検出した個々の粒子に対して、画像のフレーム間で対応づけを行うことにより粒子を追跡することを意味する。従って、局所的追跡は、それぞれの画像フレームで検出された粒子が次の時刻におけるフレーム内においてどの粒子と対応するかを粒子間の距離、輝度、移動ベクトルを指標として行なう。しかしながら、局所的追跡は、2つの連続フレーム情報のみに基づいた対応付けであり、著しく粒子運動速度の大きい場合や、異なる粒子の移動経路が近接する場合には、対応付けに困難が生じ、誤検出が起こる可能性を排除できない。従って、正確な経路追跡には、以下の「安定追跡経路の抽出」及び「安定追跡経路の統合」を演算処理する必要がある。
【0026】
本発明に言う、「安定追跡経路の抽出」とは、前記局所的追跡により求められた経路のうち、誤検出の可能性が高い経路を除去し、確信度の高い安定な追跡経路を抽出することを意味する。従って、具体的には、局所的追跡により得られた追跡結果を用いて部分的追跡ルートを作成し、該部分的追跡ルートの粒子の接近又は交差により誤追跡の可能性がある箇所を除去する作業を全てのルートに対して繰り返し行い、全ての安定追跡経路を抽出する。
【0027】
安定追跡経路の抽出の例を図2に示す。図2において、矢印で示したルートは、他のルートと近接あるいは交差しており、そのような箇所では誤追跡の可能性が高くなる。そこで、他のルートとの関係をもとに判定することによって、他のルートとの近接する部分で分割し、3つの部分的追跡ルートに分けることにより安定追跡経路を抽出している。
【0028】
本発明に言う、「安定追跡経路の統合」とは、安定追跡経路間の連続性、粒子の形状特徴の連続性などを考慮した評価関数を設定し、各粒子全体の評価が最適となるように、安定追跡経路を統合することを意味する。安定追跡経路の統合を行なう処理方法は、安定追跡経路の抽出により得られた部分的な安全追跡経路を、一定の評価基準に基づいた適合性で統合可能な方法であれば特に限定されないが、組合せ問題の処理に適した、最適化アルゴリズムにより実行されることが好ましい。最適化アルゴリズムには、最急降下法、シュミレーティドアニーリング法、遺伝的アルゴリズムなどが含まれるが、より適合性の高いルートを優先的に模索、選択するという点から、遺伝的アルゴリズムに従って実行されることが好ましい。遺伝的アルゴリズムを用いる場合、具体的には、安定追跡経路を遺伝子、評価関数を環境適合度とし、遺伝的アルゴズムにより安定追跡経路の組み合わせ的最適化を進めることが可能であるが、これに限定されるものではない。遺伝的アルゴリズムの処理の流れを図3に示す。
【0029】
図3に示す通り、遺伝的アルゴリズムを適用する場合には、局所的追跡及び安定追跡経路の抽出により作成された部分的な安定追跡ルートを、再結合(統合)することによって模擬ルート(初期集団)を作成し、各模擬ルートの適合度に対し評価関数を用いて評価を行い、選択及び交叉又は変異の操作を経て最適な小胞粒子経路を得るまで、繰り返し演算処理を行う。
【0030】
上記安定追跡経路の統合に遺伝的アルゴリズムを用いる場合では、該遺伝的アルゴリズムが、下記式(2)で表される評価関数を環境適合度とし、安定追跡経路を遺伝子、該安定追跡経路が再結合結合された模擬ルートを個体として、式(2)の適合度が最小値を取るように小胞粒子経路を模索することが好ましい。
【0031】
【数3】

(但し、式(2)では、n個の部分的追跡ルートから成る模擬ルートに対し、各部分追跡ルートの接点における傾きの差をH、X座標値の差をD、フレーム数の差をI、ルート全体の長さをLと定めて評価する。また、x,y,z及びwはそれぞれの評価に対する重みを表す。)
【0032】
上記式(2)中の各パラメータの定義を、さらに図4に示す。ここで、n個の部分的追跡ルートから成る模擬ルートに対し、それぞれの接点においてHは傾きの差、DはX座標値の差、Iはフレーム数の差を評価し、Lはルート全体の長さを評価したパラメータである。前述の通り、式(2)の評価関数を用いる遺伝的アルゴリズムでは、適合度は値が小さいほど好ましいルートであると判断する。
【0033】
遺伝的アルゴリズムを採用する場合には、より好ましい模擬ルートを優先的に選択して、交叉及び突然変異等の操作を繰り返しながら、最適な軸索輸送経路を探索することになるが、小胞粒子経路を一点交叉により探索することが好ましい。
【0034】
本発明に係る演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程及び手段では、小胞粒子の軌道を出力する方法は特に限定されないが、前記演算処理工程の結果を市販の計算ソフトなどを介してグラフ等の形式にて容易に出力することが可能である。
【0035】
本発明に係る、神経細胞の軸索輸送の解析方法、解析装置、及び解析用プログラムの処理アルゴリズムの全体的な処理工程を図5に示す。
【0036】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施に限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
