説明

農産物の産地判別方法、および養殖、輸入、天然ウナギの判別方法

【課題】精度の高い産地判別が可能な農産物の産地判別方法、および養殖、輸入、天然ウナギのいずれであるかを高い精度で判別可能な方法を提供する。
【解決手段】産地判別を行う農産物について取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、複数の産地における農産物について予め取得した農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比と比較して農産物の産地を判別する。別の態様では、判別を行うウナギについて取得した2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギもしくは国産天然ウナギについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して判別する。さらに別の態様では、判別を行うウナギについて取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、養殖ウナギおよび天然ウナギについて予め取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比と比較して判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農産物の産地判別方法、および養殖、輸入、天然ウナギの判別方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食のグローバル化に伴い、様々な輸入品が安価に手に入るようになった一方で、狂牛病(BSE)や国内で禁止されている薬品の使用等、安全性への懸念もあり、ここ数年、消費者の国産志向が高まっている。国産農水産物の需要が増加する中で、輸入品を国産と偽装する食品の表示偽装事件があとを絶たない。また、国産品についても、ブランド価値に便乗した偽装品が出回るなど、食品の産地偽装は社会的な大問題である。
【0003】
食品における現行の産地管理方法は、産地証明書や個体識別番号等の送付といった書類上の追跡によるシステムである。しかし、流通・加工過程において、偶然もしくは故意にそのラベルがすり替わる可能性が考えられることから、科学的根拠に基づき、食品そのものを分析する産地判別技術が求められている。消費者の食の安心・安全の確保、生産者の商品力維持、悪質な食品関連業者への牽制という観点からも急務である。
【0004】
従来、科学的根拠に基づいた判別技術として、DNA解析や微量無機元素解析が知られている。
【0005】
しかしながら、DNA解析は、品種判別に実用化されているものの、同一品種については今のところ判別できていないのが現状である。
【0006】
微量無機元素解析は、土壌組成に基づく判別手法として有効性が知られており、カドミウム含有米等のように産地特定ツールの一つとして農林水産省で公的に利用され始めているが、地域間変動が著しく安定に利用することは困難と言われている。
【0007】
一方、農水産物中の炭素、窒素、酸素等の安定同位体比に注目した「安定同位体比解析」は、それらの安定同位体が生物の利用した栄養や生育環境を反映することが知られていることから、DNA解析や微量無機元素解析に続く産地判別技術等への利用が検討されている(非特許文献1〜4、特許文献1〜4参照)。また、安定同位体比は地域間変動が緩慢でかつ国際原子力エネルギー機構(IAEA)国際公認データに示される通り明確なため、安定同位体比に基づく産地判別はDNA解析、微量無機元素解析等の既存技術では到達できない高度な識別の可能性が期待されている。
【0008】
生物は炭素を骨格として水素、窒素、酸素等から主に構成され、これら生元素には安定同位体(D/H, 13C/12C, 15N/14N, 18O/17O/16O)が存在する。安定同位体はその質量数の違いから様々な物理・化学・生物的過程において同位体分別を生じる。そのため、環境試料中に含まれる有機物の同位体組成は、起源生物や生合性過程、生育環境等の情報を保存している。そこで安定同位体比を解析する手法は、これまで物質循環の解明や食物連鎖網の構造解析、動物の食性解析といった地球化学や生態学の分野で広く用いられてきた。
【0009】
しかしながら、従来の安定同位体比解析は、試料全体の安定同位体比に基づくものであり、分子レベルでの知見は少ない。例えば、アミノ酸の窒素同位体分析による生体系の構造解析による知見が水産物等について報告されているが(非特許文献5参照)、農産物について産地条件との関係で実際にどのような傾向を示すか等に関する詳細な結果は得られていないのが現状である。
【0010】
また、非特許文献1〜4、特許文献1〜4では多元素の安定同位体比を総合的に評価することによる産地判別等の可能性が示唆されているが、国産と輸入あるいは養殖と天然の偽装が懸念されるウナギについては未だ知見は得られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Food Chem., 109, 470-475 (2008)
【非特許文献2】日本食品科学工学会誌、55、250-252 (2008)
【非特許文献3】Anal. Chim. Acta, 618, 148-152 (2008)
【非特許文献4】日本食品科学工学会誌、55、191-193 (2008)
【非特許文献5】Radioisotopes, 56, 8, (2007)
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−189351号公報
【特許文献2】特開2005−130755号公報
【特許文献3】特表2005−523432号公報
【特許文献4】特開2003−194778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、精度の高い産地判別が可能な農産物の産地判別方法を提供することを課題としている。
