説明

透過型電子顕微鏡で用いられる検出器システム

【課題】 本発明の目的は、透過型電子顕微鏡の性能を改善することである。
【解決手段】 透過型電子顕微鏡用の検出器システムは、パターンを記録する第1検出器、及び、前記パターンの部位の位置を記録する第2検出器を有する。前記第2検出器は、前記第1検出器上のパターンの位置を安定化させるフィードバックとして用いることのできる正確かつ迅速な位置情報を提供する位置に敏感な検出であることが好ましい。一の実施例では、前記第1検出器は、電子エネルギー損失電子スペクトルを検出し、かつ、前記第1検出器の後方に位置して、前記第1検出器を通過する電子を検出する前記第2検出器は、ゼロ損失ピークの位置を検出して、前記第1検出器上のスペクトル位置を安定化させるように電子の経路を調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型電子顕微鏡用の検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
透過型電子顕微鏡では、高エネルギー電子ビームが薄い試料へ向かうように案内される。ビーム中の電子は、試料を通過する際にその試料と相互作用して、その試料より下方で収集される。比較的妨害されずに試料を通過する電子もあれば、偏向され、吸収され、又はエネルギーを失う電子もある。試料を通過電子は、その試料に関する情報を有し、かつ検出器上にパターンを生成する。パターンはたとえば、試料の像、回折パターン、又は電子エネルギーのスペクトルに対応して良い。様々な可視化法及び分析法が、透過電子の様々な特性を利用して、像の生成又は試料の特性の決定を行う。
【0003】
たとえば電子が試料を通過する際に吸収されるエネルギーを測定することによって、試料に関する情報を供することができる。この手法は、「電子エネルギー損失分光」又はEELSと呼ばれる。EELSの概略については非特許文献1で与えられる。試料中の各異なる材料が、電子がその試料を通過する際に、その電子の各対応する大きさのエネルギーを失わせる。元の電子ビームのエネルギーから、現在電子が有するエネルギーを減ずることによって、エネルギー損失を決定する分光計を電子は通過する。EELSは、どの元素が存在するのかだけではなく、それらの元素の化学状態をも決定することができる。
【0004】
EELS分光計は一般的に1つ以上のプリズムを有する。そのプリズムは、電子のエネルギーに依存する量だけ電子を偏向させることによって、エネルギー分散面において電子をエネルギーで分離する。エネルギー分散面とは、様々なエネルギーを有する電子が、ビームの進行方向に対して垂直な方向に分散する面である。本明細書において「プリズム」とは、ビーム中の電子のエネルギーに依存して電子ビームを分散させる任意のデバイスを意味する。プリズムはたとえば、ビームに垂直な電場又は磁場を供して良い。たとえば球形キャパシタ部分、磁気偏向器、又はウイーンフィルタがプリズムとして用いられて良い。電子の角度分散は、プリズム内での磁場又は電場の強度及び電子のエネルギーに依存する。プリズムは複数の素子を有しても良い。プリズムに加えて、EELS分光計は、一般的にはエネルギー分散面(付近)に設けられる調節可能なエネルギー選択スリット、並びに、プリズム及び/又はレンズ及び/又は多重極のシステムを有することで、像を記録する検出器上に電子像を生成することのできる結像光学系をも有して良い。検出器はたとえば、電荷結合素子又は能動画素センサであって良く、かつ画素列又は画素の2次元アレイを有して良い。試料の後でかつ分光計の前に設けられた投影光学系は、その分光計の入射アパーチャへ入り込むように電子を投影する。
【0005】
電子が試料を通過する際にその電子のエネルギーを失わせる機構は複数存在する。その各異なる機構は、各異なる大きさの電子エネルギーを失わせ、かつ典型的なエネルギー損失のグラフ又はスペクトルの形状の意味を説明する。図1A及び図1Bは、様々なエネルギー損失値で検出された電子数を任意単位で表すスペクトルである。エネルギー損失スペクトルは、試料中に存在する材料によって変化するので、そのスペクトルから試料についての情報を推定することができる。
【0006】
図1Aは、エネルギー損失スペクトルの所謂「低損失」領域100を表している。「低損失」領域は、100eV未満の領域としてある程度に任意に定められている。低損失領域での電子損失は、非弾性散乱の結果生じる。非弾性散乱とはたとえば、フォノン相互作用、プラズモン相互作用、他の外殻電子との衝突、内殻電子との非電離衝突、及び放射線損失である。図1Bは、スペクトルの典型的な「主要損失」領域108を表している。主要損失領域での電子損失は、内殻すなわち「主要な」電子の電離の結果生じ、かつ一般的には100eVよりも大きなエネルギーを失わせる。図1A及び図1Bのスペクトルは同一の縮尺で描かれていない。図1Bの縦軸は、図1Aの縦軸を拡大したものである。