神経細胞軸索を通過する小胞粒子の可視化
1. 神経細胞の培養
胚齢7日目のニワトリ胚由来の後根神経節(DRG:Dorsal Root Ganglion)ニューロンを、100μg /mlのポリ‐L‐リジンでコーティングしたガラス底培養ディッシュで、F12基礎培地に、10%のウシ胎児血清(FBS: Fetal Bovine Serum)及び10 ng/mlの神経増殖因子(NGF: Neural Growth Factor)を添加した培養液で、37℃にて培養した。
【0038】
2. 小胞粒子の染色
上記培養開始から8‐14時間経過後、培養液に、1mg/mlのCellTracker CM-DiI(Molecular Probe)を添加し、さらに1時間培養を継続し、DRGニューロンにDiI色素を取り込ませた。その後、DRGニューロンをPBSで3回洗浄した。洗浄したDRGニューロンを、L15基礎培地に、10%FBS及び10 ng/mlのNGFを添加した培養液で、37℃にて6時間以上培養した。培養開始から6時間経過後、共焦点レーザー顕微鏡にてDRGニューロンを観察し、蛍光染色された小胞がDRGニューロンの軸索を通過していることを確認した(図6)。
【0039】
3. 軸索輸送の阻害
さらに、前記DiI染色された小胞が、軸索輸送により移動している粒子であるかどうかを確認するため、ノコダゾール、及びアジ化ナトリウムを用いて、微小管に沿った輸送を阻害し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察した。具体的には、共焦点レーザー顕微鏡により、DiI染色された神経細胞の2フレーム/秒のフレームレートで12分間撮影し、撮影開始より4分間経過時に、軸索輸送阻害剤として、微小管重合阻害薬であるノコダゾールを30μM、又は、ATPase阻害薬であるアジ化ナトリウムを0.1%で添加し、その後の軸索輸送の経過を観察した。軸索輸送の阻害は、細胞体から約20μm離れた軸索部分に、軸索をほぼ直角に横断する仮想線を設定し、2分間の間に該仮想線を通過する粒子数をカウントし、該粒子数を軸索輸送の活性指数とした。それぞれノコダゾール及びアジ化ナトリウムで軸索輸送を阻害した結果を図7に示すが、両阻害剤とも、阻害前の活性との比較で、0%近くまで軸索活性を低下させていることが判明した(図7)。従って、DiI染色で可視化された粒子の輸送は、微小管重合阻害薬、及び、ATPase阻害薬により低下するので、DiI染色は、微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子を染色することが確認された。
【実施例2】
【0040】
小胞粒子の軸索輸送経路の追跡
本発明に係る、軸索内移動粒子の自動追跡システムにより、小胞粒子の軸索輸送経路の追跡を行なった。
【0041】
分離度フィルタを用いた小胞粒子の検出
上記実施例1でDiI染色したニワトリ胚由来DRGニューロンを、共焦点顕レーザー微鏡を用いて撮影し、その画像をビットマップ形式の画像に変換して画像処理を行った。本実施例では、1つの撮影データに対し、2フレーム/秒のフレームレートで、240フレームから成る時系列画像を取得し自動解析を行った。本実施例では、3系統の撮影データを用い、(1)分離度フィルタを用いた場合の検出粒子数、(2)目視による検出粒子数、及び、(3)二値化処理による粒子検出数を比較して、分離度フィルタを用いた粒子検出方法の検証を行った。その結果を下記表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1に示す結果より、分離度フィルタによる粒子検出方法は、目視や二値化処理による方法と比較して、高い粒子検出能を有することが確認された。検出段階においてはノイズやゴミであるものであっても粒子の可能性のあるものを全て検出することが必要である。従って、本発明は、この条件を満たしており、分離度フィルタを用いた粒子検出方法の有用性が確認された。
【0044】
遺伝的アルゴリズム処理の導入前後における追跡精度の比較
次に、本発明に係る遺伝的アルゴリズムを用いた追跡手法の追跡精度について検証する。検証方法として、総ルート数87本のルートに対し、局所的追跡法を適用した段階での追跡精度と遺伝的アルゴリズムを導入後の追跡精度を比較することにより検証を行った。上記式(2)で表される評価関数を用いて適合度の評価を行い、それに基づいて、次世代の残すルートを選択するが、本実施例では一点交叉を用い、一定の世代に達した段階で演算処理を終了した。その結果を表2に、また、導入前と導入後の様子を図8に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
表2に示す結果より、遺伝的アルゴリズムの適用により、追跡精度が向上されたことが確認された。該追跡精度の向上は、局所的追跡では克服できなかった粒子間の交差、接近による誤追跡が、遺伝的アルゴリズム適用による最適ルート選定で改善されたためと考えられる。
【0047】
遺伝的アルゴリズム処理と目視観察による経路追跡精度の比較