【0014】
また本発明は、養殖、輸入、天然ウナギのいずれであるかを高い精度で判別可能な方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0016】
第1:複数の産地が存在する農産物の産地判別方法であって、複数の産地における農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する工程と、産地判別を行う農産物について取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、複数の産地における農産物について予め取得した農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、農産物の産地を判別する工程とを含むことを特徴とする農産物の産地判別方法。
【0017】
第2:国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法であって、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法。
【0018】
第3:国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法であって、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと国産天然ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法。
【0019】
第4:養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法であって、養殖ウナギおよび天然ウナギのアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記アミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比を、養殖ウナギおよび天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが養殖ウナギと天然ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法。
【0020】
第5:判別を行うウナギについて取得したグルタミン酸の窒素安定同位体比とフェニルアラニンの窒素安定同位体比との差を、養殖ウナギおよび天然ウナギのそれぞれについて予め取得したグルタミン酸の窒素安定同位体比とフェニルアラニンの窒素安定同位体比との差と比較して、判別を行うウナギが養殖ウナギと天然ウナギとのいずれであるかを判別することを特徴とする上記第6の養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の農産物の産地判別方法によれば、アミノ酸の窒素安定同位体比を利用することで、精度の高い産地判別が可能となる。すなわち、農産物試料を分子レベルまで分離分別して安定同位体比の比較をすることにより、農産物試料全体の安定同位体比を対象とする産地判別よりも判別精度を大幅に向上することが可能となり、産地判別の妥当性を高めることができる。これにより、有機農法の判別やブランド保護等も可能となる。
【0022】
本発明の国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法、および国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法によれば、多種元素の安定同位体比を利用することで、精度の高い判別が可能となる。
【0023】
本発明の養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法によれば、アミノ酸の窒素安定同位体比を利用することで、精度の高い産地判別が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】水耕液中のδ15Nに対するカイワレダイコン全体のδ15Nの変化を示すグラフである。
【図2】水耕液中のδ15Nに対するカイワレダイコンのアミノ酸(グルタミン酸、フェニルアラニン)のδ15Nの変化を示すグラフである。
【図3】カイワレダイコンの各種アミノ酸への15N取り込み率の経時変化を示すグラフである。
【図4】15Nの標識尿素によるコメのアミノ酸(グルタミン酸)への15N標識の検出結果を示すグラフである。
【図5】15N標識尿素によるコメの試料全体およびグルタミン酸への15N標識の検出結果示すグラフである。
【図6】栽培方法の異なるコメのグルタミン酸の窒素安定同位体比をGC/IRMSで測定した結果を示すグラフである。
【図7】国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギについて、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図8】国産養殖ウナギと国産天然ウナギについて、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図9】各産地の養殖ウナギと天然ウナギについて、グルタミン酸とフェニルアラニンのδ15N、グルタミン酸のδ15Nとフェニルアラニンのδ15Nとの差Δ(Glu-Phe)、および試料全体のδ15Nを測定した結果を示すグラフである。
【図10】浜名湖産の養殖ウナギと天然ウナギについて、グルタミン酸とフェニルアラニンのδ15N、グルタミン酸のδ15Nとフェニルアラニンのδ15Nとの差Δ(Glu-Phe)、および試料全体のδ15Nを測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
(第1の実施形態)