【0007】
図1Aは、ゼロエネルギー損失を中心とする大きなピーク102−「ゼロ損失ピーク」と呼ばれる−を表している。ゼロ損失ピークは、一般的には約0.2〜2eVの幅で、かつ元来、元のビームのエネルギー広がりと、主としてビームの電子と原子核との間での弾性散乱で起こる小さなエネルギー損失を表す。広いプラズモンピーク104は、ビーム電子と価電子との共鳴によって生じる。図1Bはピーク110、112、及び114を図示している。ピーク110、112、及び114は、図1Aに図示されたピークよりもはるかに大きなエネルギー損失を有する。各ピークは特定の内殻電子の除去に関連づけられる。そのピークは特定の試料材料に特有である。主要損失スペクトルは、試料中に存在する材料をすぐに特定する情報を供する。とはいえエネルギー損失スペクトルの低損失領域からも試料に関する情報を得ることができる。
【0008】
EELSは、従来のTEM又は走査型透過電子顕微鏡で実行されて良い。TEMでは、ビームはコンデンサレンズによって試料上の小さな領域に集束される。他方STEMでは、電子ビームはある一点に集束され、かつその一点で、試料表面全体を−典型的にはラスタパターンで−走査する。図2AはEELSを実行可能なTEM200を図示している。顕微鏡200は、電子源210と、該電子源210からの一次電子ビーム213を薄い試料214へ投影するコンデンサレンズ212を含む集束鏡筒を有する。ビームは高エネルギー電子−つまり典型的には約50keV〜1000keVのエネルギーを有する電子−で構成される。試料を通過する電子は、TEM結像光学系216へ入射する。TEM結像光学系216は、分光計217の入射面での試料214の拡大像の生成又は分光計217の入射面での回折像の生成を行うように設定されて良い。電子204は、入射アパーチャ215を通過して分光計217へ入射する。分光計217は、電子を、その電子のエネルギーに従って各異なる軌道224a、224b…224d等へ分散させる。
【0009】
電子は、その電子のエネルギーに従って、エネルギー分散面において縦軸に広がる。エネルギー選択撮像モードでの動作が可能な顕微鏡はエネルギー選択スリット226を有する。エネルギー選択スリット226は、上部ナイフエッジ226Uと下部ナイフエッジ226Lを有し、かつエネルギー分散面225(付近)に設けられている。ナイフエッジ間の空間は、様々な範囲内のエネルギーを有する電子を通過させるように調節することが可能である。エネルギー選択スリット226を通過する電子230は、結像光学系232によって検出器234に集束される。検出器234とはたとえば、フィルム、蛍光スクリーン、CCD検出器、又は能動画素センサである。特定の範囲から外れたエネルギーを有する電子236は、エネルギー選択スリット226によって阻止される。スペクトル240は、様々なエネルギー値での電子の量を表している。ほとんどの電子は「ゼロ損失ピーク」242に属している。
【0010】
図2Bは、EELSを実行することができる他のTEM248を図示している。顕微鏡248は分光計250を有する。分光計250は、「鏡筒後」分光計として構成される図2Aの分光計217とは対照的に「鏡筒内」分光計として構成される。「鏡筒内」分光計では、電子は、その電子が入射する方向と平行に分光計を飛び出す。分光計250は、プリズム用に「オメガフィルタ」を有する。オメガフィルタは典型的には、少なくとも4つの素子252A、252B、252C、及び252Dを有する。素子252Aと252Bは、電子の経路を補正して、電子ビームを分散させる。素子252Cと252Dは、電子ビームをさらに分散させ、その電子ビームを元の光軸へ戻すように変位させる。素子252Aと252Bで構成されるオメガフィルタの第1半分と、素子252Cと252Dで構成されるオメガフィルタの第2半分との間での対称性は、プリズムのいくつかの収差を打ち消すように構成される。オメガフィルタのこれら2つの半分の分散作用は、打ち消し合わないが、素子252D後にエネルギー分散面254を生成する。この面には、エネルギー選択スリット256Lと256Rが設けられる。素子256Dを飛び出す電子260は、結像光学系232によって検出器234へ集束する。
【0011】