最後に、粒子の追跡が目視と同様に行われているかを検証した。従来の軸索輸送の解析方法では、軸索の始まる地点から10μmの位置にある軸索上に仮想線を引き、その線を通過する粒子を測定しているため本実施例でも同様の手法により軸索輸送の経路を追跡した。また、自動解析については、追跡結果は図7のようにグラフ形式で表示されるため、軸索上の細胞体から10μmの位置に相当するX座標を求め、グラフ上で該X座標と交差するルートの数を求め、該ルート数を仮想線を通過した粒子とした。表3にその結果を示す。本実験により、遺伝的アルゴリズム処理による解析は、目視と同程度の追跡が可能であることが確認された。
【0048】
【表3】

【0049】
表3の結果から、本実施例においては、遺伝的アルゴリズム処理と目視観察の経路追跡でほぼ同様の結果が得られた。従って、本願発明に係る軸索内移動粒子の自動追跡システムによれば、目視観察と同精度の追跡が可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】分離度フィルタで、任意の領域Rをにおいて中心領域R1とその周辺領域R2-R5を定義した場合の模式図である。
【図2】安定追跡経路の抽出を例示するグラフである。
【図3】本発明に用いる遺伝的アルゴリズムによる処理のフローチャートである。
【図4】遺伝的アルゴリズムの評価式の各パラメータの定義を示す図である。
【図5】本発明に係る、神経細胞の軸索輸送の解析方法、解析装置、及び解析用プログラムの処理アルゴリズムの全体的な処理工程の模式図である。
【図6】小胞体が蛍光染色されたニワトリ胚由来DRGニューロンの顕微鏡写真である。
【図7】軸索輸送阻害剤で軸索輸送を阻害した結果を示す図である。
【図8】遺伝的アルゴリズム処理の導入前後における追跡精度の比較を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経細胞の軸索を通過する小胞粒子を可視化する工程、該神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する工程、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程、該軸索領域中の小胞粒子を検出する工程、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程、を含む神経細胞の軸索輸送の解析方法。
【請求項2】
前記神経細胞の軸索を通過する小胞粒子を可視化する工程で、該可視化される小胞粒子が微小管依存性の軸索輸送により輸送される小胞粒子である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記神経細胞の軸索を通過する小胞粒子を可視化する工程において、該小胞粒子の脂質二重膜の蛍光ラベル化により粒子を可視化する請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記脂質二重膜の蛍光ラベル化が、カルボシアニン蛍光色素染色により行なわれる請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記軸索領域中の小胞粒子を検出する工程において、該小胞粒子が分離度フィルタを用いて検出される請求項1乃至4いずれか一項記載の方法。
【請求項6】
前記分離度フィルタが、任意の領域Rの中心領域R1の面積を複数段階に変化させた場合に、下記評価式(1)のHが最大値をとるR1の面積を小胞粒子の面積と定めて、該小胞粒子を検出する請求項5記載の方法。
【数1】

(但し、式(1)中のη12、η13、η14、η15は、それぞれ領域Rの中心領域R1と周辺領域R2
乃至R5の各分離度を表す。)
【請求項7】
前記検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程において、該安定追跡経路の統合が評価関数の最適化アルゴリズムにより演算処理される請求項1乃至6いずれか一項記載の方法。
【請求項8】
前記最適化アルゴリズムが、遺伝的アルゴリズムである請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記遺伝的アルゴリズムが、下記式(2)で表される評価関数を環境適合度とし、安定追跡経路を遺伝子、該安定追跡経路が再結合結合された模擬ルートを個体として、式(2)の適合度が最小値を取るように小胞粒子経路を模索する請求項8記載の方法。
【数2】

(但し、式(2)では、n個の部分的追跡ルートから成る模擬ルートに対し、各部分追跡ルートの接点における傾きの差をH、X座標値の差をD、フレーム数の差をI、ルート全体の長さをLと定めて評価する。また、x,y,z及びwはそれぞれの評価に対する重みを表す。)
【請求項10】
前記遺伝的アルゴリズムが、前記小胞粒子経路を一点交叉により探索する請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