本実施形態では、複数の産地が存在する農産物の産地判別方法として、複数の産地における農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する第1工程と、産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する第2工程と、産地判別を行う農産物について取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、複数の産地における農産物について予め取得した農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、農産物の産地を判別する第3工程とにより農産物の産地を判別する。
【0026】
第1工程では、複数の産地における農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する。産地判別を行う農産物としては、カイワレダイコン、コメ等の植物等が挙げられる。
【0027】
アミノ酸の窒素安定同位体比は、ガスクロマトグラフ/同位体比質量分析計(GC/IRMS)により測定することができる(Org. GeoChem., 16, 1115-1128 (1990)、Org. GeoChem., 21, 585-594 (1994)、J. Sep. Sci., 29, 1946-1961 (2006)、ぶんせき, 8, 456-462 (2004)等参照)。具体的には、例えば、農産物試料からの抽出、揮発性物質への誘導体化、GC/IRMSによる同位体比測定という手順で行われる。抽出には塩酸加水分解を用いることができ、蛋白質のアミノ酸への分解と抽出が同時に行われる。
【0028】
アミノ酸に揮発性を持たせるための誘導体化には、例えば、トリフルオロアシル/イソプロピルエステル化(TFA/iPr)、ペンタフルオロアシル/イソプロピルエステル化(PFA/iPr)、N-ピバロイル/イソプロピルエステル化(NP/iPr)等を用いることができる。
【0029】
アミノ酸の誘導体化物(各種アミノ酸の混合物)は、ジクロロメタンや酢酸エチル等の溶液としてGCに導入される。例えば、個々のアミノ酸は、キャリアガスとしてヘリウムを用いたGCのキャピラリーカラムによって分離され、GCオーブン内でカラムと直結したセラミック製マイクロボリューム燃焼炉および還元炉に連続的に導入される。導入されたアミノ酸はそれぞれ、燃焼炉でCO2、NOx、H2Oに酸化分解され、さらに窒素酸化物が還元炉で窒素ガス(N2)に還元される。水と二酸化炭素を透水フィルタと液体窒素トラップで除去した後、窒素ガスはキャリアガスと共にIRMSに導入され、イオン化の後、m/z 28(14N2+)と29(14N15N+)の強度が測定される。1試料当たりの測定時間は、例えば約40〜60分であり、必要な試料量は、例えばアミノ酸一分子当たり窒素量で約30ng(窒素含有量が5%の試料であれば、試料全体で200〜500μg程度)、測定精度は、例えば±0.5%0程度である。
【0030】
このようにしてアミノ酸のクロマトグラムが得られ、アラニン、グリシン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、アスパラギン酸、トレオニン、セリン、メチオニン、グルタミン酸、フェニルアラニン等の各アミノ酸の窒素同位体比δ15N(%0)が測定される。
【0031】
次に、第2工程として、産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する。産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比は、前述の第1工程と同様にして取得することができる。
【0032】
次に、第3工程として、産地判別を行う農産物について取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、複数の産地における農産物について予め取得した農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、農産物の産地を判別する。例えば、前述の第1工程として複数の産地における農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比をデータベース化しておき、これと第2工程において取得した、産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を照らし合わせ、窒素安定同位体比が一致あるいは近似している産地を農産物の産地と特定することができる。
【0033】
なお、農産物の種類に応じて、判別精度がさらに向上する場合には、2種以上のアミノ酸の窒素安定同位体比を用いてこれらを照らし合わせたり、あるいは、2種のアミノ酸の窒素安定同位体比の差を用いてこれを照らし合わせたりすることもできる。
【0034】
後述の実施例にも見られるように、産地条件に対する窒素安定同位体比の変化の大きさはアミノ酸の種類によって異なるが、産地条件に対する窒素安定同位体比の変化が特に大きいアミノ酸を判別対象として選択することで、判別精度を高めることができる。
(第2の実施形態)
本実施形態では、国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法として、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する第1工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する第2工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとのいずれであるかを判別する第3工程とにより国産ウナギと輸入ウナギとの判別を行う。
【0035】