TEMは一般的に電荷結合素子(“CCD”)検出器を用いる。CCD検出器は、高エネルギー電子によって損傷を受ける。CCD検出への損傷を防止するため、TEMの検出器は、電子を光に変換するシンチレータを有する。シンチレータによって変換された光はその後、CCDによって検出される。介在するシンチレータは、検出器の分解能を低下させる。CMOSの増幅型センサ(APS)−具体的にはモノリシック増幅型センサ(MAPS)−が、透過型電子顕微鏡用の検出器として提案及び実証されてきた。CMOS MAPSは直接検出器として用いることができる。つまり電子は、介在するシンチレータ無しに、半導体検出器へ直接衝突する。センサ基板内での電子の後方散乱−これは分解能を劣化させる−を減少させるため、CMOS MAPSは一般的に非常に薄くされることで、ほとんどの電子が検出器の背面を飛び出す。
【0012】
材料科学が進歩することで、工学的に作り出された材料の組成は、より厳密な制御を必要とし、かつ、その材料の特性を正確に決定することはより重要となる。よって、材料をより良く評価するため、TEM分析法−たとえばEELS−の分解能を改善するための一定の要求が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許第5136192号明細書
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】R.F. Egerton in “Electron energy-loss spectroscopy inthe TEM,” Reports on Progress in Physics 72
【非特許文献2】IEEE Journal of Solid-State Circuits, Vol. SC-13, No.3, pp. 392-399
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、透過型電子顕微鏡の性能を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によると、第1検出器によって検出された電子パターンの位置を決定するのに第2検出器が用いられる。一部の実施例では、電子は、前記第1検出器を通過し、かつ前記第1検出器の後方に位置する第2検出器によって検出される。前記第1検出器上の電子パターンの位置は、前記第2検出器内での電子の位置から決定される。前記第2検出器は、前記パターンの位置の変化に関して迅速で正確な情報を供する。前記第2検出器からの情報は、前記第1検出器上での前記パターン−たとえばEELSスペクトル−の位置を一定に維持するのに用いられる。
【0017】
上の説明は、以降の本発明の詳細な説明をよりよく理解できるようにするため、本発明の特徴及び技術的利点をかなりおおまかに述べたものである。本発明のさらなる特徴及び利点は後述する。開示された基本構想及び具体的実施例は、本発明と同一の目的を実行するために他の構造を修正又は設計するための基礎として当業者によってすぐに利用できることに留意して欲しい。また均等な構成が、「特許請求の範囲」に記載された本発明の技術的思想及び技術的範囲から逸脱しないことは、当業者に理解されている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1A】エネルギースペクトルの低損失領域における任意の電子エネルギー損失スペクトルを図示している。
【図1B】エネルギースペクトルの主要損失における任意の電子エネルギー損失スペクトルを図示している。
【図2A】EELS分光計を有する走査型透過電子顕微鏡を図示している。
【図2B】EELS分光計を有する他の走査型透過電子顕微鏡を図示している。
【図3】本発明を実施する走査型透過電子顕微鏡を図示している。
【図4】図3の電子顕微鏡の一部の拡大図を表している。
【図5】本発明での使用が可能な位置感受性を有する検出を図示している。
【図6】本発明の好適実施例の工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明及びその利点をより完全に理解してもらうため、添付図面と共に以降の詳細な説明を参照する。
【0020】
透過型電子顕微鏡では、試料を通過する電子は、試料に関する情報を有し、かつ第1のカメラ検出器上にパターンを生成する。パターンはたとえば、試料の像、回折パターン、又はエネルギー損失スペクトルに相当して良い。検出器上のパターンの位置は、様々な原因から、一定の小さなずれを起こす。温度変化及び機械的振動は、電子ビーム鏡筒内での部材の位置をわずかに変化させてしまう恐れがある。その電子ビーム鏡筒内での部材の位置のわずかな変化が、検出器上の電子パターンをずらしてしまう恐れがある。また一次電子鏡筒での電気的不安定性は、一次ビームでの電子のエネルギーを変化させる恐れがある。この一次ビームでの電子のエネルギーの変化は、検出機内での電子の位置を変化させる。電子が、EELS用の分光計内で測定されるとき、分光計内での電気的及び機械的ドリフトもまたスペクトル位置の変化に寄与する恐れがある。スペクトル位置が不安定であることで、顕微鏡の分解能に影響が及ぶ。たとえば不安定性は、エネルギースペクトル中でのピークを拡げ、それによりピーク位置をより不正確にしてしまう。
