説明

迅速アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法

【課題】 アセチルコリンエステラーゼの迅速組織化学染色法の提供。
【解決手段】 厚さ3〜6μmの凍結組織切片に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bを加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、次いでジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートした後水洗することを特徴とする迅速アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞及び神経線維の染色に有用なアセチルコリンエステラーゼの迅速組織化学染色法に関する。
【背景技術】
【0002】
アセチルコリンは重要な神経伝達物質であり、アルツハイマー病では脳内のアセチルコリン濃度が低下している。又、腸管機能不全症(便秘を含む)では、アセチルコリンエステラーゼの異常増加が認められる。アセチルコリンエステラーゼは、アセチルコリンをコリンと酢酸に加水分解する酵素であり、アセチルコリンエステラーゼ活性を染色、同定することは、神経細胞及び神経線維が正常に存在、作用しているか否かを判断する指標として極めて重要である。当該アセチルコリンエステラーゼ活性の染色手段の一つとして、組織化学染色法は、脳神経領域及び腸管神経領域における臨床病理組織診断及び動物実験の領域で広く使用されている。
【0003】
従来のアセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法は、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩、硫酸銅及びイソオクタメチルピロホスホリルアミドを含有するA液と、フェリシアン化カリウムを含有するB液とを使用直前に準備し、A液及びB液を混合し、これに厚さ10μm程度の組織切片を加えて37℃で60分間インキュベートする。次いで四酸化オスミウムを加えて10分間室温でインキュベートし、次いで水洗することにより行なわれていた(非特許文献1)。
【0004】
この方法では、染色の全工程に70分間という長時間を要し、A液及びB液を使用直前に作成する必要があり、また用いる材料として粉末を用いることがあるため吸入などによる毒性の危険があった。そこで、本発明者らは、組織切片と前記A液及びB液とを混合後、37℃で5分間インキュベートし、ジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて室温で1〜2分インキュベートした後水洗することにより短時間でアセチルコリンエステラーゼの組織化学染色が可能になることを見出し、報告した(非特許文献2)。
【非特許文献1】Arch. Pathol. Lab. Med. 1978;102:244-247
【非特許文献2】Arch. Pathol. Lab. Med. 1994;118:1127-1129
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記方法は染色の全工程が短時間で終了するという長所を有しているが、染色が不十分であり、バックグランドがあるため神経細胞特異的染色性の点で未だ十分満足できるものではなかった。
従って、本発明の目的は、短時間かつ簡単な操作で、神経細胞を特異的に染色できるアセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、従来10μmであった凍結組織切片の厚さを3〜6μmの厚さとし、かつ切片をキット化したA液及びB液に加えた後、37℃でなく10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、組織切片を薄くすることにより、染色溶液の浸透性を高め神経細胞特異的な染色像が得られること、又、溶液の浸透時間を短縮することにより、バックグランド(単球が染色される)をなくすことを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、厚さ3〜6μmの凍結組織切片に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩、及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bを加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、次いでジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートした後水洗することを特徴とする迅速アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法を提供するものである。
また、本発明は、厚さ3〜6μmの凍結組織切片に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bを加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、次いでジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートした後水洗することを特徴とする神経細胞染色法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、全工程が室温近辺で行えるため恒温器等の装置を必要とせず、全工程が5〜8分という短時間で終了し、かつ神経細胞が特異的に染色される。従って、ヒルシュスプルング病根治術中に正常部(神経細胞の認められる部分)を断定することに、従来はヘマトキシリンーエオジン染色を施行していたが、凍結切片を用いるため、神経細胞を断定することは困難であることが多く、その診断ミスにより術後合併症を併発することも多く報告されているが、この染色方法を利用することにより確実に神経細胞を同定することが手術中に可能となった。今後、上記疾患だけでなく神経細胞を同定しなければならない疾患に対する有効利用が考えられる。また、A液とB液を予め作成してキット化しておくことにより、溶液の安定性が高められ染色の成功率も格段に上昇するものと考えられさらに操作性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において用いられる組織は、ヒトを含む動物の神経領域の組織であればよく、例えば脳神経領域、腸管神経領域の組織が用いられる。採取された組織は、凍結し、厚さ3〜6μmの切片とする。切片は、従来は10μm程度のものが用いられていたが、3〜6μmのものを用いることにより、バックグランド(単球の染色など)がなくなり神経細胞が、より鮮明になった。切片の厚さは、4μmがより好ましい。
【0010】
組織切片は、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bに加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートする。この反応は、組織内に存在するアセチルコリンエステラーゼによりヨウ化アセチルチオコリンが分解されて生じる水素により、フェリシアン化カリウム、硫酸銅及びクエン酸塩が反応してフェロシアン化銅が生成し、これが神経細胞のアセチルコリンエステラーゼ部位に沈着するという反応である。ここでヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bは、試験直前に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液Aと、フェリシアン化カリウムを含有する溶液Bとを混合して調製するのが望ましい。