第1工程において、酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する際には、GC/IRMSを用いることができる。試料の前処理は必要に応じて洗浄や脱脂等を行うが、大抵は凍結乾燥し粉末化するのみである。例えば、炭素および窒素安定同位体比は、酸化還元炉を用い、試料中に含まれる窒素は全てN2ガスに、炭素はCO2ガスに変換して、その15N/14N、13C/12Cを測定する。酸素同位体比は、例えば、熱分解炉を用い、酸素を全てCOガスに変換し、18O/16Oを測定する。
【0036】
各元素の安定同位体比は標準試料からの千分率(%0)で表し、これらは次式:
δX=[(R試料/R標準)−1]×1000
によってδ値で表記する。ここでXは、炭素、窒素、酸素に対してそれぞれ13C、15N、18Oを表し、Rはそれぞれの元素の同位体比13C/12C、15N/14N、18O/16Oとなる。標準試料としては国際的にデータを比較できるように国際標準試料が用いられる。標準試料として、炭素では矢石(CaCO3の化石で海水中のHCO3-とほぼ同じ値を示す;PDB)、窒素は大気窒素、酸素は標準平均海水が用いられている。
【0037】
GC/IRMSにより、例えば、Hでは試料量20〜100nmolで分析精度5〜10%0、Nでは試料量3〜10nmolで分析精度0.5〜1.0%0が得られる。
【0038】
次に、第2工程として、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する。産地判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比は、第1の工程と同様にして取得することができる。
【0039】
次に、第3工程として、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとのいずれであるかを判別する。例えば、前述の第1工程により取得した国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比をデータベース化しておき、これと第2工程において取得した、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を照らし合わせ、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比が一致あるいは近似している方を国産養殖ウナギもしくは輸入養殖ウナギと特定することができる。
【0040】
安定同位体比は、各元素によって反映する要因が異なり、例えば、動物のδ13C、δ15Nは、餌の値を反映する傾向があり、δ18Oは、生育環境中の水や気候条件(温度・湿度等)を反映し、緯度と相関関係を示す傾向がある。養殖ウナギは、2007年度で国産が22%、台湾産が16%、中国産が62%を占めているが、実施例に見られるように、国産養殖ウナギは台湾産、中国産の輸入養殖ウナギに比べて窒素同位体比および炭素同位体比が高く、酸素同位体比が低い傾向が明確に見られる。
(第3の実施形態)
本実施形態では、国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法として、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する第1工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する第2工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと国産天然ウナギとのいずれであるかを判別する第3工程とにより国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別を行う。
【0041】
具体的には、前述の第2の実施形態と同様にして、国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別を行うことができる。
【0042】
国産天然ウナギは国産ウナギの1%を占め、2007年度で養殖ウナギの国内生産量は鹿児島県33%、愛知県31%、宮崎県16%、静岡県7%、三重県1%、その他12%となっているが、実施例に見られるように、国産養殖ウナギは国産天然ウナギに比べて窒素同位体比が高く、国産天然ウナギは炭素同位体比および酸素同位体比の分布範囲が広い傾向が見られる。
(第4の実施形態)
本実施形態では、養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法として、養殖ウナギおよび天然ウナギのアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する第1工程と、判別を行うウナギの前記アミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する第2工程と、判別を行うウナギについて取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比を、養殖ウナギおよび天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが養殖ウナギと天然ウナギとのいずれであるかを判別する第3工程とにより、養殖ウナギと天然ウナギとの判別を行う。
【0043】
第1工程および第2工程では、前述の第1の実施形態と同様にして、GC/IRMSにより窒素安定同位体比を取得することができる。
【0044】
第3工程では、例えば、前述の第1工程として養殖ウナギおよび天然ウナギのアミノ酸の窒素安定同位体比をデータベース化しておき、これと第2工程において取得した、判別を行うウナギの前記アミノ酸の窒素安定同位体比を照らし合わせ、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比が一致あるいは近似している方を養殖ウナギもしくは天然ウナギと特定することができる。
【0045】