【0021】
本発明の好適実施例によると、位置センサは、電子を検出し、かつ第1検出器上のパターンの位置を調節する迅速なフィードバックを供することで、安定で一定した位置を維持する。ある好適実施例では、リアルタイムの位置感受性を有する検出器(PSD)が、第1検出器の後方に設けられ、かつ薄い前記第1検出器を通過する電子を検出する。他の実施例では、第1検出の隣にPSDが設けられても良い。ある好適実施例では、第1検出器上のパターンは電子エネルギースペクトルで、かつPSDは、第1検出器を通過するゼロ損失ピークでの電子の平均位置を検出する。PSDからのフィードバックは、第1検出器上でのゼロ損失ピーク位置を比較的一定に維持するのに用いられる。
【0022】
PSDからの信号は、ゼロ損失ピーク位置を一定に維持するために当該顕微鏡システムの1つ以上の部材に印加される補償信号を生成するのに用いられる。たとえばピークを以前の位置に戻すため、1次ビーム鏡筒の加速電圧が調節されても良い。あるいは分光計内での電場又は磁場が調節されても良い。本発明の実施例は、高分解能のゼロ損失ピーク位置又は他の電子の特徴と、ゼロ損失ピーク位置又は他の電子の特徴のリアルタイムフィードバックを供する。第1検出器が2次元像を生成するので2次元の画素アレイを必要とする。2次元の画素アレイは画像を記録するために読み出されなければならない。他方PSDは画像を生成せずに、電子分布の重心の検出のみ行うことが好ましい。従ってPSDは、第1検出器よりも、高い分解能と速い読み出しを供するように設計することができる。第1検出器が典型的には10μm〜20μmの分解能を有する一方で、PSDは、約1μmよりも高い分解能を有することが好ましく、かつ、100kHz以上の速度で動作することが好ましい。PSDは、第1検出器上のパターンのごく一部だけを検出することでパターン位置の変化を決定するので、前記第1検出器よりもはるかに小さくて良い。たとえば、ゼロ損失ピークは、PSDの一の位置に静止状態で保持されて良い。それにより第1検出器上での全スペクトル位置が実効的に安定化する。一部の応用例では、PSDは一方向−たとえばEELSスペクトルが広がる方法−での位置についての情報のみ供給すればよい。カメラ検出器上でのエネルギー分解能における損失を生じさせるばらつきは、そのばらつきの原因によらず、リアルタイムで補償することができる。
【0023】
図3は本発明を実施するTEMの一部を図示している。図3のTEM300は図2AのTEMと似ている。ただし図3のTEM300には、検出器234の後方に第2検出器302が追加されている。図4は、検出器234と検出器302の周辺領域の拡大図を示している。検出器234の前の電子エネルギースペクトルも図示されている。試料214を通過する電子230は、その電子のエネルギーに従って、プリズム222によって分散し、かつ、結像光学系232によって検出器234上で広がる。スペクトル402は、検出器234の縦軸に沿った様々な位置での電子の相対数を図示している(正確な縮尺ではない)。電子404は、(ほとんど)エネルギーを失うことなく試料214を通過し、かつスペクトル402の「ゼロ損失ピーク」406を有する。
【0024】
検出器234は非常に薄い−典型的には35μmの厚さで好適には約25μm未満−ので、検出器234に衝突する多くの電子404は、検出器234を通過して、その過程中である程度散乱される。軌跡408は、検出器234を通過する散乱電子の経路の例である。検出器234を通過する電子の割合は、検出器234に衝突する電子のエネルギー並びに検出器234の厚さ及び組成に依存する。一部の実施例では、電子のエネルギーは約200keV〜400keVで、検出器の厚さは15μm〜35μmで、かつ80%よりも多くの電子が検出器を通過する。
【0025】
検出器302は、ゼロ損失ピーク406の位置に関する情報を供する。検出器302(ひいては検出器234)上でのスペクトル402の位置を比較的一定に維持するため、検出器302の出力は回路304へ供給される。回路304は、検出器302の出力を利用して、ゼロ損失ピークの位置を調節して一定の位置を維持するために必要な制御信号を供する。ゼロ損失ピークの位置への調節は、ゼロ損失ピークの位置に影響を与える顕微鏡内の任意の素子を用いることによって実行されて良い。たとえば調節は、電子源210に印加される加速電圧、分散素子222内での電流、又はドリフト管での電圧に対して行われて良い。一部の素子の調節は意図しない結果−たとえばビーム焦点の変更−を生じさせる恐れがある。調節される素子は、そのような結果を回避するように選ばれる。