【0011】
A液中のヨウ化アセチルチオコリン濃度は、1〜2mg/mL、特に1.12mg/mLが好ましい。クエン酸塩としては、クエン酸ナトリウムが好ましく、A液中のクエン酸塩濃度は、10〜15mM、特に11.2mMが好ましい。A液中の硫酸銅濃度は5〜7mM、特に6.6mMが好ましい。さらにA液には酢酸バッファー(pH6.0)100〜200mM、特に145mMを添加するのが好ましい。
【0012】
B液中には1〜2mM、特に1.1mMのフェリシアン化カリウムが含まれるのが好ましい。
【0013】
当該A液及びB液は、使用直前に作成できるように各成分を予め準備し、キット化しておくのが望ましい。
【0014】
本発明においては、凍結組織切片をA+B溶液に加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートする。10〜30℃という室温でインキュベートすればよいので、恒温器など使用する必要がない。インキュベート時間は5分が好ましい。
【0015】
上記のインキュベート後、ジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートする。この反応は、前記の反応によりアセチルコリンエステラーゼ部分に沈着したフェロシアン化銅を発色させる工程であり、ジアミノベンジジン塩と過酸化水素を併用することにより、1〜2分間の短時間で発色が完了する。
【0016】
ジアミノベンジジン塩としては、ジアミノベンジジン4塩酸塩が好ましく、用いる最終濃度は1〜2mM、特に1.5mMが好ましい。また、過酸化水素濃度は0.01〜0.02質量%、特に0.015質量%が好ましい。また、ジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を含有する液には、50mM Tris-HCl(pH7.6)を添加するのが好ましい。
【0017】
インキュベートは室温で1分間が好ましい。
【0018】
インキュベート終了後は、組織を水洗した後、顕微鏡で観察すればよい。なお、顕微鏡としては、通常どこでも使用されている光学顕微鏡を用いるのが好ましい。
【0019】
得られる染色像は、神経細胞に特異的であり、従来の染色法に較べてバックグランドが少なく、極めて鮮明である。また、すべての工程が室温付近で、6分程度で終了するため、手術中に診断可能である。
【実施例】
【0020】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0021】
実施例1
ヒルシュスプルング病(Hirschsprung's Disease(HD))患者10名にプルスルー根治手術を行い、切除標本の大腸組織を採取した。コントロールとして健常者の大腸組織を用いた。組織は液体窒素で凍結した。まず、調製したA液中にはヨウ化アセチルチオコリン濃度1.12mg/mL、クエン酸ナトリウム11.2mM、硫酸銅濃度は6.6mMが含まれており酢酸バッファー(pH6.0)145mMが添加されている。一方、B液中には1.1mMのフェリシアン化カリウムが含まれている。A液及びB液を混合し、これに厚さ4μmの組織切片を加えて室温(25℃)で5分間インキュベートした。
組織切片を水洗後、ジアミノベンジジン4塩酸塩に過酸化水素濃度0.015質量%(最終濃度1.5mM)を含有する液(50mM Tris-HCl(pH7.6)添加)に添加した。室温(25℃)で1分間インキュベートした。次いで、組織切片を水洗した。
【0022】
得られた切片を顕微鏡で観察した。図1にヒルシュスプルング病患者のアセチルコリンエステラーゼ染色像を示す。本発明方法によれば、合計6分間の簡便な操作で、神経線維が粘膜絨毛内、粘膜下組織に選択的にかつ明瞭に染色されていることがわかる。又、従来の迅速方法と違い、バックグランドが全くないことが特徴的である。
一方、組織切片として厚さ10μmのものを用い、A液及びB液の混液中でのインキュベートを37℃で行った以外は前記と同様に行ったところ、バックグランドが強く(特に粘膜絨毛内の単球が多数染まっている。)、神経細胞の染色選択性が十分ではなかった。又、ヒルシュスプルング病患者に特徴的な絨毛内の神経線維は一切染色されていない(図2)。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ヒルシュスプルング病患者の大腸組織アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色像を示す図である。
【図2】組織切片として厚さ10μmのものを用いたヒルシュスプルング病患者の大腸組織アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色像を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ3〜6μmの凍結組織切片に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bを加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、次いでジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートした後水洗することを特徴とする迅速アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法。
【請求項2】
ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bが、試験直前に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液Aと、フェリシアン化カリウムを含有する溶液Bとを混合して調製されるものである請求項1記載の迅速アセチルコリンエステラーゼ組織化学染色法。
【請求項3】
厚さ3〜6μmの凍結組織切片に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bを加えて10〜30℃で4〜6分間インキュベートし、次いでジアミノベンジジン塩及び過酸化水素を加えて10〜30℃で1〜2分間インキュベートした後水洗することを特徴とする神経細胞染色法。
【請求項4】
ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液A、及びフェリシアン化カリウムを含有する溶液Bが、試験直前に、ヨウ化アセチルチオコリン、クエン酸塩及び硫酸銅を含有する溶液Aと、フェリシアン化カリウムを含有する溶液Bとを混合して調製されるものである請求項3記載の神経細胞染色法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−187274(P2006−187274A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−257790(P2005−257790)
【出願日】平成17年9月6日(2005.9.6)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【出願人】(390004097)株式会社医学生物学研究所 (41)
【Fターム(参考)】