なお、判別精度がさらに向上する場合には、2種以上のアミノ酸の窒素安定同位体比を用いてこれを照らし合わせたり、あるいは、2種のアミノ酸の窒素安定同位体比の差を用いてこれを照らし合わせたりすることもできる。例えば、グルタミン酸の窒素安定同位体比とフェニルアラニンの窒素安定同位体比との差Δ(Glu-Phe)は天然ウナギと養殖ウナギとの間で相違する傾向が見られ、これに基づいて、判別を行うウナギについて取得したΔ(Glu-Phe)を、天然ウナギおよび養殖ウナギのそれぞれについて予め取得したΔ(Glu-Phe)と比較することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>
15Nラベル試薬を加えて段階的に15N濃度をコントロールした水耕液を調整した。15Nラベル試薬として15N−尿素、硝酸15N−アンモニウム、15N−硝酸アンモニウムを用い、3%0(天然レベル)、25%0、50%0、75%0、100%015N溶液(水耕液に含まれる全体の窒素量は同じ)を調製した。
【0047】
10mL/日の割合で7日間水耕液を補給しながらカイワレダイコンを栽培し、得られた試料を凍結乾燥、粉末化し、カイワレダイコン全体およびアミノ酸の窒素の安定同位体比をGC/IRMSで測定した。
【0048】
アミノ酸の抽出、誘導体化は次のようにして行った。試料約50mg(wet)を2N HClで洗浄し、6N HCl 1ml中で110℃、24h処理した後、Hex:DCM=1:1で液−液抽出し脂質分子を除去した。次いで水層を加え濾過し、40℃で窒素を吹き付けて試料を乾固した。
【0049】
次にThionyl chloride/2-propanol(TC/iP、1/4、v/v)を1ml加え、100℃で3h加熱し、常温で窒素を吹き付けて試料を乾固した。次いでPivaloyl chloride(=Trimethyl acetyl chloride)/DCM(1/4、v/v)を1ml加え、100℃で3h加熱した後、常温で窒素を吹き付けて試料を乾固した。その後、Hexane/DCM(1/1)vs.水で液−液抽出し、有機層の試料を得た。得られた試料をGC/IRMSで測定した。
【0050】
水耕液中のδ15Nに対するカイワレダイコン全体のδ15Nの変化を図1に示す。水耕液中のδ15Nの増加に従ってカイワレダイコン全体のδ15Nも増加し、カイワレダイコン全体での窒素同位体比コントロールが可能であることが明らかとなった。
【0051】
水耕液中のδ15Nに対するカイワレダイコンのアミノ酸(グルタミン酸、フェニルアラニン)のδ15Nの変化を図2に示す。水耕液中のδ15Nの増加に従ってグルタミン酸のδ15Nも増加し、カイワレダイコン全体のδ15Nの変化と同等もしくはそれ以上であった。このように、アミノ酸レベルでも窒素同位体比コントロールが可能であることが分かった。一方、フェニルアラニンのδ15Nは変化量が小さかった。フェニルアラニンは代謝経路の末端に近いため、栽培期間中は影響が出にくかったことも要因として考えられる。
【0052】
カイワレダイコンの各種アミノ酸への15N取り込み率の経時変化を図3に示す。各種のアミノ酸に経時で15Nが取り込まれ、15N取り込み率はアミノ酸の種類に依存していた。
【0053】
以上より、産地条件に対応する水耕液の15N濃度変化に応じて、カイワレダイコンのアミノ酸のδ15Nも種類に応じた変化量を示し、グルタミン酸等では特に大きな変化量を示した。
<実施例2>
コメについて、圃場において15Nの標識実験を行った。15N標識尿素の濃度を10〜300mg/m2としてコメの栽培を行い、GC/MSとGC/IRMSの検出感度の比較、および試料全体のδ15Nとアミノ酸のδ15Nとの比較を行った。
【0054】
15Nの標識尿素によるコメのアミノ酸(グルタミン酸)への15N標識の検出結果を図4に示す。同図左のGC/MSによる測定では検出限界以下の標識レベルであった。これに対してGC/IRMSによる測定では、分子レベルのアミノ酸のδ15Nの変化を明確に検出することができた。
【0055】
15N標識尿素によるコメの試料全体およびグルタミン酸への15N標識の検出結果を図5に示す。施肥条件を反映してコメのグルタミン酸のδ15Nは大きく変化した。
【0056】
図6は、栽培方法の異なるコメのグルタミン酸の窒素安定同位体比をGC/IRMSで測定した結果を示す。このように、慣行栽培米、特別栽培米(5割減)、特別栽培米(8割減)、有機栽培米の間でグルタミン酸のδ15Nは大きく変化した。
<実施例4>
国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギについて、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比をGC/IRMSで測定した。国産の養殖ウナギは、静岡県浜名湖産(n=3)、愛知県一色産(n=4)、三重県桑名産(木曽三川鰻、n=3)を試料とし、輸入養殖ウナギは、中国産(広東省、n=10)、台湾産(嘉義縣、n=10)を試料とした。
【0057】
酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比の測定結果を図7に示す。国産養殖ウナギは台湾産、中国産の輸入養殖ウナギに比べて窒素同位体比および炭素同位体比が高く、酸素同位体比が低い傾向が明確に見られた。国産養殖ウナギのδ15N値が台湾産および中国産よりも高い値を示した結果は、餌が異なることや、輸入養殖ウナギは大半が路地飼育であるのに対し、国産養殖ウナギはビニールハウス内で飼育されていることも要因として考えられる。δ18O値については、日本の主な養殖地が台湾、中国の主要生産地よりも高緯度に位置することも影響していると考えられる。
<実施例5>
国産養殖ウナギと国産天然ウナギについて、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比をGC/IRMSで測定した。国産の養殖ウナギは、静岡県浜名湖産(n=3)、愛知県一色産(n=4)、三重県桑名産(木曽三川鰻、n=3)、宮崎県産(n=3)、鹿児島県産(n=3)を試料とし、国産の天然ウナギは、諏訪湖産(n=5)、浜名湖産(n=4)を試料とした。