前記画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程において、該軸索領域が画像フレーム間の時間的移動平均処理、該移動平均画像に対する二値化処理、該二値化処理された各領域のラベリング、及び最大領域の選択により抽出される請求項1乃至10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
軸索を通過する小胞粒子が可視化された神経細胞を経時的に撮影した画像を入手する手段、該入手した画像フレームをコンピューターに入力する手段、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する手段、該軸索領域中の小胞粒子を検出する手段、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する手段、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する手段、を含む神経細胞の軸索輸送の解析装置。
【請求項13】
前記軸索領域中の小胞粒子を検出する手段において、該小胞粒子が分離度フィルタを用いて検出される請求項12記載の装置。
【請求項14】
前記分離度フィルタが、任意の領域Rの中心領域R1の面積を複数段階に変化させた場合に、上記評価式(1)のHが最大値をとるR1の面積を小胞粒子の面積と定めて、該小胞粒子を検出する請求項13記載の装置。
【請求項15】
前記検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程において、該安定追跡経路の統合が評価関数の最適化アルゴリズムにより演算処理される請求項12乃至14いずれか一項記載の装置。
【請求項16】
前記最適化アルゴリズムが、遺伝的アルゴリズムである請求項15記載の装置。
【請求項17】
前記遺伝的アルゴリズムが、上記式(2)で表される評価関数を環境適合度とし、安定追跡経路を遺伝子、該安定追跡経路が再結合結合された模擬ルートを個体として、式(2)の適合度が最小値を取るように小胞粒子経路を模索する請求項16記載の装置。
【請求項18】
前記遺伝的アルゴリズムが、前記小胞粒子経路を一点交叉により探索する請求項16又は17記載の装置。
【請求項19】
前記画像フレーム中の軸索領域を抽出する手段において、該軸索領域が画像フレーム間の時間的移動平均処理、該移動平均画像に対する二値化処理、該二値化処理された各領域のラベリング、及び最大領域の選択により抽出される請求項12乃至18のいずれか一項記載の装置。
【請求項20】
軸索を通過する小胞粒子が可視化された神経細胞を経時的に撮影して入手した画像フレームをコンピューターに入力する工程、該画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程、該軸索領域中の小胞粒子を検出する工程、該検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程、及び、該演算処理により算出された小胞粒子の軌道を出力する工程、を含む神経細胞の軸索輸送の解析用プログラム。
【請求項21】
前記軸索領域中の小胞粒子を検出する工程において、該小胞粒子が分離度フィルタを用いて検出される請求項20記載のプログラム。
【請求項22】
前記分離度フィルタが、任意の領域Rの中心領域R1の面積を複数段階に変化させた場合に、上記評価式(1)のHが最大値をとるR1の面積を小胞粒子の面積と定めて、該小胞粒子を検出する請求項21記載のプログラム。
【請求項23】
前記検出された小胞粒子の局所的追跡、安定追跡経路の抽出及び安定追跡経路の統合を演算処理する工程において、該安定追跡経路の統合が評価関数の最適化アルゴリズムにより演算処理される請求項20乃至22いずれか一項記載のプログラム。
【請求項24】
前記最適化アルゴリズムが、遺伝的アルゴリズムである請求項23記載のプログラム。
【請求項25】
前記遺伝的アルゴリズムが、上記式(2)で表される評価関数を環境適合度とし、安定追跡経路を遺伝子、該安定追跡経路が再結合結合された模擬ルートを個体として、式(2)の適合度が最小値を取るように小胞粒子経路を模索する請求項24記載のプログラム。
【請求項26】
前記遺伝的アルゴリズムが、前記小胞粒子経路を一点交叉により探索する請求項24又は25記載のプログラム。
【請求項27】
前記画像フレーム中の軸索領域を抽出する工程において、該軸索領域が画像フレーム間の時間的移動平均処理、該移動平均画像に対する二値化処理、該二値化処理された各領域のラベリング、及び最大領域の選択により抽出される請求項20乃至26のいずれか一項記載のプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−77635(P2009−77635A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−247438(P2007−247438)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】