【0026】
回路304は、アナログ回路、デジタル回路、又はアナログ回路とデジタル回路とを組み合わせたものであって良い。それはたとえば、マイクロプロセッサ、マイクロ制御装置、又はロジックアレイである。回路304は、アナログ領域で信号を処理し、かつアナログ信号を顕微鏡に供して良い。あるいは検出器302からの信号は、デジタル信号へ変換され、かつデジタル領域において回路304によって処理されることで、顕微鏡を調節する所望の出力信号が決定されても良い。顕微鏡に印加される信号は、ゼロ損失ピーク位置又は他の特徴の変化の関数で、かつアルゴリズム、参照テーブル、又は他の手段を用いることによってセンサ302の出力から決定されて良い。
【0027】
検出器302の目的はスペクトル位置の変化を検出することなので、検出器302は、非常に迅速で正確なフィードバックを供するように設計されて良い。好適実施例では、検出器302は、スペクトルの形状又はスペクトルピークの絶対位置に関する情報を提供する必要がない。好適PSDは、像を生成することのできる多数の画素を必要としない。好適PSDは、検出器上での電子分布の重心に対応する信号を供給する。電子分布の「重心」とは、電子エネルギーが堆積される検出器上の位置の算術平均を意味する。
【0028】
一の種類のPSDは、1又は2次元において均一な抵抗を有するモノリシックPIN半導体フォトダイオードを有する。電子がダイオードに衝突するとき、電子正孔対が生成される。電流は、検出器の対向する端部に位置するコンタクトへ向かうように流れる。その際電流は、各対応するコンタクトと電子の衝突位置との間の距離に反比例する。電流はかなりの程度線形である。PSDはたとえば、ニュージャージー州のHAMAMATSU CORPORATIONから市販されている。
【0029】
PSDの出力は、入射電子分布の重心位置に対してかなりの程度線形であることが好ましい。位置に対して線形に変化する出力を生成するため、検出される特徴全体−たとえばゼロ損失ピーク−はPSDに衝突しなければならない。つまりその特徴は検出器から外れるように動いてはならず、その一方でパターンを安定化させるのに用いられる。ゼロ損失ピークは一般的には非常に狭く、約0.2eV〜約2eVである。検出器上でのゼロ損失ピークの幅は一般的には10μm未満である。第1カメラ検出器234内部での電子の散乱は、電子がPSDに到達するときのゼロ損失ピークのサイズを増大させる。検出器402は衝突電子の重心を決定するだけなので、ピークの広がりは、位置測定の精度に(ほとんど)影響を及ぼさない。第1検出器とPSDとの間の距離が増大することで、散乱が増大する。PSDは一般的に、第1検出器後方約2mmの位置に載置されている。PSDのサイズは、ゼロ損失ピークからの散乱電子を捕獲するため100μmよりも長いことが好ましい。検出器上でのゼロ損失ピークの最初の位置を厳密に知ることはできない−特に装置の電源を最初に入れるとき−ので、PSDは、考えられそうな位置の範囲内でゼロ損失ピーク全体を捕獲するのに十分な大きさにすべきである。従って好適PSDは約1mm〜約30mmである。
【0030】
PSDの中には、その精度が長さに反比例するアナログ装置もある。モノリシックフォトダイオードPSDの位置測定精度は、そのPSDの長さの約0.001であるが、長さの0.0001の分解能が示された。1mmのPSDは、1μm以上に良好な分解能を有することができる。10mmのPSDは、10μm以上に良好な分解能を供することができる。分解能は、フィードバックループの帯域を減少させることでノイズを遮断することで改善することが可能で、10mmの検出器の分解能は、5μmさらには2μmにまで小さくなる。ただし読み出しは遅くなる。好適PSDは用途に応じて変化する。当業者は、特定の用途についてサイズ、分解能、及び速さを最適化することができる。PSDは、第1検出器よりも小さいことが好ましく、前記第1検出器の対応する寸法の約1/2未満、約1/4未満、又は約1/10未満であることが好ましい。一の実施例では、検出器234は約60mmの長さで、かつ検出器402は約1又は2mmの長さである。
【0031】