【0058】
酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比の測定結果を図8に示す。国産養殖ウナギは国産天然ウナギに比べて窒素同位体比が高く、国産天然ウナギは炭素同位体比および酸素同位体比の分布範囲が広い傾向が見られた。これは国産天然ウナギにおける餌や生息場所の相違も要因として考えられる。
<実施例6>
各産地の養殖ウナギと天然ウナギについて、グルタミン酸とフェニルアラニンのδ15N、グルタミン酸のδ15Nとフェニルアラニンのδ15Nとの差Δ(Glu-Phe)、および試料全体のδ15NをGC/IRMSで測定した(図9)。また、浜名湖産の養殖ウナギと天然ウナギについて、グルタミン酸とフェニルアラニンのδ15N、グルタミン酸のδ15Nとフェニルアラニンのδ15Nとの差Δ(Glu-Phe)、および試料全体のδ15NをGC/IRMSで測定した(図10)。図9、図10より、特にΔ(Glu-Phe)について養殖ウナギと天然ウナギとの間で相違傾向が見られた。Δ(Glu-Phe)は栄養段階を反映するものと考えられ、図10の浜名湖産の天然ウナギでは、上りウナギ(天然1、3)と戻りウナギ(天然2)の餌の相違によるものとも考えられる大きなバラツキが見られたが、天然ウナギのΔ(Glu-Phe)は、一定値の傾向を示す養殖ウナギのΔ(Glu-Phe)との間に区別が見られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の産地が存在する農産物の産地判別方法であって、複数の産地における農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、産地判別を行う農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する工程と、産地判別を行う農産物について取得したアミノ酸の窒素安定同位体比を、複数の産地における農産物について予め取得した農産物のアミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、農産物の産地を判別する工程とを含むことを特徴とする農産物の産地判別方法。
【請求項2】
国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法であって、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび輸入養殖ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする国産養殖ウナギと輸入養殖ウナギとの判別方法。
【請求項3】
国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法であって、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギの酸素、窒素、および炭素から選ばれる2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記2種以上の元素の安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記2種以上の元素の安定同位体比を、国産養殖ウナギおよび国産天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記2種以上の元素の安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが国産養殖ウナギと国産天然ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする国産養殖ウナギと国産天然ウナギとの判別方法。
【請求項4】
養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法であって、養殖ウナギおよび天然ウナギのアミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により予め取得する工程と、判別を行うウナギの前記アミノ酸の窒素安定同位体比を質量分析により取得する工程と、判別を行うウナギについて取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比を、養殖ウナギおよび天然ウナギのそれぞれについて予め取得した前記アミノ酸の窒素安定同位体比と比較して、判別を行うウナギが養殖ウナギと天然ウナギとのいずれであるかを判別する工程とを含むことを特徴とする養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法。
【請求項5】
判別を行うウナギについて取得したグルタミン酸の窒素安定同位体比とフェニルアラニンの窒素安定同位体比との差を、養殖ウナギおよび天然ウナギのそれぞれについて予め取得したグルタミン酸の窒素安定同位体比とフェニルアラニンの窒素安定同位体比との差と比較して、判別を行うウナギが養殖ウナギと天然ウナギとのいずれであるかを判別することを特徴とする請求項6に記載の養殖ウナギと天然ウナギとの判別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−216892(P2010−216892A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62020(P2009−62020)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月1日 株式会社化学同人発行の「化学(NOVEMBER 2008 Vol.63 11)」に発表
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】