PSDは、特許文献1に記載され、かつ図5に図示されている。PSD500は厚さ約0.25mmの純粋シリコンのプレート515で構成されている。そのプレート515の一の面にはp型層517が、かつ他の面にはn型層519がそれぞれ供されている。その結果、PSD500はp-i-n構造となる。p型層側では、位置に依存する信号を得るため、2つの測定用コンタクトがPSD500に供されている。n型層519には単一の電源コンタクト525が供されている。片面又は両面に2つ以上のコンタクトを有するPSDも知られている。たとえば非特許文献2を参照して欲しい。図5での垂直方向の寸法はかなり強調されていることに留意して欲しい。
【0032】
電子527が、2つの測定用コンタクト521と523との間の地点に入射するとき、キャリア529の対が生成される。キャリア529の対はそれぞれ、p型層517及びn型層519を介して測定用コンタクト521と523へ到達する。正しい極性の電源533が、電源コンタクト525と参照地点531との間で接続されているとき、生成されたキャリア529は、電源533の正の極から電源コンタクト525へ流れる光電流Iphを生じさせる。この光電流は、測定用コンタクト521と523との間に分布して、測定用コンタクト521と523でそれぞれ電流I1とI2を生じさせる。ここでI1+ I2=Iphである。測定電流I1とI2は、電子527がp型層517へ入射する地点に依存する。測定用コンタクト521と523は、PSD500の中心”M”から距離Lの地点に位置する。電子527は中心”M”から距離”d”の地点に位置する。Dは+L(電子が左側の測定用コンタクト521付近でPSD500へ入射する)から-L(電子が右側の測定用コンタクト523付近でPSD500へ入射する)まで変化して良い。測定電流I1とI2は次式で表される。
【0033】
I1
= Iph(1+d/l)/2
I2
= Iph(1-d/l)/2
d/LをXと定義すると、I1とI2についての式の差をとって、両辺をI1+
I2で除することによって次式が得られる。
【0034】
X
= (I1-I2) / (I1+I2)
Xは、検出器の中心Mからの、衝突する電子の重心の距離を表す。好適PSDはかなりの程度線形である。つまり電流I1とI2は、センサ端部からの、電子が衝突する地点の距離に対して一次関数的に依存する。
【0035】
計算は、アナログ領域の回路304において迅速に実行されて良い。あるいは電流は、電圧に変換され、デジタル化され、かつ、処理がデジタル領域で実行されても良い。Xの変化は、電子分布の重心位置が移動することを示す。回路304は、Xの変化に基づいて、電子分布の重心位置を元の位置に戻すようにされたシステムへの調節を決定する。回路304は、鏡筒の素子へのアナログフィードバックを供して良いし、又はデジタルフィードバックを供しても良い。その調節はたとえば、1次ビームの加速電圧を変化させる手順、又は、分光計217において電場を調節する手順を有して良い。
【0036】
他の型のPSDはデュアルフォトセル(「デュオセル(duocell)」とも呼ばれる)である。デュアルフォトセルは、間に薄い境界を備えた2つのフォトダイオードを有する。ゼロ損失ピークは、2つのフォトダイオード間のバリア上の中心に位置して良い。それにより2つのフォトダイオードでの電流は等しくなる。ビーム位置は、2つの電流間のバランスを維持するように調節される。4重極フォトセルも同様に用いられて良い。
【0037】
図6は、本発明の好適方法を示すフローチャートである。手順602では、電子ビームが試料へ案内される。手順604では、電子が薄いスペクトル検出器に衝突し、前記試料エネルギー損失スペクトルが決定される。手順606では、前記薄いスペクトル検出器を通過する電子がPSDに衝突する。手順608では、前記ゼロ損失ピークの重心の値が前記PSDから決定される。手順610では、当該システムが、前記ゼロ損失ピークの重心の位置が、最後の測定から移動したか否かを判断する。手順612では、前記ゼロ損失ピークの位置を調節するように、電子ビーム鏡筒の素子に信号が印加される。図6は、手順602〜610が繰り返されることを示している。当該処理は連続的であることが好ましい。前記電子ビームは前記試料へ案内され、かつ電子が前記試料を通過すればするほど前記スペクトル検出器はデータを蓄積する。図6が離散的手順を示しているが、実施例によっては、これらの手順は同時に行われることに留意して欲しい。そのとき、フィードバックは、ゼロ損失ピークの位置を維持するために連続的となる。
【0038】
上述の実施例がEELS分光計と共に用いられる一方で、本発明は、PSD上のパターンの一部−たとえば回折パターン上の点又は像上の点−を検出することによって、電子検出器上の任意の検出器パターン−たとえば回折パターン又は像−の位置を安定化させるのに用いられて良い。
【0039】
一部の電子は、検出器302から検出器234へ入り込むように後方散乱され、かつ誤った読み取りを生じさせる恐れがある。後方散乱は、検出器302を小さくすることによって減少する。後方散乱はまた、検出器302と検出器234との間の距離を増大させることによって減少させても良い。ただし前記距離を増大させることで、検出器302での信号はゼロ損失ピークから広がり、かつより大きな検出器302が必要となる。十分な位置の精度を供しながら後方散乱を減少させる最適距離を経験的に決定することは可能である。検出器302のサイズと位置が固定されるので、後方散乱も決定され、かつ検出器234からの像は、後方散乱を補償するように修正することができる。他の実施例では、検出器302にはプラスチック製の検出器が用いられて良い。これにより後方散乱は顕著に減少する。
【0040】
好適実施例は、薄い第1検出器の後方に設けられたPSDを用いているが、実施例によっては、前記PSDは、第1検出器に隣接して−つまり前記第1検出器の上方又は下方に−設けられても良い。偏向器は、測定のために周期的にスペクトルをPSDへ変位させて、その後そのスペクトルを第1検出器へ戻るように移動させて、任意の移動を補正するのに用いられて良い。またPSDは、第1検出器から外れた位置にある部位を検出することもできる。たとえばゼロ損失ピークはPSD上で検出可能な一方で、主要な損失スペクトルが、PSDと同一の面上に設けられた第1検出器上で検出される。
【0041】
上述の実施例において1次元PSDが記載されているが、2次元PSD−たとえば4面にコンタクトを備える4重極検出器又はモノリシックpinダイオード−が、2次元パターンにおいてパターンの一部を検出することで、2次元的に第1検出器上のパターンを安定化させるのに用いられて良い。
【0042】
「ゼロ損失ピーク」とは、(ほとんど)エネルギーの損失なく試料を通過する電子を指称する。そのような電子は、第1検出器を通過することでエネルギーを失う。「ゼロ損失ピーク」は、第1検出器を通過した際のエネルギー(失われたエネルギー又は失われなかったエネルギー)には適用されない。像情報とは対照的に、「位置の情報」という語は、各画素内部で衝突する電子数に関する情報を供する2次元画素アレイからの情報とは対照的に、入射電子分布の重心の相対位置に関する情報を意味する。
【符号の説明】
【0043】
100 低損失領域
102 ゼロ損失ピーク
104 広いプラズモンピーク
108 主要損失領域
110 ピーク
112 ピーク
114 ピーク
200 TEM
204 電子
210 電子源
212 コンデンサレンズ
213 一次電子ビーム
214 試料
215 入射アパーチャ
216 TEM結像光学系
217 分光計
218 アパーチャ
220 増幅器
222 プリズム
224 軌跡
226 エネルギー選択スリット
226L 下側ナイフエッジ
226U 上側ナイフエッジ
230 電子
232 結像光学系
234 検出器
236 電子
240 スペクトル
242 ゼロ損失ピーク
250 分光計
252 分光計の素子
254 エネルギー分散面
256 エネルギー選択スリット
256L 左側ナイフエッジ
256R 右側ナイフエッジ
300 TEM
302 第2検出器
304 回路
402 スペクトル
404 電子
406 ゼロ損失ピーク
408 軌跡
500 位置感受性を有する検出器(PSD)
515 純粋シリコンのプレート
517 p型層
519 n型層
521 測定用コンタクト
523 測定用コンタクト
525 電源コンタクト
527 電子
529 キャリア
531 グランド
533 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過型電子顕微鏡用の電子検出システムであって、
当該電子検出システムは:
試料を通過する電子のパターンを記録する第1センサ;及び、
前記電子のパターンの位置を検出する第2センサ;
を有し、
前記第2検出器は、前記第1検出器上のパターンの位置を調節するフィードバックを提供する、
電子検出システム。
【請求項2】
前記第2センサは、前記第1センサよりも高い位置分解能を有し、かつ
前記第2センサは、前記第1センサよりも迅速な位置の読み出しを供する、
請求項1に記載の電子検出システム。
【請求項3】
前記第2センサが位置情報を供するが像情報を供さない、請求項1又は2に記載の電子検出システム。
【請求項4】
前記第2センサがモノリシックpinダイオード又はデュアルフォトセルを有する、請求項1乃至3のうちいずれか1項に記載の電子検出システム。
【請求項5】
前記第2センサは、前記第1センサの後方に設けられ、かつ前記第1センサの背面を飛び出す電子を検出する、請求項1乃至4のうちいずれか1項に記載の電子検出システム。
【請求項6】
試料を通過する電子を、該電子のエネルギーに従って分離する分散素子;及び、
請求項1乃至5のうちいずれか1項に記載の電子検出システム;
を有する電子エネルギー分光計、
を有する請求項1乃至5のうちいずれか1項に記載の電子検出システムであって、
前記第1センサは、該第1センサの前面に入射する電子の大半が、前記第1センサの背面を介して前記第1センサを飛び出す程度十分に薄く、
前記第2センサは、前記第1センサの後方に設けられ、前記第1センサの背面を介して前記第1センサを飛び出す電子を検出し、かつ、特定のエネルギーを有する電子の前記第1センサ上での位置を表す電子信号を供する、
電子検出システム。
【請求項7】
前記第1センサがCMOSセンサである、請求項1乃至6のうちいずれか1項に記載の電子検出システム。
【請求項8】
前記第2センサが、前記第1センサを通過した前記試料からのゼロ損失ピーク信号を検出する、請求項1乃至7のうちいずれか1項に記載の電子検出システム。
【請求項9】
前記第1センサの厚さが35μm未満である、請求項1乃至8のうちいずれか1項に記載の電子検出システム。
【請求項10】
電子を生成し、該電子を試料へ向かうように案内し、かつ前記試料を通過して検出器へ向かう電子を投影する電子鏡筒;
請求項1乃至9のうちいずれか1項に記載の電子検出システム;
前記第2センサからの位置情報を用いることによって前記電子鏡筒を調節して前記第1センサ上でのパターンの位置を安定化させる手段;
を有する透過型電子顕微鏡。
【請求項11】
前記電子鏡筒が電子分光計を有し、
前記第2センサからの情報を用いることによって前記電子鏡筒を調節して前記第1センサ上でのパターンの位置を安定化させる手順が、前記第2センサ上でのゼロ損失ピークの位置を用いることによって、前記第1センサ上での電子エネルギー損失スペクトルの位置を安定化させる手順を有する、
請求項10に記載の透過型電子顕微鏡。
【請求項12】
前記電子鏡筒を調節してパターンの位置を安定化させる手順が、前記分光計の素子を調節する手順を有する、請求項11に記載の透過型電子顕微鏡。
【請求項13】
透過型電子顕微鏡の動作方法であって:
電子ビームを試料へ向かうように案内する手順;
第1センサを用いることによって前記試料を通過する電子のパターンを検出する手順;
第2センサを用いることによって前記試料を通過する電子の一部の位置を検出する手順;
前記第2センサからの位置情報を用いることによって前記電子のパターンの位置を調節する手順;
を有する方法。
【請求項14】
前記の第1センサを用いることによって前記試料を通過する電子のパターンを検出する手順が、エネルギー損失スペクトルを検出する手順を有し、
前記の第2センサを用いることによって前記試料を通過する電子の一部の位置を検出する手順が、前記第1センサの後方に設けられた第2センサを用い、かつ前記第1センサを通過する電子を検出することによって、ゼロ損失ピークの位置を検出する手順を有し、
前記の第2センサからの位置情報を用いることによって前記電子のパターンの位置を調節する手順が、前記電子の加速電圧又は分光計を調節する手順を有する、
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記第1センサが2次元画素アレイを有し、
前記第2センサが位置情報を供し、
前記第2センサが、前記第1センサから得られる位置情報よりも分解能の高い位置情報を供し、かつ
前記第2センサが位置情報を供することのできる時間は、前記第1センサが位置情報を供することのできる時間よりも短い、
請求項13又は14に記載の方法。

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図2A】
image rotate

【図2B】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−49130(P2012−49130A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182242(P2011−182242)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(501233536)エフ イー アイ カンパニ (87)
【氏名又は名称原語表記】FEI COMPANY
【住所又は居所原語表記】7451 NW Evergreen Parkway, Hillsboro, OR 97124−5830 USA
【Fターム(参考)】